世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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三九話.抵抗

 チノスにここで待てと言い、アクリヴィは決然とした足取りで総隊長の下へ向かった。少なからず、戦意を失わず、恐怖に打ち勝ち怒りに燃える者もいた。

 アクリヴィもその一人だった。

 人類の歴史において、合戦で首級を上げたり、死体に惨い仕打ちをするのは知っていた。師ヘルメスと共にいた頃は、戦後間もない地域を通り、野晒しにされた山ほどの遺体を見たことがある。恐れや嘆きよりも先に、その光景を見て抱いた感情は怒り。彼女は激昂していた。

 人間がしたとは思えぬ下品で最低な行為を目の当たりにして、怒り震え、空を飛ぶ生意気で腹立つ長虫を叩き落としてやりたかった。そこで、一つ案を提出することにした。

 彼女以外にも、なんとかしなければと立ち上がり、対抗策を携えて総隊長に向かう者らがいた。

 西側の陣地にある大将たちが泊まる幕舎に行き、前に立つ兵に面通りを願おうとしたところ、無言で幕を上げて、通るよう促した。まるで、既に来るのが解っていたようだ。

 アクリヴィが来たら、ミルティユーゴも解っていると言いたげに、君はここへ行くのだと冒険者専門店の一つを指した。

 

「君以外にも、何人か来ていた。そして、同じことを述べた。私としても、陸より、まずは空の脅威をなんとかせねばと思っていた。君も同じだろう?」

 アクリヴィは肯いた。

「イアンの雑貨商へ行くのだ。そこで、飛竜対策のための武器を作っている。まあ、一種の花火のようなものだが、詳しくは先に行ったドナやブレンダンなど、君と同職の者たちに聞けば早いだろう」

 

 やはり、自分以外にも立ち上がった者はいて、考えていることも同じきたものだ。

 

「その前に、一つお聞きしてもよろしいですか」

「なにかね」

「あの大きな煙です。二国の山から、大きな煙が立ち込めていましたが、総轄隊長殿はご存じであられますか」

 

 ふぅむと顎鬚を撫でて、ミルティユーゴは一瞬、考え込んだ。

 

「君はエドワードと共にするものだな。ならば、口が堅いと信じ、教えよう。あれは、二国が援軍の要請を考えてくれた合図だ」

「考えて、くれたですって?」

「そう、確実に来るわけではない。来る可能性が以前より高い報せだ。だから私も悪戯に流布して、ぬか喜びさせたくない。来ないとわかったときの失望は大きい。折を見て、いずれ来るとは言うつもりだがね」

 

 やれやれと心で呟くも、これほどの大軍だから仕方ないとも思った。それにしても、同盟国がここまで苦しんでるのに、どこも抵抗した話を聞かない。殆ど素通りさせている。

 個人ならともかく、大きなものになれば、所詮、その程度の繋がりか。一国が犠牲になって、自分達が助かると思ってるいるなら、呑気な考えと言わざるをえない。アクリヴィはすぐに、もやっとしたイラつく思いを振り払い、自らのすべきことに集中しようと切り替えた。

 アクリヴィは一礼して、幕舎から出た。すると、ゲンエモンとすれ違った。あの人も同じ要件か? 

 今はそれよりも、生意気な飛竜を落とすための武器を作ることで頭が一杯で、ゲンエモンを呼び止めなかった。

 ゲンエモンを見て、あなたもかと言った。

 

「しかし、失礼だが、あなたに細かな作業を要する武器の製造ができるとは思えない」

「なにか、勘違いされておりますな。わしは、こちらから打って出る提案しにきたのです」

 

 ミルティユーゴはゲンエモンの顔を見、どうぞと椅子を勧めた。ゲンエモンは先に総隊長が座ってから、自身も着席した。

 ミルティユーゴには、アクリヴィらと同じく、飛竜への対抗手段を考えてた。だが、壁を出て、攻撃する案は無かった。あるとすれば、それは、絶対に追い詰められたときであり、華々しく散る時になるだろうと考えてたので、ゲンエモンの打って出る案は興味深かった。

 

「それでは、是非ともお聞かせください。我らには不可能と思われた攻撃案を」

 

 ではと、ゲンエモンは語った。

 初めは、はいと聞いていたミルティユーゴも、見る見る気色ばみ、最後は立ち上がり、わざとらしく頭を振り、失望した表情を見せた。

 

「馬鹿げている。妙計奇策(みょうけいきさく)は必ずしも、誉められるとは限りません。冒険者が冒険に向かう際の安全人数とされた五人の十倍である五十騎を囮にして、数日以内に来る深層の強力な怪物を引き連れて、外にいるサンガット軍などと戦わせるなんて」

「だが、価値はある。内の敵が外の敵と戦ってくれる」

「危険が大きすぎる。万が一にも、いいえ、高い確率で何体かは列から離れて、壁を守る兵士達に襲いかかる。成功すれば、確かに当方のメリットは大きいが、失敗のデメリットが巨大。最悪、半数以上が本都市の中を徘徊させてしまうことになる。そうなれば、その日にエトリアは陥落するでしょう。無理な物を認めるわけにはいかない」

「だから、入念に安全策を講じる必要がある。ルートを決めて、そこの通路に障害物を置き、伏兵を配する。五十騎には、人馬の身に新鮮な血や肉を下げれば、効果的に引き寄せられます」

「勝手に進めてもらいたくない。エトリア自衛軍の大将はあなたではなく、私です。最終的に決めて、責任を負うのは私です。勝手に動くような軍は軍ではなく、烏合の衆。武器を持った危険で厄介な集団でしかない」

「無謀は承知の上です。ですが、わしは空の脅威と同じくらい、陸の脅威。それも、両方の壁をなんとかするしかないと考えております。それには、樹海生物を利用する手はない。どうかご一考を。もしも、認可して頂けた場合、囮役の先鋒は私めをご指名していただければ幸いです」

 

 ゲンエモンは詫びるように深く頭を下げた。

 ゲンエモンが去った後、総隊長は思案した。両方の壁を対処したいのは同意。

 ただし、樹海生物を連れて、敵に戦わせるという発想は非常に豪胆だが、危険が大きく、不明な点も多い。

 長い歴史において、調査の名目で卵や樹海生物の幼生を持ち帰ったことはあっても、成長した。

 ましてや、深層の生物を壁の外まで連れ出したことは一度もない。危険とわかりきっているからだ。更に、現状では、道の障害物を作るための人員を割ける余裕も無ければ、時間もない。

 怪物を外のサンガット軍と戦わせるメリットは魅力的だが、実現には、余りにもデメリットが大きく、人と時間を割かなければならない。しかも、五十の人馬を実質、犠牲にもする。

 表面では強く否定こそしたが、ゲンエモンの案に少々、惹かれてたのも事実。自分一人で煮詰まる。

 今日を切り抜けられたら、将官たちを集め、提案者も呼び、会議を行うことにした。そう、今日の攻撃を凌がなければならない。その為にも、イアンの雑貨商に向かわせた者たちが一刻も早く、武器を完成させることを願った。

 東側にあるイアンの雑貨商に着いたアクリヴィは早速、中に集まる数十名と共に作業にとりかかった。

 家主であるイアンは不在だが、役立ててくださいと事前に彼が許可を出したからこそ、自由に使えるのだ。眼鏡をかけた文学青年風なほそっこい男で、武に長けているわけではないが、モリビトを許し、家と仕事場を無償で貸したりして、器の広い立派な方だと感心した。

 イアン雑貨商で色んな物を取り扱っており、打ち上げ花火もある。

 雑貨商では取り扱うのは僅かな物だが、エトリア生誕祭の折に打ち上げたりする。

 アクリヴィ、他。雑貨商に集った者たちの対飛竜用兵器とは、花火だった。

 ただの花火ではなく、中身は鍛冶鋳造の際に使用後に出てくる不要な鉄粉(てっぷん)や、所々に唐辛子や胡椒(こしょう)が飛び散るよう設計された特別な花火を作っていた。幸い、数は少ないものの、完成品や作りかけの物もあり、それらをドナなど、花火に詳しい指導者の下、慎重にかつ素早く改造していた。

 作りながら、話し合いも行われた。粉の分量はどうするか? 幾つ作れる? 臼砲で飛ばせるか?

 

「昔、臼砲で何度か飛ばしたところを見て、イアンさんや職人と一緒に飛ばしたこともあります。そこは大丈夫でしょう」

 

 ドナは最後の疑問に答えた。

 

「ただし、数に関しては、代用品となれる物を作れるでしょうが、沢山は無理。エトリアにある大砲の内、一門に付き一個程度で、それも半分ぐらいがやっと」

 

 ドナは最初に完成した特製粉花火玉を指先で撫でた。

 その後も話し合われたが、結局、ワイヴァーンが飛来する地点をいち早く見定めて、筒を運ぶかその場にある臼砲で打ち上げる手立てしかなかった。

 残念ながら、イアン雑貨商には、花火を打ち上げるための筒は二つしかなく、西南北に一個配置は無理だった。時間が許す限り、打ち上げ用の筒も生産した。

 数時間経ち、時間にして、午後の三時か四時頃。外からけたたましい喇叭の音が響く。二度目となる敵の攻撃が始まったのだ。十名ほど残し、各々、筒と花火を持って、西南北の壁へ戻った。時間までに、四個の筒と計十一個の粉花火が完成した。激戦区であろう西に五個、南と北に三個ずつ運ばれる。

 大丈夫だろうが、急造した筒を使うのが不安なら、臼砲で打ち上げることにした。

 外では、飛竜はまだ飛んでないが、大量の踏み鳴らす足音と怒声、鎧や武器ががちゃがちゃと鳴る音が何百何千にも重なって聞こえる。

 数名で筒と玉を抱えて、アクリヴィは南の壁へ駆ける。

 

「待っていなさい。すぐに撃ち落としてやる」

 

 開戦を報せるようにガリレオ砲が火を噴き、西側の壁に直撃し、大きな穴を穿つ破壊音がする。

 

 

 

「知らないのもいれば、知っているのもいるね」

 

 ベルナルドが遠く指して言う。彼の指した方向には、怪物たちは砲弾か届かないぎりぎりの距離で鎖を繋がれて、硝煙に混じって色濃く漂う血と肉の臭いに興奮していた。

 アジロナ外壁は今の所、一人の侵入者も許していなかった。しかし、午前の戦いでは、大橋が落ちかけて、危うかった。

 おまけに、喇叭が吹かれるや静まっていた敵陣地が賑わい、またしても例の不気味な表情を浮かべて、行軍してきた。エトリア勢は嫌な予感がした。不気味な集団を橋替わりにして、怪物たちを渡らせるのか。

 不安に慄く周囲に対し、ベルナルドは嬉々としていた。

 

「やあ、あれら相手なら、なんも躊躇う必要はないね。探索の時と同じ対応をしてやればいいだけだ」

 

 どぉぉんと一際大きな発射音を上げて、ガリレオ砲が発射される。相当な衝撃に固定していたネジが飛び、砲台がひび割れて、ガリレオ砲は後ろへとずれた。

 そのせいで、目標が逸れて、西の大門から、ちょうどベルナルドとカールロがいる壁の方に大きな穴を穿いた。カールロは咄嗟に伏せて助かったが、着弾のショックでベルナルドはおっと、転んだ。幸い、カールロが受け止めたので、事なきを得た。

 黒煙をゆらめかせながら、ずれたせいでやや上を向いて、見当違いな方向を巨大砲は見つめていた。

 悪態をつきながらベルナルドは立ち上がり、ざまあみろと嘲笑った。

 ベルナルドはあっと指した。

 

「見かけないなと思ったら、あいつあんなとこにいやがった」

 

 なんのことだとカールロはベルナルドが指す方向を見るや、裏切ったかと舌打ちした。

 そこには間違いなく、脂ぎった顔のむさい赤髭の男モンパツィオがいた。奴隷や市民兵に混じって、遠くで微かにしか見えないが、彼だった。他にもヌナなど、彼の仲間もいた。

 カールロとベルナルドは彼がいた思しき方を睨んだ。

 

「同じ穴の貉というわけか。いや、元の巣穴に戻っただけか」

「どちらにせよ、やる気が増したね」

 

 盗賊に堕ちた男がいた方から、眼前を迫る敵へと視線を戻した。

 二人がそうこうしてるうちにも、いくら攻撃を受けても怯まず、中々倒れず、誰かが倒れてもわき目も振らない。迅速な速度を保ったまま集団は接近していた。

 ここに来て、敵は圧倒的な物量と人員で強引に攻めてきた。悪いことに、以前とは異なり、敵の兵士は一人一人が明らかに異常であり、死や傷付く恐れも無く無言で近寄ってくる。

 守備側はただでさえ人が少なく、防戦で手一杯であったが、こうも躊躇なく攻められては、人数の差が当然出てしまい、必死に攻撃するも手が足りず、敵は囲いの輪を狭めるばかり。応射もエトリアを上回ってる。

 長梯子が対岸に次々とかけられる。敵兵が来る!

 槍を構え、剣を抜き、接近戦に備える。だが、兵士達はこなかった。代わりに、兵士達がざざっとあちこちに隙間を空けると、怒涛の勢いで鎖から解き放たれた怪物たちが突撃してくる。

 主に四足歩行の哺乳類や爬虫類、両生類に属する怪物たちで、大半はオオトカゲだった。背中には敵兵も乗っている。

 守備側は戦々恐々した。特に、樹海生物の類を見慣れないメティルリク、勇猛で知られるエピザの戦士たちすら、恐れのあまり自然と後ずさってた。

 突撃のタイミングを見計らい、エトゥ以下四頭の翼竜が大空へと飛翔し、一番大きなワイヴァーンに一人で乗るかの者エトゥが例の恐るべき声を上げた。

 兵と怪物の勢いを後押しして、エトリアの守備隊から戦意を奪う。

 冷静に狙えば、橋を渡るまでに大分、片付けられたはずであろう怪物たちは思ったよりも数を残し、重ねかけられた橋を渡る。

 オオトカゲたちは吸引力のある足で易々と橋や壁を登ってくる。

 登ってくる前に片付けられたのも多くいたが、遂に壁を越えて、守備隊の兵士にオオトカゲと敵兵が襲いかかる。

 何頭か壁へ登れたのを機に、敵兵も慎重な足取りで渡ってきた。ただ、殆どのオオトカゲと敵兵は大して時間もかからないうちにやられた。

 盾と槍衾で囲まれて、隙間からはときに矢も撃たれて、壁で縦横無尽に暴れ回ることは敵わず、瞬く間に片付けられた。それよりも、オオトカゲに気を取られてるうちに、次々とかけられる長梯子と堀に放り込まれる土砂が問題であった。

 前よりも、より膨大な土砂が放り込まれる。一日もあれば、掘のどこかが埋まりそうな勢い。

 更には、ワイヴァーンが壁の上を飛び回り、容赦なく上空から攻撃を仕掛ける。怪物たちの第二陣が迫る。空からの援護もあり、先ほどの二倍近い数の侵入を許し、空の攻撃もあり、鉄壁の陣に隙間が出来て、そこを突かれてしまう。壁のあちこちで剣戟がする。

 急いでくるアクリヴィたちの前に、盾の壁を乗り越えて壁の裏へと来たオオトカゲと五人ぐらいの兵士がいた。五人は全員、あの表情を浮かべてる。

 数十メートル手前だってのに、邪魔ね。アクリヴィは前に出ると、錬金籠手を着けた両腕を伸ばし、術式を放った。 敵が浸入したときに備えて、事前に術式を放つための力を溜めていた。

 籠手の透明な部分が鈍く青い光を発し、今体験している寒さの数倍はあろうかという冷たさを帯びた風が叩きつけるように敵に吹き荒び、五人とオオトカゲは数メートル吹っ飛び、不格好な氷の彫像たちは石を敷き詰めた地面に落ちると、あちこちがばきんと砕けた。

 

「さあ、急ぐぞ」

 

 アクリヴィは運び手の一人に戻り、数名は急ぎ、壁まで戻った。白兵戦はエトリアが優勢で、あらかた駆逐されていた。空と眼前に迫る敵軍が厄介であった。

 邪魔されないよう、高台に上る。チノスは無事だった。

 彼らは素早く発射準備を行う。台を置き、重石や縄や縛るなどしてできる限り固定し、打ち上げ用の火薬など細々とした物を詰める。七分もして、準備を終えた。その七分の間にも、空の猛襲はいやまし、大量の土砂が放り込まれる。

 まだ、どこからも花火が上がった音がしていない。極力、翼竜が近い位置で打ち上げたいのだ。アクリヴィはチノスと一緒に翼竜の動きをつぶさに見て、打ち上げる頃合いを計る。

 

「いい、私とチノスが来たと言ったら、導火線を点火してくれ」

 

 失敗は許されない。チャンスは一度限りだと思え。アクリヴィはなにがなんでも、憎たらしい空を飛ぶ長虫の息の根を止めてやりたかった。

 武器を補充した翼竜が三度目の襲撃に来る。アクリヴィは槍を突き上げ、高台の狭間の上に立つ。橙色のコートを着た長髪ストレートな金髪の槍を持った女は目立ち、翼竜は惹かれるように高台を目指して飛ぶ。今だ! アクリヴィは叫び、飛び降りて目をぎゅっと閉め、耳を押さえる。微かに傾けた筒から、真昼間にも関わらずしゅるしゅると花火玉が火を噴いて飛んでゆき、翼竜が旋回するよりも早く盛大に炸裂した。

 酷く黒い星が咲き誇り、翼竜ごとぶわっと空を黒っぽく染める。翼竜は泣き叫び、げげえと呻き、しゃにむに首を伸ばし、翼をばたつかせる。

 高熱を帯びた鉄粉は翼竜の濡れた眼と鼻、開いた口や牙に舌へと付着し、著しく傷つけた。耳以外の五感を瞬時に奪われて、混乱し、酷い痛みで苦しんだ。

 背中から乗り手の兵士達が悲鳴を上げて、振り落とされる。

 翼竜は滅茶苦茶に飛びまわり、エトリアの本都市上空を飛ぶ。遅れて、各所からも花火が打ち上げられる。

 もっとも、これは、今しがたの翼竜を見て、離れていたのでさして効果は無かったものの、エトゥの乗る翼竜が悔しげに吠えて、遠のく。

 エトゥが離れたて行くと、敵兵の間で異変が起きた。ざわざわとし、傷を痛む声が上がり、表情が段々と普通の人間のものに戻って行く。攻撃の手も緩んだ。

 この機会を逃すはずもない。エトリア勢は攻勢に転じ、激しく攻撃をした。

 サンガット軍は泡を食ったように撤退した。弓と鉄砲、砲弾が着弾しない安全と呼べる地点へ引くまでに、多くの者が倒れた。

 外壁から歓呼の声が上がる。

 一方、肝心の翼竜は本都市を飛び回った挙句、着地しようとして失敗。南側の壁付近にある民家の二階へ頭から衝突。必死にもがき、抜け出ようとする。そこへ、アルケミストやカースメーカー、腕の良い射手と銃兵が集まり、一斉に攻撃。

 呪術で体を封じられて、何十発もの銃弾と矢が翼と背中を襲い、止めに数人がかりでよく火力が増した氷の術式でがちがちに凍らされてしまい、最期は力のある者たちが精一杯ハンマーを振るい、翼竜の身体を粉々に砕いた。

 首から上と翼は、冒険者たちが砕くのを止めさせた。これほどまでに強力な怪物なら、きっと良い武具が精錬できるはずと考えたからだ。

 アクリヴィは満足気に首と翼以外は粉々に砕けたワイヴァーンを見やった。

 戦いはまだ終わったわけではないが、空を飛び、すっかり支配者気分な奴らの傲慢な鼻っ柱を叩けて、少し気が晴れた。

 その後、サンガット陣地では目立った動きはなく、一五から過ぎて四日、二月一九日における攻防戦でも決着は付かなかった。そして、夕方を境に大雪が降り出して、ひとときの平穏をもたらした。

 

 

 

「一九日に至るまでの具体的な戦死者。軽傷者。重傷者の数は。民家は何件壊れて、幾つの砲が駄目になった。弾薬と矢、食料、火薬の在庫は」

 

 陽が落ちて、大分過ぎた頃、ミルティユーゴは予定した通り会議を開いた。各将を交えて、今日の戦火による被害を踏まえた上で今後を話し合う。

 ミルティユーゴは口を真一文字に結び、険しくひそめて尋ねた。

 補佐官は敬礼して、答えた。

 

「まず戦死者は、エトリア出身の兵士が一九六名。メティルリクは七名。エピザ・トーティは八名。軽傷者は一三七名。重傷者は七五名で、三九名に関しては個人にもよりますが、一ヶ月や二ヶ月。爆発で視力を失った者、一生歩けない可能性がある者もいるとのこと。その内、十人は非常に危ない容体のようです」

 

 実質、二五〇名が戦闘不能。一五日の数十倍という甚大な被害。一四日における国境警備隊の者たちを含めば、三百を超える。

 戦える者が四千を下回った。

 食料はしばらく問題なし。続いては、武器弾薬の在庫だ。改めて知ると、胃が重い。

 

「十五日における規模の戦闘を想定した場合、使用量にもよりますが、後七回。より注意し細かく分配して、精々後八回戦って持てば、良いほうとのこと。今日十九日における戦闘の使用量だと、半分になります」

 

 食料に余裕はある。が、肝心の弾薬・矢・砲丸・火薬の在庫が少々厳しくなってきた。何倍もの数を以てして攻め入る敵に対し、防ぐにはその分の量がいる。国家予算を注力して得た大量の武器弾薬だが、敵の数が多すぎて、苛烈すぎて思った以上に使わなければならなかった。

 閉じ込められた状況下で補給もままならない。

 反し、敵は食料事情が厳しく、あれやこれやと手を変え品を変えて、しつこく攻めてくる。敵の別働隊も気になる。別働隊が到着して、たっぷり食料と武器を持って来れば、更に不利となる。元から不利だが。

 ミルティユーゴは敵の撤退を、ワイヴァーンを撃ち落としても喜ばなかった。

 奥歯を噛み締めて、すぐに現実を見据えてた。一時凌ぎにしか過ぎん。余計なことを言わず、兵士達は喜ばせておいた。

 弾薬と矢が尽きれば、防ぐ手立てはない。無駄な足掻きで数日持てば、良い方だ。

 このことを予見していたからこそ、総隊長はゲンエモンの案に多少、惹かれた。

 総隊長は迷った末、此度の会議でゲンエモン自らに突撃案を話させた。

 将たちの半分以上は惹かれて、エキアロモは一番興味深そうだ。対して、タイロンはあくまで慎重といった様子。

 

「正直なところ、私は迷っている。敵の真っただ中に特攻して、華々しく散りたい追い詰められた末の下手な英雄騎士願望にとらわれたのではないかと問いかけもした。樹海生物を外の敵と戦わせる案自体は良いと思える。だが、外へ連れて行くまでが最大の問題だ。そこで、皆に聞きたい。今すぐではないが、三十分以内までには、各々よく考えた上で可否を決めてもらいたい。エキアロモ殿とタイロン殿もお頼み申す」

 

 一時、解散。幕舎に残る者もいれば、外に出て、冷たい夜雪に身をさらす者もいた。ミルティユーゴは幕舎の奥に引っ込み、思念した。彼は一人きりになり、一息つくと、目を閉じた。他の妙案、逆転の一手を。

 やがて、ふっと笑みをこぼしたら、筆を取り、真っ白な書状に文をしたためた。

 三十分後、ゲンエモンの突撃案に対する可否の取り決めが行われた。当然、ゲンエモンに可否の権限はない。

 紙に可なら「○」、否なら「×」を書く。

 側近の者が一枚ずつ集めて、箱の中に置く。結果、賛成が七割で決まった。エキアロモとミルティユーゴ、意外にもタイロンも可に投じていた。

 

「皆の意思は固まった。反対の者も従うように。では、具体案に入る前に、皆には証人として聞いてもらいたいことがある」

 

 総隊長は自らしたためた書状を取り出し、読み上げた。その内容に殆どの者が驚きを隠せなかった。

 

「私、自衛軍総轄隊長ミルティユーゴと賛同者の下、ゲンエモンの提案を可決する。ついては、此度の案を決行するに至り、誰が責任者になるかという点において、以下に読み上げる。責任者の一人はゲンエモンであるが、彼は五十騎を率い、死地へ赴くので既に責任は果たしたといえる。

 であるからして、もう一人の作戦における最高責任者は私ミルティユーゴと致す。

 無事成功を強く祈り、実行するまでに入念な準備を重ねるが、万が一にも失敗し、守備する者たちに多大な被害をもたらす最悪な結果となった場合、私自らを処することで責任を取る。先に述べた最悪の事態が起きた場合、兵士並びに諸君らの采配により、私の処遇を決めるものとする。その場で四肢を裂くなり、私の首を刎ねて、敵の総大将に差し出して、降伏しても良し。しつこいようだが、私の処分は将と兵に任せる。

 その代わり、私が責任を全て引き受けて突撃案を採用するに至り、将と兵士は作戦を実行に移すための準備を入念に行い、命令通りこなすこと」

 

 書状には総隊長直筆のサインと印鑑も押されてた。タイロンが異を唱えた。

 

「責任を取る必要はある。ですが、軍の頭。総司令がいなくなるのは、一兵を失うのとは訳が違います。いまからでも遅くない。あなたはまだ失うには惜しい」

 

 左側に座る中間の町村や交通を守る地区隊長がわたくしをと立った。

 

「作戦を推した責任者を私の名に替えてください」

 

 ミルティユーゴは左手をゆっくりと降ろし、座るよう示した。

 

「諸君らの言いたい事はわかる。私も理解している。理解した上でのことだ。普段、大将は安全な所に居るものだ。だからこそ、ここぞという状況で兵士達に覚悟を示さねばならん。私はエトリア自衛軍の全権を託された。どうせ、負ければ全て終わる。

 ならば、この命、今こそ使わねばどうする。私の覚悟を兵士達に伝えてくれ。多かれ少なかれ、兵士達は私の決意表明を受けとり、大いにやる気を出して、作戦を成功へ導いてくれるはずだ」

 

 ミルティユーゴは静かな口調だが、口調や顔付きは硬く。がんとしたものが滲み出て、作戦に対しての強い意志がおのずと伝わる。

 ゲンエモンは危うく感涙しそうになり、ぐっと堪えた。

 この御方になら、身を捧げてよい。一介の侍風情の自分だが、素直な気持ちで大将と呼べる人物と出会えた。

 タイロンや冷静な者などは、ミルティユーゴは熱に浮かされてない。時間をかけて、よく思慮した上での決意とわかり、総隊長の命令通り動くことにした。

 

「作戦決行は昼夜問わず、深層の怪物共が出現次第とする。やるべきことは山ほどあるが、時間は残されてない。今夜はすべきことをまとめよう。激戦を潜り抜けたばかりで申し訳ないが、もうしばらく話し合いは続くぞ」

 

 東にある世界樹から西側の大門までは、多少、曲がるが比較的直線と呼べた。西と東の中心地にあるベルダの広場にある噴水が問題だが、雪で固めることになった。

 いきなり、五十騎ではいかず、初めに十騎か二十騎ほどで行く。血を滴らせた肉を携えて。角を曲がる際、要所で待機していた数騎が合流し、常に樹海生物の気を惹き付けて、できる限り多くの個体を壁の外へと連れ出す。

 大小様々な道路に関しては、積もり積もった雪を利用し、道に天然のバリケードを築く。伏兵は基本、雪壁の裏で待機。囮役の騎兵は壁の前。道が大きく防ぎにくければ、土を入れた袋も使う。

 最後に、突撃に赴く兵士だが、エピザとメティルリクから五騎ずつ出し、残す四十騎はエトリアと冒険者から選抜する。エトリアは各隊長の判断で、冒険者からは最低ゲンエモン一人だけでも良しとした。騎兵を率いる長はゲンエモンで決定した。

 

「実は既に何人かに目を付けております。半分にも満たないでしょうが、話し合ってみます」

 

 今回の作戦に当たり、軽傷を含む残すところ四千余名の内、千は外への防備と監視。千五百は待機(休憩)で、もう千五百名で除雪や壁作りを行うことになった。

 一通りのことが決まり、ミルティユーゴは会議を解散。翌日に備えて、よく休むようにと言った。

 

          *――――――――――――――――――*

 

 カセレスは翼竜の顎を撫でた。

 翼竜は大丈夫だと言いたげに舌をちろちろと動かした。

 強制的に従う三頭とは異なり、カセレスが乗る二番目に大きなこの翼竜との間には、それなりに友好関係が築かれてた。

 カセレスは忌々しげに雪で白くなったエトリアを見やる。

 エトリアにまさか、あのような飛行対策の武器があるとは思わなかった。上から数えて三番目ぐらいの個体。あの一頭は既に死んだと思われるが、他は無傷。それだけで済んで良かった。

 彼が忌々しく思うのは他にもあった。

 総大将エトゥの秘策とやらが、未だ行われた試しがない。具体的にどうやるかは知らないが、エトゥの言う通りなら、エトリアの指揮系統は崩れてるはず。

 だが、ミルティユーゴを始めとする重要な将はまだ生きている。そのことを問い質したとき、殺気が込められた声で黙れと言われて、大きな父親に叱られた幼子のように怯えて翻したことは気にしまい。

 苛立つのはエトゥも同じだった。

 彼は、内部に潜ませた者から、秘策の仕掛けを施した合図がまだ来ないことに腹が立っていた。

 しばらくは待つが、敵に大きな動きが見られた場合、たとえ合図が無くとも秘策を使うつもりだった。それで潜ませた者が死んでもどうでもいい。

 簡単な使命を果たせない愚図は要らん。勝手にくたばるがよい。

 エトゥが普通の人間かはともかく、彼は元冒険者のカースメーカーであり、常人とは異なる方法で物事や生き物の動きを察知できる術に長けていて、数日以内に大きな動きがあることを感じていた。

 エトゥはそのとき、潜入者の合図が無くとも、秘策を使おうか考えてた。

 


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