赤城の夢   作:hekkoween

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昼食風景

 

「ふう……良いお手前でした……」

 

 幸福そのものの笑みを浮かべた赤城は、うまそうに湯飲みの緑茶をすすった。

 現在時刻は一四二〇。午後の演習を目前に控え、食堂内には気炎万丈の艦も見えたが、それ以外の主な業務は一段落し、多くの艦娘達は思い思いの手段でくつろいでいる。膨大な書類の処理を八割方終えた赤城も、休息を得ている一隻だった。

 

「合成マグロをあれだけおいしく調理できるのは、間宮さんぐらいのものですね……」

 

 もしこの場に青葉がいれば、『素晴らしい食事だった』と赤城は述懐したことだろう。

 

 給糧艦、間宮の食事は絶品である。

 天然食品の多くが失われ、口にしたことすらない艦娘も珍しくない昨今、過酷な任務に追われ続ける彼女達が高い士気を保てるのは、ひとえに間宮の功績と言える。

 

 間宮。

 彼女は生ける伝統であり、古き良き時代に伝わっていた和の食事を識る、いわば歴史の伝道者だ。

 その卓越した知識からもたらされる古今東西の名物料理は、命を彩る味の芸術となって艦娘達を魅了する。

 なるほど、高官達がこぞって彼女を帝都に招き、その贅沢を味わってみたいと考えるのも無理からぬことだろう。赤城は自身が艦娘であったことを喜ぶのは、この時をおいて他にないと確信していた。

 

 強いて口惜しく感じた事柄を述べてみるなら……そう。途中で出された三河の名産品、細かく刻んだ合成鰻をひつに入れた米料理。たしか『ひつまぶし』と言う郷土料理を、腹六分目で抑えたことだ。

 

 ふわふわの鰻と白飯のうまみが絡み合った、ただそれだけでも卒倒物の逸品に、我らが提督の計らいで運ばれたという天然山葵や長葱を乗せ、次には出汁をかけてのもう一杯。ただ一つのおひつでもって三度の味覚を味わえるというその贅沢品は、赤城をこれ以上なく唸らせたのだが、今日の昼は先の遠征から戻ったばかりの軽巡・駆逐で賑わっており、ひつの周りは鉄火場のような大騒ぎだった。

 

 然り。目下の艦娘達もいる中で、自分が彼女達のひつを空にしてしまうのはこの上ない不作法であり、誇り高き一航戦の旗艦たる赤城の名を地に貶める醜行だ。

 そうした一心で赤城は泣く泣くひつを諦め、隣の洋風カリイの鍋へと移り、綺麗さっぱり空にした。

 これがおおよそ一時間半にも及ぶ、赤城の日常的昼食風景である。

 

「やはりおやつの締めは牛缶に――」

「だーかーらー! よしなさいって言ってるでしょうが!」

「減るもんじゃないしいいじゃんいいじゃん! 鈴谷だってそう思うでしょ?」

「そーそー。テートクにだって、休憩は必要じゃーん?」

「そーよそーよ! 司令官は働き過ぎなんだから、わたし達が休ませあげないといけないの!」

「あなた達は自分が遊んで欲しいだけでしょう!?」

 

 代替羊羹を二本ほど片付けた赤城が、一斤の牛缶に手を付けようとしたそのときである。

 繁盛期を過ぎた食堂の片隅から、ぎゃあぎゃあと騒がしい声が聞こえてきた。

 

 察するに、またトラブルだろう。

 赤城が溜息を吐いて席を立つと、隣で未だ空き皿の山を作り続けていた戦艦大和が、しれっと牛缶の蓋をこじ開けた。

 

「とにかく、もしあなた達が提督のお仕事を邪魔するなら――」

「もしもし。なにか問題ですか?」

 

 肩を怒らせていたのは夕張だった。

 ひょいと後ろから覗き込むと、個性的な面子が次々に彼女を出迎える。

 

「おぉっ、赤城さんじゃーん! ちーっす!」

「私もちーっす!! 鬼怒だよぉ!」

「こんにちは、赤城さん!」

 

 夕張の叱咤を受けていたのは、鈴谷と鬼怒に、雷だった。

 

 顔ぶれから推測するに、まず間違いなく厄介ごとだ。

 無個性な艦娘などは普通いないが、これだけ濃い面子が一堂に会することはそうそうない。鳥海に負けず劣らずの優等生である夕張を除けば、彼女達は問題児だった。

 

「赤城さん……! ちょうど良かった。この人達にびしっとご指導をお願いします!」

 

 彼女達は割り込んできた赤城を見るなり元気に挨拶をしてきたが、唯一、眉を吊り上げていた夕張は、赤城にまくし立ててきた。

 

 さて、どうしたものだろう。

 赤城は問題の内容如何を問う前に、夕張の処遇を考えた。

 

 赤城は夕張の上官であり、軍隊という社会の中では目上に位置する存在だ。学校の先輩後輩といったような緩い繋がりでは断じてない、服従するべき立場と言える。

 命令系統を維持するためには最低限のけじめは要るし、夕張もまた鳥海と同じく、ゆくゆくは水雷戦隊の頭脳として艦隊を導く立場にいる。常に冷静であるべき彼女が、頭に血が上って軍規を忘れているというのは失態だ。

 

 では。赤城はさらに思考を進めた。

 

 彼女をこの場で追求し、正式に謝罪を述べさせるべきだろうか?

 否。軽巡・夕張は有能だ。

 やや我の強いところはあるが、公私の区別はきちんとつけるし、従うべき時には素直に従う。飲み込みも良い。通り一遍の処断をしても、気を滅入らせるだけだろう。よって弾劾する線は棄却だが、例によって釘は刺す。

 ほんの二秒足らずの思考のあとで、赤城はすぐに行動に出た。

 

「みなさん、こんにちは。良いお日柄ですね」

「――! こ、こんにちは赤城さん! ……大変失礼致しました……!」

 

 赤城がうやうやしくお辞儀をすると、夕張はぎょっとした表情で、すぐさま深い礼を返した。

 

 人知れず赤城は感心する。

 さすがに察しの良い子だ。自身の不作法がそれとなく指摘されたのに気付いたのだろう。顔を青くするというほどではなかったが、きまり悪そうに視線を泳がせている。

 

「あまり怒ってばかりいると体もなかなか休まりませんし、立ち話もなんでしょう。甘いものでも取りながら、腰を落ち着けてお話ししましょう」

「さっすが赤城さん、話がわかるゥー!」

「そこにシビれる! あこがれるゥー!」

「お、お気遣いありがとうございます……」

「いいのよ。誰だってお腹は空くものね」

「……はい。……ごちそうになります」

 

 甘味を勧めたのが良かったか、どうやら事は収まったらしい。

 神妙な顔をしていた夕張も赤城の気遣いで気を取り直したようで、照れくさそうに笑って隣に座った。

 

 甘いものが嫌いな艦娘はいない。

 大和の脇に山積みとなっていた豆煮の缶をいくつか取って渡してやると、四人は年頃の少女らしい笑みを浮かべた。

 カウンター脇の給湯器近くにいた鳳翔に片手を挙げると、彼女は快く微笑んで、急須と匙を運んできてくれた。

 

 一瞬で消えた豆煮の缶をきょろきょろと探す大和の横で、プルタブ式の蓋を開く。

 

 中には良い色合いの小豆と、ほどよい大きさに切られたサイコロ状の寒天があった。

 

 西方の戦局が安定し始めたことで砂糖の輸入が再開したが、物価の上昇はようやく収まったというところ。甘味は紛れもない贅沢品だ。港から一歩外に出たなら、なかなかお目はかかれない。

 

 次のお給金をもらった時には、また父と母に送ってやろう。

 故郷の家族を思いながら匙を入れ、しっかりと豆を咀嚼する。

 

 甘かった。

 また戦える気になる。寒天も良い。なんらかの言い争いをしていたはずの四人も、今はすっかり顔をほころばせ、濃い口の合成緑茶に舌鼓を打っている。

 

「夕張さんは小豆がお好きなんですか?」

 

 とりわけ熱心に小豆を頬張っていたのは夕張だった。

 一口一口を噛みしめるようにして甘味を味わっているその姿には、普段の落ち着いた雰囲気とは少し異なる、小動物的な愛らしさがある。

 赤城に質問された夕張は、きちんと口の中のものを飲み込んでから、嬉しそうに言った。

 

「私、北海道の出身なんです」

「はい。……ああ、確かあちらは小豆の名産地で有名でしたね」

「ええ。私の実家も農場で、質が悪くて出荷できない小豆を使って、母が小豆餅を作ってくれました。さすがにお砂糖が入ることは稀でしたけど、こうして小豆を食べていると、故郷に戻った気がします」

 

 郷愁を感じる言葉を綴って、夕張は再び匙を取った。

 

 赤城も小豆には思い出がある。

 小豆が豊作で知られる年、確か赤城が十歳の頃、父が知り合いの問屋からたっぷり小豆を買い取ってきた。

 やはり砂糖はなかったが、母や祖母は煎餅や餅を山ほどこしらえ、赤城はそれをたらふく食った。故郷を出る際に食べた赤飯にも、やはり小豆は入っていた。懐かしい。

 

「また母さんの小豆粥が食べたいな……」

 

 夕張の楽しげな呟きを聞きながら、赤城もまた、家族と故郷を思い返した。

 あるいはその場にいる全員が同じようにしたかもしれない。

 静かな笑みを湛えながら、五人は豆煮を味わって、しばし互いの故郷を語り合った。

 

「そういえば、先ほどはなにを揉めてたんですか?」

 

 茶のおかわりを何度かいただき、大和の脇に積まれていた豆煮の半分ほどが赤城の胃の中に消えた頃、赤城はここに来た経緯を思い出し、夕張に尋ねてみることにした。

 

「ああ……そう。そのことですけど……この子達、執務室に遊びに行こうとしてたんですよ」

「提督のお部屋にですか?」

「ええ。私はもちろん止めたんですよ。提督はお忙しい方ですから、『遊んで欲しい』なんてわがままでお手を煩わせてはいけません、って……」

「本当なの?」

 

 赤城が訊ねると、三人は素直に頷いた。

 

「夕張はそう言うけどさー、テートクだって休憩しなきゃ死んじゃうじゃーん? だからぁー、鈴谷達がちょっと遊んであげようかなーってさぁ」

「そうだよぉ! 西方海域は攻略したし、提督もちょっとはオフを取らなきゃ!」

「だからわたし達が提督を遊びに連れて行ってあげるのよ! えらいでしょう!」

「……と、こういう有様なんですよ……」

 

 げんなりした様子の夕張に、なるほどと赤城は頷いた。

 今この場にいる艦娘達は、思いの表し方はおのおの違えど、みな提督を慕う者達ばかりだ。彼の体を気遣うが故、衝突しているということなのだろう。

 

「ねえねえ、赤城さん! 司令官は休むべきでしょう? 雷は間違ってないわよね!?」

「だーよね~。テートクってば放っておくとすーぐ徹夜しちゃうじゃん。熊野もこっそり心配してっから、鈴谷もなんとかしてあげたくてさー」

「そうそう! たまにはジョギングでもしてリフレッシュしないと、頭が九十四式爆雷になっちゃうよ!」

「夜はどっかの夜戦バカや、酒飲み達がうるさいってのに、昼まであなた達みたいな人と騒いでたら、提督が轟沈しちゃうでしょう!」

「なんだよぉ! 私達ばっかり責めちゃって!」

「そうよそうよ! そのこわきに抱えた海戦ゲームで、司令官を独り占めする気なんでしょ! こわきに抱えた海戦ゲームで!」

「これは改装計画書! 私のは歴としたお仕事なんです! 遊びでやってるんじゃないの!」

「夕張のは趣味っしょー? ちょーっち公私混同ってかー」

「なんだお前ら喧嘩か? 俺も混ぜろよ。最近遠征ばっかりで、体がなまっちまってるんでな」

「なになに事件ですか!? スクープですか!? あ、赤城さんどうもこんにちは! 青葉です! 恐縮ですぅー!」

「クマはクマだクマー!!」

「タマだニャー!!」

「艦隊のアイドル那珂ちゃんだよ-!!」

「連装砲ちゃんも一緒だよ!!」

 

 一体どこからやって来たのか、四人のやり取りに惹きつけられるかのように集まってきた野次馬達の横槍で、食堂は上を下への大騒ぎだ。

 これから演習に行くはずの艦達も足を止め、どうしたどうしたと見ているばかりか、普段この時間は寝ているはずの潜水艦や、あの川内までもがこの場に現れ、寝ぼけ眼で事の顛末を窺っている。

 

「赤城さん。演習のお時間ですが……」

「ああ、加賀さん。お疲れさまです」

 

 豆煮の残りを食べながら、困り顔で傍観している赤城の傍に、同僚の加賀がやってきた。

 

「どうしますか。私が片付けても構いませんが」

 

 控えめな声で加賀は言った。

 主語を完全に省いてあるが、訳すのは実に簡単だ。

『事態は察した。だが仕事がある。私が憎まれ役となる形でもって、場の収拾を付けてもよいか』――不器用だが実直な加賀らしい効率的な提案だったが、赤城は首を横に振り、「そうですか」と加賀は応えた。

 

 赤城は、喜んでいた。

 提督の身を案じる彼女らと、自分を案じてくれた加賀の思いは、この鎮守府を大事にしている赤城という少女にとって、この上のない喜びだった。

 自然と頬が綻んで、忍び笑いを漏らしてしまう。

 

 だから。

 そうだ。

 たまにはいい。

 こんな平和な日常ならば、少しの無理は許されるだろう。

 赤城は小さく頷いて、夕張の肩を優しく叩いた。

 

「べ、別にいいじゃないですか! 私だって提督とお話が――赤城さん?」

「みなさん。今みなさんがなさっていたお話は、私、赤城が承りました」

 

 赤城は起立し、席を囲む艦娘達の顔を一つ一つ見回しながら、ゆったりとした声で言った。

 

「この呉鎮守府におわす私達の提督は、日頃の激務でお疲れです。時には休息も必要でしょう。そこで私達が提督を慰安させていただくために、日曜の執務は午前いっぱいで切り上げて、その日の午後を使う形で、なんらかの催しを開きたいと思います」

 

 食堂にどよめきが起こった。

 多くは歓喜の声だったが、中には戸惑いの声も聞こえた。

 

 鎮守府は行楽を楽しむ場所ではない。

 午後の業務をまるまる潰せば、その分のしわ寄せが必ず生まれる。そしてここは軍隊なのだ。しわ寄せは死の形を取るかもしれない。

 だが赤城はそうした声を聞きながらも、穏やかな笑みを崩すことなく、それではと言葉を付け加えた。

 

「そこで具体的な案ですが……今日から週末にかけての業務を、一時間ほど長くしましょう。無理に長くするのは確かに無駄なことですが、溜まっている仕事はたくさんあります。それを毎日片付けていれば、週末には午後いっぱいの休みが取れるでしょう。その日当直の方々には後日代わりに休んでいただき、一巡するまで続けましょう。簡単なことではないはずです。……ですが私達の提督のために、たまには無理をしてみませんか?」

 

 淀みなく弁舌を終えた赤城は、衆目の中で礼をした。

 

 食堂はしばし、無言だった。

 しかし、誰かが突然拍手を始めた。

 艦娘の中でも一等堅物で知られる戦艦・日向だった。

 苦笑いにも似た表情を浮かべながら手を叩き、赤城に賛同してみせる彼女につられ、拍手は次第に大きくなり、やがて食堂全てに響き渡った。

 

 提督のために。提督のために。司令官のために。あいつのために。

 それぞれの言葉で意思を述べると、彼女達は踵を返し、それぞれの仕事に戻っていった。

 

 よほど感動したのだろうか、鳳翔などは涙ぐみ、祥鳳にハンケチを借りていた。

 加賀は「相変わらずね」と言い捨ててさっさと食堂を去っていったが、あれで情に脆い人物だ。週末までの五日ばかりは、普段の三倍働いている加賀が毎日拝めることだろう。

 

 今日は良い日になりそうだ。

赤城は小さく頷くと、食堂にまだ残っていた艦娘達に再び礼をし、演習に向かおうと踵を返した。

 

 皆の士気が高まっている。

 廊下からはどやどやと声が聞こえ、いつもにも増した活気がある。

 活気。喧噪。人の声。怒声だ。

 

 …………どうして?

 

 赤城はその混乱に気付いてしまった。

 廊下の向こう、乾ドックに繋がる道から、怒声と悲鳴が伝わってくる。

 

 退け。急げ。道を空けろ。早くするんだ。提督に連絡を。緊迫した声。

 廊下を走っていく者達の慌ただしい声と、響き渡る緊急警報。そして最悪の予感と共に食堂にやって来たのは、駆逐艦・時雨。

 今日の昼頃に遠征に出た、第八水雷戦隊の旗艦、重巡・鳥海の僚艦だった。

 

「ご報告があります」

 

 肩で息をしながらも、静かな声で時雨は告げた。

 

 

「第三水雷戦隊、壊滅。旗艦・鳥海を含む五隻が轟沈しました」

 

 

 





 大食い赤城さんが嫌いな人は申し訳ないかと思いつつ、私は嫌いではなかったり。
 なお第三水雷戦隊はゲーム中における第三艦隊みたいな扱いなので「そんなもんねーよ!」とかいじめないでください。

 次回以降はシリアスパート、および次で終わりです。
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