アウトレットでの火災事故。
それを装った「フェイク」による襲撃事件の後、救急隊に保護されたフェイトとアルフは、クラナガンの中心都市からほど近い場所にあるクラナガン中央医療センターに運び込まれていた。気絶したアルフは幸いにも怪我は打撲程度で、フェイトの怪我も見た目は激しい火傷と浅い切り傷だったが大事には至らないもので、ミッドチルダの医療技術に掛かれば傷跡も残らない。
しかし、重要な部分は傷の大小ではない。その怪我は魔力からなる傷ではなく完全なる「火傷」と「切り傷」であり、傷跡からは魔力反応も検出されなかった。
救急班に同行していたなのはやヴィータも、フェイトとアルフの容態を確認した後、すぐに現場へと戻っていった。ヴィータは事件の事後処理があると言っていたが、なのははどこか思うところがあるような、そんな表情を見せていた。
治療を受け、念のため検査入院を余儀なくされたフェイトは、隣のベットに眠るアルフに付き添いながら自分に襲いかかってきた「フェイク」のことを考えていた。
自殺したアーマン・ブリッツ。フェイクによって殺害されたケイマン・パラメーラ。その二人に関しても、現場や遺留品、彼らの亡骸からも魔力反応は検出されていない。
そして、フェイトの前だけに正体を明かした影、「フェイク」。
彼の動き、戦闘技術は自分以上に洗練されていた。舞うように光剣を振りかざす彼の速さは、フェイトのソニックフォームの速度を遥かに上回っている。そして尚且つ、恐ろしいほどにその動きや気迫、思考、方法が「殺人」に特化したものとなっているように思えた。
「お前は必ず俺が殺してやる」。
その言葉がフェイトの耳から離れなかった。それを語った彼の瞳は、生半可なものでは到底到達できない眼光を宿しているものだった。生きることを極端なまでにすり減らした、鉄のように冷たい色。だけど、それでもはっきりと憎しみが伝わってくる眼差し。
そもそも、彼はいったい何故あんな姿になったのだろうか。
プロジェクトFの生き残り。私と同じ存在。ほんの僅かに生まれる時間が異なった、もう一人のフェイト。歪ながらも、母と共に過ごしたあの時間の中で、彼はいったいどこに居たのだろう。考えれば考えるほど、フェイトの中に浮かぶ疑問は増えていくばかりだった。
「フェイク」という存在はフェイトが今まで思いもしなかった″ある可能性″を示していた。自分以外にもあのプロジェクトによって生み出された者がいるという事。
そしてそれは母、プレシア・テスタロッサが大きく関わっていて、同時にフェイト自身にも大きく関わるものでもあるという事だ。
彼は一体何を見てきたのだろうか。
私と同じなのだろうか?
もし、私がなのはと出会っていなかったら、私が歩むかもしれなかった一つの可能性が彼だと言うのだろうか?
自分は――、一体何者なのか。
今まで考えないようにしてきた自分自身への問いかけが、今になって喉元に突きつけられている。
母との別れから、アルフと二人ぼっちになってしまった時。リンディやクロノという暖かな人に出会い、そしてかけがえの無い〝友〝と出会い、フェイトを取り巻く環境は穏やかに、そして劇的に変わっていった。
その変化する刻の中でも何度か「自分とは何者か」といった疑問と向き合ってきた。闇の書事件で、泡沫の記憶であったとしても、フェイトはアリシアと会い、そしてアリシアは自分を「妹」と呼んでくれた。その時に感じた温もりや、心強さは今も尚、胸の奥に優しく寄り添ってくれている。
けれど、フェイト自身、自分はどこへ向かっていくのかーー、これから歩んでいく未来の先が見えていなかった。
そんな漠然とした未来を前に、フェイトは自分を取り巻く環境から自然と執務官になる道へと歩んできた。
執務官として活躍するクロノには少なからず憧れを抱いていたし、そうなりたいと言う願望もあった。
母が何故、あのような事故に巻き込まれたのか――。なぜアリシアは死んだのか。自分の原点を知りたいという欲もあった。
しかし、その先は何か?と、自分ヘ問い掛けた途端に言葉に詰まってしまう。
理想はある。
けれど、フェイトには決定的に、執務官たる信念が欠けていた。
何のために執務官であり続けるか。
その答えが欠けているフェイトは、執務官としては脆い。
環境から、その人を導く道標となることは多い。だが、その人自身が、なるべき理想や信念、願望を抱かない限り、その道があったとしてと酷く不安定なものとなる。どうしようもないほどに。
「聞いた割にはもう元気そうだね、フェイトちゃん」
ふと声をかけられ、フェイトが振り返った先には肩で息をしているキィナが病室の入り口に立っていた。
「まったく、トレイル室長が『テスタロッサが襲われて怪我をしたー』なんて鬼気迫る声で言うもんだからさー。あわてて駆け付けちゃったよ」
群青色の管理局指定制服の上着を脱ぎながら、彼女は気さくにそう言った。真っ白なブラウスには汗が滲んでいて、うっすらと下着の型が浮かび上がるほどだった。
「――キィナさん」
フェイトがキィナと会うのはケイマン・パラメーラが殺害されたあの夜以来だった。彼女の人懐っこい笑顔がなぜかとても久しぶりのように思えた。病室に入ってきた彼女は、フェイトのいるベットの近くにある丸椅子に腰を下ろした。腕と太ももに施された治療の痕を見て「なんだか、私と代わりばんこみたいになっちゃったね」と、冗談めいたように笑う。
「フェイトちゃん、その怪我の魔力反応は?」
キィナの問いに、フェイトは首を横に振って答えた。彼女は「やっぱり」と言った様子であり、どこか納得のいったようなそんな表情を見せた。
「フェイトちゃんを襲ったのは、あの黒頭巾で間違いないようだね――その怪我も」
そう言うとキィナは持っていたカバンから資料の束と、ミッドチルダに戻ってくる道中に殴り書いたメモを取り出した。その資料とメモは、キィナがカレイヴルフ・テクニクス社でかき集めた情報と、それに基づいた調査資料だった。彼女は真っ直ぐにフェイトと向き合う。
「これが、フェイトちゃんと離れていた時に集めた私の情報。知りうる限り、お互いの情報を交換しよう」
キィナに迷いは無かった。
この資料が意味する管理局上層部の領域に自分が踏み込んでいいのだろうかという不安は確かにあったが、自分は局員であり、執務官だ。
人が死んでいる事件を建前や立場で目をつむって見て見ぬふりをするほど愚かな人間ではないつもりだ。
そして何より、目の前にいる「フェイト・テスタロッサ」。
彼女の母親が、そして彼女がこの事件に深く関わっているなら尚更だ。ここまで踏み込んだ以上、彼女は真実にたどり着くまであきらめない覚悟を決めていた。そしてそれは少なくとも――。
「――わかりました、キィナさん」
戸惑いながらも前に進む。フェイトも同じだった。
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