不浄領・Ⅰ
「ちょっと……多い、多い、多いって!」
マーガレットが悲鳴を上げた。マーシィも、まったくもって同感だった。
「ああもう、銃は嫌いですわ!」
コリンが馬上から槍を振るい、群がる蛮族たちを薙ぎ払う。
だが、倒されても倒されても、その蛮族たちは怯むことなく、距離を詰めてくる。
「っ、きゃあ!」
「ドルチェ!」
「だ、大丈夫です、まだ……!」
マーシィの背後にいたドルチェが強張った笑みを浮かべる。
回復役のドルチェが狙われるのはまずい。ドルチェが倒れれば、パーティ全滅だってありうる。
「ギギィ!」
離れた場所で、先程ドルチェに銃撃を浴びせた敵の大将が、耳障りな声を上げる。
言葉は通じないが、表情や身振りで、なんとなくマーシィには何を言っているかの予想がついた。
恐らく、俺が敵の後衛を潰せば勝てるから、それまで持たせろだとか、そんなところだろう。
「あの大将さえ討ち取れれば……!」
マーシィは唇を噛む。敵の攻撃を流れるようなステップで回避しつつ、どうにかこの状況を打破する策を考えるが、上手く考えが纏まらない。
上半身は人型でありながら、下半身は蠍という異形の蛮族――アンドロスコーピオン。
蛮族の中でも異色な合理主義者であり、多くの蛮族が嫌う人族の遺産"魔動機術"を用いて遠距離の敵を銃撃する、冷静沈着かつ冷酷な戦士。
マーシィたちは現在、数十を越えるその群れと戦闘中だった。
「マーガレット、前に出過ぎですわ! もっと下がらないと、横から抜けられます!」
「そうは言っても、狭くて動きづらいっての!」
「我慢して、メグ。ドルチェのところに敵を行かせるわけにはいかないもの」
「わーってるわよ! ったく、これだけ仲間を倒されてるんだから、ビビって引き上げろってのよ!」
既に十や二十は下らない同族の死体を、彼らは無情にも踏みつけ、前進してくる。
マーシィたちが陣取っているのは、横幅六、七メートルほどの通路内部だ。全体的に大柄な蛮族の身体では、詰めても横に五人並べるか否かといったところだろう。
おかげで、大多数の敵に四方を囲まれ、後方に突破されるという事態だけは避けているものの、それもいつまで続くかわかったものではない。
ダメージを覚悟で敵に背を向け、逃亡を図ろうにも、マーシィたちは先程、特定の場所を踏むと作動する罠地帯を抜けてきたばかりなのだ。
全力で疾走しながら、その罠を潜り抜けられるのかと問われれば、答えは否。
だが、このままでもジリ貧なのは、間違いない。
「お姉さま! そろそろ魔晶石が尽きそうです!」
「具体的には?」
「全員を回復するのは、あと1回が限度です!」
「ウソでしょ!? あたしら、大ピンチじゃん!」
「いざとなったら、コリンに回復を担当してもらうことになるわね」
「わ、わたくしの"
全員の顔に、焦燥の色が濃く現れ始める。
全滅。
その言葉が脳裏を過ぎり、冷や汗が吹き出た。
「マーシィ! あんたの召異魔術は!?
「ブルカイネンなら既に死んじゃったわよ、一時間くらい前に見たばかりでしょ」
「ほ、他の冒険者が増援に現れてくれる可能性!」
「こんな奥地まで来れる冒険者グループ、わたくしたち以外にありまして?」
「攻撃を全部避けてくれれば、回復の必要は無いんですよ、マーガレットさん?」
「無茶言うんじゃないっての! アンドロスコーピオンだけならともかく、シザースコーピオンが……!」
軽口を叩きながら、敵の繰り出す攻撃を回避し、反撃を与えていく。
しかし、どうしても回避しきれない一撃が命中することもあり、ダメージが微々たるものでも、積み重なれば無視できない痛みとなっていく。
「ああ、もう! 誰でもいいから、誰かなんとかしてよ!」
マーガレットがヤケクソな絶叫を上げた、その時。
――ドンッ!!
「!?」
狙撃銃でドルチェを狙っていた敵の大将、スコーピオンスナイパーが突然吹き飛んだ。
何かが飛来し、スコーピオンスナイパーの鎧に当たったのだ。
それは、鎧を傷付けることなかった。
しかし、中に封じ込められていた
「ギガ、ギギギガ……ッ!」
苦悶の表情を浮かべ、吐血するスコーピオンスナイパー。
どうやら、先程の一撃が急所に直撃したらしい。憎々しげに顔を歪め、自分に傷を負わせたものが飛んできた方向を振り向く。
そこには、何者かが銃を構えている姿があった。
かなりの遠距離から、銃口をまっすぐターゲットへと向けている人影。
生憎と、眼前に群がるアンドロスコーピオンたちが邪魔で、マーシィにはその人物が何者なのか、判別出来なかった。
「ギガアアアアアッ!!」
怒りの声を上げ、スコーピオンスナイパーが人影に向かって銃弾を放つ。
人影はよろめき、しかし再度銃を構え直す。
「――マギスフィア起動。クイックローダー、ソリッドバレット装填。ターゲットサイト、ロック」
風に乗り、人影の声がマーシィの耳に届く。
平坦な、しかし隠し切れない怒りの感情が混じった――歳若い、少女の声だった。
「ギ……ッ!?」
発射された弾丸が、再びスコーピオンスナイパーに直撃する。
よろめき、全身から血が吹き出ても、それでも倒れないのは、強靭な肉体を誇る蛮族の矜持のためか。
「ギギギギ! ギィィ!?」
「ガギガ! ガギギガ!!」
謎の狙撃手へ突進しようとする部下たちを押しとどめ、スコーピオンスナイパーも負けじと反撃の銃弾を再度放つ。
しかし――少女らしき人影もまた、倒れなかった。
並の人間ならばとっくに倒れているダメージを負いながら、三度目の銃弾を浴びせる。
「ガァァ――ッ」
それで、終わりだった。
どう、と音を立てて地面に崩れ落ちるスコーピオンスナイパー。
白目を剥き、血を撒き散らして倒れ伏すその姿に、冷静沈着なはずのアンドロスコーピオンたちの間に動揺が広がった。
「今ですわ、怒涛の勢いで攻め立てましょう!」
「何が何だかわかんないけど、賛成!」
こうなれば、もはやドルチェを狙われる心配もない。
マーシィたちは勢いに乗って敵を蹴散らし、死体の山を築き上げる。
近接戦闘を行っていなかったアンドロスコーピオンたちは彼我の戦力差を冷静に判断したのか、脇道から逃げ出し始めていた。
それは、逆に好都合な展開である。
どんな相手でも、ラッキーヒットが急所に当たることは起こり得るのだ。必要以上の戦闘は、避けるに越したことはない。
「終わったわね」
やがて、周囲に静寂が戻った。
二十を上回る死骸の数々。返り血でマーシィたちの服はべったりと赤く染まり、全員、疲労の色が濃い。
「あの助っ人が来てくれなきゃ、危ないところだったかもね」
「何者なんでしょうか?」
「あ、こちらに近づいてくるみたいですわ」
マーシィたちは油断なく周囲の様子に注意を払いながら、少女を待つ。
先程、スコーピオンスナイパーを倒したのは確かに彼女だ。だが、敵の敵が味方だとは限らない。
アンドロスコーピオンと敵対している、別の蛮族という可能性だってある。
マーシィは目を細め、ふらふらした足取りの少女を見やる。
一歩、二歩。
接近するに連れ、少女の全貌が明らかになっていく。
「人間?」
「いえ、あれは……」
それは、人の姿をしていた。
幼さは残るものの、ドワーフよりも長身で、エルフのように耳は尖っておらず、人間のように見受けられる。
しかし、一点。
一点だけ、人間にはない特徴があった。
「ウィークリング」
それは、尻尾。
腰から伸びた、踵の先程まである尻尾が、ぷらぷらと揺れている。
そしてその尻尾は、リルドラケンが持つような鱗を持つ形状はしていない。
先端に針を持ち、多くの節を持ったその形は、つい先程まで、嫌になるほど目にしたものだった。
「――アンドロスコーピオンの、ウィークリング」
このSSを書いてる現在、アンドロスコーピオンのウィークリングは存在しません。
いや、存在自体はしてるんでしょうが、PCデータ化はされていません。
なので、作者の用意したオリジナルデータを使用させてもらっています。
詳細はこの章最後のキャラクターデータに書きます。