第三管理世界『ヴァイゼン』。
ミッドチルダとは隣接する次元世界で、環境もミッドチルダとよく似ている。交通の便もよく、自然環境を利用したキャンプや登山が人気であるこの世界に、キィナ・ナズミは単身でやって来ていた。
結局、キィナ自身もカレドヴルフテクニクス社にアポイントを取ることはできなかった。オールドマン准将から借りた端末を使い、キィナは室長や上級階級の人間しかアクセスが認められない管理局の極秘データバンクにアクセスし、この企業の所在地を知った。が、その所在地には何もなかったのだ。公式の地図や記録にもない。
「准将にガセネタ掴まされたかなぁ」
そんなことを愚痴りながら、キィナは現地調達したオフロードのレンタカーを走らせる。
ナビゲーションする場所に、データバンクから引き抜いたカレドヴルフ・テクニクス社の所在地を登録してみたが、行く先行く先は山景色ばかり。思わず准将とトレイルを睨み付けたくなったが、所在地まで出張ってみなくてはわからないこともあるのは事実だ。
キィナ自身、何事も追求する質だ。
加えてかなりの行動派でもある。目的のためなら組織に頼らず自力で調査することを厭わない性格な彼女は、自分の目で所在地を確認しなければ、尚更納得できなかった。しばらく道を走っていたら、鋪装されていた道がいきなり畦道へと変わった。
オフロード車だったので足をとられることはなかったが、山間を抜ける峠道から、一気に山の中を駆ける山道へと変わった様子に、一体どこに繋がっているのだろうかとキィナの不安は増していった。茂みはより深くなっていき、昼だと言うのに夕暮れのような暗さが広がって行く。
あまりの薄暗さにキィナがヘッドライトを付けた瞬間だった。
「うわぁ!?」
キィナの視界に、いきなりバリケードが飛び込んできた。
思わず急ブレーキを踏んで、バリケードに激突する直前で車は停止する。キィナは一瞬走った背筋の冷たさと一緒に、安堵のため息を吐き出した。
「なんなのよ…これ」
車から降りて、キィナは改めてバリケードを観察した。
畦道の参道には似合わない巨大な『壁』だ。
壁に沿って歩いてみるが、それはまるで永遠に続いているかのように、山の景色の中に聳え立っていた。キィナはどこかで、確信に似た気持ちを感じていた。
この先に、ある。
自分の求めるものが。
しかし、どう入るものか。なにせ管理局の機密レベルの建物だ。易々と侵入は許してくれないだろう。キィナ自身のデバイスも今や修理中だ。見上げるほど高い壁を飛び越える術など、キィナは持ち合わせていなかった。
「あー、ここまで来てるのに、引き返すなんてごめんだよ!」
どん詰まりとなったキィナは苛立った様子でバリケードの周りをウロウロと見渡す。ふと、キィナは気付いた。自分が乗ってきたオフロード車の目の前の壁。その壁の一部分、自分の胸の高さと同じほどの場所に穴が空いていた。ちょうど外部端末を差し込めるほどの大きさの穴だ。
キィナはハッとして、胸ポケットに仕舞っていたものを取り出す。その穴は、准将から渡されたタグ端末の接続子と同じものだった。
「凶と出るか…吉と出るか…」
思わず息を飲む。厄介事になったら来た山道を全力でバックレる、と心に決めて。キィナは端末を穴へと差し込んだ。その瞬間、びくともしなかったバリケードが動き始めた。鈍い音を轟かせながら、ゆっくり開いて行くバリケードを、キィナはひきつった表情で眺めていた。
「まさか開いちゃうなんて―――准将の〝開けゴマ〟ってすごい」
悪態を付きながら、キィナは再びオフロード車に乗り込んだ。
『毒を食らわば皿までよ』
昔、巻き寿司好きな知り合いから聞いた日本のことわざを口にしながら、キィナが操るオフロード車はバリケードの奥へと進んでいった。
****
「お待ちしていましたよ」
駐車場まで、きっちり表示された案内に従ってバリケードの中を進んできたキィナを出迎えたのは、細身の白衣を纏った長身の男性だった。白衣の男は、運転席から呆けて眺めているキィナに一礼すると、丁寧な素振りでオフロード車の運転席の扉を開いた。
「さぁ、長旅でお疲れでしょう。中へ」
まるでVIP待遇のようだった。
キィナは戸惑った顔を見せないように、極めて冷静になろうと努力した。白衣の男に着いて行く形で駐車場から施設内へと案内される。この施設がどれほどの大きさか、キィナは把握できなかった。案内表示に従って運転したとは言え、移動は常に回りが暗く、迷路のように入り組んでいたからだ。
「例の物は、すでに実用段階ですよ。今は実戦を兼ねたテスト運用をしているところです」
忙しなく白衣の男と同じ姿をした研究員が行き交う通路を歩きながら、男はキィナに満足そうに微笑んでそう伝えた。例の物? 実戦を兼ねたテスト運用? キィナは、男が何のことを言っているのか把握できなかった。
「はて、貴方はこの兵器の開発現状を視察にこられたのでは?」白衣の男は、キィナを見て、わずかに首を傾げた。
――――
『最近になって管理局の技術部にアプローチをかけてきているデバイス開発企業だ。名前はカレイドヴルフテクニクス。昨日も、企業側と管理局側との間で秘密裏に会議が行われていたようだ』
『そんな企業、はじめて聞きましたよ』
『言っただろう?極秘だと。この企業と管理局との提携はまだ公表されていない』
――――
ふと、オールドマン准将との会話がキィナの中で過った。ここは白衣の男に会話を合わせるのが無難だ。キィナはすぐさま意識を切り替えた。
「えぇ、どれほどの物に仕上がっているか、楽しみです」
【管理局の人間】として、キィナは笑顔を演じた。キィナの表情に安心したのか、白衣の男も満足そうに微笑む。
「では、我がカレドヴルフ・テクニクス社が誇るラボへとご案内しましょう」
立ち止まった白衣の男は大げさに白衣を閃かせると、二つ扉を開き、室内へとキィナを誘った。
中に入ると、そこはラボというより白が基調な、無機質な部屋だった。屋の真ん中には研究用のテーブルが一つ。その机の上には芸術品のように飾り付けられてるものがあり、それはキィナの目を惹いた。
外観は全長三十センチくらいだろうか。
柄頭に当たる部分に着脱式のケースバッテリー機構が備わっている。
「正式名は〝テスタメント〟。『聖なる契約の意』という意味を持つ聖書の言葉です」
白衣の男はそう言うと、飾り付けられていたテスタメントを手に取った。側面についているスイッチで起動すると、鋭い金属が焼けるような音を轟かせ、鍔から長さ1メートル程の光り輝く尖形状の魔力刀身が生成される。
「これはまだ、極秘中の極秘で進んでいるプロジェクト、【ドレッドノート計画】の成果のひとつです」
ブォンとテスタメントを一振りしてから、白衣の男は笑顔でそう言った。
「『魔力を完全に物理エネルギーとして変換する』というコンセプトの元に開発された、全く新しい試作魔力駆動の兵器です。理論や仕組みはクライアントから、そして制御系統はカレドヴルフ・テクニクス社が設計し、極秘裏に開発しました」
魔力を完全に物理エネルギーにする…? キィナは表面に出ないよう細心の注意を払いながら、白衣の男がもつテスタメントを凝視した。
「テスタメントは、魔導端末(デバイス)でなく魔力駆動を利用した〝兵器〟です。勿論、『対象を殺す』ことを前提にして作られています。『魔力を完全に物理エネルギーとして変換する』というコンセプト上では、失敗作ではありますが、その能力は既存の魔導端末を大いに上回ります。動力源は使用者の魔力と、駆動部内蔵のバッテリーによる内部電源とのハイブリッド方式で運用されます。通常稼働時間は十五分、出力を最大限以上引き出す【バーストイグニッション機構】での稼働時間は五秒と共にバッテリー部、駆動部が破損すると言う制約があります。こちらのバッテリーを、単式バッテリー仕様に変えれば、出力は大幅に低下しますが、魔力を有しない装備者でも扱うことができるようになります」
白衣の男は淡々とした口調で説明するが、どれも今までの管理局にはない全く新しい技術ばかりだった。そして、この武器が『対象者を殺す』ことを前提に作られていること。とても穏やかな話の内容ではない。
「テスタメントから生成されるこの魔力刀身は、通常の魔力刀身とは違い、刀身外周を回転速度五千回の百万分の一秒――つまり、毎秒五十億回転という速度で、魔力が循環しています。接触する物質を分子レベルで分離させることで、殆どの物質を容易に貫通・切断する事が出来る他、魔力類への干渉、スフィアなど光弾等の弾道を逸らす事も可能となっています。けれど、それらも、まだ魔力消費は激しいのが当面の課題として残っているものです」
テスタメントの電源を切ると、白衣の男は元の場所へと納めた。そして次は研究用のデータをキィナにわかるよう説明し始める。
「テスタメントの刃の切断性能は、純度の高い魔力、まぁ純粋な魔力光刃に対して干渉し合います。逆に魔力で作り上げられ、尚且つ実体を持つものに対しての切断性能は、圧倒的な有効性を持つことができます」
そこでキィナは気付いた。ケイマン・パラメーラが殺された『あの夜』に現れた殺人鬼。あの殺人鬼が使用していた武器も、このテスタメントに酷似していた。
自分の愛機である「エッジクロス」を、バターを切るようにバラバラに切り刻んだ、あの武器が、テスタメントというなら納得もいく。
「このように、テスタメントの主眼は、基本的に接近戦用の対人格闘武器でありますが、熟練することで飛来する魔力スフィアを弾き返し、受け流すなど、あらゆる局面で攻防一体の動作が可能となります」
しかし、と白衣の男は純粋な研究意欲に満ちた瞳を伏せた。このテスタメントには前提条件の段階から『欠点』がある、と続ける。
「遠距離戦に対応する事も可能ではありますが、飛来する魔力スフィアの類を延々と凌ぎ続ける事は現実的に不可能でしょう。特に、砲撃魔導師のような相手とは特に相性が悪いんです。それはこちらでも新たなコンセプト兵器の開発を急ぐ予定ですよ」
説明し終えた白衣の男は、キィナに自信満々の笑みを渡した。
「どうですか、素晴らしい仕上がりでしょう」
確かに、この武器は計り知れない性能と影響力を持っている。魔力に対する絶対的な対策。これで、今まで抑止力ともなっていた強大な『魔力』に『天敵』が現れる。これが実用化されれば、形勢は一気にひっくり返るだろう。
だが―――。
「何故、こんな高性能な〝兵器〟を、管理局が…」
キィナの呟いた疑問に、笑みを浮かべていた白衣の男の表情が陰る。しまったとキィナは身構えたが、白衣の男はキィナの言葉に疑いを持ったわけではない。
「一年前の魔法技術の漏洩。あの事件を機に、レジアス・ゲイツ中将が掲げた【技術共益圏の拡大】という名目のもと、管理局が管理していた『魔法』は、各次元世界にばらまかれることになりました」
そして、次元世界のあちこちで戦いが始まった。今まで、戦いとも言えないほどだった小さなくすぶる炎が、一気に燃え上がったのだ。
「増え続け、終わりの見えない『魔力』と『魔力』の戦い。しかし、その状況は管理局にとっても好機とも言えたでしょう」
「今の状況が管理局にとっての好機だったと?」
「貴方もわかるはずです。この一年間だけで、管理局が保有する魔法技術、管理局の武装体制は飛躍的に向上しました。何故だかわかりますか?」
白衣の男の質問に、キィナは考えるように口許を覆う。
「戦うための明確な『目的』と『口実』ができたからですか?」
「その通りです。魔力はもう抑止力にはならない。均衡を保つという役割から解放された以上、それを制限する必要性も大きな意味を持たなくなった。魔法技術を持て余している研究機関は数えきれないほどありますよ」
そして、存分にその魔力を行使できる時代がやってきた。
「今まで、民間からの批判を恐れていた、それら研究機関は、技術共益圏の拡大を名目に、競うように魔力の研究を始めました。カレドヴルフ・テクニクス社もそのひとつです」
それは、魔力を扱うどの世界においても必然だっただろう。今まで規制されていた『檻』が無くなった。それは企業にとっても、世界にとっても、大きなターニングポイントだ。
「この連鎖は、もう誰にも止めることはできませんよ。〝何もかもが変わる。〟魔法は次のステージへと移ったのです」
白衣の男の笑みを見たキィナは、管理局が、今の世界が、底見えない毒の中に沈んでいくような―――そんな言い様のない危機感を覚えるのだった。
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