如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか 作:てきとうあき
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聖グロとの練習試合は黒森峰の勝利で終わった。
妹様が相手なので局地的には冷やりとした事もあったが、結果だけ見れば確かに手強いと言えるも特に事前の想定が崩される事無く終わった。
そう、妹様が加わっても聖グロリアーナの戦力・戦法は確かに強化されてはいたが、想定の範囲内から逸脱する事は決してなかったのだ。
試合が終わり、両隊長間で終わりの挨拶が交わされる場になったが、普段なら手を差し出し表情を和らげ、「良い戦いだった」と賞賛するのが普段の隊長である筈であった。
「・・・何故、みほにあの様な戦い方をさせている?」
「あの様な・・・?不思議な質問ですね。
浸透強襲戦術は聖グロリアーナの伝統的な戦い方ですが」
だが、隊長は普段に増して鉄面皮のまま、刺々しい声でダージリンに問いかけていた。
一方でそれを何処吹く風と言わんばかりに彼女は受け流したのだ。
試合が始まる前・・・つまり、ダージリンの横に寄り添う妹様を見た時は、寂しさを浮かべつつも嬉しさと安堵を表情に浮かべていた。
私はそれは妹様が戦車道を続けている事に対しての喜び、即ち隊長の夢が叶う可能性がある事に対してであると思っていたのだが。
「アレがみほに適した戦い方だと思っているのか!?
お前程の者がそんな事も解らない筈が無いだろう!」
「・・・ふふふ、まるで黒森峰、いえ西住流ではみほさんに適した戦い方をさせてあげていたような言い方ですね」
「・・・・・・貴様っ」
「・・・聞き捨てなら無いわね。
まるでみほが嫌々黒森峰で戦車道をしていたと言っているように聞こえるけど」
逸見が隊長に代わって凄まじい剣幕で噛み付いたが、それも彼女の精神には一切の揺さぶりにもならなかった。
「そう言っていますが・・・まさかあれだけみほさんの近くにいてお気づきになられなかったと?
やれやれ・・・一体何を見ていたんでしょうね貴方は。
上辺や表層だけ、「西住流のみほ」としか見ていなかったんですか」
「言わせておけば・・・!」
その後、危うく暴れそうになる逸見を私と赤星は必死に止めた。
無論、あの言い様には私達も許せないのは間違いなかったが、暴力沙汰になるのは絶対に不味い。
普段なら絶対に止める筈だった隊長も傍観しているだけであったのも、ある意味で状況の異常さを表しているようだった。
危うい所であったがその場はダージリンの前に庇う様に出てきた妹様の「ダージリン様に乱暴な事をしないで!」という一声で場だけではなく私達の心も含めて沈静化した。
特に直接言葉を投げかけられ、睨む様な視線を受けた逸見は泣きそうな顔になりながら、より一層に視線に怒りを込めてダージリンを睨んだ。
「一体何をしたの!何をしたのよ!みほを返してよ!返しなさいよ!」
静けさの後、そう言いながら暴れる逸見を無理やり連れ帰りながら、私達は帰途についた。
-2-
帰りの飛行船の中で私は隊長と一緒に展望室から無言で夕日を眺めていた。
私の心中を表しているかの様な、紙コップの中に満たされた真っ黒でミルクもシュガーも入っていないコーヒーを一口啜る。
・・・ブラックコーヒーは好きだった筈なのに、其れはとても苦く感じた。
「何故・・・なんでしょうね。
朝はとても楽しみで妹様に会えるって期待していたのに。
今じゃとても苦しいです」
何処と無く呟くように私は言った。
隊長に聞いて欲しくもあったが、決して話しかけているつもりでもないと言う矛盾を孕んだ独白だ。
「私は・・・薄々気づいてたんだ。
みほがダージリンの手回しで聖グロに転校したと知った時からな」
「手回し・・・?
最初からあのダージリンがそういう意図の元で動いていたのですか?
偶然ではなく?」
そう聞くと隊長は最近良く見る様になってしまった自嘲的にふっと笑うとコーヒーを一口飲んだ。
「でなければ聖グロなどに転校しようとはしないだろうな。
恐らく強豪校ではないどころか戦車道その物がない学校を選んでいただろう。
・・・私が迂闊だった。
あの目敏く実行力と行動力と何より陰謀に長けた彼女ならみほに目をつけるのは当然だっただろうに。
・・・・・いや、迂闊というのは嘘だな。
私はそれでみほが戦車道をする事を期待していたんだから」
「・・・では、何故あの時にダージリンに食って掛かったんですか?
隊長からすれば妹様が戦車道に復帰しているのだから、望ましい事だったのでは?」
「・・・・・・斑鳩が聖グロの隊長だったとして、みほをどう配置して使う?」
「隊長に据えて全権限を委譲します」
「ぷっ、あはははは」
突然の質問に不意を突かれて頭の中では混乱していたが、無意識に口から答えが出ていた。
それを聞いて隊長が笑った。
皮肉や自嘲ではなく、久しぶりに見る朗らかで本当に楽しいと思っての笑い方に私は安心と嬉しさを感じた。
「お前のそういう単純明快なところは好きだ。
うん、お前の言う事は正しい。
しかしながらダージリンにも立場はある。
彼女が自身の地位や権力に固執する人物ではないのは間違いないが、どう言い繕ってもみほは外から来た新参だ。
それを隊長に据えるなど、伝統を重視するあそこの学校では影響力の強いOG会が許さないだろう。
副隊長に置いているだけでもその器の広さと政治力の強さが解る」
そう言うと笑顔を引っ込めて、またあの陰鬱な表情に戻ってしまった。
「私はな、みほがクルセイダー小隊を任されると思ったんだ。
聖グロの基本戦術は浸透強襲戦術・・・言ってしまえば重装甲戦車を中心としてゆっくり前進し押しつぶすという戦法だ。
硬く堅実であるが受身の攻めでもあるから状況の選択肢の主導権は相手に握られる事になる。
勿論、生半可な選択をすれば磨り潰されるだけだがな。
しかしながら、私の・・・というより西済流との相性は最悪と言っても良い。」
それは解る、隊長の戦い方は戦場全体を把握し、それぞれに対して適切な配置をする事によって全体の有利を取っていく事だ。
例えるなら聖グロのそれは非常に難解な数学の問題みたいな物だ。
問題文に情報は殆ど開示されており、それに対して最適な答えを提示できる人物にとっては不測の事態が起きにくいので殆ど安定して勝てる相手であった。
「そこで自由兵力となるクルセイダーが重要となる。
鈍重な要塞となった本隊とは別に自由兵力となり、機動戦を仕掛ける訳だ。
これは極端な話、敵を撃破する必要は無い。
本隊を待ち構えて体勢を整えている敵軍を翻弄し、時には腹の中に潜り込んで暴れまわる。
こうして混乱させて対処さえさせなければ、聖グロの浸透強襲戦術は無敵とも言っていいだろう。
其れを指揮するにはリアルタイムでの指揮が必要だ。
単純な戦車の機動力だけではなく、意思決定と伝達に置いても敵に対して優越して、場の主導権を只管握り続けると言う機略戦とも言うべき戦術が取れれば聖グロにとってこのクルセイダー小隊は非常に強力になる。
そして其れに対して指揮官に求められる能力は瞬間的な状況判断能力、敵の意図を読み取る洞察能力、それの裏をかく事に長けた策謀能力」
正しく妹様の為にあるような条件だ。
確かに少数を持って多勢を翻弄する事は妹様にとって最も得意な事だろう。
そしてその妹様に率いられれば撃破能力が低く、ただ速いだけで無視しても差し支えが無かった集団は小蝿から強力な毒をもった蜂となる。
言ってみれば聖グロは全身金属鎧に身を包み、大きなカイトシールドと巨大なスピアを持ってじりじりと迫る重装歩兵の様な物だ。
一撃を効果的に与える為には立ち位置を常に考えて、盾を掻い潜って少ない鎧の隙間を狙うしかない。
しかも、その時に気が抜ければ盾の隙間から槍の一撃が飛んでくるという神経の消耗が著しくなるような戦いだ。
そんな相手と戦う間に決して大きくは無いが鋭い針と毒を持った蜂が此方の首筋を、此方の眼を、此方の背を狙って飛び回るのだ。
しかも油断すればそれは腹を食い破り、此方の臓腑の中で「どちらを向いても敵ばかりだ!撃てば当たるぞ!」と言わんばかりに暴れまわる蜂だ。
「攻撃力」とは単に主砲の口径や弾速等の敵に対して物理的な影響を与える事だけであると誤解されるがそれは誤りではある。
それに加えて機動力による「必要な時に必要な場所にいる」という能力を合算または乗算した物こそが攻撃力であるし、更に言えば防御力にも影響してくるのだ。
例えば、戦車単体に対する攻撃で考えても側面や後方を直角に捕らえれば、より敵に対して効果的な損害を与えられるし、
敵との位置関係で有利な場所を確保できれば攻撃面でも防御面でも優良ともなる。
集団で考えても挟撃等を行えば全体の攻撃力・防御力が増す。
この様に装甲や主砲といった物理的な戦車の性能ではなく、機動力によって攻撃力を確保する事を主眼に置いたのが機動戦であり
更に其処から指揮と意思決定の速度でも相手に優越して主導権を握るのが機略戦である。
「故に最大限に活用するには小隊指揮官にはほぼ完全な自由指揮権と裁量が与えられる事になる訳だ。
勿論、それができるだけの能力を持った指揮官ならばな。
・・・だから少数でもみほが自由にその赴くままに戦車道ができる環境ができると思っていた・・・・・・。
そうであったなら勝つ事など絶対にできなかった・・・!
全身全霊をかけてどの様な展開を考えても、みほは必ずその少し斜め上を行き、私の裏をかくに決まっている!
私はみほに翻弄されて、聖グロの本隊に負けるんだ!
それは決して聖グロに負けた訳ではない!
単に私の部隊が聖グロに対して処理できる体制を整えられるか、それを阻止できるかというみほとの勝負に負けただけに過ぎないんだ!
・・・・・・だがそうはならなかった。みほは本隊の2号車として隊長車の傍にいるだけだった・・・」
「・・・・・・その運用に気づかなかったんでしょうか?」
「いや、それは無い。
ダージリンはその様に視野の狭く思慮の無い奴ではない。
実際にクルセイダー小隊の練度自体は上がっていた。
その傾向もみほの癖が見られる。
明らかにみほに教導させていた」
なるほど、そういえばクルセイダーのピンク髪の子は妹様に柴犬の様に懐いていた。
「・・・・・故意だよ。
全てを知った上でそうしているんだ。
ふ、ある意味アイツらしい。
好きになった者の個性よりも自分で染め上げる事を好むなんてな・・・・・・」
「そ、そんな・・・!」
それが本当なら隊長の夢はやはり叶わない。
一度諦めた筈なのに、絶望した筈なのに。
また希望を見せられて、またその夢を潰されてしまった。
「で、でも妹様もその・・・西住流みたいに・・・」
「違うんだ!」
隊長が絶叫した。
「黒森峰で西住流をしている時はみほは何かを我慢するように誤魔化すようにやっていたんだ。
私にはそれが解っていた!
だから何時か、そこから解き放って欲しかったんだ。
・・・・・・でも聖グロの試合を通して解ってしまった。
みほは・・・あの主体性の無い決して自分の戦車道ではない其れを・・・ダージリンから押し付けられた其れを・・・楽しんでいたんだ・・・・・」
そういって隊長は泣き崩れてしまった。
右手に持っていたまだ湯気のたっていたコーヒーの入っていた紙コップを握り締めて、手が火傷するのも構わずに・・・。
-3-
その日の夜、私は月が淡く輝く夜空の下でオモイデを手の上で転がしながら物思いに耽っていた。
慌ている人間を見ていると自分は冷静になるというが、確かに日中の間は私はあまり気持ちが沈んでいなかった。
いや、それは多分麻痺していただけなんだろう。
今、独りになってこうして妹様の事を考えていると途端にやるせない気持ちになってしまった。
もう妹様は戻ってこない。
もう私達の物ではない。
もう他人の物になってしまった。
もう戦車道に置いても私達の知る其れではない。
「・・・やだよぉ・・・・・」
私はオモイデを握り締め、膝を抱えて泣いた。
「置いていかないで・・・捨てないでよぉ・・・」
決して届かないと知りながらも、同じ様に妹様が夜空の月を見上げている事を祈って。
何故かあり得ないのに、同じ物を見ているなら届いてると期待して。
私は妹様に懇願した。
「私は・・・・・・もう・・・なのに・・・」
『もう、彼女の物』-A
了