如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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完結したので分割していた最終話を一つに纏めました。


最終話【こうして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになった】

-1-

 

全国大会を控え、ついに学年別ではない練習が始まった。

編成は隊長が決めるのだが、何故か妹様と組んだ事の無い上級生をローテーションして妹様の戦車の搭乗員に組ませていった。

いや、何故かというのはおかしな表現であったか。

その意図は明らかであったし、また正しいと思う。

少なくとも妹様が上級生達の間で快く思われていない事は隊長も承知の上であった筈だ。

今まで直接的に何かをしようとしなかったのは、恐らく姉である隊長が動けば身びいき等と取られてもおかしくは無いと判断したからと思われる。

立場が故に愛していた妹を助けてやる事が出来なかったのはとてもお辛かったであろう。

全く、他の者達も隊長を敬愛しているのは間違いないのだから、妹様に辛く当たれば隊長が悲しむという事が何故考え付かなかったのだろうか。

とりあえず、これで妹様と組ませていけば、もうその様な事は起きなくなる事は想像に難くないだろう。

 

さて、妹様にはこれまで3度驚かされた事があった。

個人戦での個での戦車長としての能力。部隊の指揮能力。そして教導能力だ。

しかしながら、ここでもまた別の才を見せ付けてくれたのだ。

これは先の三つとはまた別のものではない。その内の二つである個の戦車長としての能力と指揮者としての能力に関係するものだ。

・・・より正確に言えば西住姉妹に驚かされたと言うべきだろう。

隊長にも去年に散々驚かされたが、まだ底があったのだ。

この二人の本領は二人揃った時にその真価を発揮するのだ。

隊長が指揮を執り、その中継点を副隊長の妹様が担うと、全体戦略としては有利を取る為の不動の安定さを誇り、局地的な戦術としては小を以て大を破るという掟破りと為した。

特にこの組み合わせのシナジーは恐ろしいほどの噛み合いを見せた。

隊長の戦略では全体の有利を取り、その有利のマージンを生かして更なる有利を取りに行くという戦法だが、そうなると必然的に局地的には不利な箇所も出てくる。

大抵はそこで対面するであろう敵より少数であったり、戦車の相性や質が不利で合ったりするのだが、そこを妹様を小隊長に据えると打ち勝ってしまうのだ。

となれば上中下に下大中と当てている筈なのに下が大を打ち破り、結果的にその後の展開の為のマージンを取るなどという問題ではなく、その段階で勝負がついてしまうのであった。

 

個の戦車としての動きは殊更に顕著であった。

部隊演習ではなく戦車同士の勝負、即ちタンクジョストの練習のシチュエーションで何度かこの姉妹2輌対複数の試合が行われた。

相手の数は疎らであったが、時には5倍の10輌という事もあった。

ランチェスターの法則にして戦力比は25倍となる。

しかし、一人ひとりですら化け物染みた強さであったこの姉妹が二人揃うと"史上最強最凶最驚最恐生物"と無茶苦茶な形容詞を並べるしか表現のしようが無いくらいであった。

姉妹であるからだろうか、はたまた天才同士であるが所以だろうか、この二人はこの世で最も連携が取れているとされている唇と歯と舌の様を思わせるコンビネーションを見せ付けた。

簡単なジェスチャーで互いの意思を統一し、時にはアイコンタクトだけで互いが次に何をするのか把握していたのだ。

更に極まるともはや視線すら交わす事無く、互いの盲点をカバーし合い、一方が敵を誘導したり足止めをしたと思えば一方がそこを撃破する始末である。

 

神が戦車道に置いて完全無欠な存在としてこの姉妹を生み出したのだと思ったが違ったのだ。

この人達は未完の片翼の天使であったのだ。

我々凡人が地べたを這いずり回りながら空を見上げてこの姉妹を見ていたとき、彼女達は飛翔をしていたのだと思っていた。

ところがそれは飛翔でもなんでもなくただの跳躍であった。

二人の大天使が手を取り合い、互いの欠けた部分を補完し、助け合う事で両翼をもって飛翔するのだ。

太陽に向かって届かんとばかりに飛ぶが、その羽は蝋でできた偽者ではない。

イカロスと違い何処までも高く雲を切って飛べるのだ。

 

-2-

 

そうして全体練習が始まると徐々に妹様を見る目が変わってきた上級生が増えていった。

嫉妬は尊敬に 不快は情愛に 嫌悪は好感にと取って代わっていった。

その増えるペースを具体的に言うのならば妹様の戦車に新しく乗っていく人員と殆ど差異は無かった。

もはや妹様に対してネガティブな視線と発言や態度を取るものはいなくなっていった。

普通の者なら今まで自分を嫌厭していた人間が掌を返したように擦り寄ってきても距離を置くだろう。

しかし、妹様はその様な狭量な性格とは無縁であった。

まるで過去を気にしたなどという体を一切見せず、自分に対して好意を向けてくれた者にはそのまま好意で返していたのだ。

何時かの会議で妹様をからかった者達が妹様に謝りに来た事がある。

あの様な事をしておいて・・・と思わなくも無いが、真正面から謝罪しに来るというのは正直に言うと個人的にはかなり見直した。

最も、妹様から距離を取られるのだけは御免だろうから取り得る選択肢の中で妥当ではあっただろうが。

ともかく、そうして謝りにきた先輩達を妹様は一言も攻める事無く、むしろ嬉しそうに手を取って「これから一緒に頑張りましょう!」といって微笑みかけていた。

先輩達は即堕ちしていた。

 

そうなると、日常における妹様の一挙一動に対する評価も変わった。

あばたもえくぼなんとやらだ。

前までなら抜けているだのドジだのノロマだの言われていたのだが、そういう面ですら「可愛い」「守ってあげたい」「ギャップが良い」というくるりと勢い良く掌が回ったのだ。

まぁ解らない事でもない。

どうしたって同じ事でも外見が優れていない人と優れている人では受ける印象が違ってきてしまうのは仕方が無い事である。

妹様の場合は外見的な要素が印象に作用していた訳ではないが、結局の所で別の部分で色眼鏡を通されていたのだから本質的には変わるまい。

印象が変われば当然ながら心配していたように、妹様への教導の願いが何人からか申し込まれる様になった。

当初は妹様も私達に悪いと言う気持ちと先輩達が折角仲良くなってくれたのにここで断って逆戻りしたらという不安に揺れて迷っていたようだが、

私達が気にする事ないから先輩達も見てやって欲しいと言うとあからさまにほっとした表情を見せていた。

それから時間帯は違えど一週間毎日していた5人での練習は6日間となり、その内5日間となって、幾許かすると4日間に減った…。

 

 -3-

 

ついに全国大会が始まった。

初戦は難なく突破する事ができた。

最もそれも当然といえるだろう。

戦車の質で言えば間違いなく高校戦車道界で最良の編成といえるだろう。

そして私達、黒森峰機甲科はトップクラスの質を保っている。

そこにあの西住姉妹が指揮を取るのだ。

どのような相手にも負ける要素は見当たらなかった。

一回戦を突破した事は嬉しかったが、同時に気は少し沈みつつあった。

時間が進めば進むほど、妹様の周りに人が増えて、あの楽しい時間が減って行ってるのだ。

遂にはあのメンバーで練習する日程は一週間の内の三日間だけ、つまり半数を割ってしまった。

妹様が私達に割く時間より他に割く時間の方が多くなったというのはどう自分を納得させても陰鬱にならざるを得なかった。

しかしながら試合で戦車に乗っている間はそんな寂しさとは無縁となれるのであった。

妹様の車輌には乗れなかったが、今の私には代替品があるのだ。

これを胸に潜ませているだけで、まるで妹様と一緒に戦車に乗っている様な錯覚に陥る事ができるのだ。

・・・・・・そう、錯覚だ。

所詮は現実ではない大脳皮質にただの記憶として保存されている残滓を無理矢理呼び起こしているに過ぎないのだ・・・。

戦車に乗っている間はそんな事も気にもしないで脳の呼び起こす仮想に浸っていられていたが、一度戦車から降りると否が応にでも現実に引き戻されるのだ・・・。

 

そんな私を心配してくれたのかどうかは解らないが同学年の友人であるオセロと囲碁(初対面の時に私をそう評した事から私はずっとそのあだ名で呼んでいる)が久々にと私を学食に誘ってくれた。

確かにたまにはあの4人達とは別の面子で食事をするのも悪くは無いと思った。

そして取りとめも無い雑談を交わして、一頻り楽しんだ所でふとある疑問が湧いてきた。

一度思うともう無視ができない程、その疑問は私の心を大きく占有してきたので確認がしたくなってきたのだ。

 

「…なぁお前達は副隊長の事をどう思う?」

 

私はどういう答えを期待していたのだろうか。

表層では恐らく肯定的な答えが返ってくるのだろうと無難な予想はしていた。

心の中心では特に興味も関心も無いような返答を期待していた。

・・・多分心の奥底のずっと本能に近い所は突如彼女達が興奮し、紅潮したまま妹様への罵倒をがなりあげ、徹底的にこき下ろす事を望んでいたのだろう。

だが、勿論彼女達は常識を弁えるし馬鹿でもなんでもない。ましてや私の友人をしているくらいだから所謂ところの"良い奴"であるのだからそんな事は万に一つもしないだろう。

 

「副隊長ね・・・うーん、、そうねぇ控え目に言って・・・・・・」

 

私の質問に二人は顔を少しだけ見合わせると、オセロが自分の中で答えを定めるかのように呟いた。

私はその言い様に少しだけ期待を胸に潜ませて、無意識に前乗りになって答えを待った。

 

「控え目に言って?」

 

「控え目に言って・・・天使かなぁ」

 

私は一瞬だけガクリとなって頭を机に打ち付けそうになった。

まぁ解っていた事ではあったのだが。

 

「まぁベタだけど副隊長って普段はあんなにぽやぽやしてるのに戦車に乗ると無茶苦茶頼もしいじゃない?

 でも普段は無茶苦茶可愛いでしょ?いいよね~そういうの~」

 

「うーん、まぁ確かにそういう所もいいけどね。みほさんの魅力はもっと他にあるんじゃないかな」

 

「へぇ例えば?」

 

私は二人の議論に口を挟まず、ゆっくりとカツカレー定食を口に運びながら黙って聞いていた。

1対1ならともかく、ここは自分が水を向けるよりは二人に自由に論じてもらった方がより求めている物を聞けると思ったからだ。

 

「愛よ」

 

「はぁ?何行き成り寝ぼけた事言ってるの?

 年甲斐もなく少女コミックか恋愛小説でも読んで感化でもされたの?」

 

「少女コミックは兎も角として恋愛小説は別に年は関係ないんじゃないかな

 でもこれは大真面目に言ってるんだよ」

 

ふむ、とオセロは一旦は茶化すのを止めたようだ。

どうやらジョークの類ではなく、何かしらの持論があっての主張だと思ったのだろう。

オセロは無言で囲碁に続きを促した。

 

「人間にとって最も充実や幸福を感じたりするは何だろうか?

 大金を得て金銭欲を満たした時?魅力的な異性と性交をして性欲を満たした時?何か偉業を達成して名誉欲を満たした時?

 いいえ、違う。最も幸福感に満たされるのは自分が愛されていると実感した時よ。

 人は愛無しでは生きられない。食事や空気は肉体の物理的活動を行うのに必要不可欠だけれども、愛は精神的活動を行うのに必要不可欠。

 人間にとって最も不幸なのは親の愛を受けれなかった者であると言うけれど至言だね。

 生まれたての赤子というのはその時点では無垢で人格もなく、当然ながら物質的な見返りも期待できない。

 にも関わらず親は愛を注ぐのだからこれ無償の愛と言える。愛が人間にとって最も必要な物であるならば無償の愛というのは最上位の愛に間違いないのだから。

 結局の所、人は肯定されたいんだよ。これはどんな事でもそうさ。

 褒められたい。好かれたい。親しまれたい。尊敬されたい。

 もし、自分を無条件無対価で此方がどう遷り変わろうと、心の底から好いて慕ってくれる人がいたのならば、それはどんな財産よりも人生に潤いをもたらしてくれるだろうね」

 

「なるほどね。

 まぁ人にとって愛が最上位であるかどうかは議論の余地がありそうだけど、少なくとも優先順位はかなり上位の方にあるというのは同意するわ。

 で、それと副隊長の関連性についてだけど?」

 

「もう解っているんじゃないかな?

 普通は年を取って社会に適応していくにつれて愛を発信する能力も受信する能力も衰えてくる。

 それはしがらみだったり、照れだったり、社会的立場だったり、属している集団の了解だったり。

 幼児はあんなにも素直に心の内を表に出して賞賛したり想いをぶつけたりできるのに、成長するにつれて心を殻で守って外に備えるようになる。

 勿論、これは心の防備と無節操に発信しない為の社会に対する適応なのだから"良い事"なのだけれどね。

 でもみほさんは余りにも純粋で余りにも心の内に素直すぎる。

 何かしてあげたり声をかけてあげたりすれば、通常なら幾らかはあるべきの社交辞令や礼を言う義務感などを欠片も含まず、裸の心で感謝と喜びを伝えてくる。

 誰かが怪我したり困っていれば一緒に悲しんでくれて、誰かが喜べば一緒に楽しくなってくれる。

 そういう人だからそりゃ可愛いし愛しくなるよ。でも同時に不安だね」

 

「不安?」

 

静観していようと思ったが、突如不吉な事を言われてつい口を出してしまった。

 

「さっきオセロがみほさんの事を天使って表現してたよね。

 私もそれには同感。でもオセロとは違った意味の・・・いえ、正確には別の意味も含んでいるの。

 知ってる?人を天使って呼称する時のまた別の意味を?

 まぁこれについては深く語るのは避けておくし、みほさんがそうとは言わない。

 でもあの純粋さは怖いね。

 ・・・・・・愛に餓えている人は愛を求めて愛を振りまく。

 周囲に愛を注げばそれが自分に帰ってくると思ってね。

 さて、みほさんは誰でも貰えた筈のこの世で最も尊い愛を貰えていたのかな・・・」

 

「・・・・・・」

 

私は黙ってしまった。黙らざるを得なかった。

それは私が最初に周囲を伺ってビクついていた妹様を見た時に思い浮かんだ事だった。

戦車道としては尊敬に値するあの人は果たしてどうなのだろう。

妹様からは姉である隊長についてのお話は良く聞く。

御家の方で世話になっていた女中さんについても聞く。

しかし、親についての話を妹様がしている所を私は見た事が無いのだ・・・・・・。

 

-4-

 

2回戦も難無く突破した。

黒森峰機甲科生徒達は勝った瞬間には喜びを表したが、それも勢いはさほど大きくなくそして直ぐに沈静化した。

何の事はない勝って当たり前だからだ。

前述した通り、今年の黒森峰は優勝した去年より遥かに強くなっていると称しても決して過言ではない。

それも西住姉妹の影響が大部分を占めているのも間違いないが、それとはまた別に新しく入学してきた1年生にも有力な戦車乗りが潜在していたからだ。

其れは妹様の教導を受けてメキメキと頭角を現し、遂には本試合での出場を認められた。

隊長や妹様は例外として、1年生で1軍となれるのは非常に稀であった。

最も、そこには余りにも彼我の戦力に差がありすぎたので、見所のある一年をだして経験を積ませようという魂胆があったのは否定できない。

それでもその用意された座を勝ち取ったのは紛れも無く彼女らの実力による物であった。

来年もまだ西住姉妹は健在であるし、黒森峰の未来は明るいといえるだろう。

 

一方で私の心の内は明らかに暗い。

もはやあの個人練習は週に1日か2日となっていた。

あれからますます妹様に引き込まれる生徒は増大の一途を辿るばかりであった。

そして、それに比例するかのように妹様は無防備になっていったのだ。

この前などベンチに座りながらブーツの紐を結ぼうとしていた時であった。

足元を覗き込むように作業をするのがやり辛かったのか、よいしょと可愛い掛け声で片膝をベンチに立てたのだ。

黒森峰のパンツァージャケットはその少々だがスカートが短い。

となると当然の理として妹様の可愛いおへそが見える程まで捲れ上がってしまった。

私は一瞬だが動きが止まってしまった。

そして慌ててこの場にいるのが私達だけではなく多数の生徒がいる事に気づいた私は慌てて妹様に小声で下着が見えている事を伝えると良く聞こえなかったらしくそのまま首をコテンと傾けたのだ。

無垢な表情のまま首をかしげて片膝を立てて下着を見せ付ける妹様は控え目にいっても小悪魔としか思えなかった。しかも天然のだ。

 

 

 

あれから何度か妹様の様々な家事を担当したのだが、明らかに幾つかの衣類や私物がなくなっているのだ。

妹様自体は特に頓着していないのか、はたまた日常に置いては何処か抜けている事を自覚していたからか、何処かで紛失したと思っているらしい。

私は一体どうすればいいのか悩み果てていた。

これ以上、同類を増やしたくなかったのだが、それが何故かは自分でも解らなかった。

妹様を占有できる時間が減るから?

否、もはやそれは既に問題となる部分は通り越している。

どういった理由から自分のこの気持ちが湧き出ているかは解らなかったが、何としてでも止めなくてはならないと決心していたのだ。

 

そうだ!隊長に相談すれば良い!

他の者は全て妹様の戦車に乗った事がある。

この様な相談をしてもそれは鼠に鼠捕りの設置場所を相談するようなものである。

しかしながら、隊長は今まで一度も妹様の戦車に乗っていない。

それはそうだ。両方とも戦車長であるし、ましてや隊長と副隊長が同じ戦車に乗るわけが無い!

いい考えだ。隊長ならきっとまともな普通人の視点で、そう私達が妹様の戦車に乗る前の感性で判断してくれる筈だ!

そう決断し、隊長の部屋へと走った。

もう外が日が赤くなり、地面を朱に染めていた頃の事であった。

 

 

「隊長、相談があるんです・・・」

 

「ふむ、何か重要な事らしいな。解った、中に入れ」

 

ドアをノックし、出てきた隊長に不意の訪問を詫びる事も無く開口一番に用件を切り出した。

この無礼を隊長は一言も咎めずに、むしろだからこそ深刻な事だと受け止めてくれたのだろう。

誘われるまま中に入り、机の前に座ると隊長が「確かブラックでよかったな」とコーヒーを出してくれた。

 

「話す前にまず一杯飲め。それで心が落ち着くからそうしてから話してみろ」

 

なるほど、確かに気が焦って冷静ではいられなかったのは間違いない。

そこを見抜き、そして最良の対処をしてくれるのは流石の隊長であった。

私はカップを持ち、コーヒーを一口啜る。

美味しい・・・。そして温かい。

 

「どうだ、落ち着いたか?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「良し、じゃあ話してみろ」

 

 

私は全体練習を行うようになってから妹様への上級生の反応が変わり、そして妹様の私物や衣類の紛失が続出している事を告げた。

・・・・・・自分も過去に同じ事をしている事は伏せた。

こんな事を隊長に懺悔する勇気が持てなかったのだ・・・。

恥ずかしいという気持ちからではあったが、自分がしておきながらも隊長に同じ事柄について相談している時点で厚顔にも程があるのは重々理解していた。

話し終えると隊長に合わす顔が無く、自然と首を下げて俯いてしまった。

・・・・・・そうだ。返そう。

妹様の衣類を洗濯するときに一緒に交ぜて、何食わぬ顔で渡せばいいのだ。

最も心でそう決断しておきながらも、結局は駄目な子供が親に叱られた時だけ決意しているような物である事も頭のどこかで理解していたのだが。

 

「そうか・・・よく相談してくれたな斑鳩」

 

「はい・・・・・・」

 

「全くあいつらにも困ったものだ。

 盗んだ物と同形の物を購入しておいて交ぜるくらいの事をすれば良いのに。

 まったく何処か抜けている」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・え?

 

 

 

 

 

 

私は顔を勢い良く上げて隊長の顔を見た。

隊長は心底呆れた様な顔をしていたが、何処にも深刻さを感じさせはしなかった。

そこで何故だか私は確信してしまった。

 

「・・・・・・ま、まさか!全部ご存知だったんですか!?」

 

「概ね合っている。より正確に表現するならば予想がついていたというべきか」

 

「予想って何で!何でこんな風になる事が予想できるんですか!」

 

隊長は少し困ったような顔をした。

私には其れが物分りの悪い子供を相手にする様に見えた。

 

「斑鳩は何故この事を私に相談したのだ?」

 

「何故って・・・」

 

「私がみほの戦車に乗った事が無いと思ったからだろう?」

 

「・・・・・・」

 

そうだ、その通りだ。

実際に妹様が黒森峰に来てから一度も乗っていない。

だから相談したのだ!まだ染まっていないと思って。まだ溺れていないと思って

 

「やれやれだな。確かに私は黒森峰では一度も乗っていない。

 しかしだ、私がみほが生まれてから何年一緒にいたと思っているんだ?」

 

「・・・・・・あっ」

 

そうだ、その通りだ。

西住ならば家に戦車もそれを動かす環境もいくらでもある。

それならば幾らでもその機会があるに違いない。

とっくに・・・隊長もとっくに手遅れだったんだ。

私達よりも遥か昔に。それこそ私達が戦車道に触れる前から。

 

「じ、じゃあ・・・なんで・・・なんでこんな事を放置するんですか?

 解ってて何故!」

 

「それはな。お前達が哀れだったからだ」

 

珍しく隊長は笑っていた。

今までで隊長が笑うのは妹様に関係するときぐらいであった。

今も確かに妹様が関係していた。

しかし、妹様の写真や手紙を見た時の、見ている此方までも嬉しくなるような笑みではない。

もっと、もっと別のナニカに見えた

 

「お前達はみほ戦車に乗って自己成長の実体感と自己の承認欲求。他には達成感や賞賛等かな。

 様々な快感を得れただろう。

 しかし、たった一つだけ絶対に得られないものがある」

 

私は震えていた。

そこから先を聞くのが怖かった。

私は無意識のうちに左手を右胸に当てていた。

 

「それはみほからの尊敬。見上げられる事だ」

 

いやだ!言わないでくれ!

 

「私は戦車道自体に対しては好む事も楽しむ事は無かった。

 ただ、西住の家に生まれた事からの義務だけが私が戦車道をやる理由だ。

 別にそれ自体を忌んだ事は一切無い。

 生まれつきの事であるし、また少なくとも一般標準より良い生活をしているのであれば同時に義務も背負うべきだろう。

 しかし、私が戦車道を好み、楽しむ理由は戦車道の本質より外部にある。

 それは戦車道ではみほが私を上に置き、推尊し、畏敬し、敬慕してくれるからだ。

 何の含みも無く、下心も無く、上辺だけのとは違い、心をから姉を凄いと思って賞賛してくれる」

 

そうだ、それを受けたらどんなに気持ちの良い事か。

囲碁の言っていた通りだ。

何の不純物も無い真っ白で透明な賛美こそが妹様から齎される最大の快感であった。

 

 

 

だが、其れは

 

「だが、其れは」

 

 

 

私達では

 

「お前達では」

 

 

 

得られない

 

「得られない」

 

 

 

何故ならば・・・・・・

 

「何故ならばお前達は才能が無いからだ」

 

 

 

 

-5-

 

その通りだ。

私達が妹様から受ける賞賛は全て上からかけられる言葉だ。

 

良く出来たね 偉いね 頑張ったね。

 

それは言ってしまえば飼い主がペットの犬にでもかけるような物だ。

しかしながら、上に向けての敬意や尊敬は得られない。

 

そんな事ができるんだ!凄いね!流石だね!

 

そんな言葉を妹様からかけられた事は無かった。

 

理由は簡単だ。

私達では妹様にそう思わせるだけの実力がないからだ。

砲撃や操縦の技能等のそれぞれの専門技術なら妹様を上回る者は幾らでもいるだろう。

実際、私は妹様より操縦技術は高い筈だ。

しかし、そういう物ではないのだ。

戦車道としての本質的な何かが必要なのだ。

だから、絶対にその様な言葉をかけられる事は無い。

私の全身が弛緩した様に力が抜かれ、右手がだらんと床に落ちた。

ただ、まるで全身から抜かれた力が其処に集まっているのかの様に、左手だけはパンツァージャケットの右胸を強く握り締めていた。

 

「私は今でも覚えている。

 最初にかけられた言葉は『凄い!お姉ちゃん!』だ。

 あの時の衝撃は忘れられない。

 私にとって戦車道は義務によって遂行されるものだった。

 それは家にとっても同じ事なのだろう。

 それまで・・・いや今までもみほ以外から戦車道に関連した事柄で褒められた事など無かった。

 精々が労いと言った所か

 だから其れを知らないお前達が、其れを絶対に得られないお前達が哀れに思ったから、少しでもと思って放置していたのだ」

 

そこまで言い切ると隊長はふふふと静かに笑って滑稽な事だと言った。

 

「斑鳩、お前はどう思う?劣っている姉がより優れている妹に褒められて喜んでいるのは。

 実に滑稽じゃないか?」

 

「・・・どういう意味ですか」

 

「そのままの意味だ。お前達は私を天才だと持ち上げてくれるがとんでもない。

 私など妹に比べれば唯の凡夫に過ぎない」

 

私はかつて年の始めに行われた最初の集団戦の練習試合を思い出した。

あの相反する西住姉妹が戦ったらどうなるのだろうかと言う答えなき疑問だ。

あの時はどれだけ期待され望まれても隊長は決して行わなかったのだが。

それの答えが隊長自身の口で明かされたのだろうか。

 

「で、では・・・隊長よりも副隊長の方がお強いと?

 あの時の練習試合で隊長と副隊長が戦わなかったのは・・・」

 

「少し違うな、あの時戦っていれば間違いなく私が勝っていた。

 だから戦わなかったのだ」

 

「どういう事ですか?意味が解りません」

 

「お前は昔、人の才能を平面での粘性のある図形で例えた事があったな。

 私は円だと。その通りだ。だからこそ真円と例えられる西住流という枠は私にピタリと合う。

 外周にあった線の歪みは西住流という枠をはめる事で補正され、私をより完璧な円にしてくれる。

 一方でみほは違う。あれは図形と表現する事もできない。中心から無作為に全方位に好きな様に広がっていくという才能だ。

 例えるなら無尽蔵に増殖していくカビだろうな。

 そんな才能と素質に真円の西住流という枠をはめても無駄が多すぎる。

 枠の中には隙間だらけで、納め切れなかった枠の外の枝が無駄になるだけだ。

 それでも元が巨大であるから凡人とは一線を画しているがな」

 

私は隊長のとんでもない発言に混乱の極みにあった。

西住流の次期当主候補が西住の娘に対して西住流が適していないと断言したのだ。

 

「もし、みほが西住流の縛りから抜けて、その才能を自由に外へ思いっきり伸ばし、自らが思うように戦えるようになったのならば、

 更に、戦車道の経験も無くまだ何の癖もついていない真っ白な素材の雛を、みほが教導してその才能を余す事無く開花しさせ、自身が率いる隊員としたのならば、

 私など足元にも及ばない。恐らく、戦車の質も数も倍以上のハンデがあったとしても負けるよ。

 しかしながら家元はこと西住流については意外な程に視野が狭くてね。

 私などはみほには好きな様にやらせて結果を出させてこれも西住流と言い張ればいいと思っているのだが・・・まぁこれは伝統と組織を背負っている者とまだ背負っていない者の視野の違いなのかもしれないがね。

 少なくとも家元のその意向のおかげで、みほは自分の実力を勘違いして私の事を上に置いてくれるのだから助かっているのだが」

 

言われて見て、妹様の戦車長として指示や隊長としての指揮に違和感があった事を気づいた。

何かしこりがあるような、不自由さを感じるようなそんな雰囲気があった事を。

 

「・・・・・・副隊長の車輌にまるでローテーションの様に上級生を乗せていったのは?」

 

「無論、全員に知ってもらいたかったからだ。

 仲間はずれは可哀想だろう?」

 

「私を最初の練習試合で妹様の操縦士に任命したのは?」

 

「テストケースだ。

 私も同年代と僅かな差の年上とではどう反応が違うのか、予想に確信がつかなかったからだ」

 

「・・・信頼しての事ではなかったのですね」

 

「いいや?私はお前を最も信頼していたぞ?

 お前は普段は飄々としているが、私の知る限りこの黒森峰でもっとも芯が通っている人間だ。

 誇りも潔癖さも純粋さもだ。そんなお前が堕ちるのであれば全ての生徒が堕ちるだろうと思ってな」

 

「では、副隊長の事について相談したのも・・・」

 

「勿論、テストの結果の確認だ。

 お前は私の質問に即座にしかも満点に近い解答を出した」

 

嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!

私達を哀れに思ってだと?そんな訳が無い!

それならそんな表情をする筈が無い!

この人は自慢したかったのだ。見せびらかしたかったのだ。

子供が自慢のおもちゃを少しだけ友達に触らせ、その後に自分が自由に好きなだけ遊んで優越感を感じる様に。

私が顔を上げ、隊長を睨みつけていると、あの何とも形容しがたい笑みは極普通の・・・あの見ているだけで暖かくなる優しげな笑顔へと変容した。

隊長はその笑顔のまま、私の肩をぽんと叩いた。

 

「お前のみほに対しての忠誠心は見事な物だ。

 色々、みほが世話になっているようだな。

 隊長としても姉としても礼を言うぞ。

 これならみほをお前に任せる事もできそうだ」

 

・・・任せる?任せるとはどういう意味なのだ。

 

「今後、副隊長の車輌の操縦士をお前に任ずる。

 能力的にも人格的にもこれほど信頼できて適任な者はいない。

 受けてくれるだろう・・・?」

 

私は呆然とした。

勿論、受けて終わりな訳が無い。

これは褒美を兼ねた餌なのだ。

お前にだけ美味しい思いをさせてやる。特別扱いにしてやる。

だから従え。全てを飲み込め。黙って頷いて大人しくしていれば良い思いをさせてやる。

今まで妹様に対してサタンの誘惑のようだと表現してきたが、これこそが本当の悪魔との契約なのだ。

そんな取引に応じれるか。人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。

尊敬し敬愛している人を中心に理不尽で反社会的で耽美な集団が形成されていくのを黙って見ていろというのか!

これ以上私を、友人のオセロや囲碁。可愛い後輩の逸見達。尊敬していた新海先輩を

そして誇り高き黒森峰女学園機甲科を汚すな!

 

そう心の内から叫びが湧いてきた。

それもまた本心ではあったのだろう。

 

「・・・・・・はい、解りました・・・。

 謹んでお受けいたします」

 

しかしながら口から出た言葉は弱く唾棄すべき惨めな私らしい返答であった。

その時はとてもではないが隊長にもそして自分以外の世界全てに向ける顔がなかったので、床だけを見つめていた。

・・・だから、私がそう返答した瞬間、隊長がどんな表情をしているのかは解らなかったのだ。

それでもなお、左手だけが強く服の上から内ポケットにある私のタカラモノを強く握り締めていた。

 

-6-

 

次の日、どういう告知の仕方をしたのか解らないが、全ての上級生の隊員に隊長からお達しがあった。

曰く、副隊長の私物を持つなら代替品を用意して入れ替えろだそうだ。

実際にはもう少し細かい事も言っていたが、要約すればそんな所だろう。

其れを聞いて生徒達の大部分の顔に浮かんだのは嫌悪でもなく外でもなく安堵であった。

私だけが異常性癖者ではなかったのだと、極一部の例外ではなく一定数以上存在する分類に属しているのだと。

 

私はその夜、何時ぞやの時の様に月光に白布を当てて考えた。

そうだ・・・私は悪くないだろう?

もしこの様な事になるのが私だけ、または2-3人だけの少数であるなら「異常」と誹られても納得する。

しかし、しかしだ!大多数だ!ほぼ全員だぞ!

であるならばこれは必然ではないか!致し方が無い事ではないか!

砒素を含んで死んだ者を体が弱いと詰る奴がいるだろうか。

突如起きた地割れに巻き込まれたり、前兆無く振ってきた隕石にぶつかって死んだ者を集中力が無いと馬鹿にする者がいるだろうか。

私の人格や人生に問題があった訳ではないのだ!私は悪くない!全ての原因を挙げるならばそれは妹様に他ならないじゃないか!

この事を外部の人間や、はたまた世界を見下ろしている超越的存在、または第四の壁越しに見ている視聴者や読者等と言った第三者ならば私達の気持ちは理解できないだろう。

戦車道を知らず、妹様の車輌に搭乗する経験も知らぬ者はどんなに想像の翼をはためかせても共感を得られない。

だがしかし、戦車道を本気で歩んでいる者であればある程、この沼に嵌っていくのだ。

今もこの月夜の下で私と同じ様に妹様の下着を見ている者がいるのだろう。

なるほど、よくよく考えればこれは必然だ・・・。

 

『黒森峰女学園は日本戦車道を体現した象徴である!』

 

戦車道に己を賭けている者や人生を費やしている者ほど嵌り易いのであれば、この黒森峰ほど泥沼に変異しやすい場所はあるまい。

結局の所、この学園も隊長にとって最も都合の良い遊び場だったのかもしれない・・・。

私は白金の天使の聖遺物を握りながら寝台に潜った。

何時もの様に己を矮小なる存在だと強く認識させる行為に出る。

その行為に没頭しながらも考えた。

あの天使の皮を被った純粋で堕落の悪魔の誘惑に耐えられる者はどんな人物なのだろうか。

きっと戦車道を今までした事も無く縁すらなく、それでいて初めて行う戦車道を妹様と一緒になって楽しめる、そんな人物なのだろう。

・・・最もそんな人物が黒森峰にいる訳が無いのだが・・・。

 

-7-

 

準決勝を突破し、残す所は決勝だけとなった。

決勝の相手はプラウダ校である。

強豪校と言って差し支えはないが、去年の黒森峰であるならばまだ可能性は無くは無かったが、

今年の黒森峰では何らかの不幸が重なった上での奇跡でも起きない限りはまず負けないだろう。

あれから副隊長の操縦士に選任されてから、私は妹様の戦車に乗る機会は激増した。

当たり前だ、毎日行われる戦車道活動の大部分を一緒に過ごす事になるのだから。

妹様と同乗できる様になったのだから右胸に仕舞われているこのタカラモノはもう既に必要の無い物の筈なのに、私はまだ捨て切れなかった。

それですら隊長の予想通りだと思うと悔しいが、左胸にある心臓が私の肉体にとって物理的に必要な物を全身に行き渡らせる機関なのだとしたら、この右胸にある物は私にとっての精神的な右心臓なのだろう。

戦車に乗っている最中は非常に高揚し、芯の髄から楽しくなり、そして夜には何とも情けない気持ちになるという浮き沈みの激しい日常を送っていた。

・・・不安になる事はある。多分何時か私の心と言う器が持たなくなるだろう。

心と言う器は一度ヒビが入れば・・・・・とは言うが、私の心の器は今どうなっているのだろうか。

・・・・・・そしてあの5人での個人練習はついに行われなくなった。

 

-8-

 

そして時は流れ、決勝を明日に控え、必勝祈願もかねて妹様の部屋で全員で食事を取る事になった。

個人練習をする機会が減り、自然と全員で食事会をする機会も少なくなっていき、何時の間にか自然消滅していたのだが、妹様がやりたいと珍しく可愛い強請りを見せたので久々に行われたのだ。

用意されたのは全員で食事を取る様になったあの日初めて出された貧乏鍋。

逸見などは勝利祈願ならばカツ料理ではないのかと軽口を叩いたが、妹様がでもこれこそが私達にとって一番思い入れのある料理だよ!といって喜んでいるのを見て何も言えなくなっていたようだ。

浅見も溢れる元気さを見せていた。赤星の何かを不安になる笑顔も久しい・・・。

 

「楽しいですか?斑鳩先輩」

 

ふと感慨にふけっていると、私の顔を覗き込むように妹様が声をかけてきた。

いけない、また何時の間にか俯いていたようだ。

最近、戦車道以外の時間では地面を向いている事が多くなってきていたのだ。

 

「え、はい 楽しいです。そう・・・本当に・・・」

 

久しくこのメンバーで何かをする事をしていなかった。

最近は精神的に疲れを感じていたが、それが癒されている事を感じている。

 

「それなら良かった!皆、心配していたんですよ!」

 

「え、心配とは?」

 

「最近、なんだか斑鳩先輩が元気が無いように見えたから、4人で話し合ってたまにはまた5人でご飯でも食べようって

 でも斑鳩先輩は急がしそうでもあったから迷惑かなとも思ったんですけど」

 

「ちなみに最初に言い出したのは逸見でーす」

 

「あ、あんた!ちょっと何を!」

 

「でも嘘じゃありませんよねぇ」

 

・・・・・涙が出てきた。

心の器から溢れるように、でも壊れたり崩壊したりした訳じゃない。

恐らく、そのままだったら心の器が一杯になり、ドロドロした物となって溢れて来たであろう物が、涙という形になって排出されているのだろう。

 

「え!ちょっと斑鳩先輩!泣かないでください!な、何か悪い事を言ってしまいましたか?」

 

そうだ、何で気づかなかったんだろう。

楽しいと思っていたのは戦車道だけじゃないし、妹様にだけじゃないんだ。

この5人で何かをしているのが楽しかったんだ。

だから、私が妹様の下着を幾ら弄んでも飢えが満たされなかったのだ。

私が求めていたのはあの日の私だけの成功体験とかそんな物だけではない、この5人で何かを一緒にしていた事という事が楽しかったんだ。

だから5人での練習も楽しかったし、心待ちにしていたのだ。

なんだ、気づけば単純な事だ。

幸せの青い鳥は直ぐ身近にいたのだ。

 

「ご、ごめんなざい。な"んでもないの。

 ぼんどぅにうれじくて・・・ありがどう!・・・みんなほんとうにあ"りがとう!!」

 

心に抱えていた色々な穢れ汚れといった暗い物が涙と一緒に消えていった気がする。

憑き物が落ちた様にすっきりとしていた。

そうだ、この右胸にあるタカラモノだったものはもう本当にいらなくなった。

折を見て洗濯をして返しておこう。

前にも同じ様な決意をした事があったが、その時とは違い、もはや其れをするのに何の悩みも迷いも無かった。

私にはこんなに素敵な後輩達がいるじゃないか。

もはやこんな唯の布切れに何かを想って自分を慰める必要など無いのだ。

私が一頻り泣いて、落ち着いてから食事が再開された。

私はまだ目が赤かったようだが、思う存分笑って楽しんだ。

くだらない話も、浅見が逸見をツンデレだとからかって遊ぶのも、赤星がそれをニコニコとして見ているのも、全部が楽しかった。

そうしていると妹様が私にお願いがあるそうだ。

今ならば例えどんなお願いでも聞いてやれそうだ。

あの巨大なボコのヌイグルミが欲しいのと言われれば小遣いを全てはたいても良いし、甘えたいと言われればどんな甘やかしもしてしまうだろう。

 

「えっとですね、斑鳩先輩。私と敬語ではなく普通に話してくれませんか?

 名前も呼び捨てにして欲しいです」

 

・・・え、それはちょっと・・・・・・。

 

「普段から敬語を使う人なのかなと思ったんですけど、この前に学食で同級生の方と話しているときはもっと砕けた話し方をしていましたよね?

 あと私がいない時はエリカさんたちにもそう話していると聞きましたよ!

 私だけ仲間はずれなんて嫌です!」

 

「え、で、ですが・・・黒森峰で西住の方に尊称もつけずに友達口調で話すなどと・・・」

 

上級生達からは何があったのかという針の筵に立たされる事は間違いないし、西住流門下の人間からもどんな目で見られる事か。

 

「駄目ですか・・・」

 

はい、でた!上目遣い!

直ぐに妹様はそれだ!

それをすれば簡単に堕ちると思っているに違いない。

 

「解った。そうしよう」

 

即堕ちだった

 

ああ、いや。流石にまずい。

具体的に言うと今後の人生における戦車道で冗談抜きで困った事が起きる可能性があるのだ。

それくらい西住の影響は強い。

 

「えっと・・・じゃあこうしましょう!

 明日の試合に勝てたら御褒美ということで・・・」

 

「せんぱーい、それ一日伸びただけですよね」

 

「斑鳩先輩って本当に窮地に弱いですよね・・・」

 

うるせぇ、外野は黙っていろ。

 

「本当ですよ!?きっとですね!?」

 

妹様が喜びながら小指を突き出してくる。

これは・・・あれだろうか・・・。

私もそっと小指を差し出すと、妹様が互いの小指を絡ませて「ゆびきりげんまーん」と大層可愛らしく歌いだした。

・・・ああ、もうどうでもよくなってきた。

そうだ同級生や西住流門下生の突き上げがなんぼのもんじゃい!

文句がある奴は片っ端からかかって来い!

 

 

 

その後、解散して自室に戻って寝台に潜りこむと途端に安請け合いをした事に後悔した。

だけれども、私が名前を呼び捨てで呼ぶ度に妹様が嬉しそうな顔をするのが目に浮かぶので、結局の所はまぁ良いかと思ってしまうのだ。

その夜はあの日から初めて妹様の下着についての存在を忘れての就寝となったのだった。

 

 

 

 

 

 

最終話 

【こうして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになった】

 

 

                  

    完

 

 

 

 

 




これにて完結です。お付き合いありがとうございました。































次回作予告!

ある日突然大して特徴も無い男がトラックに轢かれて死亡した。
この対して特徴も無く特色もない男は死後、神か仏かIDか空飛ぶヌードルのモンスターか
正体は不明だがこの宇宙における因果律の最初の起点に干渉した物、即ち創造主に出会う。
これまた彼に良く解らぬ理由によって転生を言い渡された彼はサブカルの知識によって
異世界ファンタジーにて俺Tueeeハーレムを目論見チートを貰い、転生するがそこはどう見ても現代日本であった。
折角貰ったチートも現代日本で行使するわけにも行かず、残念に思うがよくよく観察すればかなりの資産家かつ名家でしかも次女という立場であった。
となると冷静に思えば窓から糞尿を捨てたり衛生観念や人権意識など欠片も無さそうな中世をモチーフにした世界よりも
文化的にも治安的にも食生活的にも裕福な家での現代日本の方が遥かに良いのではと気づく。
こうして彼は自由気ままに新たな人生を満喫する事を選んだ。
・・・・・・そこが確かに「現代」で「日本」ではあるものの立派な異世界とは気づかずに。

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