劣勢は、一転して覆っていた。
ケートレア最強の冒険者パーティ、"黄昏求道団"が――約一名ほど不在だが――増援に現れたことにより、追い込まれていた冒険者たちの戦意が急上昇したからだ。逆に、次々と同胞たちが骸の山へと姿を変えていく様を見せつけられているアンドロスコーピオンたちは、変化に乏しい表情の中に、焦りと困惑の色を僅かに滲ませている。
「ちょろいちょろい! ガーウィごときに、あたしの相手はつとまらないよ!」
「調子に乗ってると、痛い目を見ることになる」
「そうですよ。その分厚い毛皮も、銃の前にはまったくの無意味なんですからね!」
「避ければいいんでしょ、避ければ!」
軽口を叩きながら、名誉人族として受け入れられた彼女たちはかつての同胞たちを次々と蹴散らしていく。
蛮族である彼女たちの肉体には、"穢れの霧"は効力を及ぼさない。視界の悪さも、蛮族の大半が所有する暗視能力によって、妨げられることはない。
「そぉら、引退したとはいえ、俺だってまだまだやれるってもんさ!」
「無茶はしないでくださいよ、店長!」
ミックとイオルは人間だが、二人ともマーシィと同じく戦いの中で命を失い、蘇生した過去を持っていた。
そのため、"穢れの霧"の中でも一応行動可能ではあるが、ミックは肉体の衰え、イオルは単純な実力不足からマーシィたちほどの動きは出来ない。それを自覚して、無理しない範囲でアンドロスコーピオンたちと戦っている。
ミックは
「ヌ……ォォォォォッ!!」
「だらっしゃーッ! 道が空いたぜ、マーシィ!」
「突撃よ、ヴァルブレバーズ!」
クローモワを護衛するアンドロスコーピオンたちをアムタイとレイブレンが引き剥がし、その隙間を縫うように、マーシィの召喚した魔神が巨体を唸らせて突進する。
ずしんずしんと音を立て、地響きを立てるその背後から、マーシィも地を蹴って追走。そびえる壁のような背面を駆け上がり、肩の上から跳躍すると、鮮やかな宙返りでクローモワの背後に着地する。
タイミングを見計らい、前後からの連続攻撃。
今まで散々"穢れの霧"を生み出してくれた脅威の魔道機械を、完膚なきまでに粉砕した。
「クローモワ、これで全機撃破です!」
「やったー!」
「ははは、ざまぁみろってんだ!」
冒険者たちが次々に歓喜の声を上げる。
とはいえ、クローモワが破壊された瞬間に"穢れの霧"が完全消滅するわけではない。大気中に雲散霧消するまで、およそ六時間ほどかかるのだ。
それに、倒したのは闘技場北部にいたものだけである。何体かは襲撃開始の時点で西部や南部へと移動しており、それらが未だに健在なのか、それとも別の冒険者たちが食い止めてくれたかは、知りようがない。
それでも、勢い付いた彼らの士気を更に高揚させる後押しとはなる。
気が付けば、残るはアンドロスコーピオンたちが数体と、命令されたまま穴の拡張工事を続けている魔道機械たちのみという状況だった。
「色々と手こずらせてくれたが、こうなればもはや負ける要素はないな」
そう言って、ずいっ、とアムタイが進み出る。
「どうした、蠍人間どもよ。先程までの威勢の良さはどうしたのだ」
「待て、油断するな」
そのアムタイの服の裾を引っ張り、小走りに駆け寄ったミナが静止する。
しかし、大柄な体躯の少女は蠍の尻尾を持つ少女を見下ろし、鼻で笑った。
「油断? コボルドのように縮こまったこいつらを相手に、どう油断するというのだ」
「あ、それ禁句……」
「コボルドを馬鹿にするな!」
瞬間、激昂したミナがアムタイに自身の尻尾を叩き付けた。
アムタイはさらりとそれを回避し、脇の方でしかめっ面をしながら眉間を揉んでいるドルチェを尻目に、ミナを威圧するように目を細める。
「……何の真似だ? 今は戦闘中だぞ」
「黙れ。アンドロスコーピオンとコボルドを貶める者は全て殲滅対象だ」
「ミナ! もう、ようやく人族の常識に馴染んできたと思ってたのに!」
「殺しはしない。ただ、痛みと苦しみの中で反省してもらうだけ」
「ほう? 我とやる気か?」
「言っておく。ワタシは貴様より遥かに強い」
「ミナ!」
「ふん、接近戦ならこちらに分がある。泣きを見るのはそちらのほうだ」
「お嬢ちゃんも、こんなときに何言い争ってるんだよ!?」
ドルチェとレイブレンが止めに入るが、二人の口論は止まらない。周囲の冒険者たちは呆れ顔だ。
勿論、敵への警戒は解かないままではあるが、大勢が既に決した故の余裕であろう。
緊張感が薄らぎ、全体に弛緩した空気が流れた。
――その時。
「待って」
マーシィが鋭い声を上げる。
マーガレットも注意深く視線を周囲に巡らせ、ミナは一瞬だけ身体を震わせると、すぐに銃を構えて真剣な面持ちとなる。
いずれも、優れた
「おい、何を」
「しっ」
ミナは人差し指を唇に当てる。
そのポーズが意味するところは、アムタイにも流石に理解出来る。
自分から喧嘩を売っておいて――という苛立ちを覚えながらも、渋々とアムタイは従った。
周囲の冒険者たちも、彼女たちが何かを感じ取ったことを察し、黙りこむ。
「ギギ……」
追い詰められていたアンドロスコーピオンたちは、ここに来て不敵な笑みを浮かべた。
八方塞がりの状況で、精神に異常をきたした――わけでは勿論ないだろう。
彼らは希望を残しているのだ。
マーシィたちが警戒する、"何か"に。
――――ォン。
その時、小さな音が鳴った。
よく耳を澄ましていなければ聞き逃していたような、とても小さな音が。
――――ォォン。
――――ォォォォォン。
音は、段々と大きくなっていく。
それに合わせ、地面からも若干の振動を感じるようになった。
地下だ。
冒険者たちが立っている地下――アンドロスコーピオンたちが侵入に使った通路で、何かが鳴動している。
「くっ……マギスフィア起動!」
ミナは咄嗟に銃を構え、アンドロスコーピオンの一体に銃口を向けると、次の瞬間にはその眉間を撃ち抜いていた。
その顔には焦燥感が滲んでいる。
少しでも敵の数を減らさなければ、という衝動に突き動かされたのだろう。
幾度と無く死線を乗り越えてきた経験が、最善の選択を無意識に選ばせる。全神経を尖らせながら、マーシィはミナの判断力に内心唸った。
「ガッ……!」
かくして目にも留まらぬ早撃ちを喰らったアンドロスコーピオンは、衝撃で後方へ吹っ飛ぶ。
その背にあるのは、彼らが開けた侵攻用の空洞だ。
鮮血を飛散させながら、蠍人間は穴の中へと吸い込まれ――
――突如穴から出現したものによって弾き飛ばされ、地表に叩き付けられた。
ずぅん、という重低音が響き渡る。
穴から飛び出たそれは、穴のすぐ近くにいた工事用の魔道機械を踏み潰して着地した。
メキメキと音を立て、穴の外周部――地下通路の天井部分が歪む。
周囲を漂う"穢れの霧"の中でも、その姿は冒険者たちの瞳に、はっきりと写った。
外観は、胸部の突き出た無骨な鎧というのが第一印象だろうか。だが勿論、それは鎧とはまるで別物だ。
まず、巨体。
背の高い人間よりも大きな
そのヴァルブレバーズが両手を掲げても足りないほどの全長を、それは有していた。
そして、その身体は金属で構成されている。
クローモワなどと同じ魔道機械。しかし、その戦闘力は比べ物にならないだろう。
有り余る巨体と重量は、それだけで凶悪な武器だ。それを支えるのは、蜘蛛のような八本の脚。脚の一本は、頑丈な魔道機械を踏み潰してなお、傷を負った様子は見受けられない。
更に、武装として両腕に巨大な銃が備え付けられている。銃を持っているのではなく、両腕が銃なのだ。
そして、肩部に装着された二門の主砲は、どれほどの威力を誇るのか。想像もしたくなかった。
「クィンドゥーム……」
誰かが呟いた。
それは魔道文明時代、戦うことを目的として作られた魔道機械。
巨人と並び立つほどの全長と苛烈な攻撃、独特の駆動音と足音で、相対するものに絶望を与えた存在の名。
アンドロスコーピオンたちが勝利を確信したように唇を半月状に曲げる。
対して実力の劣る冒険者の中には、絶望と諦観で膝をつく者もいた。
「――問題ないわね」
しかし。
あっけらかんと言い放ち、気楽な足取りで一歩進み出る女が一人。
「マ、マーガレットさん……本当ですか!?」
「コリンがいないし、霧の影響があるからマーシィも若干使えないけど……あたしとミナ、ドルチェがいればどうにでもなるわよ」
「おおっ!」
「さ、流石だぜ、"黄昏求道団"!」
ケートレア――否、《
熟練の冒険者すら恐れる古代兵器も、彼女たちの手にかかれば赤子同然なのだ――
ドォォォンッ!!
――地響きを立て、もう一体の魔道機械が穴から出現した。
足の数はクィンドゥームの半分だが、それ以上の完成度の高さを伺わせる巨大兵器――
名を、
「…………」
余裕の表情を浮かべていたマーガレットが、ぴしりと凍り付く。
マーシィも、ドルチェも、ミナも、他の冒険者たちも全員、愕然として目を見張った。
「……メグ」
「いや……ちょっと、あれは……反則じゃない?」
「先程までの威勢の良さはどこへ行った」
「うっさいわね! いくらなんでもアレと同時なんて無理よ! 無茶! 無謀ですらあるっての!」
「しかも見た限り、装甲とかちょっと強化されてるみたいですよ」
「マジで!? あたしら死んだじゃん!」
狼の顔をしたまま、マーガレットは情けない顔を見せる。
実際問題、クィンドゥーム一体だけならば、どうにでもなるというのは本当だ。こちらも体力を大幅に消耗するだろうが、十分に押し切れるだろう。そのくらいの実力は身に着けている。ウォードゥームはクィンドゥームより高性能だが、それでも余力を残している現状ならば、勝率のほうが高い。
だが、二体同時となると話は別だ。
ならばドルチェを下げようにも、神聖魔法にだって射程というものがある。多くの
同様の理由で、ミナもいい的になってしまう。彼女やアンドロスコーピオンが使う銃と同じで、ドゥーム種の武装はあらゆる装甲を無効化し、内部からダメージを与える。その破壊力はミナ自身が一番よく知っているだろう。
クィンドゥームの主砲、あるいはウォードゥームの機関砲が二発までなら、ギリギリ耐えられるだろうか。だが三発同時に撃ち込まれたら、そこに待っているのは"死"だ。
では、先手を取って砲塔を潰すか? しかし、ドゥームたちの巨体は障害となって通常の近接攻撃を届かせない。そしてこの場にいる遠距離攻撃可能な面子は、マーシィとミナ、そしてイオル、あとは冒険者に二人ほどいるだけだ。到底、破壊に至るほどのダメージは生み出せない。
結局、回避に不安の残る面子は、退避させるしかない。
となると、頼りになるのは前衛組だ。マーシィもマーガレットも、防御より回避が主体の戦い方をする。
しかしマーガレットは砲塔の攻撃はともかく、両腕の機銃のほうを避け続けられるかは、五分五分といったところだろうか。
マーシィは"穢れの霧"の影響下であってもマーガレット以上の回避能力を発揮出来るだろうが、それでもウォードゥームの機銃を完全に回避可能かどうかと問われれば、若干の怪しさを覚える。
「もー、手が足りなさすぎ! なんでコリンはここにいないわけ!?」
「いなくなった人物に頼るのは合理的ではない」
「惜しい人をなくしましたね……」
「ちょっと、私の親友を死んだみたいに言わないでくれる?」
戦力が足りない。コリンがいてくれたなら、とマーシィは痛烈に感じる。
しかし、ここで逃げるという選択肢はない。
穴は地面に穿たれたままだ。すぐに塞がなければ、ウォードゥームが更なる増援として現れるかもしれない。
やるしかないのだ。
ケートレアを――"穢れ"た自分たちを受け入れてくれたこの街を、守るためには。
「悠長に作戦会議してる時間は、なさそうね」
背を向けていた二体の機兵が、ぐるりとこっちを振り返る。
生き残った三体のアンドロスコーピオンも、武器を構え直した。
――今日は、のんびりと過ごす予定だったのに。
はぁ、と吐息を一つ洩らしたマーシィは、仮面を脱ぎ捨てて汗ばんだ顔をケープで拭うと、号令を発した。
「――クィンドゥームと蠍たちをお願い!」
同時に、ウォードゥームへと駆け出す。
隣りにいたマーガレットが、躊躇することなく後に続く。
悲壮感を漂わせていた冒険者たちも、悲鳴のような絶叫を上げ、ウォードゥーム以外の敵たちへと突撃していく。
ウォードゥームへと向かったのは、マーシィとマーガレット、二人だけだ。
「頼んだわよ、みんな」
これが、最善策。
マーシィとマーガレットでウォードゥームの攻撃を引き付け、残る全戦力でクィンドゥームたちを片付ける。
本当なら、マーシィ一人だけで囮をこなしたかったが、一人だけではウォードゥームの巨体を止められず、突破されてしまうだろう。召喚したヴァルブレバーズは流石に実力差がありすぎて、ウォードゥームとは戦わせられない。魔神を無謀な戦いに挑ませないことは、契約に義務として定められている。
「前にこいつと対峙したときは、ボコボコにされて気絶しちゃったのよね」
「復讐のチャンスじゃない」
「そーゆーこと! 今度こそ、あいつの装甲をぶち抜いてやるわ!」
言いながら、マーガレットは呼吸を整える。大きく息を吸い込み、独特のリズムで吐き出す。
すると、マーガレットの脚に変化が生じた。筋肉が膨張し、あるいは縮小し、瞬発力に秀でた形状へと変貌したのだ。
変貌といっても、人間の形を逸脱するほどのものではない。しかし、それは獣人化とはまた別種の、常人では起こりえない現象だった。
練技。
冒険者たちは、その身体能力の強化をそう呼んでいる。
空気中の
「……そう言いつつ、使うのは回避型の練技なのね」
「しょーがないじゃん! 使えるマナの量は限られてるんだからさ!」
「まあ、死なないようにするのが一番よ」
ウォードゥームと対峙する。この大型の魔道機械に、いわゆる"目"に当たる部分は見当たらない。どこから視認しているんだろう、そんなどうでもいい考えが頭に浮かぶ。
鋼鉄の装甲に、マーシィの持つ剣は通りにくい。もっと修行を積めば機械の身体だろうと脆弱な一点を見抜き、その急所を穿てるようになれるのかもしれないが、生憎と今のマーシィにはそんな技量はない。
両腕の機銃や、肩部の機関砲を見やる。霧の影響さえなければ、当たる気がしないのに。今は、どうにも一抹の不安が過ぎってしょうがない。
――だから、なんだっていうの。
雑念を振り払い、マーシィは剣を構える。
私は生きる。例えメグが、ドルチェが、ミナが、冒険者たちの誰が死のうが、私だけは生き残ってみせる。
もう、あんな思いは――魂をズタズタに引き裂かれような苦しみは、味わいたくない。
マーシィは覚えている。忘れたけど覚えている。思い出せないけど覚えている。正常な輪から外れる苦痛。魂が穢れる嫌悪感。取り返しの付かないことをしてしまったかのような恐怖。脳ではなく、魂に刻まれた衝動。
――蘇りたくない。
――だから、絶対に死にたくない。
「……矛盾してるわね」
「え? 今、何か言った?」
「いえ、何も」
死にたくないのなら、ここから逃げ出せばいい。
ケートレアなんて捨てて、どこか遠いところへと去ってしまえばいい。
そうしないのは――自分以外も、出来る限りは死んでほしくないからだ。
死んで、蘇るのはあんなに辛いものだから。
他のみんなにも、同じような目に合ってほしくない。
「うん。死なないようにするのが一番よ」
「なんで繰り返すのよ?」
「死んでほしくないってこと。死なないでね、メグ!」
「早々簡単にはくたばるつもりはないっての!」
二人は、ウォードゥームに跳びかかった。