三重県某所の、人気の無い道路。
日も落ちた時間帯ともあって通る車もほとんど無いその道路を一台の乗用車が走っていた。
それなりの速度で安定した走りを見せていた車は――突如大きく蛇行し……急ブレーキと共にガードレールに衝突する寸前で停止した。
その車の運転席の扉が開き、一人の少年がそこから出てくる。
「ちっ、睡眠薬とはやられたな……」
真っ白い肌とそれと対照的に真っ黒な髪、整った顔立ちをした少年。
四葉和也である。
珍しく苛立っているようで、中々聞かない舌打ちの音が辺りに響く。
その手首には、魔法の発動を阻害する手錠が嵌められていた。
彼は薬によって眠らされて賊の手に落ち、車でどこかへ運ばれる――その途中で今、賊を倒したのだ。
彼は一度車から降りた後、運転席で昏倒している男の懐を探る。
やがて見つけた鍵を手に取り……再び舌打ち。
拘束された手では鍵穴に届かなかったのだ。
そんなことも試して見るまで気付かないあたり、相当焦っているようだ。
そして没収されていた携帯端末からどこかへ連絡する。
「……もしもし、俺だけど。こんな時間に悪いが、緊急事態だ。俺の現在地は分かるよな?取り敢えずそこに一人、急いで寄越してくれ。……ああ、いや。うちの者なら誰でも良い。……ああ、そうなのか。それなら助かる。……分かったよ、事情は説明するから。良いから早く寄越せ、手遅れになる。……ああ、枷を外す。……いや、『
通信を切り、目を閉じた。
そして両手をギュッと握り、祈るように跪く。
「頼むから、無事でいてくれ……!」
◇ ◇ ◇
「――おお、本当に若が拘束されてる。一体どんな魔法を使われたんです?」
十数分後。
バイクに乗って現れた長身の女性は、開口一番そんなことをのたまう。
返答は舌打ちだった。
「魔法ですらねえよ、ただの睡眠薬だ。良いから早く外してくれ」
「……確かにふざけてる余裕はなさそうですね。分かりました」
ふざけていた雰囲気を改め、和也に近づいて手錠を外す。
ようやく解放された和也は、両手を何度か振ったり伸びをしたりと動きを確認してから、女性に向き直る。
「
「承知。全員生かしてですか?」
「いや、情報を持ってそうな奴を数人残せば後はどうでも良い。死体の処理も面倒だし、生かしといたほうが使い道はあるが……ああ、待ってる間に手掛かりになりそうな情報を集めといた。参考にしてくれ」
「ありがとうございます。若は?」
女性――鳴神の問いに、和也は笑みを浮かべる。
ただし、目は全く笑っていないが。
「俺は……そうだな、囚われの姫君を救出してくるよ」
そう言って、無造作に四つ葉のクローバーのネックレスを外した。
◇ ◇ ◇
「ほら、降りろ」
腕を乱暴に引かれ、真由美はここまで自分を運んできた車を降りた。
降りた場所は港だった。
目の前には船が停泊しており、そこに自分が乗せられるであろうことは真由美にも容易に想像できた。
そして、二度と戻れないことも――。
浮かんできた悪夢のような想像に、真由美はその身を震わせる。
「――ほう、こちらが七草の長女ですか」
掛けられた声の方に目を向けると、一人の男が近付いてきていた。
スーツを見事に着こなしたその姿は、いかにも仕事のできそうな印象を受ける。
自分の整った容姿に自信があるのが見て取れるような振る舞いは、人によってはそれも魅力的に映るのだろうが、真由美にとっては嫌悪感しか湧かなかった。
真由美が歩み寄るその男をキッと睨み付けると、男はニタリと怖じ気が走るような笑みを浮かべて全身を舐め回すように見る。
そして真由美の顎を掴み、ぐっと自分の顔に引き寄せた。
「ほう、中々美味しそうだ……」
全身に鳥肌が立った。
震える真由美を見て男はさらに笑みを深め、舌舐めずりをする。
「少しぐらいなら味見しても良いだろうし……お前らも興味があるだろう?」
男の声に、周りから歓声が上がる。
「まあ、お楽しみは船に乗ってから――」
――刹那、真由美の目の前の男が吹っ飛んだ。
続いて、浮遊感とともに視界が回転し……誰かに抱きとめられる。
「――お怪我はありませんか、真由美さん」
「……和也……くん……?」
自分を抱きとめたのが誰かを確認した彼女の目には涙が溢れ出し、その身体にギュッと縋り付く。
「怖かった……怖かったよお……」
「遅くなって申し訳ありません。怖い思いをさせてしまいましたね」
和也は真由美を安心させるように微笑み、そっと頭を撫でる。
「もう大丈夫ですよ。もう、誰の手にも渡しません」
腕の中の感触を、そこに存在することを確かめるようにギュッと抱き締め。
和也は、怒りに燃えたその目を眼前に向けた。
◇ ◇ ◇
真由美は、しばらく頭を撫でているうちに安心したのか意識を失った。
まだ中学生でしかない少女が突然誘拐され、命と貞操の危機に晒されたのだ。
その精神に掛かった負担はいかほどだろうか。
少しずつ混乱から回復しつつある男達を睥睨し、和也は怒りを込めて呟く。
「貴様ら、人の女に好き勝手してくれやがって……
その瞬間。
声無き呻きと共に、男達が地面に倒れ伏した。
それは、その身に働く重力を大きくするという単一工程の加重系魔法に過ぎない。
しかし、難易度が高いと言われる生体への直接干渉を事もなげに行うことそれ自体が、彼の高い干渉力の証左だ。
ほとんどの者はその身に掛かった負荷に意識を失い、立ち上がれたのはただ一人。
「貴様ァ……!」
先ほど真由美に手を出そうとしていたこの男のみ。
移動系統の魔法によって吹き飛ばされた時に頭でもぶつけたのか、額からは血を流している。
が、それ以外に怪我はないようだ。
憎悪に満ちた目で和也を睨んでいたが、やがて周囲の様子に気がつき高らかに笑い出した。
「……ハハハッ!そうか、残念だったな!まさかこの俺様と得意系統を同じくするとは。ヒーロー気取りで一人飛び込んできたようだが……この俺様の得意な加重系統で俺様に勝とうなんて、百年早いんだよ!!」
そう言って、特化型のCAD――拳銃の形状をしたそれの照準を和也に向ける。
「おい、今なら跪いて命乞いをすれば助けてやるぞ?そこの女を引き渡せばなァ!」
男の舐めるような視線に再び晒された真由美を、和也はギュッと抱きしめる。
「心配するな、ちゃんとかわいがってやるよ。貴様の目の前でな。どんな良い声で啼いてくれるか――」
「――貴様は二つほど勘違いしているみたいだが……」
男の不快な声を遮るように、和也が声を発する。
「まず一つ――」
「なんだ――ガッ!?」
瞬間、男の身体が上から押し潰されるように地面に叩きつけられる。
「――貴様は自分の干渉力が勝ったから俺の魔法の効力を受けなかったと考えているようだが……元々貴様には魔法は掛けていない」
「な……にィ……!?」
和也には初めから、この男を他の敵と同じように一瞬で倒さないと決めていた。
真由美に手を出したこの男は、徹底的に貶めてから倒すと。
「そして二つ目――」
スッと右手を挙げ。
「――そもそも、加重系統は俺が
振り下ろす。
「何だとォ……がああぁぁ!!」
身体中の主要な関節――肘、膝、腰など――にピンポイントで負荷を掛け、破壊する。
全身を貫く激痛に、男は悲鳴を上げ……意識を失った。
それを確認した和也は、回収部隊を呼ぶ為に端末を取り出す。
「――地獄の果てで永遠に苦しめ、屑が」
吐き捨てるようにそう呟き、男達に背を向けて歩き出した――。
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