多分最後のあたりは後で書き直します。
マーシィの腰には、二つの小さな直方体が連結した"箱"が備え付けられている。
その片方、"カードホルダー"と名付けられた箱の側面に、いくつかのスイッチが存在した。そのうちの一つを選択し、剣を握ったまま親指で押し込む。
すると、カードホルダーの蓋が自動で開いた。中にはその名の示す通り、十数枚のカードが並べられている。
そのうちの八枚のカードだけが、自分の意志を持っているかのように箱から飛び出て、マーシィの前方に展開された。全て同一の、くすんだ金色をしたカードの中から手近な一枚に剣の切っ先を向け、早口に告げる。
「
次の瞬間、選んだカードが砕け散った。粉々になった破片は光の粒子へと姿を変え、マーシィの持つ剣へと収束していく。残りのカードは再びカードホルダーへと舞い戻り、蓋が自動的に閉じられた。
マーシィはそのまま、微かな黄金の光を宿した剣を、眼前の巨体へと叩き付ける。
ギィン、という金属が軋みを上げる不快な音が鳴り、命中したウォードゥームの脚に一筋の傷が付く。だが、それは表面を微かに切り裂いただけだ。機能を停止させるほどの損傷ではない。
「やっぱり、私の技量じゃ、まだ……!」
舌打ちし、マーシィは即座にその場から飛び退いた。残された影に銃弾が命中する。判断が遅れていたら、直撃を受けていたところだった。
着地した先で、マーシィは剣を構え直す。その刃に先程まで纏わり付いていた光は、既に消失している。
マーシィが使ったのは、賦術と呼ばれるものだ。
魔動機術などと同じく、
黄昏求道団の中ではドルチェが随一の錬金術士であり、神聖魔法と同時に数多くの賦術を用いて仲間たちをサポートしている。マーシィは先程の"
黄金の光が武器に宿る"
常人では弱点を見切れない鋼鉄の装甲相手ではあまり効果は無いが、それでも若干のダメージ向上を図ることは出来た。今は、少しでも早く眼前の脅威を排除し、仲間たちの救援に向かわなければならない。
「オォォォォッ!!!」
獣の如き咆哮を上げ、マーシィが攻撃を与えた部位に、今度はマーガレットが拳を叩き付ける。
彼女が得意とする、ワンツーパンチにキックを加えた息もつかせぬ三連撃。並の蛮族ならばそれだけで片が付く暴力の嵐は、堅固な装甲を歪ませ、あちこちに亀裂を生じさせる。だが、やはりこちらも、完全に破壊するには至らない。
反撃の弾丸を、マーガレットは紙一重で回避する。そこに、アンドロスコーピオンやクローモワを相手にしていたときのような、余裕の雰囲気は微塵も感じられない。練技によって変貌した脚部を駆使し、真剣な面持ちで縦横無尽に逃げ回っている。
「がはっ……!」
「イオル!? 待ってて、今回復するから!」
「ご、ごめん、お願いするよ」
ちらりと視線を横に向ければ、丁度イオルがクィンドゥームの主砲に直撃し、血の泡を吹き散らす場面だった。主砲の射程外に待機していたドルチェが慌てて神聖魔法を唱え、その傷を癒やす。
マーシィは
これまでの戦いで、アンドロスコーピオンたちも体内の
しかし、的散らしくらいにはなるだろう。ヴァルブレバーズは再生能力を持つため、継戦に優れている。
「まったく……! しばらく
振り回すケープを銃弾が掠め、受け流すように後方へと逸らす。仮面を脱ぎ捨てて曝け出した素顔には、再び汗が吹き出ていた。エルエレナ惑乱操布術は回避に特化した流派だが、その立ち回りは派手で豪快な分、肉体に蓄積する疲労も遥かに溜まりやすい。ほとんど休息なしに戦い抜いてきたせいで、ここに来て体力の限界が訪れ始めてきているのだ。
それでも、マーシィの動きが精彩を欠くことはない。今まで鍛え上げてきた脅威の集中力が、無意識にその身体を突き動かす。
暗殺者として叩き込まれた、正確無比な戦闘技術。
冒険者として培った、即興即席の戦闘技術。
その二つを駆使して、マーシィは舞いながら攻撃を続けていく。穢れた黒い霧を切り裂いて演じられる舞踊は、ついにウォードゥームの左脚部を破壊し、膝をつかせるに至った。
「メグ!」
「よっしゃー! 任せなさいっての!」
即座にマーガレットが鋼鉄の巨体を駆け上り、腕部の機銃へと迫る。
回避行動に移ろうとするウォードゥームだったが、黒狼の放った三連撃のほうが速い。一撃目で銃身を歪ませ、二撃目で
犬歯を剥き出しにして勝ち誇った笑みを浮かべるマーガレット。着地しようとするの無防備な背中を、右腕部の機銃が狙い定める。
「危ない!」
マーシィの警告と、弾丸が発射されるのは同時だった。
銃口から放たれた強烈な一撃が振り返ったマーガレットの腹部に直撃し、その身体が弾き飛ばされた。どうにか中空で一回転し、着地。地面に叩き付けられることだけは避けたものの、腹部を抑えてよろめくその姿から、想定以上のダメージを負ってしまったことが見て取れた。
「油断するとか……クソッ」
「まだいける!?」
「ハッ! こんなのヨユーよ、ヨユー!」
呼吸を整えると、苦痛に歪んだその表情が少しだけ緩和される。優れた
とはいえ、その回復量はドルチェの神聖魔法に比べれば微々たるものだ。ほんの気休めにしかならないことは、本人が一番よくわかっているだろう。
マーシィは視線をウォードゥームへと向けたまま、別の戦場の気配を探る。
残るアンドロスコーピオンは、ヴァルブレバーズが対峙している残り一体だけのようだ。しかしクィンドゥームと交戦している冒険者たちは、その数を大幅に減じていた。気絶しているだけなのか、死亡してしまったのか、そこまでの判別はつかない。生きていて欲しいと、マーシィは心中で強く祈る。
「ヴァルブレバーズ、眼前のアンドロスコーピオンの上半身を両腕で攻撃!」
今度は逆側、ウォードゥームの右半身に攻撃を集中させながら、マーシィは再度魔神に攻撃の指示を送る。
魔神は命令以外の行動は絶対にしない。『逐次指示に従え』という契約を結んでいるからだ。命令を怠れば、魔神はその場に棒立ちとなり、契約者を手伝おうというような素振りすら見せない。契約者が気絶すれば、意気揚々と敵側に回ることすらある。
しかし、彼らに『好きなように戦え』などと間違っても命じてはならない。魔神は常に契約を破棄して自由になることを望んでいるため、虎視眈々と契約者の死の機会を伺っているからだ。魔神の自主性に任せたが最後、契約者が危機に陥った瞬間に、トドメを刺しに来るだろう。
そのため、多少面倒ではあるが、魔神への命令は具体的な指示をその都度行わなければならないのだ。
「ようやく片腕を潰せたのはいいのだけれど……想像以上にタフなようね」
「ホント、強化しすぎでしょ。もしかしたら、最下層にはこんなのがうようよいるのかも……」
嫌な想像に身震いしながら、マーシィとマーガレットは戦闘を続行する。
片腕を失いながらも、ウォードゥームの攻撃は苛烈だった。更に意外な機敏性も見せ、マーガレットの拳を受け流す場面すら見せる。
まさしく、戦闘を主目的として開発された魔動機械の面目躍如といったところだろうか。
一機を製造するのにどれだけの時間を要するのかは不明だが、もしも掃いて捨てるほどに量産・強化されたウォードゥームたちが地下を闊歩していたらと考えると、これからの迷宮攻略は遠慮させてほしいという気分にさせられてしまう。
とはいえ、今はこの状況を切り抜けることが先決だ。
「いい加減……くたばれーッ!」
裂帛の気合と共に、マーガレットの拳が右脚の装甲を突き破った。
熟練した拳闘士の一撃は、時に相手の鎧を貫くほどの破壊力を見せる。脚部の大半を失い、ウォードゥームは今にも地面に崩れ落ちそうだ。
右腕は反撃の砲弾を浴びせるが、マーガレットは同じ過ちを繰り返すことなく、今度は余裕を持って回避する。続く頭部の機関砲も、危なげなく避けてみせる。
ウォードゥームの猛攻が途切れた。再び反撃する番だと、マーシィが一歩脚を踏み出す。
瞬間、
「お姉さま、危ない!!」
ドルチェの悲鳴にも似た叫び声が耳に届き、反射的に身を投げ出して地面を転がった。
一拍遅れて、巨大な弾丸が飛来。マーシィの背後スレスレ、腰まで届く豊かな銀色の髪を突き破り、瓦礫に着弾して大きな破裂音を上げる。舞い上がった土煙が、"穢れの霧"と混じって消えた。
「……ッ!?」
流れる視界の隅で、マーガレットが黒狼の姿のまま驚愕の表情を浮かべているのが見えた。
すぐに身を起こし、三つの瞳で周囲を見渡す。
今の攻撃は、どこからのものだろうか。
――いや、疑問に思う必要すらない。本当は既に勘付いていた。ずっと継続的に聞こえていた怒号や罵声、悲鳴などが途絶え、その巨大な足音が徐々に接近していたのだから。
「――最悪ね」
マーシィは苦み走った顔で舌打ちする。
迫り来る敵の姿が、ウォードゥームと並び立った。
ウォードゥームと比較すれば、小柄と呼べる金属の体躯。しかし、人間を高みから見下ろすことには変わらない、圧迫感を感じる巨体。
八本脚の機兵――クィンドゥーム。
「すまない、こちらは全滅した……!」
後退し、ドルチェの神聖魔法で治療を受けていたアムタイが、悔しそうな顔で呻く。
クィンドゥームの背後には、傷付いた冒険者たちがあちこちで倒れ伏していた。その中にはレイブレンや、ミックの姿もある。アムタイはクィンドゥームではなく、アンドロスコーピオンの相手をしていたため、難を逃れたのだろう。
しかし、今更アムタイ一人だけが加勢してくれたところで、何が出来るものだろうか。
離れた場所からイオルが必死に矢を射かけているが、魔動機械は蚊に刺された程度にも痛痒を感じていない。
実力差というものは、心意気だけでは埋まらない溝なのだ。
「ちょっと……キツいかしら」
クィンドゥームの装甲はあちこち武器を叩き付けられた傷跡が残り、右腕は千切れて微弱な火花を散らしている。
しかし左腕と、二門の主砲は変わらず健在だった。射撃精度はウォードゥームに劣るとはいえ、予期せぬ不運というのはどこかで必ず生じるものだ、事故が起こりえるはずがないと、誰にも断言出来はしない。
絶望感が心の中から湧き上がるのを、マーシィは奥歯を噛みしめて堪える。
まだ――まだ、戦況は五分五分のはずだ。
本来、冒険者が五分五分の戦いが挑むこと事態が愚策ではあるが、敗色濃厚な戦いに挑むよりは何倍もマシな状況と言えるだろう。
ウォードゥームを警戒しつつも、クィンドゥームを睨めつけて――おや、とマーシィは眉根を寄せた。
地下から飛び出したときと何ら変わるところはなく、クィンドゥームの主砲は黒い光沢を携えて、憎らしいまでに無傷そのものな姿を晒している。ところが、その主砲を覆うように増設された追加装甲に、大きなひび割れが生じていたのだ。
(あれはイオルが?)
そんなはずはない、とマーシィは思い直す。先程見た通り、イオルの技量ではあの堅牢な装甲にダメージを与えることすら困難なはずだ。
ならば――考えられるのはただ一人。その可能性に思い至った瞬間、クィンドゥームの追加装甲が、突如轟音を立てて砕け散った。
「――――!」
クィンドゥームが体勢を崩し、大きくよろめく。
マーシィは、その一部始終を目撃した。
今日だけで何度その目にしたかも覚えていない、魔元素を充填された弾丸が、追加装甲に直撃したのだ。
それも、ひび割れの中心点を、寸分違わず。
そんな芸当が可能な
「……ミナ!」
マーシィたちから大きく離れた位置に陣取り、自らの背丈と同等もある長銃を構える少女の姿があった。
薄桃色の髪を"穢れの霧"の中に溶け込ませ、その瞳は真っ直ぐに目標へと見定められている。
彼女がやったのだ。
追加装甲を破壊し、それに守られた主砲にまで衝撃を与え――筒をへし折り、使用不可能とさせる一撃を。
「あ、あんな距離から……!?」
アムタイが目を白黒させている。
ただ一点を――それも装甲の中で一番脆い部分を見出し、そこに寸分違わず命中させ、しかももう一度再現してみせる。
当然だが、簡単な話ではない。
敵は常に動き回っている。距離が離れれば離れるほど、敵の予測移動位置を正確に算出しなければならない。その上で、弾着速度の把握や風速の影響、微動だにしない照準なども求められる。
そして、相手は先史文明の遺産、クィンドゥーム。その鈍重そうな見た目からは想像も出来ない細やかな動作で、精錬されていない攻撃など容易く受け流してしまう。
並の射手ならば、当てるだけで精一杯。それだけで仲間から賞賛の言葉を貰えるだろう。
しかし、ミナはその更に上を飛び越えて見せたのだった。
「お、おい。あの女は……あんな真似も可能なのか」
「えっと……よく知りません」
「何?」
「ミナは……狙撃を封印してるんです。私達と出会った日を最後に……」
「封印? 何故、これ程の腕前を持ちながら……」
わからない、とドルチェは首を横に振る。
マーシィはミナの顔を見つめた。
ミナは特に表情を変えない。
しかし、遠目からでもその瞳には、怒りの炎が宿っているのが見て取れる。
「ワタシは――守る。仲間を、新しい家族を」
長銃――ランカスターⅡの銃口が、クィンドゥームに残されたもう一つの主砲へと向けられた。
扱いが非常に難しく、素人には使いこなせないその銃の射程距離は、クィンドゥームの主砲のおよそ倍。
クィンドゥームは咄嗟に方向転換し、ミナへと主砲が届く位置まで迫ろうとする。
しかし、それを遮るようにアムタイが飛び出した。
馬蹄が轟音を立てて地面を踏みしめ、クィンドゥームへと突撃を敢行する。
「お前……」
「こいつは我が引き付ける! 貴様は、さっさともう一つの主砲を潰せ!」
すぐさま、クィンドゥームが残った左腕から銃弾を吐き出した。直撃し、馬の足を持つ少女は治療してもらった傷口から再び鮮血を撒き散らす。
しかし、それでもアムタイは倒れない。歯を食いしばり、背後のミナまで届かせまいと、懸命に食らいつく。
「……ねえ、マーシィ。なんだかあの二人……カッコいいわね」
「そうね。私たちも、負けていられないわ」
マーシィとマーガレットもまた、ウォードゥームへと向き直る。
不思議と、先程までの絶望感が綺麗さっぱり消え去っていた。
まだやれる。
ここまで頑張ってくれた皆のためにも、無様な姿は晒せない。
剣を振る。拳が唸る。
惜しみなく賦術や練技を使い、攻撃の手を緩めることなく、ただひたすらに一撃一撃を積み重ねていく。
そして――
「これが……ラストッ!」
この長い戦いも、ついに終わりの時を迎えようとしていた。
冒険者が行う戦闘は、およそ一分にも満たない短く濃密なものが大半だ。だというのに、今日のマーシィは三十分以上は延々と戦い続けたことになる。
本当に、最悪な一日だった。
擱座したウォードゥームの機関砲を完全破壊することに成功したとき、マーシィの心中を過ぎったのは、『とにかく早く帰って眠りたい』という欲求だけだった。
既に最後のアンドロスコーピオンもイオルとヴァルブレバーズが潰し、残りはクィンドゥーム、ただ一体のみ。
「こちらも……終わりだ! いけ、ミナ!」
「任せろ、アムタイ。
ミナが静かな声で、装填された弾丸に魔元素を吹き込む。
その位置は、先刻から変化していない。
全て、アムタイが足止めしたおかげだ。
敵の攻撃が自分に届かないという絶対的な安心を得ながら、蠍の尻尾を持つ狙撃手は引き金を引いた。
閃光と共に射出された弾丸が、"穢れの霧"を切り裂き、アムタイの耳元を掠め、クィンドゥームの主砲を貫――
――かなかった。
「あ」
「あ」
弾丸は――外れた。
「……」
「……」
「こ、こういうことも……ある」
「おおぉぃ!? 我のこの勝利を確信して昂ぶった気持ち、一体どうしてくれる!?」
背後を振り向いて喚くアムタイ。
そこに、飛び出す影があった。
「"
ドゥン!
横様から放たれた魔元素の塊が、クィンドゥームへとぶつけられる。
その衝撃で、クィンドゥームは動かなくなった。
「…………」
「…………」
「やったー! やりましたよお姉さま!」
ミナとアムタイがぽかんと口を開けて唖然とする中、ぴょこぴょこ飛び跳ねながら万歳しているのはドルチェだった。
神聖魔法の中には傷を癒やすものだけではなく、敵にダメージを与えるものも存在する。
ドルチェが使用したのは、その中の最下級の魔法だ。
「ドルチェ……いつの間に、クィンドゥームの背後に?」
「主砲一発だけなら当たっても大丈夫だと計算して、少しずつ接近してたんです。ミナが攻撃を外したとき、すぐにフォロー出来るようにと!」
「そ、そう……偉いわね、ミナ」
「えへへー! じゃあ、ご褒美に、ちょっとだけ吸ってもいいですか!?」
「……帰ったらね」
喜色満面の笑みを浮かべるドルチェ。
その姿を見て、マーガレットやアムタイはへなへなとその場にしゃがみ込む。
ミナも、複雑そうな表情でドルチェを見つめていた。
なんとも居心地の悪い空気が周囲を漂う。
鉄塊と化した二体の魔動機械を見上げて、マーシィは重く深いため息を付いた。
「……なんて……締まらないオチなのかしら」
別に距離が開くと命中率が下がるようなルールは存在しないけど、
まあ、読み物なんで。