魔法少女リリカルなのは外伝   作:紅@あの丘の向こうへ

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8.もう一人のF

 

 

 

プロジェクト「F.A.T.E」。

 

それは人造生命体の研究プロジェクト。神の領域を犯す、「クローン」を生み出す禁忌。

 

私の母、プレシア・テスタロッサは、そのプロジェクトを使って死んだ娘、アリシア・テスタロッサを蘇らせようとした。

 

けど、プロジェクトFは人造生命体を作り出す技術に過ぎない。記憶をクローンに写したとしても、その人物が蘇えることはなかった。

 

いくら生前のアリシアの記憶を持っていたとしても、産み出された人造生命体とアリシアは「魂」が違うから。

 

その事実に絶望したプレシア・テスタロッサは、生み出した人造生命体から「アリシア」という名を取り消し、「アリシア」が蘇るまでの代替え品として新たな名を与えた。

 

プロジェクトから取った愛のない、人造生命体を呼称するための名前。

 

 

「フェイト」。

 

それが私の名前。

 

 

私は、「プレシア・テスタロッサ事件」と呼ばれた事件の資料を改めて読み返していた。

 

改めて資料を見ると、当時の記憶が鮮明に蘇り、まだ私の胸を千切れそうになるまで締め付けてくる。けど、私はその息苦しさを受け入れている。それを含めて私は、私なのだから。自分が生まれた経緯が望まれていなかったとしても、私の母や、アリシアに対する気持ちに嘘偽りはないのだから。まだ埋まらない損失感はあるけれど、後悔も憎しみもない。

 

 

 

しかし、私には気になることがあった。

 

 

 

「人造生命体」を生み出すということ。それは生半可な技術では不可能だ。プロジェクトFの資料を見ている限り、その技術は今の魔法技術からも逸脱しているものだ。

 

人造生命体を産み出すには幾つもの実験を行わなければならない筈だ。そこが私の中で埋めることのできない疑問だ。あのプロジェクトで産み出されたのは、本当に「私一人だけ」なのだろうか?

 

資料にかける私の手が汗ばんだ。

 

 

私は――まだ疑っていたかった。

 

この疑問が確信に変われば、彼は――なんて残酷な場所にいるのだろうか。

 

そして、その屍の上に、私が立っている。

 

 

「母さん…!」

 

 

母の背中を見て、私は知っていた。

 

人の愛はとても美しい。

 

だが、その愛が狂えば、人は人をやめて〝悪魔〟にすらなってしまう。

 

 

 

 

原因はどうであれ、確かに当時の母は、〝悪魔〟となっていた。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「俺の名は―――フェイク」

 

 

フェイトと対峙するように、【フェイク】と名乗った彼は立っていた。

 

彼を見ると、まるで鏡に写った自分を見ているように思えてしまう。乱雑に後ろで結い上げた髪を揺らしながら、彼はフェイトと全く同じ瞳を細める。

 

 

「俺は、お前と同じように偽りの名を与えられた紛い物だ。なぁ―――プロジェクトF」

 

 

冷たい、得たいの知れない何かが、フェイトの心臓を鷲掴んだ。彼の言葉は、フェイトの胸の奥を貫かんとするほど冷たい物だった。そしてその言葉は、彼女の触れてほしくない過去を強烈なまでに揺さぶる。

 

 

「アンタ…誰なんだい!?なんで――フェイトと同じ匂いが…!」

 

「当たり前だ。俺はフェイクであり、フェイトでもあるのだから」

 

 

隣で吠えるように怒鳴ったアルフの言葉を、フェイクはぴしゃりと押さえ込むように返した。

 

 

【フェイクであり、フェイトでもある】。

 

この言葉の意味を、フェイトはよく理解できなかった。アルフを黙らせた彼は、フェイトの顔を見るなりニヤリと笑みを浮かべると、こう続けて話した。

 

 

「お前は、アリシア・テスタロッサを蘇生させるために生み出されたクローンだな?」

 

 

クローン。そして、アリシアの失敗作。

 

それが、プレシアから下されたフェイトの烙印。プレシア・テスタロッサは、アリシアを蘇らせるために【器】を作った。そして、生まれた【器】は、アリシアじゃなかった。

 

【器】は、「アリシア」ではなく「フェイト」という個人の人格を持ってしまっていたのだ。

 

けれど、フェイトはそれは理解していた。

 

闇の書が見せた泡沫の世界で、アリシアと出会い、彼女はフェイトを「妹」と呼んでくれた。「アリシア・テスタロッサ」の【器】じゃなく、「フェイト・テスタロッサ」という魂を、彼女は認めてくれた。

 

 

じゃあ――今、目の前にいるフェイクは、一体誰だ。

 

そんなフェイトの顔を見て、フェイクは心の底から嫌悪するような目で私を睨み付ける。

 

 

「自分を失敗作だと認めたお前は、ただ知らないだけだ。自分がどれほどの狂気の中から生まれ落ちた存在なのか。どれほどの犠牲の上で、今を生きていれるのかを」

 

 

フェイクは言う。私は私自身を知らないと。お前は、何も知らなすぎる、と。

 

じゃあ、私は、一体何を知らないのだろうか―――。

 

 

 

 

〝【ドレッドノート計画】…それが、【彼ら】の、真の目的…〟

 

 

 

 

ケイマン・パラメーラの最期の言葉が、フェイトの脳裏を掠めた。

 

 

「失敗作? 笑わせるな…それを知らしめる為に、俺は姿を現した。お前だけの前に…」

 

 

フェイクは、腰にぶら下がっている「テスタメント」を掴み、起動させた。黄色い魔力刃が、鍔から鉄を焼くような音ともに出現する。

 

 

「お前は間違いなく【成功作】として生まれたんだ。お前が【成功作】じゃないと言うならば…今ここでお前を、八つ裂きにしてやる…!」

 

 

〝また、あの眼だ…!〟

 

ケイマンが殺された時、ケープの下から見えたあの日の眼と同じ瞳だ。体の奥底が痙攣するような感じが駆け巡り、体の血液が一気に冷たくなる。

 

 

「得たいの知れないアンタなんかに…フェイトには指一本触らせないよッ!」

 

 

困惑を振り払うように、フェイトを庇うように立っていたアルフが、瓦礫の上を蹴る。

 

 

「ダメ…!アルフッ!!」

 

 

直感のようなものが、フェイトを咄嗟に叫ばせるが、フェイクの動きもそれと同時だった。彼が左手を掌が見えるようにアルフへ向けて突き出した。

 

途端、フェイクに向かっていた筈のアルフの身体が、反対方向へ吹き飛ぶ。まるで見えない壁に押し出されたように吹き飛ばされたアルフは、何が起こったかわからないような顔をしたまま、瓦礫の壁に叩き付けられた。

 

力無く崩れ落ちたアルフを、小馬鹿にするように見下し、フェイクは鋭い呼気を奏でる。

 

叩き付けられた衝撃で気を失ったアルフへ、フェイトは駆け付けようとしたが、彼はそれを許さなかった。フェイトが移動しようとした瞬間、彼はフェイトの何倍もの速さで飛び上がると、回転しながら閃く光剣を振りかざす。防護壁を張る暇すら無かった。ただ反射的に手に持っていたバルディッシュを眼前に取り上げて、下から伸びてきた斬撃を受け止める。

 

 

「いい反応だ、だが甘い…!」

 

 

フェイクは着地すると、漆黒のケープを揺らしながら怒濤の追撃を繰り出す。まるで幾つもの斬撃が同時に放たれてくるような速さだった。

 

 

「…ソニック!」

 

 

負けずと、フェイトもソニックフォームへと切り替え、二対の光剣となったバルディッシュで攻撃を受け止める。魔力の光がぶつかり合い、打ち付ける度に衝撃が腕を駆け巡っていた。

 

 

「〝マスター〟は貴様のことを高く買っていたようだが、俺にはそうは見えんぞ!」

 

 

激しい剣戟の中で、彼は不満そうにフェイトを睨み付ける。フェイクの剣戟は想像を絶する速さと正確さを兼ね備えていた。その技は、剣の達人であるヴォルケンリッターのシグナムとは違うベクトルの達人と言えた。

 

 

「お前も失敗作と言うなら、なぜお前は光の中にいる…! 俺はずっとお前たちを、地獄の底から見上げてきた。それも、もう終わりだ。俺はもう…見上げるばかりじゃない!」

 

 

幾つもの重なり合う衝撃が、フェイトを少しずつ後退させて行く。気が付けば背中は壁。逃げ場を防がれた。なんとか脱しようと、二刀のバルディッシュを同時に振り下ろし、相手を下がらせようとしたが、フェイクは渾身の一撃を難なく受け止めていた。

 

 

「その程度で精一杯か…!」

 

 

ぶつかる魔力光の下で、フェイクは憎悪に満ちた笑みを浮かべる。鍔競り合うテスタメントの魔力光剣から一際、擦り切れそうな甲高い音が唸る。その瞬間、フェイトの握るバルディッシュの光剣を一瞬だけ、テスタメントの光剣がすり抜けた。

 

彼はそのままフェイトの防御包囲網を突破し、一瞬で彼女の肩や太ももへ光剣を振るう。

 

 

「う”あぁぁ…ッ!」

 

 

焼けた鉄を押し付けられるような感覚が、フェイトの全身を駆け巡る。想像絶する痛みから、斬りつけられた太ももは力を失って地面へと崩れ落ちた。

 

 

「弱く脆いな、フェイト。お前は俺たちの屍の上に立つ【成功作】なんだぞ」

 

 

痛みで立つことすらできないフェイトを見下ろしながら、彼は落胆した様子だった。彼がスイッチを切ると、伸びていた光剣は瞬く間に鍔へと収まった。

 

フェイトの肩と太ももに受けた傷は、非殺傷設定で出来た傷では無い。それは完全に物理的な傷で、身体中を襲う痛みは、「闇の書事件」でシグナムから受けた攻撃の痛みと酷似していた。

 

彼は手に持っている武器「テスタメント」は、非殺傷設定などなく、完全に【殺す】為の兵器だ。

 

 

「俺が何を言っているか。わからないような顔だな」

 

 

覆いかぶさるようにフェイクが屈むと、痛みで歪むフェイトの顔を覗き込む。

 

 

「プロジェクトF.A.E.T。それは人造生命体を産み出す為の研究であり、お前の原点でもある。だが、産み出され、生き残った、あのプロジェクトの産物は、お前一人だといつから考えていた? あの狂気を味わったのは自分一人だけだと、いつから考えていた?」

 

 

プロジェクトFで産み出されたのは自分一人だけだ、と。人造生命体として、私は一人だけ、と。容姿は人間と変わらなくとも、フェイトは絶対的に人間と違う存在。

 

無意識のうちに降り積もっていた「他人とは違う」自分自身の劣等感が、フェイトの触れたくなかった心の欠片を刺激した。

 

フェイクには、それを知らしめる必要があった。

 

でなければ、フェイクは、一体何者なのかを、フェイトへ知らしめることができない。

 

 

「プレシア・テスタロッサは、お前を、アリシア・テスタロッサを蘇らせる【器】を、より完璧にする為に、幾つも人造生命体のプロトタイプを作り、実験を繰り返した」

 

 

 

 

 

 

それは母の狂気。自分が望む、たった一人の愛娘を蘇らせる為に踏み込んだ――。

 

神の領域を犯した禁忌の産物。

 

 

「―――俺は、お前が産み出される直前に作られた〝実験用クローン〟だ」

 

 

彼は、その狂気から産み落とされた――もう一人の「F.A.E.T」。

 

 

 

 

 

 

 

その時、フェイク目掛けて天空から桜色の一矢が放たれた。

 

 

「時間切れか…」

 

 

フェイクは即座に飛び上がり、向かってきた桜色の閃光を躱すと、外していた深いフードを被り直し、再びテスタメントを起動した。後続で飛来する幾つもの魔力スフィアをテスタメントで受け流す。

 

スフィアの外郭を割らずに。受け流されたスフィアは、弾道を逸らしてフェイクの足元や、すぐ側へと着弾する。そして、着弾時に巻き上げられた煙に紛れるように、彼は闇の中へと消えていった。

 

 

「フェイトちゃん!」

 

 

すぐに、桜色の閃光と魔力スフィアを放った人物、高町なのはが、倒れているフェイトの元へと降りてきた。

 

 

「なのは…」

 

 

親友に抱き上げられたフェイトは、その安心感からか、痛みと戦っていた意識を手放した。親友の呼び掛けとまどろみの中で、離れる間際にフェイクが放った言葉が反響する。

 

 

 

〝お前は必ず、俺が殺してやる〟

 

 

 

その言葉は、彼女の脳裏から離れることはなかった。

 

 

 

 

――NEXT

 

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