――――0067年。十二月十一日。
当時の管理局が催した大規模な合同演習。
その演習空域に突如として現れ、襲撃してきた謎の武装組織《ヘイズレグ》。
ヘイズレグと時空管理局との間で勃発した空域内での航空戦は、圧倒的とも言える物量差で管理局側の勝利に終わった。
そして残存するヘイズレグの一味を拿捕し、事態は沈黙したという形で終結した。いや、終結したと思われた。管理局史上初となった管理局が統治する区域にて発生したテロ事件。管理局側も無傷というわけでもなく、対応に手慣れない各航空小隊、部隊に多大なる被害を払うことになった。
その結果、各時空世界を管理、統括する巨大なる司法組織、時空管理局の指令系統は、一時的とは言え麻痺する事態に陥っていた。
〝一時的な情報、指令系統の麻痺〟
その状況こそが、敵にとっての本当の狙いだと、その時の管理局にいる誰もが知るよしもなかった。
時空管理局、航空訓練世界。
演習空域でのヘイズレグ掃討作戦から帰還したライリー・ボーンは、宿舎に戻らずに、夜の闇に包まれた、この航空訓練場へと独りで訪れていた。
実戦さながらの模擬訓練を行うために、この訓練世界には廃墟となった街を模した等身大のオブジェクトが広がっている。
ビル郡に住宅地、そして工場区域。
規模は小さいとは言え、それはもうひとつの街と呼べるほどの精巧さだった。
運営費もバカにならないと聞くが、これほどの精巧さを目の当たりにすると、上層部の愚痴も頷けれた。
そんな仮初めの街を一望できる、オブジェクトの中でも一番高いビルの屋上にライリーはいた。格好は任務から帰ったまま、バリアジャケットのままだ。屋上の塀の辺りに腰をかけて、足を宙に投げ出していて、腰下まである特務隊仕様のバリアジャケットがバタバタと風に揺れている。
つい先日まで、この訓練場でライリーを含むサイファー隊が、合同演習に向けてバカみたいに同じことを何度も何度も確認しながら、訓練に明け暮れていた。飛行フォーメーション。射撃手順。遊泳飛行のパフォーマンス。そのすべての訓練が、それに費やした日々が、今でもライリーの脳裏に焼き付いて離れない。
「隊長」
飛行フォーメーションを勝手に見出すアーチャーを飽きるくらい、いつも叱咤していたグラハム隊長。
「先輩」
その様子をいつも可笑しそうに、また呆れたように見ていたサイファー隊の先輩たち。
「アーチャー…」
そして、いつも笑って返していた人物。
自分の親友と言える存在であり、相棒であったアーチャー。そんな思い出が、自分の背中にべったりとくっついていて離れることもない。静けさが支配するこの場所から、今でもあの頃の皆の声が、ライリーの耳へ届いてくるような気がした。
「…ここに居たんですね」
「――誰だ!?」
ふいに、背後から声を掛けられて、ライリーは咄嗟に待機状態にしていたティルフィングを起動させて、二つ叉を模した切っ先を振り向き様に背後へと構えた。
が、その異常とも言える行動に、声を掛けてきた人物は驚くわけでもなく、向けられたティルフィングの銃口を真正面から見据えていた。
「アンタは…」
その余裕すら伺える態度に、ライリーは警戒心を解いて声を掛けてきた人物を見た。
「ファーン・コラード一等空尉です。ライリー・ボーンさん」
「覚えてませんか?」と、そう言った彼女は、優しげな笑顔を魅せていた。まるで『自分は敵ではない』と、悠然と手を広げながら。
〝戦技教導隊第一航空中隊のファーン・コラード一等空尉です〟。
あの日、重症の少女を抱えていた女性魔導師だと、ライリーは思い出した。
「あぁ…昨日の」
ライリーはそれだけ言うと、戦闘状態にしたティルフィングを待機状態へ戻した。
ティルフィングを握っていた右手がまだ熱を帯びているのが分かる。一度灯った憎しみの炎は、そう簡単に消えない。今までの戦争や、争い事がその事実を証明しているというのに、
そんなことを、ライリーは今さらになって自覚した。
〝俺のヘイズレグに対する憎しみは、全く消えていない〟のだと。
「隣に、座ってもいいですか?」
落ち着いた声でそう聞くファーンに、ライリーは気にしないような素振りで闇に包まれた訓練場へと視線を落とした。それが肯定なのか否定なのか、ファーンにはよくわからなかったが、時間を持て余したのでライリーから少しだけ離れた場所へ腰を下ろす。ビルとビルの間から吹き上げてくる風の音。静寂が二人の間に横たわっていた。
「貴方を探すのに、色々な人に話を聞いてきました」
数分ほど静寂が続いてから、いきなりファーンがそう切り出して言う。
「そうかい、なんでわざわざ…俺を探しに来たんだ」
階級が上と理解しながら、遠慮なしにライリーは不機嫌そうな声でファーンに返した。ただ単純に、今は誰とも話す気になれなかったからだ。
「貴方のことが心配だったからです」
その不機嫌な声を気にすることなく、ファーンは率直に自分がここにいる理由をライリーに告げた。面を喰らったライリーは驚いたような表情をした。が、すぐに表情が陰った。
「――無理して、気にかけなくてもいい」
「貴方の方こそ、無理をしているんじゃありませんか?」
「俺は無理なんてしていない」
淡々とそう機械のように言うライリーの横顔には、まるで生気がないように思えた。
「嘘はもう少し上手く付くものですよ、ライリーさん」
その言葉だけで、彼の肩が震えている姿を、ファーンははっきりと見えた。
早朝、「ヘイズレグ掃討作戦」へ向かう直前の彼の表情は、恐怖を覚えるくらいの憎しみが籠った表情だった。ファーン自身、管理局に身を置くようになってから、もう随分経っていた。任務でも何度か危険な任には就いた。だが、昨日のライリーの表情のような、あれほどまでに憎悪を孕んだ瞳は、久しく見たことがなかった。
ファーン・コラードは、ベテランと呼ばれる魔導師だった。
彼女が魔導師となったのは、「魔法犯罪から市民の平和と自由を守るため」。このミッドチルダに生まれ、この世界で育ち、この世界で管理局の魔導師となった。故に彼女は、自他共にも、規律には毅然とし、厳しい意識を持っていた。それほどのベテランだった。彼女が時空管理局の上層部に居ても不思議ではない程に。が、彼女は現場にいることにこだわった。上層部に行けば、彼女の理念を貫くことができなくなるからだ。
「魔法犯罪から市民の平和と自由を守るため」。
しかし、その心情は呆気ないほどに脆く崩れ去ってしまった。
目の前に赤い光点と一緒に堕ちてきた人の腕。非殺傷設定が適用されている管理局内では、『人が人を殺す』ことによる殉職例は少ない。眼を閉じただけで鮮明に思い出せる衝撃的な出来事だった。
直後に、獣のような叫びと共に、ヘリのランプドアから飛び出ていくライリーを、ファーンはただ見送ることしかできなかった。
結果、彼の所属する部隊は全滅した。
それを聞いたのは、シャワールームで制服を着替えている時だった。情けない。気が付けば、ファーンは心の中で自分を罵っていた。
魔導師としては、彼女は既に完成していた。「弱きを守る力」というものを獲得していた。けれど、その力を手に入れても、自分の願いや信念に対しての欲求が満たされることはなかった。寧ろ虚しさを感じることもあった。一人が「10の力」を持っていても、他の人が「1の力」しかなければその均衡には綻びが出る。力があっても、ファーンは「弱きを守る」その信念が貫けなかった。
今回の出来事は、ファーンにその歯痒さを痛感させる出来事でもあった。彼よりも現場を、戦いを、何より「空」を知っている筈の自分が、何もできなかった。彼と相対するファーンには、ライリーが何故、そこまで憎しみを抱いているのか、その理由を知ってしまっていた。
だから、激情に任せて行動した彼を、咎めることができない。彼の手助けになれなかった自分が、彼を責める権利も立場も無いのだと思えた。
「ライリーさん」
ファーンは思考を切り替えると、改まってライリーに問う。
「貴方はなんで、管理局の魔導師になろうと思ったんですか?」
その問いかけをした時、ライリーは少し驚いたような顔をするが、すぐさま怪訝そうに目を細めながらファーンを見た。
「なんで、アンタはそんなことを聞くんだよ?」
「私は、この世界の市民の平和を守るために管理局の魔導師になりました。貴方にも管理局の魔導師になるきっかけがあったのかと思いまして」
生真面目に答えるファーンに、ライリーは雑に頭を掻きながら「俺が管理局の魔導師になった理由、か」と小さく呟いた。
「――俺の親父は管理局の空戦魔導師だった」
しばらく考えるような素振りを見せたあと、ライリーはポツリポツリと語るように話始めた。その視線は、ファーンではなく、眼下に広がる航空訓練場を見下ろしながら。
「それも度が過ぎる程の空好きで、家族のことも省みないで年がら年中、任務で空を飛んでた。まさに空バカな父親だったよ」
その時のことを思い出してか、ライリーは小さく笑う。『好きなものほど上手くあれ』とは昔から良く言ったものだが、父親とは言え、あそこまでのめり込むバカはそうそう居ない、とそんなことを思いながら。
「でも、俺はそんな父親が大好きだったんだよ」
バカみたいに空が好きで、飽きるくらい空がどんなにキレイで魅力的なのかを、幼いライリーにどれだけ語ったか。そんな父の話を、幼いライリーはキラキラした眼差しで聞いていた。父が話す全てのことがユーモラスで、新鮮だった。今でも、しっかりと覚えている。
「命張っても、怪我しても、空を飛ぶことを止めない、嬉しそうに飛ぶそんな親父が――――憧れだった」
その父親の表情が、とても満足そうで、満ち足りていて。いつの間にか、それが自分の憧れになって、追いかけるものとなっていた。
「だから、管理局の魔導師に?」
ファーンの問いに「単純だろう?」とライリーは自分の事ながら呆れたように笑って返した。そのくすみのかかった笑みに、ファーンは違和感を覚えた。
「そのお父様は?」
その違和感に従うまま、問いかけられたファーンからの言葉に、ライリーの表情が一瞬だけ固くなった。風が二人の間を横切るように強く吹く。
「俺が管理局の魔導師試験に挑んだ日に、異世界の危険遺失物回収任務で死んだよ」
少しの間を開けて、ライリーはそうファーンに告げた。
「しまった」とファーンは嫌に自分が感じた違和感が当たってしまったことを内心で後悔した。謝るべきかとも考えたが、彼の父は魔導士。任務中に死に直面することも、今の彼はわかっているはずだだと思った。
「――それは、辛かったでしょうね」
ファーン自身、任務中に同僚の死に直面したことがあった。原生生物に襲われてのことだ。その度に言葉では言い表せない罪悪感と後悔を思い知っている。大切な人を失うその辛さが、ファーンは理解できるつもりだった。そんなファーンを見て、ライリーは呆れたように笑う。
「ああ、辛かった。なにもかも投げ出してしまいたくなるほど」
けど、とライリーは訓練場を見渡しながら言葉を繋げる。
「もうひとつあるんだよ、俺が管理局の魔導師になった理由」
詫びるファーンの言葉を遮るようにライリーは呟く。その言葉で、ファーンの言葉も止んだ。
****
六年前。
ライリーは魔導師の試験に見事合格した。だが、それを喜んでくれる人はいない。母親は、物事が付く前に父親に愛想を尽かせて家を出ていっている。ライリーの家族と言えたのは、父親だけだった。
試験後に昔から知っていた父の同僚に呼ばれ、父親の最期を聞いた。聞いたはずだったが、父親が死んだことが漠然とし過ぎて、話の内容なんて全く入ってこなかった。
それからの日々は、地獄のような日々だった。
仕事柄、家をよく空ける父親だったから、一人で過ごすのは馴れている。
けれど、自分以外がこの部屋を開けることがないのだと思うと、静寂の部屋の空気が凍るように冷たい。そう思えた。合格通知が来ても、候補生としての訓練が始まっても、やる気なんて出なかった。
心が完全に塞ぎ込んでしまっていたのが、自分でもわかるくらいだ。誉めてくれる人なんていない。そう考えるだけで、魔導師になったことや、訓練に励む理由すら霞んでしまう。その時のライリーは、本当に何もかもを諦めたような瞳をしていた。
そんなときだった。
「おい」
訓練が昼に差し掛かり、一人で休息をとっているときに、伏せていた眼下に仁王立ちの影が写った。食べていた巻き寿司を置いて、ライリーは影の方へ顔を上げた。そこには、不機嫌そうな表情をする褐色肌の男が立っていた。
その瞳は、冷たさに覆われたライリーの瞳とは対照的に、燃え上がる炎のような、まるで生きることを渇望しているような、そんな情熱的な眼差しをしていた。
「確か、お前だったよな?全判定Aランクで通過したっていう候補生」
つり上がった瞳は、褐色肌と同じような、はっきりとした茶色で。ライリーはその眼光に魅せられながら「あぁ」と頷いた。
「ちょうどよかった。俺も溢れてな、バディを組む相手がいなかったところだ。判定ギリギリで通ってきたような奴と組んでも意味がないからな。俺は強くなりたいんだ」
訓練生は二人一組で行動を取るのだが、当時のライリーには固定のバディがまだ居なかった。仁王立ちでいる彼も同じだったのだろう。強くなりたい。そんな強い意思を孕んだ眼をしていたことは、はっきりと覚えている。組んでいた腕をほどいて、彼は自分の方へ手を差し伸べてきた。
「お前なら、申し分ない。俺と組まないか?」
他に宛がなかったライリーも手を握り返した。今思えば、それが、運命だったかもしれない。どこか含みのある笑みを浮かべながら、握った手を掲げながら、彼はこう言った。
「アーチャー・オーズマン二等空士だ。よろしく頼むぜ、〝相棒〟」
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その日から、アーチャーは事あるごとにライリーに関わってきた。訓練学校でも、プライベートでも。最初は煩わしいと思っていた。無神経なまでに踏み込んでくるところとか、何がしたいのかわからないが、何かを必死に求めているところが、煩わしかった。
「ライリー、勝負しろ!」
訓練学校での模擬戦でも、ライリーは必ずと言っていいほど、アーチャーの相手をさせられた。まだ戦闘慣れしていない他の訓練生とは違って、アーチャーの戦闘センスは別格だった。
反対に、ライリーは相手の動きが〝なんとなくわかってしまっていた〟。先見の才とでも言うべきか。自分でもよく分からないが、相手の先の動きがリアルタイムで予測できてしまう。アーチャーの相手も、教官の相手も、動きを読めれば、なんということもなかった。これも一つのセンスと言われたらしいが、そのせいでアーチャーの相手をさせられるのは、正直釈然としなかった。
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「てめぇ、わざと手を抜いただろ」
ある日の訓練、ライリーはついにめんどくさくなって、わざとアーチャーに負けた。
ただ、めんどくさかったから。これで相手も呆れて、離れてくれれば何の文句もなかった。わざとらしくアーチャーを無視した。離れてくれ。俺は一人で居たいんだ。ただ、単純なまでに、当時のライリーは、そんなことしか考えれなかった。
ライリーに暫く無視されていたアーチャーは、何かを考えるような仕草をするなり、「ははーん」と小バカにするような笑みを俺に向けた。
「――さては俺に勝てないから諦めたって訳か」
人をバカにしたような、飄々とした声。ニヒルな笑み。周りの訓練生にも聞こえるような、いや、聞こえやすいように、アーチャーは、はっきりとライリーに向かってそう言った。
「なんだ、俺のバディは結局のところ、俺の足手まといってことか」
今考えれば、なんて古典的な挑発だったんだろう。「足手まとい」、「役立たず」、「臆病者」、そんな挑発文句を浴びながら、普段は冷静なライリーの中に沸々と黒い何かが沸き上がってきていた。
父親が死んだ。
誉めて欲しかったのに。
その人はもう居ない。
管理局の父に対する反応。
殉職した父の遺体の無い棺の前で「名誉の死だった」と、幼いライリーにそう言ってお終いだった。父の死が、そんな単純に片付けられた。今更になってそれをどうこう言うつもりはなかったが、その押さえ込んでいた気持ちが、蘇ってくる。
「お前の親父も空戦魔導師だったみたいだが、お前がそんなんじゃ、親父の実力も知れるな」
アーチャーのその言葉で、ライリーの中の何かが、プツンと小さく音を鳴らして、切れた。
「それ以上喋るなクソ野郎!」
訓練生全員が見てる中、ライリーはアーチャーの胸ぐらを掴み上げ、その顔目掛けて拳を振り抜く。頬に一撃を喰らったアーチャーは、ニヤリと口元をつり上げると。
「悔しかったら本気でかかってこいよ!こんの臆病者が!」
掴みかかるライリーの胸ぐらを掴み返して、同じように顔へ拳を叩き込んだ。頬から全身へ激痛が走る。
「ぐっ!お前が、俺の何を知ってるって言うんだ!」
ライリーは殴り返す。アーチャーはよろめくが、倒れなかった。
「っ…あぁ!知らねぇな! 話すことさら怖がってる臆病野郎の事なんて知らねぇ!」
殴って体勢が崩れたライリーへ、上から振り下ろされるアーチャーの拳。飛びそうになる意識。―――なんてらしくないくらいに事をしているんだろうか。そんなことが頭を過ったが、そんな理性は、今更何の役にも立たない。
「お前に!お前なんかに!」
アーチャーの胸ぐらを掴み、睨み付ける。アーチャーも睨み返していた。答えるように、アーチャーがライリーを殴る。
「お前なんかに!俺のなにが!」
アーチャーを殴る。
「あぁ!」
アーチャーがライリーを殴る。
「なんで!俺は! 俺はぁッ!」
アーチャーを殴る。
「あああああああ!!」
殴る。殴られる。殴る。殴られる。そこから先の記憶は曖昧だった。
気がついたら、数人の教官に押さえつけられていた。アーチャーも同じようだった。
そのまま教官室まで連れていかれ、二人揃って浴びるほどの説教とウンザリするほどの反省文を書かされた。解放されたのは、日が暮れて暫く経ってからだった。
****
「は――、ライリー。やっぱりお前、強いな」
教官室から出て、絆創膏や湿布だらけになった痛々しい顔で、アーチャーにくつくつと笑っていた。笑った時に頬が動いたのが辛いのか、イタタと言って顔を押さえる。けど、その表情はどこか満足そうだった。
「悪かったな、悪態言って」
少しの沈黙のあと、アーチャーは俺の方を見ずにそう言った。
「いや…俺も冷静じゃなかったよ。ごめん」
ライリーもアーチャーと同じく、視線を交わさずに謝った。謝ってから気づく。こんなに人に素直に言葉を掛けたのは久しぶりだった。
「構うもんか、お前が殴ったよりも、俺の殴った回数の方が多い。だから謝らんでいい!」
何故か、その言葉が癪に触る。
「いや、俺の方が多いね。それも二発だ」
そこからアーチャーと泥かけ試合が始まる。お互いに「自分の方が多く殴った」と言い合いながら。まるで子供の張り合いのようにも思えた。
「貴様ら!まだ懲りてないのか!いい加減にしろ!」
「すいません!」
最終的に、教官室から出てきた鬼教官に拳骨を喰らわされ、言い合いは強制的に終了した。
「全く、近頃の若い奴等は」とブツブツ文句を言いながら去って行く教官の姿が見えなくなって、急に笑いが込み上げてきた。あまりにもくだらなくて。けど、あまりにも素直になれた自分もいたから。
「こうでもしないと、お前喋んないだろ?」
ひとしきり笑い終えたあと、アーチャーはそう言った。
宿舎へ帰る道中、アーチャーは自身のことを話してくれた。理由は言ってくれなかったが、アーチャー自身も、故郷を失って孤独になった身。だから、父親を亡くした俺に、どこか自分の面影を重ねていたのかもしれない、と。驚いた。そこまで考えてくれているとは思ってもみなかった。
「やっぱりお前となら、俺は強くなれる」
確信めいたように、アーチャーはそう言う。どこか、胸の奥の方にジワリと暖かいものが広がって行く。
「あぁ、強くなれるよ。俺とお前なら」
柄にもないことを言うもんだ。だけど、それは本心から思うことだった。それは誰にも覆せない、確かなものだった。
****
「なぁ、ライリー」
宿舎へ着いてから、アーチャーはまたニヒルな笑みを浮かべていた。
「仕切り直しだ。これからは勝った方が何か奢るってのはどうだ?」
人差し指をピンと出して、アーチャーはそう言う。その提案には賛成だ。
「あぁ、なら毎日奢りだな。食費が浮くから助かるよ」
「おおん?言ったな?なら次から手加減は無しだ」
「言ってろ」
そう言い合いながら、ライリーとアーチャーは宿舎へ入る。中で喧嘩騒動について聞き回されるとは知らなかったが。
その日から、ライリーとアーチャーの「本当のバディ」が始まった。
****
「――俺は〝仲間を守りたい〟から」
ファーンへ振り向きながら、ライリーはそう言った。どこか照れ臭そうに。だが、その瞳には半端な色はなく、紛れもなく本心であり、切実さを感じられるものだった。
「空を飛んで、落っこちないように誰かに支えられるように。誰かに支えて貰いながら、それでも俺は空を飛びたい」
父親はなんでもかんでも一人で背負う人物だった。家族のことも、仲間も、友人も。背負いすぎて、重くなった翼は飛ぶ力を無くして、ついには堕ちていってしまった。
自分の父親の出来事を知った同僚たちが「その死を受け止めて、どう乗り越えたか」と聞いてくるが、正直に言ってしまうと、今でも父の死は乗り越えれていない。
それでも、前に進めたのはアーチャーや仲間のおかげだった。自分が信じていた翼が折れても、隣で支えてくれる仲間がいてくれる。ライリーにとって、その隣を歩んでくれるかけがえの無い仲間を――失わないために。
「だから、俺は仲間を守りたかったんだ。誰も遠くに行かないように」
そう、父親が死んで塞ぎ込んでいた自分に、アーチャーという本当のバディが出来た。
父の遺体の無い墓標を前にして、ライリーは心に決めた。自分の大切な人を守れるようになる、と。だが、現実とはあまりにも過酷で、どんなことよりも正直だった。
「そう思ってても、結局は一人になっちまったんだがな…ははは。わけないな、こりゃあ」
「…ライリーさん」
諦めたように笑うライリーを見て、そうファーンが声を掛けたときだった。深夜だと言うのに、管理局中にスクランブル警報が鳴り響いたのは。
****
0067年、十二月十一日。
『ヘイズレグ襲撃』に翻弄された管理局は、一時の静けさを取り戻していた。
最前線では未だにヘイズレグの残党勢力の哨戒が続いていたが、ミッドチルダ地上本部襲撃、という最悪の結果は免れた。
灯りが未だに灯る時空管理局、ミッドチルダ地上本部。
部下6名を引き連れた〝管理局魔導師〟は、にこやかに全員に微笑えんだ。だが、その眼は笑っていない。
彼らが物陰に潜みながら見つめる場所は過去に回収された遺失物《ロストロギア》を保管するために設けられた区域だ。そのエリアには、その局員も何度か入ったことがあった。
《ロストロギア》を管理するだけあって警備やセキュリティシステムも他の施設と比べると群を抜いて厳しい。だが、今の彼の瞳に写る《ソレ》は、単なる占拠すべき標的にしか過ぎない。
今、ミッドチルダの季節は冬。前撒きをしておいたタネも、手段も万全だった。すべてが好都合と言ったところだろう。
「探知システムは切ったか?」
「抜かりないよ。探知システム、魔力抑制シールドの電源は昼間に落としておいたから」
すぐ後ろにいる部下が淡々と応える。
彼女の名はウーティ・リリィ。
男の部下である彼女も、まだ制服姿のままだが、前髪の間で光るその瞳は、すでに最中のような鋭い眼光だ。部下の答えに満足そうに頷く。
「けど、よく警備室に入れたな」
「えぇ、予想以上に管理局の奴ら慌ててからね。入るには難はなかったよ」
何気ない疑問に、彼女は答えながら見せるニヤリ、と笑みで返す。それに答えるように自分も薄く笑う。準備していた小型の通信端末を部下へそれぞれ分け与える。
「じゃあ制圧班は予定通りに」
保管区域の監視システムは熟知している。
失敗は許されない。
もう一度、目標を見る。辺りはすでに夜の闇に包まれ、宿舎も中にいる局員が使用する電気の光以外、闇に紛れてそこに構えられている。正面入口の見張りも交代制で一人しかいない。
「さぁ、ようやくだ」
褐色と同じ、茶色の眼を光らせながら。
――覚悟しろ。
そう心の中で呟いて。
「全員、行動開始。」
静かな声が始まりを告げた。
未だに管理局は、史上初となるテロ事件からの熱が冷めていない。
****
ミッドチルダ地上本部に設けられた遺失物保管区域の周辺警備セクター。
そこには常駐の警備魔導師が交代で警備に務めており、保管区域の各セクションの監視や、区域内に保管している危険遺失物の管理システムも、この警備セクターにすべて設けられていた。
十二月、ミッドチルダの冬はまだまだ続くとは言え、今日は一段と冷え込んでいる。区域内へ続く唯一の門前で警備を担当する管理局員は「ついてないな」と、寒空にむかって愚痴を吐きながら震える体を手で擦っていた。
そろそろ交代がくるころだと思えば、と内心ぼやきながら、かじかむ指先に息を吹き掛けて温めていると、「おおーい」、と前から管理局制服を来た一人の男性が歩いてきたのを、局員は気付いた。
「オーズマン二尉…?」
局員は首をかしげた。
アーチャー・オーズマン、彼とは何度か、この区域に任務で訪れた時や昼食時に顔を合わせている。
間違えるわけがない。目の前に現れたのは、紛れもなくアーチャー・オーズマン二等空尉だ。
だが、彼は行方不明になったはずなんじゃ――? そんな疑問を抱きつつ、局員はセクターに待機する他の局員へと通信回線を開く。
「…セクターへ。門前方から一名、こちらに向かってくる。俺の見間違いじゃなかったら、アーチャー・オーズマン二等空尉だ。シリアルナンバーの確認できるか?」
局員の通信に、セクター内にいる局員から「調べてみる」と通信が返ってくる。
局員の身に付ける管理局のバッチにはICチップが内蔵されている。それからそれぞれが所持するシリアルナンバーを調べることができ、局内での「個人」の特定ができる。だが、このシステムは管理局では軽視され気味だ。
元々、このシステムは局内へ不審人物を忍び込ませないように開発されたものだが、この地上本部へ侵入しようとする敵は、今まで聞いたことがないからだ。仮に居たとしても、その存在事態が眉唾物だと言えた。
「ナンバーを確認。ばっちりだ、オーズマン二尉に間違いない」
セクターからの報告に「わかった…!」と局員は答え、門前へと歩いてきたアーチャーへと駆け寄った。
「オーズマン二尉! なぜここに! 行方不明になったんじゃ…?」
「バーカ、俺がそう簡単にやられるわけないだろう? まぁデバイスぶっ壊れて海に落ちるわ、泳いでなんとかここまでたどり着いた訳なんだが」
この区域は、管理しているロストロギアに有事が発生した際に海水を流し込み、外部に設置された凍結魔法で封印できるような作りになっている。笑いながらアーチャーは言うが、その制服は全身ずぶ濡れで、寒さで微かに手が震えていた。
「いや、まぁここ湾岸近くに墜落したのが不幸中の幸いだったわ、アレだ。寒中水泳ってやつ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう? とにかく医療班に連絡をするんで、セクターまで着いてきてください。風邪を引く前に」
医務室はこの保管区域からは程遠い。おまけに、この区域内ではセクター外の場所では、念話も通信手段も規制されており、連絡するにも一度セクターへと戻らなければならなかった。
警備を担当する局員が事務所に向かって急ぎめに歩き出そうとした。
――――と、その背中に。
「――…!」
背中にゴツリと堅い感触が突き付けられる。
それは、明らかに銃口のそれだった。肩越しに局員が振り向くと先ほどまで飄々としていたアーチャーが笑った。けれど、眼は笑っていなかった。
「敵に背を向けるな、対魔導師戦では基本中の基本だぜ?」
いつもと変わらない口調。だが、押し当ててくる銃口の重みだけで、アーチャーの本気さを知るには十分だった。
「頭は押さえた。セクター占拠後、区域内の警報器の電源は全て落とせ。管理局にそこまで危機意識なんてないさ」
通信端末で会話しながら、彼の銃口を突き付ける手の力は変わらない。
《騒いだら撃つ》。アーチャーがそう言わずとも、局員には理解できた。背中に突きつけたベリルショット。この距離なら非殺傷設定でも気絶は確実だ。
「通信は出来ないだろうが、大声でも出されたら厄介だからな。黙っていて貰おうか」
その効果は充分発揮され、局員が沈黙させられてる間にアーチャーは通信で、別エリアから侵入した別の仲間を誘導し始めた。
「無駄だ。セクターにはこの区域内すべてを写す監視モニターがある。どこから侵入しようと――――」
局員は、アーチャーを見た。
その眼を見て、局員は喋ることを止めてしまう。アーチャーの眼には全くと言っていいほど、熱が無かった。代わりに、背筋が凍ってしまいそうになるほど、冷たい何かを孕んでいるように思えた。
「エリア内の全ての監視モニターには細工をしてある。今流れている映像は昨日の〝この時間〟の映像だ」
局員の僅かな抵抗心を、アーチャーは容赦なく摘み取った。この区域内へ「管理局員」として近付くのは容易だった。
清掃、視察、あらゆる建前を用いれば、前もってモニターに細工するなど、造作もなかった。計画的な作戦だった。
ただ単純に、局員たちがそれに気付くのが遅すぎたのだ。
だとすれば、こちら側の手の内はすべて読まれている。アーチャーに拘束され、抵抗できない局員は、あっけなくセクターが占拠される様を見ていることしかできなかった。
「オーズマン二尉!本気なんですか!?」
動けはしないが、局員は力いっぱいの声で背中で銃を突きつけるアーチャーに叫んだ。
特殊合金性の銃口が更に押し付けられる。だが、局員は気絶させられる事を覚悟の上で叫び続けた。いつも気さくに喋っていた彼が――アーチャー・オーズマンが、なぜこのような蛮行を起こしたのか、理解できなかったからだ。
「こんなことをしてただで済むと――」
アーチャーは肩をすくめた。
呆れたようにため息を吐く呼気が、局員にはっきりと聞こえた。
「遺失物管理セクターに異常があれば、本部から機動隊へダイレクトに召集がかかり、即座に現場へ急行する。俺たちサイファー隊でも、この区域に到着するまで、七分掛かったが、セクターを占拠するのに、俺たちは五分も掛からなかったな」
別段変わり無い抑揚さを孕むアーチャーの言葉に局員は言葉を失った。
――彼は誰だ?
管理局でも精鋭と呼ばれる部隊に所属している空戦魔導師か?
魔導師になった者は誰でも憧れを抱く「エース」と呼ばれる存在だったか?
だが、今の彼には、そんな栄光に満ちた光は感じられなかった。
あるのは闇。
温く、べったりと血のように張り付く寒気だけだった。
「管理局はこの程度の事すら想定できなかった。内部から食い破られることも考えなかった。油断だよ。これが、お前達の怠慢なんだよ」
「それにな」、とアーチャーは愛機であるデバイス《ベリルショット》のブレードを、硬直した局員の首もとに沿わせながら、自嘲に似た笑みを浮かべながら語る。
「この時を待ち望んだ俺たちに、今更平穏な道なんてありはしないんだ」
――そんな! 喉まででかかった言葉は、喉をズッパリと斬られた反動で出なかった。
え?斬られ…た?
赤い鮮血が、局員の首もとから噴水のように吹き出す。
「ごぉ…ぶぇ…」
言葉に表すことができない呻き声と共に、局員はアーチャーの目の前で崩れた。何が起こったかわからないような顔をしながら、膝から崩れ落ちた局員は、声にならないどどもったうめき声を上げ、やがて動かなくなった。
「――『非殺傷システム』なんてナマなもんに頼るから、そうなるんだよ」
血の海に沈むかつての同僚にそう言い残して、アーチャーは返り血を浴びた管理局制服の上着を脱ぎ捨てた。
「手筈通りだ、いいな?まずはこのブロックを閉鎖しろ、時間稼ぎにはなる」
アーチャーを含めた襲撃隊が、彼の指示に従って無防備になった保管区域の正面入口から次々と侵入していく。セクター内は既に血の海だった。生きているものはいない。
全員殺せと命じたのはアーチャー本人だ。
「ウーティはこの場で待機、悟られるな?」
セクターを制圧したウーティへ、アーチャーは堅い笑みを送った。だが、その眼は笑っていない。油断もしていなかった。
「出来る限り時間を稼げ」
区域内はそれぞれの保管エリアがブロック別けられている。しかも、遺失物の保管量はまさに山のようにあった。下調べもせずに乗り込めば、「目的のモノ」を探し出すのに丸一日は掛かってしまうだろう。
アーチャーたちの下調べは万全だったが、「目的のモノ」がどこにあるかまでは把握できていなかった。だが、その欠けていたパズルのピースは思わねところから入手することができた。
「D―1148。「彼」が言うならば、この場所だな。ウーティ、ロックを解除」
デバイスを介して写し出される、区域内の内部図面を描いたホログラフィック画面を閉じて、アーチャーはセクターで待機しているウーティへ通信する。D―1148と記されている保管庫は、長年開いてないようで、どこか古くさい雰囲気に包まれていた。
『ねぇ、アーチャー。その情報、信頼できるの?』
セクターから保管庫の扉のロックを解除しながら、ウーティがどこか不安そうに顔をしかめた。
「管理局のデバイスを、俺たち『ヘイズレグ』へ流してくれたクライアントが提示した情報だ。今更、俺たちを管理局へ売っても、クライアントには利益がない筈だ。今のところは」
アーチャー率いる反管理局組織「ヘイズレグ」の所持するデバイスのほとんどは、「彼」が管理局から横流しをしてくれた物ばかりだ。
いや、この計画そのものが、「彼」がいるから成り立っていると言っても過言じゃない。「彼」という協力者がいなければ、自分達はまだ井の中であぶくだけだっただろう。
「それに、俺たちがすがれる情報は、今はこれしかないんだ。信頼できる、できないじゃない。やるんだ」
退くことはできない。そんな生半可な選択肢など、アーチャーたちには残されていなかった。ウーティの操作により、三重構造のシェルター式扉が開き出す。
長年開かれてなかったロックシリンダーから鉄臭い蒸気が吹き上がる。
「さぁ、行こうか。――――俺たちの〝証〟を取り戻すために」
不敵な笑みを浮かべて、アーチャーは、数人の仲間を引き連れて保管庫へと足を踏み入れた。
――その日、管理局、危険指定遺失物《ダインスレイブ》は、たった七人の襲撃グループによって管理局から奪取されたのだった。
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