波止場に立って耳を塞いだ赤城の頬は、身を切るような冷気によって裂けんばかりに張り詰めていた。
半人半機の艦娘も、感覚としての寒さは感じる。
だがどうしても星が見たかった赤城は、加賀の制止をやんわり断り、こうして外にやってきた。
空を見上げる。
星屑で満たされた夜空には小熊座のポラリスが輝いていた。
溜息を吐き、視線を下げる。
星を見に来たはずなのに、眩しすぎて見ていられなかった。
暗闇に閉ざされた海は凪ぎ、照らす灯りもない水面は、まるで重油に塗れた寒天のようだ。
吸い込まれそうで、恐ろしかった。
鳥海が沈んだその場所は、どれほど冷たい場所なのだろうか。
彼女を想い、目を瞑り、寒さと恐怖に震える頬を抑えて、赤城は今日を追憶していた。
――摩耶を抑えるのは大変だった。
艦隊に鳥海の死が知らされた時、摩耶は何も言わずに赤城へ近づき、拳を振るおうとしたその直前に、何人もの艦娘達に押さえられ、呪いの言葉を吐きながら三分あまりも暴れた後で、
糸が切れたように膝を折り、喉が割れんばかりに泣き続けた。
阿修羅のような力だったと、事に関わっていた長門は言った。
伊勢や日向だけでは押さえきれず、大和や長門達まで集まって、ようやく彼女を伏せさせたのだ。
一介の重巡に過ぎない彼女が、どうしてあそこまでの膂力を発揮できたのか、赤城には到底説明出来ない。
痣を作った艦娘もいた。それほどまでに苛烈な怒りを、彼女は赤城に向けていたのだ。
赤城は筆頭秘書官だった。遠征隊を組むにあたって、提督に進言することもある。
事実、鳥海を中心とした南方海域への輸送任務に、赤城は密に関係していた。赤城が鳥海を指名したのだ。
新たに戦端の開いた南方戦線を勝ち抜くために、艦隊には更なる物資と、優秀な艦娘が必要だった。
十分な夜戦能力を持ち、的確な状況判断を行える重巡洋艦、鳥海は打って付けの人材であり、彼女はその命令に答える形で遠征隊の旗艦となり、そして帰らぬ人となった。
摩耶の逆恨みであることは間違いない。
これは生き抜くための戦争だったし、鳥海に拒否する権利はなかった。死んだのは鳥海一人でもない。
五月雨、初春、衣笠、皐月が沈んだ。生き残ったのは駆逐・時雨と、彼女達に護衛されていた、物資を積んだタンカーだった。
鳥海は勇敢に戦ったと聞く。
鮫のように群がるカ級潜水艦の猛攻を受け、いくつかの浸水を起こしながらも、彼女は僚艦達を何度も励まし、果敢な砲撃で七隻の軽巡・駆逐を轟沈させてなお、貴重な物資を守るために駆逐艦達を先行させて、結果、時雨と物資は生き延びた。
『鳥海からこれを預かりました』
そう言った時雨が差し出したのは、爪ほどの大きさを持つ記録素子だった。
鳥海が殿
おそらく彼女がこれを託した際、心は決まっていたに違いない。
追憶を止め、指先で触れる。
赤城の電子的な領域に、落ち着いた鳥海の声が響いた。
『第八水雷戦隊・旗艦、鳥海。提督より賜ったこの栄えある任務を、最期まで必ずやり遂げます。大好きな摩耶。司令官さん。みなさん。そして赤城さん。……お達者で。いつか靖国でお会いしましょう』
鳥海の毅然とした声を聞き、赤城は真実を理解した。
彼女の心が定まったのは、これを時雨に託した時ではない。赤城が送った時だったのだ。
赤城が半ばふざけて述べた訓辞を彼女が耳にしたその時に、彼女は皇国の守護者となった。
鳥海を後戻り出来ぬ場所へと追いやったのは、他ならぬ赤城自身だ。
記録が再生されていくにつれ、鳥海の機動は衰えていった。
ヲ級空母から発艦した攻撃機や、タ級の砲撃、敵水雷戦隊の苛烈な雷撃、雨あられと注ぐ猛攻。鳥海の艤装が断裂し、火を吹き上げていく様が想像出来た。
音声はあれきり一つもなかった。
その理由が赤城にはわかった。
彼女は叫ぶとわかっていたのだ。
逃れようとする仲間のために自ら殿を務めた大将が、無様な悲鳴を上げてはならぬとわかっていながら、自分を嬲り殺しにするであろう敵の責め苦を、自分はきっと耐え切れまいと。
そうして赤城に渡った物が、この無音の戦闘記録だ。
苦しみ抜いて死んだのだろう。
艤装が砕け、全ての武器を失った鳥海を駆逐艦達は取り囲み、いたずらな砲撃で嬲り続けた。
それがあの善き人が辿った末路だ。そして全ての艦娘が、必ず辿る獣の道だ。
赤城がそれを辿ったように。
ちょっと計算ミスたというか、ページ切り替えが妥当なシーンだと思ったのでここであと一回だけ区切らせてください……(ページ切り替えは可能なんだろうか……ここの仕様がわからなくてすまねえ……すまねえ……)