でも書いてみると展開がトントン拍子に進んでいく矛盾。
展開早いな私の作品
がさ、がさ、がさ。
森の茂みが揺れて一つの影が飛び出した。
それは白衣をはためかせて、茂みの向こうにある段差に多少驚きつつも難なく着地し手招きをする。次いで、手招きされた者もまた飛び出した。健康的な二の腕をキャミソールから覗かせて、森で小さな虫に刺されたのか多少痒そうに肌を払っている。
燃えるように赤い髪の女性と、深い海のような青い髪の男性。対象的な両者は目の前に広がる光景にようやくか、と疲れたような表情を見せる。森のなかの行軍はそれなり以上の苦労を要したのだろうか。ズボンの裾は泥で薄汚れ、髪や服の一部には若々しい緑色をした葉っぱが目立つ。
多少荒げた息を整えながら、女性はバッと太陽に向かって両手を掲げて、溜まっていたものを吐き出すように叫んだ。
「長かった~!」
「ようやくハクタイ到着か。シロナのやつがお冠じゃなけりゃ良いがな」
知っての通り、我らがハマゴとマーズである。当然、ジラーチも羽衣を掴まれ麻袋のように背中に担がれている。何時ものといえばいつものであるが、その状態で爆睡するジラーチをいつものだと言わんばかりに二人は歩みを再開する。
道無き道から顔を出した二人は近くの街道へ足を向けた。ここまで来ればあとはゆったりと整備された道を行くだけだ。
そうして、さほど疲れていないように見えるハマゴへと、マーズは口を尖らせハマゴに文句を垂れ始めていた。いくら元調査団の専属ドクターだったとはいえ、自分がこれだけ疲弊しているのに息の一つ荒げた姿を見せないハマゴへの不平不満もそれなり以上に溜め込んでいるのだろう。
「なんだってんだ? 今日はヤケに攻撃的じゃねえか」
「元はと言えばあんたが道はずれるから時間掛かったんじゃない。もう大体読めて来たわ、あんたの行動原理」
「そりゃ結構。だからといって、読めたところで付いて来るしかオマエに選択肢は無いんだがな。おお、怖い怖い。仮にも女ならそんな顔してんじゃねえよ」
「そう、それよ、あんたのそれが無ければまだ楽しい旅路なんだけどねえ、あたしの興味を引くようなことであればもっと楽しかったはずなのに! 何だってあんたみたいなのが、よりによって……」
足の痛みと疲れから適当な語彙が浮かばないのだろう。
尻すぼみになって行く言葉尻を拾い上げたハマゴは、ニタリと笑って言い放つ。
「共通の話題ってんなら、ドクター目指すか?」
「将来的にあんたと専門知識言い合う未来は願い下げよ!」
ああ言えばこう言う、こう返せばこうからかってくる。どこに行っても変わらない様子を見せる余裕があるだけマシというものだろう。時折暴走するハマゴだが、暴走していない時もマーズの精神をガリガリと削っていく。もともと相手を傷つける事に長けているのだろうか? 医者だというのに容赦のない性格を持った男に、マーズは内心で毒づくことは止められなかった。
騒がしくも街道を歩くこと十数分。足場の悪い森の道を無事に抜けた二人は、いつもの様に軽口を飛ばし合いながらに眼前にあるハクタイシティへのゲートにたどり着く。ハクタイの森側から訪れる此処は、たまに気の立って凶暴になった野生ポケモンが街を襲わないようそれなりの実力を持ったトレーナーの警備員が待機していた。
二人がゲートの職員の前でガサガサと懐を探して取り出すのはカード。
「そういや、ミミロル見かけなかったな」
「メガシンカだっけ。そういや頼まれてたわね」
「まぁシロナと合流してからでも遅くはねぇだろ」
マーズはトレーナーカードを、ハマゴはポケモンドクターの免許証を提示しながらに言う。警備員へ怪しい身分でないことを証明した二人は、その服についていた葉っぱを払ってハクタイシティへと足を踏み入れた。当然、その背中に担いで眠りこけるジラーチを見て警備員は驚いていたが。
さて。ハクタイシティの謳い文句は「むかしといまをつなぐまち」。
比較的近代的な意匠の多いシンオウ街の中でも、高層ビルや古民家が共存する珍しい風景が展開されている街である。また、ここには草タイプ使いのジムリーダー・ナタネもおり、日々旅をするトレーナーたちが訪れており、トレーナー以外にも神を象った神秘的な「ポケモン像」を拝むために訪れる人も少なくはない。
ようするに、他の街よりもいささか活気に満ち溢れ、そしていい雰囲気のする街であるということだ。必然的にカップルや、複数人以上で行動している人が他の街よりも多く見受けられる。
そんな活気と賑やかさ、そして騒がしいとまでは至らないちょうどいい塩梅の街が、シロナの指定した待ち合わせの場所であった。
それから、彼らはいつもの様にポケモンセンターで宿泊の手続きを進めると、重たい荷物を置いて身軽になった肩を回す。此処に到着する前に、ハクタイの森ではシロナの言う「廃館」を見つけていたのだが、そのついでにハマゴが様々な薬草や木の実を採取していたため、バックパックはパンパンに膨れ上がっていた。マーズもハマゴの行動に文句を言いつつも、ハクタイの森に落ちていた進化の石やらを幾つか拾っていたのだから微笑ましいものである。
ドズンっ、とおよそバックパックが立てるにも似つかわしくない重低音を床に響き渡らせたところで、ハマゴは白衣の内側と小道具入れに簡易的な医療キットを装備していく。これから向かう先は再び森だ。いつもより入念な準備はしておいて損はないだろう。
「そっち荷物まとめ終わったか?」
「ん~、ちょっと待って。つけてくネックレスで悩んでるし」
「置いてくぞゴルァ」
テキパキとパターン化された準備を終えるハマゴと違い、マーズは悩みもオシャレも多き女性である。とはいえ彼の周りに女性が居なかったといえばそうでもない。仕方ないことだと割りきって、ハマゴは白衣を捲り上げて丁寧に座椅子に背を預けて座る。あくびを一つ噛み殺して、彼は頭のなかで考えを巡らせ始めた。
そう。どうせ何日掛かろうが、警戒レベルが引き上がっているおかげでギンガ団の犯罪被害も抑えられている。マグマ団の方は中々姿を見せていないため不安は残るが、せいぜい1時間程度の遅れは今更だろう、と。ハマゴはキュウコンの入ったボールを掲げて暇な時間を過ごし始めた。
正義感に強いのか、それとも興味が無いのか。確実な線引きは在るのだろうが、それを把握しきれない不可解な価値観を持った男がハマゴだった。そうして多少真面目な事を考えた後に、見かけつかれていないような彼にも精神の安らぎを取り戻す時間が必要だったのだろうか。恐ろしい目つきの目尻は多少緩み、気だるそうなただの青年然とした空気に変わっていく。
そんな時だった。化粧台を前にしているマーズから言葉が飛んできた。
「あんたは炎タイプと水タイプどっちが好き?」
「悪タイプ」
「まじめに答えなさいよ」
「当然炎だ。なぁキュウコン」
「しかも注目先そっち!?」
くだらない会話と、ハッハッハと軽い調子の笑い声。
ポケッチを適当に弄りながら答えた彼は、マーズがもうっ、と文句ありげな声を最後に話を降らなくなった事を確認するとポケッチの通話機能にPiっと指を添えた。投影されたスクリーンに並ぶ番号の一つにコールをかけると、しばらくは1分ほどの長いコール音だけが鳴り響く。静かな部屋に、コール音はやけに響いて聞こえるものだ。一瞬ハマゴの方を見たマーズは、ああ、と一人納得してすぐさま顔を戻した。
ハマゴのポケッチ。通話先にシロナ、と名が書かれたその画面にはデフォルメされた2つの人が描かれている。コールが止むと、矢印で示された通話先の受話器マークがパッと変わり、代わりに画面にはシロナの顔が表示された。多少凝ったデザインを気にもとめず、ヒラヒラと彼は片手を振って画面向こうのシロナへ話しかけた。
「うぃーっす。俺だよ俺」
≪貴方そんなキャラだったかしら…? ともかく、着いたのね?≫
「今はポケモンセンターでマーズの支度待ちだ。俺らはドコに向かえばいい?」
一転して真面目な表情に切り替わったハマゴ。
シロナも気を引き締めた表情で口を開く。
≪例の廃館……と言いたいところだけど、こっちからポケモンセンターの入り口に向かうわね。今はナタネさんとお話してたから。……あ、彼女も貴方と話したいことがあるそうだから、今回の件が終わったらジムの方に来てくれないかしら?≫
さて、ジムリーダーが直々に話したいこととはなんだろうか。これまでのドクターの感から、重病とまでは行かなくとも多少の問題を抱えてそうだなと予感して、彼はバックパックの中身を見るようにして視線を投げる。
それも数秒にも満たない一瞬のこと。ああ、と言葉をつなげて彼は言う。
「了解だ。マーズ次第じゃ随分掛かるかもしれねぇが」
≪大丈夫よ。こっちも頂いたお茶が無くなるまで話すからゆっくりしてて。それじゃまた後で≫
実に優雅なチャンピオンである。今この瞬間にもどこかで人が失踪し、ポケモンが盗まれているかもしれない状況下であるというのに。などと、自分の行動を棚に上げて内心シロナへ毒づいたハマゴは重い腰を上げた。
座っていた座椅子がギッと小さく軋んだ音を立てて揺れる。悩み多き女性マーズは、最終的にどっちでも良いやと凡そイメージ通りのアバウトさを発揮して炎を象ったネックレスを首に回し、ハマゴの方へ顔を向けた。
「来るって?」
「聞いてたんならわかるだろ。支度の方は終わってんのか」
「ブニャットちゃんたちを回復させておきたいけど時間あるかしらね」
「あっちは優雅なティーパーティ中だ。30分程度は時間が空くと思うぜ」
「ふぅん、そう。じゃあちょっと行ってくるわね」
マーズは立ち上がると、多少早足で階下の受付目指して部屋を出る。
「俺も行くか」
誰に聞かせるでもなく、ひとりごちたハマゴもその後に続く。森を抜ける少し前から爆睡していたため、ベッドに寝かせていたジラーチを容赦なくボールに戻した彼も立ち上がった。軽めのストレッチで腕や足を伸ばした彼はドアノブに手を掛けて、閉めた扉に鍵をかける。
廊下の靴音すらしなくなれば、部屋の中は物音一つない静寂を取り戻した。
ポケモンセンターの1階はフリースペースだが、各街ごとに違ったサービスが展開されていることもある。人間とポケモン両方向けのカフェで、ハマゴは頼んだコーヒーを片手に優雅な一時を過ごしていた。
カフェと反対側に位置するソファやテーブルが置かれたスペースでは、ブニャットにブラッシングを掛けているマーズの姿がある。こうして見ていればただのポケモン好きなお姉さんだがなぁ、と最後の一口を飲み干した彼はカップをソーサーに戻した。
「やっぱ地域か。博士んトコで飲んだのと味が違うな」
簡易メニューに目を通すが、ナナカマドの研究所で飲んでいたものはそもそも品種を聞いていないことに気がつく。今度時間あったら直接会って教えてもらうか、と。早速この地方で得た交友を深めようかと思ったその時、それなりに賑わっていたポケモンセンターが統一されたざわめきに支配された。
ざわめきの中心点は入り口だった。センターの自動ドアが通した人物は黒い服と、それによく映える長い金色の髪を靡かせていた。隠れた目元はミステリアスさを惹き立て、身体的な特徴よりもなお女性らしさを感じさせる。
彼女はキョロキョロと軽くセンターを見渡すと、目当ての人物を見つけたのか硬い表情を一変させて口を開く。ニッとほほ笑みを携えた彼女はまっすぐに――ハマゴの方へと足を向けた。
「こうして会うのは久しぶりね、ハマゴ君」
「さっすがチャンピオン様」
「え、どうかしたの?」
現れただけでこの存在感である。そしてセンターの中に居た人々は、ハマゴが白衣を着ていることもあってか仕事のそれだろうなと当たりをつけて視線は離さずとも近寄って来ることはなかった。
視線に慣れきっているのか、それとも感覚が麻痺しているのか。注目されていることに一切の無頓着さを見せるシロナに内心で感嘆の念を抱きながらも、彼はカップをその場に置いて立ち上がった。
「マーズ、行くぞ」
「そっちに居たのね。久しぶりね、マーズさん」
「相変わらず“さん”付けはむず痒いわね……」
「ここじゃ目立つだろ。移動しながら話そうぜ」
ブニャットの頭を撫でてからボールに戻したマーズも、立ち上がったハマゴたちに付いて行く。センターを抜けた3人は赤、金、青と尚更人目を引くような外見のため、先程よりいくらか増した好奇の視線に晒されながらも街を行った。
ポケモンセンターがあるのは、かつてのギンガハクタイビル(現ギンガハクタイ支社)が見下ろす道路の向こう側。つまり、古民家が立ち並ぶ歴史的な風景よりも現代的な都会の町並みが展開されている。
「それじゃ、本題に入りましょうか」
視界の先からビルや小さな店が後ろへと抜けていく光景を見ながら、三人は歩道を歩いていた。最初こそ過去にマーズがギンガ団脱退直後の話やら、久しぶりにあったことなどで花を咲かせていた会話の空気もすぐに切り替わる。ここからはこの地方の命運を分けるかもしれない事態へ関与するものだからだ。
「まず、私たちはこのままハクタイの森にある廃館を目指します。そこに過去、ギンガ団の科学者プルートが残した手がかりが在るみたいなの」
「手がかり…? つっても、その科学者は今もギンガ団に協力してんだろ?」
「ええ、表向きはね。でも彼の本心はすっかり乾ききってしまったみたいよ」
「あの守銭奴がねえ。まぁ狂ったジュピターのトコいればそうもなっちゃうか」
シロナの口から語られたのは、プルートという老科学者の真実だった。
つい最近まで、生きるため渋々とは言えジュピターに協力していたプルートは、しかしついに精神の限界を迎えたのだろう。金に向けられたその欲望すら押さえつける程の心の疲弊から、シロナが襲撃した基地に一つのメッセージを残していたのだ。
「それが、この先の廃館にあるらしいわ。詳しいことは分からないけど、ジュピター率いる残党のおおよその概要だったり、そういった情報であることは確かね。これでイタチごっこも終わりよ」
「アカギの作ったギンガ団も、ジュピターが頭目じゃあ内部分裂で崩壊か。ここまで来るといっそ哀れね」
自分の知りうるギンガ団の様相と、プルートの人物像を思い描いてマーズは息を吐きだした。かつて所属していた事もあって、その思いの中には本人にしか感じられない哀愁があるのだろうか。どこか遠くへと視線を移す彼女の隣で、ハマゴは疑問の声を上げた。
「しかし、なんだってそんなトコにある? こっちに来る途中で見つけたが、電子機器どころかゴーストタイプにしか縁のなさそうなボロ館だ」
「だからこそなのか、それともプルートの縁がその館にあるのか。詳しいことは私にも分からないわ。ただ、彼はこの鍵を残した」
およそ科学者の男が持つに似つかわしくない、デフォルメされた(・w・)という顔が付き、ピンクのストラップがついたそれ。まるで玩具のようにも思える大きさの鍵は、単純な作りをしているため重要なものには見えない。
秘密の鍵、と仮に名付けたコレをシロナは握り締めると、懐に戻す。
「これは見た目通りの物理的な鍵と、電子ロックに対応するプログラムが入った鍵よ。その両方を同時に差し込まないと決して開かない扉が、あの廃館に隠されている」
「そんなこと公言しちまっていいのか? コトブキ襲われた時みてぇにドコに耳があるやら」
「良いのよ。今は協力者のダークトリニティっていう凄腕の三人組が私達の周囲で見張ってくれているわ。彼らから何のアクションもないってことは、つまり安全ってことよ」
「ダークトリニティ…? 聞いたことあるような」
ううん、と考えこんだマーズ。確かに記憶の隅には引っかかっているのだが、どうしてもその名前をドコで聞いたのかが思い出せない。まぁ、重要なことではないだろうと判断した彼女はシロナの話に意識を戻した。
「なんにせよ、私達が合流するだけで何かを感づかれるのは確かよ。彼らが疲れないうちに早く目的地に行きましょうか」
話している間に、ゲートはすぐ近くに迫っていた。
その向こう側に見える森林、そして木々の間から少しだけ見える廃館の天辺。そこに一体何が待ち受けているのか。プルートが残したものとは一体。ハマゴとしては、プルートという人物像を知らない。老研究者で、犯罪者。実際にあったことがない以上、彼の頭に浮かぶのはたったそれだけの情報と、それに付随する犯罪歴、そしてマーズたちの言葉から受ける守銭奴という印象だけだ。
だが、それ故に。その鍵が使われる部屋で手にした情報を別の角度から読み取ることも在るだろう。シロナはそう思いながらも、その仏頂面の下に隠された感情を隠すハマゴを見る。ああ、表情から感情が読み取れないのは、かつてのあの「英雄」もそうだった。
この事態が発展する前に終わらせることが出来ればどれだけ良いか。あの英雄が、英雄と言われてしまうような事件にならないためにも、事に当たらなければならない。
「……チャンピオン、顔にシワが寄ってるぜ」
「そう?」
横から突き刺さる彼の言葉に、ふと眉間を触る。ああ、確かに思いつめていたのだろう。視界は寄り、眉間には険しい跡が残っていた。余裕が無いなんて、頂点からトレーナーを待ち受けるチャンピオン失格ね。
「お茶が入りましたよ」
「ありがとうおじいちゃん」
立ち上る蒸気と広がる香り。砂糖もミルクも加えないストレートティーの入ったカップは、琥珀色の液体を揺らして持ち上がって傾けられた。小さな、されど上品な唇から口の中に注がれていく僅かな紅茶。中身が殆ど減っていないはずなのに、カップがソーサーへ戻されて、子供らしい高い声が部屋の中によく響く。
「ふぅ、美味し
「もったいないお言葉で。ところで、おかわりは如何かね」
「そうしたいところだけど、椅子が汚れちゃったわ。これ以上は風化が進んじゃう」
「数少ない椅子だからねえ。なら、ティータイムはここまでとしよう」
少女が座っていた椅子は、先ほど飲んだ紅茶がこぼれ落ちたかのように湿っていた。もともと上等なものであったのであろう、しかし今はその絵柄からワタがはみ出ている椅子は水気を帯びている。しかし、おかしい。先ほど少女は確かに紅茶を口に含んだ。そこから零れ落ちるような事は一切なかったはずなのに。
しかしそんなことは露とも気に留めず、二人は当たり前のように片付けを始めた。
ふと見回してみると、電気も通っていない部屋だ。
薄汚れた壁紙はところどころ剥がれかけている。電球は割れ、埃をかぶっていた。豪華なシャンデリアの幾つかはきらびやかな金をくすませている。そして、食卓を囲んでいた二人の周囲には―――似たような劣化した家具しか無い。
「おや」
側頭部以外が禿げ上がった老人が声を上げると、髪の長く赤いリボンが目立つ少女もピクリと耳を動かした。彼らの視線はこの館の入り口の方へと向けられている。しかし、しかしだ。こんなところでこの組み合わせの人間が居るなどと、本当に妙なものだ。確かにこの時間で前門へ辿り着いたのはハマゴたちだけだが、ここは「廃館」。
森の洋館と呼ばれる廃墟のはずなのだ。
「お客様か。久しぶりだねえ」
「今度は招かれざる客か、それとも彼の言っていた本当のお客人か。楽しみねおじいちゃん」
「ああ、だが万が一もありうるからな。彼の言っていたことが本当なら相当の強者のはず。ここは、“いつもどおり”といこうじゃないか」
「そうねおじいちゃん。“いつもどおり”に歓迎しましょう」
監視カメラも無い。だからといって、彼らがポケモンから情報を受け取ったわけでもない。ただ、それが当たり前のように彼らは、生きた人間の気配を感じ取る。それは彼らが生きた人間が持っているものを既に失っているから。かつての残骸の一つですら持ち合わせていないために。
立ち上がった少女は口をOの字に開けて声を出そうとして、すぐさまその華奢な手で自らの口をふさいだ。
「――――おっと、彼が言うにはどこに耳が在るかわかりませんものね。お客様が来ている以上口に出せませんわ」
「そのとおりだとも、気をつけなさい。さあ、部屋に戻って待っていなさい。ワシはお茶の後片付けをしておくからね」
「そうね。私はあの子の隣の部屋に居るわ。もし、彼らが
「ああ、ああ。勿論だとも。それまでゆっくりしてなさい」
すっ、と少女が消える。
残された老人は台所へとカップの中の紅茶を流すと、ボロボロの布巾で水気を拭き取りカップを戻す。そのカップやソーサーも、よくよく見れば模様は削れ、取手が欠けている。陶器がここまで傷んでいるということは、よほど手入れも何もされていなかったのだろうか。
それらを用いて、お茶を飲んでいたこの二人は一体何者なのだろうか?
老人がティーポッドを手にとった瞬間、「お客様」はこの食堂へと足を踏み入れた。
少女
赤いリボン、肩まで届く黒髪ストレート。そして白いワンピース。
目元は髪で隠れて見えないが、見た目の歳相応の無邪気さと高い声。
老人
側頭部以外が禿げ上がった頭。眉で隠れた目。白いシャツ、緑の半纏。
何かと少女を気にかけたような言葉遣い。声は老人特有のしわがれたもの。
もりのようかん