加速の極致   作:稀代の凡人

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第2話

四葉家本邸での真夜との会談の後、和也はそこから少し離れたところにひっそりと建つ別邸に戻ってきていた。

 

「ただいま」

「お帰りなさい」

 

差し込む斜陽に目を細めながら和也を出迎えたのは、幼いながらも既に現実離れした美しい容姿を持つ少女。

和也の双子の姉である深雪だった。

 

「ただいま、姉さん。早かったんだね」

「ええ。今日は早めに訓練が終わったのよ」

 

深雪の言う訓練とは、魔法の訓練のことである。

 

この歳にして既に大抵の大人では束になっても敵わぬほどの魔法力を誇る深雪は、その強大な力を制御するために魔法を扱う訓練をかなり前から始めていた。

 

最初の頃は母である深夜に教わっていたのだが、近年彼女の体調が更に悪化してからは二人とも別の師についていた。

 

深雪の場合は深夜のガーディアンである桜井穂波に教わっているので、よほど体調が悪くなければ深夜も一緒である。

和也は完全に別なのだが。

 

「母上は?」

「自室でお休みしてらっしゃるわ。先ほどまでは起きていたのだけれど……」

「そう。兄さんは?」

「自室にいるわ。何か用があるの?」

「実は例の件が叔母上から許可を頂けたんだ」

「まあ、そうなの?」

 

和也の言葉に、深雪は目を少し見開き手で口を覆って上品に驚いてみせる。

これはただ単に仕草が上品なだけで、本人は本当に驚いている。

 

和也達には味方が少ない。

だからこそ、仲間内での結束を強めなければならない。

 

達也も深雪も和也が信頼できる数少ない人間であり、だからこそ早い段階で情報を共有し、力を蓄えていた。

それゆえに、原作において存在した達也と深雪の間の溝は無い。

 

「そういうわけで、ちょっと兄さんと話してくるよ」

「分かったわ。私は桜井さんに料理を教わってくるわね」

「お願い」

 

和也の言外の要求に応じて、深雪は穂波の足止めをすべくキッチンへと向かった。

 

深夜は現状を何も知らないはずだ。

和也達は、体調の優れない深夜にいらぬ心労をかけぬようにと彼女には何も知らせないと決めている。

そして、彼女に伝わるかもしれないため穂波にも同様に何も知らせないようにしているのだ。

 

深雪の心遣いに感謝しつつ、和也は二階にある達也の部屋へと向かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「――というわけで、叔母上から許可が出たよ」

「そうか。なら、近い内に一度顔を出してみるよ」

 

部屋の中央にあるソファに腰掛ける和也と相対しているのは、この部屋の主である司波達也。

彼はもう一つあるソファには座らずに、デスクの前のキャスター付き回転椅子に座っていた。

 

「で、今は何をやってたの?」

「この前和也が言っていたことについて考えていたんだ」

「えっと……ああ、ループ・キャストのこと?」

「ああ」

 

ループ・キャスト。

詳しい説明は省くが、現在理論上は可能とされながら実現は未だ成されていないソフトウェア技術だ。

 

「折角殴り込みに行くんだ、手土産は必要だと思ってな」

 

達也がそう言うと、二人は顔を見合わせてニヤリと笑う。

 

「それで、実現出来そうなの?」

「もう少し調整は必要だと思うが……まあ、概ね出来ている。あと一週間もあればひとまず完成するさ」

「了解。じゃあ、二週間後に乗り込むとしますかね」

「分かった。他に用は?」

「いや、それだけ。……ああ、そろそろ婚約の話を進めるらしい。何か動くかもしれないから、一応注意を、ね」

「そうか、気をつける」

 

最後にじゃあね、と言って和也は達也の部屋を後にした。

 

最後に婚約の話をしたのは、それが深雪にも関わってくるかもしれないからだ。

達也は深雪のガーディアンであり、周りを探ることができる特殊な[眼]を持っている。

ああ言えば、より周囲に気を払うようになるだろう。

 

和也にも似たようなことはできるのだが、いつも一緒にいるわけではないのだから、ある程度は達也にも任せなければならない。

 

因みに和也のガーディアンはというと、既に決まってはいるのだが今は四葉家にて修行中だ。

実力が足りないというわけではなく、ただ単に必要が無いためである。

一応、社交界へのお披露目と同時に本格的にガーディアンとして護衛任務に就く予定だ。

 

「さて、やることは山積みだ。忙しくなるぞ……」

 

和也は唇の端を少し吊り上げて、そう呟いた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

その日。

フォア・リーブス・テクノロジー(通称FLT)、その開発第三課は張り詰めた空気に包まれていた。

理由は、数日前に突如上から「とある重要人物が見学に来るから丁重にお迎えするように」との通達があったからだ。

 

相手によっては今後の第三課を左右するかもしれない。

だからこそ、気を損ねることがないように細心の注意を払って準備していた。

 

「主任、お客様がいらっしゃいました」

「おし、今行く」

 

先方からは出迎えはいらないとのことだったので、部屋で待っていた主任の牛山は到着の連絡に玄関へと向かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「えーと、そちらの三人が?」

「は、はい。そういうことのようです」

 

牛山は戸惑いを隠せなかった。

それは出迎えた受付係も同様のようで、二人して顔を見合わせる。

 

「ああ、俺と姉さんは付き添いみたいなものだから気にしなくていいです。本当の客はこっちです」

 

先頭に立ってにこやかにそう言うのは、どう見ても小学校高学年か精々中学生の少年である。

手で示されて前に出てきたのも同世代の少年だ。

というか、今日訪れた全員が子供だった。

 

「あの……今日はどのようなご用件で?」

「実はCADのソフトウェア技術について勉強しているんですが……一人では中々限界がありまして。それで、ここの方々に教えていただこうかと」

「は、はあ……」

 

牛山も困り顔をするしかない。

ここはCADの開発を担当する部署であり、学校ではない。

いくら重要人物とはいえ、子供に教えるのは……。

そう考えて渋い顔をする牛山に、最初に口を開いた少年がそっと近付いて囁く。

 

「実は俺たち、ここの開発本部長の息子なんです」

「はあッ――!?」

 

驚きのあまり思わず叫びそうになる牛山の口を、見越したように少年が塞ぐ。

 

「取り敢えず、迷惑は掛けません。寧ろ、ここで追い返したら後悔しますよ?」

 

無邪気な子供のような表情だが、目は鋭く値踏みするように光っていた。

 

この少年は、ただの子供ではない。

そう確信させられた牛山は、少年の言葉に首を縦に振った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「あの、主任……良いんですか?」

「仕方無えだろうよ。相手は本部長の息子なんだ、機嫌を損ねる訳にはいかないからな。それに、身内なら平気だろうさ」

 

しかし、思いの外分かってやがる。

牛山は心の中で唸るようにそう呟く。

 

着いてすぐに、達也という少年は「ここを見せて下さい」と言ってあちこちを調べ始めた。

他の二人は早々に暇を持て余してCADのテスターを買って出て、その破格のサイオン保有量でよろこばれているのだが、それはさておき。

その調べる視点が、CADについてそれなりの知識を持っていることを窺わせるものだったのだ。

 

やがて、達也は満足したのか手を止めた。

 

「牛山さん、でしたか」

「何ですか」

「あなたにお願いしたいことがあります」

 

そう言って懐から端末を取り出し、牛山に見せる。

 

「何ですか、これは……なっ!?」

「牛山さんに、これのハードについてお願いしたい」

 

そこに書かれていた内容に牛山は絶句する。

CADの技術者ならば全世界の人間が驚くものが、そこにはあった。

 

「……これを、あなたが?」

「はい。これを手土産に、俺をここの一員と認めていただきたい」

「もちろんです。達也殿、いや御曹司!」

 

突然の牛山の豹変に、周りも騒つく。

 

「ど、どうしたんですか主任」

「おう、お前らもこれを見てみろ」

 

達也に確認を取ってから、牛山は端末を部下に回す。

その全員の目が丸く見開かれた。

 

「これを……うちで?」

「そのつもりです。お願いできますか?」

「勿論ですとも!」

 

達也の問いに牛山は強く応え、二人はがっちりと握手を交わした。

 

――この日。

謎の天才魔工技師トーラス・シルバーは、産声を上げた。




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