ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

54 / 158
本日、立て込んでおりまして、投稿が遅れました。まことに申し訳ありません。追加報告ですが、アインクラッド編の残り話数ですが、先々週は三話と申し上げましたが、本話を含めて残り二話、つまり次回で完結する予定となりました。
年末に投稿する話については、『フェアリィ・ダンス』突入に際してのプロローグのような話になる予定です。今後も『暁の忍』をよろしくお願いします。


第五十三話 GM

 アインクラッド七十五層……第三のクォーターポイントを守護するフロアボス、ザ・スカルリーパーと攻略組の戦いは、一時間にも及んだ。ボスが発する金切り声、プレイヤーが発する悲鳴・雄叫び、刃が衝突する金属音が交錯し、鮮血を彷彿させる赤いライトエフェクトが煌めいていた。そんな戦場の中、満身創痍で戦い続けたプレイヤーは、遂に勝利を掴み取る。

 

「キッ……キッシャァァ…………!」

 

 骸骨の刈り手が、掠れた金切り声を発する。蓄積したダメージが限界に達したのだ。だが、プレイヤー達はそんな苦悶の悲鳴にも一切耳を貸さず、そして攻撃の手も緩めない。

 

「うぉぉおおお!!」

 

「キシャァ……ァァアッッ……」

 

そして、次の瞬間には骸骨の刈り手のHPが遂に現界を迎え、大量のポリゴン片を撒き散らして消滅した。

 

「終わった……のか?」

 

「……勝った?」

 

 命懸けで戦っていたプレイヤー達は、先程まで猛威を振るっていた存在が消滅したという事実を未だに認識できない。だが、数秒後には、フロアボスに勝利したことを示す、『Congratulation!』のメッセージが現れる。それを確認するや、攻略に参加していた大部分のプレイヤーは、大理石の床にへたり込んで深く息を吐く。だが、プレイヤー達がフロアボス攻略完了時に必ず発していた、勝利の歓声は全く上がらない。死闘を制したにも関わらず、各々の表情には、仲間を失った喪失感と、自分達の未来への絶望が浮かんでいた。

 

「何人……やられたんだ?」

 

 床の上、大の字になって倒れていたクラインが、すぐそこにいたイタチに問いかける。対するイタチは、ウインドウを開いてマップ内に現れるプレイヤー反応の数から戦死者の数を割り出す。イタチもまた、この壮絶な戦いの中で犠牲者を数えている余裕が無かったのだ。

 

「……十四人、だな」

 

 イタチの口から告げられた言葉に、絶望の色を濃くするプレイヤー達。

 

「そんな……!」

 

「嘘……だろ?」

 

「俺達は……本当に、生きて帰れるのか?」

 

 現在到達した階層は、七十五層。残り二十五層を残した状態である。七十四層以降のフロアボスの部屋は、クリスタルアイテムが使用不可能となっている可能性がある。攻略組全体の戦力もまた、今回の戦いで大幅に削られ、完全クリアはさらに遠退いたと言っても過言ではない。一層ごとに今回ような人数で犠牲者を出し続ければ、百層に到達することなどできる筈も無い。

 

「無理だ……完全攻略なんて、絶対にできっこない!」

 

「だが、我々には、攻略を続ける以外にこの世界から脱出する術は無いのだ」

 

「そんなこと言ったって……!」

 

「気持ちは分かるよ……でも、やるしかないじゃないか」

 

 弱気になるプレイヤー達を、メダカとシバトラが叱咤するが、大部分のプレイヤーは到底立ち直れそうにない。恐らく、今回の攻略を境に最前線から姿を消すプレイヤーが続出することだろう。

 

(これまでか……)

 

 攻略組プレイヤー達の雰囲気が悪化する中、イタチは全プレイヤーの精神状態が限界を迎えていることを悟る。このまま悪い方向へ行けば、攻略組の結束は瓦解し、攻略自体が立ち行かなくなる可能性が高い。全プレイヤーが現実世界に置いてきた肉体は、恐らくは医療施設に預けられていることだろう。二年以上もの間、点滴等で生命を維持している以上、タイムリミットは確実に存在する。生きてこの世界を脱出するためには、一刻も早く完全攻略を成し遂げる必要がある。このままでは、仮想世界で死ぬのが先か、現実の世界の肉体が朽ちて死ぬのが先か……

 

(やはり、試すほか無さそうだな……)

 

 攻略組という組織集合体が崩壊の危機を迎えている今、正攻法でこの世界を脱出することは不可能に近い。だからこそ、イタチは選択を迫られていた。完全クリア以外の、この世界を終わらせるための術を、講じるかどうかを。

 

(俺の見立てが間違っていなければ、これはたった一つの抜け道だろう……)

 

 イタチの視線の先にいるのは、壮絶な死闘の後にも関わらず、全く疲労の色を見せないプレイヤーの姿。攻略組最強の聖騎士として畏怖される存在、ヒースクリフである。その頭上に浮かぶHPバーは、骸骨の刈り手の右手の鎌を捌き続けたにも関わらず、未だイエローゾーンを迎えていない。

 イタチはそれを視認するや、地面に膝を突いていた状態から立ち上がり、両手に持った剣を構え直す。

 

「イタチ君?」

 

 突然のイタチの行動を不審に思うアスナだが、イタチはそちらには目もくれない。自身の周囲に倒れ伏しているプレイヤー達を、まるで俯瞰するように見回すヒースクリフに向けて、イタチはそのまま地を蹴り、斬りかかる。

 

「!」

 

 イタチのステータスは、筋力・敏捷共に全プレイヤーの中でもトップクラスの数値を持つ。忍として生きた前世の経験もアシストし、その動きは攻略組プレイヤーでも見切れる者は少ないとされている。そのような突出した敏捷で繰り出される斬撃を至近距離で放たれれば、如何にヒースクリフといえど反応し切れるものではない。イタチが放った鋭い突きは、ヒースクリフの胸部に吸い込まれるように繰り出され……

 

『Immortal Object』

 

 システムメッセージと共に、阻まれた。

 

「なっ!」

 

「これはっ!」

 

 『Immortal Object』――不死存在。SAOというゲームには、その属性を持つオブジェクトが多数存在する。各階層の主街区や村に存在する、建築物が主な例だろう。だがそれは、飽く迄オブジェクトに限った話である。断じてプレイヤーに現れるものではない。

 

「システム的不死……!?」

 

「ど、どういうことですか、団長!?」

 

 ゲームの仕様上、有り得ない現象に、アスナをはじめとした血盟騎士団のメンバーは驚愕に目を剥く。波紋は生き残った全プレイヤーへと伝播し、その場にいた全ての攻略組プレイヤーの視線がヒースクリフに釘付けとなった。

 

「簡単なことだ。この人のHPは、イエローゾーンに突入しない様、システムに保護されている。そして、そんな設定ができるのは、システム権限を持つシステム管理者のみだ」

 

 イタチの言葉の意味を逸早く察したのは、コナン、メダカ、ハジメの三人。さらなる驚愕を覚えると共に、ヒースクリフに怒りの視線を向ける。そのヒースクリフ当人は、イタチの言葉に自らの正体を見抜かれたことを悟ったのだろう。一切の弁明をする様子も無く、立ち尽くしたままイタチの続きを待った。

 

「あなたのことですから、必ずこの世界へ介入すると考えていました。ようやく出会うことができましたね……

“茅場晶彦”さん」

 

 イタチの発した言葉に、攻略組プレイヤー全員が戦慄する。ヒースクリフの正体として語られたのは、この場にいる攻略組プレイヤーは勿論のこと、アインクラッドに囚われているプレイヤーならば誰もが知っている……忘れたくても忘れられない名前である。

 このゲーム……ソードアート・オンラインを作り上げた天才科学者にして、2022年11月6日の正式サービス開始日に、全プレイヤーの前でチュートリアルと称した、デスゲーム開始の宣告を行った男。それが今、目の前にいると言うのだ。しかも、全プレイヤーの希望の星である、最強の聖騎士という姿形で……

 

「団長……まさか……!」

 

「本当に……茅場晶彦、なのか……!?」

 

「そんなバカな……でも、だって……!」

 

 イタチの口から告げられた、ヒースクリフの正体が茅場晶彦であるという宣告に困惑する中、その意味を正しく認識できず、錯乱状態に陥るプレイヤー達が現れる始末。無理も無いだろう。今まで信じ、共に戦ってきた仲間にして、最強の騎士が一転して、自分達を地獄へ突き落とした最凶最悪の存在と化したのだから。

 

「……何故気付いたのか、参考までに教えてもらえるかな?」

 

「あなたが攻略組プレイヤーの中に紛れ込んでいることは、デスゲーム開始時点から予想していました。そして、このゲームを知り尽くしたあなたならば、突出した強豪プレイヤーになり得ることは容易に想像できること。血盟騎士団団長にして、ユニークスキル持ちのヒースクリフに疑惑が浮上するのは当然の理。そしてあなたは、俺に対して決定的な証拠を露見させた」

 

「ほう……それはもしや……」

 

「そう、あのデュエルです。今までの攻略では上手く誤魔化したのでしょうが、最後の一撃ばかりはシステムのオーバーアシストに頼らなければ回避し切れなかったようですね」

 

 自覚はあったのだろう。否定材料の全く無い、イタチの的確過ぎる指摘に対し、ヒースクリフは苦笑するばかりだった。ヒースクリフこと茅場晶彦は、SAO製作に携わった経緯で、イタチこと桐ヶ谷和人は、ゲームを完全クリアに導く勇者足り得るプレイヤーであると評価していた。だが、まさか自力で自身の正体を看破するイレギュラーとなるとまでは、流石に予想していなかった。ここに至って、茅場はイタチという人物に対する評価を改める必要性を痛感するのだった。

 

「予定では、九十五層までは正体を明かすつもりは無かったのだがな……こうなっては致し方ない。イタチ君の言う通り、確かに私は茅場晶彦だ。加えて言えば、最上層で君達を待ち受ける筈だった最終ボスでもある」

 

 ヒースクリフが肯定したことで、それを聞いた攻略組プレイヤー全員の表情が驚愕から絶望へとシフトする。イタチは普段あまり変化することの少ない無表情が、若干ながら険しくなっているようだった。

 

「あまり良い趣味とは言えませんね。全プレイヤーの希望を背負う筈の人物が、史上最悪の絶望を振りまく存在へと変わったのですから」

 

「そうかい……それにしても、君は本当に、私の予想を裏切るね。ソードスキル製作に携わっていた頃から、君の仮想世界への適応力は目を見張るものがあった。現実世界において卓越した運動能力をそのまま反映……いや、それ以上の精度で動き、その姿はまるで、この仮想世界こそが君が本来生きるべき世界だと語っているかのようだった。

 全十種類あるユニークスキルの内、全プレイヤー中最高の反応速度を見せたプレイヤーのみが会得できる二刀流スキルを物にしたのも、今思えば必然だったのだろう。そして、私の正体を看破する事もね」

 

 イタチの突出した能力を再評価する茅場だが、当人はその言葉に全く反応を示さない。イタチと茅場、攻略組の頂点に立つと目されている二人は互いに構えている武器を握る手に力を込める。そして、二人の間には、今にも互いに斬りかからんばかりの剣呑な空気が漂いだす……そんな時だった。

 

「ふざけんな……!団長……あんたずっと、俺達を騙していたってのかぁぁあああ!!」

 

 茅場のすぐ近くでやりとりを聞いていた男性プレイヤー――テッショウが立ち上がり、茅場へ襲い掛かる。長い間血盟騎士団幹部として使えてきた忠義を裏切られた怒りは、測り知れない。憤怒の形相でメイスを叩きつけんとするテッショウに、しかし茅場は眉一つ動かさない。落ち着いた様子で左手を振って呼び出したウインドウを操作する。

 

「ぐぅっ……!?」

 

 すると次の瞬間、飛び掛かったテッショウの身体が空中で硬直し、慣性に従って地面に転がり落ちる。その頭上のHPバーには、麻痺のアイコンが点滅していた。茅場はそのままウインドウを操作し続ける。

 

「くっ……!」

 

「あがぁっ……!」

 

すると、テッショウに続く形で襲いかかろうとしたプレイヤーを中心に、次々地面に倒れて行く。いずれのプレイヤーも、テッショウと同様HPバーには麻痺のアイコンが光っている。

 

「やはり、管理者権限は健在ですか」

 

 プレイヤーが次々麻痺で倒れるという異様な光景は、イタチにとって初めて見るものではない。七十五層攻略を前にした休暇中に、自分とアスナの前に現れた一人の少女――ユイも、自分達を助けるために同様の現象を引き起こしたのだ。メンタルヘルス・カウンセリングプログラムという、人ならざる存在である彼女は、記憶と共に一時的に取り戻したシステム権限を行使して、イタチ等を襲ったプレイヤー全員をシステム的に麻痺にしたのだ。GMとしての最高位のシステム権限を持つ茅場晶彦ならば、造作も無いことは間違いない。

 だが、GMが正体を明かした今、そんな事は問題ではない。茅場晶彦の真意を探るべく、イタチは問いを投げる。

 

「それで、この場にいる人間全員、口封じのために抹殺するつもりですか?」

 

 茅場晶彦がそのつもりならば、イタチ等プレイヤーには抗う術は存在しない。イタチも他のプレイヤー同様、麻痺を食らって動けぬまま一方的に虐殺されるのみである。だが、それをしないということは、何か別の意図があることは間違いない。だからこそ、イタチは敢えて問いかけたのだ。

 

「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ」

 

「あなたが茅場晶彦だった時点で、十分理不尽ですよ」

 

「手厳しいな……だが、それも致し方なし、か。正体が露見した以上、私は最上層の紅玉宮にて待つとしよう。私の育てた血盟騎士団はじめとした攻略プレイヤー達を途中で放り出すのは不本意だが、君達ならば必ず辿り着けるだろう。だがその前に、君には私の正体を見破った報酬を与えなくてはならないな」

 

 そこで茅場は一度言葉を切り、数秒瞑目した後、イタチの赤い双眸を真っ直ぐ見据えた。その表情は、イタチに血盟騎士団入団を賭けたデュエルを提案したあの時と全く同じ。即ち、茅場の意図とは……

 

「イタチ君、君にはチャンスをあげよう。今ここで私と一対一のデュエルを行うのだ。無論、不死属性は解除しよう。私に勝てば、ゲームはクリアされる。即ち、全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。どうかね?」

 

 茅場から提案されたのは、ゲームクリアを賭けた一対一のデュエル。イタチが勝利すれば、全プレイヤーが解放される。だが、GMが相手である以上、正攻法でデュエルをしてくるとは限らない。以前のデュエル同様、システムのオーバーアシストを使われる可能性だってあるのだ。それに、ヒースクリフというプレイヤーは、GM権限を差し引いても余りある、クォーターポイントのボスと互角に戦える強大なユニークスキル『神聖剣』の使い手なのだ。同じユニークスキル使いのイタチといえど、勝てる保証などありはしない。

 

「駄目よイタチ君……あなたを排除するつもりだわ……今は、退いて!」

 

 すぐそこの床に倒れたアスナが、イタチを止めようとその背中に言葉を投げる。全プレイヤーを解放する千載一遇のチャンスだろうと、確実に勝てる見込みの無い戦いに、イタチ一人向かわせることはできない。攻略指揮を預かる身として判断した戦術的撤退だが、イタチを引きとめる言葉の中には、彼に死んでほしくないと切に願うアスナの本心もまたあった。そして、周囲で倒れ伏している者達も、その思いは同じである。

 だが、茅場の提案を聞いた時……否、このデスゲームが始まった時から、イタチの中には既に選択肢など存在してはいなかったのだ。故に、イタチの決断は……

 

「いいでしょう。その提案、お受けします」

 

「イタチ君っ!」

 

 アスナの口から、悲痛な声が漏れる。周囲に倒れている他のプレイヤー達の反応は、予想通りの展開にやはりか、と溜息を吐く者と、驚愕に目を剥き、アスナ同様に制止をかけようとする者の二つに分かれた。

 

「アスナさん。俺はこの男の共犯者……故に、逃げるわけにはいきません」

 

「そんな……お願い、止めて……」

 

 アスナの涙声に、しかしイタチの決意は揺るがない。剣を構えて背中を向けたまま、彼女に対して言葉を紡ぐ。

 

「俺は必ず勝ちます。勝って、この世界を終わらせる……それが、俺の役割なのですから」

 

 だから、死ぬつもりは無いと暗に示すイタチに、アスナはそれ以上、止めて欲しいと言えなかった。

 

「イタチ、止めろ!!」

 

「イタチーッ!!」

 

 茅場と向かい合おうとするイタチを、エギルやクラインをはじめとした攻略組プレイヤー達が止めようとする。イタチは死闘に臨む前に、声の方向へと向き直る。

 

「エギル。今まで攻略のサポートをしてくれて非常に助かった。お前が儲けのほとんどを中層プレイヤーの育成につぎこんでくれたおかげで、多くの命が助かった。犠牲者を減らすことができたのには、お前の活躍は大きい……感謝している」

 

 次いで、その隣に倒れ伏している、相変わらず悪趣味なバンダナを付けた侍プレイヤーに赤い双眸を向ける。第一層からのイタチの知己である、クラインに……

 

「クライン。俺を制作者サイドの人間……茅場晶彦の共犯者と知っても、信じて力を貸してくれたことには、感謝してもし切れない。俺の事を仲間だと言ってくれたが……今の俺には、その資格は無い。だが、この戦いが終わって、そしてまた会えたら……本当の意味で仲間にしてくれるか?」

 

 自嘲気味に言ったイタチの言葉に、クラインは悲しみと怒りを綯い交ぜにした声で、必死に言葉を紡ぐ。

 

「イタチぃ……俺は、お前の事仲間じゃねえなんて、一度だって思ったことねえぞ!なのに……なのに、お前がそう思ってなかったなんて……そんなの、すっげーダッセーじゃねえかよぉ!……イタチぃ!」

 

 クラインの必死の呼び掛けに、しかしイタチはそれ以上言葉を交わすことはできなかった。続いてイタチは、ベータテスト以来、共に戦ってきた馴染み深い三人の方へ向き直る。

 

「カズゴ、アレン、ヨウ……お前達にも感謝している。俺がビーターであることを承知で、共に戦ってくれた。一人ではできないことがある……だからこそ互いに助け合う。俺が忘れかけていたことを、思い出させてくれた」

 

「……礼を言われるようなことじゃねえよ」

 

「イタチ……」

 

「止めても無駄なら、もう何も言わねえさ……まあ、何とかなるさ」

 

 イタチと共に戦った時間ならば、間違いなくトップクラスに入る三人。だからこそ、イタチの性格は熟知していたのだろう。イタチを止めようとする者はいなかった。

 

「ヨウ、リアルでマンタに再会したら、鍛冶師として俺の剣を打ち続けてくれたことに感謝していたと伝えておいてくれ」

 

「それは、自分の口から伝えるべきじゃないか?」

 

 この場にはいない、生産職プレイヤーとしてイタチをはじめ多くの攻略組プレイヤーを支援してきた、マンタに対する感謝を伝えるよう、リアルの友人であるヨウに頼むも、やんわりと断られてしまった。

 

「メダカ、ゼンキチ。お前達ミニチュア・ガーデンにも、幾度となく窮地を助けられた」

 

「気にすんな」

 

「フッ……礼には及ばんよ」

 

 ベータテスターであることを憚ることをせず、一級のカリスマをもって多くのベータテスターを救ってきたメダカだったが、彼女にとっては大したことではなかったらしい。相変わらずの不敵な笑みを浮かべて、イタチに答えた。

 

「テッショウ、コナン……それに、他の血盟騎士団メンバーの皆。今まで、お前達ビギナーを見捨てたビーターの俺に力を貸してくれたこと、感謝する。それに、今までアスナさんを支えてくれたこともだ。俺と彼女の今があるのは、間違いなくお前達のお陰だ」

 

「イタチ……俺達だって、今まで戦ってきた仲間じゃねえか。何今更、水臭いこと言ってんだよ」

 

「バーロー……助けられたのは、むしろ俺達の方じゃねえか。シェリーだって、そう思ってる筈だぜ」

 

 攻略組最強ギルドとして常に最前線に立ち、自分に代わってアスナを守ってきたテッショウやコナンをはじめとした血盟騎士団メンバーもまた、イタチが感謝していることなどまるで気にした様子は無かった。ただただ、クラインや他のベータテスター同様、仲間だから助けただけだと、当たり前のことをしただけだと、そう答えた。

 

「シバトラさん。あなたの作った聖竜連合も、心強い存在でした。もし俺に何かあったら、義妹のことをよろしくお願いします」

 

「イタチ君……縁起でもないことを言わないでよ……あの子は絶対、君を待っているんだから……!」

 

 聖竜連合総長のシバトラが、イタチに生きることを諦めるなと涙ながらに叫ぶ。リアルで顔見知りであり、イタチの事情を知るシバトラの言葉に、イタチは苦笑した。

 その後も、幾人かの攻略組メンバーに短い言葉を交わすと、改めて茅場へと向き直った。

 

「茅場さん……あなたの作ったこの世界、そしてあなたが持つ神聖剣と言う名のユニークスキル。いずれを取っても、完璧と呼んで差し支え無いものです」

 

「君にそう言ってもらえるとは、光栄だね」

 

「しかし、人の作ったものである以上、完璧な物など存在し得ない。この世界も、あなた自身も例外ではありませんよ」

 

「ほう……ならば君は、この世界の弱点を知っているのかね?」

 

 興味深そうに問いかける茅場晶彦。己の全身全霊捧げて作り上げた創造物を、欠陥品呼ばわりされているというのに、その表情は全く不愉快そうに見えない。対するイタチは、一度瞑目すると、静かにその赤い双眸を開き、答えた。

 

「この世界、そしてあなたの弱点とリスク……それは――――」

 

 

 

俺の存在です

 

 

 

 自らの存在を、このゲームの弱点と断言したイタチ。冗談やハッタリの類ではない、しかし非論理的なその言葉には、不思議な説得力があった。茅場はその言葉を聞き、一瞬呆けた表情をしたが、次の瞬間にはその顔に挑戦的な笑みが浮かんでいた。

 

「その言葉、試させてもらうとしよう」

 

「無論です。では、そろそろ始めましょうか」

 

「ウム」

 

 もうそれ以上の問答は不要とばかりに、デュエルの開始を促すイタチ。茅場は一度頷くと、戦いを始める前に、再び左手でウインドウを操作する。それによって、イタチと茅場のHPバーは、レッドゾーンギリギリへと調整される。強攻撃がクリーンヒットすれば、即座に決着がつく量である。

 この世界の終焉を賭けた戦いを前に、しかしイタチの心に昂ぶりは無かった。アインクラッドに囚われた八千人弱のプレイヤーの運命を賭けた決戦……常人ならば、押し潰されてもおかしくない程の重圧が伴う戦いである。だがイタチは、最初の前世では木の葉隠れの里を、第二の前世においては、世界の命運を背負って戦った。慣れてしまったと言えばそれまでだが、忍としてのイタチは、戦いの中で背負う命の数や世界の情勢はもとより、己の命が左右される戦いであっても揺るがない。

 

(茅場晶彦……あなたを倒し、この世界を終わらせる)

 

 故に、イタチが考えることはただ一つ。目の前の敵を倒し、囚われた全てのプレイヤーを解放する。そして、茅場と共に作ったこの世界を、完全に終わらせる。それこそが、この世界に忍としての……うちはイタチとしての生き様に殉じた自分の、最後の任務なのだから。

 

「それでは、始めようか」

 

「ええ。いざ、尋常に……」

 

「「勝負!」」

 

 その一言と共に、イタチと茅場、双方は互いに距離を詰める。互いの影が交錯する……それと同時に鳴り響く、剣戟が織りなす鋭い金属音。入団を賭けたデュエルの時と同様、傍からは目で追う事すら困難な斬撃の応酬が繰り広げられる。イタチの激しい攻勢に対し、茅場は左手に持つ盾でそれらを防ぎ切る。

一分にも満たない時間でイタチが振るう二本の剣からは、百に及ぶ勢いで斬撃が繰り出されている。しかし茅場は、一切無駄の無い動きでそれらを往なし、あまつさえカウンターを叩きこむ隙を窺って目を光らせているのだ。

両者の実力は完全に拮抗し、そう簡単には崩れそうにない。一分足らずの、しかし十分以上の時間に思えた時の中で、イタチと茅場はそれを確信した。

 

(神聖剣……やはり、一筋縄ではいかんか……)

 

 百を超える斬撃を、フェイントも交えて放ったが、全てがユニークスキルたる神聖剣の前に弾かれてしまった。防御に優れたこのスキルは、並大抵のソードスキルでは小揺るぎもしない。

そして、防御から攻撃に転じるインターバルが無いに等しいのも特長である。攻防の中で僅かでも隙を見せれば、そこを狙って、即座に強攻撃が入ってくることは確実である。故に、技後硬直が発生するソードスキルを放つのは、愚の骨頂。残りのHP全てが消し飛び、敗北が確定する。

 

(だが、迂闊にソードスキルを行使することもできん……)

 

イタチの高ステータスで繰り出す二刀流ソードスキルの連続技は、フロアボスはもとより、並みのプレイヤーでは対応し切れない制度と威力を誇る。本来ならば、神聖剣の防御を押し切れるだけの力を持っているのだ。

だが、今イタチが相手している神聖剣の使い手は、茅場晶彦。SAO製作スタッフとしてソードスキルをデザインした人物であり、モーション・キャプチャーテストを行ったイタチ以上にソードスキルを熟知した人物である。故に、如何にイタチのソードスキルが突出した威力と精度を持とうとも、機先を制して神聖剣を行使し、確実に防御することが可能なのだ。

制作者として他の追随を許さないソードスキルの知識と、神聖剣と言う名の無双の盾。鬼に金棒と言うべきこれら二つの武器を備えた茅場には、イタチが圧倒的ステータスで繰り出す二刀流ソードスキルであろうとも通用しない。

 

(そして、膠着状態を維持することもままならんな……)

 

 ソードスキルを使えず、決め手に欠ける状態での戦いを強いられている以上、残された選択肢は、持久戦による消耗を狙うことのみ。しかし、これもまた危険な賭けである。

 武器の耐久値は、イタチが持つ片手剣二本も、茅場の持つ盾と剣も、ボス戦を経てかなり削られている。だが、茅場の神聖剣は、イタチの二刀流以上に防御に秀でている。まともに打ち合い続けた場合、イタチが先に武器を失う可能性が高い。

 フェイントを積極的にかけて集中力を摩耗させる作戦も、効果は期待できない。茅場ことヒースクリフが今日まで攻略組の目を欺いて生き残ることができたのは、神聖剣を使いこなすに能うだけの能力を持っていたからこそである。その卓越した集中力は、生半可な攻勢では削り切れるものではない。フェイントに惑わされて隙を晒すなど有り得ない。さらに言えば、茅場晶彦という男は、この死の牢獄を作り出したことで、二千人以上の命を奪っている。忍の世界ならばいざ知らず、イタチが今生きている世界においては、紛争地帯以外での大規模な命のやり取りはあり得ない。数千人単位で命を奪う重圧すらものともしない……それは即ち、茅場の精神はイタチと同じ、忍と同等かそれ以上の領域に達していることを意味する。

忍の世界に生まれていたのならば、高い指揮官適性と相まって、間違いなく五大国の隠れ里を治める五影か、或いは自身が所属したS級犯罪者で構成された組織、暁に所属していたであろう。それだけの実力・精神力を備えているというのが、イタチの私見だった。

 

(覚悟はしていたが、やはり一筋縄ではいかん。やはり、隙を作り出して突き崩す他無さそうだな……)

 

 開始から一分と数秒の打ち合いの中で己の不利を理解したイタチは、早々に決着をつけるべく行動を起こす。

 

「はぁっ!!」

 

 気合いの一声と共に、再び攻め込むイタチ。先程と全く同じ、ただひたすら両手の剣で斬りつける、何ら工夫の見られないその行為は、傍から見れば愚かしさすら感じるものだ。だが、茅場にはそのような愚考を犯さない。目の前の少年は、自分の認識を幾度となく覆してきたのだ。この単純な戦法の裏に、どのような奇策が隠されているのか、茅場ですら測り知れない。

 

(見せてもらうよ、イタチ君……!)

 

 己をこの世界唯一の弱点と豪語した少年が、どのように無双のユニークスキルとも呼べる神聖剣を打ち破るのか。茅場は強い興味を惹かれていた。

 対するイタチは、先程の斬り合いと同様、目にも止まらぬ速度で二刀流連撃を繰り出す。攻撃の軌道も、タイミングも……何もかもが同じ。そう思えたのは、ほんの数秒だった。

 

「うぉぉおっ!」

 

 カキン、という小気味よい金属音が木霊する。次の瞬間には、茅場の手に持つ盾に弾かれた剣――エリュシデータが垂直に飛ばされ、宙を舞う。力の入れ具合を誤ったのか、反動を見誤ったせいか、原因は定かではない。しかし、剣を弾かれたこの瞬間、イタチは完全な隙を晒したことだけは明らかだった。

 

「フッ……」

 

 そして、茅場は不敵な笑みと共に、躊躇い無くその隙を突く。カウンターで繰り出す、右手に握った剣の一突き。心臓部を狙った、強烈な一突き。まともに入れば、HP全損は免れない。

 

(来た……!)

 

 しかしイタチは動じない。何故ならば、この瞬間こそがイタチの狙いだったのだから。 胸に吸い込まれるように放たれるその一撃に対し、イタチは……

 

「せいっ!」

 

「!?」

 

 茅場の突き出した剣の腹に、輝く光弾が打ち込まれる。想定外の事態に、茅場の剣は狙いが狂い、急所である心臓部から軌道を外れ、イタチの左肩を掠めた。ダメージを受けたことにより、イタチのHPがレッドゾーンへ突入するが、全損は免れた。

 そして、茅場の握る剣が弾かれた、光弾が衝突した箇所には、イタチの右拳があった。

 

(まさか、体術スキルで軌道を逸らしたのか……!)

 

 イタチが発動したソードスキルは、剣を持たない無手で仕掛ける体術系スキル「閃打」。初級ソードスキルである故、威力は低いが、その分発動は最速。イタチの筋力パラメータで繰り出されるそれは、神聖剣にて繰り出される一突きを横合いから叩いて弾くには十分。ソードスキルの全てを知り尽くした茅場でも思いつかない、完全な不意打ち。そして今度は、茅場が隙を晒す番である

 

(ここで一気に、攻め込ませてもらう!)

 

 茅場に対し、僅かな……しかし決定的な隙を作り出すことに成功したイタチは、それを最大限に活かすべく、最後の攻勢に出る。空中に投げだされていたエリュシデータを再び右手に握り、踏み込む。

カウンターを逸らしたことによって、茅場の絶対領域たる神聖剣の防御が崩される。故に、イタチは徹底的に攻める……!

 

「はぁぁぁああああ!!」

 

 発動するのは、二刀流十六連撃「スターバースト・ストリーム」。茅場がカウンターを仕掛けるために左側方から正面へ戻そうとしていた盾を弾き、防御態勢の立て直しを妨害しながらの攻撃。盾で防ぎ切れない斬撃が、茅場の身体に刻まれていく。

無双の防御力を誇る茅場の神聖剣を相手に、イタチは一撃で勝負を決められるとは、最初から考えてはいない。確実にダメージが入る決定的な隙を作り出し、その瞬間に全力の連撃を繰り出す。それこそが、イタチが考え出した、神聖剣の攻略方法だったのだ。

 

(終わらせる……必ず、ここで!)

 

 赤い瞳に鋭い眼光を宿し、修羅の如く攻め立てるイタチに、茅場は懸命に防御を試みようとするも、全てを防ぎ切ることは到底できない。半分も止められれば良い方だろう。HPが全快だったのならば、踏みとどまることは出来たかもしれない。しかし、イエローゾーン一歩手前に設定したHPでは、スターバースト・ストリームの半分でも、十分致死レベルである。茅場のHPが、レッドゾーンを迎え、その全てを流星群の如き剣戟に食らい尽くされようとした……その時だった――

 

「なっ!」

 

「!」

 

 スターバースト・ストリーム最後の一撃を、イタチが左手に握る片手剣「ダークリパルサー」で繰り出し、茅場の盾を掠めたその瞬間――金属音が響いた。剣と盾が衝突しただけでは生まれない、長い音――

 

(まさか――――!)

 

 イタチが振りかぶった剣の先端が、消えていた――否、正確には、折れたのだ。クォーターポイントの強敵との戦闘を経て、イタチの武器が遂に限界を迎えたのだ。決して予想していなかったわけではない……しかし、この最終決戦において、最も恐れた事態が、よりによって勝負の趨勢を支配するこの瞬間に訪れたのだった。

 イタチとて、武器の耐久値を全く気にしていなかったわけではない。耐久値の問題を含め、この戦い自体、数多くの不確定要素があったのだ。本来ならば、万全の状態で挑むべき戦いだった。攻略組が崩壊寸前の状態の中、全プレイヤーの解放という報酬が賭けられた戦いだったからこそ、イタチは立ち向かわねばならなかったのだ。

 

「見事だったよ、イタチ君。だが、これでさらばだ」

 

(ここまで、か……)

 

 スターバースト・ストリームの発動による技後硬直で、イタチは一切動く事ができない。故に、茅場の剣を避ける術も無い。イタチは残された時間の中で、自分が退場した後に残された攻略組プレイヤー達が、この世界を脱出できるようにと祈りながら死を待つばかりだった。

 己を死へと導く、光り輝く凶刃が目の前へ迫るのを、イタチはじっと見つめ、ただただ待った。一秒にも満たない、しかし何分、何十分にも思える時間の中、イタチは見た。

 視界に飛び込む、真白き閃光を――――

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。