気持ち短めです プロットははじけ飛びました
張り付いた汗の気持ち悪さよりも、疲労による動悸なんかよりも、圧倒的な焦燥感が胸を突いて痛みを訴えかけてくる。底冷えした鳥肌が背筋からせり上がるような恐怖。ごまかすように、声帯から出てきたのは幼く声変わりもしていない子供らしい叫び声。
「ロコン!!! どこだよ! 返事してくれよ!!」
洞窟の中に反響する幼い声。
溜まった疲れを吐き出すように、膝に両手をついてその子は立ち止まった。
懐かしい。そして、何故だろうか。
あの感覚が蘇ってくる。
記憶の中に埋もれていった、今そのときにしか味わえない感覚。
匂いが、湿気が、痛みが、土を踏む感触が。
だけどそれらは自分のものでありながら、自分が今感じているものではない。
目の前に見せられているから、思い出したのだ。
忘れるはずもない大切な記憶の中に、仕舞い込んでいた感情を。
『……俺?』
つぶやきは響いていかなかった。
自分の中に消えて行って、踏んだはずの岩の尖りは靴を通して伝わってこない。
当然、目の前の子には彼の声は届かない。彼の姿も見えていない。
当たり前だ。なんたってこれは、紛れもなく彼の記憶なのだから。
けれども、おかしいことが在る。これが記憶というのなら、こうして第三者の視点から見れるはずがないのだ。人間は、前についた2つの眼球からでしか、光の情報を読み解けない。幼い自分の後頭部を見ることは、たとえ昨日の真新しい記憶を引っ張り出していたとしてもできないはずのことなのだ。
『アンノーン……そういうことか』
「ロコン! クソッ、マグマ団め!!!」
駆け出した少年。反対に、壁により掛かるように座り込む青年。
そして座っているはずの青年はスルスルと滑り出した。再び駆け出した少年こそが世界の中心で、彼はそれを固定されたカメラ越しに見ているかのように。
だが、おかしなことに、カメラを通しているわけではない。まるで過去の世界に来てしまったかのように、彼は記憶のその中に存在しているのだ。
『ロコンがいなくなったんだ。俺が目を離しているすきに。その時、マグマ団って奴らが噂になり始めてた。フエンでも街頭演説をしていた、過激な自然保護団体。反対意見を言う奴らには、特別乱暴そうなやつが殴りかかって黙らせてた。組織としてまとまりきって無かった頃のことだ』
―――こーん
「ロコン! そっちか!!」
『一日たっても見つからなかった俺はマグマ団を疑った。だからこうして、俺は探しに来た。マグマ団を追いかけて、木の上を移動して、野生の鳥ポケモンに協力してもらって、気づかれないように。奴らのアジトの一つを突き止めた。…貧相な道具を持ってヒーローにでもなった気分で』
視点が切り替わる。
洞窟のような場所から、人工的な壁やテーブルなんかが見受けられる部屋。
何よりも目を引いたのは数多のポケモンが雑多に入れられた幾つもの檻だ。
小さいポケモンは鉄網の小さい箱に押し込められて、大きめのポケモンは丈夫な鉄格子に押し込められ、グラエナなんかは口を開けないよう拘束具をつけられている。
その中に一匹、箱のような機械から伸びる拘束アームに捕らえられているポケモン……少年のロコンがいる。
顔色を変えて、少年はその眉間にシワを寄せた。溢れ出る憤怒を握り込む拳の中に押さえ込んだ少年は、ポーチからスカーフとゴーグルを引っ張り出して、自分の顔に装着した。
そして机の影から機会を伺って、研究者らしい大人と、文句を言っている女の会話を、気づかれないよう呼吸を抑えながらに聞き続けた。
「……それで、できたんでしょうね」
「まだだ。大体貴様らが捕まえてくるポケモンは統一性がなさすぎる。データを取ろうにも一つのパターンしか記録できないのだ。対照実験もなにもあったもんじゃない!」
「アタシ達に文句言ってるの? あんたごときが図に乗るんじゃないわよ!!」
「平団員程度が舐めた口をきいたものだな! いいか! 貴様は指示通りに私たちに必要な実験体を連れてくればいいのだ! それを自分の興味本位で適当なポケモンを連れてきたところで、研究が進むはずがないだろう!」
「団長には内緒だからってビビってんの!?」
「時間をかけるだけヤツの耳に届く可能性があるんだ! わからんのか!」
「この…ッ!」
至極まっとうな正論に激昂した女が腕を振り上げた途端、視線は女一人に集まった。
少年は今だと思ったのだろう。ポーチに入れていた透明感のある玉を投げつける。
もうもうと立ち込める煙がこの小さな部屋の中に充満していく。
「なんだ!?」
「けむり玉だ! こんなところで誰が投げたんだ!! 機器に余計な染みがついたらどうする!」
「のんきなこと言ってる場合か! 侵入者だろう!」
部屋にいたのは、研究者と女を含めて4人。
最初は侵入者を伝える内線電話を取ろうとしていたが、煙が顔の方にまで立ち上ってきた瞬間、彼らは全員が目を剥いて苦しみ始めた。
記憶の中のハマゴは思い出す。この時に使ったけむり玉の正体を。
『フィラの実をけむり玉に混ぜ込んだ、いたずら爆弾だったか。漢方屋に忍び込んだ時に、もらったきのみを使ったんだったな。そして人に使うのは初めてだっつうのに、俺も随分とヒデェ選択をしたもんだ』
フィラの実は確かに人の粘膜には恐ろしい影響を与えるが、記憶の中の少年はポケモンたちはこの程度では怯むくらいだろうということを知っていた。そして、助けるべき相手を最初から決めていたこともあって、ロコンの救出は難なく終わる。
『だけど――こっからだったな』
少年の腕の中には、ぐったりとして呼吸以外は動こうともしない、ロコンの弱りきった姿があった。真っ先に浮かぶのはジョーイさんのいるポケモンセンター。あとは帰り道を全力で駆け抜けて、このアジトを抜けるだけ。
ある程度聡明な少年は、しかし少年らしい発想を抜けることはできなかった。
また、場面が切り替わる。
景色はロコンを探して叫んでいた時の洞窟だ。
少年は前後をポチエナとズバット、そしてトレーナーであるマグマ団員の2人に挟まれている。
青年ハマゴは、そうだな、と頷いて過去の映像をつとめて冷静に見ていた。
彼が壁に背中を預けた瞬間、指示を受けたポチエナが少年めがけて噛み付こうと口を開けて飛びかかった。
「っこのぉ!!!」
近くにあった石を手にとって、ポチエナの口に突っ込ませる。
勢いまでは押し殺せず、ロコンを抱えたまま少年は転がるが、開いたまま石が引っかかって顎が閉じられなくなったことで同様するポチエナの姿があった。
「ガキが!」
「ぐぁっ!?」
だが、これは人を襲うだけあって純粋なポケモンバトルなんかではない。自分のポケモンが無様な姿にされて怒りを見せたマグマ団員が、走り出した勢いのまま少年の背中を蹴り上げたのだ。
大人の力と堅い靴が組み合わさった蹴撃が、少年をかつて無い痛みの渦中に放り込む。
「ちょうおんぱ!」
「ぐ、あああああああああああああああ!!!!」
次いで放たれるズバットの超音波攻撃。だが狙いはロコンではなく、これまた少年自身。超音波は普段人間の耳には聞き取れないものでしか無いが、ポケモンのそれは使いようによっては相手に多大な不快感と頭の割れそうな痛みを与えるのに適した攻撃となる。
人間、いや生物に使うにはあまりにも非道な技。だからこそそれらを「バトル」という形に落とし込み、白熱する競い合いに発展させたのがポケモンバトルというルール。
それらを無視し、バトルの名を借りた原始的な暴力は、少年という力のない存在の命を確実に蝕んで行こうとしていた。
その場にうずくまった少年に、再び襲ってくるマグマ団員の鋭いヤクザキック。靴の裏が少年の頬にぶち当たり、彼の口の中には血の味が広がっていった。乳歯が2本ほど折れ、口の中が切れたのだろう。溢れ出た血流が口の端から垂れている。
まっとうな感性の持ち主なら、ここで切り上げたかもしれない。だが相手は過激派という名を借りた、相手をいたぶることに快感を覚え、自分よりも弱いものを手ずから痛めつけることを至上とする。更にはソレを実行してしまうような救いようのない連中だった。
ついに少年の腕を離れたロコンには見向きもせず、大人たちは地面に這いつくばる少年を足でこちらに向けさせ、その腹に遠慮のない蹴りを叩き込んだ。
胃の底から湧き上がってくる胃液が、ゲロになって少年の口から溢れ出てくる。
血混じりの胃液は口の中の傷口を酸で痛めつけ、もはや形容し難い痛みが彼の全身に襲いかかっていた。
「っははははは! こりゃいいぜ!」
「おいどけ、俺にもやらせろ! さっきの煙がまだ目にきてやがんだ……よっ!!」
少年の脇腹に、下衆な男のかかと落としがめり込んだ。
目が飛び出そうなほどに見開いた少年は、再び嘔吐と共に血混じりのゲロを吐き出し、洞窟の地面を汚していく。ズレた洋服からは痛々しい傷跡が見えている。
『……ここで思ったんだったな。暴力には暴力で応えてやればいい。ああ、そうだ。気に食わねえやつは見下して、殴り倒して更生させる。しなかったらそういうやつも居るってことだ。そう思うようになった。……こいつらの顔、改めて覚えたぜ』
あくまで冷静に、この光景を眺める青年ハマゴ。
よろよろと立ち上がろうとする少年の手ごと、立派な黒い靴が踏み潰す。
「があああああああああああああ!」
瞬間、獣の唸り声が洞窟に響いた。
気づけばロコンが立ち上がっている。だが、もはや死に体だ。
あの実験で何が行われていたのか、今となってはハマゴは知る由もない。だが、ほんの1日見ないだけで立ち上がる気力すら奪われるほどの過酷な状態にされたというのは分かる。
……それでも、ロコンは立ち上がったのだ。
「ぐるるるるる……」
「ん? おやおや、お目覚めだぜ」
「やれ、ズバット!」
決死の努力を無駄にするかのように、「遊び」に興じていた主人を眺めていたズバットが、その命令により無情な攻撃を仕掛けようとする。
だが、ロコンは黒い瞳の中にドロドロとした憎しみを混ぜ込んだまま、獰猛な衝動に任せていた。痛めつけられ、ボロ雑巾となったそれは、たしかに主人の青い髪をしていたのだ。確かにあの、エネルギーを感じさせる声をしていたのだ。
目覚めたこの時まで、守られていた借りを返さなければならないのだ。
それが
「るるるるああああああああ!!」
飛びかかってきた無防備なズバットの翼に噛みつき、勢いを殺さずに振り回して投げつた。その先は当然、主人を痛めつけていた男たちの方。
限界を超えた膂力が生み出した力と、飛んできた速度がそのまま加わって、まるでカイリキーが砲丸を投げたときのような凄まじい速度でズバットがきりもみして男に当たる。
全くもって狙い通りの顔面にズバットが叩きつけられ、突っ立っていた男は顔面に加わった衝撃を殺せない。当然、そのまま後頭部から地面に倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。
「こ、このド畜生ごときがよお!!!!」
ポチエナは未だに戦闘不能だ。所詮少数派の、しかも下っ端でしかない男にはポチエナ一匹しか手持ちが渡されていなかった。故に、この男はポケモン――しかも憎しみと怒りに燃えたぎる復讐の鬼となっている相手――に殴り掛かるという、あまりにも愚かしい選択を取ってしまった。
その返礼がこうだった。
ロコンの憎しみとともに燃えたぎった「ひのこ」が男の全身に着弾。もはや火の粉を超えた火炎とも似つかぬそれが男を圧倒的な熱の地獄に叩き込んだ。
少年や、これまで痛めつけてきた相手の痛みなど知らず、のうのうと生きてきた男はこの瞬間、傷つけてきた誰よりも深い傷を全身に負うことになる。死にはしなかったが、全身を大火傷にさせられた男がこれ以上立ち上がることは無かった。
『ロコンは、もともとそんなに懐いてたわけじゃなかった』
ロコンが傷だらけの少年――過去のハマゴの元に擦り寄った。
ただただ、主人を案じるその瞳には、憎しみに代わり、慈しみの色が浮かんでいる。
「ロコン……ぅ、じで……よが……」
このままだと、少年ハマゴの命も危ないだろう。
だが、非力な自分では主人を引きずって行くことしか出来ない。そして今ソレをするというのは、消耗させて命の危険を増やすだけだ。
出来ることが、そばにいる以外何もない。
『だけど、この瞬間にこいつは俺を認めた。そして俺も、こいつが守ってくれて心残りは無いなんて馬鹿なことを考えてたな』
ズバットを叩きつけられた男が、壁からずるりと倒れ込んで地面に伏す。
その瞬間、大きな一つの石が転がってきた。
『だけど案外――この世界にゃ奇跡も報いもあるらしい』
燃えたぎる炎を閉じ込めたような石。
火山の洞窟だ。埋まっていないほうがおかしい。
一部のポケモンに反応し、奇跡を生み出すその石を、
人間たちは「炎の石」と呼んでいる。
『……そして俺は、傷に対して深く学んだ。命ってもんがどんだけ安いかを知った。その上で、その道を行こうとした。何よりも命を預けあったこいつと一緒に』
ハマゴは、記憶もなにもない、真っ暗な空間に一人で立っていた。
自分の口から溢れる言葉は、もはや半分以上が彼の意思に反して出てきていることに気がついていたが、逆らうつもりも何もない。
嗚呼、そうだった。
自分の始まりは、こうして行われたんだな、と。
片時も忘れるはずがなかったのに、毎晩思い出していたはずなのに。
それでも色褪せてしまっていた。
あの時の誓いを今一度見たことで、蘇ってきた炎が揺らめいた。
『俺は、ポケモンドクターになる。誰かを、何かを傷つけちまったとしても、その先で何もかもを“治す”事ができるドクターに。一人じゃねえ、当然、俺はあいつと一緒だ』
暗闇の中に生み出されたのは、彼を囲う6つの炎。
『目に見えた範囲を治療する、無心で癒やしを提供する……その程度じゃあ、満足できねえよなあ』
炎がやがて分かたれて、9つの青い炎となって旋回していた。ハマゴを追い詰めるようにゆっくりと、近づいてきたそれを、彼は両手を開いて受け止める。
「なぁよお」
ズイの遺跡の最奥で、似つかわしくない真っ白な毛並みと真っ白な衣が揺れていた。
「そうだったな。迷ってる暇なんざ、なーんもねぇよなあ」
ぽん、ぽん。
彼が抱く首元の毛並みを叩けば、心地の良さそうな唸り声。
「キュウコン。俺はやるぜ。シンオウだろうがホウエンだろうがやることは一つだ。途中で何かがあったとしても、そこだけは変えちゃいけねえよな」
頬を伝う一筋の光。
毛並みに溶けていったそれは、涙と言われるものだった。
「くだらねえこと言っちまったな。さ、帰ろうぜ」
ポケモン映画見に行って
荒んだ心を涙とともに流してきました
続きを稼ぐために過去編にしたのに一話で終わってしまった
なんかゴローンみたいな心の形になったけど
私は元気です まr