美しき徒花   作:宰暁羅

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ハーメルンへの投稿は初となります。
とりあえず、全六章構成を予定しています。


復讐
復讐・Ⅰ


 

 

「あまり大きな声では言えないんだけどね。僕は、アイヤールの皇子なんだよ」

 

 

 

 

 早朝、起床したティコがまずしたことは、纏わり付く寒さに身震いすることだった。

 テラスティア大陸の南部に位置するフェイダン地方は、他の地方と比較すると大分気温が低い。ティコの暮らす《年輪国家アイヤール》、その所有領の一つ《陰影領ゴラ》とその近辺は安定した気候を持つと言われているものの、秋と冬の境目に差し掛かった現状、もはや暖かさなど微塵も感じられない。

 住んでいる家、いや家と呼ぶのもおこがましい穴の空いたテントは隙間風があちこちから入り込み、着ている服は袖のないボロ布同然の粗末なもの。今まで風邪をひいていないことが奇跡のような有様だ。

 

 ティコは、逃亡奴隷である。

 

 両親を事故で失ったのがちょうど1年ほど前、十三歳のときのことだ。自分を引き取った叔母の陰湿ないじめに耐え切れず、家出をして物乞いになった。

 自分一人でも生きていける、そんな幼い希望はあっという間に打ち砕かれ、空腹に耐え切れずに窃盗行為を働き、すぐに捕まってこの《陰影領ゴラ》に送られた。

《陰影領ゴラ》はアイヤール、というよりフェイダン地方でも珍しい、奴隷制度を公認している領だ。アイヤールはおよそ五十前後の自治領で構成されており、中には死罪にするまでもない、かといって無罪放免ともいかない犯罪者を拘留し、養う余裕のない弱小領も存在する。そんな犯罪者を引き取り、奴隷として奉仕活動をさせて罪を贖わせるのが、このゴラなのだ。

 一言で奴隷とはいうが、その扱いは千差万別だ。

 良い主人に当たればきちんとした給金が与えられ、借金を返済し終わった後も就職先の世話をしてくれる。しかし、酷い主人に当たれば暴力の嵐に晒され、食事も碌に与えられず、相手が魔術師ならば実験材料にすらされてしまうという。

 そんな噂を、何度も聞いた。

 ティコは女だ。まだ成人前の身の上だが、容姿は中の上――だと自分では思っているし、胸だって少しずつ膨らんできている。下卑た男の主人に引き取られたら、どうなってしまうのか。想像すると、生理的な嫌悪感に苛まされた。

 だから、ティコは逃げ出した。他の奴隷たちと結託し、看守の目を盗んで領の外へと飛び出したのだ。

 

「その結果が、これか」

 

 変な臭いがするようになった毛布を掻き抱き、ティコは苦い顔で呟く。

 領外の森の奥深くに逃亡奴隷の村を作ったはいいが、その生活は苦しかった。なにせ着の身着のまま、脱出の際に奪ったシャベルやら棍棒やらが唯一の所持品という有様だ。

 街道を通る商人の馬車を襲い、幾許かの生活用品――ティコが寝泊まりしているこのテントのような――を入手することもあるが、自分たちで勝てるくらいの護衛しか雇っていない馬車など、そう日に何度も通るわけではない。

 何より、森の中では人類の天敵たる、蛮族の姿を時折見かけるのだ。魂に穢れを帯び、強靭な肉体を持つこの種族は、並の人族など容易く縊り殺してしまう。蛮族以外にも、獰猛な動物や、幻獣の報告例もあった。

 通行手形が無ければ、アイヤールの他の領へは入れない。別の国に行こうとしても、それまでに食料が尽きるだろうし、蛮族と遭遇する可能性はより高まる。

 八方塞がりとはこのことか。

 神様は私に何か恨みでもあるのだろうか、とティコは内心で溜息をつく。両親が暴走する馬車に轢かれて亡くなった瞬間から、ティコの人生の歯車は狂ってしまった。本当なら、ティコは今でも両親と共に、温かいスープを飲んでいたはずなのに――

 

「ティコ、起きてるかい?」

「……ひゃっ!?」

 

 突如、テントの外から声をかけられ、ティコは思考の渦から強引に呼び戻された。

 ――村での生活はかなりキツいが、それでも、良いことがまったく無いというわけでも、ない。

 

「お、起きてます! ちょっと待っててください!」

 

 そう返事して、ティコは慌てて寝癖のついた髪を手櫛で梳き始めた。

 父の遺伝で、かなりの癖っ毛であるティコの髪は、寝癖があろうとなかろうと、あまり変化はない。それでも、『彼』の前に出る際は、少しでも、身なりを整えておきたかったのだ。

 

「お待たせしました、ラスティンさん」

 

 目ヤニを指でこそげ落とし、口元に涎の痕がないかの確認を終え、ティコはテントの扉をめくった。

 周囲を覆う木々の隙間から差し込んだ太陽の光が、既に現在の時刻が日の出を過ぎていることを告げていた。どうやら、寝過ごしてしまっていたらしい。

 視線を横に逸らすと、背の高い青年が、微笑を浮かべて立っていた。

 

「おはようございます、ティコさん。今日もいい天気ですよ」

「す、すみません。ちょっと、起きるのが遅かったみたいです」

「ああ、気にしないでください。昨夜、遅くまで話に付きあわせてしまいましたからね。謝るのは、僕の方ですよ」

 

 そう言って、青年――ラスティンは、頭を下げる。

 

「そ、そんな! ラスティンさんが、そんなことする必要なんてないですよ!」

「そうですか? 優しい人ですね、ティコさんは」

 

 再び微笑を浮かべた青年を前に、ティコは顔を真っ赤にして、俯いた。

 ――ラスティンは、最近ふらりと村にやってきた冒険者だ。

 村の周辺に、約三百年前に滅んだ魔動機文明(アル・メナス)時代の遺跡があり、その発見と調査のために訪れたのだという。

 出会った当初は自分たちを捕まえるために、ゴラの領主が雇った密偵なのではないかと疑った。しかし一緒に暮らし始めて二週間、既に疑いは晴れ、村の大切な客としての扱いを受けている。

 というのも、ラスティンは強力な魔術師なのだ。特に戦うための訓練を受けていないティコたちと違い、お腹を空かせた狼や蛮族たちと遭遇しても、容易く追い払ってしまう。

 更に、楽器の演奏と魔力を秘めた歌で、近くにいる小動物を呼び寄せる吟遊詩人(バード)としての力も持っていた。おかげで、ラスティンが村に来てから、食糧事情は大分改善されていた。

 

「今日も、ラスティンさんは遺跡を探しに?」

「ええ、それが目的ですしね。午後になったら、いつも通り、狩りの護衛をしますよ」

「そうですか……。…………」

「――どうしました? 僕の顔に何かついてます?」

「……へっ!? い、いえ、なんでもありません!」

 

 惚けた顔でラスティンの顔を見つめていたティコは、慌てて首を横に振った。

 ラスティンの顔立ちは、兎にも角にも美しいという形容詞が似合う。

 どうしても荒くれ者というイメージのある冒険者像からかけ離れた、さらさらとした黄金の髪に白磁のような肌。睫毛は長く、その青い瞳は遠くを見透かすように澄んでいる。

 まるで物語に出てくるような、王子様みたいだ。

 それが初対面の時、ティコが感じたラスティンへの第一印象だった。

 

(でも)

 

 唾を飲み込み、ティコは伏目がちにラスティンをちらちらと見上げる。

 

()()()、じゃなかったんだ)

 

 ――僕は、アイヤールの皇子なんだよ。

 

 昨夜。彼が耳元に囁いた言葉が、今も耳朶にそのまま残っている。

 アイヤールは皇帝を頂点に置き、その直接の血統が後を継いでいく世襲制となっているが、その制度にはアイヤールの歴史を踏まえた、独自のシステムが組み込まれている。"皇族還り"と呼ばれる、皇族の子息は五歳になったら各領の有力者に養子として預けられ、そこで目立った成果を挙げた者のみ、皇族としての復帰を認められるという後継者育成制度だ。

 現在の皇帝はセラフィナという名の女性であり、彼女は未婚で子供はいない。彼女が仮に崩御した際の皇位継承権を持つ存在は三人認められており、その全てがセラフィナの異母妹、即ち女性だ。男子の継承権のほうが優先されるため、男の皇族が現れた場合、継承権はいきなり一位に躍り出ることになる。

 ラスティンは、そんな男性の、アイヤール皇族であるという。

 

「ティコ。僕のことは、あの後、他の誰かに……?」

「い、言ってません、言ってません!」

「そうですか。良かった、あまり吹聴されたくない話ですからね」

 

 ふっ、とラスティンは寂しげに微笑む。

 何故今まで皇族として名乗りを挙げなかったのか、という当然の疑問に、ラスティンは「色々と事情があるんだ」としか答えなかった。しかし、今探している遺跡で何かしらの発見をすれば、それが皇族として戻れる足がかりになるかもしれないという。

 

「でも、なんで、そんな話をあたしに……?」

「……言わなければ、わかりませんか?」

 

 真摯な目で見つめられ、ティコの心臓がどくんと飛び跳ねた。

 ティコだって、薄々と感じていたものはある。この二週間、村の住人の中で、ラスティンは特にティコを気にかけていた。自意識過剰な勘違いではなく、確信のようなものが抱ける水準で。

 つまり――ラスティンは、自分のことを――

 

「おっと……そろそろ行かないと」

 

 しかしラスティンはすぐに視線を逸らし、ティコに背を向けてしまった。

 ずるい、とティコは頬を膨らませる。

 こっちの気持ちをいいように弄んで、でも自分は何も言わないで。

 でも、これが大人のやり方なのかな、とも思う。まだ、成人にも至ってない自分ような小娘には持ち合わせていない、恋の駆け引きってやつなのかもしれない。

 

「行ってらっしゃい。気を付けてくださいね」

「ありがとう」

 

 涼やかな笑みと共に、ラスティンは村の外、森の奥深くへと向かっていった。

 遺跡が見つからなければ、このままずっと彼と一緒にいられるかもしれない。

 でも、遺跡が見つかれば、彼は皇族として皇城に迎え入れられることになるだろう。

 もしかしたら、その時は、自分を連れて――

 

「――皇妃、かぁ」

 

 思わず漏れた呟きに、ティコは頬が緩むのが止められなかった。

 現皇帝のセラフィナは大層な武闘派で、隣国である蛮族の大帝国、《紫暗の国ディルフラム》とは常に戦端が開かれている状態にある。

 自ら戦場に立つことも多い女帝は、いつ死んでもおかしくはないだろう。

 その時までに、ラスティンが皇位継承権第一位として認められていれば――

 

「ふふ、ふふふ」

 

 ようやく、運が回ってきた。

 今までにあった辛い日々は、これから先の幸福を得るためのものだったんだ。

 こんな、満足な食事も得られず、着衣は不潔で、お風呂だってない生活とは、もう少しでおさらば出来る。

 豪奢なドレス、柔らかなパン、きらきらの宝石、傅く従者――

 

 すぐに訪れるだろう未来を夢想し、ティコは幸せそうな笑い声を上げるのだった。

 

 

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