ご了承ください。
真由美が目を覚ましたのは、翌日の午前10時頃だった。
「ん……」
身体を起こし、眠そうに目をこする。
まだ完全には目が覚めていないらしい。
周囲を見回すと、見覚えのない場所に寝ていたことに気がつく。
「あれ、ここは……?」
「――ああ、気がつきましたか」
突然聞こえてきた声に振り向くと、長身の女性が部屋に入ってくるところだった。
「貴女は……?」
「ああ、申し遅れました。私は鳴神。現在は若――和也様の命で真由美様の護衛及び看病を務めておりました」
「護衛……あっ、和也くんは?」
和也の名前や護衛という言葉などを聞いて状況を思い出したのか、真由美はハッとした表情で鳴神に尋ねる。
「今は今回の一件の後始末に動いております。今から真由美様がお目覚めになったと連絡致しますので、すぐに来るかと――」
鳴神が言い終わらないうちに、バタッ!という音と共に部屋の扉が勢いよく開く。
「鳴神っ、真由美さんは――」
そこで驚いた表情の真由美に気が付いたのか、ほっと息を吐く。
「よかった、目が覚めたんですね」
「う、うん……」
「どこか異常は――「若」――何だ鳴神」
途中で言葉を遮られて不満そうにそちらを見る和也に、鳴神は呆れたように溜息を吐く。
「心配だったのは分かりますけど、落ち着いてください。真由美様も戸惑っておられますよ」
「え?……ああ、すいません。取り乱しました」
「え……ううん、ありがとう……」
頭を下げる和也に、恥ずかしそうに俯く真由美。
その様子に砂糖を口に突っ込まれた様な表情を浮かべた鳴神が、もう一度溜息を吐く。
「それで、若。後始末は終わったんですか」
「ああ、勿論。流石に仕事を放り出したりはしないよ。……それから鳴神。お前後でお説教な」
「へ、何で!?」
「後だ後。取り敢えず藍霧に叱られてこい」
「そんな……」
和也を諭していた先ほどとは打って変わった打ち拉がれた様子で、鳴神は部屋を出て行った。
「ったく。……どうしました?」
それを見送って溜息を吐いた和也は、真由美が驚いたように自分を見ていることに気がつき首を傾げる。
「あ、いや、あのね……和也くんってそんな喋り方をするんだなあと思って」
「ああ……まあ、あいつは部下ですからね。上司としてはあまり丁寧に接するわけにもいかないんですよ」
ふっと苦い笑みを浮かべた。
ここで一つ息を吐いて気持ちを切り替え、表情を引き締める。
「真由美さん」
「な、何?」
「今回、真由美さんをよく知らないうちにこちらの事情に巻き込んでしまいました。そのお詫び、というわけではありませんが……僕には、真由美さんに今回の件について全てを知らせる義務があります」
これを聞いて、真由美の表情も真剣なものに変わる。
「本来なら、もっと前に話しておくべきでした。まさか七草の娘を狙うとは思わなかったので」
「七草も関わっているの……?」
まさか、というような真由美を安心させるように、和也は首を横に振る。
「今回の一件には無関係ですよ」
「今回は、ってことね」
「まあ、そうですね」
和也は悲しそうに微笑んで、目を閉じた。
「始めから話しましょうか。まずは、約30年前のことです――」
◇ ◇ ◇
そもそもの始まりは、四葉家内の力関係だった。
四葉家は本家と分家との繋がりが強い。
その繋がりの強さは、後の大漢への「報復」にも表れている。
だが、実はその繋がりは必ずしも絶対のものでは無かった。
魔法師としての実力がそのまま立場の強さに繋がる四葉家では、比較的魔法力の低い分家は低い立場に甘んじるしかなかったのだ。
当然、心の内では少なからず不満を抱いていた。
そこに接触してきたのが、大漢の手の者だった。
彼らは言葉巧みに彼らの不満を引き出し、煽り、ついには大漢の協力者にまで仕立て上げた。
そして彼らは、ある計画をその耳に囁いた。
四葉真夜の拉致に協力せよ。
それが成功すれば、四葉本家や有力な分家の当主は必ず報復に動く。
それを大漢が打ち砕けば、本家や有力分家の力を削ぐことが出来る――と。
それを聞かされた彼らがどう思ったのかは分からない。
ただ、結果としてその計画が実行され、四葉の厳重な護衛をすり抜けて真夜が拉致されたのは確かだ。
その後のことは――まあ、改めて語るまでもないだろう。
さて、真夜が奪還されて四葉の報復が始まったところまでは大漢の者達の計画通りだった。
ただここで彼らにとって予想外だったのは、四葉家の抱える戦力とその報復の激しさだった。
報復が収まった頃には大漢は致命的なダメージを負っており、ほどなく崩壊してしまったのである。
最終的に大漢は四葉家主流派と共倒れとなり、残ったのは大漢の協力者となっていた分家のみだった。
ようやく日の目を浴びた彼らは、四葉家の握る各方面への影響力を奪い取り、自分たちの権力を拡大していった。
報復の際に命を落とした四葉元造の跡を継いだ四葉英作も、家督を継いだ時点では本家に残る成人した魔法師がほとんどいないという状況ではどうしようもなく。
真夜がその家督を継いだ時点で、四葉本家と分家達との勢力比は元造が当主だった頃の7:3から3:7に逆転していた。
ところで、この流れのそもそもの原因となった分家と大漢との繋がりだが。
大漢崩壊後、そのパイプは大亜連合との繋がりとして残った。
権力に溺れることを覚えた分家は大亜連合との癒着を強めていき、今では彼らの影響力は分家の方針を左右するまでになっている。
そして、更に悪いことに。
現在では、この四葉分家と大亜連合との癒着に他の十師族や百家なども幾つかが絡んでいる。
このままでは、日本という国家の危機である。
日本が大亜連合に飲み込まれると、おそらく日本の優秀な魔法師は駒として戦場で使い潰され、或いは人体実験の優秀なモルモットとして扱われることになるだろう。
女性の魔法師ならば、かつて真夜の身に起きた悲劇が繰り返される可能性もある。
家督を継いだ真夜は、分家の打倒及び大亜連合の国内の影響力の排除を決意し。
密かに権力の拡大に努め、今に至る――。
◇ ◇ ◇
話を聞き終えた真由美は、そのスケールの大きさに現実味を持てないでいた。
どこか、物語の中の出来事のようだと。
だが、実際に自分は拉致されかかっている。
助けが来なければ、真由美も真夜と同じ道を辿ったかもしれないことは想像に難くない。
あの時のことを思い出すと、背筋が凍る。
もしあのまま和也が来なかったら――。
悍ましい未来を想像してしまい、身体が震えた。
――と、ギュッと組んだ手を温もりが包む。
真由美がいつの間にか俯いていた顔を上げると、すぐ目の前に心配そうな和也の顔があった。
「大丈夫ですか?」
「……うん。でも、もうちょっとこのままでいさせて」
手から伝わる温もりに意識を集中すると、その温もりが段々と広がっていくような感じがした。
全身にまでその温もりが広がった頃には、既に震えは収まっていた。
「……ありがとう。もう大丈夫よ」
真由美の言葉に、和也はゆっくりと手を離した。
「話を、続けましょう」
「……そうですね」
和也は未だ心配そうな表情を浮かべていたが、真由美の意思を尊重することにしたのか首を縦に振った。
「七草も、それに関わっているのね?」
「何時から、とか何処まで、というのは分かりませんが。少なくとも現当主は間違いありません」
「父が……そう」
真由美は、それを聞いて少し考え込む。
「それで……これを話して、私に何を望むの?」
「警戒心と、自衛できるだけの強さを」
「……え、それだけ?」
ぽかんとした真由美の顔がおかしかったのか、和也は少し笑う。
「それだけですよ。最初に言ったでしょう?これは僕たちの事情に巻き込んでしまった貴女へ、せめて説明責任だけは果たすべきだと。もちろん、これを知った上で味方になってくれるなら嬉しいですけど……」
ここで一度言葉を切り、躊躇いがちに続ける。
「……もし貴女が七草に付くというのなら、今の内に婚約を破棄して僕から離れてください。……僕は、裏切りだけは許さない。たとえ貴女でも、それは同じです」
真由美は、俯いてしまっていた。
「……―か」
「はい?」
「……ばか」
「……え?」
聞こえてきた思わぬ言葉に和也が聞き返すと、真由美は潤んだ目で上目遣いに睨んでくる。
「危ないところを助けられて、こんなに優しくされて……それでさよならって、言えるわけないじゃない……」
台詞と表情の二つの合わせ技による破壊力に和也は一瞬絶句したが、どうにか言葉を絞り出す。
「……この道は、一度決めたら二度と逃げ出せません。苦しく、長い茨の道かもしれませんよ。それでも、一生、俺の隣で共に歩んでくれますか?」
和也の、その問いに。
「……はい」
真由美は小さく。
しかし、確かに頷いた。
お読みいただき、ありがとうございました。
この作品の根幹となる設定の一部を、多分初めて披露しました。
改訂前では開示に至りませんでしたが、あちらもこの改訂版も同じ設定を元に書いています。
元々は2年ほど前に考えたものなので最近の原作の流れからは乖離していますが、あくまで二次創作ということでご容赦下さい。