美しき徒花   作:宰暁羅

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一人入れ忘れてた(爆) すまんフリッツ……半年も気付かなかった。
てなわけで四人目として一人追加してます。


護衛・Ⅴ

 

 やがて、夕食の時刻となった。

 客室から食堂へ向かうには、一度エントランスホールを経由しなくてはならない。

 マーシィたちが赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いていると、そのエントランスホールから、何やら騒然とした雰囲気が伝わってくる。

 貴族の屋敷にはあまり似つかわしくない、若い男女の楽しげな、騒がしい笑い声だ。

 

「どうやら、『知の盾』の皆様がお戻りになられたようです」

 

 先導していた執事が振り返り、二人に告げる。

 

「なら、挨拶したほうが良さそうですね」

 

 それを受けて、マーガレットが優雅に微笑む。再度リルドラケンの衣装に身を包んだマーシィも首肯し、歩を進める。

 辿り着いたエントラスホール、吹き抜けの二階から手すり越しに階下を除けば、五人組の男女が正面扉の前で、応対する別の執事やメイドたちと談笑していた。彼らが身に着ける薄汚れた革鎧や武装の数々は、冒険者という身分を如実に表わしている。

 あれが、冒険者グループ『知の盾』なのだろう。

 自分たちを見下ろす視線に気付いたのか、五人組のうちの一人、やけに古めかしいドレスを着た少女が胡乱気に顔を上げ、目を細めてマーシィたちを見つめ始めた。その爪先から頭の天辺までも観察するような瞳に、正体がバレやしないかとマーシィは着ぐるみの中で気付かれない程度に喉を鳴らす。

 

「おや?」

 

 そんな少女の様子が目に入ったのか、つられて視線を上に向けた一人の青年が、大袈裟な身振りでマーシィたちに手を振ってみせた。

 眼鏡をかけ、ローブを羽織った姿の、冒険者というより研究者然とした痩躯の青年だ。

若干『青年』と呼ぶのが怪しくなる微妙な年代のようだったが、その瞳は森の奥へ探検に出かける幼子のようにきらきらと輝いていた。首から下げた聖印から、ラクシアの神の一柱『賢神』キルヒアの信徒であることが見て取れる。

 キルヒアは学習や思考の神であり、その信者たちは知識を高め、研鑽することを己の義務としている。そのため、今は失われた古代文明に関わる論文や手記などを目当てに、冒険者となる者も少なくはない。

 

「君たちが、特別な助っ人とやらなのかい?」

「ええ、シェナイと申しますわ」

「ヴィクトリアです。ヴィクティとお呼びください」

 

 マーシィたちは、あらかじめ決めてあった偽名を名乗る。

 シェナイは退屈な貴族の生活を嫌って冒険者となった人間の元お嬢様、ヴィクトリアは幼い頃に家族とはぐれ、冒険者をしていた人間の夫婦に育てられたリルドラケン。フェイダン地方をあちこち回る冒険者を表向きの姿とし、その実、女帝セラフィナ子飼いの密偵である――という設定だ。

 どうにもシェナイのキャラ付けはマーシィの親友であるコリンを半端に真似ている感じなのがマーシィには若干引っかかりを覚えてしまうが、どうせこの任務の間だけの偽装だ。特に問題はないだろう。

 

「僕はオイゲン。この『知の盾』のリーダーをやっている、神官(プリースト)だ」

「お会い出来て光栄ですわ」

「ははっ、僕も君みたいな美人に会えて光栄だよ。それに、凄い実力者なのが見て取れるな!」

 

 階段を降り、握手を交わす。

 鼻先にかかるほど長いハシバミ色の髪も合わさって、なんとなく陰気さを感じる風貌とは打って変わり、オイゲンの口調や態度は快活だった。身振り手振りも激しく、少年がそのまま身体だけ成長したのかのようだ。

 

「あんた、リルドラケンなのに軽戦士なのかい? 変わってるねえ」

 

 そう言ってオイゲンの隣から話しかけてきたのは、スミレ色の髪をした女性だった。

 朱色の口紅を差し、泣きぼくろが印象的な美女だ。纏う服装は露出が激しく、同性のマーシィすら思わず見惚れてしまうような妖しい色香を纏わせている。

 しかし、その体付きはほっそりとしながらも、無駄な贅肉を全て削ぎ落とした、質の良い筋肉で形作られていた。

 恐らく、同じ軽戦士なのだろうとマーシィは推測する。『知の盾』の中では、彼女が一番の実力者のようだ。

 

「ガルテナ、失礼だぞ」

「おや、失敬失敬。どうにも、リルドラケンは重戦士か格闘家のイメージがあるからね」

 

 マーシィが着ぐるみの腰に下げた(フリッサ)にちらと視線を這わせ、ガルテナと呼ばれた女性は小さく頭を下げる。

 その額には、隠すことなく小さな角が生えていた。蘇生したのか半魔人(ナイトメア)なのか、どちらにせよ、穢れを帯びていることは確実だろう。

 

「彼女はガルテナ。風来神ル=ロウドの信徒にして、『知の盾』になくてはならない剣士さ」

「ル=ロウドの?」

 

 風来神ル=ロウドは自由を尊ぶ神だ。何事にも縛られないことを推奨するため、蛮族にも信徒が存在する。

 神となった由来も正確に判明しておらず、特殊な位置付けとされることが多い。

 

「といっても、あまり大きな奇跡は起こせないけどね。オレの役割はあくまで前衛で剣を振るうことさ」

 

 大袈裟に肩を竦めるガルテナ。

 美人だが、男性のような仕草や態度はマーガレットに通じるものがあった。マーシィは微妙に親近感を覚え、よろしく、と言って頭を下げる。

 

「私の剣技は人間の養父母から学んだものです。それなりの腕前だと自負していますよ」

「だろうね、オレの勘もそう言ってる。短い間だがよろしくな、ヴィクティ」

「こちらこそ、ガルテナ」

 

 そしてガルテナとマーガレットの挨拶も終わり、自己紹介は三人目へと続く。

 次に紹介されたのは、先程マーシィたちを見つけた古風な服装の少女だ。

 不機嫌そうな表情をしており、あまり歓迎ムードといった様子ではない。

 

「えー、()はロディ。戦士にして妖精使い、そして斥候さ」

「……『彼』?」

 

 オイゲンの発した言葉に、思わず聞き返してしまうマーシィ。

 一瞬、聞き間違いかとも思ったが、オイゲンは苦笑し、少女の首元を指差した。

 視線を移せば、ロディという明らかな男性名を持つ彼女の首には、ドロップ型の石を下げた首飾りが鈍い金属の光を放っている。

 

「これ……ラミアの首飾り!?」

「ご名答。魔法文明時代に作られた、女性の姿に化けるマジックアイテムさ」

「では、ロディさんは」

「男だよ。ちょっと……初対面の人が驚く容貌でね。本人の意思で、普段は姿を隠しているのさ」

「成程……」

 

 頷くマーシィは、着ぐるみの中でその目を鋭く尖らせる。

 ラミアの首飾りは、正確には女性に変身するのではなく、自らの姿を透明化し、そこに女性の幻影を映し出す道具だ。女性の姿は首飾りごとに定められた一人分の者にしかなれず、髪型や服装も変えられないし、男性ならば声を出せばすぐに正体が見破られるという弱点を持つ。

 しかし、元がどんな姿だとしても一見して普通の女性にしか見えなくなるというこの代物は、蛮族が人族の領域内に潜入する際、これほど役立つものはないだろう。マーシィもこれまでに一度だけ、この首飾りで変身した蛮族に騙され、危機に陥ったことがあった。

 本当に、そのロディという人物は人族なのだろうか?

 マーシィ、そしてマーガレットも警戒した様子なのを悟ったのか、オイゲンはロディのほうを振り向き、申し訳なさそうに手を合わせる。

 

「ロディ。すまないが、変身を解いてくれないか」

「……わかった」

 

 頷く少女の声は、少ししゃがれた男性のものだった。

 

「……『我が姿をここに現せ』」

 

 合言葉(コマンドワード)を発すると共に、少女の姿が霧を払ったかのように忽然と掻き消える。

 同時に空間に浮かび上がったのは、少女より頭一つ分背の高い筋肉質な男の姿。

 短く刈り込んだ黒髪に、釣り上がった三白眼は歴戦の勇士を思わせる。

 

「………ッ!」

 

 しかし、何を差し置いても目を引くのは、その顔面。

 顔の大部分を覆い尽くす――火傷の痕だ。

 皮膚が醜く爛れ、首筋から鎖骨にまで届いているその姿は、ある種蛮族と相対するよりも本能的な嫌悪感、得も言われぬ恐怖心を無意識に掻き立てられる。

 

「こ、これは……」

「昔、火事に巻き込まれたそうです。その時、こんな酷い怪我を」

「……」

 

 ロディは何も語らず、合言葉をもう一度呟いて、少女の幻影を再び纏った。

 

「と、まあ……そんな事情なわけです」

「……無礼をお許し下さい。疑ってしまったことを謝罪いたします」

「顔を上げてください。護衛任務に就く以上、警戒するのは当然。むしろ、あなたがたのプロ意識に敬意を評します」

 

 咄嗟に頭を下げたマーシィたちに、オイゲンは柔らかな笑みを返す。

 当の本人であるロディはさして機嫌を損ねた様子もなく、かといって和やかな雰囲気というわけでもなく、無遠慮な視線で二人をじろじろと眺めていた。

 

「基本的に口数は少ない男ですが、頼りになる奴ですよ」

「デュラハンロードとの戦いでは、共に前線に立つことになりそうですね。よろしくお願いしますわ、ロディさん」

「…………ああ」

「では、同じく前線に立つ四人目を紹介します」

 

 進み出たのは、落ち着いた雰囲気の青年だ。

 浅葱色の髪に、端正な顔立ち。一見、人間と変わらない姿をしているが、その首は金属製の硬質なパーツで覆われている。魔動機文明時代に人工的に作られた種族――人造人間(ルーンフォーク)であることを示す証明だ。

 かつては労働力として使役されていたルーンフォークだが、現在は人権を得て人族の一員として認められている。生まれたその瞬間からおよそ五十年で死に至るまで一切身体的な成長を遂げず、老化もしないという特徴を持つものの、食事や睡眠を必要とするところは人間と変わらず、こうして冒険者の道を選ぶ者も少なくはない。

 

「私はフリッツと申します。宜しくお願い致します」

 

 無表情のまま、フリッツと名乗った青年は頭を下げる。ロディと同じく歓迎していない――わけではなく、単純に感情の振れ幅が狭い性格をしているだけのようだ。

 フリッツは重戦士であり、重装甲の金属鎧と盾で仲間を庇うのが主な役割だという。優れた魔動機師(マギテック)でもあり、彼の周囲には魔道制御球(マギスフィア)がいくつか漂っていた。

 

「そして、最後になりますが――」

 

 オイゲンが、残る最後の仲間を呼び寄せる。

 隣に並んだのは、極端に露出の少ない――いや、露出している部分が完全にない、またも珍妙な人物だった。

 全身を丈の長いローブやポンチョ、帽子などで覆い隠しており、外気に晒されている部分が一切存在しないのだ。

 ご丁寧なことに、顔もフードとヴェールで隙間なくガードされている。

 

「……この方も、顔を隠す理由が……?」

「え、ええ、まあ、ロディとは違う意味で、驚く人が多いので……」

 

 オイゲンが、おい、と顎をしゃくると、五人目の人物はローブの袖から、片腕を突き出した。

 瞬間、マーガレットが、はっと息を呑む。

 

「――フロウライト」

 

 その片腕は、透き通っていた。

 人と同じ形をしていながら、水晶のように透明なのだ。

 フロウライト。

 地中から突然変異で誕生する、生きた魔晶石とも呼ばれる鉱石の生命体。

 

「ご存知でしたか。フロウライトは珍しい種族ですので、いらぬ誤解を招くことが多々ありますから、こうして姿を隠しているんですよ」

「そうでしたか」

「ボクは、こんな暑苦しい格好はしたくないんだけどね」

 

 フロウライトがおどけるように両手を振る。

 男とも女ともつかぬ、年若い声だった。

 

「……ッ」

「?」

 

 ふと、マーシィは隣に立つマーガレットへ視線を移した。

 様子がどうにもおかしい。

 五人目の人物がフロウライトだとわかった直後から落ち着きがなくなり、その声を聞くと同時に、びくりと身を震わせたのだ。

 どうかしたのだろうか?

 あまり不審な行動は取ってほしくない。自分たちが演技をしているのだと、何かの拍子に疑われてしまうかもしれないからだ。

 

「シェンナ、ちょっと――」

 

 しかし、マーシィが小声で事情を尋ねようとした矢先、フロウライトは顔のヴェールを剥がしていた。

 その透明な顔が露わになる。

 瞬間、マーガレットは大きく目を見開き、マーシィの耳に微かに届く程度の声を上げた。

 

 ――ヴェル。

 

(ヴェル? ヴェルって、何?)

 

 咄嗟のことに疑問を抱くが、それを差し挟む猶予も与えずに事態は進む。

 フロウライトはにこりと微笑み、両手を広げ、己の名を告げた。

 

 

 

 

「ボクの名はヴェルミクルム。ヴェルって呼んでください」

 

 

 


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