『――それじゃあ、九校戦で会おう』
旧友から届いたメッセージを見返しながら、少年は頬を緩める。
「久しぶりだな、直接会うのは……」
そう呟き、一人空港のゲートを抜けた――。
◇ ◇ ◇
8月初頭。
和也と深雪の二人は、富士山の麓にあるホテルを訪れていた。
「人が多いわね」
「まあ、明日には始まるからね」
げんなりする姉に、和也は苦笑する。
少しどころではなく秀でた容姿を持つ深雪は、それゆえに視線を集めやすい。
その為、人が多いところはあまり好きではないのだ。
和也も十分に整った顔立ちをしているが、まだ幼さが残る為か深雪ほどの注目は集めていない。
二人がここを訪れたのは、明日から始まる九校戦の観戦が目的――ということになっている。
正確には――。
「――和也!」
今しがた和也の名前を呼んだこの少年と、久しぶりに会うためである。
ロビーで待っていた和也の下へ歩み寄ってきた、未だ幼さも残りながら精悍さも感じさせる少年は笑顔で和也に手を差し出す。
「久しぶりだな……全然変わってないな」
「その言葉そっくりそのまま返すよ、将輝」
和也も笑みを浮かべてその手を握った。
この少年――将輝は、和也と幼い頃から付き合いのある友人だ。
和也が旅行先でたまたま知り合い仲良くなった相手で、普段から頻繁にメッセージをやり取りしている。
が、会うのはこれで二回目で、久しぶりの再会だった。
ひとしきり再会の余韻に浸った将輝は、和也の後ろに目をやる。
「で、そっちの子は一体――」
深雪の顔を見た将輝は、文字通り硬直した。
一人加わったところで女性の好みは変わらないんだな、と内心思いつつ、和也は将輝を突いた。
「俺の姉の深雪だ。見惚れるのは分かるけど、いい加減再起動しろ」
「――はっ!お、俺はい――じゃなくて、将輝と言います」
「深雪です。宜しくね」
ふふ、と微笑む深雪に、将輝はもう完全に撃ち抜かれているようだ。
「じゃあ、行こうか」
どこか夢心地の将輝を面白そうに見ながら、和也はそう告げた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
和也は将輝の部屋に遊びに来ていた。
「なんて言うか、舞い上がってるな」
「言ってくれるな、自分でも分かってる」
からかう和也に、将輝は頭を抱える。
「いや、お前の顔からして姉妹がいたらきっと綺麗だろうな、とは思ってたんだ。でも、流石にあれは……」
「予想以上だった、と?」
無言で頷く。
「確かに、姉さんはちょっとおかしいレベルで綺麗だからな」
「うん……」
そこで将輝は少し考え、躊躇いながら次の言葉を口にした。
「お前達、魔法師だろ?」
「……どうしてそう思った?」
これでは認めているようなものだな、と思いつつ和也はそう尋ねる。
和也も将輝も連絡はずっと取り合っていたし、直接会うことはほとんど無かったとはいえかなり仲の良い友人と言っていい。
だが、二人ともお互いの素性を聞いたことはほとんど無かった。
精々が、将輝が石川県に住んでいる、ということを教えた程度。
この質問は、そんな関係から踏み出そうという意志なのか。
そんなことを考えながら、和也は答えを待つ。
将輝の答えは簡単だった。
「魔法師って、非魔法師に比べて身体が左右対称になる傾向にあるだろう?それでそう思ったんだ」
「ふぅん……まあ、確かにその通りだ。それを言うならお前も、だろ?」
「ああ。なんで分かった?」
将輝の問いに、和也は胸の辺りを叩いた。
「ここ。CAD入ってるだろ」
「……それで気付いたのか」
純粋に驚いているこの友人を騙していることに、和也は少し罪悪感を感じた。
彼は、初めからこの少年の素性を知っていて近付いたのだから。
「で、お前どこの学校に行くんだ?」
「ん?うちの近所の公立中学だけど」
「違うっ!高校に決まってるだろ、話の流れ的に!」
「ああ、高校か」
まあ、どこの中学に行くかを知ってどうするという話である。
「まあ、第一高校かな」
「へえ……俺は第三高校だ。いつか九校戦で戦うのを楽しみにしてるぞ」
不敵な笑みを浮かべる将輝。
イケメンだから凄い迫力だな……と思いつつ、和也がぼそり。
「姉さんの前でもそれぐらいシャキッとしてれば良いのに」
「それは……仕方ないだろ!」
顔を赤くした将輝のツッコミ(物理)が和也に炸裂したのだった。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
「お帰り。遅かったのね」
「思ったより盛り上がってね」
ホテルの自室に戻った和也を、深雪が出迎える。
「シャワーは……もう遅いから明日で良いか」
CADを操作する。
発動したのは身体の汚れを落とす魔法。
便利すぎてシャワー浴びるのが無駄に思える、とは誰の言葉だったか。
自宅では「普通にシャワーを浴びた方がさっぱりする」と魔法を使わないようにしている和也であるが、旅先でしかも時間も遅いとあって面倒になったらしい。
そのまま二つ並んでいるベッドの空いている方に倒れこむ。
「どうだった?
「そうね……いきなり固まったのには驚いたけれど」
深雪は苦笑を浮かべる。
「でも、良い人なんじゃないかしら。あれでもう少し落ち着いてくれたらより良いのだけれど」
「あはは……」
それには和也も苦笑を禁じえない。
メッセージのやり取りのみではあるが長い間付き合いのある和也でも、それは擁護できなかった。
――かつて北陸を訪れた際に密かに友人となった、一条家の御曹司。
彼ら二人の間の交流は、将輝の両親ですら知らぬはずのものだ。
将輝が偶然と思っているだろうその出会いは――実は、初めから和也によって企図されたものだった。
前世の記憶からその人柄には信が置けると考え、味方を増やすために行ったことである。
ただ、始まりこそ仕組んだものであったが、その後の交流に嘘は無い。
和也も、将輝のことは掛け替えのない友人だと思っているのだ。
だからこそ、今回のようなことも気が進まなかったのだが……手段を選んでいられるほどの余裕は和也には無かった。
和也は強い。
それこそ不意打ちでもなければ――それも余程巧みなものでなければ、誰かに負けるとは思わなかった。
だが、彼は自分が全能では無いことも分かっていた。
人質を取られることだってあるだろうし、それこそ不意打ちで暗殺されることだってある。
極端な話、突然戦略級魔法でもやられたらどうしようも無い。
だからこそ和也は、万が一自分が居なくなっても困らないだけの圧倒的優位を作り出すつもりだった。
近い将来「
――今更罪悪感など、感じている暇は無い。
◇ ◇ ◇
2日後の夕方。
無事に九校戦も全てのプログラムを終え、3人はもう別れるところだった。
「久しぶりに会えて楽しかったよ」
「俺もだ。……深雪さんも、その、ありがとうございました」
「いえ、私も楽しかったわ」
この三日間、将輝は深雪のことを知ろうと一生懸命話しかけていた。
『あの、深雪さんは、どんな男が好みですか?』
『そうね……私を守ってくれるような、強くてたくましい人が良いわね』
『なるほど……』
など。
深雪に楽しかったと言われてぽわーっとしている将輝を見ると、果たしてちゃんと九校戦を見ていたのか聞いてみたいほどである。
そんな考えを軽く頭を振って追い払い、和也は将輝に声を掛けた。
「次、もしどこかで俺を見掛けても、初対面のふりをしてくれ」
「初対面のふりを?……分かった」
いまいち納得がいっていないようだったが、それでも了承したのを確認して和也も頷く。
「じゃあ、また今度」
「ああ、またな。……深雪さんも、また会いましょう」
「ええ、楽しみにしているわ」
最後に大きく手を振って、将輝は帰途についた。
◇ ◇ ◇
とある薄暗い部屋で、一人の青年が音声オンリーの通信で誰かと連絡を取っていた。
「――はい、沖縄への潜入に成功しました。これから対象に近付き、信頼を得て、不満を煽り、暴発させる。およそ一年も見れば十分かと。……分かりました。細心の注意を払います。では
――事態は、徐々に動き出していた。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回は再び真由美さんのターン(の予定)。