別に小さい子が好きってわけではないですけど、こう、背伸びしてる様子が可愛らしいと思いません? では☆
「桜の木…ではないわね。花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」
「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合いの入った桜が残っていてもおかしくないだろ」
「……? 今は秋だったと思うけど」
今サウザンドアイズの店までの道中。桜色の花弁が舞い散る和風の並木道に差し掛かると、三人がそんなことを言い出した。俺のところはどうだっただろうか?季節なんて気にしたこともなかったから覚えていない。
「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」
「へぇ?パラレルワールドってやつか?」
「近しいですね。正しくは立体交差並行世界論というものなのですけども.....今からコレの説明を始めますと一日二日では説明しきれないので、またの機会ということに」
言いながら前方を見る黒ウサギ。どうやら目的地に着いたようなので話はお開きらしい。
彼女の視線の先を追えば瓦屋根の何処かで見た団子屋の様な店に【サウザンドアイズ】の
そこへ賺さず黒ウサギは飛び出して店員の女性に待ったをかけるべく口を開いた。
「まっ」
「待った無しですお客様、うちは時間外営業はやっていません」
……流石は話で聞いた超大手の商業コミュニティ、常識のない押し入りの客に対する拒み方にも隙がない。交渉の余地すらない完璧な拒絶を見た。
「なんて商売ッ気の無い店かしら」
「全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」
「文句があるならどうぞ他所へ、貴女方は今後一切の出入りを禁じます」
「これだけで出禁とかお客様舐め過ぎでございますよ!?」
そんな店員の態度にムッとした飛鳥に続きキャーキャーと野次を飛ばしながら喚く黒ウサギへ、店員もやれやれと適当に居住まいを正して向き直る。
ただ、営業スマイルさえない鉄仮面の裏側に隠した嘲笑を湛えるながら。
「なるほど、『箱庭の貴族』であるウサギのお客様を無下にするのは失礼ですね、コミュニティの名前を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「・・・うっ」
店員としては当然の対応に見えた問題児達三人は、言い返せない黒ウサギに首を傾げていた。そして中々口を開かない彼女の代わりに十六夜が前に出る。
「俺達は【ノーネーム】ってコミュニティなんだが?」
「成程。では旗を見せてもらっ」
「少しおいたが過ぎるんじゃないかな?店員さん」
少し強めに袖を引っ張り俺と視線を合わさせる。
「貴方も、しつこ……子供?」
「
身長が完全に負けているのを理由に上目遣いで頼み込めば、大抵何とかなるもんだよ。飛鳥が何か納得したように此方を見て頷いている。
店員が一瞬目を見開いて体を強張らせたが、すぐにハッとして俺に目線を合わせるように屈んで頭を撫でてきた。あれ?想像してたのと違う。
「……仕方ないですね。今回はこの坊ちゃんに免じて、特別ですよ?」
そう言う店員の目は熱く潤んでおり、若干顔も赤いし息も荒い。さっきまでつっけんどんとしていた感じは何処にもなく、鈍感主人公なら「風邪気味なのかな?」とか言いそうな雰囲気である、が。生憎俺は違う。
…あ、この人子供が好きなんだ。寒気にぶるっと震えれば本能的に身の危険を感じて、黒ウサギへ通してくれる旨を伝える方便で即座に逃げ出した。
だが、
「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉ!久しぶりだ黒ウサギイィィィ!」
俺が走るよりも速く、黒ウサギは店内から爆走してきた着物風というか着物の服を着た真っ白い髪の少女に抱きつかれ、もしくはフライングボディーアタックされ、クルクル~とまるで漫画のように空中四回転半捻りして街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛んだ。
「きゃ──……!」
ボチャンという水に落ちる音とドップラー効果よろしく遠くなる悲鳴。十六夜達は目を丸くし、店員は痛そうな頭を抱え、俺は流れるような一瞬の事に固まった。
「……おい、店員、この店にはドッキリサービスがあるのか?なら俺も別バージョンで是非」
「ありません」
「なんなら有料でも」
「やりません」
真剣な表情でアホらしい交渉を繰り広げている十六夜と女性店員。一方、突然黒ウサギを強襲してきた白髪の幼女は彼女の胸に顔を埋めて擦りつけていた。
「し、白夜叉様!?どうして貴女がこんな下層に!?」
「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろう!フフ、フホホフホホ!やっぱりウサギは触り心地が違うの!ほれ、ここが良いかここが良いか!」
セクハラである、見紛う事なきセクハラである。
この世界には変態しかいないのだろうか?
「し、白夜叉様!ちょ、……いい加減に離れてください!」
白夜叉と呼ばれる変態幼女を無理矢理引き剥がし、力任せに頭を鷲掴みにして店に向かって投げつける。そして先程の黒ウサギの如く、派手に回りながら飛んで来たのを十六夜が足を振り上げて止める。
「がふぅん!」
足の裏が丁度幼女の腹に決まり、地面に落ちた。
だが、それに少しも痛がる様子がないのはこの幼女がとんでもなく強い大物だという証拠でもある。黒ウサギから得た情報では【サウザンドアイズ】は箱庭全域に店舗があるらしいから、これはいきなり当たりを引いたかな?
「お、おんし…飛んできた初対面の美少女をボールのように足で受け止めるとは!おんし一体何様じゃ!」
「十六夜様だぜ。和風ロリ」
どうやら十六夜から見ても彼女は少女というよりも幼女らしい。白髪ではなく和装に目が向いた様だが。
一連の流れで呆気にとられ固まっていたが、一番早く飛鳥が復活して白夜叉に話しかける。
「貴女がこの店の人?」
「おお、そうだとも。この【サウザンドアイズ】の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢の割に発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」
「オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります」
軽いセクハラを挟みながら戯けた様子で俺達の反応を観察してくる白夜叉に、あくまで冷静な声で女性店員が釘を刺す。
このコンビはわかっててやってるのか?
「うう……まさか私まで濡れる事になるなんて」
「因果応報……かな」
『お嬢の言う通りや』
悲しげに服を絞る黒ウサギ。反対に濡れても全く気にしない白夜叉は、店先で俺達を見回してニヤリと笑った。
「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たという事は……遂に黒ウサギが私のペットに!」
「なりません!どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」
ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。その反応にすらケラケラと笑って、何処まで本気かわからない白夜叉はやっと店に招く。
「まあいい。話があるなら店内で聞こう」
「よろしいのですか?彼らは旗を持たない【ノーネーム】のはず。規定では」
「【ノーネーム】だとわかっていながら名を尋ねる、性悪店員に対する詫びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」
ムッと拗ねるような顔をする女性店員。彼女にしてみればルールを守っただけなのだから気を悪くするのは仕方がない事だろう。しかし、思い出してみてほしい、この店員も一度は俺達を特別に、迎え入れていたのだ。だから彼女が文句を言える立場ではない。
そんな女性店員に睨まれながら暖簾を潜った俺達五人と一匹は、店の外観からは考えられない不自然な広さの中庭に出た。
和風の中庭を進み縁側で足を止める。障子を開けて招かれた場所は香のような物が炊かれており、風とともに俺達の鼻をくすぐる。
正面玄関を見れば、ショーウインドウに展示された様々な珍品名品が並んでいる。
「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」
それは別に構わない、と全員が個室と言うにはやや広い和室の部屋に入ると物珍しさからか視線を周りに向ける。…【サウザンドアイズ】は問屋か卸売りの店なのだろうか?
もし、ギフトが売買できるなら鑑定すると言っていたし可能性もなくはないが…。
肘掛けを用意して上座に置かれた少し大きめの座布団に座ると白夜叉は、大きく背伸びをしてから十六夜達に向き直り、俺達の分の座布団も用意して対面に座らせた。気がつけば彼女の着物はいつの間にか乾ききっている。
「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている【サウザンドアイズ】幹部の白夜叉だ。そこの黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」
「はいはい、お世話になっております本当に」
先程のことを根に持っているのか投げやりな言葉で受け流す黒ウサギ。話からして恩人の様だが、いくら何でもその態度はないと思う。その隣で耀が小首を傾げて問うた。
「その外門、って何?」
「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が棲んでいるのです」
黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図は、外門によって幾重もの階層に分かれており、同時に外側から七桁の数字を書き足していく。
その図を見た問題児達は口を揃えて、
「……超巨大タマネギ?」
「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」
「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」
うん、と頷き合う彼らを見てガクリと肩を落とす黒ウサギ。だが対照的に白夜叉は呵々と哄笑を上げて二度三度と頷いた。
「ふふ、うまいこと例える。ならば、おんしらが今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分に当たるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は『世界の果て』と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持ったモノ達が棲んでおるぞ──その水樹の持ち主などな」
白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。白夜叉が指すのは十六夜があの滝にいたと話していた自称蛇神の事だろう。
「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ?知恵比べか?勇気を試したのか?」
「いえいえ。この水樹は十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」
自慢げに黒ウサギが言うと、白夜叉は声を上げて驚いた。
「なんと!?クリアではなく直接的に倒したとな!?ではその童は神格持ちの神童か?」
「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし」
「む、それもそうか。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力でいうなら蛇と人ではドングリの背比べだぞ」
「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」
「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」
何やら知らない単語が飛び交い俺達が置いてぼりになっている。それにしても何百年ってことは変態幼女白夜叉も既におばあちゃんなのか。これが本物のエタロリ、ロリババアってやつなのか。
そんなくだらないことを考えていると、十六夜が物騒に瞳を光らせて問い質す。
「へえ?じゃあオマエはあのヘビよりも強いのか?」
「ふふん、当然だ。私は東側の『
「そう………ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」
「無論、そうなるのう」
「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」
俺以外の三人は剥き出しの闘争心を視線に込めて扇子越しに不敵な笑みを浮かべている白夜叉を見る。
「抜け目ない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと?」
「え?ちょ、ちょっと御三人様!?」
慌てる黒ウサギを右手で制したのは当然白夜叉だった。
「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」
「ノリがいいわね。そういうの好きよ」
「ふふ、そうか。──しかしの、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」
「なんだ?」
「おんしらが望むのは『挑戦』か──もしくは『決闘』か?」