攻撃隊であるライリー達、四名の隊員は入り交じる敵や味方の攻撃の最中を、海面に沿って飛びながら掻い潜っていた。
現場はすでに混戦状態であり、謎の武装隊と次元航行部隊、戦技教導隊が切り揉み合うように飛び 交いながら上空で凄まじい空中戦を繰り広げていた。その中を攻撃隊に護衛されながら、ランディが乗る輸送ヘリが部隊の救援に向かって突っ切って行く。
攻撃隊に所属する隊員は、全員が実戦経験は豊富だ。隊では新人である前衛のライリーとアーチャーも、サイファー隊に配属されるまでは航空武装隊で何度も実戦を経験している。だが、現在の攻撃の装備は、演習を想定したものであり、実戦で戦うにはあまりにも乏しいものだった。攻撃隊でかろうじて空戦対応できる装備を持つのがライリーのビットと、アーチャーの特注デバイスだけだ。ほかの隊員たちも役に立つと言えばペイント仕様に書き換えられた誘導弾くらいで、ヘリに近づく敵の索敵と防御魔法で対応するしかなかった。
「ティルフィング!」
攻撃態勢となっていたライリーは、息を鋭く吐き出しながらティルフィングを横一閃に振り抜く。
【X-S01を展開します】
そのまま七基中、五基のビットがライリーの周りから離れ周囲へと展開した。縦横無尽に空を舞いながら敵を翻弄するビット。発射される演習用ペイント弾には、飛行システムを一時的に麻痺させる作用があった。
「な、なんだこれは!お、墜ちる!?」
多方向から襲いかかってくるペイント弾に反応できない敵は、瞬く間に真冬の海へと落ちていった。その光景は圧倒的と言えた。既存のデバイスのアビリティを上回るビットの性能は、敵だけでなく味方をも驚かせた。だが、相手も手練れの空戦魔導師だ。
「こんな小細工でやられるかよ!」
三次元から飛び交ってくるビットからの攻撃をすり抜け、海面を沿って飛行するライリー達の方へと敵魔導師が急降下する。ゲリラ戦や、奇襲をしてくる敵は、急降下からの一撃離脱の戦法を好むと、管理局の中ではそういう法則があった。だから、相手の急降下には警戒しなければならない。
だがライリーは、敢えて急降下してくる敵が、応じやすい軌道にビットを向かわせた。それがライリーの得意とする戦術だ。甘い弾道に見せかけたオトリを、敵は誘われるように避わし、こちらに向かってくる。その敵の飛ぶ軌道は、ライリーが頭の中で思い描いたものと一緒だ。
「今だ。行け、アーチャー!」
「オーケー、アーチャー・オーズマン!頼まれた!」
その軌道の先は、張り巡らされた戦術の檻の中。敵を誘き出したライリーが、入れ替わるように後ろに退がる。
「地球で言うと、飛んで火に入るなんとやらってな…。行くぜ、ベリルショット!」
【All right. My meister】
ライリーの後ろから出たアーチャーが構えたデバイス《ベリルショット》は、2丁拳銃の近接戦闘用として設計されたインテリジェンスデバイスだ。
管理局では「闇の書」以来から、古代ベルカの解読、技術転用が行われており、後の近代ベルカへと続く技術となる技術開発が盛んに行われていた。ベリルショットはその恩恵を受けたデバイスの一つだ。内蔵された魔力磁場を利用して開発された レールガン。その強力なレールガンの反動にも耐えうる強固なボディ。加えてインテリジェンスデバイスでは珍しい、近接戦闘に特化した数々のシステムが採用されている。レールガンの銃口部に設置された魔力で構成されるブレードは、レールガンの磁場を生み出すバレルとしての役割も兼ね備えている。 その為、刀身を展開してなくてもバレルとして魔法は常時展開し続けているので、ブレードの展開も素早く行うことができた。
「弾けろ!」
【Masamune blaster.】
両手の銃口から亜高速で放たれる魔力光弾(マサムネブラスター)の威力は凄まじく、目標とした敵の手元から意図も容易くデバイスを弾き飛ばした。
「ぐあぁ!?」
「デバイスが!」
「オラオラオラァ!手元が甘いんだよ!」
ライリーのビットによって誘い出された敵から、アーチャーは金属が弾けるような甲高い音を轟かせながら、次々にデバイスを弾き飛ばして行った。その時、アーチャーのすぐ脇を太い魔力砲が掠める。
「うわっと!」
ベリルショットの防御機能は、近接戦闘を主とするアーチャーを補助し、シールドや防御魔法のほとんどをオートで発動する。掠めた魔力砲は、オートで展開された魔法盾でなんとか避わせたが、死角から撃たれたアーチャーは迎え撃つ体制が整っていない。
やったぞ、と言わんばかりに敵のデバイスからアーチャー目掛けての次射の砲撃魔法の燐光が光る。
それを見たアーチャーは、ニヤリと笑った。
「やられるのは、てめぇだ」
その瞬間、砲撃魔法を構えていた敵は、無数のビットに取り囲まれた。すでに射撃体制に入っていた敵は為す術もなかった。飛来した無数のビットからの攻撃受け、でたらめに砲撃魔法を撒き散らしながら、敵は海へと落ちていく。
「ナイスコンビネーション、サイファー2」
「全く、油断するな。サイファー3」
「阿呆、お前がそう来ると思ってわざと誘いに乗ったんだよ。演技だよ、演技」
ビットを引き連れて、アーチャーの隣に飛んできたライリーが不機嫌そうな目でアーチャーを睨む。
「そこのカップル!痴話喧嘩してないでさっさと救援行くぞ!」
「だから、カップル言わないでください!」
不機嫌さが更に増したようにライリーが吠えた。
輸送ヘリを護衛する先輩は悪びれた様子もなく、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている。
そう茶化されながら、ライリーとアーチャーはヘリ護衛の軌道に戻った。
****
攻撃隊と輸送ヘリは、敵の攻撃を掻い潜り通信に応じたファーン・コラード一等空尉が待つ空域へ 辿り着いた。次元航行部隊は、重傷者を中心に円を描くような形でその場しのぎの防衛網を強いていた。
「こちらサイファー隊所属のライリー・ボーン二等空尉です!重傷者の名は?」
救援が到着したからか、ファーンの上擦っていた声が少しばかり和らいだ。彼女は両手で支えるように重傷者を抱えながらライリーやアーチャーに聞こえるように叫ぶ。
「重傷者は、高町なのはです!」
《え?なのはちゃんが!?》
続いてライリーとファーンがいる区域に到着したヘリから、ランディの声が通信越しに届いた。知り合いか、とライリーがランディに問おうとしたが、ファーンや他の隊員に抱えられて運ばれて きた重傷者を目にして。
――ライリーは、言葉を無くした。
足や腕には深い傷や切傷もあった。被弾時に頭が切れているのか額にはかなりの量の血が流れている。なによりライリーが驚いたのは、重傷した魔導師が、「高町なのは」と呼ばれた人物が、まだあどけなさが残る子供だったことだ。ブリーフィング中に『闇の書事件解決にした魔導師も参加する。年端もまだ幼いんだがな』と怪訝そうにグラハム隊長が言っていたことを、ライリーは思い出していた。
「なのは!しっかりしろ!オイ!」
抱えられている「高町なのは」にすがるように叫んでいる魔導師も、見た目はまだあどけない少女だ。
その光景を見た瞬間、ライリーの中で、何かが切れた。
「なんだってんだ!子供が二人もこんなところに!連れてきた奴はどいつだ!!えぇ!?」
殴り付けるように、血塗れのなのはを抱いているファーンや、その場にいる他の隊員を恐ろしい形相で睨み付けながらライリーは怒鳴り付けた。 反射でファーンが首をビクッとすくめ、他の隊員もライリーの異様な怒気に身を竦める。もちろん答える者などいない。
ライリーには信じがたいことだった。いくら人員不足と言っても、こんな年端も行かない子供を、演習とは言え戦いの空へ連れ出してきた事が。
結果、子供にこんな大怪我を負わせてしまった。ライリーには、そんな管理局の行いが、危険があると分かっていながら子供を空に駆り立てた者が、どうしても許せなかった。
「ライリー、落ち着け」
さっきまで揚々としていた筈のアーチャーの冷たいほど冷静な言葉を聞いて、ライリーは全員が水を打ったように静まり返っていることに気がついた。ライリーの肩に手を置き、アーチャーが切り替えたように上空で待機しているヘリに向かって叫んだ。
「おうランディ!さっさと重傷者と引っ付いてるガキ回収しろ!」
《わ、わかりました!》
アーチャーの声に、ライリーが一気に現実に引き戻された。そうだ、怒るよりも先にこの子を助けなければならない。目の前にいるファーンにライリーは頭を下げると、上空を見上げた。
アーチャーはすでにヘリを狙ってきている敵魔導師と交戦を開始している。
「行けっ…ビット!!」
アーチャーに続くように、ライリーは輸送ヘリへ群がってくる魔導師へビットを飛ばした。
「二人を収容するのにあとどれくらい掛かる!」
《三分でなんとかします!それまで、なんとか凌いでください!》
軽く言うなよと、ライリーと背中合わせになるような体制をとったアーチャーが毒づいた。
ヘリを護衛するのはライリー達攻撃隊と次元航行部隊所属の隊員数名だけ。しかも、こちらは演習用の装備だけで実質まともに戦えるのはライリーとアーチャーだけだ。いくらやり手と言えど、敵魔導師による防衛線の突破は時間の問題。 飛来する魔力スフィアをビットに搭載されているリフレクターで跳ね返しながら、ライリーは数を増して行く敵にどう対処するか思考を巡らせた。その悪化して行く状況の中、背中を預けているアーチャーも恐らく同じことを考えている筈だ。
どうする…!
その時、ライリーとアーチャーの頭上をひとつの影が飛び去っていった。真正面から突っ込んできていた敵魔導師の顔面にペイント弾が当たり、切り揉みながらその魔導師は落ちた。影が飛び去ったのを見上げた先には、もう二人の敵が墜落する様子が見えた。
その間、わずか数秒の出来事だった。
一瞬で、三人もの敵を落としたのは、グラハム編隊長だった。それも直射式しかない演習用のペイント弾で。まさに鬼神に勝る恐ろしいほどの技量と強さだった。グラハムが飛んでくる瞬間すら、二人は見えていなかった。それは、七基のビットを操る動体視力を持つライリーですら、思わず「なんという人だ」と呟くほどだった。
「ライリー!アーチャー!お前たちは救助者の回収作業を!コイツらは俺たちが引き付ける!」
グラハム隊長からの怒号に似た声が響いた瞬間、二人の前に隊長に続いてサイファー隊のメンバーが上空から降りてきた。到着したサイファー隊と、次元航行部隊の隊員と合わせれば防衛線を充分補うことができる。新参者であるライリーやアーチャーよりよっぽど現場馴れしている彼らだ。メンバーの誰にも切迫した表情をする者はいない。
「了解!」
「この退けってんだよ、くそったれ!」
ライリーの返事と同時に、敵と揉み合っていたアーチャーが敵魔導師の顔面に蹴りをかますと、二人はヘリへと身を翻す。
ライリーは、飛行魔法で空中に待機しているヘリの開放されているランプドアからキャビンへと乗り込んだ。人海戦術で運び込まれてくる高町なのはを、ライリーが引き受けヘリの中へと運び込む。アーチャーはヘリの外で周囲の哨戒に当たった。抱き上げた少女の身体はあまりにも軽い。戦いの空にいるにはあまりにも不向きに思えた。
「すまない」
ライリーは気を失っているなのはへ静かに呟いた。改めて彼女の幼さを思い知る。こん
な彼女をこんな場所に連れ出してきたことにライリーは憤りを覚えた。ヘリの中で待機していた救護班は、すぐに重傷のなのはを簡易型のベッドへ運ぶように指示をする。
ライリーがなのはをベッドに寝かせると、救護班が手際よく応急措置を施して行く。 だが、なのはの傷は予想以上に酷く、医療設備が整っていない現状では危険な状態だった。一刻も早く医療設備が整った場所へと運ばなければならない。
その時、アーチャーが哨戒しているランプドアの外から、絶叫に似た声が聞こえた。
「隊長!?」
聞き覚えのある声だった。だがグラハムの絶叫など、ライリーは聞いたことがない。
「どうしたんですか!?」
ライリーと同じくなのはを運び込んだ女性、ファーン・コラードがヘリのランプドアから身を乗り出して上空を見上げるライリーに声をかけた時、生暖かい雨が二人の顔に向かって降ってきた。同時に、ライリーの肩にどすっと、何かが当たって落ちる。ライリーの肩の装甲に何かが当たった時、まるで濡れた布で叩きつけられたような、そんな鈍く湿った音が聞こえた。
「え…?」
すぐ隣にいたファーンから、血の気が引く気配を感じた。肩から何かがずり落ち、落下して行く。
それを見つけたとき、ライリーの思考が一気に凍りついた。
晴天の空に反射して、赤く光る光点を撒き散らしながら海へと落下していくそれは――――二の腕から切断された人の腕だ。
「隊長オォォォ――――ッ!!!」
血の雨に当たったライリーは、叫び声を上げながらヘリから飛び出した。後ろからアーチャーが何かを叫んでいたが、完全に冷静さを失ったライリーの耳には届かなかった。展開していたビット七基すべてを隊長やサイファー隊のメンバーと交戦していた敵魔導師達へと放つ。輸送ヘリ周辺の七基のビットが弾けるような挙動をすると、縦横無尽な軌道を描いてサイファー隊を取り囲む敵の中へと突っ込んでいく。
敵がビットに気を取られているその隙に、ライリーはサイファー隊の編隊の元へと滑り込んだ。隊長を守るように囲む先輩たちを押し退けてライリーが見たのは、左腕の二の腕から下が無くなった痛々しいグラハムの姿だった。その瞬間、ライリーは顔から血が引く感覚を覚えた。
「隊長…!」
硬直したライリーの腰を、サイファー隊の誰かが小突いた。我に帰って振り返ると、隊長とライリーを守るようにサイファー隊のメンバーが既に隊列を組んでいる。その先輩たちの眼を見ただけで、ライリーには分かった。声に出して言わずとも、先輩達が「隊長を頼んだ」と伝えているのが。ライリーは、直ぐ様グラハムを後ろから羽交い締めにするように抱えると、ヘリへと引き摺るように運び始めた。サイファー隊のメンバーも、実戦装備がない状況で決死の防衛戦を繰り広げていく。
「バカが!行けといったはずだ!」
「アンタを回収しないで行けますかッ!」
飛行魔法すら維持できないような状態になりつつあるグラハムを担いで、ライリーは輸送ヘリへと飛ぶ。だが、防衛戦を抜けた何人かの敵魔導師が蟻のように群がり、トドメを刺さんとばかりに迫ってくる。
「敵魔導師に追い付かれたら仕舞いなんだぞ!輸送ヘリごと子供を死なせる気か!?」
「聞けません!そんな命令!」
「置いていけ」と担がれながら暴れる隊長を落とさないように支えながら、ライリーはヘリに向かって飛ぶ。ライリーにとって、救助した少女よりも、自分の恩師であるグラハムの命の方がよっぽど優先すべきものだった。
レジアスと同期であり、グラハム自身も管理局の高官の一人だと言うのに、彼はライリーを含め、サイファー隊の誰にも高圧的な態度で接することは無かった。寧ろ、サイファー隊に編入してから、様々なことをグラハムは教えてくれた。命を守ること、命を助けること、そして自分自身が危険な任務から生き残ること。必要なことをグラハムは教えてくれた。
ライリーもアーチャーも、グラハムに好感が持てた。この人になら付き従える、と。
〝この人を死なせるわけにはいかない。〟
切り落とされたグラハムの傷口から溢れる血がライリーのジャケットに染み込んで行き、生暖かいジメジメした感触がグラハムを背負う背中から脳へと伝わる。敵魔導師との距離はもうほとんどない。 絶対に死なせるものか! ライリーはグラハムを担ぎながら懸命に飛んだ。
だが、人を担いだまま飛行するライリーに、追ってくる敵は徐々に距離を縮め迫る。デバイスを携えた敵魔導師がライリーとグラハムの背後から飛び掛かった。
――くそっ。ライリーは隊長を庇う為、迫る敵のほうに反転すると、訪れる痛みに耐えるため歯を食いしばった。
一閃がライリーとグラハムを襲おうとした、その時。
「世話…焼かせんなッ!」
間一髪で、下から潜り込んできたアーチャーが、敵の攻撃を愛機であるベリルショットのブレードで受け止めていた。
「さっさと行け!」
敵とつばぜり合うアーチャーに言われるまま、ライリーはグラハムを抱え直して、なんとかヘリへ転がり込んだ。待機状態だった輸送ヘリの進路はミッドチルダ地上本部へと向き、けたたましく音を立てながら飛び立つ。痛みで顔を歪めるグラハム隊長を救護班に任せ、ライリーもランプドアからアーチャーや他の隊員の援護に向かうため、外へ飛び出そうとした。
《こちらサイファー3。サイファー2、お前は輸送ヘリの護衛に当たってくれ。俺たちはこっちで敵を食い止める。》
「悪いな、良いとこ取りで」と、いきなり繋がったアーチャーからの通信回線にライリーは怪訝な表情をした。アーチャーは「期待しとけ」と笑顔で答えた。ライリーは内心では納得できないでいたがヘリの護衛も必ず必要だ。「わかった」とライリーは答え、アーチャーの提案通り輸送ヘリの護衛に回るため、通信機を切った。
****
あの日、ライリーとの通信を終えてから通信するために海面近くまで降下していた俺は空戦空域まで戻った。
「各員!俺たちは敵の足止めだ。隊長たちが離脱するまで持ちこたえるぞ!」
副隊長の厳つい声が通信越しに聞こえてくる。俺は襲ってくる敵と競り合うようにしながら、アイツが護衛するヘリが飛んでいくのを何度も確認した。
電波回線の有効範囲内にいるかどうか、範囲エリアからヘリが出たかどうかを確認するためだ。
まだ俺は見つかるわけにはいかなかった。ヘリは徐々に遠ざかっていった。
あの時、ヘリが離れていくと同時に高鳴って行く鼓動は、今でも耳に残っている。
ヘリが豆粒のように遠くなった時、敵の一人が、片手の親指を立てて下に向けながら振った。
俺に見えるようにな。
同時に、俺たちがいた空域にスモークが散布された。スモーク内には細かな微粒子が混ざっていて、一度スモークを撒けば、衛星からのネットワークの回線信号を乱反射させ、使用できないようになる。
つまり、それを使えば衛星通信が無力化できる。
短距離ではあるが、電波障害を受けにくい強力な通信機や、有線の通信機器に対して効果は無いが、これでこの場の状況を、管理局は把握できなくなっただろう。そして、これが敵の本来の目的であり、あらかじめ決めておいた"合図"でもあった。
当時の管理局の魔導師は、外世界で活動するにあたって「対魔導師」の対策がまったく取り入られてなかった。本格的な訓練を受けていたのは隊長格から上、危険な犯罪事件の調査を行う執務官役職くらいだ。現場にいる一般魔導師にまで「対魔導師戦術」の訓練は浸透していなかった。
まぁ当然だろう。
そもそも、「対魔導師戦術」ということ事態に、管理局は重要性を感じていなかった。
魔力物質がある世界はあれど、それを制御し、扱うことができる技術を有した世界は殆ど無い。
現に、お前の出身地である外世界「地球」も、俺が住んでいた故郷の世界も「魔力」という概念は空想的な代物だという認識だったはずだ。管理局側からすれば、外世界で活動するとしても、魔法での反撃の心配性はなかった。それは、管理局が扱う魔法が、時空管理局が唯一、完全に保有し、世界の均衡を保つ「抑止力」だからだ。
だから、「対魔法戦術」なんてイレギュラー的なカテゴリーだったのだろう。
魔法という超次元的な能力に酔った、管理局の慢心。
その油断がどれほど大きな隙だったか、管理局に身を置き、前線に出ていた俺には理解できた。
P・T事件の時も。
闇の書事件の時も。
管理局は何ができた?対魔導師対策が何もされず、プレシア・テスタロッサを捕らえるときに多大な犠牲を払った。
闇の書の捕縛も然りだ。古代(エンシェント)ベルカとは言え、相手は魔導師だったはずだ。だが、管理局の魔導師たちは軒並み歯がたたなかった。
だが、上層部は何も変わらなかった。静かに崩れだしている「力」の均衡にも気付かない。
八年前の合同演習としてもそうだ。
「活発化する反管理局勢力と武装犯罪組織に対する牽制」と揶揄しながら、演習用で支給された武器は、お遊び程度で作られた対魔導師用のペイント弾だった。
実弾兵装にし、もしも市民に被害がでたら管理局の威厳は失墜する。
それを恐れた上層部の判断だったんだろう。「反管理局勢力、犯罪組織に対する牽制」と言っておきながら、この体制だ。
「対魔導師戦術」なんて、演習や模擬戦のときにしか役に立たないという認識しかない管理局。
誰も歯向かってこないだろうとタカを括っているような体制。
まるで自分達が生態系の頂点に君臨しているかのような思考。
――気に入らない。
――まったく気に入らない。
あの時の俺は、心の中でずっとそんなことを思い続けていた。
「ベリルショット。コード、“アルテイシア」
【了解。非殺傷設定を〝解除〟します】
俺はつばぜり合う敵から刃を離して、静かにそう言った。
ベリルショットは、俺の設定したコード通りに、非殺傷設定を解除する。
「アーチャー、なんで」
先輩は驚いたように俺を見た。
当然だ。
知っているだろうが、普通、管理局のデバイスは「非殺傷設定」を解除することはできない。
解除するには、開発時のプロダクトコードが必要で、そしてそれは、管理局の重要機密扱いになっているからだ。
「殺さずにこそ、理想がある」と言わんばかりに。なんともバカらしい理想だ。
そして俺は――そのまま隣にいたサイファー隊の先輩を、迷わずに斬った。
首の側面から、胴を抜けるように大きく袈裟を描いて斬った。
その時の、俺が斬った奴の顔は、今でもはっきりと覚えている。
まるで、何が起こったかわからないようなまぬけな顔で、先輩は大量の血を撒き散らしながら 空の底へと落ちていった。 手加減していたであろう、俺がさっきまで競り合っていた敵達が、次々とサイファー隊のメンバーに襲い掛かった。いくら一流という魔導師でも隊長を失い、装備もひ弱で、体力も底を尽きかけている、そんな四面楚歌な状態だったから、落とすのは造作もなかった。
残ったサイファー隊の全員が、あの場所で死んだ。
あとで聞いたが、救助信号の反応は無かったようだ。全員が苦しむ前に息絶えたんだろう。あの時の俺は、苦しまずに死んでくれて良かったと思った。自分で殺しておきながら、不思議だった。もちろん、罪悪感なんてものは無かった。覚悟は決めていたからな。
サイファー隊の隊紋があしらわれたバリアジャケットを着ている俺は、最早、管理局の人間ではなくなった。俺だけを残した中、武器を収めた奴らが俺に向かって敬礼のような格好をした。
そして、ひとりがこう言う。
「作戦完了致しました。リーダー」
この瞬間、俺はもう戻ることの無い修羅の道へと踏み出した。
肩に施された隊を象徴する紋章を剥がす。
――――そうして俺は、「管理局の敵」へと変わった。
「ご苦労だった。作戦は次のプランに進む。お前たちはこの場で待機、迎撃にくる管理局勢力を引き付けてくれ。頼むぞ」
俺の言葉を聞いて、敬礼していた魔導師たちは、上空に上がっていった。遠くからの敵を索適するためだ。管理局が現状打開の策として立案した大規模な演習中に謎の部隊との交戦。
生き残ったのは帰投した重傷者と護衛した数名の魔導師だけだ。この大規模な演習に現状打開の威信を賭けていた管理局は、この事件を無視することはできないはずだ。
必ず管理局は動く。
それが俺たちの狙いだった。
管理局が総動員で動かなければ、俺たちが「必要とするもの」が手に入らなかったからだ。
―――なぜライリーと自分たちを生かしたか、だと?
必要だったからだ。俺たちは目立たなくちゃならなかった。生き残りを還らせ、事を荒立て、管理局を動かさなければならなかった。管理局が、この世界の絶対的な正義と勘違いしている、そんな偽善者どもに、気づかせなければならない。
自分たちが育てた、自らの過ちを。
―――今思えば、俺はライリーを真っ先に倒しておくべきだったかもしれない。
殺しておくこともできた。殺すチャンスはいくらでもあったのに、俺は奴を生かした。
それは、だだ、俺にとってみたら、奴は越えなければならないモノだったからかもしれないな。
【大規模な演習中に謎の武装隊が襲撃――――計画的犯行か?】
十日に行われていた時空管理局による大規模演習場で、同日十一時頃、謎の武装隊により襲撃事件が発生した。襲撃されたのは、次元航行部隊・第一分隊や戦技教導隊・第一航空中隊、遺失物管理部・機動一課が演習していたエリアであり、同隊は午前十時頃に首都地上本部から飛び立ち、演習エリアである空域へ入ったところで襲撃された。
これにより現場にて交戦状態となった同隊から死傷者が十五名となっており重傷者二名、軽傷者三名は救助されたものの、遺失物管理部・機動一課では第四航空中隊『サイファー隊』の生存は絶望視されている。
尚、武装隊の目的は不明。大きく宣伝した大規模な合同演習がこのような形で失われるのは時空管理局にとって大きな痛手であり、今後の対応に注目が集まっていると言える。
(0067年十二月十日 ミッドチルダタイムズ発行情報紙より)
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