加速の極致   作:稀代の凡人

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文章中に誤った記述のある場合は、筆者まで報告をお願いします。


第6話

5月初旬。

 

大型連休の初日とあって多くの人が行き交う名古屋駅の片隅で、一人の少年が端末を弄っていた。

 

端末に表示された文に目を落とすその表情は真剣で、小学校高学年から中学一年生程度であろうその幼い外見とのギャップが逆に見る者には微笑ましさを感じさせる。

実はその内容は全然微笑ましくないのだが。

 

数分後、そんな彼の下に可憐な少女が歩み寄る。

 

「ごめんなさい、待ったかしら」

「いえ、ほんの数分ですよ」

 

流石に読書のために端末に没頭しておいて「今来たところ」は無いと考えたのか。

そう答えてから、少年は顔を上げる。

 

「お久しぶりです、真由美さん」

「ええ。久しぶり、和也くん」

 

今日初めて顔を見せた少年――和也に、少女――真由美は花が綻ぶように微笑んだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

日本人の多くの人間と同じ様に、二人もまた旅行に来ていた。

と言っても最終目的地は名古屋ではない。

合流した後は、再び移動である。

 

「――そういえば」

「ん?」

「そのネックレス、着けてきてくれたんですね」

「ええ」

 

和也の指摘に、真由美は嬉しそうに微笑む。

 

昨年のクリスマスイブ。

何度目かの逢瀬となったその時に、和也から真由美にネックレスを贈ったのだ。

七草→草→葉と連想して、葉をモチーフにしたものである。

それ以来お互い忙しくて会っていなかったので、和也がネックレスを着けた真由美を見るのは初めてだ。

 

「だって、和也くんが『肌身離さず着けていてくれ』って言ったんじゃない」

「まあ、そうですけど。でも、実際に着けてくれているのを見ると、贈った側としても嬉しいものですよ」

 

そういう和也に、真由美も照れながら言う。

 

「そういう和也くんも着けてきてくれたのね」

「ええ、もちろん」

 

クリスマスにネックレスを贈られた真由美は、そのお返しにと和也の誕生日に四つ葉のクローバーを象ったネックレスを贈ったのである。

 

お互いに照れ笑いを浮かべるその光景は、いちゃつく恋人同士そのものである。

 

この時代の電車は個室が連結している様な形なので他人に声は聞こえない。

だがもし声が届いていたら、後ろの大型連休にも関わらず仕事と思われるスーツ姿のサラリーマンはきっと盛大に舌打ちをしていたに違いな――どうやら視覚情報だけで十分だったようだ。

 

そんな男を他所に、列車は目的地――三重へと近付いていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ここがあの……。一度でいいから来てみたかったのよね」

「有名なところですからね」

 

二人は今、三重県伊勢市に位置する伊勢神宮の前に立っていた。

因みに内宮の方である。

 

「それにしても、凄いわね、ここ……」

「ええ、流石は古くから多くの人に信仰されてきたというだけのことはあります」

 

二人が言っているのは、ここら一帯の霊子(プシオン)の濃度のことだ。

この伊勢神宮の付近では、それが驚くほど高い。

 

「古式魔法師なら、もっと何か感じることがあるかもしれないわね」

「僕達は感知能力に乏しいですからね」

 

一般的な魔法師は、霊子への感知能力が低い。

魔法師としての実力は非凡な和也と真由美もその例に外れることはなく、霊子濃度が高いと言ったのも何となくぼんやりとした感覚でしかない。

先ほどの真由美の発言は、比較的霊子への感知能力が高い者が多い古式魔法師ならばもう少し何かを感じられただろう、と言う意味だ。

 

取り留めのない話をしながら、二人は鳥居をくぐって正宮へと歩く。

 

「あ、おみくじ。後で引かない?」

「良いですよ。他にも色々あるみたいですね」

「そうね。うーん、お守りも買っていこうかな」

「まあ、何にせよ後にしましょう。帰りにまたここを通りますし」

 

やがて見えてきた正宮の前には、長蛇の列が出来ていた。

 

「うわあ……」

「連休中だからか、流石に人が多いですね……。初詣を思い出します」

「え、初詣に普通の神社に行くの?」

「……ああ、いや、テレビとかでよく見るじゃないですか」

「確かにそうね」

 

何を言っているのかと思うかもしれないが、十師族ほどの大物となるとその家所縁の神社があるものなのである。

命やその身柄を狙われることもないとは言えない身だ。

これほど人が多くては守れるものも守れなくなるので、毎年初詣などの日は神社を一つ貸し切ることが多い。

四葉の場合は、あの山奥に存在する名もなき村の中に参拝する場所がある。

 

和也が初詣でこの人集(ひとだか)りを経験したのは、遥か昔――未だ彼が「四葉和也」ではなかった頃の話なのだが、そんなことは言えるわけもなく、適当に誤魔化す。

 

さて、いくらもう何度か会っているとは言え和也は元来社交的な性質ではない。

しかも今世ではずっと兄弟以外とは碌な会話をしていなかった。

学校では何となく取り巻きのようなものはいた――というか勝手に集まってきた――が、仲の良い友人などというのはいなかったし、色々隠し事が多いのでそう仲良くなれるわけもなく。

真夜とは会話というより会談という方が正しいような内容の話しかしていない。

 

一方の真由美も、同年代の男子と会話するという機会はなかなか無く。

 

結果として話題が途切れ、和也はメッセージが来ていないか確認しようと端末を取り出した。

 

それに興味を持ったのか、或いは話題のネタになると思ったのか、真由美はそれを覗き込む。

 

「そういえば、わたしを待ってる時もそれを見てたわね。何を見てるの?」

「ああ、さっきは確か……はい、これです」

 

どれどれ、と和也が差し出した端末を受け取り表示されているものを見て――絶句した。

 

「これ……魔法工学の論文、よね?」

「はい」

「こんなの、多分大学で学ぶような範囲よ?」

 

真由美も来年の魔法科高校の受験に向けて勉強しているからこそ少しは分かるが、まず間違いなく高校の範囲ではない。

それをこの時点で読んでいるのだ。

 

「魔法工学に興味があるの?」

 

真由美の問いも当然のものと言えたが、和也は首を横に振った。

 

「僕も一応は十師族の一員ですからね。日本の魔法師の頂点を名乗るからには、全分野でそれなりの知識を持ってなきゃいけないと思いまして。まあ、帝王学というやつですよ」

 

その理屈は分かる。

分かるが、大学で履修する範囲は「それなりの知識」とは言わない。

真由美はそう思った。

 

そんな話をしているうちに、行列は殆ど消化されたようだった。

二人とも口を閉じ、黙ったまま参拝を済ませた。

 

「真由美さん、何をお願いしました?」

「ん?……内緒。和也くんは?」

「僕は国家の安泰を願いました」

 

大真面目な顔でそう言う和也に、真由美は思わず噴き出す。

 

「国家の安泰って……そんなことを真面目に言う人初めて見たわ」

「あれ、真由美さんは知らないんですか?」

 

――あそこは個人的な願い事はしてはいけないところなんですよ。

 

「嘘っ!?」

「本当です。事前に調べてきたので」

 

慌てている真由美は気付いていないが、和也の唇が微かにつり上がっている。

この男、完全に分かっててやっている。

 

天罰が下ったらどうしようなどと本気で顔を青ざめさせているその姿に溢れそうな笑みを堪えつつ、和也は真由美を落ち着かせる。

 

「大丈夫ですよ、天におはします神はそんなに狭量ではありません。まあでも、どうしても気になるならあちらでお祈りされては?」

「……どこ?」

「荒祭宮というところです。ほら、あそこ。あちらもけっこう人がいますから面倒なら行かなくてもいいと思いますが……」

「いく」

 

どうやらこの少女、意外と神罰の類を怖れるらしい。

この様子だとお化けも怖いのだろうか、と少々愉快な想像をしつつ、和也もその後を付いていくのだった。




お読みいただき、ありがとうございました。

なお本文中の伊勢神宮への参拝ですが、必要な手順を幾つか省略しています。
本当は外宮からとか手水舎に寄ってないとかあるのですが、話の都合上のことですのでご容赦ください。

今回伊勢を舞台にしたのは、ただ単に先日自分が行ったからです。
大して知識があるわけではないので、間違っている箇所がありましたらご報告下さい。

因みに自分も真由美さんと同じミスを犯しました。
何でお祈りの前に教えてくれなかったんだあいつら……。
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