世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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三二話.レンとツスクルの仲間

 冒険者たちの朝は早い。理由は様々だが、特に早く起きたこの一組のパーティは遅れを取り戻したいのもあるが、誰にも会いたくない思いが強かった。

 あれから昨日、エドワードは熟睡した。それというのも、マルシアのメディックの秘術で怪我をした指先をすっかり治してもらったからだ。メディックの秘術”キュア”は術者の力に加えて、治癒される側の生命をも消費する危険極まりない代物であり、禁術に近い。身体にこれといった支障は幸い生じなかったものの、凄まじい疲労と睡魔に襲われてベッドに昏倒する形で眠った。

 マルシアはじっくり治すべきと言ったが、探索の支障になることを省けるなら、多少のリスクは構わなかった。母の治療と施薬院での医師たちとの相談も兼ねて、マルシアは地上に残った。

 ホープマンズの方針はまず、通常の探索を進めつつ、金鹿(こんろく)の酒場の依頼でも高額な物を引き受けると決めた。もっとも、酒場の経営者で女将でもあるサクヤはともかく、依頼者が自分達を信じてくれるかはまた別問題であり、立場を思えば、断られてもいた仕方ないとした。

 樹海時軸を抜けて、五階層に直行する。今やもう見慣れた、寂れて白みがかった緑の巨大な植物に覆われた古代遺跡が辺りに広がる。地上の喧噪と打って変わって、静寂である。何千何万年も有り続けた歴史や空気の重さに加えて、冒険者たちや樹海生物の存在をここからでも感じとり、身が引き締まる思いである。床には埃に砂、樹海生物が通って落としていったと思われる身体の汗や汚れがちりばめられて、数え切れないくらいの冒険者の足跡があちこちに見受けられた。

 道筋は決めていない。ひたすら進んでいくのかどうかと思ったので、今だ謎が解明されていない沢山のボタンがある両開きのドアの前まで来た。

 本当にわからない。取っ手も無ければ、鍵穴もない。押しても引いても開かない。別のパーティが無理にこじ開けようとしたこともあったらしいが、中は真っ暗で、上も下も皆目見当がつかなかったようだ。

 古代人は何を考えて、そもそも、数字が書かれたボタンの意味はなんなのだろうか。二つの塔の意味はどういった目的で建てられたのだ。

 考えてもらちがあきそうにないので、当初予定したいたとおり、ひたすら進み、樹海生物を狩っていく。

 ここは、樹海生物の集合住宅地であり、あちこちから繋がった太い根が上や下、別の建物に繋がり、そこを通って来る。

 今の所、とくにこれといった獲物や発見は見当たらない。途中、男四人女一人のパーティとすれ違い、無言で小さく会釈した後、思い思いの方向に行く。現段階では一先ず、五階層二一階と位置付けられたこの辺りは見るべき物が少なくなっていた。あるいはもう、無いと言ってしまっていいかもしれない。

 いくら、小さな町一つならすっぽりと収まってしまうほどの巨大といっても、所詮は建物。土と植物で覆われた上階層と比べて限りがある。あちこちに目印や物色した跡があり、狩りぐらいしか方法が残されてない。別の建物と繋がっている通路が多い二二階。到達して日が浅い二三階に、誰も到達していないそれ以降の階に行くなら沢山あると思われる。

 エドワードは偵察で二二階の階段に近付いたとき、現れた。ぼこぼこと動く溶岩状のウーズが二体、壁を沿って二二階と繋がる階段の壁を沿って出てきた。おまけに、一体は背中と思しき箇所に大量のぶつぶつを背負っているのを確認した。エドワードは離れた位置にいる仲間の元に戻って伝えた。

 

「雄だ。卵を背負っている。もう一体は多分、雌だな」

 

 ウーズは二体はぬかるんだ泥道を思い切り踏んだような警戒音を間断なく発した。五階層の怪物にとって、恐らく久しく見なかったはずの人間は、極上な獲物であると同時に警戒しなければならない敵と認識するものもいて、個体によっては積極的に攻撃してきた。二体は卵を守ろうとしているのだから、警戒するのも無理はない。

 

「どうするよ。見逃すか?」とロディムが誰かが答えるのを期待して聞いた。アクリヴィが答えた。

「殺るに決まってるでしょう。あいつらは見かけだけじゃあなくて、繁殖力と成長速度も数倍。ここで、情けをかけて後で困るのは、私たちか他の誰かよ」

 

 アクリヴィの答えは最もだ。いくら倒しても、異常な速度と数で増える。

 だからこそ、安全を第一にと地上ではトルヌーアと呼ばれる偉人がエトリア本都市内部を守るために内壁を建造したのだ。

 エドワードは昔、二階層でこれとよく似た液体生物を見た時は、哀れと思い見逃した。しかし、二週間では同個体から産まれたと思われる幼体が半分近くまで成長。産まれてから一ヶ月を過ぎた時に出くわしたら、二十匹近くの大人に近い個体に襲われた。幼体は大人と比べて、身体の色が淡いので見かけがつく。コルトンとアクリヴィ共々、命からがら逃げ果せた。そのことをゲンエモンに話したら、馬鹿者と一喝されて、修行時代以来ぶりに頭をどつかれた記憶がある。

 明らかに人の話が通じない相手。こと、樹海生物の中にはこちらの行動全てを警戒し、問答無用に襲いかかってくると判っている相手にはいらぬ情けをかけるな。情けと非情さは場合によって使い分けろ。

 あの気味悪い真っ赤などろどろおたまじゃくしもどきを母親のイメージと重ねることはないが、子を守ろうとするのを見ていると、病気を患った母を救おうとする自分と微かに重ねてしまい、見逃す選択肢を思い浮かべてしまったが、師の教えとアクリヴィの迷いなき口調を聞いて、見逃す選択肢を捨てた。戦わねばならない。自分の身を守るのもあるが、自己満足な善意で他人を犠牲にしては申し訳が立たない。

 エドワードは自らを戒めるため、率先して攻撃をしかけた。樹海の素材を集めて自ら作った長めで頑丈なとっておきの複合弓を構える。人差し指・中指・薬指で弦と矢を引っ張り、雄の方目がけて引き絞った矢を放つ。矢は耳元で空を切り裂き、雄の充血したような目と目の間に刺さり、矢は根元近くまで埋め込まれた。額から体色とほぼ同じ血液が滴り、卵を背負った雄はずるずると壁から滑り落ちた。

 ロディムとコルトンが残る雌一体に突撃する。それよりも早く、エドワードの矢が目に刺さった。頭を狙ったはずだが、雄を攻撃した自分を見定めていたのだろう。目を犠牲に致命傷は避けえたが、ウーズは悲鳴を上げて、口から小さな赤い高熱を帯びた液体弾を撃ちくる。痛みと視界を奪われたショックで狙いが滅茶苦茶である。何発かはコルトンの大盾に防がれた。残る一体は二対の剣で倒された。

 二体の身体を慎重に長物で割いて、手土産に紅い水晶核を貰った。

 残すは雄の背中にある物である。ロディムは恐る恐る剣先で突いた。ぶちゅりと潰れて、膿のような硫黄の臭気を帯びた液が流れ出る。中には、丸っこいウーズに近い形の卵もある。放っておいても、他に食われるか、親の世話が無いので死んでしまうだろうが、念には念を入れておく。

 酷いしかめ面をして、ロディムは嫌々離れて、頼むようにアクリヴィは見た。アクリヴィは溜め息を吐き、ウーズの死体に近寄り、利き腕である左腕を死体にかざす。

 腕に嵌めた威力増幅器である金色の籠手を通し、小さな雷というか電流がウーズの背中に叩きつけられた。幾つかの卵の膜が破れ、液が飛び出て、アクリヴィの服にも飛散して、お気に入りな橙のコートが汚れた。アクリヴィはロディムを一睨みした。

 

「次はあんたがやってよ。剣ならすぐに拭けるでしょ」

「あんなの剣が錆びちまうよ。おめえが離れてやれば良かっただけだ」

 

 エドワードは行くぞと言い、偵察も兼ねてさっさと階段を降りた。二人は無駄口を叩くのを止めて、前を行く三人の後を追った。 

 コルトンとジャンベを待機させて、エドワードは先に言った。降りた階段の角から気配と音を察した。仮に音や気配が無くても、真新しい大小五人分の足跡を見ればわかる。

 踏み鳴らすたびに金属音を鳴らす者が一人。普通にコツコツと音を立てて歩く者。ゆっくりと静かに歩く者。更に静かに、慎重に素早く歩く者。ゆっくり、小さな足音。多分、子供か、背が低いだけか。向こうもこちらの気配を察したらしく、音もなく歩く偵察係をしていると思われる者が近づいてきた。

 病的なまでに真っ白い肌に、背景に合わせたと思える白っぽいコートに身を包んだロディムより暗めな青色の髪の男。背も低く、左手には刺すにも投擲にも適した刃が太い短剣を持ち、右手には鉄のパイクが付いた鞭が握られている。鉄製の糸で編んだと思われる一枚の白羽根を挿したつば広帽子を被り、鉄の腕当てや腿と膝に防具が付いているが、それ以外の防具は無く、自分同様動きを重視している。多分、ダークハンターだ。

 コウシチを思わせる三白眼寄りの眼で男はエドワードを見た。敵か味方か、疑わしそうだ。見たことは無い顔だが、ここまで来るだけあって、さすがに隙が無い。戦いになれば、一筋縄にはいきそうにない。無論、戦う意味など無い。両手をナイフがある腰に近い位置でひらひらと振った。

 

「まあ待て。俺は敵ではない。それとも、あんたは人喰い赤花の毒にかかり、俺が怪物に見えるのか?」

「案ずるな。俺はそこまで間抜けじゃない。俺が警戒を解くとしたら、お前がナイフからもう少し手を離したときだ」

 

 気付いていたかと思い、エドワードは腰から手を放したまま、一歩下がった。

 それにしても、同じ冒険者同士であるのに、男はちと警戒しすぎやしないかとエドワードは思った。この距離なら、なんとかナイフと鞭を避けられる。

 青白い男は待てと呼び止められて、鞭は握ったまま、短剣を下ろした。エドワードは目の前の男を呼び止めた声を聴いたことがある気がした。そして、角から懐かしい顔が二人も現れた。

 ボロボロの不気味なウサギの人形を後生大事そうに抱えた、黒いフードを目深に被り、金の鈴をぶら下げた赤い髪の少女はツスクル。以前とは異なり、胸の前で交差するように肩と脇を赤い鎖で縛り、中央には金のメダルがあり、そこから鈴をぶら下げていた。

「元気にしていたか?」と話しかけたものの、相も変わらず、無愛想な顔つきで聞こえなかったように無視した。

 一人は間違いなく、レンだ。服装は前と同じ、籠手や胴当てを除けば、白い着物と淡い紫の袴を履いてる。澄んで尖った青みがかった眼とマッチするような真っ直ぐ伸ばした少し青みがかった黒髪に、人を寄せ難い冷たい雰囲気と額の斜めに切れた刀傷も相まって、自身が身に付けている鋭利な業物の刀をそのまま人にしたみたいで、触れたら危ないどころか斬られそうな空気を身にまとっていた。だが、相手が顔馴染みで、手助けをしてくれたこともあるエドワードとわかるや、どこか物々しくまとっていた空気も消えた。

 

「あなたか。随分とお久しぶりですな」

「こちらこそだ。それより、お仲間の警戒を解いてくれないか」

「おい」とレンが一声かけたら、ダークハンターと思われる青髪の男は後退した。

「彼はサンドマン。見て分かるとおり、ダークハンターだ。普段はサンドと呼んでいる。警戒心は我らの中でも特に強くてな、相手が冒険者であっても警戒する」

「冒険者でも、相手の物を欲して奪いにくることがある」

 

 昔、利益となる物を得るために冒険者同士が殺し合うことがあった。

 今でこそ、めっきり減ったが、残念ながら、ごく稀にだが樹海生物にやられたという事にする者がいるのも事実。かといって、見も知らぬこんな男にそのような疑いをかけられるのは不本意であった。

 

「助けられる者がいたら、俺はできる限り助けた」

 レンが間に入り、代わりに詫びた。

「すまない。彼の育ちをここで述べる気はないが、とにかく人を疑う男でな。許してくれ。彼なりに仲間を想っての行動なんだ」

 

 当の本人の顔からは全く悪気や一礼もない。

 ただ、エドワードの一挙一足をつぶさに観察していた。滅多に他人に対して心を開かなさそうな男である。

 サンドマンもといサンドも気になるが、三人の背後にいる二人も気になる。一人はメンバーの中では一番大きい。自分やコルトンより低いが、ロディムよりかは確実に大きい。黒いショートヘア、黒い眼、黒いマントに黒い武具。おまけに剣の鞘まで黒塗りである。年頃の娘が好む、絵物語に出てくる漆黒の剣士や騎士を連想させる。よっぽど、黒がお好きなのだろう。明らかにソードマンだ。

 端正な顔立ちではあるが、戦士というよりかは、遊び人を思わせるところがある。

 もう一人は女だ。下や横にはねた癖毛と桃色の髪がいやに目立ち、まつ毛がかかった緑の眼差しは好奇心旺盛である。マルシアが可愛く綺麗なら、彼女はより可愛さに重点を置いた気がする。白いコートに薄い水色のロングスカートを履き、これで、両手に金の錬金籠手が無ければ、バードかメディックと勘違いした。

 エドワードは彼女と目が合った。微笑みかけてきた。

 初めて会い、言葉も交わしてないのに、エドワードは彼女を嫌いになりかけた。上手く隠し、ロディムや純なジャンベなら騙せただろうが、エドワードは笑顔を返す気になれなかった。水商売の女は好きではないが、中には、決して媚びず奢らず、誇り高き者がいることを知っている。そういう者なら、抱くことはないが敬意を抱く。だが、彼女の目付きからは、品定めと財布の重さを確かめると同時に、男にあざとく媚びつつ見下しているのを笑みの裏から感じた。エドワードは小さく会釈だけ返した。

 エドワードは背後から、四人が階段を降りてくるのを察した。

 何があったかと険しい緊張の面持ちのコルトンが来て、エドワードの前に居る五人を見て、トラブルでも起きたのかと言った。自分以外は、レンとツスクルに会ったことが無いので、仕方ない。エドワードはコルトンを通じ、他の三人も降りてくるよう伝えた。コルトンは階段に戻り、三人を集めた。

 こうして、ホープマンズの五人とレン率いる五人組が面した。

 ロディムはつんけんな態度で五人を見渡した。

 

「こいつらは誰なんだい。どうして、こうなっちまったんだよ」

「ロディム。他の三人は俺も知らんが、黒い長髪の侍がレン。カースメーカーの少女がツスクルだよ。俺が前に話した、やたら腕前の良い二人だ」

 

 ロディムはそいつはどうもと頭を下げた。エドワードは漆黒の剣士が誰かをじっと見ていることに気付き、それがアクリヴィだとわかった。剣士は軽くかぶりを振った。アクリヴィを見て、この女は駄目だとでも思ったのか。ガタイが良く、少し女っぽさに欠けるのは否定しない。

 

「こうなったら、手短に紹介だけでも済ませて、とっとと行きたい方に行こうや」とロディム。

 レンがロディムの案に乗った。「君の言う通りだ。私はレン、こちらはツスクル。背の低い鞭を持った男はサンドマンもといサンド。黒い衣装に身を包んだのは、ソードマンのダンク。桃色の髪の彼女はパウラ、アルケミストだ」

 

 これで、残り二人の名前も判明した。ホープマンズの面々も、手短に自己紹介を済ませた。

 パウラはさっきより更に満面な笑みを浮かべて、「よろしくね」と甘えた声を発した。途端にロディムは相好を崩し、しどろもどろに頷き返し、ジャンベは変わらずどうもどうもと返した。アクリヴィもパウラの笑みの裏に隠された顔を察したのか、僅かに眉をひそめた。

 さてとと、互いに別の道を歩もうとしたら、困ったことに同じ方に向かっていた。サンドマンが静かに素早く先を行く。漆黒の剣士、軽そうな男のダンクが振り向いた。

 

「おい。同じ道を行く必要はねーだろ。数が増えて、化けもんに気配を察知されたらどうしてくれんだ」

 

 実にこちらに興味が無さそうな顔である。

 女は一人いるのに、女っ気が無いパーティとして見ている。アクリヴィは薄々勘付いてたのか、顔にこそ出さないものの、内心は少し気を悪くしてそうだ。

 ロディムがダンクに噛み付いた。

 

「そっちは後輩だろう。そっちが向こうに行けや」

「先輩も後輩も関係ない。あんたらが反対に行ってくれや」

 

 互いに似た者同士でありそうだ。この一悶着をサンドマンが制した。

 

「黙れ。先を見てきたが、やばいのが二体もいたぞ」

 

 いがみ合うことに熱を出していた二人は目を覚ましたように身を引き合い、サンドに注目した。

 

「姿は確認できなかったが、青熊が二体近くにいるぞ。足元以外にも、特有の臭いが残っていた。多分、それぞれ縄張りを持ち、二手に別れている」

 

 エドワードは地図を取り出し、コルトンとアクリヴィも覗き見た。既に何度か通り、地図にも記してある。もう一本道があれば、迷わずそちらを選ぶが、あいにく道は左右に二本しかない。青熊の獣人の話は聞いてある。時折り、近くを通るのは、狩場である縄張りの様子見であり、二体の縄張りの境界線上と聞く。

 モリビトとの共同戦線では乱戦の最中、一斉攻撃で倒されたので実力は判明しなかった。他のパーティ、師ゲンエモンとライバルのヴァロジャ率いるパーティが別の場所で一体ずつ倒したらしいが、二人によれば、よくぞ誰一人欠けずに倒せたものだと言わしめるほどの強敵。ここの二体は周期は不明だが、数日に一回は必ず来ると自身と他のパーティの調査でわかった。極力、戦闘を避けようと心掛けていたが今日は運悪く、ごく近くにいるようだ。レンが刀の柄に手をかけた。

 

「さて、エドワード。君ならどうする?」

 

 エドワードは二択の選択肢があると思った。一つは、このまま十人で退き返し、別ルートを取る。もう一つは、好い加減、我が物顔で道を邪魔する二体の内どちらかを仕留めること。もう、心は決まっていた。

 

「戦おう。俺にやるべきことがある。熊の一体や二体で道を阻まれてなるものか。それに、師であるゲンエモンが倒したのに、俺がいつまでも避けていては不甲斐ない」

 

 エドワードは四人を順に見て、やってくれるかと同意を求めた。一人でもいたのなら、引き返す。当然、責める気はない。自分が今勝手に決めたことであり、意思の統一は大事だ。大きな物事に対しては特にだ。エドワードの強いやる気を受けて、四人は同意した。エドワードの言とやる気に、コルトンはとても嬉しそうである。

 

「よくぞ言ってくれた! 正直、ここ最近のお前はどうもうじうじしていて、らしくなかった。もしも、狩りしようと勇んでおきながら、引き返そうと言ったら、俺はお前を張っ倒していた!」

「ならば、俺の選択肢は正しかったことになるな。君らはどうする」

「我らは五階層について日が浅い。ただ、赤いおたまじゃくしに虫けらの相手ばかりで、退屈していたところだ。別れて戦うことになるが、共同戦線と行こう。では、我らは左に行く。君らは右に行く。相手は同じだから、方向はどちらでも良いけど、君たちが左に行きたいのならそうすればいい」

「なら、俺たちは左に行くぜ!」とロディムが嬉々として答えた。レンの言ったとおり、相手は同種だから、どちらに行こうが同じなのだが、こだわる理由も無いので左に行くことにした。

 ホープマンズは左へ、レンの一行は右に向かう。別れ際、エドワードはふと思ったことをレンに聞いた。

 

「レン。下らないことを聞くが、パーティ名はあるのか」

「”斬突(ざんとつ)”。道を切り開いて突き進むという言葉を略したものだ」

「良い命名だ。あんたのイメージにはぴったりだよ」

 

 一歩一歩、いつもの足取りだが、適度な緊張感と集中力を保てている。そのことを居心地が良い具合だとエドワードは思った。

 サンドマンの嗅覚がどの程度かは知らないが、血の臭いをいち早く嗅ぎつけた。多分、別の獲物を仕留めたのだろう。同業者ではないのを祈る。エドワードが無言に前に出たので、四人もぴたりと歩を止め、エドワードが帰って来るのを待った。

 またしても、左右に別れている。

 ただし、右は続いているものの、左の方は行き詰まり。その左から血の臭いが漂い、強烈な気配を感じた。そうすることにより、自らは強者であることを誇示

し、自らと比べて雑魚に過ぎない生物が邪魔をしに来るのを防いでいるのだろう。

 近寄るにつれて、乱暴に食い荒らす音がする。周囲の状況から察するに、餌となったのは人間ではなさそうだ。

 ちらとだけ見て、角に隠れた。左、奥の行き詰まりで青熊がけつを揺らして、貪っているのを確認した。

 これまた、道の真ん中の左右に赤い体毛が落ちているのを視認。恐らく、二頭の火噴き狼を捕えて、捕食している。絶好のチャンス。

 何かに夢中で、無防備に背を見せている相手を見逃す手はない。エドワードは音を立てずに急いで戻り、攻撃するならいましかないことを伝えた。

 

「地竜を仕留めた作戦の応用でいく。ジャンベ、来い」

 

 ジャンベがまず、短弓で尻の左に矢を射る。大した傷は与えられないが、青熊は何事かと振り向く。振り向き様を狙い、エドワードが顔を射る。それも致命傷は無理だが、最悪、目や鼻、いずれかの五感を奪いたい。念のため、鏃をショックオイルに浸した。目や鼻に当たらずとも、電流で余分なダメージを与えておきたい。顔に一発食らわしてやるのが大事。

 

「俺が撃てと言ったら撃て。後は任せろ」

「わかりました」

 

 熊は貪るのに夢中である。二人並んで、弓の弦を引き絞る

 

「撃て!」

 

 ジャンベの矢が飛び、左の尻に僅かに刺さる。驚いた熊がくるっと振り向き様、既に第二弾が迫っていた。青熊の左の眼尻に刺さった。

 バチバチとショックオイルが爆ぜる。青熊は醜い人のような顔を歪ませて、左手で目を抑えた。

 どうやら、目を焦がすのに成功したらしい。

 青熊の獣人は立ち直りが早かった。大きく胸を膨らませて咆哮をすると、黒い金属質と思われる両手の五指から生えた大剣のごとき爪を振りかざして襲いかかってきた。

 そこへ、さっとアクリヴィが二人の前に躍り出て、たっぷりと時間をかけて練れた術式を浴びせた。アクリヴィの両腕から落雷が発生し、青熊の全身を強かに打ち付ける。

 青熊は悲鳴こそ上げたものの、まだ死にそうにない。一方、道の反対からも怒り狂う怪物の雄叫びが木霊した。レン率いるパーティ名・斬突も戦いを開始したようだ。

「いざ進め!」とエドワードが叫ぶ。左右で死闘が始まった。

 

 

 

 夜が明けて、多くの人々が活動を開始した頃、ホープマンズと斬突の五人組は帰還した。

 十人の冒険者のボロボロの出で立ちと背負う物を見て、少しばかり称賛の眼差しを向ける者もいた。

 各自、黒い光沢豊かな鋭い剣と思しき金属を担ぎ、コルトンやエドワード、斬突ではダンクと名乗る剣士など大柄な者たちは赤い血で黒く染まった青い巨大な毛皮をぐるぐる巻きにして背負っていた。

 喜びはなく、十人の顔は険しい。

 ジャンベは落ち込んでいるようだった。エドワードがジャンベの肩に手を置いた。

 エドワードの弓筒には、丈夫で多少の重たい矢でも遠くへと飛ばせる、彼のお手製で御自慢の一品である弓がばきばきに折れた状態で引っかけられてた。

 

「そう気を落とすな。また新しい物を作ればいい。お前の命とは代えられない」

 

 青熊の獣人は恐ろしいほど強かった。前に倒した強敵クイーンアントやコロトラングルに匹敵。いや、単体の強さなら、化け物蟻の親玉クイーンアントより上かもしれない。生命力もだ。

 最初の一発を除き、アクリヴィは術式の威力に見合った放つための時間を得られず、急速な錬成と連発により一気に体力を消耗。傷付いたり壊れたのは、エドワードの弓だけではなかった。

 コルトンの大盾は何十もの深い爪痕が刻まれ、ロディムの額には包帯が巻かれていた。後一歩遅ければ、彼の無残な首と胴体を持ち帰る破目になっていた。冑が用をなし、事なきを得たが壊れてしまった。

 お返しにと頭に一発、斧の刃を深く立ててやったが、信じられないことに、頭を割られているのにしばらく動いた。

 その際、ジャンベがけつまずき、血塗れのおぞましい顔面を近づけたとき、サーベルを抜くのは間に合わないと判断したエドワードは左手の弓をさっと青熊に突出し、身代わりとして食わせたのだった。

 レンたちのほうも、無傷だが、げっそりと疲れているのが目に見えてわかる。

 そこへ、笑顔でよくやったと褒める者が表れた。ゲンエモンだ。彼もちょうど、パーティを連れて、樹海の探索に挑もうとしていたところだった。

 

「お主ら、ようやったな。もっとも、今のお前さん達には褒め言葉よりも、上手い食事と傷付いた身を安らげる時間がなによりだろうがな」

 エドワードは会釈をした。

「あなたからの賛辞はなによりもですよ。そうだ、まだ面識は無かったですね。おい、レ……」

 

 レンは他の者より先んじていた。

 ついさっきまでは歩調を合わせていたのに、どうしたというのだ。エドワードは一旦、採集品を置いて、レンを追いかけて手を掴んだ。

 

「どうしたんだ、レン? 急ぐ必要がどこにある。それより、やっと、お前に合わせたかった人が来たのだ。ブシドーだし、気が合うだろう」

「済まぬが、急用を思い出したのだ。仲間たちにも了解は得た」

「一言挨拶ぐらいしてもいいだろう」

「君は急いでいるとき、人から無意味に止められて、良い気持ちになるのかい」

 

 レンはエドワードを睨みつけて、手を振りほどいた。エドワードは困惑した。レンの言い分にも一理あるが、いくらなんでも急すぎる。第一、挑む前は時間など余裕にある風な態度だったのに。

 

「そんなに怒ってどうした。青熊と戦って殺気立っているのか」

「君には関係ない」

 

 そう言いつつ、レンは背を向けて行こうとする。これ以上、止めるのはよそう。そう思ったとき、エドワードの代わりにゲンエモンが呼び止めた。

 

「待たれよ。なにやら険悪になりそうな空気を感じたが、我が弟子が迷惑をかけたのなら、私も謝ろう」

 

 レンはようやく足を止めた。そのまま前を向いたまま、動こうとしない。何を考えているのだとエドワードは思った。

 やがて、レンはゆっくりと振り向いた。どこか躊躇いがちである。

 

「いや、彼は悪くない。非があるのは私の方。申し訳ない」

「こちらこそ、無理に呼び止めてすまん。さあ、行ってくれ。急いでおるのだろう」

 

 レンは頭を垂れると、そそくさとトルヌゥーア内壁の門を通った。

 一応、挨拶を済ませたことになるだろう。エドワードはゲンエモンを見て、どうされたのだと思った。ゲンエモンはじっと、レンの背中が見えなくなるまで、なにやら厳しく考え込むような目付きで見ていた。レンの姿が見えなくなった後、ゲンエモンはぶつぶつと呟いた。

 

「まさか……そんな、な……」

「どうされたのですか」

 

 ゲンエモンは何故かおかしいような、懐かしがっている表情を見せた。こうなっては、質問せずにはいられない。

 

「会ったことがあるのですか」

「確証はない。ただ、もしかたら、同じ人物なのかもしれない」

 コルトンが叫んだ。「おーい、時間かかるなら、先に行くぞ。お前の分はちゃんと持って行けよ」

 エドワードは片手を挙げて、返答した。

「エドワード、お前さんが来る前のことだ。剣の腕が立つ侍が昔、エトリアを訪れたことがあってな。名はゼン。子供を一人、伴っていた。何度か手合わせしたが、奴は強かった。結局、決着は付かずじまい。再戦を誓って別れたが、彼とその子とは以来、会っていない。だが、今会った者。なんという名だ」

「レンです」

「レン?」ゲンエモンは首を傾げた。

「レンか。名前を変えた可能性もありうるな、うん。まあ、とにかく、その時彼が連れていた子との面影があるな、レンという者は。目元や顔付きがゼンによう似とる。語らないのでわからんが、あの険しい目付きや雰囲気から察するに、辛い時を過ごしたのだろうな」

「では、彼は昔、エトリアに訪れたことがあったのですね」

「彼? 彼だと言ったのか、エドワード」

「ええ、そうですけど」

「お前さんの目を曇らすとは大したものだ。わしも昔、会うてなかたら、男か女か迷っていただろう」

 エドワードは初めて会った日の違和感、疑問を思い起こし、そして至った。

「まさか。彼、いいえ、レンと名乗る者は女だと」

「初めにも言ったが、確証はない。あの者が直接語らなければ。しかし、わしはあの日会った、ゼンが伴う可愛らしい愛娘の麗華(れいか)という少女と同一人物だと確信している」

 

 エドワードはレンが去った後を見つめた。レンが女性かもしれないことに驚きよりも、性別を上手く隠し続けた技量に大した者だと感心しつつ、レンの性別を見抜けなかった自らの観察力はそこまで未熟なのかと、悔しい想いのほうがまさった。

 

 

 

 シリカ商店に行き、物品を卸した。シリカは算盤を取り出すことなく値段を決めた。

 

「これはねえ、五階層にいるヤンマの爪より質がいいから、一本百四十円ね。で、そっちの毛皮は、それなりに面積もあるから、五百エン」

 

 命を賭けて戦った割りには、青熊のくれた物は随分とけち臭い。これなら、白いを骨を体中に張り付けたかのような地竜の方がずっといい。

 

「悪いね。君のお母さんが病で臥せっているのは知っているけど、僕も身内や職人さんたちを食わす必要があるから。ところで気になっていたんだけど、背中の物はどうしたの」

「なんでもない。ただの不注意だ」

 

 エドワードはケフト施薬院に行こうとしたが、ショーウインドウの内側に飾られている物を見て、足を止めた。

 シリカ商店で最も高い品の一つ。モリビトが聖獣と崇めるコロトラングルをホープマンズが倒し、そこから得られた骨を素材にして作られた大中小三本の灰色の光沢を帯びた美しい弓。名称はアーチドロワー。

 価格はそれぞれ、大で十一万、中で十万、小でも八万と目玉が飛び出る。

 飾られてるのはレプリカであり、本物は店の奥にある。

 現在の資金は、個人に分担したのと全体共有財産込みで四十万エンを超す。増えるには増えたが、とてもではないけど、手を伸ばせない。

 

「触ってみるかい?」

 シリカはどこか期待に満ちた顔である。

「悪いが、俺にこれを買う余裕はないよ。いつか大金持ちにでもなった暁には買おう。そのときにはもう、引退しているかもしれんが」

「そりゃあ困るね。どんな物も使われてなんぼだよ。単なる芸術品ならまだしも、これは武器。道具。僕としては遠慮なしに使われた方がいいね。でも、君は常連さんで、結構良い物を卸してくれるし、触るだけならいいよ。触るだけだよ」

 

 そう言って、店員に少しの間店番を任すと、店の奥に行って布で包まれた弓を持ってきた。当然だが、弓の弦は外してある。

 シリカは布をほどき、どうぞとエドワードに差し出した。エドワードは手に取った瞬間、弓が手に馴染む感触がした。そして、ありし日の蒼き聖獣の命と力強さも伝わってくる気がした。弓を弾く動作をしてみる。前に鎧を着た騎士がいるのをイメージする。

 指から手を離す。矢は華麗に、獲物目がけて滑空する隼のごとき勢いで伸びてゆき、騎士の盾と鎧も貫いた。

 

「何が見えたの」とシリカ。エドワードは笑みを浮かべた。

「厚い鎧を着た騎士を盾ごと貫く場面が見えた」

 エドワードは弓を返した。「いつか使えるよう、頑張るよ」

 

 エドワードに弓を返されて、シリカは何か言いたげだったが、どうもとだけ言って、弓を受け取った。

 

「うん、その。そうだね。いつか使えればいいよね。えーと、まあ、僕が言いたいのは、君が喜んで人を殺すような男じゃないってことさ」

「そうか、ありがとう」

 

 シリカの態度からして、本当に言いたいのはそのことではないだろうが、深くは追及しなかった。

 エドワードはケフト施薬院に向かった。面会を告げたが断られて、代わりにマルシアが会いにきた。マルシアはまず、ロディムや皆の傷は大丈夫だと言った。母の容体は昨日と変わらず、まだまだ慎重に様子を見て対応しなければいけないとのこと。内心は隔離部屋に行き、必ず治りますからねと声をかけたかった。

 もう一個、言わなければいけないことがあるとマルシアは言った。

 

「執政院の使いの人が来て、私に言付かったの。今日より二日後、早朝には執政院に来るように。オルレスがあなたを案内するって」

「わかった」

「ねえ、エドワード。あんまり無理しないでね。あなた、落ち着いてる風に見えて、根はカッカしやすいというか情熱的なタイプなのに、なんでも一人で抱えこもうとするからね。お母さんの影響かしらね」

「一人で背負うとするのは母の血筋だろうな。安心しろ、吐き出せるときは吐き出すし、共に背負っても良い物なら、そうしてもらえるよう頼む」

 

 思ったよりも早く決まった。二日後には覚悟を決めなければならない。

 その日は体を休めた後、青熊に関する記述と得た分と出た分の支出をまとめたら、時間があるから体を鍛えてくると言って、本都市の外にある森の方に向かった三人を見つけた。体術をかけあい、木剣を打ち合い、各々剣や斧、サーベルや短剣を振るう形の動作を何度か繰り返した。エドワードは短剣を盛り上がった土に投げつけた。結んだ草の真ん中を断ち切り、地面に柄の辺りまで埋もれた。

 次の日は五階層ではなく、久方ぶりに四階層に降りた。モリビトとの停戦協定で、木曜日と金曜日になら通行は許可されていた。

 黄色く枯れた世界の乾燥した空気が懐かしく思える。

 

「ジェルグは元気にしているでしょうかね。サラも」

 ジャンベはエドワードに聞いた。監禁された中、心を許してくれた少年と女のモリビト。彼らがいなければ、ある意味では戦は終わらず、エドワードも家族に会えなかった。会ってみたいが、叶わないことだろう。

「二人は元気に過ごしている。そう思おう」

 

 ジャンベは元気よく、はいと返事をした。その日は、千エンとそれなりの儲けを得られた。

 誰も欠けず、殆ど傷も負うことがなかった。事前に白い大カマキリや白虎(びゃっこ)たちの襲撃を察知し、我ながら冴えていると珍しく自画自賛したものの、レンの性別を見抜けなかった悔やみは抜けきれなかった。

 そして、当日。エドワードは執政院ラーダを訪れた。話は受けていると門番はエドワードを招き入れて、エドワードは何日かぶりに執政院に入れた。大理石をふんだんに使った豪華な広間の端々に置かれた椅子に一人、衛兵を伴ったオルレスがいた。

 

「ついてきたまえ」

 

 エドワードはオルレスに案内されて、二階に上がった。

 背後では、剣を持った衛兵が距離を保ったままピタリと付いてきた。二階の東側は主に、取り調べや裁判に関することをすると聞く。

 ドアの前に立ち、オルレスはエドワードの方を向いた。やや厳しい面持ちである。

 

「入れば、私も自由に話せなくなるから言っておこう。エドワード君、私は君に失望した。もっと慎重な者だと思っていたのに、そのような女の罠に引っかかってしまうとはね。ただ、それでも、私は君を信用している。成し遂げてくれる人だと思っている。だからこそ、今日、君をここに呼んだのだ。そして、謝ろう」

 オルレスは頭を下げた。

「ナザルの件は許してくれ。あれはあれなりに忠誠があり、この国でも、ああいう者は必要なのだ」

 

 エドワードは無言で頷いた。

 オルレスはドアを開けて、先に入りたまえと勧めた。中は意外に広く、古めかしい木造の造りで囲まれていた。オルレスも入り、左右にある短い段を上り、右側奥の壇場に着席した。オルレスを含め、一二人いる。十一人は男で、一人は年配のふくよかな女。見覚えのある顔もいる。モリビトに捕まりながら、エドワードら冒険者と果敢に兵を鼓舞して戦った鉄砲隊小隊長であり、現在は副隊長補佐の名の下、実質ミルティユーゴ直属の部下として働いている男。名前はデニスと聞いていた。自衛軍総括隊長直々はさすがに騒ぎが大きいと思って、本人の代理で来ているのだろう。

 そも、彼自身、ここに来ている時点でオルレスらが企てた作戦に関わってる見るべきか。

 エドワードは真ん中にある壇場に立った。裁判所ではないが、中身はそれの小型版といったところで、ほぼ変わらない。裁判長が開始の宣言を告げる。

 

「始めに申し上げておこう、エドワード・ウォル。君の容疑に関しては、女による他人を巻き込んだ悪質な自殺行為に巻き込まれてしまったものとして、あなたへの殺人容疑は無い。ただし、このことは自らの身内並びにパーティの者、ゲンエモンという冒険者以外には、まだ明かしてはならない。異議はありますか」

 エドワードはいいえと言った。

「よろしい。では、此度の集まりの目的を述べる。オルレスを通じて、あなたは活動を行ってきたが、今回の一件で果たして、そのような大役を任せるかどうか疑問を抱く者が出てきた。私もです。そこで、私を含めた何人かに集まっていただき、今一度、あなたの真意。正直な気持ちを聞かせてもらい、あなたに役を引き継がせるべきか、他に譲るか決めようというわけです。いわば、審問と表現するよりかは面接に近いですな。ご了承していただけますか」

 はいと言うしかない。いいえと言う気はないが。

「君の訴えを聞いて、議論をした後、多数決で決める。さあ、話したまえ」

「まず始めに申し上げておけば、私はエトリアという国のために戦う気はない」

 

 エドワードの思いも寄らぬ発言は場をざわつかせ、オルレスに至ってはあんぐりと口を開けそうだった。裁判長は静粛にと言い、先を促せた。

 

「私はエトリア国や執政院ラーダの政治うんぬんのために戦う気はない。あなた方とヴィズルの悶着は知らぬ、勝手にやればいい。私は家族のため、友のため、この国で平和に暮らし、これからも安心してこの国の民が暮らしていけるために戦う。これが私の真意だ」

 一人が挙手した。裁判長は発言の許可を出した。

「君はエトリアの出自ではない。本当にそこまで命を賭けられるのか。取りあえず、良いこと言って、一通りの恩さえ返しとけばよかろうと思ってないか」

「確かに、恩を返したい気持ちがあるのは否定しない。だが、私があなた方の国を狙う者と戦おう決めたのは、そのためだけではない。私はこの国を、良い国だと思っている。どんな国にも問題はある、この国にも。それでも、多くの者と価値観を受け入れるエトリアは他では中に見られない良い国だと思う。私にも、かつて祖国や故郷があった。今はもうないが、決してそこで得た数々の物を忘れはしない。私は居場所を失う辛さをよく知っている。もう、見たくはないのだ。私の前で、よく知る場所を失い、途方に暮れる人々を見るのは。

 話は変わるが、私はここで友を得た。コルトン、ジャンベ、アクリヴィ、マルシア、ロディム。全員ではないだろうが、コルトンやジャンベはこの国に住むかもしれない。彼ら以外にも、シリカやガンリューなど、多くと知り会った。

 私はこの国に永住する気はない。一族の者を連れて、時が来れば旅立つ。ただ、残りたい者がいれば、残っても良いと思う。エトリアにはその価値はある。そして、いつの日かまた、エトリアに訪れたとき、流浪の遊牧民が私が言うにはおかしな言葉だが、かつての友と身内の者たちと会える、ある意味では故郷と呼べるような場所がどこかに在っても良いと私は思っている。

 だから、私は戦う。どんな綺麗事を述べても、戦は戦。暴力だ。かっこよくもなにもない。それでも、暴力を以てして来る者たちがいて、話が通じないようなら、最後の手段として戦わねばならない。この国に住む者たちと友を理不尽な暴力から守るため、この国に住まうであろう友と一族が安心して生活を営んでいくために。やがて俺がこの世からいなくなっても、俺が愛しく思う者たちが立派に歩き続けて行けるように。関わった者達の子や孫や次の世代に幸あれかしと願えばこそ、俺は戦える」

 

 裁判長が咳払いした。

 エドワードは一人称が俺に変わっていることに気付き、失礼したと詫びた。

 

「他にあなたが言いたいことはありますか」

「ありません。しかし、一つ聞いてもよろしいですか」

 裁判長は質問を許可した。

「以前、モリビトとの戦いの時。信用と信頼の証として血印状(けついんじょう)を押しました。もしもまた、そうする必要があるなら、そうしますが、今回の件による責任もかねて、仮に指や体のどこかを切り落とせと言われたら、私はそれを拒みます。大事に至る前に、私は冒険や戦い以外で無意味に体を傷付けて、支障をきたしたくない」

「ここは、裁判所ではないですが、指先を刃物で切るのはもちろんのこと。いかな事情があれ、私の前で指を切り落とすなどの蛮行は一切許さない」

 

 オルレスは決まり悪げに指を見て、デニスは微かに笑みを浮かべた。裁判長はエドワードに他にも聞くことは無いか尋ねた。エドワードは無いと答えた。

 

「よろしい。では、これにて、エドワード・ウォルの審問を終了する。エドワード・ウォル、あなたは我々の票決が決まるまで待機してください。決まり次第、オルレスがあなたを再び、壇場までご案内し、私が此度の議会の決定を告げます。このことに異存はありますか」

「異存はありません」

 

 エドワードは一度、部屋から出た。衛兵が一人、増えていた。エドワードは近くの待機室に連れて行かれた。少しして、外の衛兵にかわやはどこだと聞いた。

 珍しく、用を足す時間が来るのが早い。我ながら緊張している。心に反し、気持ちよく出た。

 部屋にこもりきりで退屈であり、僅かながら置かれてる本に手を伸ばした。女性向けの小物や服を紹介した本など薄い冊子の他、二冊に分かれても分厚い「エトリア伝承」が置かれてある。

 エドワードは上巻の方を手に取って見て、顔をしかめた。

 中もそこらの辞書より事細かにびっしりと文字が書かれてる。アクリヴィなら、いつでも喜んで読むだろう。適当にページをめくり、気になった記述をたまに読んだ。

 ふと、先日のシリカの思わせぶりな態度が頭をよぎり、エトリア原住民のページを読みたくなった。シリカやドナは、竜たちに戦いを挑んで滅ぼされかけた原住民の生き残りである。

 読んでシリカの気持ちがわかるわけではないが、興味を持ったので読んでみた。大体、どこかで、あるいは本人の口から聞いたことがあるものも多かった。数ページを適当に眺めていたら、建国者であるアルソール。正確には、アルソールの親類縁者で、サジタリウスの矢を持ち出した者との関わりに対しても短い記載があった。

 

”エトリアの国宝にも成りえたであろうサジタリウスの矢の内の一本は、彼の親類縁者の一人が持ち出した。親類の名はアラソルゴ。一説では、アラソルゴは原住民たちの元に身を寄せたというのもあるが、当時と現在の調べでも確たる証拠はなく、原住民と子孫たちも否定した。アラソルゴの行方はようとして知れない。”

 

 期待以上のことは得られなかった。サジタリウスの矢に関してはアクリヴィに聞いた方が早いし、アラソルゴの方もアクリヴィから聞いて知っていた。アラソルゴは野垂れ死んだ。子孫がどこかにいて、矢を伝えている。子孫は途絶えた。この三つの仮説は聞いたが、既に死んでる見立てが強かった。

 全てに目を通さず上巻を戻し、下巻を手にした。思ったとおり、下巻の目次にはアジロナの項目がある。エドワードはそこを集中して読んでいるうちに、衛兵がノックをして、オルレスが来たと言った。

 

「退屈はしなかったかね」

「もう少し、遅れて来てくれたら、アジロナの記述を全て読めた」

「楽しく過ごせてなによりだ」

 

 オルレスの案内で再び、エドワードは審問室に入った。身内(ホープマンズや家族含む)ほどの付き合いはないが、何となくオルレスのことも分かっているつもりだ。表情にこそ出さないが、多分、良い方に傾いたはず。

 壇に立ち、裁判長の長めな前口上と宣言が終わるのを待ち、遂に聞きたかったことがきた。

 

「私を含む票決の結果をお伝えします。エドワード・ウォル、あなたの伝令並びに諜報員と使者の役目は、四人の反対票と八人による賛成票が入った。よって、エトリア国とそこに住まう人民のため、先述した役目を引き続けてもらいたい」

「喜んでお受けする。全身全霊を以て必ずや果たします」

「わかりました。一つ足しておけば、今後もし、このような目立つ問題が起きた場合。此度のような議会や審問を行わずして、あなたへのミッションは強制的に解除となり、ホープマンズの一行は許可が無い限り、執政院ラーダへの立ち入りを禁じます。では、今日の議会はこれで終了いたします。他にご意見のある方はおりませんか」

 

 無言で数人が会釈したのを見て、裁判長は改めて終了と述べた。

 他の者が出て行くまでエドワードは待った。デニスが寄り、微笑みかけてきた。

 

「あんたやその仲間となら、喜んで一緒に戦うよ」

 

 エドワードとデニスは握手した。共に死地を潜り抜けた者同士、通じ合う面はあった。確実に賛成した二人の内一人は彼だろう。

 デニスが行った後、そのもう一人と思われるオルレスも来た。オルレスは早速、事務的な口調で室長部屋に来るのだと言った。エドワードは来客用の柔らかい座り心地の良い椅子に腰掛け、オルレスは自らのデスクに座った。

 

「まずはおめでとうと言っておこう。私は正直、迷っていたが、決まって良かった」

「迷っていただと!?」

「そうだ。どうするか迷っていた。君に任せたいが、別のことをやらせたほうが良くないかとね。悩みに悩んだよ。デニス君は真っ先に賛成したがね。残すは私も入れて二人、今日の面接の進行係も担当した姉妹都市である港町の行政にも関わる裁判長が賛成したのを見て、私も決意して賛成したのだ」

「では、入れない。もしくは、反対だったら」

「その時によりけりだよ」

 

 政治に関わる者特有な濁した言い方をされて、少々ムッとしたが、突っ込むのは止めた。

 彼も例の血印状に押したり、多くの事を協力してくれた。多少の裏表な一面は、清濁併せ呑まなければならない立場にいる者だから仕方ないと割り切る。

 

「さて、本題に入ろうか。まず、君はレンとツスクルに仲間がいるのを知っているか。ギルド長ガンリューを通して、私は一ヶ月前にそのことを知った。特に目立ったことはしてない」

「二日前、知り会ったばかりだ。そして、あんたが知らないであろう事実を俺は知った」

 

 エドワードはゲンエモンの推測を伝えた。オルレスはううむと顎を引き、少し考えた。

 

「ゲンエモンの言う通り、現段階では知り会いに似ているというだけでは証拠にならない。だが、彼、それとも彼女かな? もしも、彼が性別や偽名を偽っていただけなら問題ない。問題なのは、エトリアに来たことがないという偽りを述べていたことだ。あの者たちは勘も察知能力も凄くてな、うかつに近付けんのだよ。エドワード君、接触して、レンと斬突と名乗る一行の正体を探ってくれ。彼らと比較的、親しい君にしか頼めない」

「俺自身、レン達のことが気になるから、あんたに言われなくても話を聞くよ。それはそうと」エドワードは身を乗り出した。「例の馬鹿共のことを探った情報はこないのか」

「まだだよ。以前では、更に大量に送ると書いてあった。送る時期も明記してあったから、それを信じれば、後数日ぐらいかかると思う。総隊長も安否を気遣っておられる」

「スパイに行ったのは、ミルティユーゴの元冒険者の仲間だったか?」

「そうだ。情報と他国人の出入りも厳しく規制しているから、彼が直接、使用人として潜り込んだのだ。優秀な方ではあるが、周りは敵だらけ。最悪、骨も残さず死ぬのを考えたらゾッとするよ」

「無事を祈るよ」

 

 これ以上、話せることないねと、オルレスはエドワードに帰って休みなさいと言った。

 エドワードはもう、執政院ラーダに居る事自体が精神的に疲れてきたので、ありがたく帰らせてもらうことにした。

 といっても、施薬院にはちゃんと寄った。熱はおおよそ一度くらい下がり、呼吸も安定してする時間が昨日より増えたとマルシアから知らされて、素直に喜んだ。面会は謝絶されたが、エドワードの気持ちは明るくなった。

 金鹿の酒場にも行き、女将に良い依頼はないかと尋ねたら、女将はにっこりほほ笑んだ。

 

「良いのがあるわ。昔はどこそかの男爵で、今も子孫は頑なに男爵の称号を付けているの。現代の当主は、(きん)が大好きで沢山の金製の物を身に付けた別名”黄金男爵”と呼ばれる人からの依頼よ。五階層辺りで金色の牛や猪が出るのは知っているわよね。それを聞いて、自分用の豪奢な織物を羽織りたいから、十体分、綺麗な状態の毛皮が欲しいって。報酬は五千エン。あなたのお母さんが病気と聞いて、少しでも足しは必要だと思って、取っておいたのだけれど、受ける? とてつもなくつ強いらしいけど」

「むしろ青熊なんかより、ずっと良いですよ」

 

 エドワードは女将に感謝して、頭を下げた。そんな頭を下げないでと、女将は慌ててエドワードに頭を上げさせた。帰ったら、すぐに依頼の件を伝えたが、エドワード以外の者は難色を示した。

 

「難しいぜ。ちょっとしか戦ったことないけど、あいつら素早くて力もある」とロディム。そこへ、アクリヴィが一案を出した。「今日は無理だと思うけど、明日にでも、グラディウスのキアーラと私を一日だけ交換しましょう。キアーラの術があれば、傷付けることなく動きを止めて、仕留めることができる」

 

 ある程度知れた仲の冒険者なら、交換や貸し出す形で一時、余所のパーティに行くこともあった。今回は協力という形でアクリヴィが行くことにした。向こうが受け入れてくれればの話だが。

 夜に拠点にしてある花桜の館へエドワードとアクリヴィは向かった。玄関付近の食堂席にコウシチが居たので、訳を話したら、オルドリッチに聞いてくると離席。すぐにオルドリッチはキアーラと共に来たら、キアーラの返事を待たずにオーケーを出した。

 

「いいぜ。貸すよ」

「私は玩具じゃないわよ」

 

 キアーラは、ふんと鼻息を鳴らした。

 

「まあ、そういうなって。君の答えを先に読んだまでだよ」

 

 キアーラはあっそと、そっぽを向いて奥座敷へ戻った。オルドリッチは悪がきみたいな笑みを見せた。白衣を着てなければ、若い娘に絡むチンピラにしか見えなかった。

 

「生意気で口も悪いが、あれで結構、可愛らしいところもあるのよ。まあ、嫁入り前だから、傷付つかないようにしてくれ」

「そっちこそ、うちの嫁入り前の娘を傷付けないでくれ」

 

 さすがに一日だけでは集めきれないと思うので、可能なら、別の日にまた互いに交換しあうことに合意し、握手をして別れた。

 


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