さて。
四葉の血を引く者は、そのほとんどが自らの代名詞とも言える特殊な魔法を持っている。
現当主たる真夜は[
では和也は、というと。
深雪の双子の弟である彼は、深雪とは正反対を向いた魔法をその身に宿して生まれた。
「減速」という概念の極致にある「対象の停止」を自らの専有魔法とする深雪の反対。
「加速」という概念の極致――[
この魔法を身に宿して生まれた和也は、干渉力が及ぶ限りあらゆる速度を上昇させることができる。
その範囲は、そこに「速度」というものが存在すると彼が認識すれば、どんなものでも対象に含む。
物体の運動速度のように加速系統魔法でも可能なものから、反射速度や思考速度、魔法の処理速度のような抽象的なものまで、文字通りあらゆる速度だ。
ところで、あらゆる魔法は対象を認識することが必要不可欠である。
例えば反射速度や思考速度の加速には神経伝達系への干渉が必要だ。
だが、普通は脳の内部構造に正確に干渉することは不可能。
それを可能とするのが、彼の生まれ持った知覚系魔法――[
距離、大きさの制限なく全ての物質をイデアを介して認識することが出来る破格の能力だ。
だが、大きな能力には代償がある。
[
しかも、それですら脳に負担が掛かるため時間制限が存在する。
故に普段は、間違ってもそれを使わないように、本来の干渉力のおよそ
そして、その力を全て解放した現在――和也に敵う相手などいない。
海を見据える――その視線の先には、肉眼では捉えられないが確かに大亜連合の艦隊が航行していた。
(――距離40km、範囲は……これは纏めてやると却って効率が悪いな)
考えつつ、懐から拳銃型のCADを取り出す。
そして目を閉じ、無造作に引き金を引いた。
――刹那、海上に10の灼熱の渦が顕現した。
◇ ◇ ◇
その頃、東側では。
和也の下を離れた修斗が、風間や達也たちと合流していた。
「風間大尉」
「君は確か和也殿と共にいた……彼は?」
「こっちは問題ないから東側の手助けに行けと。達也はどちらに?」
「ああ、彼なら……」
風間が示した方を見ると、達也は大型の狙撃銃のようなものを海へ向けていた。
「……ダメですね、20kmぐらいしか届きません」
「達也、あれをやる気か?」
首を横に振る達也に修斗が声をかけると、驚いたように目を瞬かせた。
「お前、なんでこっちに……和也はどうしたんだ?」
「本気を出すから、こっちは良いと」
「本気を……そうか、分かった。なら、こっちはこっちの仕事をしないとな」
達也は真剣な面持ちで頷くと、海へとその視線を向ける。
「敵艦隊の有効射程距離は大体25kmってところだ。修斗、盾を頼むぞ」
「任せろ」
修斗が胸を叩く。
――二人は、昔に3年間ほど一緒に四葉の修行を受けていた。
どちらも特定の魔法にのみ尖った才能を示すタイプであり、全ての系統において高い才を示す和也に比べると、体術に比重を大きく置かれていた。
地獄のような鍛錬を共に生き抜いた仲間として、二人は無条件に自分の背中を預けられるほどにはお互いを信頼しているのだ。
と、突然彼らの背後から「何だって!?」という声が飛んできた。
振り返ると、そこには基地と通信しているのか耳に手を当てている風間がいた。
「今度はどうかしましたか、風間大尉」
「南側から侵攻していた敵艦10隻の反応が、上陸予想位置からおよそ40km沖合で突如消えたそうだ。そして、そこでは大規模な魔法が行使された反応があった。やはり……?」
「はい、和也様によるものかと」
「……そうか」
信じがたいことだ、と首を振る風間。
風間の反応も当然だ。
その話が本当ならば、彼は40kmも離れた場所を正確に攻撃出来るのだから。
それも、10隻の軍艦を瞬時に消滅させるだけの範囲と威力を併せ持った魔法を、だ。
文句無しで戦略級魔法師と呼んでいいレベルである。
「……彼がこっちもやった方が早いんじゃないのか?」
ふと、そう呟く風間。
しかし、それを否定する声が飛ぶ。
「……和也様のアレならば確かにこちらも瞬時に終わるでしょう。ですが、強力な魔法にはそれに見合った代償があります」
その先は口には出さない。
修斗とて、そう何でも和也の情報を渡すわけにはいかないのである。
「……そろそろ、向こうも撃ってくるでしょうね」
敵艦隊は、既に達也や修斗たちからの距離が30kmを切っていた。
彼らも、少人数が未だ海岸に残っていることは把握しているだろう。
艦砲の射程は大体25km程度だが、その前に艦砲の試射を始めた。
はじめのうちはてんで見当違いのところに着弾していた砲弾も、徐々に精度が上がっていく。
そして。
「――敵艦隊が有効射程圏内に入った」
通信を受けた風間がそう言った瞬間――轟音と共に、一斉に艦砲が放たれた。
数隻の軍艦による艦砲の斉射は、並の魔法師ではただの一度も防げぬほどの圧倒的威力を誇る。
普通ならば動じてもおかしくないところ――しかし達也は微動だにせず時を待つ。
それは、修斗への信頼の証左。
そしてそれに応えるように、彼は引き金を引いた。
その瞬間――向かって右側の砲弾はさらに右に。
左側の砲弾はさらに左に。
それぞれ軌道が大きく逸れ、左右に着弾して爆発が起きる。
――加速系統ベクトル操作魔法[
運動する物質のベクトルの向きに干渉し、軌道を変える魔法だ。
受け止めるのではなく逸らすことによって要求される干渉力は下がり、術者への負担は小さくなる。
だが、座標指定のために対象の位置を正確に捕捉する必要があるため、障壁魔法と比べて難易度は高い。
しかも今回は、25kmの遠方から音速に迫るほどの初速で放たれる十数個の砲弾が対象。
コンマ何秒の間に複数の対象を捕捉し、引き金を引かなければならないのだ。
非常に高い精度と速度を同時に求められるこの魔法をことも無げに成し遂げる修斗に、風間は感嘆の息を漏らした。
◇ ◇ ◇
「……敵艦隊の20km到達までは?」
「あと3分です」
真田に時間を尋ねる修斗の表情は、少し苦しげに歪んでいる。
それも当然だろう。
最初の数回で斉射は効果がないと判断した大亜連合の艦隊は、時間差による砲撃に切り替えた。
次々と飛んでくる砲弾に処理が追いつかなくなった修斗はやむなく個々の砲弾を捕捉する魔法から領域魔法に変更し、ここまで5分以上ずっとそれを維持している。
領域の指定は向かって左右と単純なものであるとはいえ、範囲の広い領域魔法をずっと維持するというのは想像以上に負担が大きい。
今も雨のように断続的に降り注ぐ砲弾を逸らし続ける彼の魔法力は、思った以上に大きく消耗していた。
だが、それでも修斗は耐える。
自らの存在意義である「絶対的守護」を貫くため。
そして、達也の魔法を邪魔させないために。
時間にしたらたったの10分。
しかし、その場にいた彼らにとってはその何倍にも感じた我慢の時間――それが、ようやく終わりを告げる。
「――行きます」
ついに、達也がその引き金を引く。
飛距離のみを考えて放たれた数発の銃弾。
それらは放物線を描き、そのうちの一つが艦隊のなかに落ちる――それを[
手のひらに乗る程度の大きさしかない銃弾が、その質量を分解された。
分解された質量は、相対性理論に基づき莫大なエネルギーに変換される。
そして――全てを、光が呑み込んだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
和也の「加速」についてですが、細かい理論は気にせず「そんなもんなんだ〜」と流していただけると幸いです。
ざっくりとしたイメージも伝わらなかったという人は、質問してくれれば頑張って説明しますので、よろしくお願いします。
……いっぱいいたらどうしよう。