美しき徒花   作:宰暁羅

9 / 19
不浄領・Ⅴ

 カン! カン! カン! と、警鐘が甲高い音を立てて延々と打ち鳴らされていた。

 飛び交う怒号や悲鳴。押し合いへし合い、雪崩のように一塊となって逃げ惑う人々を追うのは、無数の蠍人間(アンドロスコーピオン)たちだ。魔元素(マナ)を込めた弾丸を放ってダメージを与え、動きを止めた獲物を、槍で突き刺していく。血飛沫が舞い、壁や地面を赤黒い色で染め上げる。

 つい先程まで活気ある町並みが広がっていたケートレア南東部一帯は、地獄のような戦場と化していた。

 そこかしこで衛兵たちが応戦しているが、その動きは鈍い。辛そうに顔を歪め、吐く息は荒く、日々の訓練で培われたはずの剣術は、明らかに精彩を欠いている。

 

「っ……!」

 

 レイブレンの話を聞き、一も二もなく飛び出したマーシィだったが、全身から発するぴりぴりと痺れるような感覚に、思わず足がもつれてしまった。

 たたらを踏んだマーシィの背中を、少し後ろを付いてきていたアムタイが支える。

 

「どうした」

「……あなたには、効果が無いのね」

「この黒い霧のことか?」

 

 伺うように、首を巡らすアムタイ。

 少女たちの周囲には、黒い霧が立ち込めていた。まだ薄く、かろうじて判別出来る程度のものでしかないが、明らかに自然に発生するような代物ではない。

 

「これは"穢れの霧"。クローモワという魔道機械が生み出す、"穢れの剣"と同等の性質を持つ厄介な霧よ」

「"穢れの剣"と?」

「ええ、ただ、拡散してるせいで、効果は薄れてるみたいね……いつもは室内でじっとしてて、霧を充満させてるんだけど」

 

 先史文明の遺産の一つに、"守りの剣"と呼ばれるものがある。

 多くの蛮族や死者(アンデッド)たちの持つ"穢れ"を近づけない能力を持ち、効果範囲内に"穢れ"を持つ者が侵入した場合、身体に痛みが走り、気分が悪くなるなどの症状が生じる。"穢れ"が強いほど苦痛の度合いも高まっていき、最終的に発狂すら招くと言われている。

 そんな"守りの剣"は大量生産され、当時、ほとんどの蛮族を駆逐するまでに至った。現代においても、多くの国家が何本かの"守りの剣"を遺跡から発掘し、それを用いることで蛮族の侵入を防いでいる。

 しかし、中にはとんでもない不良品が混ざってしまうこともあった。

 それが、"穢れの剣"と呼ばれる存在だ。"守りの剣"とは真逆の性質を持ち、即ち"穢れ"を持たない人間ほど、効果範囲内で苦しみもがくことになってしまう。

 そんな"穢れの剣"と同じ効力を持った霧が、マーシィたちを取り巻いているのだ。

 

「厄介だけど、不幸中の幸いってところかしら。これなら逃げ遅れた人がいても、行動不能になるほどのものじゃなさそうね」

「貴様はどうなのだ?」

「私は、一度蘇生を受け入れて"穢れ"を帯びてるから」

「成程。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()か」

「そういうこ――」

 

 答えかけたマーシィは突然その場にしゃがみこむと、アムタイが何か言う間もなく、弾かれたように地面を蹴って前方へと飛び出した。

 瞬間、商店の影から身を乗り出し、手持ちの銃を撃とうとしていたアンドロスコーピオンに肉薄、その腕を容赦なく切り落とす。

 

「ギ――ッ!?」

 

 驚愕するアンドロスコーピオンが次のアクションを起こす暇を与えず、マーシィは右手に握った剣をその喉に突き刺した。

 肉を抉る感触が腕に伝わり、びくん、びくんと人間と同じ形をした上半身が痙攣する。それもすぐに収まり、剣をゆっくりと引き抜けば、後は糸の切れた人形のように崩れ落ちるだけだった。

 

「……流石の早業だな」

「ただのアンドロスコーピオンならね。上位種のシザースコーピオンやスコーピオンスナイパー相手だと、こうも簡単にはいかないわ」

 

 自分の技を誇るでもなく、謙遜するでもない、ただ、事実をありのまま伝える。

 マーシィにとって、蛮族の命を奪うことは既に日常の一部と化していた。そこには一切の躊躇も遠慮もない。自らの手を汚したことに恐怖を覚える期間は既に過ぎ去り、己の力量に慢心を抱いたのも過去の出来事だ。表情一つ変えずに敵を屠る様は、既に熟練冒険者としての風格が漂っている。

 その場に膝をつき、死骸の着ていた服を使って剣に付着した血糊や脂を丁寧に拭う。

 残念ながら、戦利品を剥ぎ取っている時間はない。今もあちこちで、戦闘音が響いているのだ。

 

「おーい、待ってくれー!」

 

 背後から、レイブレンが駆け寄ってくる。

 彼の足は二人より若干遅く、同じ場所に到着するのにも時間がかかってしまうのだ。

 

「ごめんなさいね、魔道バイク借りちゃって」

「いやいや、マーシィの仲間を呼んでくるほうが大事だからね!」

「まさか、ミナが魔道制御球(マギスフィア)を一つも持たずに外に出てたなんて」

 

 魔道制御球(マギスフィア)とは、魔動機術と呼ばれる魔法を行使する際に使われる制御装置だ。魔動機文明(アル・メナス)時代の遺産であり、魔元素(マナ)を動力として様々な形態に変形したり、弾丸に魔力を込めたりすることが可能となる。

 ミナは数々の魔動機術を使いこなす魔動機師(マギテック)であり、優れた射手(シューター)だった。

 しかし、彼女が使用する(ガン)は前述のとおり、魔道制御球(マギスフィア)がなければ無用の長物となってしまう。弾丸とは魔元素(マナ)を付与されなければ、掠り傷の一つもつけられないのだ。

 そのため、ミナにはレイブレンが騎乗していた魔道バイクで"天高き花火亭"に向かってもらい、そこでドルチェたちを含む冒険者たちを連れてくる手筈となっていた。

 

「私の装備も持ってきてくれないと、ケープがなければ秘伝も使えないんだから」

「鎧も着てないからねー。敵の攻撃には当たりたくないないなあ」

「……銃は嫌いだ。あれはどのような重装備をしていても意味が無い」

「あまり無理はしない方向で行きましょ。それでレイブレン、アンドロスコーピオンが現れたのは闘技場の中?」

「いや、北側の外壁からちょっと離れたところだよ。地面に穴が空いて、そこからバーッと」

「そう……()()()()()()()()()()

 

 マーシィは疲れたような吐息を漏らす。

 

「とりあえず、逃げ遅れた一般人の救助を優先しましょう。ミナたちがこっちに来たら、私たちが穴を塞ぎに行くわ」

「ああ、お願いするよ。俺たちじゃ、ちょっと力不足って感じだし」

「あの女に頼るというのは、不愉快だが」

「そう言うなって、お嬢ちゃん。マーシィたちはこの街一番の冒険者パーティなんだからさ」

「お、お嬢ちゃん……?」

「ほら、急ぐわよ」

 

 目を白黒させるアムタイの背を叩き、マーシィたちは駆け出した。

 霧は少しずつ濃度を増している。早急に原因たる魔道機械を破壊しなければ、被害は更に増すばかりだ。

 

「右に三体、一つは双銃魔道機(ガーウィ)!」

「俺とマーシィの武器じゃ、ちと分が悪い! 任せたぜ、お嬢ちゃん!」

「いいだろう、我が槌矛(メイス)の力を見せてやる……だが、そのお嬢ちゃんという呼び方はやめてくれないか」

「はは、わりぃわりぃ」

「別に、ガーウィくらいなら剣でも余裕なんだけど……まぁいいわ」

 

 区画整理されていない曲がりくねった道を進み、襲いかかる敵を次々と蹴散らしていく。

 逃げ遅れた人々を発見しては、"穢れの霧"の影響で体調不良を起こしている衛兵に押し付け、三人は先へ先へと進んでいった。

 そこに次々と立ち塞がる、アンドロスコーピオンと魔道機械の群れ。

 一体倒せば、即座に三体の増援が現れるような物量差。

 倒しても倒してもキリがなく、マーシィたちの快進撃はそこでストップせざるを得なかった。

 

「ええい、面倒な! 何故、蠍人間とガラクタ人形ばかりこんなに多いのだ!」

「この領の歴史を知らないの、アムタイ?」

「どういことだ?」

 

 一旦物陰に隠れ、妖精使い(フェアリーテイマー)であるアムタイが光の妖精を召喚、回復魔法を唱えてもらっている間に、マーシィは周囲を警戒しながら説明する。

 

「アイヤールが、年輪国家と呼ばれていることは知っているかしら?」

「それは知っている。〈大破局(ディアボリック・トライアンフ)〉で奪われた土地を少しずつ奪い返し、その度に壁を築いて領土としているのだろう?」

「だから見た目から年輪国家、あるいは"大輪の薔薇"なんて呼ばれてるんだよな」

「ええ。そして、この領の少し北西……《赤砂領(レザナード)》のすぐ南西と言ったほうがわかりやすいかしら? そこに《燐光領カリエレ》という領があるのだけれど、そこは昔、アンドロスコーピオンとの激戦区だったそうよ」

 

 魔動機術を用い、遠距離から銃撃する蛮族たちへの対抗策として、その土地では無数の塹壕がそこかしこに掘られた。

 その塹壕に身を潜め、銃弾をかわし、隙を突いて別働隊が突撃。人間側も多数の被害者を出しながらも、ついにアンドロスコーピオンたちの大半を殲滅することに成功する。

 すぐに領土を区切る防壁が敷かれ、そこは再びアイヤールの土地となったのだ。

 その時の激しい戦いの爪痕として、今でもカリエレでは、至る所で穴が掘り返されたままとなっている。

 

「その時、敗残兵となったアンドロスコーピオンの一団が、この領の地下に大掛かりな魔道機械の工場を発見したの」

「なんだと?」

「そこはもしもの時のための、非常用シェルターも兼ねていたわ。食料を無限に供給するプラントも存在した」

 

 そこには、地上から取り残され、助けが現れるのを待つ生き残りの人々がいた。

 しかしアンドロスコーピオンたちは彼らを虐殺。生き残りを奴隷とし、彼らの持つ全ての財産を強奪する。

 そう、即ち魔道機文明(アルメナス)時代の遺産を。

 今でも奴隷となった人々は、食料プラントで強制労働をさせられているという。強運に恵まれ、脱走に成功した一人の若者がもたらしてくれた情報だ。

 

「……成程な」

「ええ。こいつらは、そのアンドロスコーピオンたちの子孫。アイヤールがこの領を取り戻す際、地上で行われた激戦にも参加せず、地下の奥深くでじっと戦力を蓄えてきた。魔道機械を生み出し、改造し、地下のあちこちにクローモワを配置して"穢れの霧"を発生させ、地上へ進出する機会を虎視眈々と狙っている」

「そして今日、何度目かの地上侵攻を開始した……ってわけだ!」

「この領の地下には、今でも蛮族の脅威が残っている。それが、この領を訪れるのが行商人や冒険者たちばかりで、一般人がこの領で暮らしていこうと思わない理由」

「合点がいった」

 

 妖精魔法を行使したことで磨り減った精神力を回復するため、魔香水と呼ばれる特殊な香水を自分に振りかけたアムタイは、納得顔で頷いた。

 微かな休息を終え、三人は再び前進する。

 霧の効力はどんどん増しているようだった。マーシィは頭痛や耳鳴りがするのを、奥歯を噛みしめて堪える。

 額に汗が滲み、心臓はいつもの倍以上の速度で鼓動する。

 それでも、足を止めることは許されない。道端に転がっている、街の住人や衛兵たちの死体に安らぎを与えるためにも。

 

「しかし、運の悪い奴らだな」

「え?」

「だって、そうであろう? よりにもよって、今日だとはな」

「…………ああ。そうね。ご愁傷様ってやつだわ」

 

 一瞬、きょとんとした表情を浮かべたマーシィだったが、すぐに苦痛を振り払うかのように、獰猛な笑みを浮かべる。

 アムタイも、レイブレンも、口の端を曲げて笑い声を上げた。

 言われてみれば、確かにその通りなのだ。

 今、この街には――いくつもの戦いを乗り越え、その腕前を鍛え上げた者たちが、大勢集っているのだから。

 

 

「しっかり叩き込んであげないと。蛮族の天敵――冒険者の力を」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。