赤城の夢   作:hekkoween

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戦争の暁

 

 冷気の中で赤城は目覚めた。

 

 遠い昔の夢を見ていた。

 鳥海が沈んだ日の出来事だ。

 記憶素子から手を離し、そっと袖の中にしまって視線を上げれば、星屑の散りばめられた八月の空。

 

 長い戦争によって地軸が歪み、日本の四季が失われてから随分長い時間が経ったが、この寒さには未だに慣れない。

 

 張り詰めた頬を一撫でして眩い夜空を見渡すと、ベテルギウスがそこにはあった。

 星は良い。赤城がこの世に生まれ落ちてから、少しも変わらず綺麗なままだ。

 かつて見ていた夢を思い出すとき、赤城はいつも空を見上げる。

 

 昔、昔のことだった。

 あの頃も赤城は夢を見ていた。

 いつか故郷の町に帰って、父の勤める工房で硝子細工を作るという夢。

 全ての戦争が終わった後で、後腐れ無く仕事を片付け、群馬の田舎に帰った後で、父の仕事を継ぐという夢。

 やがて戦友達を家に招いて、大きな鍋で芋を煮て、食べて、別れて、またいつか会う。

 そんな些細な赤城の夢は、南方の防衛線をすり抜けてきた敵艦隊の急襲で、あっさりと水底に沈んでしまった。

 

 赤城の山は、もうどこにもない。

 関東は巨大な湾となり、ほどなく埋め立て計画によって陸地に戻り、新東京の南に出来た要塞線を維持するための巨大な工場群へと作り替えられ、赤城の家族と友人は、『慰霊』と書かれた高さ五十メートルの情報塔に、名前だけの形で残されている。

 

 涙が涸れたのはその頃だった。

 代わりに憎しみばかりが募った。

 一隻でも多くの敵を沈めることがあの頃の赤城の生き甲斐で、やがてその憎しみの炎さえ、燻りながら消えてしまった。

 戦争だけのこの世界には、悲しむ事も、憎む敵も、溢れ返っていたからだ。

 

 あの日泣けた摩耶は幸福だった。彼女にはまだ涙があった。

 一度それを失えば、取り返すことは難しい。歴史はそれを証明している。

 

 戦争の始まりから二万年経ち、軌道衛星は残らず落とされ、弾頭は炸薬から荷電粒子の塊になり、動力はディーゼルエンジンからプラズマ炉となり、装甲は鋼鉄からティラニウムとなり、帝は神聖皇帝へと名前を変えたが、憲兵達は民を監視し、教唆し、裁き、戦争だけが生きる道だという呪いの言葉でこの惑星を満たしてしまった。艦娘を指揮する『提督』が百万人を超えたという発表も、もう数百年は昔の話だ。それでも戦争は終わらない。

 もうこの星に、本当の意味での平和はないのだ。

 

 誰もが吸った息を吐いた瞬間、砲撃で塵となりえる戦争空間。

 それが赤城達が住む世界、皇歴四万年の真実だ。

 

『警報。鎮守府海域に多数の敵性艦の反応探知。システム警戒モードに移行。知覚領域をレベル3に変更し、全感知システムをオートステータスで起動します』

 

 機械精霊達が反応していた。

 赤城の電子的な瞳が自動で開き、超高精度のセンサーが次々と電脳に異常を伝える。

 

 水平線が燃えている。

 仮初めの平穏に彩られた先、そこにはいつも地獄が見える。

 夜空を瞬く星々に混じった、絶え間なく吐き出される高射砲弾。

 基地から発進していった五二戦が、火を吹きながら落ちていく。

 

 戦争の夜明けが始まった。

 二百年ぶりとなる西方海域の奪還が、南方に眠る、かの『姫』を目覚めさせたか。

 直に呉の海は戦場となり、死体の山が築かれる。艦娘も大勢沈むのだろう。

 歴史に名を残すであろうその屠殺場に、我先にと飛び込んでゆく者達を、赤城の双眸が確かに捉えた。

 

 へし折れた軌道エレベーターがそびえる水平線の遠く彼方に、尾波を引いて駈けていくのは、駆逐・白露とその僚艦だ。

 不運にも遠方射撃を受けた村雨は、落伍し、傾き、火を吹いていたが、士気は揚々と高いだろう。

 かつて五月雨という一人の愛する姉妹を亡くしたあの子らは、全ての敵を殺し尽くすまで、果敢に戦い続けるはずだ。

 

”汝、忘るることなかれ。汝、許すことなかれ“

 戦は誰にも止められない。誰も止めようなどとは思ってないのだ。

 

 一つが倒れ、一つが残る(One shall fall, one shall stand)

 このテラと呼ばれる青い星は、二つの異なる種族が生きて行くには狭すぎる。

 戦いを決意する赤城の内で、かつて機関室で焼け死んだ兵士の心が、不意に何かを囁いてきた。

 

『死者だけが戦争の終わりを見る』

 

 知らない言葉だ。

 誰の言葉か訊ねてみると、亡者そのものの声で彼は答えた。

 これはプラトンという学者が述べた、古い、旧い、格言なのだと。

 

 馬鹿馬鹿しい。滑稽な言葉だと赤城は笑った。

 

 死は戦争の終わりではない。他でもない、彼ら自身が証明している。

 遙か昔に赤城と死んだ亡者達、水兵は地獄に落ちてなお、こうして赤城と戦っている。

 たった二発の爆弾でその身を焼き尽くされた彼らは、不甲斐ない赤城を罵りながら、呪いながら、恨みながら、未だ戦うことを止めることなく、赤城を戦に駆り立てている。プラトンの言葉は正しくないのだ。

 赤城が彼にそう言うと、『そうだ』と彼らは赤城を笑った。赤城も彼らに笑い返した。

 

 そうして死と絶望を笑う彼女達のすぐ脇に、オイルと硝煙を纏った鋼の風が、ごうごうと渦巻き、近づいてきた。

 

「赤城さん。お時間です」

 

 静謐とした声がした。

 高さ二十メートルの上方に、胴着を身につけた加賀がいた。

 彼女はその手に弓を持ち、黒鉄(くろがね)の威容を誇る船の上から、赤城の姿を見下ろしている。

 

 戦だ。

 誇り高きあの戦友は、指揮官足る者を待ち受けている。戦いの始まりを望んでいるのだ。

 容赦なく降り注ぐ砲弾と、荒波を掻き分けてゆく水雷と、鋼と鋼が飛び交う死線に、彼女は自ら立とうとしている。

 

『征け』

 

 亡霊達もまた、囁いた。

 戦争のために。戦争のために。敵をこの手で打ち斃すために。

 我らに従え。我らと交われ。我らと一つの鋼に変わり、共に皇国を御守りするのだ。

 お前は赤城だ。一航戦の空母赤城だ。俺達と契りを結んだ鉄の守護者だ。誉れ高き船なのだ。恐れることなく征くがいい。我らの敵を皆殺しにしろ。

 

 頷きを返して赤城は飛んだ。ほんの軽い足取りで。

 羽のように波止場から折り、泥沼にも似た海の水面(みなも)に、沈むことなく降り立った。

 

「赤城、抜錨」

 

 腕を組み、瞳を閉じた赤城が呟く。

 何かが水底から迫り上がってくる。何かが轟きを響かせている。

 それは鋼鉄(くろがね)の咆哮だ。それは(いくさ)の象徴だ。それは(いにしえ)の英雄だ。

 千二百九十七の英霊達に使役され、六十の艦載機を従える、戦をするために生まれた兵器。一航戦の旗艦・赤城だ。

 

 探照灯に照らされる中、二百六十米の偉容から死と破壊を振りまく冷酷無比なる海の女王が、伝説に語り継がれる戦の機械が、幾星霜の時を超え、呉の海に権現している。

 

(かばね)(なみ)に沈めても、引かぬ忠義の丈夫(ますらお)が、守る心の甲鉄艦、如何で容易く破られん』

 

 ああ、わだつみの声が聞こえる。水兵達の歌が聞こえる。

 どうどう荒く白波を立て、猛り逆巻く海原に、戦の船が舳先を揃える。

 

『守るも攻めるも黒鉄(くろがね)の、浮かべる城ぞ頼みなる。浮かべるその城、日の本の、皇国(みくに)四方(よも)を守るべし』

 

 大和、大鳳、蒼龍、飛龍。

 瑞鶴、翔鶴、金剛、長門。

 武蔵、比叡、伊勢、日向。

 

 名だたる艦を一重に並べて、奏でる皇国(みくに)の進軍歌。

 砲煙の渦巻く暁に、鋼の女が飛び出してゆく。

 

 全ては此度の戦争のため。全ては明日の戦争のため。全ては勝利と勝利のために。

 血反吐に塗れた地獄を進み、死者の安寧すら砲弾に変え、空母・赤城は突き進む。

 

 何故なら、赤城には夢がある。

 

 いつか故郷の町に帰って、父の勤めた工房で、硝子細工を作る夢が。

 まだ赤城が赤城ではない、ありふれた一人の娘だった頃、父が誕生祝いに作ってくれた美しい硝子の文鎮を、次は自らの手で作り出し、我が子と孫に授ける夢が。

 かつて群馬と呼ばれた土地に立ち並ぶ、灰色の工場を一片付けにし、まっさらに変わった大地の上に、毎日少しの土を盛り、花を育て、木を植えて、雉鳩の飛び交う緑の山を取り戻しからからの赤城卸が吹く町中で、皺だらけになった仲間と共に、食べきれぬほどの芋を焼く夢が、数えきれぬほどの夢がある。

 

 それを一つ残らず叶えるために。

 いつか兵器でなくなるために。

 一人の少女に戻るために。

 戦争に捕らわれた自らの長い夜に永劫の終止符を打つために、赤城は戦い続けるだろう。

 

「一航戦、赤城。出ます」

 

 あの燃える暁の水平線に、勝利を刻むその日まで。

 

〈了〉

 













赤城の戦いはまだ始まったばかり! ですが、この話はおしまい。
面白かったら評価と感想をぽちっとどうぞ。やる気出たら新作も書けるかもですよ旦那!
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