『沖縄?』
「はい。うちで別荘を持っているので」
7月に入り、そろそろ学校も夏休みだろうか、という頃。
和也と真由美は、音声のみで通話していた。
因みに使用している回線は四葉が誇る天才ハッカーが何重ものバリアをはっており、隠蔽は万全だ。
『うちは毎年箱根ね』
「手軽に行けていいじゃないですか。毎年行くわけじゃないんですけど、僕たちなんか毎回大事ですよ」
『手軽すぎるのもねえ。……そうだ、わたしも一緒に行って良いかしら』
「……駄目です」
明るい声でそう聞く真由美にNOを突きつけるのは辛かったが、連れて行けるわけがなかった。
今回の沖縄旅行では、和也たちは戦争に巻き込まれるのだ。
真由美のそばで守ってあげられるならば考えなくはなかったが、和也自身も戦場に出るつもりなのでそれは出来ない。
戦場に連れて行くことも、非常時なのに目の届かないところに置いておくことも出来ない以上最初から断るしかない。
せめて自衛が出来れば良かったのだが、先日の拉致事件から本格的に始めたばかりなのでそれも難しい。
現時点でも十分に強いのだが、四葉基準だとまだまだだ。
『ええ……どうして?』
しかしそんな裏事情を知らない真由美は断られるとは思わなかったらしく、少し愕然とした様子で理由を尋ねる。
困ったのは和也である。
本当の理由は言えず、何かもっともらしい理由をでっち上げなければならない。
「……ほら、先日。拉致未遂事件があったでしょう」
『……ええ』
「それで、ですね。四葉としても、あんなことが2度と起きないように万全の防備を整えなければならないんですけど」
『……まさか、父が何か言ってきたの?』
「まあ、そっちは口だけですけど。ただ、次は無いと思います。で、うちにはそんな人手が余ってないんですよね……」
『そっか……じゃあ、仕方ない、かな』
「すいません。また今度、どこかへ一緒に行きましょう」
意外とあっさりと引き下がったことに首をひねりつつ、引き下がってくれたことに安堵したのが旅行の二週間前のことである。
◇ ◇ ◇
沖縄へ発つ日の朝。
「で、どうしてここにいるんですかね」
和也が暮らす家。
旅行の準備を万端に整えた和也が時間までソファで寛いでいるところに現れたのが――七草真由美だった。
因みに他のメンバーは別の家に住んでいるので、合流は空港である。
「どうしてって……わたしも沖縄に行くから」
「駄目だって言いましたよね?」
「和也くんにはね。でも、義叔母様から許可を頂いたわ」
「……またかよ、あの行き遅れ……!」
にこやかに告げる真由美の言葉に、和也は舌打ちする。
そこに、新たに入ってきた人影が声をかける。
「心配いりませんよ、若。旅行の間は護衛として私が付きますから」
「……鳴神か」
現れたのは、和也に鳴神と呼ばれた長身の女性。
メリハリのある体形と精巧な日本人形のように整った顔立ち、そしてどこか妖艶さを感じさせるその女性に、和也は皺の寄った眉間を少し緩める。
「お前が付くのか。よく叔母上が許したな。いや、隠密行動が出来なくて放り出されたのか?」
「む……否定出来ないですね……」
「だ、大丈夫なの?」
二人のやりとりに不安を覚えたらしい真由美に、和也は頷く。
「戦闘においては問題無いですよ。多分、叔母上の手札の中では2番目の実力者です。使う魔法がどうにも派手なんで目立つんですけどね」
「仕方ないじゃないですか、総長と違って使えるレベルなのがこれだけなんですから」
「確かにあいつは色々とおかしいと思うけど……そういうわけなんで護衛は多分大丈夫でしょう」
「じゃあ同行しても良いわよね?」
「……まあ、断る理由がなくなりましたからね」
やった、と喜ぶ真由美をかわいいなぁ、と思いながら見ていると。
「――和也様、そろそろ出発された方がよろしいかと」
和也の後ろから同い年ぐらいの少年が現れ、声を掛けた。
「あ、もうそんな時間?分かった。荷物は――」
「もう運んでおきました」
「おお、気が利くな。じゃあ行きましょう、真由美さん」
「あ、うん……あの、そっちの人は?」
急に現れた少年に戸惑いを見せる真由美。
和也はああ、と呟いて手で少年を示した。
「こいつは、ひと月前から着任した僕のガーディアンです。名前は
「芳田です、若奥様。以後お見知り置きを」
「わ、若奥様!?」
真由美は修斗にそう呼ばれて顔を少し赤くする。
「なんですか真由美さん。若奥様と呼ばれるのは嫌ですか?」
「そうじゃないけど……は、恥ずかしい」
目敏くそれを見つけた和也にそう言われ、真由美は俯いて小声でそう言う。
本気で照れている様子に鳴神がニヤニヤしながら和也を小突くと、和也はそれを鬱陶しそうに振り払った。
「……言わなきゃよかった」
自分までからかわれたことに和也がそう呟くと、鳴神が「四葉の血ですね」と言った。
どうでもいいことだが、真夜も達也も深雪も人をからかわずにはいられない性質である。
「……あの、和也様」
一人、修斗のみが呆れていた。
「あ、ああ。行こうか」
こうして、彼らは予定より人数を二人ほど増やして沖縄へと発った。
◇ ◇ ◇
沖縄へ到着した二人は、砂浜に来ていた。
東京を出発したのが昼ごろだったので、今はもう夕暮れだ。
泳ぐにはもう遅すぎるが、真由美が「海が見たい」と言ったので夕食前に抜け出してきた形である。
別に跳ね馬なライダーになったわけではないが。
2人の目の前に広がる海は、夕陽に照らされて赤く染まっていた。
「綺麗……」
「そうですね……」
幻想的なその光景を、和也はその目に焼き付ける。
沖縄から帰る前にもう一度、真由美と2人でこの美しい景色を見よう、と。
敵の戦力は原作からおおよそ分かっている。
そもそもが軍と達也のみで制圧できた相手だ。
桜井穂波の犠牲を無くすために和也も戦闘に参加する気でいるが、だからこそ何の問題もなく勝てるはず。
だが、一応これから始まるのは国家間の戦争なのだ。
一度侵攻が始まったら気を抜いてはいられないだろう。
和也が隣に目を向けると、真由美は風に吹かれる髪を手で抑えながら海を眺めていた。
やがて、真由美は和也が自分を見ていることに気がついてきょとんと首を傾げた。
「どうしたの?」
どこかボーッとしていた和也は、声を掛けられて目を瞬かせる。
「……ああ。いや、綺麗だなあと思いまして」
「そうね。本当に綺麗な景色だわ……」
そう言って再び海に目を向け、柔らかな笑みを浮かべた。
その笑顔に。
和也は、改めて「この人を絶対に守る」と強く思った。
◇ ◇ ◇
――薄暗い部屋に、1人の青年がいた。
数少ない光源の一つとなっているディスプレイには「Sound Only」とのみ表示されている。
どうやら、音声通信で誰かと話しているようだった。
「……そうですか。其方は5日後には出港準備はおおよそ完了すると。分かりました。……はい、既に一部を掌握しました。其方の動きに合わせて事を起こす手筈になっておりますので、大丈夫でしょう。……はい、上層部にも少々手を伸ばしました。情報を握り潰すように言っておりますので、奇襲はまず成功すると思われます。基地のシステム関連も上層部からブロックしてしまえば、あそこの基地にいる人員程度ではどうしようもないでしょう。……はい、では計画通りに」
その言葉を最後にディスプレイの光が消えた。
――和也の知らないところで、深い闇が蠢いていた。
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