頭を空っぽにして楽しんでいただければ幸いです(笑)
「明日、髪を切ります。」
放課後、遠くから部活の声が響く教室。学校なのにメイクをしている美意識の高いこの後輩は、唐突にこう宣言した。
逆に美意識の欠片も感じさせないような俺はその宣言の意図がわからず、おう、と微妙な返事をした。だが、どうやらそいつは返答を期待したわけではなかったようで、すぐにくだらない雑談を始めた。
「ーーそれで、そこの店員がついに笑っちゃって、会計進まなくて大変だったんですよ」
「店員も大変だな....」
それからしばらく話が続き、ちらりと見た窓ガラスはすっかり橙色に染まっていた。
「そろそろ帰るか」
俺がおもむろに立ち上がると、そいつも座っていた机から飛び降りて扉の方へ足を進めた。
「先輩。」
また唐突に、扉の前で足を止めて神妙な声で俺を呼ぶ。そして勢い良く髪をなびかせながら振り向き、俺を見つめながら目を細めて笑った。こいつも、ちゃんと見るとやっぱり可愛いんだななんて自分の感性に感心する。誤解を避けたいのでもう一度言うが、あくまで感心しているのは自分に対してだ。
そんな脳内の状況は表に出さず、いつもの無表情で続きを促す。
「明日、私が髪切ってきたら、褒めてください。」
は、と思わず声が出た。全く予想外だった言葉をどうにか飲み込み、とりあえずつっこむ。
「子供かよ」
「そうですよ子供ですよ。高校生だって子供です。子供でいいですよ別に。」
と言う割には、口ぶりが納得いっていなそうなのが面白いが、無表情を保つ。
「何を褒めるんだよ。」
「何でもいいです。ちゃんと切ってきて偉いねーとか、似合ってるーとか、アイスおごったげるーとか。」
「アイスは奢らないぞ。」
えー、と頬を膨らませてこっちを軽く睨んでくる。むしろ俺が睨みたいくらいだ。
「明日くらいいいじゃないですか。先輩のケチ」
「何とでも言え。だいたい、明日何があるっていうんだよ。」
ここまで言ってから、はっとした。もしかしてこれは聞いてはいけなかったのではないだろうか。焦って顔を上げると、見たことのないそいつの顔があった。夕暮れの暖色に染められていながら、冷たさを見せる顔。何か言おうとするが思うように声が出ない。そんな俺に気づいているのかいないのか、そいつは続けた。
「明日はね、失恋する日なんです。」
それは、俺の知る『失恋』の響きではなかった。固まる俺に、先言ってますね、と声をかけながら教室から出ていった。少し行ってから、なかなか追いつかない俺が気になったのか戻ってきた。
「早く帰りましょう、先輩。」