加速の極致   作:稀代の凡人

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第7話

「……真由美さん」

「……何かしら」

「この宿、手配したのは誰でしたっけ」

「確かそちらだったと思うけど」

「俺はノータッチです。となるとやはりあの人か……」

「「はあ……」」

 

初っ端から何故揃って溜息など吐いているかというと。

 

「あの、今日他に空いている部屋はありませんか?」

「申し訳ありませんが、本日は満室となっておりまして……」

「そうですか……。ということは」

「はい。ご予約通り、お二人でそちらのお部屋を使っていただくしか……」

 

というわけである。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

あの後伊勢市内を観光し、日も暮れる頃に宿を訪れた二人に告げられたのは、

 

「お待ちしておりました。一部屋、お二人様のご予約を頂いた南様ですね?」

「「……はい?」」

 

そうして冒頭に至る。

 

申し訳ありません、と頭を下げる女将に、和也はいやいや、と手を振る。

 

「どうやらこちらの方で行き違いがあったようですから。そちらの不手際ではありませんよ」

 

そう、問題はこの宿を予約した張本人。

 

「あんの行き遅れ……」

 

誰とは言わないが、「極東の魔王」とか「夜の女王」とかイタい二つ名をつけられている某40代独身の女性である。

その歳でそんな呼ばれ方をして、恥ずかしくはないのだろうか。

 

和也が仕返しの方法を考えていると、クイッと袖を引かれる。

 

「……ああ、失礼しました。で、どうします?僕が他の宿に移ってもいいんですけど……」

 

若い女性を一人置いていくのはそれはそれで悪手だ、と和也は考える。

 

だからといって二人で宿を移るにしても、この宿は見晴らしの良い高台にあるため、他の宿までは大分歩く。

今日一日歩き回って疲れているだろう真由美をこれ以上歩かせるのは気が引けるのだ。

そもそも、この時期のこの時間では空きがあるのか、という問題もある。

 

それで、どうするかと問うたのだが。

 

「わたしは、一緒の部屋で良いわよ」

「へ?」

 

真由美の答えは意外なものだった。

 

しかし、真由美にとっては和也の反応の方が意外なものだったらしく。

ふっと笑って言った。

 

「だって、和也くんってまだ12歳でしょ?」

「……あ」

 

忘れていた、と和也は頭に手を当てた。

 

精神は身体に引っ張られるとよく言う。

和也もその例に漏れず前世と比べて幾らか若返った心持ちでいるが、それでも精々が高校生程度だ。

四葉家の問題のせいで普段から色々と考えているのもあるかもしれないが、自分がまだ中学生になったばかりだという意識が時々頭から抜け落ちるようだ。

 

確かに、和也は今まで真由美の笑顔や仕草にドキッとしたりすることは何度となくあったが、そこに性欲が絡んだことは殆どなかった。

 

「……なら、部屋に上がりましょうか」

「そうね」

 

結局、そうすることにした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

二人が泊まることになった部屋は、大きな部屋が一つと襖で仕切られた奥に窓に面して小さな部屋がもう一つ、という構造だった。

 

宿の自慢という温泉に浸かった後。

和也は窓の近くの椅子に腰掛け、ぼんやりと外を眺めていた。

 

大きな方の部屋には既に夕食が用意されていた。

魚介類を主とした料理の数々は、四葉家に生まれてからこれまで質の高い食事を口にして来た和也をして、見るだけで唸らせるような代物だった。

端的に言えば、実に美味しそうだった。

 

それを食べもせずに外を眺めているのは、未だ風呂から帰ってこない真由美を待っているからだ。

 

綺麗な夜景を眺めながら、考えるのは夏のこと。

沖縄海戦だ。

 

そこで、和也の母深夜のガーディアンである桜井穂波が魔法の過剰行使で命を落とす。

 

身体が弱く体調を崩しがちな和也たちの面倒を主に見てくれたのが穂波である。

二人目の母親と言っても過言ではないほど。

そんな人が命を落とすのを黙って見過ごすほど、和也は恩知らずではない。

 

穂波を助けるのはそう難しいことではない、と和也は考えていた。

原作においては戦艦の砲撃を穂波一人で受け切れたのだから、そこに和也が一人加われば余裕で防ぎきれるだろう。

 

今考えているのは、個々の場面でどう動くかということだった。

例を挙げれば、どのような口実、タイミングで戦闘に参加するかなど。

 

原作では深雪が撃たれた事に激怒した達也が怒りのままに軍に直訴して戦闘に参加したが、和也は深雪を怪我させるつもりは欠片もない。

あれは達也と深雪の仲を改善するための重要なファクターだったが、ここにおいては必要ない。

既に二人の間にわだかまりはないのだから。

 

とすると、どうするか……。

和也は、深く思考の海に沈み込んでいった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

深く思考の海に潜っていた和也の意識が、肩が突然叩かれる事により引き揚げられる。

何も考えずに振り返った和也――その頬に、指が刺さる。

 

「ふふっ、引っかかった」

 

楽しそうに笑う真由美。

しかし、和也はそれに反応するどころではなかった。

 

風呂上がりで上気した肌。

ほんのり赤く染まった頬。

まだ乾ききっておらず、少し濡れた艶やかな髪。

シャンプーだかコンディショナーだかの匂いだろうか、微かに鼻に届く芳香。

 

その全てが真由美の魅力を引き立て、ただでさえレベルの高い彼女の容姿を何倍も魅力的なものにする。

 

思わずくらっときた和也の様子には気付かず、真由美はこてんと首を傾げる。

 

「どうしたの?」

「……ああ、いや」

 

声を掛けられてどうにか復活した和也は、せめてもの仕返しにと言葉を続ける。

 

「今日も真由美さんは可愛いな、と見惚れてただけですよ」

「……へ?」

 

はじめはきょとんとしていたものの、その言葉の意味を段々と理解し始めたのか、あっという間に顔が真っ赤になる。

 

そんな真由美を見て、和也は追い打ちをかけるように微笑む。

 

「そうやって照れるところも可愛いですよ」

「……もう!あんまりからかわないでよ……」

 

そう言って口を尖らせて上目遣いで睨む真由美に、再び和也がやられる。

 

こうして、期せずして戦端が開かれた二人の戦いは、相討ちに終わった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

最後に残ったデザートを口に運び、お茶を啜る。

そして、ほう、と息を吐いた。

 

「ふぅ……美味しかったあ……」

「本当に、美味しかったですね」

 

伊勢に着いたその日の夜。

二人は、宿で夕食を終えたところだった。

三重の海産物を豪華に使った夕食は、二人を満足させたようだ。

 

「お腹いっぱいになったら……何か眠くなってきちゃった……」

 

そう呟く真由美は、本当に今にも眠ってしまいそうに目がとろんとしている。

 

「たくさん歩きましたからね。かく言う僕もけっこう眠く……」

 

自然と下りてくる瞼に抗いながらそう言い……途中で何かに気付く。

 

(幾ら何でも急に眠くなりすぎだ。……まさか、薬か――!?)

 

慌てて端末に手を伸ばす――その前に、和也の身体も崩れ落ちた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「――ふぅ、ようやく落ちたか」

 

それを確認したのか、数人の男が室内に入ってくる。

 

「……おい、標的は眠った。……ああ、今から運ぶ」

 

どこかと通信した男たちは、持ってきた袋に和也と真由美の二人をそれぞれ入れ、担いで部屋を出ていった――。




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