うーん、どうすれば以前のペースに戻せるのやら。
まあそんな事はさて置くとして、最新話をどうぞ。
あの後イセリアはエルシェリーゼに一通り着替えさせてもらった後に食堂へと連れてこられた。最短経路で進んだであろう筈なのに食堂にたどり着くまで10分以上要した事から、恐らくあの家と同等かそれ以上の広さがあるのだろう。
「来たかルシェに嬢ちゃん。さあ座ってメシにしよう。クライド、使用人も全員集まってるな?」
「はい。使用人一同、欠けること無く集合しております」
ヴァルフリートは使用人達を取りまとめているクライドと呼ばれた壮年の男に、皆が揃ったかを確認する。クライドからの返答も望ましいものであったためにヴァルフリートもとても満足そうにしていた。
「結構結構。今日も変わらず皆で同じ食卓を囲めるってのは良いことだ」
「はい。左様にございます」
どうやら此処では家の者と使用人達が同じところで食事を摂るようだ。本来悪魔の社会的構造上このような在り方は異端極まりないのだが、主人の人となりを見ていると不思議と違和感を抱けない。まあこの光景を見た者の中には、このような下賤な者と食事を摂るなど言語道断! というように声を荒げる者も多いだろう。
…………というより少なくない数の者に言われたのだがそれはすべてヴァルフリートに睨まれて黙らされていた。その様子を見ていた眷属の古株は吹き出しそうになるのを必死に堪えていたとか。
「すまないな皆、この小さなお客人はまだ此処に不慣れなのでな。食事の時間に遅れた事を許してほしい」
「気にすんなよ。さて、それじゃあメシの前に嬢ちゃんには自己紹介を軽くしてもらうか」
「わかりました」
ヴァルフリートに挨拶を求められたイセリアはエルシェリーゼに支えられながら立ち上がるとゆっくりと礼をする。
「初めまして皆々様。私の名はイセリア・ルシファー。この度は縁あってヴァルフリート・アスモデウス様に救われこの場にいる次第です。戸惑う事も多く、無知な若輩者ではありますがお見知り置きいただければ幸いです」
(へぇ? 伝え聞いていた扱いは受けていたらしいが、教養面は他所に出せる位には仕込まれてるみたいだな)
イセリアがルシファーの血を宿している事を予め知っていたヴァルフリートは、彼女の年齢に見合わない洗練された所作に少々意外だったと息を巻いた。ルシファーと聞いた使用人達は驚愕の表情と共に一斉にざわつく。まあこうなるのも当然かと、イセリアは特に慌てた様子は無い。
見たところ慌てていないのはヴァルフリートとエルシェリーゼ、それと先程クライドと呼ばれた初老の男性くらいだ。服装を見る限り執事だろうか? 立ち振る舞いや主人から真っ先に声をかけられた店から使用人達の取り纏めを任されているのかもしれない。
ざわざわといつまでも皆の慌てように見かねたクライドがパンパンと手を叩いて窘めた。
「皆さんお静かに。お客様を前にして粗相をしてはなりませんよ。クレア、メルト、貴女方が皆を注意せずにどうするのですか」
「も、申し訳ありませんクライド様」
「大変な粗相をお赦しくださいイセリア様」
クライドに嗜められた使用人達を代表して目鼻顔立ちその他諸々非常に似通った二人のメイドが慌てて頭を下げた。イセリアは二人をサッと観察してみた限りでは外見上の判別は非常に難しいという印象だった。声までもがよく似ていて、明確な違いがあるといえば髪を括り方が左右で反対である事くらいだろうか。
「よろしい。ではヴァルフリート様。僭越ながら使用人を代表して私めとローゼリエ姉妹の挨拶をさせて頂きたく思います」
「おう、むしろやってくれ」
主の許可を得たクライドと双子の姉妹はおもむろに立ち上がるとイセリアに向き直る。
「承知致しました。ではイセリア様、私はアスモデウス家使用人筆頭兼、アスモデウス眷属の戦車を務めておりますクライド・ジルスペインと申します。こちらは私の補佐を任せている」
「クレア・ローゼリエです。我が主よりアスモデウス眷属の兵士を拝命しております」
「メルト・ローゼリエです。姉と同じくアスモデウス眷属の兵士を拝命しております」
「「「ようこそアスモデウス家へ。使用人一同、イセリア様の来訪を心より歓迎致します。慣れない場所故戸惑われる事もあるでしょうが、必要な物、並びにご要望がございましたら何なりと我々使用人一同にお申し付け下さいませ」」」
『『『『『『『『『『何なりとお申し付け下さいませイセリア様』』』』』』』』』』
クライドとローゼリエ姉妹が口上を合わせて一礼すると他の使用人達も一糸乱れぬ動きで一礼する。
息を合わせ、一言一句違うことなく発せられた歓迎の言葉にしばし圧倒されたイセリア。教育の行き届いた使用人一同を前にこれが元魔王の家なのかと感嘆を禁じ得なかった。
「では私も改めて、私はエルシェリーゼ・クレシェンド。アスモデウス眷属の僧侶で普段はまあそうだな、主殿の相談役を任されている者だ。よろしくお願い申し上げるイセリア嬢」
使用人一同に続いてエルシェリーゼがイセリアに向かって改めて自己紹介を行う。相談役と言っているのも相まってイセリアはエルシェリーゼの事をヴァルフリートの女王だと思っていたのだが、どうやらそれは違うらしい。
ともすれば女王は一体誰なのかという疑問が湧いてきた。本来なら相談役というものは腹心に対して任される役職なのだが、それを僧侶に任せる意味は…………
しかしその疑問は自己紹介のトリを務めるヴァルフリートの声によってかき消された。
「最後は俺だな。アスモデウス眷属の王、ヴァルフリート・アスモデウスだ。今でこそ半隠居の身だが、その昔には魔王と呼ばれた事もあるな。まあ残りの眷属は追々紹介するとして、よろしく頼むわ」
自己紹介を簡潔に締めくくったヴァルフリート。彼の女王が誰か、しかしそれは今は聞くべきではないと思いイセリアは一先ず窮地を救ってもらった事について礼を述べた。
「こちらこそよろしくお願いします。我が身の窮地を救っていただいた事、改めてお礼を申し上げますアスモデウス様」
「気にすんなよ。ダチが口にした“一生のお願い”ってやつだからな」
「……………え?」
「嬢ちゃん、積もる話はメシを食い終わってからな。さて、いい加減メシにするぞ! 沢山食えよお前ら!」
会話の中にヴァルフリートは今は語るつもりは無いようで、皆を見渡し景気の良い掛け声で食事の挨拶をする。皆が一様にテーブルの上に広がる料理に手をつけ始める。しかし話が気になって気になってどうにも手が進まないイセリア。それを見かねたヴァルフリートとエルシェリーゼはしっかりとした口調で嗜める。
「おいおい、あんだけ腹ぁ鳴らしてたお前さんが食わなくてどうすんだ」
「然り。気になる事も多かろうがまずは腹を満たす事だ。そうするのが今の君の仕事だよイセリア嬢」
(でも気になって喉を通らな………)
「あ、食わないんなら話は無しだ。俺はメシを粗末にする奴は老若男女問わず嫌いでな」
料理を前にしながら何時まででも手をつけないでいると、ヴァルフリートからとても冷ややかな視線と共に恐ろしい言葉が飛んできた。声音から察するに冗談ではなく本気なのだろう。イセリアの背中に走った悪寒から食べないと碌な事にならないと悟らせるには十分だった。
「ごめんなさい。いただきます」
「良い子だ。それで良い」
手のひら返しだと笑わば笑え。大事の前には覆るものなど山ほど存在するのだ。
思えば窮地を救ってもらった上に歓待を受け、更に食事まで振る舞われているのに私ときたらなんという態度だ。これは彼らの配慮に泥を塗る事に他ならないとイセリアは内心で己の無作法を恥じた。
そんな風に少々気落ちしながらもテーブルに並べられた料理に視線を向け、スプーンで掬ったスープを口に流し込むとイセリアは脳天に衝撃が走った。
なんだこれは。こんなに美味しい物がこの世にあったのか。母が作ってくれたパスタも自分にとっては上等な食事だったが、味の面で言うなら比べる事すら烏滸がましい。この料理を前に喉が通らないなどと、罰当たりもいいところだ。
「イセリア嬢、スープだけでなくそっちのチキンの包み焼きも食べてみろ。私のオススメだ」
「はい!」
イセリアはエルシェリーゼの勧める包み焼きをナイフで切り分け、フォークに刺して口に運ぶ。するとカリッと香ばしく焼き上げられた皮の食感と共に口の中に肉汁が溢れ出た。そして溢れ出た肉汁と僅かばかりの調味料が素材本来の旨味を相乗的に引き上げ、途轍もない満足感を生み出していた。
包み焼きの余韻が消えないうちに籠に満載されたパンを掴んで口に運ぶ。これもまた非常にふんわり柔らかく、そしてしっとりとした口当たりが料理全体の美味しさを引き上げている。
この様に、食べれば食べる程食べ進める手が早くなっていくイセリア。その様子を見ていたヴァルフリートとエルシェリーゼは微笑ましそうに表情を緩めた。
「随分と美味そうに食ってくれるな嬢ちゃん。俺としても作ったかいがあるってもんだ」
「主殿の作る食事は一流ホテルの料理人を軽く凌駕するからな。くくっ、調理担当の使用人が泣くのも分からんでもない………ん、それに泣くのは使用人に限った話でも無いようだぞ?」
「あ?」
イセリアの見事な食いっぷりに満足そうに頷くヴァルフリートの傍ら。そこでエルシェリーゼは目の前の料理に舌鼓を打ちつつ、視線をある一点に向けていた。
「…………ぐすっ……ひっく…………ずずっ……」
ヴァルフリートがエルシェリーゼに倣って同じ所に視線を向けると、そこには知らず知らずの内に瞳から大粒の涙をぼろぼろと溢しながら頬いっぱいに料理を頬張るイセリアの姿があった。
「なあヴァルフリート。聞けばあの子はあの小僧から相当な扱いを受けてきたそうじゃないか」
エルシェリーゼはグラスに注がれたワインを舐めながらヴァルフリートに淡々と語りかける。
「オズウェルから聞く限りな」
「ああ。あの子はきっと今まで食事がこれ程温かいものだとは知らなかったんじゃないかな」
どこか遠くを見つめながら独り呟く様に言うエルシェリーゼに、ヴァルフリートも物憂げに溜息をつきながら答える。
「それを教える親がアレだからな。しかも片方は人間の女だ、嬢ちゃんにしてやれた事はお世辞にも多いもんじゃねえだろうよ」
「そうだな」
というのも現在の冥界で人間を始めとした他の種族との間に生まれたハーフというのには風当たりが非常に強い。悪魔は貴族制度を敷いており、とりわけ爵位持ちの上流階級では特に純血至上主義や悪魔至上主義が強く根付いているのだ。市井の下級悪魔や上級悪魔の眷属との婚姻ですら言語道断と言われるのが今の悪魔社会であり、そんな社会で人間との間に子を作ろうものならたとえ本人に非がなくとも迫害の対象にされるだろう事は想像に難くない。
前魔王ルシファーの血縁の者が何を思って人間の女と交わったのかはヴァルフリートやエルシェリーゼの知るところではないが、イセリアも例に漏れずルシファー家の者達に迫害されていた。
「しかしヴァルフリート、今回の件は少しまずかったんじゃないか? 下手をすればルシファー家と真っ向から対立する事になるぞ?」
「お前のいう事は至極真っ当だ。本来ならルシファー家、いやリゼヴィムと事を起こすのは得策じゃねえ。だが今回は無性に勘が騒いだんだよ。あの嬢ちゃんはリゼヴィムの好きにさせちゃいけねえってな」
「ふむ。お前の場合たかが勘とは言えんからな…………良いだろう、私もお前の勘を信じる事にするよ」
ヴァルフリートの勘によって少なくない数の危機を切り抜けてきたエルシェリーゼ。彼女は彼にそれほどまでに言わしめるイセリアの何かに僅かばかりに興味を抱いた。
「なあルシェ、お前は嬢ちゃんをどう思ってる?」
そんな中、ヴァルフリートは感情の読み取れない声音でそう漏らした。彼がそういった風に言う時は決まって何かを迷っている時である事を理解しているエルシェリーゼはあえて突き放す様に窘める。
「莫迦者。そんなもの、関わり合ったばかりの我々に答えられるものでもなかろう」
「…………そりゃそうだ。忘れてくれ」
エルシェリーゼの言にヴァルフリートは苦笑と共にさもありなんと肩を竦める。いつだってコイツは俺を支えてくれるんだと、口にこそしないが内心で最大限の感謝の情を抱いた。
「だがなヴァルフリート」
「あ?」
エルシェリーゼはグラスに注がれたワインを一気に呷るとヴァルフリートに向き直る。
「イセリア嬢は我々に何かを齎すのは違いないだろう。良きものであれ悪しきものであれな」
「そう、か」
これは私の勘だがな。とエルシェリーゼは言うと再びワインに口をつける。そして今度はイセリアでもヴァルフリートでもなく同じ眷属である双子のメイドに視線を向けた。
「相変わらず勝てる気がしないわ…………一体どうすればこんなに美味しく…………」
「言わないでお姉ちゃん…………現実を直視すると立ち直れなくなっちゃう…………」
エルシェリーゼが察するに本日の晩餐は用意はローゼリエ姉妹の担当だったらしい。さしずめ急に現れたヴァルフリートに仕事を奪われたのだろう。自分達が仕える主人に仕事を奪われて尚且つ自分達が作るよりも遥かに美味しい食事を用意されては落ち込んでも仕方がないとも言える。
まあ、相当な気の落ちようではあるものの料理を食べ進める手は止まってない辺り半ば常習化しているのだろう事が伺える。まあ、言うまでもなく嫌な慣れではあるのだろうが。
「くくくっ、二人共まだまだ精進が足らんようだな」
アスモデウス眷属ではまだ若輩に当たるクレアとメルト。それはこの家の使用人ならば誰しもが通る道だと愉快そうに呟くエルシェリーゼは後でデザートでも振る舞って愚痴でも聞いてやるかと思いながらグラスに注がれたワインに口をつけた。
「うむ、今日のワインは当たりだな」
ワインによる酩酊感から僅かに頬を朱にしたエルシェリーゼの言葉は温かな食堂に溶けて消えた。
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食事を終えた後、ヴァルフリートに連れられイセリアは私室に案内された。エルシェリーゼとは食堂でやる事があるとの事で別行動を取ることになったのである。エルシェリーゼの視線が意気消沈双子のメイドに注がれていた事からきっとボロボロになった精神に対するアフターケアも含まれているのだろう。
先ほどティーセットを運んできたメイドもヴァルフリートに退室するように言われ、一礼と共に部屋を後にした。退室するメイドを後目にヴァルフリートはカップにコーヒーを注ぎ、備え付けられていたソファーに腰を下ろす。
「嬢ちゃん、メシには満足してもらえたか?」
「はい。とても美味しかったです」
「おう。そいつは何よりだ。明日の朝メシの当番はルシェだからな、期待してて良いぞ」
聞けば彼女の料理の腕はこの家でヴァルフリートに唯一比肩するレベルで、使用人一同がこぞって教えを乞う程だそうだ。そう聞いて期待するなというのも酷な話というものだろう。
「分かりました。楽しみにしてますね」
「さて…………約束通り、お前さんに詳しい話をしていくか」
イセリアはヴァルフリートの言葉を聞き、遂に来たかと意気込む。
「まず、嬢ちゃんを逃がす手引きをしたのは俺の兵士だ。オズウェルって奴でな、かれこれ数百年来のダチでもある」
「あの方が…………しかしなぜルシファー家に?」
「ああ…………あの家には目をつけておかねえと不味い奴が居るからな。調査と監視の為に数年前から何人か潜り込ませてたんだ」
目をつけておかなければならない者。そう聞いたイセリアの脳裏にある人物が浮かび上がる。
「…………リゼヴィム・リヴァン・ルシファー」
冥界において四人しかいない超越者の一人。己と兄を苦しめ続けた斯くも忌々しい名前ではあるが、イセリアには奴の事を指しているとすぐさま理解した。
「その通り。今は無気力に生きているだけだが奴がその気になれば冥界はおろか天界、人間界をも巻き込んだ騒乱を引き起こすだろうな」
「……………………」
ヴァルフリートの言うことは最もだ。あの男が瞳の奥に燻らせていた感情、それは間違いなく“今の世界はつまらない”というどうしようもない倦怠感によるものなのだろう。
「オズウェルから聞く限りお前さんはリゼヴィムを通して父親から暴力を恒常的に受けてたみたいだが、それもあの阿呆からすればただの暇潰しなんだろうよ。気づいてたか? 嬢ちゃんを追ってきた奴は全員リゼヴィムではなく父親が抱えていた手勢で、リゼヴィムが従える手勢は一切居なかったって事によ」
「じゃあ私はもうリゼヴィムにとって…………」
「多分だが、飼っていた猫が逃げ出した位にしか思ってないんじゃねえかな」
まあ、確証はないから俺が勝手に言ってるだけなんだがな。そうつぶやくヴァルフリートは手元のカップの中身を啜る。しかしそう告げられたイセリアの心境は穏やかざるものではなかった。
当然だ。イセリアも兄もお伽話に出てくる聖人君子ではないのだ。ただの暇潰しなどと言われて憤らないわけはない。暇潰し? ふざけるな。私達はお前の暇潰しの為に生まれたのではない。子供のような癇癪を私達に押しつけるな。
イセリアは端正な顔を怒りに歪め、手のひらの皮膚を突き破り、血が流れ出すほど手を握り締める。
「悪魔は何者をも冒涜する悪にして魔で在れ。それがあの阿呆がいつも口にしていた言葉だ」
「リゼヴィム・リヴァン・ルシファー…………ッ!!」
────うっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!
イセリアが仇敵と言わんばかりにリゼヴィムの名前を口にした瞬間、ヴァルフリートの私室に忘れもしない特徴的な笑い声が部屋の中に響いた。近くに声の主がいる事を理解したイセリアは背筋が粟立つ感覚にブルリと震え、ヴァルフリートは間が悪すぎると舌打ちした。
「イセリアちゃん見ーっけ♪ やっぱりここに居たのかよ」
そして窓を蹴破って部屋に侵入してきたリゼヴィムは探していた人物であるイセリアを目に留めると溢れんばかりの嗜虐性と共にニンマリと笑った。
読んでいただきありがとうございます。