暑い夏、大学に通っていた僕は、ワンピースの女の子に声をかけられる。

「ようかい、しよ?」

僕は、たった六文字の言葉に、振り回される。


これは誰かの、走馬灯のようなもの。





作者が昔書いたものをWeb上に保管するシリーズpart2

楽しんでくれれば幸いです。



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はじめましての方ははじめまして、あおくもです。

閲覧いただき、ありがとうございます。

細かいことはあとにして、本編をどうぞ。


ようかいようかい

 

人は時が過ぎれば、色々なことを忘れてしまう。

楽しかったあの日々も、悲しかった思いでも、例外なく、ほぼすべて、忘れてしまう。

だが、僕はあの一言を鮮明に覚えている。

 

これは、僕と少女のようかい話。

 

あるいは、誰かの走馬灯の、ようなもの。

 

 

「ようかい、しよ?」

 

天気のいい空に、いつもの日常に、そんな言葉日常的でない言葉が響いたのは、僕が大学から帰宅していた時のことだ。

 

いたいけな少女、に手を捕まれながら、こんなことをいきなり言われた僕は、当然のように戸惑った。

ようかいしよ?

たった六文字に対する解釈で、こんなにも頭を使うことになった(というかなる)のは、最初であって最後だろうが。

 

「ようかい、しよ?」

 

ようかいする。

漢字に直すと、恐らくこうなる。

溶解する。 妖怪する。

これでは全く意味がわからない。

目の前で人が、それも、いたいけな少女がこの炎天下の元でドロドロに溶解しても困るし、ましてや、僕はそんなことができやしない。

妖怪するについては、もう言うまでもない。

では、

 

「ようかい、しよ?」

 

三回目をいい放った少女の言葉の意味は、どう言ったものなのだろうか。

まさかとは思うが、≪誘拐する≫ではないだろーーー

 

「ようかい、するの」

 

僕の、胸までしかない、少女に、手を引かれた。

 

僕の体が、不意に動く。心臓が、血が踊る。

 

少女に向かって、僕はこう言った。

 

「ようかい、しようか」

 

ここで、説明したいのは、僕がいたいけな少女に興奮するようなロリータコンプレックス(この場合はペドフィリアでも可)の持ち主ではない、ということだ。

 

確かに、表情が声をかけられたときから一切変わっていないこの少女の手を引いているわけだが。

そういうことに敏感なこの社会、風潮でなくてとも、不信感を抱くには十分な景色だろう。

僕が当事者、つまり、手を引いている奴でなかったなら、きっとそう思っているだろうし。

 

でも、僕が少女の手を引いているのは、まっとうな、正当な理由があるからで、

断じて、この少女の柔らかい手のひらの感触を楽しんでるとか、

女の子と手を繋ぐのがはじめてだからテンションが上がっているとか、

そういうのは全く無い。

 

では、何故、僕が少女の手を引いているのか。

それは、不審な人がいたときに駆け込むところがあるからで、

困ったときに行ってみるところがあるからだ。

 

みなさんはもう、お気づきだろうが、

 

目の前にやけに大きく見える、この白い建物は、

ただの交番である。

 

「......」

 

少女は相変わらず無表情で、交番のドアをじいっと見ている。

 

何てことはない、どういう理由かはわからないが、この少女と僕の誘拐劇(そう言うには大袈裟で、僕がやったことはただ交番につれていっただけだが)はここで終わりを告げるのだ。

 

僕は、少女に心のなかでお別れをしながら、交番のドアを手前に引いて開けた。

 

さよなら、少女。

 

君の手はとっても柔らかかったよ。

 

 

 

さて、ここで僕の回想が終わって、少女は交番で両親と再会し、僕は無事帰宅する、ということなら、冒頭で言った通り、僕はこの事をいずれ忘れるだろう。

しかし、僕はこの事をハッキリと覚えていて、忘れることができないのだから、この回想には、残念ながら続きがあるのだ。

 

パイプ椅子に無言で座った少女は、相変わらず無表情だった。

ここで少女の姿の描写を入れておくと、髪は黒で肩までくらい、頭に赤いカチューシャがしてある。

服はこの炎天下にぴったりの白いワンピースで、手には熊のぬいぐるみ(テディベアと言うべきか?)

といった感じである。

 

交番のお巡りさんが名前や住所を聞いても、少女は答えようとはしなかった。

 

そんななかで僕は頭の中で「いぬのお巡りさん」を流しながら、少女の身元が判明するのを待った。

 

しばらくしてから、別の場所にある交番から似たような少女を探しているとの情報が入り、彼女の母親と思える人物(あまり似てなかった)が交番にやって来たのだが、

 

「やっと見つけたわ。迷惑かけて、反省してるの?」

 

彼女はずいぶんとご立腹のようで、交番に入るや否や、少女に詰め寄った。

 

「...」

 

「まただんまりね。表情も一切変わらないし、嫌な子だわ」

 

「...」

 

「おかーさんはね、あなたのことを思って言ってるのよ?」

 

二人の会話を抜粋すると、概ねこんな感じだ。

文章だけ見れば確かに、融通の利かない子供に対してのしつけのようだが、それとはまた違った、何かを感じた。

言うなれば、嫌悪、である。

実の子に対して嫌悪感を持っている親、特に母親は稀なケースを除いて、ほとんどいない。(確かめたわけではないので、僕が勝手にそう思っているだけだが)

僕はそんな光景を、言葉を聞いているのが嫌で、頭の中で、「いぬのお巡りさん」を流す作業に戻った。

 

少女はしばらく話を聞いていたかと思うと、突然、パイプ椅子を倒す勢いで交番の外へ出ていった。

その場にいた母親(らしき人)もお巡りさんも、もちろん僕も、今何が起こったのか理解できずにいた。

皆さんは「母親の嫌悪交じりの説教に少女が耐えかねて、交番から飛び出した」ように思ったかもしれない。

ひねくれた方なら、「喉が渇いてジュースを買いに行った」とか、てきとうなことを言うかもしれない。

だが、今少女が飛び出して行った光景が、僕がこの一連のことを覚えている、焼き付かせている二番目の原因なのだ。ちなみに一番目は、少女に手を引かれたところである。

 

 

彼女が交番から出ていったとき、パイプ椅子を倒す勢いで飛び出したとき、僕は見てしまった。

 

 

『彼女が持っていたテディベアが彼女の手を引いている』

 

 

母親が、こう言った。

 

「あの子、また逃げたわ!いちいち手間ばっかりかけて!」

 

お巡りさんも言った。

 

「取りあえず、追いかけましょう」

 

 

僕の見間違いだろうか。いや、違う。あれは確かに熊のぬいぐるみだった。

 

あくまでぬいぐるみが、生きている生物の手を引く。

これがどれだけ異常なことか、異端なことか。

 

二人の反応を見て、僕はこの事態が、少女のようかいごっこでは済まされないことを、初めて思い知ったのである。

 

 

あの後、僕が形だけの平静を取り戻したのは、母親とお巡りさんが少女を探しに行ってからしばらくあとだった。

僕は何も考えずに、帰路についた。

あの異様な光景を忘れて、あるいは、見なかったことにして、このまま平穏な日々に戻ろうと思ったからだ。

僕はどこにでもいるただの大学生で、

あんな異様なことに首を突っ込めるような立場じゃない。

 

そう納得したはずだった。

でも、やっぱり忘れられなかった。

今、初めて声をかけられたこの場所に戻ってきて、

思い出してしまったのだ。

 

 

僕は、

 

 

少女と異様なテディベアを探すことにした。

 

 

なぜかって?

 

 

確かに、僕と少女が知り合ったのはついさっきで、血のつながりなどなく、赤の他人である。

 

 

だけどさ、

 

 

 

 

お互いの手の感触を知ってる知り合いの女の子を

 

 

 

 

助けようとするなんて、あたりまえじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕が少女と例の熊を見つけたのは、駅の近くの山の中、それも、少し奥に入ったところだった。

すごい速度で走る(実際には引っ張られている)女の子を見た人は多かったらしく、

また、自分の探していた方向が、運よく少女が飛び出して行った方向と同じだったことから、夕暮れまでには、見つけることができた。

走ってきたからすごい汗だ。それもこの炎天下だし。

深呼吸をしてから、少女に声をかけた。

 

 

「ようかい、見つけた」

 

 

少女と熊が僕の方を向く。

 

 

「なぁ、熊の……妖怪でいいか。なぜ彼女を誘拐したんだ?」

 

「……」

 

熊も少女も、答えない。

 

ここからは、僕の妄想だ。

少女はおそらく、母親と出かけていた時に、隙を見て、わざとはぐれたのだろう。

自分を愛してくれない、愛情を与えてくれない母親から、逃げようとして。

愛情を与えられなかった理由は、母親と少女の顔が似ていないところから、少しだが察せる。

そして、子供ながらに、考えたのだ。

もうあの家に帰らなくてもような方法を、あの母親と顔を合わせなくてもよい方法を。

そこで「誘拐」を選ぶ限り、少女はよっぽど必死だったのだろう。

僕の手をつかんで、言ったあの言葉も、おそらく正解は、「誘拐しよ」だったはずだ。

そこで「誘拐してください」と言わないから、手を引かれる事態が起きた訳だが。

そしてあの、交番の場面。

おそらく、今目の前にいる、熊の中には、元から(?)何らかの意識が備わっていて、

少女の感じた(であろう)ストレスに近い嫌な、拒絶するような感情がカギとなって、熊の中にあった意識が覚醒した……。

ということなのだろうか。

かなり無理があるし、理論も理由もガタガタだけど、そこは僕の妄想だ。重要なのはそこじゃない。

 

 

目の前の状況を、どうするか……だ。

 

「……この子はね。前の、おかあさんが、くれたの」

 

少女が言った。

 

「前の、おかあさんは、やさしかった。でも、いまの、おかあさんは、きらい」

 

少女が放った言葉は、ゆっくりで、ぎこちなかったが、確かなこころが入っていた。

 

「この子に、いっぱい、いっぱいはなしかけた。学校のこととか、いやなこととか、うれしかったこととか」

 

「前の、おかあさんみたいに」

 

 

僕は、いつの間にか力が入って、作っていた握りこぶしを解いていた。

なんてことはない。

この熊は、少女を母親から、遠ざけようと少女の手を引いていただけだったのだ。

熊が少女の言う「前のおかあさん」のように、優しく、少女を守ろうとしていたのかもしれない。

 

 

熊の妖怪が少女を誘拐した。

 

 

言葉にしてみれば、確かに異常だが、少女からすれば、熊の妖怪は前の母親ようなものなので、

 

 

母親が、我が子の手を引いた。

 

 

ただ、それだけのことだったのだ。

 

 

僕は全身の力が抜けた。

炎天下の下で全力で走り回ったのがいけなかったのか。

目の前がぼんやりとし始めた。

 

薄れゆく意識の中で、少女が僕をのぞき込む、遠くから、声がする。

 

僕の走馬灯は、ここで、終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの出来事から数年後、僕は塾の先生になった。

なぜか、と言われれば、理由ははっきりと覚えていない。

教育の未来を担おうと思っていたのかもしれないし、給料が多少良いからというだらしない理由だったのかもしれない。

 

今日から担当する生徒は……新しい子か。

 

資料を見ながら授業の準備を進めていると、ドアが開いた。

近くの学校のセーラー服を身にまとい、かばんには、ストラップのようにテディベアを吊っている黒髪の女の子だ。

 

「本日から、ここでお世話になります。」

 

「あ、ああ。どうも」

 

女の子がこちらに寄ってくる。そして、僕につぶやいた。

 

「手を握って、誘拐までしたのだから……」

 

僕は、出来もしないけど、どろどろに溶けてなくなりたくなった。

 

 

 

 

 




ここまで閲覧いただき、ありがとうございました。


この小説は諸事情により、三時間ちょっとで構想、オチ、文章をまとめてやったので、いろいろガバガバになってしまいました。

矛盾とかいっぱいあるでしょうが、どうか見逃してあげてください。

それでは、また会うことがあれば、お会いしましょう

ノシ

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