ついでにちょっとだけ物語進めるのと、ハマゴ君の企み会
これで残るポケモンは互いに一体のみとなった。倒れ伏したクロバットへと慰労の言葉が投げかけられ、赤い光に包まれモンスターボールの中へと戻されていく。かつてクロバットが倒れ伏した痕跡のみを残して、何もいなくなった地面を少しだけ見つめていたマーズ。彼女は髪を少しばかり撫で上げて、その視線を真正面のルカリオへと合わせてみせる。
視線で刻まれるのはいかなる感情か。しかし確実に敵対するマーズの敵意を感じ取って、ルカリオはぶるっと喉を震わせた。
「まさか、最後の最後で一手をもらうとは思いもよりませんでした」
「こっちにだって意地があんのよ。せっかく久々に味わった純粋なバトル、勝ち星を上げてやろうっていう意地がね」
「はい、そのクロバットの気迫がルカリオを通じてこちらにも伝わってきました。そして私自身も……」
スモモは胸元で片手を握りしめた。そこ手のひらに収まったのは何であるのだろうか。彼女がわずかばかりの切れ端をたぐり寄せるその前に、マーズは次なる…いや、正真正銘最後のポケモンを選び、ボールを掴みとった。
「さぁ、ドータクン! シメを飾りなさいな!」
速さを追い求めた地上の覇者、ブニャット。空中機動を自在に駆けまわる空の王、クロバット。これまでが速度重視だったことに対して、彼女が持つ最後のポケモンはドータクンである。読者諸君がマーズという女性を知っているなら、簡単にイメージできるであろう最後の一体。彼女はギンガ団時代から持っていたポケモンを変えず、大事に大事に育ててきているのだ。
「……」
フィールドに現れたドータクンは全てを理解し、無音でその場に佇んでいる。ルカリオの肩口にはクロバット最後の抵抗の痕跡が残っていた。そして、「おどろかす」攻撃で怯んだときのだろうか、ルカリオの肩足の先は、よくよく見てみれば少しばかり傷んでいる。強制的に怯まされたことで負荷が掛かったのだろう。
「徹底的にやってあげる。あたしのポケモン達は最強なのよ。ジムリーダー如きじゃ止められないくらいにね! あんたのルカリオ、このまま押し切ってやるわ!」
「ここからは真剣一本です。どこからでも、かかって来てください!」
「ならお言葉に甘えて……ドータクン、がんせきふうじ!」
手のような野太いパーツが広げられて、ドータクンの頭上には光り輝く岩が形成される。しかしそれも一瞬のこと。次の瞬間には射出された巨大な岩石は、フィールド上空で弾け、無数の岩弾となって降り注いだ。
「みきりです!」
対するルカリオが取った行動は、己の感覚を極限まで高める技「みきり」。これによって増幅された波導の世界の感覚と、風の僅かな淀みすらもその身一つで手に取るように理解する超感覚がルカリオの知覚となった。
同時、降り注ぐ岩の弾丸を前にルカリオが駆け出す。時には地面に落下し、破砕したがんせきふうじの欠片が側面から襲ってくるが、それすらもルカリオは紙一重で躱してみせる。鋭い岩の欠片で青色の体毛が僅かばかりに切り取られるものの、未だに健在する彼は一息に跳びかかり、ドータクンの目前へと躍り出た。
「ボーンラッシュ!」
「構わずジャイロボール!」
回転し始めたドータクン。嫌な予感が背中をゾワリと撫でて、スモモは叫ぶ。
「やはりッ!? いけない、飛び上がってください!」
ルカリオのボーンラッシュの棍。それはドータクンの体をすり抜けて、とっさの判断で棒高跳びのようにルカリオの体を上空へと投げ出した。スモモの予感は当たり、おそらくルカリオを巻き込んでいたかも知れないジャイロボール状態のドータクンは、地面を刳り飛ばしながらその技を不発に終わらせる。だが、条件はどちらも一緒だ。
「あなたのドータクンは“ふゆう”でしたか…!」
「流石ぁ! でもあの状態から避けられるのはちょっと予想外だったわ」
ゴーストタイプにも多く見られるが、文字通り体が地面から常に離れているようなポケモンに見られる特性、その名は「ふゆう」。不思議な事に、じめんタイプの攻撃であれば先ほどのルカリオのボーンラッシュのように、純粋にエネルギーとして炸裂した技ですら完全に無効化してしまう厄介な特性である。加えてもう一つ明らかになるのは、ドータクンの弱点のひとつである、じめんタイプの攻撃が今後直接攻撃には使えないということだ。
例を上げれば、じしんで引き起こされる土砂崩れや倒木など、こうした二次被害はダメージを与えられるが、「じしん」そのもののダメージは無くなる。ポケモンの昔から解明されていない不可思議な特異性…タイプ。そして特性。これらを十分に活かしたカウンター殺法だったのだが、スモモ相手には不発であったようだ。さすがは多くの闘いを経験してきたジムリーダーといったところか。
すぐさま意識を切り替えたスモモとルカリオ。ルカリオは空中で未だ残る「がんせきふうじ」の岩を利用し、足場に態勢を立てなおす。相手を苦しめるための技が利用されたことにイラつきを覚えながらも、マーズは次なる攻撃指示に。
「サイコキネシス!」
広げられたドータクンの手のような部位がゆらめく。サイコキネシスのパワーがルカリオの体を縛り上げた。薄い青紫色の光はドータクンの視線の通りに動いて、ルカリオを空中へ持ち上げ、そしてサイコパワーがルカリオの体を締めあげてしまった。
「脱出です! はどうだん!」
二度目の締め付けがルカリオを襲う前に、片手で創りだされた威力不足の波導弾が爆発。身に纏わりついていたサイコキネシスは乱され、自由になったルカリオが自由落下を始める。そこを見逃すマーズではない。
「続けてシャドーボール連打!」
「させません! ボーンラッシュで打ち返してください!」
めまぐるしく変わる戦況。そしてルカリオは落ちながら戦っていた。
(こっちは耐久……せめて数発当たってくれれば後は…!)
知っての通り、シャドーボールを受け続ければ、時にポケモンのもともとの防御耐性を下げさせる効果が発揮されることもある。そしてマーズが指示した連弾は、小玉のシャドーボールを絶えずぶつからせ続けることによって、今のダメージはゼロに等しくとも、後々の攻撃全てを致命傷につなげるための作戦であった。
シャドーボールはルカリオが地面に降り立ってからもなお吐き出され続けているが、ルカリオはその全てをボーンラッシュの棍棒で弾き飛ばしている。時には受け流し、時には弾き返し、ルカリオは徐々にドータクンとの距離を詰め始めていた。
そして――――ガッ、と地面が跳ねた。
「しまっ……」
「踏み込んで!」
そして一発のシャドーボールがドータクンの脇をかすめて地面に着弾し、その衝撃でドータクンの体勢は崩された。もともと宙に浮いているのだから関係ないと思われるかもしれないが、飛び散った地面の大欠片が運悪くドータクンの背後から衝撃を与えてしまっていたのだ。
「はっけい!」
「くっ、ジャイロボール!」
一足でドータクンの懐へ潜り込んだルカリオが放つ「はっけい」。波導の視界から急所を的確に突き、何匹ものポケモンを沈めてきた凶悪な技は、内部を乱れさせ時には「まひ状態」に繋げることもある。
しかしとっさの判断を取れたのは新米トレーナーではない証拠だろう。一進一退が激しいこの攻防の中で、指示を出したマーズと受け取ったドータクン。その一撃が急所と突くまえに、無理矢理にジャイロボールで回転することで威力と本来の効力を減衰させることに成功していた。
「そのまま轢き潰しなっ!!」
まだまだドータクンに体力は残っている。対してルカリオは手傷程度とはいえ、片足の一部にクロバットの
「っし! 続けてがんせきふうじ!」
「また“みきり”で躱してください! そう簡単には行きませんよ!」
極限まで意識を集中させるという技、みきり。その性質上連発すれば、疲れで成功率がどんどん落ちていく絶対回避に相応しい代償があるが、先ほど使用してからそれなりのインターバルが開いている。精神的なコンディションとしてはまだまだ上々のルカリオは、先ほどの光景の焼き直しのように岩石封じの岩弾をすんなりと避け始めているが、先ほどと違う場面も当然訪れる。
最初に動いたのはドータクン。がんせきふうじの技を中断したドータクンはのっそりと体を傾けたかと思うと、前傾姿勢になってルカリオの方へと狙いを定めている。対するルカリオはいくら見切る事ができたと言っても、重なった疲労と足の負担から中々攻勢に移れないでいる。
だがそこで気づくのはやはりスモモだ。ルカリオが避ける中、ドータクンがいかなる攻撃に移ろうとも適切な対応を取ろうと身構えた。
「ラスターカノン!」
マーズの声とともにドータクンの体で反射していた太陽光が、一点に集まり眩い光球を形作る。テニスボールほどの大きさだったのが、今や成人男性両腕で抱え込むのも難しいほどのビッグボールに。
バシュッ、と放たれたラスターカノンはルカリオの眼前まで迫り、爆発して砂煙でルカリオの姿を覆い隠した。
「まだまだ! サイコキネシス!」
当然マーズはそれで倒せたなんて思っていない。指示を受け取ったドータクンは周囲に散らばった岩石封じの欠片を浮かび上がらせると、その煙のある方向へ雨あられと降り注ぐ。サイコキネシスは、そのパワーで直接縛り上げるだけではないのだ。
しかし、
「でんこうせっか!」
煙を突き破って出てきたルカリオは未だ倒れる気配はない。とにもかくにも近づくことで攻めてくるルカリオの猛攻に舌打ちをしながらも、マーズはとにかくこの場を離脱することが先決だと判断。
「距離をとって準備するわよ!」
ドータクンもルカリオの剣幕に押されながら、ふわりと浮かび上がって場所を移動。電光石火の技で距離を詰めてきたルカリオは、しかし一度跳躍している。近接型である以上、地面に降りるまで次のアクションは大丈夫だろうと高をくくっていたマーズは、しかしここまで続いた長い攻防で集中が途切れたのか、ついに楽観的な考えを持ってしまった。
それが命取り。
ルカリオは腰だめに何かを構えている。ほんの僅かな時間でそれに気づいたマーズがドータクンに対して口を開こうとしたその瞬間、別の宣言が上から覆いかぶさってきた。
「はどうだん!」
放たれた蒼色の玉はドータクンを打ち据え爆発。
「ドレインパンチです!」
そして一気に跳躍したルカリオがドータクンの上から、ドレインパンチが炸裂する。連続攻撃を受けたドータクンも、流石にこのラッシュには勝てなかったようである。
ズシン、と土埃を舞わせながら地面に落下し、そのままピクリとも動く様子を見せていない。この三本勝負の勝者が、ついに決まった瞬間であった。
「……ドータクン」
クロバットが最後につなげてくれた流れを、結局は活かしきることができなかった。マーズの中には悔しさが渦巻いている。それは、先ほどのほんの一瞬でしか無かったが、決定的な敗北のきっかけについて。
はぁ、と肩を落とした彼女はドータクンをボールに戻して、バトルコートへと歩き出した。当然、スモモの元にいくためだ。
「やるじゃない。このまま勝つつもりだったんだけどね」
「いえ、相性に助けられたこともあります。そちらが一度でも効果が抜群の攻撃を繰り出してきていれば、タッチの差で負けていたのは私の方でしょう」
「それでも、勝ったのはあんたよ」
マーズは照れくさそうにしながらも、その右手を差し出した。
「……そう、ですね。勝った喜びを今は享受します。お相手、ありがとうございました」
「こっちこそ。これであたしも何の気負いもなくバトルできるわ。ありがと」
互いに右手を預けあって、固い握手を結ぶ。
スモモ対マーズ。
その勝ち星はスモモ側、ということでこの一件は落ち着いたのであった。
「……とまあ、そんなとこよ」
まだハマゴが研究所へ向かうまで時間はあった。その時間を利用して、スズナが先ほど訪ねていたことについて、ことの詳細を話し終えるマーズ。最初はハマゴがちゃんと答えていたのだが、途中で面倒になったのか投槍になり始めたところを彼女が後を続けた。という一悶着はあったが。
「そうですか。今、シンオウにそんなことが……」
「あたしたちも旅なんてしてる場合じゃないかもね…事によっては街に戻っておかないと」
ジムリーダー、という立場に切り替わった二人からしてみれば、マグマ団という悪の組織と、自分たちがよく知るギンガ団が手を組んだというのは相当に大きなこととして結びついたようである。
「まぁ、チャンピオン直々に事にあたってるし、ポケモン協会も動いてる。おまえらが早々抱え込むような事でもねぇと思うがな」
深く考えこむ様子の二人に、ハマゴがそう言って締めくくる。
まだ何が言いたげな様子ではあるのだが、彼としてみれば自分の旅が必要以上に騒がしくなるのは避けたいし、要所で力を貸してくれれば言うことはない。何より自分の持ち込んだ問題に、最初から取り組んでいる者はともかく、後々に巻き込むのはハマゴが嫌うところであった。
自分はいいのだ。ポケモンドクターだ。傷つくポケモンが居るなら治療しに行く。その傷ついた原因を癒せるなら積極的に介入する。だが、自分以外が傷だらけになるのは見ていられない。
「てめぇらはてめぇらの旅を続けてくれや。なぁに、無敵のチャンピオン様と後で合流する。戦闘面に関しちゃあっちはプロだ。デカイ権限のおかげでそれなりに被害も最小限で済むだろうさ」
「……そこまで言うんだったら手を引くけど、あたしたちもジムリーダー。シンオウの人たちが傷つけられるようなことがあったら連絡をちょうだい。電話一本で手を貸すからさ」
「ええ、スズナの言うとおりです。巨悪と戦うのもまた私達の役割の一つでしょう。ギンガ団最盛期には証明できなかったこの力、今こそ奴らにぶつける時でしょう」
「妥協案はそこ、か。お嬢ちゃんたちも中々に強情なことで」
やれやれ、息をついたハマゴはコーヒーを一杯口に含む。口の中に広がる苦さは、はたしてこの空気の味か。それとも自分のタチが侵されそうな話によるものか。どっちにしろ、似たようなものだろう。
ボーン、とポケモンセンターの時計が音を刻む。時間を確認したハマゴは、そろそろかと言いながらに席を立った。
「とりあえず、俺の連絡先だ」
「これはあたしの」
「うん、あたし達のも渡しとくね。ポケッチ出して!」
左腕のポケッチ同士で連絡先を交換して、ハマゴは一足先にポケモンセンターを出ていった。自動ドアが締り、風にはためく白衣が見えなくなって、マーズが盛大なため息をついてみせる。
抱え込んでいるものがどんどん大きくなっていくハマゴ。それに反して、肩の荷を降ろして、最後に残った軽い荷物を背負っているマーズ。初めて会った時とは反対の様相となる現状に、彼女としても思うところがあるようだ。
「マーズ……さん。どしたの?」
「どうしたもこうしたも無いわよ。アイツ、余裕ぶってるけどドコまでが本当なのやら」
トマトジュースをストローで吸い上げて、彼女はテーブルに肘を付く。少しばかりに眉を顰めてマーズは続ける。
「あいつさ、いろんな事で苦労もあったみたいだけど、流石にこんな大きな事態は出会ったことなんて無いでしょ。だから、アイツとしてもどうしたら良いか決めあぐねてる。それにジラーチを守る気持ちは本物なのか、毎晩毎晩ほっとんど寝ずに警戒してるし」
思い出すのは今朝のこと。マーズがウォーミングアップのために早起きした時、初めて彼女はハマゴの寝顔を見た。その目元には今でこそ見えていないが、黒く深い隈取がある。今は化粧品か何かで綺麗に隠して強がっているのだろうが、医者の不養生とは言ったものだ。既にその足取りがフラフラなことくらい、マーズには簡単に分かっていた。
「しばらくは此処にいるって言ってたけど、あたしとしてはさっさとチャンピオン様に会っておきたいのよね。そうしたら実力的にも問題はないし、夜の警戒もそこまでしなくていい。アイツが張り詰めて倒れる前には、合流しておきたいかな」
「…驚きました。思ったよりもずっと思いやりのある方だったのですね」
「ま、ちょっと前まで敵同士だったし、あたしはギンガ団の幹部だった。そんな悪の組織の人間がほかの人を思いやるってのは、子供にはちょっと想像しにくかったかしらね」
「む、子供ってなによ。5かそこらしか違わないでしょ!」
その言葉にきょとんと目を開いて、直後に吹き出した。
「あっはは。そうかもね。でもその5年…あたしの場合は色々と見てきてんのよ。悪の女幹部なんて肩書持ってた位にはね」
楽しいこともあった。だが、それ以上に暗く重い話題を何度も取り扱ってきた。公式には発表されていないが、ギンガ団の悪事や実験によって犠牲になったポケモンは数知れず、100人とまではいかずとも、人間もまた命を落としている。
そして今もなお…いや、傀儡となった人間を操るジュピターのギンガ団だからこそ、更に人的被害やポケモンへの被害は増加している。あちらとしては他の組織と手を組むほど後が無い状態だ。だからこそ、遠慮が無くなっているとも言える。
「汚いとこ見るより真っ当な行き方した方がいいわよ。例えば、この件にはかかわらない……とかね。あんたたちを舐めてるわけじゃないの。実際、スモモのほうがあたしよりも強かったわけだし。でも」
それでも、とマーズは思う。
「まだまだ青春真っ盛りな十代が、こんなことに首突っ込む必要なんて無いの。楽しい旅を続けなさい。そんで、余裕があれば世界を楽しみなさいな。あたしが出来なかった分、満喫してもらえればそれでジューブン」
そう、こんなことに関わったあの「英雄」も、今となっては行方知れず。ギンガ団を脱退してからハマゴと出会うまで、ギラティナのいる「やぶれたせかい」を探すあの空白の時間。伝説のポケモンの背中に乗っている姿を見ただとか、隠れ里の修羅のようなポケモンバトルを制しただとか、そういう話もあったのが、ここ最近になってバッタリと消えた。
有名になりすぎたあの「英雄」の友人……何かと騒がしいクロワッサンヘッドの金髪も、その行方を知らないらしい。釈放された時、ポケモン協会にそれとなく第一の手がかりとして聞いてみたこともあったが、返答は芳しくなかった。
あれが、一つの末路なのだとしたら。光も闇も、あらゆるものに関わりすぎて、強くなりすぎて、そして消えていくのが一つの道なのだとしたら。
その可能性を少しでも含むような道を、目の前の二人には歩まないで欲しい。このままジムリーダーを続けるか、それを超えて四天王になるか、はたまたチャンピオンの座をつかみとるか……表舞台に認識されているここでとどまってほしい。
ふと浮き上がったこの考えに、丸くなりすぎたかもとマーズは苦笑する。
「それでも、いざというときには力を貸しましょう。私には難しいことはわかりませんが、知人が苦労している隣で悠々としてなんて居られません」
「あたしもスモモと同意見かな。それに、今ならフットワークも軽いし、いつでも駆け付けられる。困ったときはお互い様ってカンジ!」
しかし、マーズの願いを跳ね飛ばすように彼女らは言う。
若い勢いにまかせてのことか。どちらにせよ、マーズとしてはそりゃそうよねと納得するしか無かった。僅か、最年少ジムリーダーの名を冠する武闘派少女スモモ。キッサキの伝説の管理人であり、ジムリーダーでもあるスズナ。若くとも、彼女らの肩書が力を示している。
それから、こらえきれないマーズの爆笑とともに密談は談笑へと変わっていった。女子特有の和気あいあいとした話題から、スモモの抱える家庭事情などなど。いつしかそこには、本音で語り合う女三人揃った姦しい姿があるのだった。
「今日も精が出ることだ」
「ん、ナナカマド博士」
「飲みたまえ。休憩も研究の一時だ」
「ありがとさん」
ほれ、と差し出されたコーヒーを受け取って礼を告げるハマゴ。
手に取っていたのは薬草の資料だろうか。ハクタイの森に群生する、オレンの実のような癒やしの効力を持つ草花についてデータを取っていたようだ。開いたページにしおりを挟み、地べたから椅子に座った彼はナナカマドと対面する形になった。
「どうかね、調べ物の方は」
「まぁ順調ってとこだな。ここのデータ量はスゲェ。キチンと整理もされてるし物言い一つも浮かんでこねえや。あ、並び順はちゃんと整えてあるぜ」
「それは重畳だ。して、昨日の件だが“やりのはしら”に落ちていた欠片を解析し始めたよ。……調べるほどに、我が研究所の空気が重くなりはしたがね」
「それは、すまねえな」
「いや、いいのだ。ギンガ団のこともある。君が必要というのならするべきことだ。それに、忌避すべきことではるのだが…私達にも利があってしまった。ならば、続ける他あるまいよ」
あごひげを撫でながらナナカマドは言うが、その声色には沈んだ感情が含まれている。ハマゴとしても、「頼みごと」は悪用どころか限定的な部分だけ際限してもらえればそれでいいと思っているので、先日言われたように負の歴史を繰り返すつもりもない。
しばしの無言の時間が続いて、ハマゴはカップの縁から唇を離した。
「それはそうと、ポケモン研究の権威に少しばかり聞いてみてぇことがあるんだ」
「ウムッ、何かね?」
「ある程度のポケモンは知ってる。だが、俺はこのシンオウ地方に生息するポケモンの得意・不得意が何なのかは知らねぇんだ。どうせ故郷とは違う地方に来たんだ、新しい
「ほう、それは良いことだ。して、どのようなポケモンを所望なのだね」
「ずばり、俺が求めるのはひとつだ」
ピン、と指を立てて言う。
「手先の器用なポケモン。勿論、力の加減が上手いエスパータイプでも構わねえ。ドクターやってると、キュウコンだけじゃあと一手が足りない時もあってな」
「手先の器用さ……今は思い浮かばんが、ふむ、探してみよう。この暗い空気を和らげるには丁度いい話題かもしれんからな」
「恩に着る。わりぃな、何でも任せちまってよ」
「いや、ポケモンたちが元気な姿になってくれる。その一助を担うのだ。喜んで探させてもらおう」
目元が垂れ下がり、柔らかな表情を形作るナナカマド。確かに、ハマゴの頼みごとのせいで陰鬱とした空気が研究所を流れているのも確か。しかしこうした微笑ましい頼みごとを聞いて、和気あいあいと研究所を賑わせるのも、ナナカマドポケモン研究所の一つの醍醐味である。
トレーナーから寄せられる相談にのるのも、ポケモン研究員たちの一時。今までがそうであったように、ナナカマドは、ハマゴにも同じく暖かな空気でその話題を受けいれた。
「さて、随分話し込んでしまったようだ。外も暗くなってきているな」
ナナカマドが窓を見上げると、端がほんのりと赤くなってはいるが、暗くなってきた夜空が目に入った。薄っすらとした蒼色から、金色の光が強くなる三日月が研究所の窓からほんのり光芒を垂らしている。積み上げられた資料の黒い文字が反射して、キラリと煌めいていた。
「んじゃ、俺はこのあたりで御暇させていただきますかね」
「それなりに調べ終わったようだが…明日が最後かね?」
「あぁ、そんくらいか」
ハマゴの欲しいデータは、この2日の半日…合わせて丸一日分の時間を使ったことでおおよそ全てがその手に収まっている。明日のあたりに仕上げと、最後の一時となるだろう。長く思えたマサゴタウン連泊も、ほんの3日で終わりを告げつつあった。
「一つ、昼食を共にしてみないかね? 昼前から研究所を開いておくので、気が向いたら是非来てくれたまえ」
「おお、その提案にゃありがたく乗らせてもらっとく。そんじゃ、また明日だ。博士」
「ウムッ、また明日だ。ハマゴ君」
今日も一日が終わる。ゆっくりとした平和の歩みは、何よりも尊くて。
波乱の日々が近い未来に待ち受けていようとも、ハマゴは笑って過ごすのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
長い、というよりダレてしまいそうな戦闘描写でしたね。
自分で書いててコレは長すぎるな、とは思いましたが、これらの他、小説の文章に関して意見などございましたら、是非感想欄で批評を書き綴ってください。
次回はマサゴタウンからの旅立ち。
そして道中の読者アンケート実現その1です。