魔法少女リリカルなのは外伝   作:紅@あの丘の向こうへ

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『こらーっアーチャー!』


鬱蒼とした森を抜けた先にある開けた場所。

そこには、木材や藁で作られた小屋や木造作りの家屋などが立ち並ぶ、小さいながら集落があった。

その集落の中心部にある、一際大きな民家の中から、野太い掠れ気味の怒鳴り声が辺りに響き渡る。


『また鍛練をサボったな!?』


その集落に住む村人たちは、『またか』と、そんな呆れながらも、可笑しそうに微笑みながら、洗濯物を干したり、薪を割ったり、武器の手入れをしたりなどの日常を過ごす。

その中を、一人の少女が村の中心部に向かって駆けていた。

「アルテ?どうしたのさ?そんなに急いで」

道中を急ぐ少女を、一人の女性が呼び止める。髪は長く、後ろでひとつ括りにしていて、その表情も雰囲気も穏やかなものだった。

「ウーティ姉ちゃん、聞こえなかった? またアーチャーが族長と…」
「あー、聞こえたけどね。日常茶飯事過ぎて自然の音と同じだと思ってたわ。いや結婚してからダメだね、年だね、うん」
「まだそんな歳じゃないでしょ、私と二個違いのくせに」
「あら、そうだった」

少女の不満そうな声に、女性は少し舌を出してとぼけたように笑った。

「じゃあ、私はアーチャーのところに行くから!旦那さんによろしく!」

呼び止める間もなく、少女は駆けて行く。

「あぁ、アルテ!もう…相変わらず世話好きだよね、アルテも」

呆れたように言うが、どこか共感できるところもあった。

自分も旦那のためなら、ああなるだろう。

結婚してからと言うもの、似た者姉妹だな、とつくづく思った。


****




8.情景

 

 

住民や集落を一望できる二階のウッドデッキに腰を掛けて分厚い古文書を読む少年、アーチャー・オーズマンと、その少年にギロギロと怒りを孕んだ瞳を向ける還暦を迎えたくらいであろう老父が一人。

 

「勘弁してよ、じっちゃん。俺は〝そういうの〟好きじゃないんだ」

 

読み終わった順に積み重ねていったせいか、心底嫌そうに顔をしかめるアーチャーの周りには、幾つもの古文書の斜塔が乱立している。

 

「やかましい!ワシらは代々狩りや密漁者の討伐で生活の糧を得てきたのだぞ?それを否定するとは何事じゃ!」

「うっさいなぁ、俺は筋トレとか鍛練するより、勉強とか本読む方が有意義なの」

 

アーチャーのうんざりしたような言い様。老父は苦虫を百匹まとめて噛み潰したように顔をしかめる。

 

「ぐぬぬ…貴様それでもワシの孫かぁ!」

 

アーチャーが読んでいた古文書をひったくるように取り上げて、老父は更に怒鳴り付けた。

両手で耳を塞ぐアーチャーは、ほどほど呆れたような顔をしながら喚いている老父を見上げていた。と、その時。

 

「族長!そんなに大声出したらまた倒れちゃいますよ!?」

 

一階から二階へ繋がる階段をどたばたと音を立てて、一人の少女がやってきた。

 

大方、この老父の集落中に響き渡るほどの怒鳴り声を聞いて慌て飛んできたのだろう。少女はアーチャーと老父を遮るように、間へと立ち回る。間に入られた為か、怒りが怒髪天だった老父は、まだ言い足りないアーチャーへの文句の言葉を途切れ途切れに言おうとしたが、少女の睨みでさっそく黙らされてしまった。

 

「アーチャーも!たまにはおじい…こほん、族長の言うこと聞いてあげたらどうなの?」

 

全くもう!と言った様子で少女は昔からの幼なじみを睨んだ。言われようのない視線に晒されるアーチャーは、地を突き抜けそうな大きなため息を吐く。

 

「まーた始まったよ。いいか?俺は誰から何を言われようとも狩人なんかにゃならないからな!勉強して、この村を出て、立派な学者になるんだ!」

 

二人を交互に指差しながら、アーチャーは高らかにそう宣言する。風習やら伝統やらに自分の人生を振り回されてたまるか! デッキに手をかけて、アーチャーは二階から飛び降りた。

 

「あ、アーチャー!」

「アルテ! 説教ならお断りだ!」

 

音もなく地面に着地すると、二階のデッキからこちらを見下ろしている幼なじみ、『アルテ・フェング』にそう断りを入れて、アーチャーは集落の外へ向かって走っていってしまった。

 

「全くもう…行っちゃった。」

「あぁ、偉大なる戦士ヘグニよ…なぜ、あの子は戦うことを拒むのか…」

 

すっかり毒気を抜かれたアーチャーの祖父、この集落の族長は、家内に設置された神を祀る大きな神棚を見ながら、どこか悲しげにそう呟いていた。

 

この集落に住む一族は、代々狩りや猟をして生活をしてきた、言わば〝戦闘型民族〟。

 

アーチャーはそんな一族の族長家に生まれた跡取りなのだが――昔起こったある出来事により、狩りや戦うことを嫌い、励んでいた鍛錬もやめてしまった。

 

そのアーチャーと族長との間に横たわる見えない壁。

 

「まぁ――アイツがこうまで狩りを嫌う理由など、わかってるのだがの」

 

族長は位牌のようなモノを儚げに見ながら、そう呟く。

 

「アーチャーの母と父…ワシの息子と娘は、戦いで死んだ」

 

位牌に刻まれたアーチャーの両親の名。これが、アーチャーとこの一族の風習との決定的な溝。

 

「ワシを憎んどるだろうな、なにより二人を戦いへ駆り出したのはワシなのだから」

 

自嘲のような、誰にかけるべきか分からない懺悔の言葉を、族長は神を象った木製の像を見つめながら吐いた。

 

「じゃが――せめて己を己だけで守れる力を身につけて欲しいのだがな。ははは、全く子育てが下手くそじゃな、ワシは」

 

戦闘型民族ということだけあり、集落の外に出れば危険な原生生物に遭遇することもある。狩りや戦うことをしなくとも、せめて己を守る力だけでも、と族長は考えアーチャーに厳しく言ってしまうのだった。

 

「族長…」

「アルテ。毎度すまないが――」

「はい。私、アーチャー探してきます!」

 

こうやってアーチャーが家を出ていったあと、探しにいくのは幼なじみであるアルテだ。アルテはナイフや短刀などの護身用の最低限の装備を腰にぶら下げたまま、家から出ていく。

 

「--全く、アイツもこんな可愛い子がいるというのにのぅ」

 

アルテが出で行く際に、族長がため息混ざりに壇に置かれた位牌を見ながら、そう呟くのだった。

 

 

****

 

 

出ていったアーチャーがどこに行ったのか、アルテはすでに検討が付いていた。

 

集落から少し離れた湖畔。

 

この湖には、豊かな自然で育まれた魚が多く生息しており、村人にとっても格好の釣り場でもある。

 

だが、今は冬に近い時期。

 

魚の繁殖期も終わり、新しい命が育っていく時期だ。この時期の漁獲は村の掟で禁止されていて、解禁される春先までは、湖への人の出入りは少ない。

 

「アーチャー!」

 

その湖を一望できるポイント。少し小高い丘の上で、アルテの探し人はだらしなく足を広げながら、芝生に寝転がっていた。

 

「なんだよ、アルテ。狩人の話なら聞かねーぞ」

 

家を飛び出したときに持ってきたのか、読みかけの古文書を顔に覆い被せながら、アーチャーはやってきたアルテへ不機嫌そうにそう返す。アルテは寝そべるアーチャーの前まで歩き、腰を下ろした。

 

「全く、アンタも大概頑固よね」

 

アーチャーの顔に被さっている古文書を持ち上げながら、アルテは呆れたような目でアーチャーを見る。

 

「ほっとけ」

 

いつものことだろ?、とアーチャーもアーチャーで、めんどくさそうにアクビを掻いて、寝そべっていた体を起こした。今日は晴天。透き通ったディープブルー色の湖は、透き通った日差しを幻想的に水面に写し出しされていた。

 

「ねぇ、アーチャー」

「なんだよ」

 

その光景を何も言わないで見ていると、隣に腰かけていたアルテがアーチャーの顔を覗き込む。

 

「アーチャーの夢って、何?」

 

何の前触れもなく、アルテがそんなことを聞いてきた。

 

「夢ぇ?」

「そっ、夢」

 

怪訝そうな表情をしながら聞き返すアーチャーに、アルテは得意そうにフフン、と鼻を鳴らしながら笑う。

 

「夢って…さっき言ったろ?学者になるって」

「じゃなくて、なんで学者になろうって思ったのか聞いてるの!」

「はぁ?」

 

そう言うなり、アルテは湖畔へ視線を戻した。体育座りのように膝を抱えたアルテは、顎を膝へ乗せて、膝を抱えた手をギュッと締める。

 

「私は、お父さんやお母さんみたいな、立派なハンターになりたいから、ハンターを目指してる」

 

幼馴染みのアルテの家は、代々集落の中でも指折りに入るハンター職の一家だ。

 

まだアーチャーがハンターを志していた頃、ナイフの使い方や、野性動物の習性、ほどけ難い縄の結び方など、アルテの父親から様々なことを教わった。アーチャーもよく覚えている。まぁ、両親が死んでからと言うもの教わる機会は無くなったが。

 

「アーチャーは、なんで学者になりたいの?」

 

アルテが膝を抱えたままアーチャーへ視線を戻した。昼の晴天に照らされた幼馴染みの表情は、湖畔に写った光のように幻想的で。頬が熱くなる感覚を覚えたアーチャーは、思わずアルテから視線を逸らす。

 

「笑わない?」

「笑わないわ」

 

アーチャーは、視線を逸らしたまま、気恥ずかしそうに頬をポリポリと掻く。だが、その表情は、どこか決意したような雰囲気を感じさせるものだった。

 

 

「--俺は、なにが正義か。それが知りたい」

「正義?」

 

アルテは少し不思議そうな顔をしながら、そう同じ言葉を返してきた。アーチャーは気にしない様子で、湖畔を眺めながら言葉を続けた。

 

「じっちゃんとか村の皆は、狩人として生きることが幸せなんだって言ってるけどさ。

事実、俺たちは、狩った獣の肉や捉えた密漁者とかの褒賞金で生きてるわけだろ?」

 

密漁者を捕まえ、保安所に突き出しては褒賞金を貰い、獣を狩って食料を得る。それが今まで暮らしてきたアーチャー達、集落の人々の生活だ。

 

「けどさ。それは生活するための過程で、正義なんかとは全然違う」

 

獣を狩ることが正義?

 

密漁者を捕まえ、褒賞金を受けとることが正義?

 

そんな正義、アーチャーには納得できるものじゃなかった。

 

両親が死んだあの日。

ハンターとして生きることに疑問を持ったあの日から、ずっと。

 

「死んじまった父さんや母さんは村の英雄なんて言われてるけどさ、正義ってなんなんだろうって…人を守るのか、それとも人を救うのか…」

 

だから、知りたい。本当の正義ってモノを。

 

「--父さんが言ってた」

 

アーチャーは湖を見ながら、過去に過ぎ去った父との語りべを思い返していた。確か、あの日も晴天で、この場所に父と二人で来ていた。

 

 

〝――この世界はとても広い。アーチャーが、まだまだ見たことのない物や、文化や技術が、この世界そのものが無限に広がっているんだよ。〟と。

 

 

「世界中を回って色んな人とか文化とかに触れれば、見つかると思うんだ。本当の正義っていうものがなんなのか」

 

湖から舞い上がった風が、アーチャーとアルテの髪を揺らした。アーチャーが照れくさそうに話終え、アルテは数秒間を置くと。

 

「―――ぷっ」思わず、と言った様子でコロコロと鈴を鳴らすような音色でに笑う。

 

「なっ…なんだよ、笑わないってさっき言ったじゃんか」

 

そんなアルテに、アーチャーは顔を恥ずかしそうに赤らめ、ムスッと不機嫌そうにそっぽを向いた。アルテはひとしきり笑ってから、「違う違う」と言った。

 

「何が違うんだよ」

「うん…まぁやっぱりアーチャーはすごい頭いいんだね、アタシには考え付かないよ」

 

まぁコイツ昔から座学とか苦手中の苦手だったしな。そんなことを思っていると、隣に座っていたアルテがいきなり立ち上がった。

 

「うんうん、本当の正義を調べる学者さんかぁ!」

 

アルテは晴れきった空を見上げながら、嬉しそうにそう空へ向かって答えた。まるで、自分のことのように。嬉しそうに。誇らしげに。

 

「待て待て、なんでお前がそんな嬉しそうなんだよ?」

 

そんな彼女のはしゃぐ様子に、アーチャーが呆れたように問い掛けると、アルテはまた「ふふん」と得意そうに胸を張る。

 

「アーチャーが正義を調べる学者さんなら、アタシは正義の狩人さんだね!」

 

「はぁ!?」得意気に言い切ったアルテの言葉に、アーチャーは読みかけていた古文書を放り投げた。読んでいたページに挟んでいた栞と古文書が鮮やかに宙を舞う。

 

「なんで驚くのよ」

「なっ、がっ!?」

 

当たり前だろ!?、と言いたいが突拍子無さすぎて呂律が回らない。顔を真っ赤にしながら、魚のようにパクパクと口を動かしながら硬直するアーチャー。アルテはアーチャーから湖畔に視線を戻しながら、ホントに柔らかく、優しげに微笑んだ。

 

「良いと思うよ、アンタの夢」

 

ただ、それだけ。それだけの言葉で、アーチャーには確かに伝わった。〝あぁ、認めてくれたんだ〟、と。

 

今まで否定され、小バカにされるだろうと怯えて、胸に抱え込んでいた想いを、彼女は認めてくれたんだ、と。赤くなった頬は、そのままだが、気恥ずかしさは無くなった。

 

「--アルテ」

「仕方ないから、私は応援してあげるよ!アーチャーの夢!」

 

アルテはアーチャーに向き直ると、人懐っこそうに微笑む。

太陽の陽を背中に受けて、照らされた幼馴染みの笑顔。

それが、やけに愛しくて、その瞬間が、アーチャーの脳裏に焼き付いた。

 

「――仕方なしかよ」

 

照れくさそうに。いや、照れ隠しで、アーチャーがアルテに悪態を付く。

 

「あと、たまにはおじいちゃんの言うことも聞いてあげなさいよ?」

「やなこった」

 

アルテは「全くもう」と不機嫌そうに呟きながら、アーチャーの隣に寄り添って、彼の頭に自分の頭を寄りかける。

 

それだけで、二人はお互いに幸せを感じていた。

 

そう。

 

幸せだった。

 

 

 

 

あの瞬間が、来るまでは――――。

 

 

****

 

 

深き原生林の夜。

 

そこには人工的な明かりはない。

 

そんな鬱蒼とした森の中、棒の先端に油脂系の発火ランプをぶら下げながら、アーチャーは、集落へ続く山道を歩いていた。

 

「ったく、じっちゃんめ…捌いた毛皮くらい自分で渡しに行きゃいいのに」

 

その日、アーチャーは祖父に収穫品の卸売を言付けられていた。

 

場所は集落のある原生林から離れた街だ。集落から街へ出るには、山道を幾つか越えなければならない。アーチャーは朝方に集落を出たのだが、戻る頃にはすっかり陽が沈んでしまっていた。

 

「ま、店のおっさんにイノシシの肉貰ったから良しとすっかー」

 

街へ向かっている時、アーチャーが担ぐかごには、獣の毛皮や骨で作った武器や装飾品がてんこ盛りに入っていたが、それはすべて街で売りさばいてきた。かわりに顔見知りの店の店主から貰った、香辛料が擦り込まれ薬紙に包まれているイノシシの肉が入っている。

 

「アルテのやつ、喜ぶかな?」

 

肉が好きな幼馴染みが、美味しそうにイノシシ鍋を頬張る様子を想像すると、自然に頬が緩む。

 

「って何考えてんだ俺はぁ!そんなつもりなんかないんだからな!」

 

と、アーチャーはハッとしてブンブンと手に持つランプを振りながら早口にそう言い訳をした。言い終わって、返ってくる返事はない。聞こえるのは森の木々が風に揺れる音だけだ。

 

「誰に言い訳してんだろ、俺」

 

はぁ、と図上に広がる星を見上げた。人工的な灯りがないからか、山道から見上げる星空はやけに輝いて見えた。

 

「久々に街に降りたから、やけに道が長く感じるなぁ……あれ?」

 

星を見上げながら、しばらく歩いていると、下からやけに明るい光が夜空を照らしている。視線を戻すと、下から広がる薄光は、アーチャーが歩く山道のまっすぐ先の方から出ている。山道から丁度先にある小高い丘を越えれば、集落はもう目と鼻の先だ。もう幾分か歩けば、丘から集落全体が一望できだろう。

 

「集落の方がやけに明るいな。〝壇祭火〟でもやってんのか?」

 

アーチャーの村では、暦にちなんで祭壇へ炬〝たいまつ〟が灯される夜がある。

 

それは、集落に昔から伝わる神をお迎えする神聖な儀式であり、村のみんなでご飯を食べたりするちょっとしたイベントでもあった。

 

「けど、みんなそんな準備してなかったよなぁ」

 

祭壇火を灯す日は、前日ないし当日の朝から準備がはじまる。

 

だが、アーチャーが卸売に出かけた辺りではそんなイベントに備えた準備をする様子など全く無かった。

 

どちらにしろ、祭壇火が灯っているのはラッキーだ。

 

このイノシシ肉を土産に、アルテの母親にでも美味しい鍋でも作って貰おう。そんなことを思いながら、アーチャーは足軽く坂道を駆け上がり、小高い丘を抜ける――――。

 

「――――え?」

 

だが、丘を抜けたアーチャーが見た光景は、彼が想像していたものとはまったく違うものであった。

 

「家が…燃えてる!?」

 

近所の歌好きなおじいちゃんの家。

 

祖父と二人暮らしを気遣って、日用品や食料を分けてくれたおばさんの家。

 

毎日のように、自分の家にやってきていた幼馴染の家が――燃えていた。

 

アーチャーは、体が自分のものでは無いような感覚に陥り、轟々と燃え上がる自分の住む村を見ながら、ただ呆然と立ち尽くした。

 

なぜ自分の村が燃えているのか?いったい何があったのか?みんなは無事なのか。そんな自問ばかりが頭の中をグルグルと巡りだす。

 

「じっちゃん…アルテっ!」

 

原因のわからない惨事に、竦みそうになる心を、ぐっと律する。油脂式のランプを消して、かごの中へ突っ込むと、アーチャーは飛ぶような早さで丘を駆け下りた。自分の大切な人の無事を祈りながら。

 

 

****

 

 

「くそっ…一体なにがあったんだよ!」

 

焔に包まれる集落の中を、アーチャーは駆けた。

 

走っている最中に見える村の様子は、酷いものであった。通り過ぎる家の壁面は、まるで何かが爆発したかのように吹き飛んでいる。集落の中も、燃え盛る家屋や飛び散った瓦礫などで行く手が塞がり、まるで迷路のようになっており、まともに行き来できるような状態ですらなかった。行き先を遮る瓦礫を避わしながら、アーチャーは自分の家に向かう。

 

「あ、アーチャーか…っ」

 

村の中心部にあるアーチャーの家が見えてきた時。道脇から弱々しい声が聞こえた。駆けていた足を止め、アーチャーは声がした方へ身構える。声をかけてきた人物は、見知れていた人物であった。

 

「アルテの親父さん!?」

 

アーチャーは壁に持たれ倒れているアルテの父親の元へと駆け寄り、起き上がらせようと手を掛ける。

 

「おじさん!大丈夫か!?」

「俺は大丈夫だ…だが、体が動かん…っ」

 

ところどころに切傷があるが、どれも致命的な怪我ではない。だが、まだ動けるはずの彼の体はまるで動けずにいた。

 

淡い幻想的な光を放つ、光輪によって。

 

「なん…だよ、これ」

 

幾つもの光輪が、まるで罪人を捕縛するように、アルテの父親の体を拘束している。アーチャーが恐る恐る光輪に触れてみる。熱や痛みは感じはしないが、まるで鉄のような冷たい感触が手に伝わってきた。

 

「どんなカラクリかわからんが…自力でも抜けれないんだ…」

 

何度か試したのか、光輪が掛かっている腕や足は抵抗した際に出来たアザや出血がところどころに見られた。

 

アルテの父親は、この集落の中でも指折りに入る腕利きのハンターだ。その実力に似合うほど、アルテの父親は強い。未熟なトラップや罠など容易く破ることができるはずだ。そんな彼が、全くと言っていいほど抵抗できない捕縛トラップ。

 

それだけで、アーチャーには集落を『めちゃくちゃ』にした得体の知れない脅威を察することができた。

 

「――おじさん…アルテは?」

 

アーチャーはアルテの父親を起き上がらせると、小さく呟くようにそう問いた。

 

「――族長を助けると言って…アーチャーくんの家へ向かったはずだ」

「わかった。それだけ分かれば充分だ」

 

それだけ言うと、アーチャーは、アルテの父親の傍らに落ちているハンター用の戦闘具を持ち上げ、手に、腕に、脚にと手慣れたように甲冑を装着する。

 

「おじさん、ナイフと手甲、借りるよ」

 

革製のナイフホルダーに収まっている刀身を少しだけ出して、刃の状態を確認し、直ぐ様仕舞う。その目は、獲物を狩る間際に見せる猛獣の眼光のように鋭い。

 

「待て…っだめだ…君が敵う相手じゃ…っ」

「ごめんな、おじさん。けど、俺は止まる気は無いよ」

 

歴戦のハンターからの忠告を聞かずに、アーチャーは鋭く呼気を吐き出すと、一直線に目的地と定めた場所へ駆け出していった。

 

 

****

 

 

「集落にいる武装勢力はすべて捕獲しました」

「はい、ご苦労様」

 

アーチャーと祖父が住む族長の家は、管理局所属の調査部隊によって制圧されていた。屋敷内には、調査部隊によって捕縛された村の住人が幾人も床に転がっている。その中に、アーチャーの幼馴染みであるアルテや、アーチャーの祖父の姿もあった。

 

「貴様ら…!」

 

族長であるアーチャーの祖父は、ゾッとする鋭い眼光で、涼しげな顔で部下に指示を出す部隊長を睨み付けている。

 

「あー、族長様?我々、時空管理局は、あなた方が保有する危険遺失物〝ロストロギア〟を回収したいだけなのですよ?」

 

手足をバインド魔法で拘束されて壁に背中を預ける形で座らされた族長へ、部隊長は同じ視線の高さまで腰を下ろして言う。その言い種は、まるで相手を小バカにしているようにも見えて、気の短い族長の神経を逆撫でた。

 

「はっ!時空管理局など、そんなオカルト連中などに、我らの宝具をのうのうと渡せと言うか!」

 

族長は、部隊長を見据えながら、そう叫んだ。

 

この集落には、太古の昔、偉大なる戦士「ヘグニ」が持っていたとされる剣が代々受け継がれてきた。

 

剣は誰にも抜かれず、触れられずに祭壇の奥へと続く祠の中で奉られている。

 

剣は大いなる恵みを与えると同時に、抜かれれば多大なる悲しみをもたらすと、村に語り継がれてきた。だからこそ、族長になる者、その一族は村の平和と秩序を守るために『剣の守り人』としての性質も兼ね備えていた。

 

――ただ唯一。過去に剣が目覚めかけたことがあった。そのせいでアーチャーの両親が命を落とすことになった。

 

「あなた方にとって、アレは宝具かもしれません。ですが、あのロストロギアは歴とした危険遺失物。別次元ではありますが、過去にひとつの世界を滅ぼした物なのですよ」

 

アーチャーの両親が死んだ日。その膨大な魔力を探知した管理局が、村の宝具、つまり危険遺失物《ロストロギア》の回収に乗り出したのだ。

 

「わかりますか?貴方達が崇める物の危険性が。そんな危険な物を、なんの対策もされずに放置することなど出来ません。だから我々が――」

「黙れ…」

 

異様なまでの低い声と殺気が、族長から滲み出る。他の管理局員が息を飲んだが、部隊長は怯まなかった。

 

「それに反対した我々を攻撃し、捕縛して、あまつさえ持ち帰ろうと言うのか?貴様らがやっていることは…侵略と違いないわッ!」

 

気迫に満ちた声で、族長は一括する。『守り人』として生きる族長が、剣を崇め続けてきたこの村の住人たちが、管理局の話になど同意するわけがなかった。

 

あくまで持ち帰ろうとする強行な姿勢を見せる管理局と武力衝突することは必然であった。呆れたように部隊長は、ため息を吐く。

 

「先に攻撃してきたのは、あなた方でしょう?我々はそれに対処したまでです」

「よそ者がぁ…」

 

苦虫を噛み潰すような表情をする族長を気にしないで、部隊長はデバイスから表示された通信端末を開く。

 

「封印班。そちらの状況は?」

《はい。危険遺失物『ダインスレイブ』を祠内部で発見しました。これより封印措置に入ります》

 

モニターの向こう側では、すでに祠へ入った封印班が、突き立てられ、深紅の鎖で納められた剣に封印措置を行う準備に追われていた。

 

「ご苦労様、では封印を――」

 

その瞬間、満足そうに微笑む部隊長の直ぐ後ろにあったガラスが、音を立てて割れた。ガシャン、と砕ける音が部屋中に響くと共に、部隊長の足元で何かが転がる。

 

「――石?」

 

外から石が投げ込まれた。そんなことを冷静に理解した時、部屋内にいる管理局員が呻き声を上げながら床へ倒れた。局員の肩には、弓矢が深々と突き刺さっている。

 

それを見たと同時に、その場にいる全員が自分達が「奇襲」を受けたと言うことを理解した。

 

「全員固まれ!」

 

一人の局員がそう言うが、その時既に数発の弓矢が部屋内へ撃ち込まれおり、その切っ先は数人の局員の肩や胴を捉えた。

 

「屈め!窓から離れるんだ!」

 

全員が窓から離れ、それぞれ背中合わせになるように密着する。野外や空でなら話は別だが、この限られた空間である部屋内で、単独行動をするのは危険だ。数発の矢が飛び込んでくるのを、魔法障壁で防いでいると、途端に矢の雨が止んだ。防御を緩めず、一人の局員が窓から外を見渡す。

 

「なんだ、これ」

 

窓からすぐそばにあったのは、地面に杭で固定された弓と縄、そして木材と金具で作られた道具があった。まるでその配置は、何かの発車装置のようにも思えた。

 

その時、窓から外を見渡す局員の首もとに何かが掛かった。

 

「え――う、うわああああああ!!」

 

引っかかった〝何か〟がピンと張り上がり、局員は叫び声と共に窓から外へと引きずり出された。外へと引きずり出された叫び声は、遠くなりすぐに聞こえなくなった。固まっていた何人かの局員が、慌てた様子で仲間が消えた窓へと近付いた。それが襲撃者の狙いとも知らずに。

 

部隊長の真上から影が振ってきた。

 

「―――そちらからか!」

 

いきなり振り掛かってきた閃光を、デバイスの警告で気付いた部隊長が魔法障壁で受け止める。

 

普通ならば、背後から一撃を喰らわされ、行動不能になるだろう。それほどの奇襲にも関わらず、その一閃を受け止めたのは仮にも部隊長であり、経験から培ってきたモノで成せる技だ。

 

「新手か!」

 

改めて、部隊長は武器である『デバイス』構え直して、背後から迫った正体不明の襲撃者から身を引く。同時に、あまりの手際の良い奇襲で見えなかった姿を、ようやく見ることができた。

 

「――今ので、決めるつもりだったんだけどな」

 

咄嗟に身構えはしたが――襲撃者はなんと子供だ。

 

「アーチャー…?」

 

バインド魔法で拘束され、床に転がっていた幼馴染みのアルテが、ゆらりとナイフを構えるアーチャーを見て驚いた。戦うことから遠退いていたはずのアーチャー。

 

だが、ナイフを構えるその姿は、まさに獲物を狩る狩人そのものだ。

 

先ほど、局員を襲った矢の攻撃も、縄で外へと引き出した事も、すべて村に伝わる罠技法だった。アルテも、父から罠の仕掛け方を教わったが、あまりにも複雑で覚えるのに数ヶ月も掛かった。

 

そんな罠を、長年〝狩り〟から離れていたアーチャーが仕掛けたのだろうか。ナイフの構えだけ見ても、素人の動きじゃない。その身構えた領域には、一切の隙も感じさせなかった。

 

「てめぇら…」

 

バインドで拘束された村の人や、燃える家屋を見てもなんとか堪えていたが、拘束されたアルテと祖父を見た瞬間に、アーチャーの中の怒りが限界を超えた。燃え盛るような瞳で局員たちを睨みつける。

 

アーチャーは感情的には怒っていたが、行動は極めて冷静だった。

 

敵との間合いを見定め的確に動き出し、周りの局員が手出しできないよう、部隊長と自分しか戦えないような間合いを取っていた。

 

魔法が使えなくとも、すでにアーチャーは管理局の魔導師と互角に近い戦闘技術と勘を持ち合わせていた。それは努力では得られない天性的なアーチャーの才能だ。

 

部隊長とアーチャーの闘いを眺めることしかできない部下達は、食い入るようにアーチャーの動きを見た。何度も空を跳び、危険な目にもあっていたため、この少年がどれほど危険で、どれほどの驚異になるか、簡単に理解できた。

 

「じっちゃんとアルテに…何しやがったあぁッ!」

 

猛獣のように猛る眼光を光らせながら、アーチャーはゆらゆらと構えていた体制から一気に屈んで、地面とほぼ水平にになる姿勢となって、デバイスを構える部隊長へ駆け出した。

 

魔力に頼らないその身体能力に、対面する部隊長は素直に驚いていた。だが、ただ早いだけだ。その驚異的な速さに、部隊長のデバイスを構える動作がほんのわずかに遅れる。部隊長の周りに幾つもの光弾――魔力スフィアが出現し、駆けるアーチャーへと飛翔した。

 

「そんなので足止めかッ!」

 

ほんの僅かに遅れた動作から成された攻撃。

 

真っ正面から対峙したアーチャーは、魔力スフィアの動きを見切った。木材の床を蹴りだし、ジグザグな動きをすると、部隊長から放たれた魔力スフィアはアーチャーの脇を掠め壁や床にぶつかる。

 

「どっこい本命だよ…!」

 

アーチャーが魔力スフィアを避わしたことに動ずることはない。寧ろ、背後からの初撃の動きを見て、観察した結果から魔力スフィアを避すことは予測出来ていた。部隊長は、本命であるチャージを終えたデバイスの切っ先を迫り来るアーチャーへと構えた。

 

「シュート」

 

最短のショートチャージからなる短距離の直射魔法が、デバイスからアーチャーへと標的を定める。その瞬間、部屋全体が魔力による光と爆音に包まれた。

 

「隊長!アンタ…一般人に砲撃魔法を!?何を考えてるんだ!」

 

部隊長のすぐ側に控えていた部下が、ためらいなく魔法を使用した部隊長へ非難の声をあげた。ただでさえ、防衛のためとは言え村人をバインド魔法で拘束しているというのに、更に砲撃魔法を使うなど、管理局の原則に背く行為だ。

 

「別に構わないでしょう、ボーン空一尉?加減はしたし、なにより非殺傷設定なんだからさ。死にはしないさ」

 

砲撃魔法により、舞い上がった誇りを背中に部隊長は悪びれた様子もなく部下へそう言った。

 

「それに、〝二佐〟である私に、そんな意見ができるのかな?ジェームス・ボーン一等空尉?」

 

君は自分の立場をわかっているのかい?

 

そう言う部隊長を、部下である男性は睨み付けた。だが、管理局での関係は部下と指揮官。むやみに命令に背けば、部隊を危険に晒すことになる。男は不満そうに眼を潜めながら、村人をバインドする作業へと戻る。

よろしい。まぁ気絶しているだろうから、この坊やもバインドで」

 

部隊長がへらへらしながら、アーチャーが倒れているだろう場所へと、手探りで歩いていた時、ギシッ、とまるで木か何かが軋むような音が頭上の方から聞こえた。

 

「ん?」

 

音を微かに聞き取った部隊長が、上を確認する。だが顔を上げる間と同じタイミングで、真上から影が落ちてきた。ギラリ、と鈍く光る残光が、部隊長の肩から脇腹辺りへ伸びる。

 

「――ッ!?」

 

部隊長は咄嗟に体を逸らした。鈍く光る残光は、部隊長の胴体を引き裂く軌道にあったが、部隊長が体を逸らしたため、脇腹を掠めるだけに留まる。

 

「うぐっ…!」

 

ズバッ、と鋭利な刃物が部隊長の脇腹を掠める

 

。そのまま部隊長は、後ろへ飛ぶような形で後退した。ポタ、ポタ。部隊長の脇腹あたりから鮮血が染みだし、床へと滴り落ちる。だが、部隊長は痛みで顔をしかめるわけでもなく、ただ驚愕したような表情で、先程まで自分がいた地点にいる――ナイフを構えたアーチャーを見ていた。

 

「ぐっ…どうやって砲撃魔法を…!」

 

痛みに耐える部隊長の声を聞いて、アーチャーはニヤリと口元をつり上げた。

 

手に持っている〝ワイヤー〟をグンっと引っ張る。

 

いや待て、コイツはどこから〝ワイヤー〟を出したんだ?

 

アーチャーの手にあるモノに疑問を抱いていた時、部隊長の頭上から、ぴんっと何かが引っ張られるような音がした。それは天井からアーチャーの手元に向かって吸い込まれていく。〝飛んできたもの〟を受け止めたアーチャー。その手の中には一つの武器が納まっていた。杭のような切っ先と柄の後部からはワイヤーが取り付けられている道具。

 

「まさか…!」

 

部隊長は自分がいる場所から真上を見上げた。天井の梁には、何かが突き刺さったような痕が残っている。アーチャーの持つ杭のような切っ先をした道具は、おそらく投擲用の武器だ。それを天井に幾つも渡された梁へと突き刺し――後部から出るワイヤーを手繰って砲撃を跳んで避した。

 

その動作を、ショートチャージが当たる直前にしたのか?

 

咄嗟にそんな行動を?

 

だとするなら、素早い反射神経と絶対的な自信がなければ、そんな真似はできない。

――あり得ない。部隊長は屈辱にゆがんだ唇を僅かに動かして、小さくそう言った。

 

「--すごい」

 

一部始終の見ていたアルテは、アーチャーの驚異的な戦闘センスを目の当たりにして驚愕する。アーチャーの体の動き、それはまさに狩人の動き。すでに完成されたものに限りなく近い。

 

「…やはりか」

 

族長は長年、自身の孫であるアーチャーの驚異的な身体能力を見てきた。

 

二階から飛び降りても音もなくスムーズに着地する体重の移動。それを可能にするバランスセンス。訓練を怠っているというのに、アーチャーの身体能力とセンスは、衰えることはなかった。長年腑に落ちなかった何かが納得できた。

 

アーチャーの両親は、一流のハンターと呼ばれるほどの技量と才覚を産まれもって得ていた。その両親の息子であるアーチャーが、これほどの鬼才を持っていたとしても不思議じゃない。

 

先天的な戦闘センスや、類い希なる勘。元々持っていたアーチャーの才能が、怒りと共にそれを塞き止めていたタガを外れ、開花したのだろうか。

 

「二人と村の皆を解放しろ…でないと、今度は首を切り落とす」

 

部屋を照らす灯りをナイフの刀身に反射させ、アーチャーは部隊長の顔を切っ先で捉える。

 

刃物のような鋭く冷たい眼光で睨み付けるアーチャーの表情には、まだ余裕があるようにも感じられた。

 

「このガキィ…」

 

その眼を見た瞬間、今まで平静を保っていた部隊長の表情が変わった。

 

出血する脇腹辺りを抑えている手を外し、ゆっくりとアーチャーへ向けて構える。その動作を見て、アーチャーも身構えようと体を沈めようと力を下半身へ込めた――その途端、アーチャーはまるで体中の筋肉、筋が金属のように固まる感覚を覚えた。

 

「か、体が…」

 

全く体が動かない。

 

呼吸や話すことは出来ても四肢が全くもって動かなかった。

 

視線だけ動かして、アーチャーは身体の前へと構えていたナイフを見る。そのナイフを持つ腕には――さっき見たアルテの父親や、アルテと祖父の身体を拘束する〝光輪〟が光輝いていた。

 

「ふんっ!」

 

部隊長が、アーチャーへ構えた腕を横へ振る。その振った同じ方向へ、バインド魔法で拘束されたアーチャーの体も連動するように動き、木製の壁へと背中から叩き付けられた。

 

「ガハッ…!」

 

壁にぶつかった衝撃は、遠心力で更に上乗せられ、アーチャーの体を貫く。

 

木が軋む音がはっきりと聞こえた。持っていたナイフは衝撃と痛みでアーチャーの手から落ち、部隊長の足元へ突き刺さった。部隊長はバインド魔法を操り、壁へ張り付けられたアーチャーの四肢を、まるで十字架に張り付けたような体制へと変える。

 

「ぐ…あっ」

「おい、やめろ!相手は子供だぞ!」

 

その部隊長の奇行に堪えられなくなった局員が、部隊長の肩を掴んだ。その止めに入った局員を、部隊長はゾッとするような虚ろな目で見据え返していた。

 

「なんだ、君には私が受けたこの傷が見えないのか?君の目は飾りなのか?」

 

部隊長は血走った眼差しでそう言うと、足元に刺さるナイフを拾い上げた。

 

「血が流れる、この傷が見えないのか。このナイフで傷を付けられたんだ。なぁ、わかるだろう。コイツは危険だ」

「だったらバインド拘束だけで充分だろう!?」

「うるさい!こちらは最初から話し合いで事を済ませるつもりだったんだ!攻撃を仕掛けてきたのはコイツらだ。こっちは非殺傷設定で殺しはしない、だが向こうは?それは向こうが殺しに来てるからだろうが!」

 

その怒気を孕む部隊長の叫びは、まるで子供染みた幼稚さがあった。受けた傷の痛みと屈辱さで、彼は冷静さを完全に失っていた。

 

「血を流す痛みを持って解らせなきゃならないんだよ!コイツには、その報いは受けてもらう」

「やめろ!それが、管理局の魔導師がやることか!」

「黙れぇ!一等空尉の癖に、三佐の私に指図するな!身をわきまえろ!」

 

プライドを傷つけられ、我を忘れた部隊長は、止めに入った魔導師を突き飛ばして、壁に磔にされたアーチャーへ視線を戻す。その歪んだ笑みを孕む表情は、アーチャーに本能的な恐怖を感じさせた。

 

「く…そっ…」

「アーチャー!!このバカ…やめろ!!」

 

すぐ傍で身動きが取れずに床へ伏せているアルテが、部隊長か魔導師かに掛けられたバインド魔法から抜け出そうと必死に抵抗する。だが、バインド魔法は強力で、簡単に抜け出されるものではない。抵抗するアルテの腕や足の肌が、バインド魔法に締め付けられ青紫色に滲んでゆく。

 

「大丈夫だよ、ボウヤ。殺しはしない。ただ――」

 

そんなアルテの抵抗も虚しく、部隊長は、歪な笑みを浮かべながら磔にされたアーチャーへ拾ったナイフの切っ先を構えた。

 

「このナイフで――私と同じように、同じ痛みを感じるだけさ!」

 

凶器に満ちた表情をしながら、部隊長はナイフを振りかぶる。抵抗しようのないアーチャーはせめて痛みを耐えようとぐっと身体へ力を込めた。その瞬間――部隊長からナイフがアーチャーへ振り下ろされる。

 

「アーチャー!だめっ!!」

 

部下であろう何人かの魔導師たちの静止の声が耳を掠める中で、はっきりと幼馴染みの叫んだ声をアーチャーは聞き取った。

 

「――え?」

 

視線を前にあげると、そこにはいるはずのない彼女がいた。自分を守るように、悠然と両手を広げながら――直後、鈍い打音が響く。

 

「――アルテ?」

 

信じられない。そんなアーチャーの小さな問いかけに、アルテは答えなかった。か細い彼女の体が、磔にされたアーチャーへと傾く。

 

「あ…あぁ…」

 

顔を青ざめさせながら、部隊長が二、三歩と後ろへ後ずさっていた。

 

集中力が切れたのか、アーチャーに施されていた拘束魔法も解除され、アーチャーは倒れてきた幼馴染みを受け止める。

 

倒れてきたアルテの頭と背中を抱き抱える形で受け止めたアーチャーの手に、生ぬるいそんな感覚が染み渡った。そのまま動かないアルテを支えながら、アーチャーは手に染み付いた生ぬるい何かを確認する。

 

「アル、テ―――?」

 

 

手に付いていたのは、真っ赤な鮮血だった。

 

 

アルテの胸元に、深く突き刺さるナイフが見えた。

 

おいアルテ――冗談やめろよ。

 

起きろよ。

今日はお前の好きなイノシシの肉を貰ったんだぜ?起きないと全部俺が食っちまうぞ?

 

思い付く限り、そんな事を言っても、まるで糸が切れた操り人形のように、力を、生気を、全く感じられないアルテの身体が、少しずつ、冷たくなっていく。手に染み続ける生ぬるい血が、否応なしにアーチャーへ、あまりにも突然すぎる現実を、容赦なく突きつける。

 

「――アルテ…起きろよ…死ぬなよ…。死ぬな…アルテ…アルテッ!」

 

すべての感覚が遠くなって行く。抱きしめても、優しく語りかけても、もう彼女は、笑ったりしない。怒ったりしない。はにかむように恥ずかしがりもしない。あの笑顔も、もう見ることができない。宝具も、村も、家も、そして――幼なじみも。

 

すべてが奪われた。

 

なんでこんなことになってしまったんだ。

 

俺たちは、ただ、いつもと同じように、穏やかな時間にいたはずなのに。

 

何が狂ったんだ?何かが狂ったんだ。

 

「お、おい…冗談やめろ、私は…私は殺す気なんて…!!」

 

「――本隊に通達する、お前は黙っていろ」

 

 

――コイツらだ。コイツらが来たせいで。

 

 

「――――ざけるな」

 

 

――管理局が――時空管理局が来たせいで。

 

 

「ふざけるな…ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁ!!!」

 

 

頭の奥がビリビリと麻痺するような感覚。

 

ただ普通に暮らしていただけなのに。

 

「魔法」と言うデタラメな力で、何もかもが一瞬で壊された。

 

 

そんな不条理さが、納得できなかった。からだ全体の血が沸騰しているような熱さ。怒りのせいなのか、憎しみのせいなのか、自分の未熟さの悔しさなのか、アーチャーの視界は真っ黒く染まり、何も見えなくなって行く。

 

 

「ああああああぁぁぁッ!!!」

 

 

野獣の咆哮なんて生温い。この世のものじゃないような憎悪にまみれたアーチャーの絶叫に、その場にいたすべての人間が戦慄した。

 

《…っ――デー!――メーデー!こちら封印班!ロストロギア《ダインスレイブ》から急激な魔力反応が!こちらでは封印措置が…うああああああっ!!》

 

動かなくなったアルテを抱き抱えるアーチャーの背後。その先にある祭壇。奥へと連なる祠が、閃光に包まれた後――轟音を轟かせて爆発した。

 

その爆発の光を切り裂いて、一刀の剣がアーチャーたちがいる屋敷の天井から貫き落ちてきて、アーチャーの目の前に突き刺さる。

 

――ドクン。――ドクン。

 

剣からそんな鼓動を感じる。

 

その禍々しさに、アーチャーを除く全員が吸い寄せられるように見入っていた。過去の戦士が持っていたとされる伝説上の魔剣。

 

管理局にとって、それは指定危険遺失物。

 

 

 

その剣の名は、《ダインスレイブ》。

 

 

 

その剣が、新たなる宿主を選んだ瞬間だった。

 

アーチャーの手が、ダインスレイブへ伸びる。

 

「握るな!アーチャー!その剣は――」

 

祖父の緊迫したような、そんな声が聞こえたような気がした。

 

わかっている。そんな気がした。

 

この剣を握ることが、何を意味することなのかを。

 

わかっているような気がした。

 

けど今は、

 

 

 

 

――そんなこと、どうでもよかった。

 

 

 

 

「ああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちら、時空管理局、第三小隊所属救援隊。

 

現在、消息を絶った調査隊並びに封印班が最後に確認された現場に到着しました。

 

こちらの状況は…簡潔に言えば絶望的です。

 

死傷者を多数確認しました。調査隊長及び調査隊員、封印班の消息は未だ不明。怪我人の中に、リンカーコアが非常に衰弱した少年を発見しました。

 

彼が持っていた剣を確認したところ、強大な魔力反応を内包している事が確認されました。恐らく、封印班が発見したロストロギア《ダインスレイブ》だと思われます。

 

これより、《ダインスレイブ》並びにそれを保有していた少年、及び負傷者の保護を開始します。通信完了。

 

 

(危険遺失物管理課、機動一課第三小隊での音声報告より)

 

 

****

 

 

その時のことは、よく覚えていない。

 

気がついたら、時空管理局の船の中にいた。

 

聞いた話によると、俺は《ダインスレイブ》を握ったまま、まるで大きな爆発があったような、荒れ果てた集落の残骸の中にいたらしい。集落に住んでいた村人や、調査に訪れた管理局魔導師も、わずかに生き残っただけ。

 

祖父の消息は――わからなかった。

 

結局、村の宝刀として奉られてきた《ダインスレイブ》は、管理局によって接収、封印された。

 

今でも夢にまで見る。

 

絶望した日々。

 

忘れられない、アルテの――幼馴染みの死も――何もかもが無駄だった。むしろ、支払った代償の方が多すぎた。得るものなど、何もなかった。残ったのは、幼馴染みが…想い人の冷たくなって行く身体の感触。剣によって多くの人の命を奪ってしまった罪悪感。生き残ってしまった孤独だけ。

 

管理局を憎んでいるはずなのに、その管理局に保護されたなんて、なんとも皮肉な話だ。

 

保護してくれた管理局の隊員たちが優しくて、その優しさが酷く憎くて、その優しさを「暖かい」と、他人事のように感じてしまっている自分自身が滑稽で、情けなくて。なんとも無力なんだろうか。

 

管理局の施設に移ってからと言うもの、どれほど無気力な日々を過ごしたものだ。朝なのか夜なのか、そんな時間感覚すら曖昧になるほどに。

 

今思えば、あのときの俺は死を望んでいたのかもしれない。いや、人としては〝生きていなかった〟だろう。何かに感動することもなく、何かを感じるわけもなく。ただ、息をしてそこにいるだけの日々。

 

 

そんな時だ。

 

あの男が、俺の目の前に現れたのは。

 

 

 

『何が本当の正義なのか――――知りたくないか?』

 

 

無気力で、何もかもを無くしてしまった俺の前に現れたその男は、不適な笑みを浮かべながら俺に手を差し伸べてきた。

 

その手を握った瞬間から、俺は、生まれ変わると決めた。何もかも失ったことに、ただ絶望することしかしなかった自分を殺して。

 

遠い昔に、幼馴染みに語った夢を叶えるために。俺が信じていた。こんな世界にでも「本当の正義」があるってことを。

 

 

なにが正義かを示すために――。

 

その為に俺は―――。

 

 

 

 

 

 

――NEXT

 

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