加速の極致   作:稀代の凡人

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第3話

◇ ◇ ◇

 

 

 

東京都の郊外にひっそりと建つ、七草家の別荘。

そこには、どことなく張り詰めた雰囲気が漂っていた。

 

そこに勤める使用人は慌ただしくあちこちを動き回り、七草家現当主である七草弘一は、一見ゆったりと椅子に腰掛けているようだが、よく見ると人差し指で肘掛けを忙しなく叩いている。

 

それを見ている七草家長女の真由美もまた、先日出場した射撃の魔法競技の全国大会の時のような緊張を感じていた。

 

原因は、先日突然掛かってきた四葉からの通信だ。

 

「お父様、四葉は私を同行させるように、としか言わなかったのですよね?」

「そう言っているだろう。あとは日時と場所はこちらに任せる、と言っただけだ」

 

真由美は四葉についての情報を思い浮かべる。

 

四葉家。

十師族の中でも、七草家と並んで最有力とされる家である。

系統外精神干渉魔法を研究テーマとしていた旧第四研から生まれた家であり、四葉の抱える魔法師は数は少ないながらも強者揃いだ。

十師族でも随一の秘密主義であり、更にどこよりも敵に回してはいけないと恐れられている。

 

その四葉家が、真由美に何の用だろうか。

 

真由美も同じように考えていると、この屋敷の執事が部屋に入ってきた。

 

「旦那様、四葉真夜様がお着きです」

「応接室に通せ」

 

そう告げる弘一の声は、少し張り詰めていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「こうして直接会うのは2年ぶりかしら」

「そうだな。2年前の十師族選定会議以来か」

 

そう話す弘一の声は、真由美には震えているように感じる。

その真由美自身も、動揺を隠せなかった。

 

「……それで四葉殿。横の少年は誰かな?」

「ああ、紹介していなかったわね」

 

ろくに挨拶も交わさず話を振るほど弘一が動揺しているのに対して、真夜は静かに凪いでいるように見える。

まあ真夜には動じる理由がないので当然のことだが。

 

弘一と真由美が動揺している原因こそ、真夜の隣に腰掛けている――同い年くらいの少年。

日焼けを知らないような真っ白い肌に漆黒の髪。

そして目鼻立ちの整った顔のパーツは、真夜との共通点が散見される。

 

こんなところまで真夜と一緒にやってきて、しかも真夜の隣に座るほど立場の高い人間――まず間違いなく、四葉家の者だろう。

ということは、今回の真夜の目的も真由美には自ずと理解できた。

 

「ほら、ご挨拶なさい」

「はい。――四葉真夜が甥、和也と申します。今年度で12歳になります」

 

まだ声変わり前の、少々高めながら耳心地の良い声。

今年度で12歳――ということはまだ11歳なのだろうか。

真由美は回らない頭で呆然とそんなことを考える。

 

「甥……となると、深夜殿の子か」

「はい。残念ながら、母は私を産んだ後体調を崩して子を産めなくなってしまいましたが」

「そうか……それは残念なことだ」

 

そこで弘一は一度言葉を切り、少し躊躇いがちに切り出す。

 

「で、今日の用件は何だ」

「そちらの予想通り、そちらの真由美さんと和也との婚約についてよ」

「やはりか」

 

真夜の返事に弘一は頷き、目を細めた。

 

「最近では、婚約の時期も徐々に遅くなる傾向にある。それだけ情勢に余裕が出来、見極める猶予があるからだ。その中で、11歳で婚約を結ぼうとしたその理由は何だ?」

「どういう意味かしら」

「時間が経って見極められてからでは都合が悪いのではないか?例えば、魔法力が低い、とかな」

 

弘一の言葉に真由美はハッとしたが、正面に座る二人は全く動じていなかった。

 

「言いたいことははっきりと言いなさい。貴方はこの子に何を要求するのかしら」

「端的に言えば、力を示してもらいたい」

 

その言葉に目を細めたのは、ここまで殆ど発言しなかった和也だった。

 

「力を示す、といっても様々な方法がありますが……なんでも良いですか」

「こちらが納得するようなものを見せてもらえればな」

「そうですか」

 

和也は、最初に挨拶をしてからずっと口を噤んでいた真由美に目を向けた。

 

「真由美さん。なんでも良いので、何か魔法を使っていただけますか?」

「え?……分かったわ」

 

突然の要求に少し驚きつつも、言われた通りにCADを取り出して操作する。

 

選んだのは収束系統の単一工程からなる、風を吹かせる魔法。

まだ子供ながら、十師族の名を背負う真由美にとっては指の先を動かす程度の労力で発動できるそれは――しかし、何も起こらなかった。

 

「……え?」

 

驚いた真由美がもう一度CADを操作するも、結果は変わらず。

他の魔法も同じだった。

魔法が使えないという初めての経験に慌てふためく真由美の横で、同じく目を見開いていた弘一が大きく息を吐く。

 

「……[領域干渉]か」

「その通りです」

 

その言葉によってようやく真由美もこの状況を理解し、そして戦慄した。

 

[領域干渉]。

それによって自身の魔法の発動が阻害されていたのならば、それは和也が真由美の干渉強度を大きく上回っているということだ。

 

真由美が最も得意とする魔法こそ、対人戦や物を破壊するのに使うような魔法だった為に使わなかった。

しかし、それでもこの干渉力は脅威である。

単純に、切れる手札を大幅に制限されるからだ。

 

全ての系統を十全に使いこなすゆえに「万能」と呼ばれる七草家の魔法師は、基本的に手札の多さで勝負する。

その手札の大半を封じられてしまっては、戦力が大幅に落ちてしまうのだ。

 

真由美の干渉力は、十師族の中では中の上といったところ。

尖っている系統こそないが、苦手な系統も持ち合わせていない彼女が、殆どの魔法を封じられる。

 

それは、この齢11の少年の異常さを如実に表していた。

 

「さて、これで魔法力に関しては文句はないでしょう?」

「……ああ」

 

この結果を見せられては、弘一も頷くしかなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「最後のあの男の顔、見物だったわね」

 

帰りの車にて、真夜は上機嫌に呟く。

 

あの後、和也と真由美は婚約を視野に入れたお付き合い、というところに落ち着いた。

お互いの相性が悪ければ、解消することになっている。

 

そのお付き合いの始まりとして二人はデートをすることになったのだが、まあそれはさておき。

 

今回の会談は、真夜たちにとっては終始思惑通りに進んだ。

 

会談前にはこちらの用件を悟られないように防諜に力を入れ、和也との初対面での弘一の反応を探ること。

 

このタイミングで敢えて婚約を申し出ることによりこちらに不利な点があると疑わせ、そこから和也の力を思い知らせること。

それも、具体的にどの魔法を得意とするかを開示することなく。

 

そして、当初の目的通り婚約へ向けた交際を始めること。

 

全ては計画通りだ。

実に見事に、脚本通りに踊ってくれた。

そして、その脚本の大筋を考えたのが――。

 

「万事上手くいって良かったですね、叔母上」

 

そう言って無邪気に微笑むこの少年である。

 

細かいところこそ真夜が詰めたが、そもそも骨組みが無ければこんなことはしていなかっただろう。

 

11歳でこれなのだ。

全く末恐ろしい子だ、と真夜は独りごちる。

 

「それにしても、やはり弘一殿は……」

「ええ。あの反応を見るに、繋がってる(・・・・・)みたいね」

 

知らなかった振りをしているのは分かるが、いくら何でも演技が大袈裟すぎた。

つまりは和也の存在を知っていたということ。

 

これまで四葉和也の存在を知っていたのは四葉家の人間だけだ。

ということはつまり、七草弘一と四葉の誰かの間には繋がりがあるということ。

そして、その誰かとは恐らく……いや、間違いなく彼ら(・・)だろう。

 

「七草次第と思っていたけれど、やはり戦力が足りないわね」

「ということは、やはり?」

「ええ。深雪さんのことも、検討しておかなければならないわ」

 

四葉内部に味方が少ない現状、真夜たちは外部に協力者を作るしかない。

家同士を結ぶ婚姻は、その手段としては有効だろう。

 

深雪まで巻き込みたくない、という達也と和也の思いから見送る方向も考えていたが、流石に七草家を相手にするとなると戦力が足りない。

正確には七草家のみならば何とでもなるのだが、他の十師族が敵に回る可能性も考えると、余力を残すにはそれが必要だ。

真夜はもちろん和也も達也も、その他に抱える手札も戦力としてはかなり優秀だが、いかんせん数が足りないのである。

 

それに、深雪自身はそんなに嫌がってはいない、というのもある。

達也も和也も頑張っているのに、自分だけ蚊帳の外は嫌だ、と。

 

まあ、その辺はまた考えればいいだろう。

今はそれよりも。

 

「それで、和也。今度のデートはどこへ行くのかしら」

「ああ……」

 

真夜の問いに、和也は忘れていた、というように呻く。

 

「どこに行けば良いんですかね……」

 

そう言って頭を抱える。

彼にとっては、謀略よりもデートの計画の方がよっぽど難題みたいだ。

ここだけ年齢相応なのが面白くて、真夜は思わず噴き出した。




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