荒廃した世界、そこに降り立った軍神チュールはハルカと出会い、夢中になってしまう。
神様が少女に惚れこむという、まるで夢のような物語です(笑)
漫画の原作のつもりだったので、文章はいいかげんで記号も使ってます。
修正がめんどうなのでこのまま公開します。2004年7月 2稿目。それ以前の一稿めができばえはよかったと思うのですがデンパンが閉鎖のため、データ消えてます。

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前編

 ソドムとゴモラ。

 旧約聖書にでてくる、色と欲の町。

 アブラハムの子、ロトが目にしたものは・・・・・・大量の肉を頬張り、傍らには女を抱いて下卑た笑いを浮かべる金持ちら。

 

「なんということだ、なんということだ。これでは神の怒りに触れてしまう」

 

 そう考えたロトの智恵。

 すべてを破壊し、そしてまた、創造する力・・・・・・。

 天の父テトラグラマトンの力をふんだんに使い、支配をするのは――ロトだった。

 

  

 しかし、テトラグラマトンの力は、ロト以外のものが使うと肉体が崩壊すると言った秘術を施している!

 ゴーレムと呼ばれる土人形、ソドムに命令し、ロトに背くものは破壊させていった。

 そして創造のゴモラによって、命を育む。

 まるでそれは、魔法だった。

 

 赤い血で家の戸に印をつけるよう、ロトが自分の信者に言いつけたのは・・・・・・間違えて襲わないためだったのだろう。

 一夜にして滅んだ、享楽の町。

 その廃墟の町にはやがて、悪霊、そして盗賊が住み着いたのだという。

 

 ロトは自分が神であると言った錯覚を起こしたのか・・・・・・。

 そのうち、ソドムとゴモラとを好き放題に操って、やがて自滅したと、吟遊詩人から伝え聞く。 

 

 

「それにしてもなぁ、チュール」

 と、神々をまとめている神の王、オーディンが補佐のチュールに尋ねた。

「はい、なんでしょう」

「人間というのは、ひとつでも、たががはずれると、あとのことはどうでもよくなる生き物らしい」

 オーディンはウルズの泉(過去を見せる魔法の泉)から古代に生きていたロトの様子を見せた。

「ああ、ロトですね」

 チュールが言うと、オーディンは肩をすくめた。

「しかたないですよ。人間は欲望のつきない生き物です、我々とて例外ではありませんよ」

「さようか」

 チュールの嫌みに少々立腹気味のオーディン。

「神とて・・・・・・メシを食わずには生きられぬ。酒を飲まずにいられぬ、でしょ。オーディン」

「うっ! ・・・・・・お前には、かなわない」

「恐れ入ります」

 チュールは失った右手の変わりに、左腕を頻繁に動かす。

 彼の右腕はロキの子フェンリルに咬みちぎられ、いまでは左腕だけが残っていた。

 腕がないことを気に病んで、自殺を考えたチュールだったが、それを止めて励ましたのは、オーディンだった。

『バカなことを考えるな。生きてたら、いいこともある、それがたとえ、隻腕の騎士と何かを含んだ言われかたでも――』

「オーディン様・・・・・・」

 過去を想い出しながら、チュールは瞼をあけた。

 目の前に腰を据えるオーディン。

 チュールは『王者の剣』といわれる、巨大な聖剣を肩にかつぎ、ヴァルハラの王宮をでていった・・・・・・。

 

 ここヴァルハラでは、空を見あげたら、あかね差した鰯雲が見える。

 ヴァルハラ――死者の暮らす神々の国。

 人は死んだらここにやってくるのだ。緑多い住み易き場所とも言われる。

 ところで、チュールには地上界で気になる人物があった。

 髪の毛を乱雑に削ったショートヘアの娘。

 ハルカ、とほかのものが呼んでおり、利発そうな顔をしてもいた。

 チュールはユグドラシルという、九つの世界を支える大樹に寄りかかり、根っこにできた泉からハルカの様子を見つめている。      

「たしかに生きていて間違いはなかった」

 とチュール。

「生きていたおかげで、あの子の存在を知ることができた。何のかんのいって、やはりオーディンは偉大だな」

 悪辣な王、と忌み嫌われるオーディンだったが、チュールには尊敬できる。

 人の魂を選定し、勝手に殺すと言った行いは端から見れば横暴だろうが、チュールには理解できた。

 オーディンは一時期、ラグナロクの頃、焦って魂を集めていたのだ。

 逆らえない運命。

 だが――その逆では人間を、ろくでもない運命から救い出そうという、正義的思想を持ち出し、選別したものをヴァルハラに呼び、宴につきあわせた。

 

 

「神であっても、決まってしまった運命からは、逃れられないんだよ・・・・・・つまり死、からはね」

 

 それはチュールの口癖だった。 

 

 

 「この先行くと、三十世紀にはまず間違いなく、飢饉がおとずれ、世界は壊滅状態」

 飢饉ならば古代から中世、近世の祖先らが経験してきた。

「今時飢饉なんてさー、愚の骨頂だと思わないっすか? 三十世紀ならなおさら、ありえなーい話じゃ」

 ハルカは髪の毛をかきむしる。

「いやいや、市ノ瀬くん。なかなかどうして、飢饉というものは侮れない」

 四十代半ばの教師がハルカに答えた。

「そう・・・・・・どうして飢饉が乗り越えられたかだが」

「あ、いや、もう帰りたいんで」

「歴史の成績が悪いんじゃなかったのかね・・・・・・」

 ハルカはぎくりとしたが、すぐ立ち直り、

「別にかまいませんよ。テキトーな大学に入ったっていいし」

「お、おめーな・・・・・・」

 青ざめた顔の教師を職員室に放置し、スキップしながら校舎を出て帰っていくハルカ。

「じゃーねぃ、さよぉならぁ」

 夕暮れ近い校舎に挨拶をする。

 次の瞬間、空間がねじ曲がった・・・・・・感覚をおぼえ、吐き気がした。

「なに!? これはいったい」

 ハルカは立っていられずに地面へと這いつくばった。

「穴・・・・・・」

 ハルカの足下から、冷たい風が吹き荒れ出す。

 ぽっかり空いた巨大な穴。

 いつの間に誰があけたのだろう、とハルカはよけいなことに気を取られ、その穴にはまって落下する!     

 

「何が起こったと」

 チュールはハルカが未来の荒廃した世界へ送られるのを、黙ってみているほど、冷血な男ではなかった。

「あの魔術師か。ドルイドとか言う・・・・・・」

 ドルイドは紀元前からあるケルト魔術師の末裔。

 唇を噛んでチュールは魔術師の部屋に飛び込んだ。

「どういうことか、貴様」

「軍神チュール様。ごきげんよろしう、ひっひっひ」

 水晶玉にたいまつ、床に描かれた魔法陣。

 そして机には散乱した魔道書。

 チュールは思わずドルイド僧につかみかかった。

「てめえ、どういうことだこれはっ」

「あんたの望みを、かなえたまでさ」 

 ドルイドはにんまり笑う。

「なにっ!?」

「あんたはあの小娘が気に入ったんだろう。だからワシが、変わりに呼んでやったのさ。せいぜい、かわいがってやりな」

 ――しまった!

 チュールは舌打ちする。

 ――こいつ、俺の心と記憶を読んでいたんだ。

 ドルイド僧は人の心を読むことが得意で、同時に魔術や予言などの力も長けていた。

 なので、チュールの思考を読むなど、たやすいことだった。

「よけいなことをするな! 貴様など、すぐにくびだ」

「オーディンさまですよ、このワシを呼んだのは・・・・・・」

「俺はそのオーディンの腹心であるぞ。俺の言葉ひとつなんだよ、おぼえておけ」

 ドルイド僧は、鼻を鳴らしてチュールを見送った。

「ふん、忌々しい小僧。貴様などこのヴァルハラにいられなくしてやる」 

 

 

 

 

 

 ※ ケルト神話で『ゲッシュ(禁忌)』をだすのも、たしかこのドルイド。

『クー・フラン(ホリン)』伝説では、最悪なことに英雄が血まみれになって死んじゃう。

 ドルイドはホリン(幼名セタンタ)の名付け親でもある。

 

 

 

 

 

 

 「ヴァルハラに・・・・・・いられなくしてやる? どちらが生意気な」

 チュールは剣を背中に背負ったまま、廊下を足早に歩く。

「それより、ハルカが気になって仕方ない」

 チュールは廊下の中央で立ち止まり、しばし策を練った。

 

 一方でハルカは、荒廃した大地の真ん中へ放り出され、面食らってしまっていた。

 土は乾き、水たまりと思いしものは、油田であった。

 草も、木も、――緑がひとつもなく、空を仰げば化学汚染された光化学スモッグが、雲となって漂うばかり。

「そんな・・・・・・ばかな」   

 ハルカはここで、教師に教わった言葉を想い出す。

『三十世紀には、大地が荒廃し、飢饉が・・・・・・』

 ということは、とハルカは息をのむ。

「まさかここ、三十世紀!?」

「そのとおり」

 声がしたので驚くハルカ。

「びっくりさせて、ごめん。僕はファブリツィオ。リッツでいい」

「リッツ・・・・・・。ここホントに三十世紀の未来なの?」

 ぼろぼろの一軒家にハルカを招くリッツ。

 その部屋には何もなかった。

「僕はこの世界でたったひとりの人間なんだ。僕のほかには誰も生きちゃいない」

「水や食料は、どうしてるの」

 リッツは首を横に振った。

「飢えそうなんだけどね・・・・・・」

『どうやって飢饉を乗り越えたか、なんだが・・・・・・』

 ハルカは悔やんだ。

 教師の言葉を最後まで聞かなかったこと。

 もし聞いておけば、少しは役に立ったかも知れない、と。

「リッツ、畑を作って耕すことも無理?」

「掘ってもでてくるのは、油田だけだ」

 ものは試しとハルカは、おかれたままの鍬で大地を掘ってみた。

 しかし、鍬にこびりつく、真っ黒などろりとした物質。

 腐敗したオイルだった。

「だからいったろ・・・・・・」

 ハルカは自分が飢えて死ぬのかも知れないと、急に不安になってしまう。

「私のいた時代は、なんとよい時代だったのか・・・・・・」

 ハンバーガー、おにぎり、冷凍食品、ファストフード!

 生活は電気、ガス、水道となんでもある。

 そんな時代にうまれ、育ったハルカは、『飢え』というものをまるで知らなかった。

「私をもとの時代へ帰して!」

 と、リッツに泣きついても見たが、それがムダであることをわかっていても、ついやってしまう。

 人間は愚かだと、倫理の時、教師が言っていたっけ。

 わかっていても、行う行為があると。

 それが、ぎりぎりの精神で行われる――戦争と呼ばれるもの。

「まさか」

 ハルカはこの様子で思いつくことがあった。

「リッツ、もしかして世界がこんなになったのって・・・・・・」

 リッツはハルカが思った通りの答えを言った。

「核戦争が、あったんだ・・・・・・」    

 

「僕は物心ついた頃から、兵隊として訓練を受けていたんだ」

 リッツの住んでいたぼろぼろの小屋には、生活を感じさせるものは何一つなかったが、その代わり武器弾薬なら、山ほどおかれていた。

「風も弱くなり、とうとうやんでしまった。もう二度と、風が吹くこともなくなった。山もなくなり、海も・・・・・・じつはそれらのものは、ヴァーチャルでしか見たことないんだ。僕が産まれた頃、既に自然という自然は失せていたからね」

「ヴァーチャル・・・・・・」

 ハルカが言いかけたとき、表から物音がした。

「誰?」

「おかしい、僕らのほかは、誰もいるはずがないのに」

 リッツが銃を手に取り、外へ出ていく。

 だが、既にその誰かは逃げ去ったあとだった。

「くそっ」

 リッツは小屋に戻ると内側から鍵を閉める。

「盗賊?」

「わからない。油断は禁物だな」

「・・・・・・そうね」

 ハルカはのどの渇きと空腹に襲われて、めまいをおぼえた。

 しかし、この世界でできることは何もない。

「お腹空いた」

 思わず口にした言葉だった。

「耐えるしかない」

 とリッツが言った。

「大地を耕すことすら、不可能なのに・・・・・・」

 ハルカは何かに気づき、窓から外をのぞいた。

「おい」

 それからハルカは、鍵をはずし、外へ出る。

 すると――地面からきれいな水がわき出ているではないか!

「誰がやったの、これ」

 ハルカは奇跡だ、と思った。

 リッツはそれが奇術かトリック、もしくは見慣れたヴァーチャルではないか、と我が目を疑う。

 だが、それは本物で、ハルカとリッツの喉を潤してくれるのだった。

「神様のおかげ・・・・・・」

 ハルカが口にした神は、おそらく曖昧な表現で言ったことだろう。

 奇跡を行うものイコール、神と定義すること。

 一般社会においてもそうするものは多い。

 しかし・・・・・・その行いは、たしかに水を創ったのはほかならぬ『神』だったが、それは神としての意志ではなかった。

 癒しと農耕の神、そして軍いくさの神チュールの行い・・・・・・。

 それは、ひとりの娘を愛した、男としての行いだった。 

 

空腹を満たしたあとは、健やかな眠りが訪れる。

 これが、動物としての人類の本能だったが、しかしじつは、もうひとつ存在してもいた。

「俺たちはたったふたりで、これから先も生きなければならない。子供が欲しい」

「冗談やめて。なんで私があんたと子供つくらなきゃならないの」

 ハルカはリッツを振り払い、逃げだそうとするも、リッツの腕力にはかなわず、ハルカは必死に叫んで、助けを呼んだ。

 チュールはハルカを助けに、中へ飛び込みたくてたまらなかったのに、それができなかったのは、神は人間の前で姿を見せたらいけない、という掟があったからだった。

「ゆるせ、これも決まりなんだ・・・・・・」

 そのかわり、チュールがひとつだけ行える行為があり、それは、間接的にリッツに攻撃をくわえることだった。

 つまり、魔法である。

『ティワズ!』

 とチュールは、ゲルマン読みした自分の名前を唱え、ルーン文字を空中に描き、するとハルカの身体に力がみなぎり、リッツを突き飛ばし、逃げ出すことができた。

「それにしても、いったい誰があの水と言い、今のあの力だって・・・・・・」

 ハルカは首をひねるばかり。

 陰からこっそりハルカを見守るチュール。

 リッツは痛めた頭を押さえ、ハルカを捜すために銃を手にした。

「あのやろ〜。ハルカにあんな力があるとは想えねえ。きっと誰かが・・・・・・そうか、水を創ったヤツだな! あいつら、グルになって、オレのことバカにしやがって」

 

 

 

 思いを遂げることのできないことがリッツにはストレスと化して、ハルカへの気持ちはやがて、殺意へと変貌する。

 

 

神は人間に姿を見せないもの。

 しかし異例もあって、それがオーディンの地上に現れるときの姿。

 つまり変装である。

 オーディンは実年齢より老けた格好で現れ、腰を曲げて英雄の前に現れ、運命を告げるという。

 チュールもいっそ、オーディンを真似て変装し、ハルカに会おうかと考えたが、オーディンに逆らわないチュールは、その代償が恐ろしかった。

 代償とは、規則を破った罰である。

「逆さ吊りの刑なんて、俺はイヤだな・・・・・・」

 油断していたせいか、急激に眠くなる。

 

 ――いけない! 今眠っては、リッツかハルカ、どちらかに見つかってしまう!

 

 チュールは剣を杖代わりにしながら立ち上がると、荒れ果てた大地を見回し、身を隠せる場所がないか探す。

 ないと知ると、自ら創る。

 煉瓦を魔術で出し、引っ張ってきて、小さなドーム型の小屋を造り、その中に寝転がった。

「ちょっと狭いが・・・・・・」

 

 

 

「アルケミスト・・・・・・」

 の声に、チュールは思わず飛び上がる。

「だれだ、ノルンの女神か、それとも、オーディン?」

 煉瓦の隙間からこっそりのぞくと、そこにいたのはなんと、ハルカだった。

 チュールの心臓は口から飛び出さんばかり。

 ――どーしよう、バクバク言ってるぜ、俺の心臓!

「あのう」

 とハルカが言った。

「助けてくれたの、あなたでしょ。それと水をありがとう」

 彼女の声はうわずっていて、どこか恥じらいを見せた。

 その様子がたまらなく愛しく、チュールはますます夢中になり、ハルカの声を聞き漏らすまい、と集中する。

「聞いたことがある。あなたは『アルケミスト』、錬金術師でしょ。世界史で習った。古代エジプトが発祥地で・・・・・・だったかなぁ。原子変換させることができる、奇術師・・・・・・」

「違う、俺は奇術師じゃない」

 ――あっ。

 うっかり返答してしまったことに、しまった、とチュール。だが遅かった。

「違うなら・・・・・・誰なの? 私、あなたがたとえ悪魔でもいい。私を助けてくれたことに変わりがないんだから!」

 ――悪魔と一緒にするな;

 チュールはたまりかねて、煉瓦の家を突き崩し、外へ出た。

「やはり外がいい・・・・・・」

 這い出してきたチュール、ハルカと見つめ合った。

「白い・・・・・・」

 とひとこと言ってから、ひれ伏す格好でぐったりした。

「見たわねっ」

 ハルカはスカートの裾を押さえて悲鳴を上げる。

「見るつもりは、なかったんだよぉぉ・・・・・・」

 ああ、チュールの弁明(汗。  

 

「悪魔じゃないなら・・・・・・なんなのよ」

 ハルカはチュールが作り直した煉瓦の家で、膝を抱えてむくれている。

「どうして教えてくれないのよ」

「規則だからだ。文句言うな」

 薪をくべながらチュールが笑った。

「規則ってなんなの?」

「教えられない」

「ずるい!」

「するくねえって;」

 こんな調子で、出会ってからずっと押し問答の繰り返し。

 チュールはそろそろ、本気で眠りたかった。

 だがハルカの質問責めは、朝になっても終わらないだろう、と予想できる。

「頼むから、寝かせろ;」

「答えてくれたら、寝てもいいわ」

 チュールはごまかすために、嘘の職業を告げる。

「俺は・・・・・・妖怪だよ、妖怪」

「・・・・・・ふーん」

 チュールの全身を、冷や汗がだらだら流れていく。

 ――ばれませんように、ばれませんように。

 

「妖怪って水を創れるの?」

「もちろん」

 と答えておくことしかできない自分が、実に嘆かわしいとチュール。

 ――なぜだ? 俺は尊い神・・・・・・のはずなのに・・・・・・。

「これでいいだろう? もう解放してくれ・・・・・・眠い・・・・・・」

 チュールはそのまま地面に突っ伏した。

 あの、水を創り出す魔法は、チュールにとってとてつもなく精神力を使う行為だった。

 重油を清らかな水に原子変換させる魔法――それは錬金術にも近かった。

 

 一の物質のものを一以上にも、以下にもできないとされるのが、ヘルメス学の基礎であった。

 従って、世界は一、神も一の性質を持つので、すべては一である、と定義されてきたのである。

 簡単に説明すると、鉄を金に変えるという行為、すなわち錬金術は、その術を不可能のままサイエンスへと姿を変え、現代に継承されたのである・・・・・・。

 

 人の性質もエレメントも、すべてが一。

 したがって、十になることなど不可能だと。

 

 ところがチュールの魔法は、重油という一の物質をまるまる別のものに変えてしまった。

 これが人間の言う『奇跡』である。

 それだけに、チュールの精神力は相当弱っていたのだ。

 

 現実の神の魔法も、たとえばイシスなどの魔法も、それと同じで、奇跡を起こせた。

 

 生命を育むというシステムは、いわば奇跡の連続でもある。

 原子変換、農耕の魔法、セイズと呼ばれるその魔法は、古代ゴートの頃から伝わってきた、最後の秘術でもあった。

 

 ハルカはなんとなくだが、チュールが何者であるかを悟ってきた。

 わかってきていても、それを隠すチュールがかわいそうで、言い出せなかっただけなのだ。

 

「お休み、チュールさん」

 

 ハルカもまた、チュールの隣で眠りに落ちていく。 

 

水を飲むことで、なんとか感情を制御しつつあった、リッツ。

 しかし喉が潤ってからも、やはりハルカを捕らえたかった。

「ちくしょう。ハルカ・・・・・・。それともうひとりの野郎も、ぶっ殺す!」

 水を袖でぬぐってから、リッツは銃を手に取った。

 チュールはリッツの殺意をいち早く察知して、ハルカを隠さなければ、とあわてて行動に移す。

「ここは危険だ。ずらかるぞ」

 ――いざとなったら、コイツで・・・・・・。

 チュールは剣を引き抜いて刀身を見つめた。

 ぎらり、と太陽に反射するその真っ青な剣は、透明の、まるで鏡のような妖しさを秘めていた。

「こいつの名は、バルムンク。古代、様々な勇者の生き血をすすってきた、いわくつきの剣さ」

「でも」

 ハルカはここで、つっこまずにいられなかった。

「剣が使われなくなったのは、火器や銃器類が発達したため、じゃなかったっけ。リッツは未来の人間で、二十一世紀の私がいた世界のものよりずっと、進化した武器もってたじゃない。勝てる確率なんてあるの?」

 チュールは真っ赤な顔をしながら、低くうなる。

「どうしたの」

「うるさいっ! お前は黙って俺についてくりゃいいんだよッ」

 怒りんぼのチュールは、ハルカの腕を引っ張って、砂漠化した大地を足早に歩く。    

 

 砂漠。

 どこまでいっても、砂漠、砂漠、砂漠!

 サボテンひとつ見つからない。

「砂漠にはサボテンがあるはずなんだけど・・・・・・それさえあれば水や鉄分ほか、栄養素が含まれてるから、飲んで生き延びられるって」

「過去の昔話だな」

 チュールが砂に足を取られたハルカに手を伸ばす。

「リッツもいってたじゃないか。既にここは、人が住める、否、動物が住める星じゃないんだよ」

「でも・・・・・・希望は捨てるものじゃないって・・・・・・」

「甘ったれたことを」

 片腕を腰に当てるチュール。

 その姿にハルカは、恐怖をおぼえて身をすくめた。

「そんなコト言ってると、あっという間リッツに殺られちまうぞ」

「でもあきらめたら、そこで終わりじゃない」

 チュールはハルカの澄んだ黒い瞳へ、釘づけになる。

 吸い込まれそうな錯覚に陥りながらも、チュールは自制心を保とうと必死だった。

 ――バカか俺は。こんなときに何を考えている。

「私は生きたい、死にたくなんてないよ」

 ハルカはうるんだ瞳をチュールに向け、懇願し、チュールはチュールで乾燥してパサパサの髪の毛をわしづかみにして、彼は怒鳴った。

「わかった、わかったから、そんな顔して俺を見ないでくれッ」 

 ――俺が何とかしてやるよ。

 口には出さなかったけれど、それがチュールにとって、精一杯のやさしさだった。 

 

 

 「あいつは、毒だ」

 天界、ヴァルハラのオーディンは、リッツのことを『毒』と称する。

「チュールはまだ気づいていないのかな、あの、とんま」

 お気に入りの蒼穹色をした鎧を身につけ、魔法の槍を手に取るオーディン。

「このワシが地上に赴けば、誰かが犠牲にならざるを得ないがね」

 とオーディンはニヤニヤ。

 その誰かとは――リッツのこと。

 オーディンは策略家。したがって、目的を果たすためなら手段など必要がないと豪語する。

 そんな彼だから、味方はどんどん減少していき、今ではチュールくらいしかいなかった。

「さていくか。・・・・・・スレイプニル!」

 口笛を吹いて八本足の馬を呼びつける。

 オーディンは馬にまたがり、ヘイムダルという門番に命じ、門を開かせた。

「お気をつけて、オーディン様」

 ヘイムダルはオーディンを敬っているかに見えて、実は違っていた。

 ただ、オーディンが王という器にあるので、そう呼ぶだけ。

 オーディンもそこのとこは理解していた。

 オーディンが通過したあと、ヘイムダルは急いで扉に閂をかける。

 

「人間ひとりに・・・・・・あんなムキになることないのにさ。オーディンって、バカだね」

 オーディンの義兄弟、ロキが現れてヘイムダルに言った。

「人間がいなくなったら、オーディンの利用対象がなくなるじゃないか」

 ヘイムダルもつられて言う。

「いいのかねー。そんなコト言って。クビだよ? きみ」

「オーディンに聞こえなければいい」

 ヘイムダル、邪悪そうに笑んだ。

 ロキはわざとおびえる格好をしながら、

「おー。こわい怖い。じゃあ、おいらフリッグのとこいくよ」

「てめえ、告げ口するなよ」

 と、ヘイムダルはつけ加えた。  

 

 

 ロキという神は、まったく油断がならなかった。

 オーディンが嫌いなくせに、寝返る場合もあり、抜け目のないところがあった。

 ヘイムダルはロキが大嫌いだったが、オーディンの長男トールの寛大な心によって、いつもロキを許すのだった。

「まあまあ。いいじゃないか。ロキだって根っから悪いヤツじゃないよ」

 トールには周りを明るくする才能があった。

 そのため友人も多く、チュールもそのひとりであった。

「チュールは元気だろうか」

 ところ変わって、フリッグの邸。

 トールが窓から空の鰯雲を見上げてため息をついた。

「チュール。お前があの人間の子を追いかけていったこと、俺には不思議に思えてならない」

 トールは人間の守護者だが、チュールにその力はなく、ただ戦の指揮をすることだけしか、取り柄がなかった。

 それがなぜ、ハルカを追っていってしまったのか。

 トールには、はなはだ疑問だった。

「まあいいか。俺、考えるより行動する方だから、あまり深くは追求しない。ただチュール、お前には元気で戻ってきて欲しいんだ」

 

「ディアン・ケヒト、って神様なら、チュールさんの右腕も治せるかもしれないのにね」

 ハルカが砂漠を歩きながら、チュールに言った。

「思いつきだけで俺にそんな希望を持たせるな。この時代には神すらいないんだろ」

「あなたがいるじゃない!」

 とハルカ。

 チュールは立ち止まり、後ろを歩いていた彼女を振り返る。

「お前、知っていたのか」

「あたりまえでしょ。隠してもムダよ。奇跡を起こせるのは、神様だけ・・・・・・」

 そのとたん、チュールの表情から刺々しさが消えて、微笑むようになった。

「神様だから特別。ほんとうにそう思うのか」

「違うの?」

「ああ、違うね」

 錬金術で泉を創り、オアシスが生まれ、チュールはそこに腰を下ろした。

「お前、神も孤独をいやがるって事、知らないだろ」

 水を飲んでから、チュールがハルカに寂しげなまなざしを向ける。

「神とて、妻を寝取られるし、激しく誰かを愛したいと思うし、憎たらしいヤツを殺したいと思うよ。それが生きているということであれば。そうだろう」

「誰かに寝取られたんだ、奥さん」 

 チュールは、よけいなことまでしゃべってしまったと、顔を赤くしていた。

「孤独なの?」

 チュールは答えずにいようかと悩んだが無意識のうち、うなずいていた。

 ハルカはそんなチュールがかわいそうでたまらなくなり、背中をなでた。

「かわいそうね、あなた・・・・・・」

「だったら慰めてくれ」

「してるじゃない;」

「いや、別の方法で・・・・・・」

 

 まったく、何考えてるんだか、我らのチュール^^;   

 

 というか、拒まないハルカ、お前もどうかと思うぞ;

 

 かくしてハルカは、チュールの子を宿したのであった(汗。

 いいのか、この展開!;

 

 

 「なに? ハルカが妊娠しただと?」

 リッツは眉間を寄せた。

「それで? その生まれたガキはどこに」

「教えてほしけりゃ、酒をよこせ。ワシは神の王だ。オーディン様だぞ」

 青い鎧の片目男。

 正体を現したこのオーディンは、リッツに情報を流すのであった;

「だから、麦酒! 酒よこせ!」

「そんなもの、あるわけねーだろ!」

「やだやだやだ、よこさないと、こうだぞ!」

 オーディンは古ノルド語を詠唱し、

「蛙になっちゃえ!」

 と叫んだ。

 そしてリッツは哀れ、殿様蛙に変身してしまった・・・・・・。

「がっはっはっは。どうだね。これでワシの力がわかったろう」

「・・・・・・げこ・・・・・・」

 オーディンはリッツに槍を向け、

「元に戻れ」

 と再びノルド語で詠唱する。

「あんたの力はすごいな。天才的だ。その力を見込んで頼みがある」

 リッツは含んだように、にやりと笑う。

「ハルカの産んだ子供を連れてきてくれ」

「それでどうするね。育てるつもりか」

「いや、俺が喰うのさ」      

「なにぃ、ガキを喰いたいだと!?」

 オーディンはリッツの言い分を聞かぬうち、彼を突き飛ばした。

「そうさ。下手すりゃオレが飢え死にしてしまう。だったら最良の方法として、ハルカの生んだガキを喰う」

「どこが最良の方法だ、愚か者! 貴様のようなのを、世間じゃ『恥知らず』というんだろうさ。汚れた男め」

 オーディンは感情をむき出しにする。

「決めた!」

「お、やってくれるかい?」

 リッツがすがりつこうとした刹那、オーディンが再び彼を突き飛ばし、

「俺は気が変わった。これからは、ハルカの味方をしよう」

 とえげつなく笑った。

「そ、そんな; オレとの約束は」

「やくそくぅ? なんだっけね、それは」

 オーディンは鼻をほじって知らんぷり。

「しらん、忘れた」

「裏切り者!」

 リッツは泣きべそをかいて、銃を撃ちまくる。

 だがオーディンが神であることも忘れ、魔法を知らないリッツは、こてんぱんに伸されてしまい、青あざを所々につくる結果と相成った。

「いててて・・・・・・」

「若造。貴様、神や子供という存在がどんなに尊いか、わかってないだろう。神は子供を慈しむ。従って、殺そうとするものに対しては容赦なく罰を与えるのだ」

 オーディンは人間の娘との間にできた子供を、英雄やヴァルキリーという女神にしてきた。

 半分は神、超人の力を与えて。

 オーディンもその妻フリッグも、子供は大事にしてきた。

「飢えなければいい、ただそれだけじゃねえか。何が悪い」

 リッツの往生際の悪さに、オーディンは肩をすくめる。

「ほー、リッツよ。貴様は自分がこの世界にとって、いかなる毒かすらも理解できてないんだな」

 それだけ言うと、オーディンは馬にまたがった。

「どういう意味だ」

 立ち上がって尋ねるリッツに、オーディンは剣を投げ与えて、

「そいつで真実を切り開け。貴様の前に立ちふさがる『運命』を、切り裂いて、俺のもとまでやってこい!」

 オーディンはおかしそうに喉の奥で笑うと、リッツを見下ろした。

「・・・・・・ばーか。貴様なんぞに教えるのも勿体ないわ」

 何を企んでるんですか;    

 

 

 「なあ、いいじゃないか」

 ふたりで建てた家の中で、ハルカは抱きついてくるチュールを拒んでいる最中であった。

「イヤだって言ってるでしょ。今日だけはイヤなの〜」

「そんな、つれないこというなよぉ」

「今日だけはイヤ・・・・・・」

 

 チュール、誰かとキャラが一緒じゃないか!;

 

「おじゃまするよ」

 そこへ突然の訪問者。

 客の正体は、

「オーディン!」

 であった。

「久しいな、チュール。ハルカとは初めて会うが、初めてじゃないんだなこれが」

 といきなり謎かけを始めるオーディン。

「オーディン・・・・・・ラグナロクの選定者・・・・・・」

 ハルカはおぞましいというか、根暗で貧乏くさいオーディンの姿に、吹き出しそうなのをこらえる。

「俺を貧乏くさいと抜かすか、小娘・・・・・・」

 立派な鎧と宝石を下げたグングニルをもっているのに、とオーディンはわなわな。

 

「それはまあいい。チュール、子供が産まれたんだってな」

「ありがとうございます」

 赤ん坊をのぞき込んだオーディン、赤ん坊の手を握っていた。

 よく見ると子供らはふたりいて、そっくりな顔立ちをしている。

「双子か」

「そうです」

「して、名前は?」

 チュールとハルカは顔を見合わせて、苦笑い。

「なんだ。決めてないのか。しょうのない」

「すいません、立て込んでいたもので」

 オーディンは携帯用の酒を飲みながら、さっそく上機嫌で言った。

「リッツのことか。あの若造なら当分こねえよ。俺がイヤってほど叩きのめしたから」

「・・・・・・それはまた、どうも、ありがとう・・・・・・」

 チュールはなぜか引きつった笑みを浮かべる。

「名前だが、俺がつけてしまってかまわないのかな」

「ああ、どうぞどうぞ」

「男の子には、ロッド・ファーヴニル、女の子には、メグ・スラシルというのはどうかな」

 いい名前、とハルカもつぶやいた。

 なので名前も決まり、オーディンは祝いの杯をあけ、三人は暖かなランプの明かりで食卓を囲む。

 

「双子らにお祝いだ。このドラウプニルの腕輪をあげよう」

 オーディンが取り出したのは、黄金の腕輪。

 腕輪の周囲に美しい宝石がちりばめられていたが、ところどころ宝石の数が抜け落ちていた。

「九日に一度、宝石が落ちる。アールヴたちの創った不良品だよ;」

「不良品なんて贈らないでよっ。けちな人ね!」

 ハルカの気の強さに、オーディンもさすがに絶句していた。

「け、け、けちだと;」

「そーよ、どうせヴァルハラの城も金メッキでできてるんじゃないの?」

 ぐさぁ!

 痛いところをつかれて、ガックリ膝を折るオーディン。

「ハルカ、言い過ぎだよ・・・・・・」

「金メッキとなぜわかった・・・・・・;」

「まあまあ。ドラウプニルの腕輪はね。願い事を叶えると役目を終えて、宝石を落とすんだよ」

 オーディンの言葉に気づかないのか、つっこまないままチュールは続けた。

「使っている素材は最高のものと言ってはいるが、妖精は人を騙すからね;」

「なるほど」

 ハルカは酒が回って眠いので、先に寝ると寝室に引っ込んだ。

「じゃじゃ馬!;」

 オーディンは女好きだったが、ハルカにだけは手をつけまいと決意する。

「あれでいいところもあるから」

 チュールは頭をかいた。

「照れて笑えるような性格じゃねえぞ、ありゃ」

 チュールの幸せそうな笑みが気に入らず、オーディンは酒をがぶ飲みした。 

 

 

 少年と少女はすくすく育ち、なんと一年のうちで十歳は成長してしまっていた。

 ハルカはあまりの成長の早さに、呆然としていた。

「神と人の間に産まれた子供というのは、恐ろしく成長が早い、けれども二十歳を過ぎた頃から急激に遅くなる。あの子たちはそれだよ」

「あなた・・・・・・」

 たった一年で、大地をほんの少し蘇らせたが、まだ水だけは完全ではなかった。

 うかつに掘れば油が出てくる。

 チュールの魔力も限界に達し、魔力に変わる何かが欲しいと、チュールは悩んでいた。

「お父さん。僕知ってるよ」

 と息子のロッドが言った。

「賢者の石って言う石をつくれば、きっと水はできる」

「賢者の石、だって!?」

 ロッドはとんでもないものを創り出そうとしているのだろうか。

 そんな不安にかき立てられ、父親は憔悴する。

「危ないから、そんなことやめなさい」

 賢者の石に必要なものは、すべて危険物だったため、チュールは目をつり上げて賢者の石造りを反対した。

「お父さんは魔力が足りないって嘆いているじゃないか。僕はとうさんの子だよ。何とかしたいと思うのは、ヘン?」

 チュールはここまで言うロッドを、もはや止めることはしなかった。

 というより、止めようとしてもムダであると理解した。

「そのかわり、命に関わるようなことはするな」

 とだけいって、チュールは賢者の石造りを認めてしまったのだった。

 

 

「そうか、お前オーディンにやられたのか」

 土色のフードをかぶったあやしい男が、リッツの前に姿を見せた。

「哀れな」

 鼻であしらうその男は、ドルイド僧だった。

「我らドルイドはかのローマ宰相、ユリウス・カエサルの時代まで勢力のあった一族じゃ。ドルイドの言葉は皇帝さえも屈服させる。・・・・・・言いたいことが、わかるか?」

「ああ。神さえも屈することができると、そう言いたいんだろう」

「ご明察」      

 続いてドルイドは、こうリッツに持ちかけた。

「子供らは成長し、今では十歳半ほどに育っておろう。さらってきて喰ってはどうじゃ」

「いや、もう飢えることがないから、それはよす。その代わり、さらってきたら人質にして、ハルカをおびき出せ」

 ドルイドはうなずき、喉をならす。

「未練がましいのぉ」

「うるさい、あんたはオレにいわれたとおりのことを、すればいいだけだ」  

 この世に存在する女は、ハルカだけ。

 リッツは両手をくんで祈る格好をする。

「あいつがオレのものになってくれれば、それでいいんだ」

 ドルイドは握りしめた小瓶に詰めている粉薬を確認したあと、

「お前にもコイツをやろう」

 といって瓶から粉を数グラム取り出す。

「媚薬だよ。こいつがあれば、ハルカという小娘だって、お前に首っ丈になる」

「ヘッ。いいね」

 ・・・・・・ただし代償は高くつくがね、と言うドルイドの言葉など、耳に入らない。

 それほどまでにリッツの感情は、たかぶり始めていたのだった。

 

 オーディンはチュールにひとつ、言い忘れたことがあったと地上へ再臨。

 馬に乗って空を駆けめぐっていると、すれ違いざま、何かを見た気がした。

「うん? 今のはなんだ」

 振り返ると、それは魚雷で、オーディンは度肝を抜かれ、スレイプニルをせかした。

「速く逃げろ」

 スレイプニルはあんたが重いので思うように走れねぇよ、という愚痴はこぼさず、けなげに走り回った甲斐もむなしく、魚雷と激突した。

「どわぁ! 神様ぁぁぁぁ」

 ――あんたも神だろ;

 

 

「あ。おとうさん、ヘンなのが落ちてくる」

 妹のメグが空を指さすと、オーディンが泣きながら落下してきた。

 チュールは急いで地面にルーン文字を描き、オーディンを受け止める魔法を使う。

「た、たいへんだ。言い忘れてしまったことがあるんだが」

「なんです?」

 起きあがる早々から、オーディンはなんだか焦りを見せていた。

 その理由はリッツにあった。

「なんですと、あの男・・・・・・」

 チュールはオーディンからその事実を聞かされると、その日以来ふさぎ込んでしまい、ハルカにも子供たちにも、笑顔を見せなくなっていた。

「お父さん、どうしたの」

 愛娘に聞かれても何も答えず、チュールは頬杖をついて机に向かうばかりであった。

 

 

 

 チュールはハルカに手紙を残し、家を出てしまった。

 ハルカは手紙の存在に気づかず、おくびにも出さずにいたが、やはり寂しかったのだろう、夜になると部屋でしくしく泣いていた。

 

 ところで、オーディンを撃ち落とした魚雷、誰が発射したんだ?(汗。

 

 「誰?」

 チュールの留守に扉をたたくものがあった。

 ハルカはそれを警戒する。

「チュール様にお仕えしていたものです、ヴァルハラでね」

 ハルカはその言葉にのせられ、鍵をはずしてしまった!

「お前がハルカだね。これを!」

 不意の訪問者はドルイドで、例の粉をハルカに向けて、かけ続けた。

「きゃあ! いったいなんなの、押し売り!?」

「頼まれたのさ。これも運命と思い、ティワズのことなど忘れちまえ」

 気絶したハルカを南京袋に詰め、ドルイドはチュール邸をあとにした。

 

 薬が作用して、今までのことを全部忘れていく魔法。

 ドルイドは熟知していたのだ。

 かつてギューキ王と呼ばれる王の妻は魔女で、英雄ジークフリートに与えた惚れ薬が・・・・・・これだった!

 同じものがなぜ創れたのかは謎だが、これでドルイドは、リッツという駒をひとつ手に入れることができたのだった。

 これで満足できぬはずがない。

「利用されているともわからず、バカな男だ」

 

 あとは、リッツの能力を生かして、あるものを動かせばいい。

 あるものとは何か。

 それは・・・・・・。

 

「ゴモラ・・・・・・」

 

 ところどころに深手を負ったチュールが現れ、ドルイド僧につかみかかった。

「チュール!? なぜここへ」

「お前が、俺を甘く見すぎだったんだろ」

 南京袋からハルカを救い出そうとするチュールだったが、

「ムダだよ。お前さんとの記憶など、一切なくなっておる」

 と忠告を受けてしまう。

「そんなバカな」

 目を覚ましたハルカは、ドルイドの言うとおり、何も憶えてはおらず、その上、声も消されていた。

「ドルイド、何をしたんだ!」

「忘れ薬さ。愛した記憶をすべて、消去する魔法・・・・・・」

 チュールは背筋に悪寒が走るのを憶え、同時に身震いが起きた。

「元に戻せ、ハルカの記憶を返せ! 俺を愛した記憶を早く!」

「遅いわ」

 ドルイドは牙をむいて含み笑いした。

「ワシは不幸のどん底にいると言った人間や神が、大好きでね。それを見るのが何より楽しい」

「どこまで、えげつねえ野郎だ」

 チュールは封印していたバルムンクを取り出した。

 実は使うまいと決めていたこのバルムンク、一度力を解放すると、チュールには抑えがきかなかったのだ。    

「だが、こうするほかない」

 バルムンクの解放なしに、このドルイドとの決着はつかないだろう。

「斬り捨ててやる!」

 バルムンクをかまえるチュールだったが、それをあざ笑うドルイド。

「腕一本で何ができる。王の資格を剥奪された愚かな男よ」

「愚かだと? 我は神ぞ。その神に罰当たりなことを申すのか、地獄に逝け!」

 バルムンクの刀身が、見る見る真っ赤に燃え上がり、真っ青な透明感から朱色へと変貌していった。

 そして――。

 チュールはバルムンクをドルイドの頭部から下半身まで、一気に振り下ろした。

 あたりには肉を裂くイヤな音が響き、飛び散る鮮血にくわえ、死臭が漂う。

 バルムンクからしたたり落ちる赤い鮮血は、あっという間にどす黒く変化した。

 

「ハルカ・・・・・・」

 チュールはバルムンクを足下に置き、ハルカを抱きしめた。

「ハルカ。俺の寿命はどうやら、時期につきてしまう。そうなる前に、教えておきたいことがある。このバルムンクの力を、お前かロッドに譲りたかったんだが、お前には無理だな。ならばせめて、ロッドに与えねばならないのだが・・・・・・。ハルカ、俺とのことを思いだしてくれ! 何だっていいから、ひとつだけでもいいから、どうか頼む!」

 そして、ロッドにこのバルムンクを与えて欲しい、とチュールは願った。

「いや、俺のことは忘れてもいい。でも、子供たちのことまで忘れるなんて、酷じゃないか・・・・・・? お前はもう、母親なのだから」

 

  

 想い出したくても思い出せない過去がある・・・・・・。

 

 ハルカは今、その状態におかれていた。

 声を失ったことだってきっと、それと関連性があるに違いなかった。

 

 愛された記憶。

 自分が愛した記憶。

 その対象は、いったい誰だったろう?

 

 ハルカはもう少しで、自我を失い暴走しそうになる。

 だがチュールの体温が伝わってきて・・・・・・ハルカは気がついた。

 

「あなたは・・・・・・あれね・・・・・・ええと」

 

 名前が思い出せなかった。

 喉まで出てきている!

 チュールは必死で思い出せと叫んだ。

 

「・・・・・・チュール・・・・・・」

 

 チュールはハルカに支えられて、無事に家までたどり着き、だが無理がたたったのか、病に伏して倒れてしまった。 

 

 

 オーディンがリッツに与えた剣。

 チュールの持つ剣とは対照的に、赤い宝石を鍔にはめこんだ、地味な剣だった。

 

 チュールのもつバルムンクの鍔には、真っ青なサファイアがはめ込んであり、そちらは装飾にこっていて、剣のもつ力とてまた、強かった。

 しかしリッツはまだ、バルムンクの存在を知らずにいた。

 さすがにオーディンも、このことだけは秘密にしていたので、知らずにすんでいたのだが。

 

「ゴモラを動かせ、ロト!」

 リッツは最初、その声を空耳と思い、剣を磨く作業に戻った。

「ゴモラを、創造のゴモラを復活させるのだ」

 リッツは今度こそ振り返った。

 すると肉の破片が死臭を漂わせて、うねうねとリッツに近づいてくる。

「化けものめ」

「ワシだ、ワシだ」

 肉のかたまりは・・・・・・ドルイドで、チュールに斬られたあと、呪術を施し、残った肉片に魂を込めていたおかげで生き残れた。

「ロトって、なんだ?」

 リッツは剣をおろしてドルイドに尋ねた。

「ロトとは・・・・・・神の使者、アブラハムの子だよ」

「へえ」

 リッツは鼻をこすった。

「俺がロトか? ヘッ。そのアブラハム・・・・・・ってのも俺、よく知らないんだけどな」

「いずれにせよ、ワシに従うのだ、ロト。ゴモラを動かせ」

「ゴモラ? そいつもよくワカラン」

 リッツはお手上げのポーズを取った。

「そのロトが町をソドムという巨人でつぶしたあと、ゴモラ、と言う双子の土人形で創造したとされる、つまり神にも匹敵する存在なのだよ」

 リッツは神、と言う単語に興味を抱いた。

「神?」

「そう。神だ・・・・・・やってみる価値はあると思うがね」

「やるやる!」

 リッツは二つ返事で答える。

「俺が神か、悪くねえな。そしたらハルカも俺のもんか?」

「ハルカどころか世界が手に入る。ふははは」

 リッツは鼻をこすると、オーディンからもらった剣を手にして、

「世界が俺のもの。そして俺は神になるのか・・・・・・」

 ばかめ、とドルイドの肉片は心で唱える。

「真に神となるのは、ワシだ。支配者にふさわしいのは、このワシだと言うことを思い知らせてやる・・・・・・チュールにオーディン!」   

 

 「あ、そういえば」

 ベッドで伏しているチュールは、首だけをハルカに向けてこう尋ねた。

「俺の書いた手紙、見つけた?」

「そんなのあったの?」

「気づけ! ・・・・・・ああ、でも、もういいや。その手紙に書いた内容のことだけど」

 チュールがハルカに紙切れをわたすと、それは何かの設計図。

 ハルカには難しい理論が並べられており、文字と言えば古代の言葉で記されていた。

「ソドム、ゴモラと言う」

 ハルカが設計図から、チュールの方へ視線を向ける。

「リッツ・・・・・・ファブリツィオは、ロトの生まれ変わりか、あるいはその血筋の人間に違いない・・・・・・」

「ロト?」

 ハルカが眉間を寄せて聞き返すと、チュールが答えた。

「旧約聖書の時代、ロトは享楽の町へ足を踏み入れ、ヤツは潔癖性だったからね。父親であるアブラハムから技術を教わり、破壊の属性を持つソドムと、創造の属性を持つゴモラとが誕生してしまった。それらを駆使し、ロトは町を破壊してしまい、そのあと、町を作り直したとも聞くが、実際は廃墟になったと思う」

「どうして・・・・・・? 作り直したのなら・・・・・・」

「神の力はみだりに使ってはいけないものだからね。ましてやロトは、ただの人間に過ぎなかった。それなのにソドムの力を過信しすぎて、自滅の道に落ちてしまうのだから・・・・・・滑稽としか・・・・・・。それに力でねじ伏せたあとの国は、栄華を誇りはするが、そのあとは惨めに衰退の一途をたどる。世の摂理は決まっているんだよ」

 ロトはテトラグラマトン、偉大なる神の力を間違った方法で扱ってしまったため、重い罰を背負うことになった。

「重い罰?」

「おそらく、ロトは生まれ変わるたび、ドルイドのようなヤツによって振り回され、ソドムかゴモラを作り続けるんだろう。つまり、今のリッツとして生まれる前は、ソドムを創って世界を崩壊へと導いたという事になる」

「そんな・・・・・・」

「運命は皮肉だから。といっても、おこないひとつ、なんだろうけどさ。だけど正しいことだけもできない。人間とは、不便な生き物・・・・・・」

 チュールは枕元においていたバルムンクを鞘から取り出すと、

「もし俺が死んだら、これをロッドに渡せ」

 と言った。

「チュール! これをって、あなたの大事な剣でしょう? それに死ぬなんていわないでよ」

「聞け!; もしもって話だ! まあ、気にしなくていいから、あの子に渡しておけ。何となくだが、あの子にはこの剣の力を引き出せそうな気がする」   

 チュールの身体が日に日に弱まり、神は長命とされてきたのに、なぜ衰弱したのか・・・・・・それは、魔力の使いすぎであり、無理をしすぎたためチュールは、余命幾ばくもなくなってしまっていた。

「お前が人間を愛さなければ、よかったんだろうか」

 オーディンの言葉に、チュールは首を横へ振って、

「いいえ! 私は彼女を愛したことを誇りに思います。どうかそんなことを言わないでください。もし、ハルカを愛さなければ、ソドムやゴモラを止める力さえも、手に入らなかったでしょう。後生ですから、二度とそのようなことは、口になさいますな。ときにオーディン。お願いがあるのですが・・・・・・」

 

 チュールは、オーディンにあとのことを頼み、息を引き取った。

 

「お前に遺言があったぞ」

 オーディンは居間にやってきて、ハルカを見つけると即座に告げた。

「巨人を止める力を、ロッドに託したいのだそうだ・・・・・・」

 ハルカはうなずいて、バルムンクをロッドに授ける。

「お父さんの気持ちだよ」

 ロッドはバルムンクを鞘から抜くと、その神々しさにしばし見惚れた。

「俺がアールヴヘイム(妖精界)で創らせた、最強の剣。名をバルムンクという」

「バルムンク・・・・・・」

 ロッドが繰り返す。

「そう。バルムンクにはチュールしか使いこなせなかった力があって、お前ならそれを引き出せるかも知れない。否、もしかしたらそれ以上の・・・・・・」

 ハルカは心中では、ロッドをバルムンクの選定者にさせたくはなかった。

 否、剣などの犠牲者にはさせたくなかった、というべきだろうか。

 剣は・・・・・・血を好んですする。     

 あのリッツのように、ロッドまで血を欲する獣などにさせまいと。

 しかし――。

 

 運命は皮肉だからね・・・・・・。

 

 といったチュールの言葉だけが、ハルカの脳裏をよぎる・・・・・・。 

 

 オーディンはリッツがどのような動きをするか、密かに楽しみつつ酒をあおった。

 彼がリッツにわたした剣、じつは『グラム』といった。

 このグラムは創造する力を以ており、たいしてバルムンクは破壊の力を秘めている魔法の剣。

 ふたつの剣が交わるとき、ハルマゲドンとかラグナロクとか言われている、世界の崩壊が始まるのだ・・・・・・。

 

「また再び、世界の崩壊が訪れるだろう。そのとき、グラムとロト、バルムンクとロッドの運命が交わる――」

 

 すべては、神の意のままに。

 

 オーディンは失った片目が痛むのをこらえ、蜜酒をがぶがぶと飲み干す。

「痛むなよ、今さら・・・・・・。ミーミルおじの為に失った、この片目」

 神になりたいと願う、愚かな人間、リッツ。

 オーディンはロトが自分と似ていると思い、グラムを与えたのだった。

 

 オーディンは最強の魔力を欲して、ミーミル叔父の首を話せるようにし、片目を与えることでその欲求を満たすことができた。

 しかし今となれば、その失った片目が惜しいと、オーディンは舌を打つ。

 

「オーディンにそっくりなのね、あのリッツは」

 

 昨日、子供たちを寝かしつけたハルカがいった言葉だった。

「何を言いたい」

 オーディンは赤ら顔をしてハルカのほうをむく。

「なにって、つまりあれよ。貪欲そうなとことか、にてるし」

 オーディンは頬を膨らませて酒をつぎ足す。

「怒ったの?」

 ハルカはニヤニヤ。

 オーディンは押し黙ったまま、喉をならしてビールを飲む。

 やがて、 

「ひとついいか?」

 と、オーディンがハルカにいった。

「なに」

「グラムはラグナロク。バルムンクはハルマゲドンを意味している。バルムンクは完全なる破壊が目的で作られた剣。たいしてグラムは、ラグナロク、破壊のあとの創造が目的。だから俺は、わざとリッツにグラムを与えたんだよ。ヤツに完全な破壊をさせないために。あとは・・・・・・ロッドの意志ひとつで、この世界の方針が決まる・・・・・・」

「ロッドが決める? なにを?」

「世界を、破壊したままにするか、それとも緑あふれる大地に戻すか。――創造主になりえるかの試練だな」

 

「ちょっとまってよ」

 ハルカはオーディンの前に立ちふさがって、演説する格好で、

「それじゃあなた、ロッドを神に仕立てようと言うの?」

「だからそれは、ロッド自身が決めればいい」

 オーディンは酒をあおる。

「そんな。チュールから授かった、かわいい息子を神になど!」

「お前は親らしくないねぇ。親はきちんと子供の意思を尊重するべきだろ」

 グラスをおいて、オーディンがハルカに皮肉そうな微笑みを向ける。

 ハルカは唇を噛みしめて、反抗的態度をとっていた。

「なによ。結局あんたも、その他大勢の神様と同じってこと?」

「ロッドが創ったざくろ石――賢者の石だがね。あれはバルムンクにはめ込むと、力が増幅される」

「そんなこと、聞いてないし聞きたくもない!」

 

「おかあさん!」

 起きてきたロッドが、ハルカの背後にたたずんでいた。

 振り返るハルカ。

「お前」

「おかあさん! ぼくは神にされたとしても、おかあさんの息子です。だから、急に消えてしまうわけでもないし、何をそんなに怖がるの」

 ロッドに言われてようやく気づいた。

 この子はチュールの託した希望なんだと言うことに。

 そして、神の王オーディンもここにいるじゃないか・・・・・・。

「いいわ。決めた。ロッドにがんばってもらいます。それで満足なんでしょ」

「さあね・・・・・・」

 オーディンは酒をあおり、苦笑いしながら親子を見つめていた。

 

 


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