世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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二一話.深く潜る

 入って間もないうちは先へ先へと進むより、階層の雰囲気。周囲の建物との距離関係や位置把握。出現する怪物の系統を今までの手帳に記したデータと照らし合わせて、どういった対策をするかに焦点を絞られた。

 二つの巨塔を繋ぐ人工物と植物が合成された橋を何度も行き来し、情報交換をすることにより、二一階に出現する生物の種類が大体つかめてきた。

 一階層に出現する長い爪を持つモグラより更に強い腕力と硬い爪を持つ、下半身は黒っぽく、上半身が赤みがかった黄色い体色のモグラ。森ウサギより頭数センチ程度の大きさしか無いにも関わらず、見た目以上の脚力と鋭いのこぎり歯を持つ青いウサギ。三階層のカエルより巨大な醜い疣がある毒蛙。やはり、上の階に出てくるものより一回り大きくなった大蜘蛛。毒液の替わりに高熱のガスを噴き出し、高温の恐らく体液か排出物の類を弾丸のように飛ばす真っ赤な液体溶岩生物。四階層の怪物たちも散見された。

 そして、注意すべき種類が早速、二頭挙げられた。

 一頭目は、初日に派手な登場をしてくれた、体に骨のような鎧を着けた白い地竜。試しにと、偶然にも植物の階段を登ってきた一頭に、角ばった箇所から縄で垂らした肉を括りつけた安物の剣を噛ませたところ、一噛みで剣ごと肉を食いちぎってしまった。

 二頭目は、四階層のモリビト集落での防衛戦時に出現した青い熊の獣人。こちらはまだ、この階での目撃例はないが、二回ほど、塔の遥か下で明らかに青熊と思しき姿が見られたので、二つの塔の下層か。植物のトンネル階段を通じて、今居る上階にて遭遇する可能性は十分考えられる。

 何回目となるだろう。例の橋を渡る。大蜘蛛が二匹いたが、戦わず、しばし様子見。数分して、大蜘蛛二匹はこそこそと植物をつたって上の方へと引っ込んだ。いくら凶暴で強いといっても、樹海生物といちいち戦っていてはきりがない。あちらが襲ってきたり、どうしても利益が欲しければ、戦うのもやぶさかではないが。長らく冒険をやっていると、最初は否定していた者も、いつしかこういう石橋を叩いて渡る方法になってしまう。その方がまだ確実性があり、危険をおかすこともない。無駄に自分や仲間の命を落とす意味はない。危険を承知で冒しに行くのも必要ではあるが、今はまだ、その時ではない。

 石橋を叩く時は終わった。親階層へ降りた興奮も若干薄れてきて、そろそろ変化が欲しいところ。そこで、明日から一つ下の階下へ行こうとエドワードは言った。 

 仕方ないといえば仕方ないが、樹海時軸がある二一階は、もうあらかた人の手が入ってしまっていて、自分達が探らずとも、自然と情報が来るので探る意味が無いように思えてきた。既に階下へ降りたり、果敢にも植物トンネルを上り下りする組も出てきた。

 さして戦闘も無かったので、身体はもちろんのこと、武具も大して傷つかなかったので修理する必要もない。宿に帰ると、やや退屈そうな面持ちで骨休みを取るコルトンが待っていた。

 今の彼にとって、迷宮の事柄を聞くのが数少ない楽しみである。何より、完治して、いざ潜入した時、少しでも現場に直接赴いている者たちからの話を聞いておけば、殆ど知らない状態で潜るよりかは、幾分か安心である。特に、前の地下大戦での情報不足は一層、知っておける事はほんのささいな事でも知っておくのは大事だということを身を以て証明した。

 もっとも、こう考えるようになったのは、彼だけではなく、大半の冒険者やエトリア住民にも当てはまる。

 二階男部屋の四人は、コルトンの包帯を巻かれた左腕を何となく見た。

 運良く約一名が軽い怪我で済んだものの、本当なら、全員あの黄金怪鳥の餌、火炙り、マンティコアの胃袋に収まっていたかもしれない。

 

「まあ強運が良かったとしとこうや」とロディム。

「寿命一ヶ月減るがすぐに治るのと。じっと大人しく待つのとならどっちが良い?」

 

 コルトンは何度めかとなる問いを聞いてきた。ジャンベはさあと首を傾げ、ロディムは良い女が看病してくれるなら一ヶ月、じじばばやむさ苦しい野郎が看病者ならすぐにでもと言う。

 そして、エドワードは状況によりけりと答えた。三人の決められた答えに、質問者はそうかとだけ言う。

 メディックのマルシアから、コルトンは二週間は絶対、左腕を無理して動かすなと告げられた。メディックと呼ばれる者たちはアルケミストの派生の一つで、錬金術を医術に活かせないかと模索した者たち。

 メディックには三派いて、通常の医術を試みた一派。錬金術の人体再構築に加えて、通常の医療技術をも追求する一派。純粋にアルケミストの錬金術のみで人体の再生を挑んだ一派に分かれる。

 現在、錬金術のみの一派は存在しない。マルシアともう一人、オルドリッチはどちらかといえば、中間の一派に属する。しかし、二人とも、真に必要と判断した時以外は、メディックの数ある秘術の一種である「キュア」の使用を極端に嫌う。これには、訳がある。

 具体的なメカニズムは解析されてないが、例えば、二ヶ月にも及ぶ怪我を負ったとする。キュアを使い、その怪我をものの一分で治す。二ヶ月も期間が短くなり、喜ぶべきであるが、使用された本人には明らかに変化があった。まず、激しい空腹状態に襲われて、更に一分間でどう見ても、僅かながら老けていた。

 他にも、腕を落とされた者の腕を秘術でくっ付けようとしたら、腕が恐ろしく捻じ曲がった状態で再生されたとか。体の毒物を「リフレッシュ」で排したら、体の内側が焼けるように熱くなったり皮膚と肉が焼け爛れたようになったなど、メディック秘術使用による弊害が数多く寄せられた。

 これには、ある高名なメディックが唱えた説が推されている。

 つまり、二ヶ月の傷を癒すのにキュアを使う。二ヶ月分の肉体の活動や自己再生機能を一分や数分で行った際、肉体が異常速度で行われる回復についてこられず、結果、腕や指があり得ない方向に生えたり曲がったり、また摩擦を起こして、体が熱くなり、皮膚や肉が焼けてしまう。

 当初は否定されていたが、十件に八件という割合で肉体に異常が生ずる事例が多発したことに伴い、この説は支持された。戦時ではこの技術は高く評価されたが、治療と同時に新たな傷や後遺症を負わせてしまうリスクが非常に高く、メディックの一派は癒しの秘術を禁術として扱うことにした。使用時には使い手と相手との間できちんとした取り決めをして、いかなる事態が起きても、メディック側は補償しないのを条件に秘術の使用を認めるとした。

 こうした経緯もあり、純粋に錬金術のみでの医療技術向上を求めた一派は自然消滅した。

 地上に帰ったとき、コルトンは一瞬にして治せないかと言ってみた。

 

「あなたがその歳でおじいさんになるか、腕がネジのように曲がるのを見たいならば」

 

 と、普段の彼女らしからぬ強めな語気で言うので、コルトンは大人しく下がった。よく知っているからこそ、マルシアは使用時のデメリットを恐れていた。

 それに、二週間も休めると思えば、お得な気もする。こう思えたのも束の間で、ちょっとぐらい、数日ほど期間を短くする程度なら問題無かったかも。

 明日、階下へ行くことを聞いて、もうそこまで進むのかと驚き、自分一人が置いてけぼりを食らったみたいで、少ししょげたコルトンをエドワードは慰めた。

 

「気に病むな。あんたが動けるようになったら、二週間働き詰めてもらおう」

 

 コルトンは笑顔で「それは勘弁してほしい」と言った。

 

 

 

 

 親階層に降りてから六日目。二つの塔合わせて、エトリアの本都市並の広さと迷路のように入り組んだ道も把握できてきた。一行は安全運転を終了させて、次なる下層。二二階を目指した。道中、これといった戦闘もなく、窓の近くを例の二メートル級のトンボが二匹飛び去っただけだった。

 階段の左右端には埃が積もり、腐った植物と土が盛られている。階段の中央には、まだ新しい人の足跡が幾つも見受けられた。階段は真っ直ぐではなく、途中で折り曲がって、また降りる構造。

 

「先にお宝を発見されてなきゃいいが」

 今日は戦槌付きの長柄戦斧は置いてきた代わりに、ロディムは背丈ほどもある両刃の斧を携えていた。

「お宝よりもまず、階段を降りてすぐ右の道はやばいと聞いた」

 

 先に階下に降りたのは、グラディウスだった。彼らに直接聞いたのではなく、金鹿の酒場の女将からアクリヴィは又聞きしたのだ。

 彼らは長居しなかったので、女将も詳しくは聞けなかったようだが、危険が一杯であり、赤い印を付けておいたらしい。ロディムが呆れた顔をした。

 

「おいおい。危険が一杯って、それを言えば、この迷宮全体が当て嵌まるじゃないか」

「だから、その危険な所でも、もっと危険な所なんでしょう」

 エドワードが横から二人の会話を止めた。

「無駄話は後だ。どのぐらい危険だというのは、実際に自分で確かめればいい」

「知ると同時に死ななきゃいいけど」とロディム。

 

 彼の言うことももっともだ。知った瞬間に死ぬような目に遭うのは御免である。しかし、ロディムも変わったものだ。本人は気付いてないだろうが、出会って間もない頃の彼なら、間違いなくいけいけドンドンと進んでいたはず。乱暴ともとれる勇敢さに、多少、慎重さが加わったのはバランスが良くなったとエドワードは思った。

 通路と同じく、ただっ広い階段を降りる。階段の右側が植物に浸食されているのを見て、本当にすぐ右側だと分かった。

 階段を下りると、左は人口の通路が続く。右は、完全に植物で構成された空間が出来上がっていた。植物の手前には三つほど、赤い丸印が書きなぐられていた。建物内部はここまで植物に浸食されたのかと思ったが、アクリヴィは違うと言う。

 

「ようく見て、植物の通路を。私たちが今居る塔と同じ鉱物の欠片が幾つもある。他にも、ほら」

 

 アクリヴィは右側の植物に侵されてない窓から身を乗り出して、上下を交互に見やる。マルシアが声をかけた。

 

「何がわかったの!?」

「説明しなくても、ここから見ればわかる!」

 

 一人一人、左右の警戒として交代しつつ、窓の外を見た。理解した。右側の通路は別の塔と繋がっていた。また、その塔は今居る塔と比較しても、小さく、建物の植物による浸食は酷い有様。あちこちから覆われて、伸び放題である。ただ一つ、気になる物がある。右側の通路から繋がる塔の天辺に、とてつもなく巨大な車輪状のフレームのオブジェと思しき物が鎮座している。車輪状のフレームには、等間隔で丸っこい球体の物があり、球体には窓枠やドアが付いてる。

 

「あれはなんなんでしょうか? 何かの神様や精霊を想像して作られたのでしょうか?」

 

 ジャンベは素直に疑問を口にした。

 

「そうとは思えない。多分、住処の類だと思う。あくまで推測の話よ」

 

 アクリヴィは推測という単語を強調した。「それとも、見張り台とかだったりして」

「あれの意味を知るためにも、まずは行こう」とエドワード。

 

 右の通路を進む。デコボコした植物と根っこがはびこり、ともすれば、足元を取られそうになる。ロディムが試しにと、根を剣で突く。ちょっびと刺さっただけだった。鉄でできてるのかと、ロディムは言う。それを見て、今度はアクリヴィが火力を抑えた火の術式で焼いてみた。これもまた、根の表面が微かに焦げただけで、到底焼き切れそうにない。植物を排すのは、途方もない時間と労力を要することが分かり、除去作業は断念せざるを得ない。

 あえて、危険を承知で行く。エドワードは改めて、上から下を眺めた。かつては高度な文明を誇っていた物も、永い歳月と植物には勝てなかった。変な感傷に浸りそうな気持ちを抑え、前を見据える。通路の半分も行かないうちに、甘い匂いが漂ってきた。

 

「良い匂いがしますね」とジャンベ。

 

 確かに良い匂いだ。甘く心地よく、頭が冴える。

 

「滋養効果のある花や蜜でもあるのかしら?」マルシアは興味深そうに、足元や壁の根と根の間、植物を一つ一つ手に取り、匂いの元はどこかと嗅ぎ分けようとする。

 進む度に、匂いの度合いは濃くなる。決して、不愉快ではない。臭くはなく、甘味に仄かな酸っぱさと苦みも混じり、飽きない匂いだ。

 ロディムは歩きながら夢を見た。片手に女性の手を握り、片手には大量の宝と栄光を手にして凱旋する自分。アクリヴィは難しい数式や別の言語が次々と頭をよぎり、マルシアは匂いはなんでしょうー、なんでしょうーと楽しく口ずさみ、ジャンベは良い音色と新しい音の組み合わせが前に浮かんでくるような気がした。

 エドワードは赤い調度品で囲まれた一室が見えてきた。赤の配色が多いが、悪い趣味ではない。バランスよく別の色が配置されて、高貴にすら感じる。部屋のどこかから、今も生きていると思う妹と母が出てきそうな気がする。中々に良いものだ。

 

「ああ、実に全く良い。良すぎるぜこん畜生めが!」

 

 一時でも、悪い夢に陥った自分を恥じた。がっと、口を噛む。強すぎて、口の中が少し鉄分臭くなったが、ばっちりと目が覚めた。歌うマルシアの鞄からビンを取り出すと、刺激臭のするビンの中身をジャンベに嗅がせた。何をと文句を言うそうになったジャンベは、悲鳴に近い大声を上げた。

 

 ロディムが半目で振り返る。「え? あに?」

「目を覚ませアホウ!」どんと、エドワードは人差し指と中指でロディムの眉間を突いた。

 

 何をすると言う前に、ロディムはわあと声を上げた。二人の悲鳴でアクリヴィとマルシアも正気に返り、眼前に広がる光景を見て言葉を失くした。

 花花花。どこもかしこも花だらけ。先ほどまでの地味な緑から一変。一面、見事なまでに艶やかな紅の花に埋め尽くされていた。花の大きさは、十歳半ばの子供ほどの背丈がある。奇妙なのは、これだけあるのに、開花したものが一つも見当たらない。伸びきった分厚い花びらを頑なに閉じた花の群れ。

 五人は動きを止めた。花に目があるわけないのに、見られている感覚がした。目の錯覚でなければ、たまに動いているような気がした。

 

「後ろも見ましょう」

 

 アクリヴィは振り返ったまま言う。それほどでもないが、背後も天井から壁に至るまで、赤い花で覆われつつある。言葉にせずとも、危険極まりない状況だというのは理解できた。 

 立ち去る前にと、アクリヴィが進み出て、前方を埋め尽くす花々へ向かって、火の術式を浴びせた。籠手が光り、両腕の手袋から炎が発射される。数本の花が炎に包まれた時、頑なに閉じられた花びらが開花し、ごぼごぼと詰まったような音が花の中央から洩れて、花は炎を消す為、激しく己の身を揺さぶっていた。

 逃げろとエドワードが叫ぶ。転ばないよう早歩きする。炎を避けるように、周囲の花たちはざわざわと音を立てて移動していた。花たちが動けるのは明らかになった。

 エドワードはわざと、壁の花に対し、いつでも反撃できるよう小槍を持ち、花びらが届くかない距離を歩いた。そして、真横を過ぎたエドワードへと、紅の花はがばと花びらを開いた。一目で花びらには、大量の棘があるのが見て取れた。

 予想はしていたので、難なく襲撃を避ける。空しく宙を噛み、棘と棘をがちりと噛みあわせる。閉じられた花びらへ、エドワードは小槍を突き上げた。上下の花びらが小槍で縫い付けられた。もがく化け物花に対し、止めはロディムが差した。花の緑色の茎をざっくりと斧で切断した。エドワードが槍を手放すと、花はロディムの足元に落ちた。槍を引っこ抜き、即座に子房の部分へと槍を根元まで刺した。刺した箇所から甘い匂いはせず、硫黄臭が漂う。

 元来た道まで引き返す頃には、埋め尽くされた花々は大分、姿を消していた。

 追ってこないのを見て、ようやく一息付いた。

 

「また行くか、こっちのほう」

 緑一色に戻った通路をロディムは指した。

「今はまだ行かない。準備が整ったら、いつかは行こう。いつかはな」とエドワード。

 

 正体を確かめるため、早速、花の解体にかかる。花びらを開くと、一層、甘ったるい匂いがしてきた。棘に注意しつつ、花びらを切り落とす。

 事細かに解体した結果、この食人花(しょくじんか)の生態が推察できた。証拠にと、棘を一本だけ持っていく。花たちの匂いによる影響か、頭や体が少しふらつくので、植物通路から離れて休憩する。

 体が落ち着いたら、今度は左側の道を行くことにした。こちらは植物に侵されておらず、緑の通路より幅がある。右角を曲がり、十メートルほどで足を止める。

 

「光っている」

 

 率直な感想をロディムが述べる。左は窓、右は壁なのだが、右側の壁にはひびがあり、光が洩れている。壁や天井、この世界を照らす物質と同じ物があるのだろうかと思い、無視しようとしたがロディムが拒んだ。

 

「ここは掘るべきだ! 絶対、俺の勘がささやいている。金目の物があると。頼む!」

「ロディムの勘は変な所で当たるし、花に襲われた以外での土産話があってもいいんじゃない?」

 

 マルシアが賛同の意を示したので、ロディムは調子に乗って、そうだそうだという。

 エドワードはちょっと迷った。勇気と慎重さ。いつもここの線引きに迷う。だが、ロディムがたまにいう勘というときは、内容の規模こそ小さいが、当たることも結構あるので、無くても合っても、試しに壁を壊すことにした。

 壁を壊すのには、二時間半要した。倍以上かかると思ったが、意外と短く済んだ。もっと早く壊せることもできたが、時折り、怪物が通ったり、壁を下手に崩さないよう慎重な手付きでコツコツと叩いていたので時間がかかった。一応、人一人が這って進める穴を作れた。壁を壊すと、光の強さが増した。植物に覆われた先に、壁や天井の材質とは異なる発光源があるようだ。

 期待に胸をふくらまして、植物を排する。疲れや恐怖よりも、怖い気持ちが混じった興奮が男三人の手を動かす。這って進める大きさの道というか風穴を作る。そして、ご対面。

 

「わあお!! 見……!」

 

 ロディムの頭をはたいて、大声を制止した。見張りに付いていたマルシアとアクリヴィが穴を見やり、目を輝かす。彼女らの目よりも更に眩しく、花は輝いていた。

 そう、花である。しかし、今度のは物騒な人を喰う花とは異なり、きらきらと輝く、花本来の目的を思い出させる美しい緑水晶の花とツルと雑草まである。ツルと雑草も水晶に光ってる。ロディムの勘は見事に的中していた。

 採集は慎重な手付きのアクリヴィ、マルシア、ジャンベに任せ、エドワードとロディムは敵が来ないか見張りにつく。マルシアの袋には花を詰め、アクリヴィとジャンベの袋には雑草とツルを幾つか入れた。

 

「これって、繊細よね。固そうに見えて、意外とぽっきりいっちゃう。おまけに見て」

 

 マルシアが袋を見せびらかす。中を覗くと、水晶花は緑から淡い茶褐色を発光していた。どうやら、置く場所の色によって、花の色も変わる仕組みらしい。全ては取らず、数個ほど摘まんだ。グラディウスが先にここを通っていて、隠しても無意味かもしれないが、破片を集め、壁の穴を埋めた。破片の間に一枚の布を敷いて、光が洩れない工夫もしといた。物はついでに壁材もちょっと持ち帰ることにした。

 印は付けない。下手に付けたら、かえって怪しまれる恐れがある。エドワードは微笑した。

 

「分け合うことは必要だが、他の箇所が発見されるまでは、当面隠しておこう」

 

 赤い食人植物への恐怖と反省はどこへやら、五人は意気揚々とした足取りで二一階の時軸まで戻った。

 夜になってコルトンに話す際、順序を逆にして、最初に水晶植物発見の朗報を聞かせて、最後に食人花の話をしたのは、コルトンに緊張感を持たせると同時に、ばればれの罠に嵌まった不甲斐ない自分を戒める意味もあった。

 コルトンはコルトンで、サヤとニッツァと片手で渡り合ったことを語っていたが、たまたまシリカ商店でニッツァに会い、今日コルトンとの間にあった出来事を聞いていた。聞くだけ無駄な気もするが、本人は語りたがっていた。同室の三人はツッコミを我慢して、コルトンの脚色が加えられた話を聞いた。

 翌日。一週間ぶりにホープマンズの五人は休んだ。

 世界樹の迷宮探索で緊張しきった心身を休め、のんびりと休憩……という訳にもいかない。五人は自主的に武芸の練習をした。休む日なので長時間はしないが、怪物と戦うばかりでなく、時には人間同士の稽古も必要なことを理解していた。

 アジロナ外壁にいる衛兵を練習相手として武芸に勤しむ。ロディムは槍を持った衛兵と対峙し、エドワードは槍同士で向き合う。アクリヴィは正座の姿勢で半時ほど瞑想した後、レイピアを構えて、レッドユニティ所属の赤髪が目立つ女黒人パラディンのブルーナと稽古し、適当な衛兵二人にマルシアは目を付けて、主に棒術の訓練。片方はジャンベの相手。衛兵といえば、マルシアの笑顔を見せられて、二つ返事でオーケーした。

 コルトンはぼっと、五人の練習光景を眺めていた。

 二時間後、それぞれ衛兵に礼を述べた。マルシアの相手をした衛兵はどこか引きずった顔をしていた。彼女が見かけに寄らず、予想以上に棒術を心得ており、外見とのギャップと負けたショックで落ち込んでいた。

 ブルーナは豪快に笑い、アクリヴィの背をばしりと叩いた。

 

「いやー、あっはっは! あんた、錬金術師なんか辞めて、今からでもソードマン目指したらどう」

「遠慮しておくわ。これ以上、指と腕が太くなったら、本をめくるのに邪魔になるから」

 

 残りの一時間は何をするかは決まっていた。エドワードが言う。

 

「もう一人のメンバーも連れてこよう」

「一頭だろ?」とロディム。

「数え方は勝手だが、俺たちの住んでいた場所では、馬は家畜であり、大切な家族の一員だった」

 

 街の外れ、比較的大きな(うまや)が建てられている。民間人や衛兵、冒険者の馬も預かるのは、厩ひづめ(かん)の主、リストマッティ。普段はひづめ館と呼ばれる。

 ひづめ館で働く青年二コムデスに挨拶をしたら、冒険には行かないもう一人のメンバーと会う。

 どこまでも淀みない黒さ、深い知恵を称えた黒々とした眼差し、樹齢数百年の木々にも劣らぬ引き締まった胴体。長髪の美人を思わせるさらりとした(たてがみ)。走るのに一蹴りで地面を抉り取ってしまう光景を想像させてしまう太く逞しい四肢。他のどのものよりも、瑞々しい生命力で充ち溢れている。

 自らの愛しい者が来ても、駄馬のように喚くことはない。

 

「ブケファラス。三日ぶりだな。今日はお前の背に乗ろう」

 

 主人の了解を得て、ようやく彼はぶるると小さく鳴いた。ブケファラス、ホープマンズ共有の馬であり、エドワードの愛馬である。

 厩ひづめ館に預かってもうらこともあれば、チノス一家に預かってもらう日もある。天気が荒れており、一家が二日ほど厩に預けていたのだが、しばらくは晴れ間が続きそうなので、再び、一家に預かってもらう。残りの時間はブケファラスと過ごした。

 外壁から出ると、順番にブケファラスの背に乗った。樹海生物の皮をなめして作った鞍を装着する。

 最初にアクリヴィが乗った。彼女は多少、馬術を心得ており、一応、走らせることもできた。マルシア、ジャンベは徒歩。走らせるのは当分、先になりそうだ。鞍から降りたら、マルシアはブケの頭を撫でて、砂糖菓子を食べさせた。

 

「良い子ね、ブケ」マルシアは愛称で呼んだ。

 

 馬は賢い生き物である。十年近く離れた主人と出会っても、すぐに誰かと分かり、擦り寄ってくる馬もいるほど。ブケファラスはブケというのも自分の名であり、また、マルシアとジャンベの二人を背に乗せたら、自分は歩かなければいけない事も理解していた。

 さて、お次はロディムと言いたいところだが、ロディムは拒否した。かつては牛を乗り回していた悪ガキにも、苦手な物はあった。ロディムは昔、馬に蹴られたことがある。

 馬に泥を投げるという悪戯を繰り返していたら、切れた馬が馬房の柵を壊し、少年ロディムを蹴り飛ばしたのだ。幸い一命は取り留めたものの、茶色い巨体が迫り、目にも留まらぬ速さで蹴られた出来事は悪たれ小僧の心に反省と恐怖の二つを植え付けるのに十分だった。以来、彼は馬が苦手である。

 完全な自業自得であり、この話を聞いて面白がる者はいても、同情する者はいなかった。

 最後にエドワードの番である。ブケは待ったましたと歩み寄るエドワードを見つめた。嬉しそうですねとジャンベが隣のマルシアに言う。

 慣れた動作で鞍に乗ると、ひゅいと口笛を吹き、発進。見る間にブケファラスはエドワードを背に乗せたまま、草原を駆け、平らな丘を登り、見る見ると点のように細く小さくなっていく。コルトンは一人、外壁から立って、見ていた。コルトンの腕前はといえば、付き合いが長い分、アクリヴィより乗れる口であった。やはり、エドワードは地下にいるより、地上で馬を駆る姿が様になると思った。

 

 

 

 途中で休日を挟みつつ、二一階と二二階を行ったり来たり。二二階には、更に四つの橋が架かり、また、要所で他の階からでなければ行けないような道もあり、探索は困難を極めた。

 新階層に降りてから十四日目。ホープマンズは二二階の探索ではなく、二二階と通じる植物の塔を探索していた。彼らはギルド長である隻眼のガンリューに頼まれて、二二階に五人組のパーティがいないか捜索していた。

 モリビトとの取り決めにより、第四階層での探索は木曜日金曜日の二日に限られる。その為、ガンリューや執政院冒険者窓口室長オルレスは、本来は五階層の怪物と渡り合えるほどの知識と実力がないパーティが先行して、無下に命を落とす事態が多発しないかと恐れていた。予想どおり、本来は三階層で燻っていた一組のパーティが五階層に到着。これに気をよくした五人は先へ先へと進み、まだ完全に地形を把握しきれてない二二階へと降りた二日前から消息を絶った。

 ガンリューが知り合いから知り合いへと聞いた話によれば、彼らは植物の塔を調査するつもりでいた。

 

「馬鹿野郎どもが。あいつらの腕前は認めるが、後一年、三階層で鍛えるべきだったんだ」

 

 そういうわりには、ガンリューの顔には影が差しかかっていた。仲が良かったのか、惜しい逸材だったのかまでは聞かなかった。

 植物塔に通じる橋の危険は承知している。準備を整えて、各種、刺激臭がするビンを携えて、口元を長い布で被い、急ぎ足で進む。無事に通過。気付いてはいたが、紅の食人花が天井と壁にはびこっていた。食人花の群れは、獲物が引っかからなかったのでわさわさと引っ込んだ。

 

「花に食われたのなら、痕跡なんて残りそうもないわね」

 

 見て分かったのだが、植物の塔は二つの塔よりも遥かに小さく、建物内部の構造も至って単純だった。植物がはびこり、いつどこから怪物が襲ってくるか察知しにくい点を除けば。

 五人の身元も気掛かりだが、それよりも、ホープマンズは植物塔の屋上に鎮座する車輪状のフレームが気になっていた。あそこになにか、この古代文明のヒントが隠されている可能性が無きにあらず。

 ロディムが先頭を行き、エドワードは二番目、マルシアは真ん中でジャンベは四番目、アクリヴィは後列を務め、いざ上階へ。階段を上ると、エドワードは改めて、階段を見た。気配を感じていたのだ。息を殺し、獲物を仕留めようとする自然の狩人がいる。ジャンベは逆に、前方を気にしていた。ジャンベの耳には、上からの微かな物音が届いていた。

 少し進んだら、エドワードとジャンベは歩を止めたので、三人も歩みを止めた。通路右に部屋がある。ドアは無いが、塔全体は薄暗いので襲撃するには持ってこいだ。ロディムに視線で合図する。ロディムはポーチから、干し肉を一切れ取り出し、部屋の前に投げた。そして、部屋から真っ赤な毛玉が飛び出し、肉に食いついた。狼だ。炎を連想させる逆立つ赤い剛毛の狼が五頭、部屋から出てきた。

 下がりながら、エドワードは後ろだと叫ぶ。後ろからも、数頭の狼が静かな足取りで接近していた。前門も後門も狼に挟まれた。

 

「後ろは任せた」

 

 アクリヴィはゆっくりと迫る狼に狙いを定め、ロディムは隣に付く。エドワードとジャンベは矢を番え、マルシアは真ん中に待機。こんなときこそ、前方をコルトンが守っていてくれたらと思う。

 エドワードの張りが強い長弓から矢が放たれ、干し肉に食らいつく狼の脳天にぶるるんと揺れて突き立つ。

 それを合図に、群れは一斉に襲いかかる。前方からは三頭も新手が出現した。ぶぅんぶぅんとエドワードの長弓は間断なく唸り続け、狼に命中していく。深層にいるだけのことはある。脳天に食らった一頭目以外は、心臓にまで矢が達しても、すぐには走りを止めなかった。

 ジャンベは中ぐらいの大きさの弓をエドワードより遅く射る。威力と連射速度は大分劣るが、外すことはなく、確実に命中させた。

 背後では落雷のすぐ後、凍える冷風の術式をアクリヴィは狼に浴びせた。雷を食らっても、思ったより効果はなく、狼に鞭を与えただけだった。強力な威力で発するには、練るための時間を要し、時間をかけずに撃てば、激しく体力を消耗するのだが、四の五の言ってられない。雷の術式にたて続けて、アクリヴィは氷の術式を狼共に食らわせた。

 効果があり、狼共の全身は薄皮が張るように凍りつき、二頭は吹っ飛ばされて、固い根に叩きつけられて砕けた。一頭、最後尾は術式を食らわずに済んでいた。赤い狼は意外な能力を見せてくれた。

 狼は口から火を噴き、凍った仲間を助けようとしていた。仲間想いなのは、群れで行動する時点でそういう一面があってもおかしくない。しかし、火まで噴くとは。同情もしてられない。別の群れを呼ばれては厄介だ。ロディムが進み出て、残る一頭に剣を向ける。

 

「こい、タイマンだ!」

 

 逃げられないと悟った火噴き狼はロディムへと飛びかかる。何が何でもロディムの喉元を食い破ってやるという気迫すら感じられたが一歩及ばず、ロディムの剣で喉元を刺し貫かれた。

 死体は捨て置き、三頭の新手が出現した角を曲がると、やはりというか。血で湿って黒ずむ服やマント、焼けた装備品に武器が散乱していた。血濡れた骨、肉片が付いた頭骨まである。その先にも、武具などが散乱していた。五人は食われていたのだ。また、ここに狼の肉と骨があることか察するに、返り討ちに遭った仲間の死体と一緒に食ったのだろう。

 あまりにも惨い光景。だが、改めて思い知った。ここはこういう場所だ。栄光を掴めるチャンスは幾らででもあるが、誰彼を恨んでもしょうがない、人間には決して優しくない非情な世界ということを。

 

「俺は……頭骨やらを持つのはやだぜ。かさ張るしな」とロディム。

 

 慣れとかではない。これはこれと割り切り、感情を殺して、エドワードとマルシアは髪の毛が残る頭骨から数本、頭髪を切り、頭髪が取れない死骸からはこれと思う武具や装飾品を持ち帰ることにした。

 狼の出現で歩みは遅くなり、神経が研ぎ澄まされた。でてこないかとぴりぴりとした緊張を持って進む。

 しかし、狼の群れ以降は、数回ほど別の種が出てきただけで、屋上へと通じる道を塞いでいた動く一つ目の毒樹をあっさりと片付けたら、鬱屈とした空気から逃げるように屋上へと飛び出た。建物から出て、その身に直接浴びると、五階層の世界は本当に光りを発しているのを知る。

 危険は多々あるが、とにもかくにも、植物塔の屋上に出て、安心した。それでも、すぐに警戒した。外には外の危険がある。怪鳥に怪物ヤンマが飛んでいるからだ。

 屋上はさして遮蔽物はなかった。十段の長く広がる段差を上がり、車輪状のフレームを近くで見ると、改めて、巨大なことを認識した。果たして、このような物を建てた意味は一体? 車輪状のフレーム近くには、なんの特徴もない四角い小屋がある。

 小屋の中を覗く。箱やら緑と赤の線、訳の分からぬボタンにレバーまである。試しに押したり引いても、反応がない。無意味だったか。期待せず、小屋を探っていたら、文字が書かれたプレートを三枚見つけた。一つは判読できないほど風化していたが、二枚は一応、判別できた。しかし、困ったことに書かれた文字が読めない。

 肩を落とすメンバーに、エドワードは悲観するなと言った。

 

「俺はこの文字を知っている。といっても、俺自身は読めない」

「じゃあ、意味がないじゃん」ロディムが肩を落とす。

「早まるな。俺は読めないが、読める人は知っている。ゲンさんだ」

「何!? どういうことだ」

「修行時代と今でもたまに、ゲンさんやコウシチ、ゲンさんの知り合いのアヤネ女将が時折り、この文字を使っていた」

 

 そういえばそうねとアクリヴィが頷く。

 

「確か、これは『漢字』とかいう文字だったはず。俺は読めんが、ゲンさんやコウシチ、エトリアより遠く東西に住まう人種がこの文字を使う」

 

 狼襲撃の一件もあり、もっとないとは渋らず、変位磁石を使用して樹海時軸近辺に戻った。地上に帰ると、様子がおかしかった。宿のコルトンに尋ねたら、詳しくはパスカルが教えてくれると言った。エドワードも、発見があったとコルトンに言い、答えを知るにはゲンエモンに聞く必要があると教えた。

 パスカルはパーティの代表が来てくれれば言い伝えていた。自らに語れる大事な話があるというので、コルトンを伴い酒場に向かう。

 大変な予感に身震いするも、早いとこ答えが聞けやしないかとエドワードとコルトンは思った。

 


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