魔法少女リリカルなのは外伝   作:紅@あの丘の向こうへ

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7.魔剣

 

 

 

「ダインスレイブ事件文書」。

 

管理局地上本部の教導官個人デスクに、新人教導用のカリキュラムや資料を広げつつ、高町なのはは、その束ねられた資料を眺めていた。

 

今の管理局では、事件の資料全てが管理局内のデータバンクにデータとして保存されている。データバンクを共有し、情報の共有力を高めるためだ。

 

だが、この資料は珍しく紙に記述されて纏められていた。

 

事件に関わった〝ロストロギア級〟の魔法具、通称「ダインスレイブ」。

 

その頭文字を取って「D・S事件文書」と纏められているこの事件資料は、殉職したレジアス・ゲイツ中将が自宅に保管していた事件資料だと聞いた。

 

レジアス中将の娘であるオーリス・ゲイツ。

 

彼女は今、「J・S事件」での裏工作に関わっていたとして逮捕され、軌道上拘置所とは違う局内の留置場で留置されている。そんな彼女が、事件について調べている私へ、この資料を渡してくれた。

 

 

「ダインスレイブ事件」。

 

 

この事件の名を知っている人間はほとんど居ない。

 

いや、いたとしても決して口には出さないだろう。

 

この事件は、局内でのタブーに等しいのだから。この事件の調査に協力してくれているクロノや、ユーノ。私が頼ることができる様々な人たちも、管理局とは関係のない水面下で協力してくれている。

 

それほどまでに、この事件には秘密があった。レジアス中将が頑なにこの事件を公にしなかったことは、調べていた私自信にとっても疑問点であったが、この「D・S事件文書」が謎の紐を解いていくことになった。文書によると、この事件の発端には、当時の管理局内でも過激派で有名な、ある派閥の一派が関わっていた。

 

そもそも八年前の管理局が抱える問題は、魔法による反抗やテロに対する危機感の無さにあった。

 

当時の管理局には、DSAAのような「クラッシュエミュレート」という概念や、自身へのダメージとは別に、受けた攻撃によって「打撲・骨折・脳震盪・火傷・感電」といった身体ダメージが表現され、実際の負傷を受けた時と同じように痛みを感じたり、身体の動きが鈍るといった状況が再現される擬似痛覚機能を持った訓練機器が存在していなかった。

 

局員たちは殺傷性の無いペイント弾で模擬戦を行うばかりで、実戦に適した訓練を受けることは無かった。

 

この状況に危機感を感じた派閥、局内からも多くの対策意見が出されたが、既に「魔法」という強大な力を管理局が有している以上、これ以上の武装体系の強化に踏み出せば、民間からの管理局のイメージは「司法組織」から別の何かへと変わってしまう。そんな疑心を生み出すことが上層部にとっては脅威だった。

 

その変わらない貧弱さに危機を感じ続けていた過激派である一派は、「管理局の防御面」の脆さを組織全体、引いてはミッドチルダという世界全体に知らしめ、「局全体の危機管理及び武装体系の見直し」を強制的に行わせるために、今まで管理局が保有していたデバイスを密かに敵組織へ横流したのだ。

 

 

それがどれほどの被害を管理局に、このミッドチルダの世界に与えるかを知りながら。

 

 

結果的に管理局のずさんな組織体制が明らかになる事件となり、管理局は変革を要求されることになる。

 

だが、肝心のこの発端を指示した者は解明されていない。

 

尋問の際にも、この事件に関わった誰もが、その人物の名を閉ざしてたようだった。いや、それ以前に管理局側が調査を断念したのだろう。

 

レジアス中将が記述する文書では「上層部の何者かが裏にいる」と記されている。管理局の上層部にも〝闇〟があるのだと、私はこの背景の根の深さに心を鷲掴みにされたような、そんな恐怖心を覚えた。

 

デスクチェアに腰掛ける自分の体が、妙に落ち着かない。無意識に周辺に意識がちらついてしまう。

 

この文書を所有していたレジアス中将も「局全体の武装体系を強化すべき」という考えを持っていた武闘派だった。彼からしたら望まない形ではあっただろうが、これを機にレジアス中将は、局全体の武装体系の強化を実行し、今の地上本部のような「武力強化によってミッドにおける犯罪増加率を抑え込む」意識改革に乗り出したのだ。

 

だが、この事件の真相が公になれば、管理局による自作自演が疑われ、民間からの支持率は更に落ち込むことになることは避けれなかっただろう。

 

 

――そこから、管理局の〝闇〟は急速に広がっていった。いや、この時から管理局は組織らしさを手に入れ始めたのかもしれない。

 

事件に関わった全ての一派の人間は、上層部直轄の「暗部」により秘密裏に処理され、事件の真相が公になることは防がれた。

 

なぜレジアス中将は、この事件の真相を記した文書を抹消せずに局内のデータバンクや、自宅に資料を残していたのだろうか。今はもう居ない彼に、その答えを問うことはできなかった。ただ――。

 

『心のどこかで、父さんは誰かに裁いて貰いたかったかもしれません』

 

この資料を私に渡したくれたとき、オーリスは、悲しげにそう言ったのだった。彼女の瞳に映っていたレジアス中将は、何を思っていたのだろうか…そんな疑問が、私の思考を僅かに霞めていく。

 

 

「ダインスレイブ事件」。

 

 

管理局が本格的に武装強化に手をつけ出したのも、すべてがこの事件を起点に動き出している。

 

八年前の出来事が、目まぐるしく管理局を変えていった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

陽が差していた頃の突き抜けるような晴天は影に覆われ、朝焼けが迫る空には、いくつもの黒い雲が散りばめられていた。

 

アーチャーを含む七人の魔導師は、奪い取ったロストロギア、通称《ダインスレイブ》を持って、ミッドチルダ地上本部の管轄区域からの離脱を謀っていた。

 

「これが、ダインスレイブ…?」

 

アーチャーが背中に背負うダインスレイブを見て、コンソールパネルを叩く部下、ウーティがまじまじとダインスレイブを眺めていた。

 

「やっぱり私には、ただのゴツい大剣にしか見えないけど」

「見てくれはこうだが、重要なのは中身さ」

 

一見、古びた西洋風の剣の容姿をしているが、眼を養っている者には伝わる、圧倒的な存在感と威圧感。紅い光を写す勾玉が剣の真ん中に埋め込まれており、黒と紫という禍々しい才色を施された、その《魔剣》は、見るものを圧巻させるほどだ。

 

「アーチャー、厄介なのに気づかれたみたいよ」

 

目の前で光るフィールドモニターには、既に一分隊単位の魔導師が、この保管区域を囲んでいることを知らせている。ウーティの忠告から僅かに遅れて、オンラインで通信が入る。モニターから通信画面がオートで表示されると、そこには一人の青年が映し出されていた。

 

『管理局既定内で、君たちには弁明と釈明の余地がある。君たちが大人しく投降すれば、だが』

 

「これはこれは。管理局のクロノ執務官。やはりアンタは鼻が効くようだ」

 

まるで底の見えない井戸のような暗い瞳をモニターは映していた。

 

クロノ・ハラオウンは腕が立つ執務官だ。

 

サイファー隊の仕事柄、犯罪組織を取り締まる彼とアーチャーとは何度も顔を合わせていたから、お互いに面識があった。アーチャーからの視点では彼は管理局でもトップクラスと言ってもいいほど、優秀な執務官であり、魔導師だ。本心からそうアーチャーは思う。

 

「だが、もう手遅れ過ぎたな」

 

アーチャーはモニターに映るクロノへ、まるで道化師のような不敵な笑みを送った。それは逆に、クロノの心情を焦らせる笑みという意味もはらんでいる。

 

クロノはアーチャーより年下だったが、アーチャーよりも才能は恵まれていた。だが、彼が現れたことでも、この作戦にはなんら問題などなかった。彼らは準備をしていない。だが、こちらは念入りに準備をしてきた。

 

実際問題、たったそれだけの差だった。

 

アーチャーはクロノとの会話をそこで終わらせる。

 

これ以上離しても意味がないから。通信パネルの上に乱雑に置かれた起爆トリガーを持ち上げると、躊躇いなくそのスイッチを押す。アーチャーたちとは遠く離れ、取り囲む一分隊を挟んだ反対側の場所で爆発音が響いた。

 

《警告。最重要保管庫から災害を感知。封印システムを起動させます》

 

区域内に電子的なアナウンスが流れた。警報音は電源を落としているから聞こえないが、内容は隅々まで響き渡った筈だ。

 

起爆したのは、危険遺失物でも最重要な代物を管理する保管庫近くだ。保管庫を管理するセンサーを一同に束ねるターミナルブロックを、アーチャーは爆薬で吹き飛ばした。

 

吹き飛ばされたセンサーは誤作動を引き起こし、流出した危険遺失物を冷凍封印するため、湾岸を閉鎖していた防水ゲートが即座に開いて行く。

 

『バカな!正気か!?ここには一分隊の人間がいるんだぞ!』

「正気なら、今頃、俺は〝魔導師〟なんかになってねぇよ」

 

予想以上。いや、大胆不敵と言うべきだろうか。

 

アーチャー・オーズマンに良心など無かった。開かれたゲート流れ込んでくる海水に、アーチャーたちを捕らえようと進撃していた一分隊は、瞬く間の内に飲み込まれる。

 

そして、魔導師を飲み込んだ海水は瞬時に光を瞬かせ、外部に設置された封印システムにより――魔導師たちを飲み込んだまま凍りついた。

 

「わかったか?お前達みたいな堕落しきったボンクラ共に、俺たちを捕まえるなんて無理だ」

 

「だから潔く諦めろ」アーチャーは嫌悪するような目付きでモニター越しで驚愕の表情を浮かべるクロノを睨み付け、通信を切った。

 

「――センサー近くに爆薬を仕掛けただけでこの様か。天下の時空管理局も聞いて呆れるな」

 

アーチャーは、今頃凍り漬けになっているだろう惨めな管理局員のことを考えながら、呆れたように息を吐いた。

 

「ウーティ、海水凍結魔法が効いている内に出るぞ。区域の結界は元に戻すように。自己防衛の基本だぞ?」

 

アーチャーの指示にウーティは的確に答えていた。

 

外部攻撃を想定してこの区域には結界発生装置が設けられている。だが、この市街地発展を遂げたミッドチルダにあるこの管理区域を、外部からの攻撃をしようという敵の想定を、管理局は怠っていたようだ。普通なら考えてもいない。そう、普通なら。

 

ウーティは結界発生回路に外部プログラムを組み込む。あとはプログラム通り、アーチャー達がこの区域から脱すれば結界が発動するだけ。地上本部から追手が来たとしても、本部とは結界を挟んで、逆方向に進むアーチャーたちを追うには、結界を迂回するか、結界を解除するしかない。広範囲の結界を解除するにも時間が掛かる上に、主操作パネルは監視セクターの中だ。外部を仲介し、結界を解除するだけでも逃げる時間は稼げる。

 

これでアーチャー達が脱出の際に懸念するべきものは、「地上本部外」にいる魔導師だけに、限定された。管理局、遺失物保管区域から脱した七人の魔導師たちは、悠々と遺失物保管区域から脱した。

 

 

****

 

 

『いたぞ!こっちだ!』

『隊列用意!』

 

管理局側の無線通信を傍受するアーチャーたちの小型通信機から、そんな声が聞こえた。

 

大方、演習エリアから帰投していた数チームの管理局魔導師が、こちらに向かってきているようだ。まぁ、気づかれるもの時間の問題だったか。

喉を切り裂き、殺した魔導師のことを、うっすらと思い返しながら、アーチャーは編隊飛行をする部下たちへ停止するよう合図を出す。

 

「アーチャー、気付かれたようだね」

 

アーチャーのすぐ後ろに控えていたウーティが、進路の先でチカチカ輝く魔力光を睨みながらそう言った。部下全員が、感覚を鋭く、呼気すら鋭くして行き、強行突破の為にそれぞれデバイスを構える。

 

「構わんさ。目的は達成した」

 

そんな強ばる部下たちを、アーチャーは笑みを浮かべながら手で制する。その制していた手が、ゆっくりと背かに携えられた《魔剣》へ、アーチャーの腕が伸びて行く。

 

そのアーチャーの眼光を見て、部下全員は、構えていた武器を下ろした。下ろすべきだと、構える必要はないと、本能的に感じたから。

 

「俺たちはここから出るだけだ」

 

アーチャーの手が、《ダインスレイブ》の柄に触れた瞬間、管理局に回収、封印されていた六年間、ずっと守り続けた沈黙が、解かれた。

 

巨剣の中央に埋め込まれた勾玉が、光を放ち始める。その光は、アーチャーたちの前方に構えていた管理局魔導師たちにも肉眼で確認できるほどの、まばゆい光だ。

 

「まともに握るのは初めてだな。」

《魔法回路連結。供給開始の準備を行います―――》

 

アーチャーの呟きに、腰のホルスターに収まるベリルショットが淡々とした口調で答えた。一気にダインスレイブの柄を握ると、足元に三角形の魔方陣が展開される。

 

まさしくそれは、古代ベルカ式の魔方陣だった。

 

アーチャーの周りに魔力で構成された風が舞い上がる。管理局の魔導師たちにとって、それは信じられない光景だった。

 

《ロストロギア》を扱うとなれば、過去の事件や事故を見る限り多大な準備期間や、膨大な魔力が必要となる場合が多い。だが、アーチャーはそんな〝手間〟を一切無視して、ロストロギアを起動させたのだ。

 

そう、それはまるで使い慣れたデバイスを起動させるかのように。

 

《ダインスレイヴとの魔力波長――同期完了》

 

ベリルショットとダインスレイブの波長が同調する。

目の前で起こった異常時態に戸惑う局員たちの前で、アーチャーはゆっくりと息を吐き出した。

 

「さて、試してみるか」

 

どこか楽しげな表情をして、アーチャーは太ももに装着されているホルスターからベリルショットを引き抜く。まるで早打ちのガンマンのような引き抜くモーション。その勢いのままに、標準を定めて引き金を引く。

何の事のない動き。だが、その全ての動作が恐ろしく速かった。常人では捉えることもできないような速さでアーチャーは動く。

 

ドンッと爆発染みた音が摩天楼の上空に響いた。局員たちが、いきなりの爆音に身構えた刹那――空から焔が墜ちてくる。

 

日が昇ったような明るさが、茫然自失と空を見上げる局員たちの顔を照らしていた。

 

「さぁ、かかってこいよ…そのご高説する〝正義〟とやらでな」

 

局員たちの上空を飛んでいた輸送ヘリコプターが、炎に包まれてミッドチルダの摩天楼へと落ちて行く。

 

たった一撃でヘリが炎上するなんて――呆然とする局員たちの目の前。焔を背中に背負うように、二刀のブレードを展開したベリルショットを持つアーチャーが、局員たちを見据えていた。

 

無尽蔵に力が湧いてくるような感覚。身体が驚くほど軽かった。

 

「こいつ…!」

 

咄嗟に一人の魔導師がアーチャーに向けてデバイスを構えたが、直ぐ様に手から彼のデバイスが弾け飛んだ。状況を理解する前に魔導師の肩口と脇腹、二ヶ所ほぼ同時にベリルショットの弾丸が命中する。そのアーチャーの動作に、その場にいる誰もが反応できなかった。

 

「悪いな。速さじゃ〝今の〟俺には勝てねぇよ。――ベリルショット、〝オーバーエッジ〟」

 

直撃を受け、落下する魔導師。アーチャーはベリルショットのブレードを最大展開した状態で、停止し混乱する局員達へと凄まじい速さで突っ込んだ。アーチャーの軌跡には、淡い魔力光が尾を引いていた。敵に考える暇は与えない。畳み掛け、蹂躙し、即座に制圧するだけ。

 

『ま、待て――――』

 

部隊の隊長らしき人物がそう言い終わる前に、アーチャーは止まったままの局員たちを瞬時に斬り伏せた。

 

絶叫が聞こえる暇もない。雷のように放たれた幾つもの斬撃は、茫然と立ち尽くす局員たちを容赦なく斬り伏せた。わずかな紅い光点が宙に舞うだけで、アーチャーたちを残して局員たちは堕ちた。

 

摩天楼の上空に、さきほどと同じくらいの静寂が還ってきた。

 

《ダインスレヴとの魔力波長の同調を解除します》

 

ダインスレイブの中心部にある勾玉が光が消えた。と、同時に、ベリルショットの魔力ブレードが消え、放熱口から煙を吐き出す。

 

まるで張り詰めていた糸が切れたように、重い疲労感がアーチャーの肩へとのし掛かった。

 

「凄まじいな…。これが、ダインスレイブの―――力」

 

手足の末端の感覚がなく、ビリビリと麻痺しているような不快感。まるで、自分の体じゃないような気だるさと辛さだった。

 

大きく息を吐いてから呟いたアーチャーは、背中へ手を伸ばす。背負っている巨剣を少し鞘から引き出した。外観は純粋な黒だが、剣は刃零れもせず、綺麗なままのシルバーだった。

 

ロストロギア、ダインスレイブの特性は、その禍々しい巨剣に似合うような戦闘性ではない。これはあくまでも『外装』。

 

本質は剣の芯。

 

アーチャーが知る伝承では、ダインスレイブの剣芯は、特殊な魔石で鍛えられている。

 

その魔石は人の感情に作用し、人が思えば思うほど、願えば願うほど魔力が起伏し、適正を持つ者を介して、願う者に力を与える。

 

――それが正しい気持ちであれ、憎む気持ちであれ。

 

要は「人の感情」で性質が作用されるものだ。古人はなんとも歪なものを作ろうとするのだな、と、アーチャーはシルバーに輝く刀身を眺めながら思った。

 

まぁ、いいだろう。

 

自分が求めるものに相当するなら、自分はそれ以上何も望まないのだから。アーチャーは少し抜いた刃を鞘へと戻す。その一部始終を見ていた強面の部下が、歓喜に震えているような上ずった声で、部隊を一蹴したアーチャーへ称賛の言葉を掛ける。

 

その全員の表情は「喜」。

 

〝――――勝てる、管理局に。〟

 

先ほどの圧倒的な光景を見た誰もが、そんな確信に似た予感を感じ取っている。

 

その時、アーチャーの視界の端で、何かが光った。

 

光を感じたのはほんの一瞬だったが、その一瞬でも、その光が〝敵意〟を纏っていると言うことに、アーチャーは直ぐ様に気づく。

 

アーチャーは、何の前触れもなく、空中で小さく体を回転させる。

 

「ちょっと、アーチャー!いくら奪取したからってまだ敵の――」

 

「領域内だぞ」、そうウーティがそう叱咤を飛ばそうとした瞬間、アーチャーのすぐ脇を赤い一閃が通りすぎた。通りすぎた一閃はアーチャー達の後ろへと跳んで、程なくして爆発する。

 

いきなりの攻撃で編隊が乱れかけるが、気を切り替えたメンバー全員がどこから攻撃が跳んできたか索敵を始める。ただ、一閃を避けたアーチャー一人は、前方を睨み付けていた。

 

 

****

 

 

「外したか…。さすがだな」

 

アーチャー達の遥か先にいる女性が、そう呟く。手に持つ弓形状の愛剣が、『問題ない』と彼女へ報告した。

 

烈火の将、シグナム。

 

先の迎撃作戦から、ライリーとヴィータと共に帰投した彼女は、そのまま首都クラナガンの哨戒任務に就いていた。

 

『何事もなければいいが』。そう危惧していた矢先、同じく前線から帰投していた第四小隊が消息を絶った。悪い予感は的中だった。

 

そもそもこの迎撃任務そのものに綻びはあっただろう。シグナムなどの実戦経験が豊富な魔導士は管理局には僅かだ。次元世界の調査や、探索、管理ばかりしていた実戦経験が無い魔導士たちにとって、「対人魔導士戦」は未知であり、そして圧倒的に不利だった。

 

殺傷能力を持つ魔導士相手の対策を、管理局は想定していなかったのだ。

 

直ぐ様シグナムは、消息を絶った第四小隊付近を策敵する。そこには、管理局地上本部とは逆方向に飛行する小隊がいた。七名で編成されている小隊は、管理局のシグナルを出しているが、動きが明らかに可笑しい。

 

そして、先頭を飛んでいたシグナルの表示を見て、シグナムの疑心は確信に変わった。

 

シグナルの表示は『サイファー3』。今はライリーたった一人となった、サイファー隊のシグナルが表示されていたのだ。

 

「奴らめ…!」

 

シグナムの表情には、静かな怒りが灯っていた。

 

彼女の愛剣『レヴァンティン』から放たれた一撃『シュツルムファルケン』は、超長距離の滑空し、狙いはアーチャーに定まっていた。

 

標準のモニターには表示されない程の長距離から放った音速の一撃。仮に相手が気づいた頃には、もう遅すぎる。

 

だが、その一撃を敵は避した。悠久の戦いの中で培われたシグナムの直観は察する。

 

敵は紛れもない、手練れの魔導師だと。

 

そんなことを考えていると、シグナムの眼前で何かが光った。

 

思考から一気に現実へと戻る。体は無意識だったが、動くことはできた。

 

《パンツァーガイスト》

 

レヴァンティンが魔力の鎧を彼女の体に纏わせる。その瞬間、シグナムの胸元に凄まじい衝撃が走った。防護魔法であるパンツァーガイストを展開していたにも関わらず、シグナムの体は大きく後退した。

 

いや、それ以前に超長距離だったはずの敵と自分がいるこの間合いを、一瞬にして駆け抜けてきた攻撃がシグナムを驚かせていた。シグナムは攻撃が飛んできた前方を見た。

 

だが、見るだけでは間に合わなかった。

 

淡い魔力光が尾を引き連れて、眼の前に迫った黒い影はシグナムが視認した直後、即座に飛び上がった。空中で華麗に回転する影の中から、二本の眩い魔力光刃が伸びる。

 

レヴァンティンから頭上への警告表示が発せられた。考えている余裕などない。衝撃に強ばった身体と意識を瞬時に切り替え、シグナムは腕と腰の力でレヴァンティンを無理やり頭上へ構えた。

 

刹那、衝撃、閃光。

 

レヴァンティンと二本の魔力光刃が音を立ててぶつかり合った。1テンポ遅れてシグナムが頭上を睨むと、二刀を携えた魔導師、アーチャー・オーズマンが、シグナムに襲いかかってきていた。

 

褐色肌、それと同じ茶の瞳。その瞳には、歴然とした〝敵意〟が宿っていた。

 

「スクランブルが掛かったから飛び出してみれば――どうやらお前たちのようだな!スクランブルの原因は!」

 

体を言いようの無い何かが駆け巡る感覚を味わいながら、つばぜり合いをするシグナムが敵を睨み付ける。

 

「――だとしたら、どうするんだ?」

 

それに答えたアーチャーの口元は、ニヤリとつり上がっている。彼もシグナムと同じように高ぶる何かを感じていた。

 

「投降しろ。さもなければ――」

 

そこまで出たところで、彼はつばぜり合っていたブレードを反す。その瞬間、シグナムの頬を何かが掠めた。

 

「力でねじ伏せるか?」

 

シグナムの眼には確かに見えた。つばぜり合う敵の刄から、凄まじい速さの弾丸が飛び出したのが。

 

銃剣…! それを理解したシグナムは競り合うのを止めて敵と距離を取る。

 

「昔から、弱者と決めつけた相手への態度は変わんねぇな、管理局!」

 

アーチャーは魔力ブレードを解除し、銃と化した〝それ〟をシグナムに向ける。見切れないことはない。シグナムの剣が閃光を走らせる。飛び出してきた弾丸をレヴァンティンで切り落とし、シグナムはアーチャーとの間合いを詰めて行った。

 

「さすがに当たんねぇか」

 

三発ほど撃ち終わってから、アーチャーは感心するようにそう呟いた。その茶色の眼は冷たく、憎たらしくなるほどに冷静さを魅せている。

 

「貴様…サイファー隊のメンバーだな。なぜ裏切った!」

 

シグナムは、その冷静さが気に食わなかった。仲間を殺しておきながら、なぜそんな冷静でいれる…!

 

アーチャーが銃口をシグナムからわずかに外した隙に、ホバー移動をするような軌道でシグナムは距離を一気に詰める。敵はまだ射撃体勢から戻っていない。斬り伏せるなら今が最大の隙だった。レヴァンティンの刀身に紫色の魔力が宿った。

 

「紫電…一閃!」

 

将と名乗ってる以上、シグナムは自分の剣技には絶大な自信があった。上段に構えた状態で、剣を握る腕から手にかけて力が加わる。魔力を纏ったレヴァンティンが、常人が捉えきれない速さで男目掛けて振り下ろされる。

 

「裏切ってなんかねぇよ。〝最初〟からな」

 

だが、アーチャーもシグナムと同じく行動していた。アーチャーの影から魔力光の残光が尾を引く。振り下ろしたレヴァンティンの真横から衝撃が走った。縦の垂直移動をしていたレヴァンティンは、横からの衝撃で大きく反れて、アーチャーを捉えることは無かった。

 

逆に敵は、銃剣にブレードを出現させてシグナムへと斬りかかる。咄嗟に逆手に持っていた鞘で、敵からの一閃を受け止めたが、シグナムの表情には驚愕の色に染まったのが目に見えてわかった。

 

「おいおい、なに驚いたような顔をしてるんだ?」

 

ブレードの火花の向こうで、アーチャーが口元をニヤリとつり上げた。

 

「刃物にはなぁ、斬れるやり方と斬れないやり方があるんだよ!」

 

それと同時に、もう一刀の銃剣でシグナムへ追撃する。反動でシグナムは大きく後退した。

 

(…この男!)

 

レヴァンティンを構え直しながら、シグナムは努めて冷静に、アーチャーがしたことを思い返す。

 

シグナムが放った上段の剣戟。その初動と同時に、彼も動いていた。片足を上げ、捻り、回し蹴りと同じ要領で力を込める。この男は、振り降りてくる剣の側面に回し蹴りを叩き込んだのだ。刀剣は刃と側面の腹、そして峯の部分がある。的確に側面を叩けば、刃で傷つかずに剣の軌道を反らすことができる。

 

言葉で説明するならば、それは容易なことだ。――あくまで〝出来れば〟の話だが。

 

そんな芸当を目の前の男は、平然とやってのけた。シグナムの一閃とも言える速さの剣の動きを、正確に見切り、尚且つその側面を叩いた。シグナムはアーチャーの力量に素直に感心した。

 

だが、妙な点もある。紫電一閃により纏った魔力の塊。それが、男が蹴りを入れた瞬間にかき消されたようにも――。

 

「だが…関係はない!」

 

シグナムはそこで考えることを止めた。

 

彼女は「夜天の書」と、その主を守るために生み出された、ヴォルケンリッターの将の「剣の騎士」だ。彼女は強かった。幾度となく戦場を駆け、無類の強さを誇る将であった。

 

「1対1なら我らベルカの騎士に負けはない」。そう自負するほどの経験と技術と誇りを持っている。つばぜり合うレヴァンティンの切っ先を反して、彼女は力の競り合いに耐えるアーチャーへと無理矢理に間合いを詰めていく。

 

「コイツ…!」

 

アーチャーはごり押してくるシグナムの気迫に思わず息を飲んだ。ベリルショットの柄から伸びる光刃が、シグナムの肩へと刺さって行く。だが彼女には恐れなどない。逆にアーチャーが恐れを抱いたほどだ。シグナムは自らにも代償を負わせながら、アーチャーを逮捕することを選んだ。だが、アーチャーの判断もシグナムと同じように早く、的確だった。

 

アーチャーは瞬時にベリルショットの光刃を消し、そのまま柄を反らして、銃となったベリルショットでシグナムの肩口へ銃弾を撃ち出す。その一連の動作が驚くほど早かった。

 

シグナムは光刃を消したアーチャーへ斬りかかる余裕もなく、放たれた弾丸を避わしながら後退した。アーチャーにも、光刃が消えた瞬間にシグナムに斬り伏せられるビジョンが、頭の中を過っていた。その結果へ成らないように、アーチャーはシグナムを退いたのだ。隙を与えず、無駄を与えない攻撃で。アーチャーの背中に冷たい何かが流れる。

 

彼女は『ヴォルケンリッターの騎士』だ。少しでも隙を見せれば、直ぐ様に首を落としにくる。今、自らが相手をしているのは、『そういう敵』だ。鋭く呼気を吐き出して彼は冷静さを取り戻した。

 

が、勝機はこちらにも、シグナムと同じほどの可能性を秘めていた。アーチャーは飛行魔法をオフにした。重量に逆らっていた体は、重量を思い出したかのようにアーチャーを地面目掛けて落下させて行く。

 

「市街地を低空飛行だと…! 正気か!」

 

いきなり飛行魔法を切ったアーチャーに、シグナムは呆れた。

 

だが、予想以上のことを、奴は平然とやってのける。

 

シグナムも追うように、アーチャーと同じくミッドチルダの市街地へと飛び込んでいった。市街地には人通りはほぼ無いに等しかった。昨日の襲撃報道により、街の人々も家から出ずに自粛しているようにも思えた。まばらに人がいる市街地の上空。近未来的な高層ビルを縫うようにして、アーチャーとシグナムが競うように飛び回っていた。アーチャーの飛行センスはシグナムを驚かせた。

 

大通りからいきなり路地に入ったかと思ったら、人間一人が通れるか、通れないかのようなビルの隙間へと平然と飛び込んで行く。だが、シグナムもそれで振り切られるようなことは許さない。アーチャーに続いて、シグナムも隙間へと飛び込んだ。狭いビルの隙間の中、防護服に備わった甲冑や装甲がビルの外壁にあたり火花を散らした。なんとかビルの隙間を抜けると、シグナムはアーチャーの背後から迫った。

 

それがわかっているように、アーチャーは背後を見ずに何発か、ベリルショットから弾丸を放った。シグナムは弾丸を紙一重で避し、一気にアーチャーへと迫り、レヴァンティンを振りかぶる。もちろん、アーチャーも応戦する。アーチャーはシグナムの体勢を整わせる前に既に斬り込む体勢を整えていた。流れるような動きで飛び上がったアーチャーは、ベリルショットの光刃を振りかざしながらビルの壁面に着地し、斬り込む。この飛び回るトリッキーな素早さと狂暴さに対してシグナムは冷静だった。アーチャーの切りつける光刃を防ぎながら、二人の間に不快な剣戟の音が鳴り響く。だが、互いに高揚感があったのは真実だった。

 

シグナムは魔導士として無類の強さを誇る。それは孤高の強さでもあった。並みの魔導士ならば彼女に太刀打ちはできない。

 

だが、彼は違っていた。下に伸びる外套を閃かせながら、自分と対等か、それ以上の実力者との戦いに興奮を押さえきれなかった。アーチャーは、目をぎらつかせながらシグナムを斬り付ける。交錯する閃光と二人の剣戟は、市街地の空中で凄まじい接戦を繰り広げだ。

 

衝撃で高層ビルの窓ガラスにヒビが入り、砕ける音が響いていた。シグナムは思い出す。良き友であるフェイトと剣戟を打ち合った時のことを。微かにこの剣戟の中で、シグナムの心は躍っていた。

 

「狭い空間での戦い、追いかけっこはどうだ?苦手か?」

「私はヴォルケンリッターの将、烈火のシグナムだ。貴様のような外道とは、歩んできた場数が違う!」

魔力がぶつかり合う火花の向こう見えた、シグナムの顔を見て、アーチャーは顔をしかめた。「外道、ね」と、どこか不満そうに呟く。

 

「じゃあ、アンタから見て、管理局は正義か?」

「私が従っているのは管理局などという組織ではない」

 

シグナムは顔色を変えずに、ぴしゃりと否定しきった。

 

「主の為。私が動くのは主を守るため。そして、私が従うのは、我ら夜天の書の主だけ」

 

これまでも、この先も変わることの無いシグナムの決意表明に、アーチャーは満足そうに目を細めた。

 

「ハッハー、いいね!十の為じゃなくて一の為に戦う。その姿勢、悪くない」

 

「けどな」。アーチャーは、シグナムの追撃を凄まじい速さで弾き返す。思わずノックバックしたシグナムを尻目に、アーチャーは市街地を一直線に飛行し始める。

 

「こっちにも、外道なりに譲れない理由があるんだよ」

 

路地の先は行き止まりだ。シグナムはそれを知らないだろう。彼女はこの空をよくわかっていない。そこが狙いであった。アーチャーはフィールドモニターを使わせる暇を与えずに、後ろから追撃を行ってくるシグナムへ、弾丸を放った。シグナムの弾丸を避し、アーチャーへと距離を詰めていく。

 

 

お前は、逃げられやしない!

 

 

そんな確信めいた気持ちと共に、彼女は好機と留めの一撃をアーチャーへ振り下ろす。

 

そして、その一撃は完全に外れた。

 

シグナムは、眼を離したつもりはなかったが、どういうわけか、目の前で追っていたアーチャーの後ろ姿が、突然消えた。まるで煙のように消えていた。思わず辺りを見渡そうと姿勢が崩れた瞬間、背中に強烈な衝撃が走った。背中に二発。

 

シグナムが振り返った先には、銃口を構え、ビルの壁面に張り付いたアーチャーの姿があった。

 

彼のデバイスからは、魔力で構成されたワイヤーアンカーが出ていて、それがアーチャーをビルの壁面へつなぎ合わせていた。

 

やられたと、シグナムは潔く自分が出し抜かれた事を認めた。が、衝撃の割りに、思ったほどの痛みが無い。

 

「お世話様、残念ながら弾は模擬戦仕様のままだ。そのまま堕ちてろ」

 

アーチャーがそう吐いたが、落下してゆくシグナムの耳には届かない。

 

魔法回路を一時的にシャットアウトさせるペイント弾。生ぬるい液体が、べったりとシグナムの背中に染み込んでいる。ペイント弾が当たったの衝撃で一瞬体制を崩したシグナムの身体は、くるくると切り揉みながら惰性落下してゆく。落ちてゆくシグナムの行く先には、オフィスビルがそびえ立っていた。

 

まっすぐビルへ突っ込んでゆくシグナムは、訪れる痛みを覚悟した。

 

その直後、痛み、衝撃。

 

運よく窓からビルに突っ込んだシグナムの体は、机やオフィス家具を巻き込みながら転がった。床や壁に打ち付けられ、痛み…というよりも衝撃の嵐だった。レヴァンティンが全く応答しない彼女には、最早アーチャーを追う手段は残されてなかった。

 

アーチャーが放ったペイント弾は、もともと管理局製だ。それに気付けば解除はできるだろう。

 

それでも、アーチャーが逃げるには充分な時間を稼ぐことができた。

 

 

****

 

 

「古代ベルカの騎士…ヴォルケンリッター…か」

 

追いついたウーティを背に、アーチャーは落ちたシグナムを見下しながらそう吐いた。

 

闇の書の守護騎士。今で言う、八神はやてが主となる「夜天の書」と共に大昔から戦乱の世を歩んできた歴戦の騎士。逃避行するアーチャーたちが遭遇したくはない『実戦経験が豊富な敵』だ。

 

「ぐっ…!」

 

シグナムの攻撃はほぼ全て回避した筈なのに、体中に痛みが走る。完全に見切ったつもりだったが、敵の攻撃は予想以上だった。

 

「ベリルショット」がオートで治癒魔法を発動しているおかげで、移動には影響は出ないだろうが、これ以上の戦闘は難しいだろう。彼を彼女と対等にしたのは他でもない「ダインスレイブ」の能力だ。アーチャーは鋭く呼気を吐きながら手のひらを見た。

 

「ダインスレイブ」は見た目は大剣を模しているように見えるが、

 

その実態は全く違う性質を持っていた。「ダインスレイブ」は対象者に対して無限に等しい魔力を与える。

 

そして、ただ魔力を強化するだけではない。

 

供給時では身体能力に加えて、動体視力、反応能力、自然治癒に魔力サイクルと人体に関わるすべての能力が飛躍的に増大する。この剣のどこに無尽蔵な魔力が秘められているかは分からないが、目的と恩恵だけ受けれるならば、そんなこと気にすることでもなかった。

 

身に付けるバリアジャケットも、彼に大きな力を与えてくれていた。

 

脚部や手袋には、魔力を無効化する技術が施されている。これも、デバイスを横流してくれた『彼』から提供されたものだ。外観はライリー達、サイファー隊とほぼ同じだが、中身は全く違う。ロストロギア『レリック』がもたらした、魔力を無効化する技術。そして古代ベルカから流用され、リファインされた技術が惜しげもなく使用されている。

 

『戦いには、互いに向け合った刃を収める方法もある』。

 

この最新鋭の代物を与えてくれた『彼』の口癖を、アーチャーは思い出した。だが、まだ刃を収めるときではない。研ぎ澄ました自らの刃を、彼はまだ引き抜いたばかりだ。敵である管理局から受ける恩恵には憤りを感じはするが、アーチャーたちにそんなことを言っている時間などなかった。

 

〝虎穴に入らずば虎児を得ず〟。

 

管理局を倒すため、アーチャーたちはなんども苦渋を飲んできた。すべてはこの時のためにあった。

 

「行くぞ、ウーティ。転送魔法の座標を」

「わかってる」

 

そう言うと、アーチャーは再び管理局の管轄区域からの離脱を開始する。ウーティや他の部下たちも、取り急ぎアーチャーの後へと続く。

先頭を飛ぶアーチャーの脳裏に、浮かんでは消える儚い記憶が蘇ってきていた。

 

「ようやくだ。ようやく――――俺は――――」

 

アーチャーの記憶の中で、白髪の少女が振り向いては微笑む。

 

手を伸ばしても、届かない夢。

 

冬のミッドチルダの空の風は凍てつくほど冷たく、アーチャーの頬へと突き刺さってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――六年前。0061年。

 

 

 

 

 

――NEXT

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