赤城の夢   作:hekkoween

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真冬の光

 

 もういいのか、という母の声を振り切って、赤城は自分の部屋に戻った。

 食事はまともに喉を通らなかった。好物の鯖にも箸をつけず、茶碗一杯分の白米を空にするのに夕飯の時間を使い切った赤城に兄も父も首をかしげていたが、赤城はずっと頭の中が一杯だった。

 たった一つのこと。夕張のこと。友人のこと、赤城になにも言えないままどこか遠くへ行こうとする、妹も同然の少女のことを考えずにはいられなかった。

 

 はあ、と一つため息を吐き、引き戸を開けて縁側へ行き、草履を履いて中庭に出る。

 張り詰めた頬を一撫でし、眩い夜空を見上げると、ベテルギウスがそこにはあった。

 長い戦争によって地軸が歪み、日本の四季が失われてから長い時間が経ったそうだが、赤城が知っている星空は、ずっとこの空だけだった。

 

 ため息を吐き、視線を下げる。

 星を見に来たはずなのに、眩しすぎて見ていられなかった。

 胸が苦しく、息が詰まった。吐息は白く広がって、次から次にため息ばかり。

 どうしたらいいか分からなかった。どうしようもないことが、最初から分かっているからだ。

 赤城は春で二十歳になった。物事の分別は十分につく。別れだって経験してきた。中学に上がったその夏に祖母の葬儀を済ませたはずだし、中学と高校を卒業したとき、何人もの友人とお別れしてきた。

 

 だけど。

 

 だけど。

 

 だけれども。

 

 こんなに辛いお別れが、この世にあるものなのだろうか?

 ため息を吐き、じっと佇む。

 思い浮かぶのは夕張のこと。初めて会ったのは六年前。青空のまぶしい真夏日に、機械式の立派な車椅子に乗った幼い少女と、一人の老人がやってきた。

 老人は父の知り合いで、北海道の夕張から来た。新しい住家が完成するまでしばらく赤城家の離れを使うから、よろしく頼むと挨拶してきた。その車椅子の少女が夕張だった。

 生まれつきひ弱だった自分がどうやって高名な学者である老人と知り合って、すぐに彼の家に入り浸り、書庫で本という本を読み漁り、手製の車椅子を与えられ、やがてその知識と才覚を見初められてここにやってきたのだと目を輝かせて語る彼女と赤城はすぐに打ち解けた。

 妹も弟もいない赤城にとって、夕張は生まれて初めての妹で、同時に最高の親友だった。喧嘩は一度もしなかった。甘やかしすぎるなとさえ周りに言われ、赤城は少しも気にしなかった。むしろ誰より勤勉で自分に厳しい夕張を、ともすればうっかりミスをしがちな赤城が見本にするほどだった。

 ずっと一緒にやってきた。楽しいことも嬉しいことも苦しいことも分かち合い、機械にかまけてばかりで浮いた噂の一つも出ない彼女を赤城はずっと心配してきた。

 こんな別れが来ることなど、想像したこともなかった。

 別れを隠していた夕張を責めようなどとは思わない――だけど。

 すん、と一度鼻を鳴らして、赤城は部屋に戻って布団に潜った。

 課題の期限が迫っていたのを、赤城は思い出すこともしなかった。

 寝間着に着替えるのも億劫で、重苦しい気持ちのまま瞳を閉じた。普段は寝付きがいいはずなのに、目が冴え、少しも眠れない。やはり考えるのは夕張のこと。別れなければならない妹のこと。どうして。なぜ。どうにかしたい。でもどうやって。答えの出ない疑問が堂々巡りを繰り返し、やがていつしかやってきた泥のような眠りの中に、赤城はぶくぶくと沈んでいった。

 

 ●

 

 その日も赤城は夢を見ていた。

 やはり空母になった夢。見渡す限りの大海原、真珠湾と呼ばれるその海を赤城は波をかき分けて突き進みながら、男達の挙げた戦果を淡々と無線で聞いている。

 遙か彼方の上空に、曳光弾の火花が見えた。

 敵迎撃機の翼がもがれ、きりもみしながら落ちてゆく。赤城から発艦した艦載機も、何機かが破壊されて海へと落ちた。

 

 赤城は艦橋でも甲板でもない高い場所から、その様をじっと見下ろしていた。

 情け容赦なく人が死に、命が奪われる争いの中、赤城の心は凪いでいた。

 いや、赤城には心など最初からない。なぜなら赤城は空母だからだ。

 空母は涙を流さない。悲しみもせず、悼みもしない。

 それが他者を害するため、殺すために作られた兵器としての在り方だからだ。

 空母の自分を見下ろす赤城は、その自らのありようを羨んでいた。

 

 ああ――心ない鋼の躯であれば、悲しむことなどありはしないのに。

 

 




いわゆる現パロに近いものなのでメロンの設定はだいぶ盛ってあります(今さら説明する必要なさそうですが)
姉妹百合ってよくない? いいよね……
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