世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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三五話.近寄る嵐

 十一月二三日。ゲンエモンとエドワードの誕生日。ゲンエモンら南方から来た者には、産まれた日を祝うという風習は馴染みなく、よくここまで生きられたものだと我ながら、感心の一つも示した。だからといって、他者に祝われるのが嬉しいはずもない。決して当人は催促するような言動や行動、そんな素振りは微塵も見せなかったが、いざ六十歳と還暦の迎えたら、何人かがおめでとうと祝言を送られて、花桜の館からは赤い法被をアヤネから渡された。

 親しい方達だけでも呼ばれてはというアヤネの提案に乗り、ゲンエモンは自らが率いるパーティ四名とアヤネの他、ガンリュー、グラディウス、ホープマンズ、エドワードの家族と人数を限定した。オルレスは彼の激務を考慮して、自らしたためた手紙をラーダの職員経由で届けた。

 

「旧知の方は呼ばれなくて?」とアヤネ。

「場所や都合もある。わざわざ、手を煩わせることもあるまい。後で知って、おめでとうと言ってくれたら良い」

 

 当日は朝から空一面雪で覆われた。一週間前から、エトリアと周辺では雪がちらほらと降りつつあった。年老いた者たちの記憶では、温暖なエトリアと周辺国では十一月半ばに雪が降ることは数えるほどしかない。降雪に伴い一気に冷え込みも厳しくなってきた。結局、ヴァンが一人来て、簡単な祝辞を述べて、帰った。母親の容体がかんばしくなく、といって、自身や息子は仕事があるので面倒を見てる暇がない。フェドラができる限り、様子を見ている。ゲンエモンはヴァンに、精のつく物や飲みこみやすい食べ物を分けた。

「ご子息ほどではないが、わしもエウドラ殿の快方を祈ってる」

 ヴァンは深々と一礼をして去った。

 エドワードが帰って来るまで生きていてほしい。ゲンエモンには、二人の無事を祈るしかなかった。オルレスも来なかった。代わりに、使いの者から返信の手紙と小さな荷物が包みが贈られた。手紙には祝辞の言葉が綴られて、来られなかったことを大変残念に思うと謝罪も含まれてた。包みには、彼が気晴らしにと、たまに飲む高い紅茶の葉を詰めた瓶が収められてた。

 ゲンエモンは使いの者に、「ありがとう。あなたの健康が損なわれないことを願うと伝えてくだされ」と言った。

 夕刻。近隣の肉屋で働く若者が大きな牛肉の包みを運んできた。これは何かとアヤネが聞いた。

 

「エドワードという金髪の人が、今日、この肉をあなたの宿に持って行ってくれと頼まれたのですよ。恩のある人の健康長寿の祝いの品代わりにと、これを」

 

 アヤネの案内で台所まで行くと、若者は包みを開き、自前の包丁でささっと素早く肉を裁いた。一目で高い肉だとわかる。牛肉は新しく、見るも鮮やかな霜降り。ゲンエモンにこのことを伝えたら、感嘆した様子でそうかと呟いた。こうして、一八名によるささやかな祝いが催された。

 乾杯の音頭をガンリューが取り、侍たちがもたらした清酒をなみなみと注いだグラスを一息で飲み干した。普段は口うるさい医師のヘンリクも、今日ばかりは無礼講と飲み、酒豪のラクロワは遠慮なく酒を体内に吸収してゆき、酒樽にでもなるつもりかとゲンエモンに突っ込まれた。ニッツァはグラディウスの者たちとつるみ、ブレンダンは静かにちびちびと啜り、酔ったガンリューが彼の肩に腕を回し、嫌そうな面をした。

 ホープマンズの面々は、招待してくれた事。エドワードが自分達のために、美味しい肉を用意してくれた事に対し、感謝を述べた。赤らみを帯びたロディムが杯を掲げる。

 

「我らがリーダーにも、健康と使命達成の祈願を」

 

 ロディム以外の者たちも杯を掲げ、ものはついでにと、宴会にごちそうを用意をしてくれた者の誕生と生還を祈った。

 エドワードの密命は伏せられてる。執政院ラーダのミッションで遠方の地を目指した。天空にあるとされる城と世界樹の迷宮の存在をひた隠しにしている噂があり、かつてはエトリアの世界樹にいた偉大なる巨龍の一頭・蒼き龍落命の地とされる謎多きハイ・ラガード公国の視察に向かった。執政院ラーダとエドワードの関係者は、こう述べることにしてる。

 宴会は夜中で幕を閉ざした。泊まっていかないかと誘ったが、元から花桜の館に居る者たち以外はガンリューを除いて辞退した。気を 利かせたのか、グラディウスと若いメンバーも部屋から出て行き、ゲンエモン、アヤネ、ガンリューの三人が残された。今回だけは、アヤネは女中たちのみに片付けを任せた。ガンリューは障子を閉めていき、宴会所の規模を小さくした。

 

「三人なら、この広さでも十分だろ」

「なんだか、懐かしい集まりですわね」

 

 アヤネはたおやかに微笑んだ。ガンリューもほくそ笑む。

 

「おっ、そうだ。アヤネちゃん、久々に目をぱちっと開けてくれよ」

 

 あら、やだと言いながら、アヤネは目をぱちりと開けた。切れ長の三白眼がそこにあった。その黒い(まなこ)は力強く、見る者を吸引してやまない魅力があった。少し皺はあるものの、若い頃の美しさは衰えておらず、丸顔の童顔で可愛らしさもある。そんじゃそこらの小娘より色気がある。惚れ惚れしたガンリューをゲンエモンが小突いた。

 

「無用に見つめすぎだ」

「何言ってんだ、お前も嬉しいくせに。だけど、アヤネちゃんも結婚できなかったとはなあ。というか、俺らの誰一人結婚しなかったな。俺らはともかく、寂しくは無かったのかい」

「ここには、多くの知り合いに冒険者の方が訪れます。働いている多くの子もいます。お二人もいて、私は寂しくなどありません。世に孤独な人は多くいます。その方達と比べたら、これ以上、望むのは贅沢ですよ」

 

 そうは言うものの、我が子を抱きしめられる親を羨ましく思う。この年で、半世紀を過ぎた今となっては、それも叶わないだろう。年月がたちすぎた。

 のどかな時間を過ごしたかったが、アヤネは居住まいを正して、ガンリューと向き合い、ゲンエモンも続いた。

 

「急に改まって、どうしたんだよ?」

「あなたにお伝えしたいことがあるのです。その前に必ず、約束していただきたいのです。ここで話したことは他言無用。あなたのお人柄は十分に存じております。信じられるお方です。私もあなたに、このような言い方をしたくない。しかし、とても大事なこと。ある者の人生に関わる話。ですから、用意に明かせないのです。何卒、今からお伝えすることを最後まで聞いてください」

 

 アヤネは両手を揃えて、頭をガンリューに伏した。その土下座のような姿勢に、ガンリューは慌てた。

 

「頭を上げてくれ! なにがなんだかわからねえけど、俺に頭を下げることはないよ。むしろ、そこまで言われたら、是非ともお聞かせくださいと俺が頭を下げて、早く聞きたいくらいだよ」

 

 ありがとうございます。アヤネは面を上げた。ゲンエモンとアヤネは、ガンリューに今だ明かしてない事実を伝えた。全てを語り終えた後、アヤネは悲しい眼差しで灯された細い油の紐を見つめた。気まずい空気を誤魔化すようにガンリューは頬をさするように掻いた。

 

「とやかく言えないが、今からでも明かすのは駄目かい」

 

 アヤネはいいえと首を振った。

 

「私は以前、ゲンエモンを臆病者と罵ったことがありましたが、それは私にも言えること。月日が長く経ち過ぎました。私の口から、すぐに話せる勇気がありません。まして、今の状況で明かすことなぞできません。それなりに長い付き合いで、どういう性分か分かったからには、なおさら」

「先にエドワードに明かしても良かったのじゃないか」

「あの子は大事な使命を抱えてます。この方の言う通り、帰ってくるまでは、余計な荷物を背負わせる意味はないでしょう」

 

 どうしたもんだと話の切り口を探すガンリューに、アヤネは詫びた。

 

「ごめんなさい。せっかく、水入らずで楽しみたいところを私たち二人の臆病(ゆえ)、このような湿ったお話しを聞かせてしまいまして、ごめんなさい」

「さっきも言っただろう。そんな風に頭を下げたり、謝らなくていい。二人の気持ちは分かった。だから、刀を突き付けられたとしても、絶対に口を割らない」

 

 アヤネは着物の袖で口元を隠し、心配いらないという風にほほと優しい笑みを浮かべた。

 

「本来ならば、私たちで話さなければならないことを、卑怯にもあなたに託してしまった。万に一つ、そのようなことがあったのなら、遠慮なしに明かして下さい。このような下らない秘密を守るために、あなたが傷付くいわれはありませぬ。さあ、暗い話はここまで。私は花桜の館の主人アヤネ。来訪して頂いた方を湿らせたまま帰らせたとあっては館の名折れ。楽しみましょう」

 

 アヤネは自ら、ゲンエモンとガンリューにお酌した。つまみも幾つか運んで来て、短い時間を楽しんだ。深酒はせず、ほろ酔いで止めた。適当に縫い合わせた皮靴を履いてたら、オルドリッチが話しかけた。

 

「気分良さげだな、おやっさん。良いことあったのかい」

「秘密だあ!」

 

 酒臭い息を浴びせるように叫んだ。加齢臭込みでくせえぞと、オルドリッチは後退した。

 

「そうだ、秘密だよ。秘密。話せるわけないね。うへへ~」

 

 気分良く千鳥足気味でギルド長は歩いた。彼の妙に浮かれた様子をオルドリッチや周囲の客は呆れて見つめた。

 ガンリューは真っ直ぐ冒険者ギルドに戻らず、金鹿の酒場に寄った。

 酒場では今日も、無事に命を落とさず帰還した冒険者たちが集い、男には高嶺の花と憧れられて、女からは頼られる存在である女将が元気に切り盛りしてた。店に居た殆どの者がガンリューが訪れたことに驚いてた。冒険の舞台から去った俺が堂々とは行けない。みょうちきりんな気遣いをして、滅多に夜の時間帯には来ないギルド長が来たのだから、注目が集まるのも当然であった。

 ギルド長は女将を呼び止めた。若造やそれなりに年期を積んだ冒険者であっても、女将を注文以外の事で、個人的に呼び止めることはままならない。だが、ギルド長のいかつい顔が一段と険しさを増してたので、不用意に口を挟む者はいなかった。女将はあらあらと、余裕の表情で近づいた。

 

「どうしたのかしら? そんな顔して飲んだら、高級酒もドブ水と同じよ」

「話せない。話せるわけないよ。こん畜生!」

「困ったわねえ。それだと、悩み相談はできないわ」

「いやいや。あんた無闇に困らせない。ただな、ちょいと愚痴というか。俺の悲しみを聞いてくれ」

 女将が卓に座ろうとしたら、どんと拳骨で卓を叩いた。

「俺の青春が! 恋が終わったんだよ、ちくしょー!!」

 

 ガンリューは突っ伏したまま、俯いた。あらまあと困り顔で女将はガンリューの背をさすった。羨ましく、妬んで見る者もいたが、ギルド長の発言を聞いて、まあ良かろうという気になった。女将はさり気無く尋ねたが、ガンリューは口を割らなかった。

 

「すまないね。今は言えないんだ。いずれ、時がきたらな。秘密なんだ」

「あなたから、そんな言葉が出るとは思わなかったわ」

 

 くすくすと女将は微笑んだ。酷いなと呟きながら、ガンリューもつられて笑った。あ立ち上がり、さあ、お前らと声を上げる。

 

「俺は今、ちょいと悲しくて、こうアンニュイな気分なんだ。もっと、はしゃいで。俺の悲しみが吹き飛ぶぐらいはしゃげ」

「どんな女のけつ追っかけてたのか教えてくれよ。おやっさん!」

 

 誰かが揶揄した言葉を端に、酒場は哄笑に飲まれ、ガンリューも負けじと馬鹿笑いした。大ジョッキ一杯分のつもりが、若い連中にあれよこれ、飲めやと誘われ、年甲斐もなくはしゃいでしまった。気付けば、深夜を過ぎてた。年齢を重ねて身に付けた自制心により、飲み潰れるのは避けえたが、身体が熱く酩酊してる。きっと、顔もトマトみたく真っ赤なはず。女将が変わらず笑みを浮かべたまま、隣に座る。

 

「気分はどう? 少し、吐き出せた?」

「口からと言ったら、どうする」身を引いた女将を見て、ガンリューはくくと意地悪く笑った。「冗談だよ、冗談。皆の尊敬と憧れであるあんたを俺のゲロで汚すほど、酔っちゃいないよ」

「あなたが独り身な訳がよく分かった気がしたわ」

「ははは。そうかもな。まあ、でも楽しかった。拾った命、無駄に長生きしようと思ってたが、たまにゃがば飲みするのも悪くない。久々に若くなれたよ」

「あなたの悲しみは解らないけど、楽しくてなによりなこと。私はずっと、こういう日が続くと思ってた」

 

 女将は悲しんでるとも考えてるとも判別し難い、陰りのある顔で店内を眺めた。外見や髪の色はともかく、雰囲気はどこかアヤネと似てるとガンリューは思った。明るさの奥にある守ってあげたいと思う陰り。決して手を伸ばせない高嶺の花でありながら、誰であっても、嫌な表情を見せず、心をほぐす、作り笑いではない心からの笑顔をみせてくれる親切な女性。先代の亡き女将もそうだが、ここに人が集まるのがよく分かる気がする。先代と違うのは、とびきり美人な点だ。

 俺に相談といぶかしみながら、ガンリューはつと、聞いてみた。

 

「悩みかい?」

 女将は首を振った。「ううん。そうじゃないの。ただ、私はここの出身ではないけど、もう故郷も同然だと思ってる。モリビトの一件で、エトリアも凄く綺麗じゃないと分かったけど、これだけ長い歴史ある国だもの。隠し事の一つも二つもあるでしょう。彼らとも、長い時間はかかるだろうけど、いつかは和解できると信じてる。少し話は逸れるけど、荒くれて、個性的な冒険者を相手にして大変じゃないと言われる時があるの。でも、私はちっとも、そう感じたことはない。だって、とても面白くて、楽しいもの。あの人たちと付き合うのは」

 

 女将は小さなグラスに手を伸ばし、くいと一口含んだ。

 

「だから、冒険者たちと付き合える時間はどのくらい残されてるのかなって。私がとこしえに住むと決めた居場所にいつまで居られるのかなって。寂しくて、少し、怖く思う時がある。一度も戦争したことがない国が大軍と戦うんですもの。勝つにしろ、負けるにしろ、以前と同じでいたいなあ。一般の常連さんや冒険者の人にも、結構、残って戦うんだって息巻く人もいたわ。そういえば、エドワードはどうしてるかしらね」

「さあな。簡単にくたばるたまじゃないのは確かだ」

「なにも、あの人は特別じゃないと思う。事情というか、色々今までの例にない冒険者だからね。もう亡くなったけど、王子様の身分を偽って来てた虹色の剣士さんも特殊な例かしらね」

 

 虹色の剣士は覚えてる。きざなイケメンであったが、剣の腕は確かなものであり、一途だった。それだけに、残された恋人の涙はとてもではないが見ていられなかった。王子様が来るのは珍しいことだが、名誉や誇りのために来る部類と分ければ、珍しくない。エドワードも、名声・金・夢といった物をもとめて来たと分ければ、珍しくもなんともない。

 ただ、エトリアが支援を出したり、難民や貧民を一時受け入れることがあっても、そういう立場の者たちで積極的に冒険者になりたがり、成功を収めるのは長い歴史をひも解いてもあまりいなかった。まして、エドワードと彼の一族は自分達で極力、動こうとしてるので、なお珍しい。

 いくら、自由を与えても、どう動き、生きていくかわからなければ、前と同じ。下手をしたら、前より悲惨な生活を送る破目になる。受け入れた以上、彼らが自分で動き、考えて生きてけるようにしなければならない。そのため、単なる支援ならまだしも、受け入れとなると、エトリアは厳しく人数を制限せざるをえなかった。何千人も受け入れたら、それらを育てるのに膨大な時間と金がかかる。

 その点、エクゥウスの者たちは以前、それなりに自由に動ける身分であったので、そういう必要な経費も大してかからないどころか、最終的には利益をもたらしてくれると判断したからこそ、受け入れも賛成が多かったとオルレスは語っていた。実際、エクゥウスの者たちは支援以上に、エトリアに利益をもたらしてくれる立場になった。

 女将はどう思っているかは知らないが、ガンリューは実力こそ認めてたが、他はそこらの冒険者と変わらないと考えてた。

 

「まさか。これかい」

 親指を立てたガンリューに、あらやだと女将は答えた。

「そんなんじゃないわ。ただね、あの人の母親のこと。そんなに深い付き合いは無いけど、前はあんなに元気だったのに、あそこまで細く……。彼が帰るまで、持つかな。彼の父さんとお兄さんは戦で亡くなり、母は遠くへ出かけてる間に、死に目を看取れないかもしれない。誰かに入れ込むのは私の立場的に良くないとわかってる。誰にでもある来たるべき別れだけど、よく知ってる人のことだから、肩入れしちゃうのよね。できれば、無事に親子が会えたらいいな、と。大切な人には一目でもいいから、会いたいわよね」

 

 女将の語りは、まるで自分のことのようにも聞こえた。

 金鹿の酒場の女将サクヤの過去は謎が多い。かつて夫、もしくは恋人。はたまた家族や兄弟の誰かが冒険者にいたと聞く。どこから来て、誰と親しかったのか、本人の口から真相が語られることはない。タイミング的に聞いても良い気がしたが、それは野暮というもの。

 店員の子に肩を貸してもらう女将の案を断り、ガンリューは来た時より、更にふらつく足取りで仕事場兼自宅の冒険者ギルドに帰ってゆく。

 

 

 

 戦争への興奮。愛国心。未知なる脅威と出来事への漠然とした不安と恐怖が入り混じり、エトリアの本都市は妙な空気に覆われて、その空気は本都市から離れた町や村にも伝導していく。妙な空気の正体は停滞感も大きい。

 兵士の選抜をして、その者たちを一刻も早く一人前の兵士に鍛え上げるべく、エトリア本都市は過密になりつつあった。金属がこすれ、ぶつかりあう。上官や兵士の怒声と罵声が飛び、火薬を使った兵器の音が轟く。以前の生活では、たまにしか聞かなかった音が日常的に聞く機会が増えた。

 やる気があると評する者がいる反面。無駄なあがき、怯えてるのを誤魔化そうとしてるという者もいた。やる気があるのは確かだが、戦という全く未知数の出来事への恐れと怯えを誤魔化そうとしてるのも、あながち間違いではなかった。

 その空気は冒険者や国外の者たちにも伝わり、来訪中に戦に巻き込まれないかと二の足を踏み、冒険稼業を辞める人数も少しずつだが、増えていた。エトリアから活気が失われつつあった。

 

「私自身は戦の経験こそないが、多くの文献を読み、関わったことがある者たちから聞いた話では、これこそ戦争の空気であろう。熱気に包まれながらも、どこか冷めていて、諦めや怯えが混じる。多くの者たちの様々な感情が戦争という強大で恐るべき行為の前に激しく乱されて、何とも言い難い奇妙な空気が生まれるのかもしれない」

 

 一ヶ月前、最後にオルレスと会い、彼なりの有事に対する分析をコルトンは思い出した。オルレスの言うことは大体当たってた。確かに、エトリア人は老いたように肩を落とした感じの者らが目立つ。自身も気分が高揚としながら、変に冷めてるというか、冷静な気分だった覚えがある。

 今日は冒険を休み、軍事演習に参加する。エドワードが帰ることを信じた以上、離れるわけがない。自身を鍛えるため、曲がりなりにも傭兵の経験が役立つかと思い、コルトンはパーティを率いて参加した(マルシアは除く)。必然的に冒険に費やす日数が減ったものの、いた仕方ない。

 軍事演習はお祭り騒ぎの要素を一切排して、メティルリクとエピザトーティの二国を仮想敵国に、籠城戦を行ってた。エトリアの戦力では、国境沿いに大規模な人員を配置するのは無理だった。

 ゲンエモンからの提案で、コルトンはシショーと共に騎乗の訓練もしていた。無論、鎧の騎馬武者が様になるからという理由ではなく、素質があるから、戦える者として一つでも多くできることは増やしといた方が得。今後、生きていく中で役立つかもしれん。こう説かれた。

 そういうことで、コルトンはシショーを先輩。ゲンエモンや日替わりに来る騎馬隊の者たちを師に、馬の扱いや馬上での戦い方を学んだ。素質があると言われたのもそうだが、自らがエドワードの代わりになればと思い、日夜努力に勤しむものの、上達は他と比べて遅いと自覚してた。騎馬隊の者には笑われ、シショーには名のとおり、師匠面された。

 しかし、弱音は吐かず、精進を続けた。コルトンには思うところがあった。エドワードが去る少し前のことだ。

 あんたとは戦場で馬上の人として再会することになるかもしれん。

 俺は地に足つけて盾を持つ兵士。あんたが帰って来る頃に戦いが始まってるかは知らんが、それはない。そのときは鼻で笑ったが、コルトンはエドワードの言葉が予言めいたものに思えてきて、騎士への憧れと同じくらい、強い予感めいた物を感じて、修練に励ませた。

 

「ぼけっとするなコルトン。馬を全速で走らせたければ、まずはしっかりとコンタクトを取り、手綱でちゃんと振れ」

 

 シショーの叱咤が飛んできた。彼女は親指と人差し指で手綱をつまみ、口の中のハミに合わせて、上手に制御していた。コルトンは乗れることはできても、コンタクトを取るタイミングや感覚がいまひとつ、掴み辛い。

 とはいえ、シショーもパーティとの付き合いがあるのに、自分に時間を割いてくれることをコルトンは感謝してた。下手と言われて、頭頂部をぱちんと平手打ちされるのはご免だが。

 計五時間も馬に乗り、股が裂ける思いである。起きたとき冷えた身もかっかと熱い。ふらつく足を休ませて、身体が冷える前に汗を拭いておく。

 コルトンは大規模な演習所と化したエトリアから離れた位置にある、エクゥウスのキャンプ地へと徒歩で向かった。キャンプ地の奥にウォル一家のゲルがある。エドワードに代わり、毎日とはいかないけれど、ホープマンズの誰かやゲンエモンもたまに様子を見に来てた。

 疲れを押し隠して、妹のフェドラが迎えてくれた。中では、腰を折り曲げたエウドラが佇んでた。エウドラは笑顔で「どちらさまですか?」と聞かれた。エドワードの友人だと答えたら、「そうですか。大した歓迎はできませんけど、くつろいでください」と言われて、近くの来客用の敷物に胡坐を掻いた。

 エウドラはここ最近の出来事の大半を忘れてた。例の病気が治りかけたと思いきや、再び、数日の高熱に苦しまされて、見る間にやせ細った。年齢は五九と聞くが、ここに至るまでの苦労がたたり、重い病を患ったのが原因で、七十どころか八十といっても通じるほど老けてた。

 今日は調子が良さそうだが、酷いときは食事や水も通さず、羅列も変で不安げに誰かを探すように辺りを見回し、まともに話ができない日もあった。

 長居は無用。コルトンは本当に軽く様子だけを見たら、帰った。最近、一段と冷え込んだ。冬だから当然と言いたいが、温暖寄りな気候のエトリアからすれば、今年の寒さは異常である。体感でいえば、去年より十度近く低く感じる。

 夏は灼熱、冬は酷寒の地にいましたから、平気ですとフェドラは言ってた。若い時分はまだしも、果たして、病弱なお年寄りに耐えられるものか。もう十二月も半ばに差し掛かる。新年まで後少し。

 エドワードは到達したのか、長きに渡る行程の最中はわからない。冒険での新しい発見といえば、ホープマンズではなく別のパーティだが、別の階から二一階に上がれるルートがあり、そこの一つになにやら大きな大量の貴金属の線やらボタンが付いた箱のような正方形の物体が置かれてた。部屋の広さで例えれば、四人も入れば満室になる程度の大きさしかないらしい。

 ブシドーたちが使う漢字の他に、幾つか見慣れない言語も書かれてた。漢字と同じく、古代文字であろう。大半は掠れてたが、大きく彫られた二文字は読めた。執政院ラーダにて、冒険者やラーダ関係者のみが閲覧できる特別資料にて、外見のイラストと共に浮き出るように彫られた二つの言語で書かれた文字も載せられてた。

 上は”エレベータ駆動装置”。下は”Elevator drive unit”と記載。

 エレベータとはなにかわからないが、高度な文明を誇ってた古代人の装置であることには間違いない。執政院は現状、慎重な調査を冒険者たちに頼み、不用意に触れたり、動かすのを禁じた。兵器や危険な物がわき出る恐れがある。第一、エレベータなる名称がどういったものを指すのか図りかねる。

 合言葉・兵器・物質・意味のない名称。文字や歴史に詳しい学者は、Elevatorは「昇降」という意味があるから、単になにかしらの物を動かす役割の装置だと言う意見もある。確かに絵に描かれた多量の貴金属の線は橋や門にある巻き上げ機の類にも思えるが、太いのはがっちりと固定されて、他に小さく細々とした物は人の指の半分以下の太さしかないので、巻き上げる道具としての運用は難しそうだという見解が書かれてた。

 結局、どれも憶測に過ぎず、真相は謎のまま。物は試しにボタンを押せば良さそうだが、今の所、そこまで勇気のある者はいない。そこへ辿り着くまでのルートは長く、樹海生物も多くて厳しいため、調査は難航してた。

 歩きながら、コルトンはルートを長鳴鶏の館から逸れて、外壁へと向かう。

 陽は暮れかけてたが、軍の演習による熱気冷めやらず、見るも多くの者たちの迸る体熱と汗が伝わる。てきぱきと片付けをする彼らを避けて、コルトンはジャンベのように、外壁から暗く染まりつつある霜が下りた地平線の先を細めて眺める。

 

「早く帰ってこい。お袋の死に目ぐらいは看取ってやれ」

 

          *――――――――――――――――――*

 

 鉄板を雑に打ち付けて作られた粗末な太鼓のリズムに合わせて、オールを漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。

 何度も何度も漕ぐ。

 疲れて、手の皮がずる向け、まめが潰れ、血が流れて、骨が折れようとも、オールに腕を縛られたまま、ひたすら死にもの狂いで漕ぎ続ける。ぬるりと湿り淀んだ空気。病み、身体から膿をもらす人の体臭。汗と脂と血に塗れたぼろきれ。あかぎれだらけの手。いつ終わるとも知れぬ旅路への怨嗟。奴隷を見張る者たちの冷酷な眼差しと同じくらい、鈍く光る武器の刃。船底は地獄の様相。

 疲労も限界に達し、視界がぼやけ、鞭や棒で打たれても反応しなくなったが最期。船外に放り投げられて、鮫‐‐‐あるいは、数こそ少ないけれど、世界樹の迷宮でいうところの水棲の樹海生物。余所では、「魔物」と呼ばれる恐るべき力を持った生き物たちの気を惹くため、撒き餌としての運命を待つのみ。

 彼らをぶち、罵り、虐める者たちは、彼らと比較すれば、恵まれた航海の日々を過ごしてた。

 彼ら奴隷にもある意味、救いがある。大空を覆い尽くす巨躯なる翼を抱く忌まわしい蛇を従える、元盗賊から実質王へと上り詰めた男のために役立ち、死ねること。エトゥのためならば、この身に火を抱けと言われても、迷いなくするだろう。

 想像を絶する激痛と絶望、恨みつらみを抱きながら、彼への恐怖には逆らえず。彼のために文字通り、骨身を削ることは、怨みと痛みを超えて喜びすらもたらした。また、ときに上で過ごす者たちからも無作為に漕ぎ手が選ばれて、同じように使い捨てられる様を見るのは、痛快であり、あの方はある意味、平等に接してくれていると思う者もいた。

 エトゥはある意味、平等であった。貧民富者(ふしゃ)、貴族奴隷問わず、彼は全ての者に逆らえない畏怖を植え付け、動けなくなるまで使う。

 四頭のワイヴァーンに、内三頭のワイヴァーンにカセレスを含む部下百名を騎乗させて航海の目的地に襲来。港がある国はたちまち恐慌し、国の総統以下、大臣たちは無理矢理寄港地にすることを約束させられた。矢火の速さで周囲にも伝わり、次は自分達の番だと、固唾を飲んだ。

 その後、一万の無傷の正規兵並びに、何万もの疲れ果てた惨めな奴隷兵と徴集された民兵を搭乗した大船団が到着。寄港地にさせられた海洋国家の者たちは、ただただ震えた。空に影をもたらす者を異様なまでの陶酔した熱気と恐怖がこもった視線で見つめる死んだように表情が無い大集団を傍観する。そして、膨大な食料を近隣の国や独立した市町村に請わなければならないのを諦観した。

 少し遅れて、真っ白い肌と淀みない金髪の兵団。浅黒い肌に髪と瞳も黒と統一された兵団も到着。

 全軍団をまとめては移動せず、四分の三を本隊として先陣を往く。サンガットの精鋭と南方に住まう黒い肌の兵団に北方に住まう白い肌の兵団は一万ずついて、正規兵は半分の五千、南方と北方の兵団からは六千ずつの兵士が遅れて出発する計画(荷物運搬と盾代わりの奴隷は数から除外)。

 上を仰ぐ人間達には歯牙にもかけず、一際巨大なワイヴァーンにたった一人で乗るエトゥは雲で覆われた先にあるエトリアを見据えてた。

 

「約束どおり、私は帰って来たぞ。私こそ、世界樹の迷宮すら治める王の器に相応しいことを明かしてみせよう。そして、私への恥辱は、貴様等の血肉で償わせてやろう」

 

 エトゥの思いに応えるように、ワイヴァーンは吠えた。赤く輝く濁った瞳のワイヴァーンから発せられた咆哮は、彼に従う者たちには、彼からのメッセージだと狂乱させた。そうではない者たちには、彼への逆らう意思と生きる意思の両方を奪った。

 これらの光景をどことなく冷めた目で見てたエトゥ側近の一人であるカセレスは、この距離と奴の大好きな酷寒だ。辿り着くまでに、数千か一万、それ以上の人数が志も半ばに死ぬのだろうな。

 

          *――――――――――――――――――*

 

 国によって新年を祝う日は違うが(そもそもそんな風習が無い所も少なくない)、エトリアは一月一日。ちょうど、新しい年が始まる日に行われる。例年にはない寒波と、近頃の出来事で溜まりつつある憂さを晴らすように、人々は盛大に賑わった。人々の祭事への熱意に気圧されたのか、今日は雲一つない晴天。そんな町や村、本都市から距離を置いた者たちには関係なく、一家や友人と過ごしてた。

 中でも、奥にあるウォルのゲルは、人が集まってるにも関わらず静まり返ってた。

 暖められた中に反し、その顔触れは沈んでる。奥の寝床では、エウドラが胸の上で両手を揃えて、寝静まってた。身じろぎもせず、寝息一つも立てず。口や耳には綿が詰められてた。

 マルシアはゆっくりと告げた。

 

「時刻十二時から半頃、ご臨終です」

 

 ヴァンは堪えた表情で、今までありがとうございますとマルシアに頭を下げた。フェドラは優しい手つきで穏やかに目を閉ざした母親の顔を撫でた。

 

「母は……私たちの暮らしでいえば、長く生きたほうです。生まれ変わっても、父と会えるでしょう。きっと」

 

 病気がちな体になり、とてつもない寒さと流行性感冒なる重い病の度々熱を発し、風邪を何度もこじらせた。遂には耐えきれなくなり、ちょうど一月一日を迎えた真夜中。息を引き取った。世界中の誰もが遅かれ早かれ経験することであり、間に合わない者もその分多くいるとはいえ、エドワードは結局、母と父、両方の最期を迎えてやることができなかった。

 帰還した彼に母の死を告げるのは、気が重い。それでも、言わねばならないとコルトンは思った。ヴァンが明日に葬儀をすると言った。

 

「昔はどの一族も共通して、お坊さんのみが体を綺麗にして、お坊さんが一人で遺体を動物が多くいる山の中に七日間放置。その間に動物たちにさらわさせて、遺体があったはずの場所で家族が改めて葬儀を執り行ったと聞きます。とてもではないですが、僕にはそんなことできません。母が望んだとしても。フェドラもそれでいいね?」

 当然よフェドラは答えた。「そんなのは古い風習よ。もうこれ以上、母さんが傷付く姿は見たくない」

 

 気を使い、ホープマンズの面々は退出した。メンバーの中でも、アクリヴィとジャンベは一段と重々しく、一家の心中に強い共感を抱いてた。二人はここに来る前、ジャンベは兄を。アクリヴィは母親を亡くした。あちこちにテントが張られて、売り者や飲食店で賑わう道を通り過ぎるとき、ロディムが呟いた。

 

「おれ、帰るわ」

 みな振り返り、コルトンが聞いた。

「帰るってどこに?」

「実家に決まってんだろ。誤解すんなよ、おセンチになって冒険者辞めるわけじゃない。ただな、冒険か今度の戦でどうなるか分かったもんじゃねぇ。俺の国も、なんたら連合に属してて、必ず安全とは言えないしな。まあ、なんだ。なんやらかんやら起こるその前に、てめえなりにこう、心のけじめをつけたいのよ。今すぐにはいかない。奴のお袋さんの見送りをしてからだ」

 ロディムに続き、私もと手を挙げたのは、マルシアだった。

「私もお父さんとお母さんの顔を見ておこうかな。近いし、二週間以内には戻るわ」

「俺は距離があるから、往復で三週間かもう少しかな」

「いや、まだ時間はある。のんびりしてこい。こっちは地味に、一階層や二階層をぶらついておくさ」とコルトン。

 

 あの人も関わりがある。コルトン花桜の館に赴き、ゲンエモンにも葬儀の件を伝えた。

 こうして、翌日。陽も差さぬ早朝の内に、エウドラ・ウォルの密やかな葬儀が執り行われた。

 葬儀には身内はもちろん。一族の大半が参列し、ホープマンズとゲンエモン、意外にもアヤネの姿もある。

 今は亡き師の下で師事をしてたという男が彼らの言語でいうところのお経や祈りの類を唱えた。昨日の内にヴァンと数名の男で掘られた穴へ、そっとエウドラの遺体が置かれた。

 彼らは花だけではなく、エトリアの通貨、小物、雑貨、ときに金銀を置く者いた。生まれ変わるには、死んだ時と同じくらいの時間を要する。それまでの間、困らないよう現世の物をいくばくか送る習わしがあった。

 ヴァンとフェドラの目元は腫れて、頬も窪んでた。泣き明かしたのだろう。エウゲドロスも神妙な面持ちで下にいる祖母を見つめてた。人の死を学べたのは、不謹慎な表現になるが、良い経験になるだろう。

 土を被せた後、エウドラへ一族による歌が贈られた。鍛えられた声と喉を持つジャンベの歌唱力は特に響く。

 

 

さあ、歩こう ふるさとまでゆこう

みんながいる ふるさとまで帰ろう

人にはふるさとと呼べるところが幾つかある 

生まれ育った場所 友と語り合える場所 一人一人 ふるさとは幾つもある

 

ある日 わたしはふるさとから遠く離れた

仕事か 未来か なんのために離れたのだろうか

だけど いまはふるさとから離れ ただ歩こう

ふるさとを離れて 自分がみいだした道を歩もう

辛くなったときは ふるさとで 背中を見送ってくれた人たちを思い出そう

ああ、懐かしい 空気のにおい ああ、懐かしい 親しい人たち

ともに笑い ともに語ろうじゃないか そう、いつか帰ろう

 

さあ、歩こう ふるさとまでゆこう

心を許せる者たちがいる ふるさとまで帰ろう

 

ある日 わたしはふるさとから遠く離れた

帰れないのか 帰りたくないのだろうか

だけど わたしは新しい場所を見つけた

思い出を胸に そこもわたしのふるさとと呼ぼう

ともに笑みを返しあい 悩みと喜びを語り合える人がいるとき そこが居場所だと思えた

 

辛くて 悔しくて 悲しくても

ふるさとと呼べる場所がある限り 前を向いて歩こう

たとえ 手が届かなくても 想いはある

たとえ 何もなくても また新しく作ろう

そう 心を安らげる場所はひとつじゃなくてもいい

人にはふるさとと呼べるところが幾つかある 

生まれ育った場所 友と語り合える場所 一人一人 ふるさとは幾つもある

 

みんながいる ふるさとまで帰ろう

心を許せる者たちがいる ふるさとまで帰ろう

さあ、歩こう わたしのふるさとまでゆこう

親しい 愛すべき者たちのもとへゆこう

 

この大地こそ 我らのふるさと

我々は 仲良きにはかろうと思う者たちを歓迎する

 

 

 ”ふるさとは幾つもある”や”この大地こそ ふるさと”という表現は、古来から、遥かに広がる大地を転々と移動して暮らしてきた遊牧民らしい歌だと、ここに居るエクゥウス以外の数名はそう思った。

 葬儀を終えた後、コルトンはアヤネに聞かずにおれなかった。

 

「あなたが来るとは思わなかった。正直、驚きました」

 アヤネは微笑んで答えた。

「そうでしょうね。ですが、最期に一目、お会いしたかったのです。産んだ時も、別れた時も、お亡くなりになられる間際でも、子を想い続けた方のお顔を拝見したかった。ただ、それだけです」

 

 深くは答えてくれそうにもなく、場が場であり、コルトンは質問を控えた。

 正午、ホープマンズの一同は大門前に集い、三人はロディムとマルシアを見送った。とても寂しそうなジャンベをロディムが小突いた。

 

「馬鹿! 死んだり、ましてや止めるわけじゃない」

「そうは分かっていますが、実質パーティ解散状態になるから、なんだか言い様もなく寂しくなってしまったのですよ。僕はエドワードさんと同じぐらい、あなた方二人の帰りをお待ちしていますよ」

 

 やれやれと首を振りながら、ロディムは嬉しくはにかんでる顔を隠せていなかった。

 

「お土産を期待しててねー!」門を出て、マルシアが叫ぶ。

「期待しないでくれよー! というか、歓迎しろ」とロディム。

 

 去りゆく二人を見つめながら、アクリヴィは二人に語るように呟いた。

 

「まっ。原点回帰で一、二階層を探るのも悪くないかもね。新しい発見があるかもしれないしね」

 

 無言でコルトンとジャンベは頷く。

 かくして、エトリアの腕扱き冒険者六人組のホープマンズは半分の三人が残された。

 距離や用事的にも、エドワードに対するほどではないけれど、早く帰ってこいよなとコルトンは思った。アクリヴィもほんの少し。

 

 

 

 

 

 

 


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