加速の極致   作:稀代の凡人

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第11話

――2092年8月11日。

正体不明の船舶が沖縄の日本領海内に侵入し、沖縄本島に警報が鳴り響いた。

 

この時、ちょうど和也は別荘のダイニングで真由美と共に紅茶を飲んでいたところだった。

 

「これは……?」

「おそらく、敵襲を知らせる警報でしょう」

 

突如鳴り響いた音に眉を顰めた真由美に、和也はそう言って紅茶を飲み干す。

 

「大丈夫ですよ、ここで大人しくしてればじきに終わると思います」

「それはどうかな」

 

真由美を安心させるような鳴神の言葉に、和也が異を唱える。

 

「どういうことですか」

 

戦時国際法はこの時代にも当然存在する。

それを念頭に置いたゆえの鳴神の言葉だったのだが、和也の意見は違った。

 

「先日、クルーザーが魚雷に狙われただろう?幾ら発見されたからとはいえ即座に始末しようとしている。そして今回、敵は宣戦布告もなく攻めてきている。民間人の安全が確保されるかは怪しいと思う」

「それは確かに……」

 

セーリングに出た際に魚雷に襲われたのは、一同の記憶にも新しい。

あの時は達也が処理したために被害は無かった。

だが、もし魔法が使える者がいなければクルーザーは敵の目論見通り海の藻屑と化し、不幸な事故の一つとして片付けられていたことは想像に難くない。

 

このままここにいることは確実に危ないとまでは言えないが、確実に安全とは決して言えないだろう。

 

「ならどうします?ここでは防衛も骨だと思いますが」

「そうだな……まあ、他の人とも相談しようか」

 

和也がそう言って立ち上がると、達也がダイニングに入ってきた。

 

「和也、移動するから支度してくれ」

「基地か?」

「……鋭いな、その通りだ。叔母上が話を通してくれたらしい」

「なるほど。……というわけですから、準備してください。真由美さんも、出来れば動きやすい服に着替えといた方がいいですよ。それとCADを忘れずに」

 

和也の言葉に、真由美は頷く。

その表情は少し硬い。

流石に、いきなり戦争に巻き込まれたことで動揺しているようだ。

 

部屋へ向かう真由美を目配せして鳴神に任せた和也は、自分も準備をするべく部屋へと戻った。

ここ数日の平和で愛おしい非日常(・・・)から危なくも慣れた日常(・・)へと変わったことを肌で感じながら。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

基地のシェルターに入ってすぐ。

和也は眉を顰めた。

 

「真由美さん、外の様子は視えますか?」

「視るって……ああ、そういうこと。えっと……」

 

一瞬間が空き、真由美は首を横に振った。

続いて和也が達也に目をやると、こちらも首を振る。

 

「どうしたんですか?」

「桜井さん。どうやらこの部屋、魔法を阻害する効果があるみたいです。中で使う分には問題ないみたいですが……」

「そうなんですか?……困りましたね」

「ええ。多分目的は中を守るためでしょうが……」

 

正直迷惑だ、とは和也は思っても言えなかった。

 

そもそも、知覚系魔法はかなり希少だ。

ここに3人も集まっていることの方が奇跡に近いのである。

それを考慮するより、中を守るために壁に何らかの措置を施す方が優先されるのも当然だろう。

 

と、突然数人が揃って同じ方向を向いた。

 

「達也くん、聞こえた?」

「はい。修斗、お前は?」

「聞こえました。銃声――恐らくはアサルトライフルかそれに類するものですね」

 

3人が相談を始める中、和也は護衛の中で1人だけ無反応だった鳴神に目を向けた。

 

「お前は聞こえなかったの?」

「聞こえましたけど、銃声程度でわざわざ反応しているようでは経験が足りないのではないかと」

「……あのな、わざとに決まってんだろ。ここには今の銃声が聞き取れない護衛対象がいて、そういう戦場慣れしてない人を守らなきゃいけないんだから」

「ああ、なるほど。経験が足りないのは私ですか」

 

これは失礼、と頭を下げる鳴神。

3人は苦笑していた。

 

「さて、護衛は4人いるので充分だと思います。達也くん、偵察をお願いしてもいいですか?」

「分かりました。修斗、補助を頼む」

「了解です。……和也様」

「ああ、気を付けてな」

「はっ」

 

ビシッと礼をして、修斗は達也とともに出て行った。

 

今更だが、修斗は3年前まで達也とともに体術の修行をしていたので、二人は割と仲が良い。

達也が主の兄に当たるので言葉遣いこそ丁寧語だが。

 

「しかし、軍の基地の中で銃声ですか。既にここまで攻めてきてるんですかね?」

「いや、さすがに早すぎる。もしかしたら……」

 

和也はそこで言葉を切った。

 

「和也様?」

「いや、何でもない。ただ、思っていたよりも戦況は悪いのかもしれない。鳴神、相手が誰でも警戒を怠るな」

「当然です」

 

それを聞いて一つ頷いた和也は、真由美に目を向ける。

彼女は今、深雪とともに何かを話していた。

 

今回の旅行で深雪と真由美は初対面だったのだが、思ったよりもすぐに二人は打ち解けたようだった。

「和也」という共通の話題があるのも大きいのだろう。

 

別荘ではここに穂波も加わってガールズトークに花を咲かせていた。

付き合いの長さゆえに穂波と深雪にはかなり人様には言えないような話も掴まれている和也は、手放しでは喜べなかったが。

険悪よりはいいだろうとそこは諦めていた。

 

それが幸いしたのか、真由美は和也が思っていたよりも幾分か落ち着いていた。

これならば大丈夫だろうと和也が思った――その時。

 

シェルターの扉が開いた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

入ってきたのは、この基地の兵士だった。

何でも、ここは危なくなってきたので他の場所に移動するのだという。

不思議なことに、迎えに来た兵士の全員が取り残された血統(レフト・ブラッド)と呼ばれる日本国籍のアメリカ人だったが。

 

同じシェルターに避難していた、これまで空気だった家族は既に移動するために立ち上がっている。

一方の和也達はというと、深夜が「息子がここを離れておりますので」と断った。

 

「あの、奥様。どうして断ったのですか?達也くんたちならば移動先で合流できると思いますが」

「ああ、それは建前よ」

 

さらっと言われた、まるで息子のことを何とも思っていないかのような深夜の言葉に、真由美が目を見開く。

穂波も少し感じるものがあるようだったが、それはほとんど表に出さなかった。

 

「では、なぜ?」

「別にこれといった理由があるわけではないわ。強いて言うなら勘ね」

 

深夜の言葉の前半部分で少し気を抜いた穂波は、後半を聞いて一気に緊張感を高める。

 

それも当然のこと。

必ずしもそうとは言えないが、精神干渉系の魔法の使い手には直感の鋭い者が多い。

その理由は色々と唱えられているが、それはいいとして。

 

深夜は世界で唯一禁忌とされている系統外魔法[精神構造干渉]を扱うことができ、「忘却の川(レテ)支配者(ミストレス)」と恐れられた魔法師である。

その深夜の直感は、抽象的ながら予知にも近い精度を持つ。

 

――果たして、その勘の通り。

シェルター内に銃声が響き渡った。

 

契機は、別の兵士がシェルター内に入ってきたことだった。

桧垣ジョセフ上等兵。

先日達也に伸され、数日後には友人のような間柄になった相手であり、本日和也たちを迎えにきたのも彼である。

 

銃声の音源である、最初に迎えに来た兵士たちの銃口は――なんと、同じ日本国防軍であるはずの桧垣上等兵に向けられていた。

 

始めは急展開についていけなかった穂波や鳴神だったが、その後の二人の会話を聞いてようやく状況を把握する。

 

「どうやら基地内でも反乱が起きてるみたいですね」

「とすると、さっきの銃声は多分それだな。しかし……」

「和也様、どうしました?」

「いや……内側が揺らいでいるとなると、やはり戦況は芳しくないらしいな」

「……ああ、なるほど。彼らもそれなりの勝算をもって蜂起したはずだということですか」

「ああ。余裕があるならすぐに鎮圧されて終わりだからな。軍のことにはあまり手を出さないほうが良いと思っていたが、こちらが危険に晒されるとなると話は別だ。……取り敢えず、あれを止めるか」

 

和也がそう言ってCADを取り出した――その瞬間。

アンティナイトによるキャスト・ジャミングが彼らを貫いた。




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