世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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第四階層攻略編
五話.地底決起集会


 どこもかしこも黄土色に枯れている。上の蒼い世界とは異なり、黒や茶色いもの、炭のように黒く捩れた巨木など色が異なる植物が生えていた。

 この世界の奥。人間が通るには長い歳月をかけて開拓する必要があるほど入り組んだ森の奥に、集落が存在した。

 

   ****

 

 集落はくっきりと彫られた溝で囲まれ、溝には一定間隔で逆茂木が植えられていた。

 石でできた鍬を降ろし、農耕に勤しむ者。

 家畜である赤紫のモアを引いて、荷物を運び者。

 植物の繊維や仕留めた獲物の皮で日用雑貨や服を編む女。

 開けた場所、あるいは自らの手で開拓した土地の境界線を見回る者。その境界近くで遊ぶ幼子たち。一見、どこにでもある光景。

 しかし、彼らの肌や髪、目の色は普通の人間とは異なっていた。彼らの肌は死人のように青白く、髪は若葉色で先端は薄らと朱に染まり、瞳は血のように真っ赤で、耳は異様に尖がっていた。

 皮を重ねた物を着た戦士であり、狩人でもある一人が幼子たちの悲鳴を聞きつけた。彼は鋭く口笛を一吹き吹くと、石槍と黒く捩れた巨木から削り出したブーメランを引っ掴んで、溝にかけられた橋を渡り、騒ぎの元に駆け付けた。

 彼らの言語は地上で使われる言語とは異なるので、ここではそれを訳したという形で送ろう。

 

「どうした!? 何があったというのだ」

 

 武器を持った大人の問いに、子供たちは恐怖で怯えた眼差しをちらと背後の物にくれてやった。彼は林の中でこそこそと動く物を確認すると、もう一度幼子たちに問いかけた。

 

「怪我はないか? まさか、既に一人喰われたのか?」

 一番年長の子がふるふると首を振った。それを知った彼は胸を撫で下ろした。

「そうか。ならとっとと行っちまえ。戦いの邪魔になる」

 

 戦士は子供たちに逃げろと命じた。子供たちは大人しく従い、村に戻った。しかし、戦いが気になるのか、振り返るたびに歩みを止めていた。今度はもう少しきつく幼子たちに行くよう命じた。

 子供たちの横を通り過ぎ、赤く染まった服を着た鉄の剣を持った身分が上の戦士が四名を引き連れて、救援に来た。紅色服の戦士は手短に状況を尋ねた。

 

「犠牲は? 相手は?」

「なしです。早く発見したので怪我をした子はいませんでした。相手は白刀(しろかたな)共です。数は恐らく三、四匹程度かと」

「そうか」

 

 林から、彼らが白刀と呼ぶ者たちのが出現した。白刀と呼ばれた者たちは、一階層三階で重点的に出現するカマキリの亜種だった。

 

「二匹を盾にするように先に行かせ、自身は後ろに隠れている奴。あいつが一番賢くて強いだろう」

「いかがいたしましょう」事態をいの一番に察した戦士。

「まずは石と臭い袋を投げよ。それで引かぬようなら、ブーメランで身の一部を砕いてやり、そこを一気に攻め込んで槍で頭と胸を刺してやる。あの奥の奴は、もっと賢ければ逃げるかもしれんが、そこそこ賢い程度なら、襲ってくるかもしれん。あいつの相手は私とお前がするのだ」

 

 戦士であり、狩人である彼らは素早く行動を開始した。

 まず、石と臭い袋を投げた。これで大抵の動物は逃げ出す。彼らの体臭は特別で、この地下世界に住まう多くの生物は彼らの体臭を酷く嫌う。臭い袋とは、彼らの糞尿を染み込ませて、乾かした布や皮をくしゃくしゃの玉に丸めて糸で雑に縫い合わせた物のことだ。

 白刀とあだ名されたカマキリたちは一笑に付すように、投石も臭い袋も平然と払い除けた。

 相当餓えているか、慣れたか、見下しているとみえる。どちらにせよ、生かすわけにはいかなくなった。

 

「大地に幸あらんことを! 行くぞ、戦士たちよ!」

 

 紅服の戦士が鬨を上げると、六人の戦士は白刀なるカマキリに突進した。

 カマキリが威嚇のため、両腕の鎌を広げ、羽を広げたところを狙い、一斉にブーメランを投げつけた。

 ブーメランは二体のカマキリの瞳孔と羽を破り、右のカマキリは鎌で体液が迸る眼球を押さえた。

 戦士は二人一組に別れ、一人は槍で右のカマキリの胸と頭を刺し、一人は石斧で果敢にカマキリに切りかかり、その身を深く切り裂いた。もう一組のほうは、石の鋲を付けた棍棒で左の白カマキリの頭を何度も叩き潰した。

 このカマキリの鎌や体の一部は生活用品、装飾品、武器装備などに使えるが、肉は不味くて食えた物ではない。後は死体を処理するだけであるが、まだ戦いは終わっていない。

 紅服の戦士と実態を早く察した戦士は、一番賢く強く、まだ無傷な白刀と対峙していた。

 カマキリは逃げるどころが唸り声も上げて威嚇してきた。思った通り、かなり餓えている。だからといって、はいそうですかと自分たちの身や自分たちの食料を譲る義理はない。

 戦士が軽くブーメランを投げた、カマキリは容易くそれを弾いた。だが、そのブーメランは囮だった。紅服の戦士は俊敏な動きでカマキリの死角に回り、大上段から振り下ろした鉄剣の一撃でカマキリの左の鎌を切り落とした。

 悲鳴を上げる敵にも情け容赦なく、二人の戦士は槍の柄でカマキリをひっぱたき、刺した。カマキリは全身から青い血を垂れ流して倒れた。

 一仕事が終わったと肩を下ろしたとき、またしても悲鳴が上がったが、今度はさきほどとは様子が違う。逃がした幼子たち、近くの女や農耕に勤しんでいた者たちが戦士たちの活躍を見て、溝の先から歓声を上げていたのだ。

 カマキリの死体を引きずり、戦士たちが深く掘られた溝にかけられた橋を渡ると、鍬を持つ男の一人が声をかけた。

 

「子供たちを助けてくれてありがとう。俺も戦いたいところだったが、武器は倉庫に保管してあるのでな」

「気にすんな。今日のあんたは戦士ではなく、ただの農耕者だ。もし、また窮地が来て、そのとき俺がただの住民で、あんたが戦士の役割を請け負う日で、俺が危なくなったりでもしたら、その時にでも仮を返してくれればいいさ」

 

 紅服の戦士は厳めしい口調から一転して、砕けた調子になった。戦士は子供たちを見て、にっこりと手招きした。

 

「そら、小僧っ子と娘たちや。良い機会だ。白刀の処理の仕方や、使える体の部位の綺麗な切り取り方を教えてやろう」

 

 子供たちは目を輝かせて六人の戦士の周りに集った。特に、少年たちは紅服を着た鉄剣をたばさむ上位の戦士に尊敬の眼差しを送った。

 殺伐とした光景と日々の裏には、触れ合いと温かみも存在した。

 この日々がいつまでも続けば良いのに。そう思い、鍬を持つ彼は上を向くと険しい顔付きをした。彼は戦士であり、農夫でもあるが本職は僧侶でいくばくか他の者より事情に通じていた。

 全くもって忌まわしい。神官殿の言った通り、奴らは約束を守れない。いや、守らないが正しかったかな。

 此度の戦は起こるべくして起きたか。起こしたい者が意図して引いたか。その両方であるか。

 彼は村の中を大声で村民たちへと呼び給う者の声を聞き、思考を切った。

 モアに乗り、決まりとして緑の長い髪を綺麗に整えた、紫の法衣を着た僧侶が集会の報せを持ってこの村、二の林村(りんそん)に来た。

 

「今日、トル・ホイの樹が盛る時に集え! 神官殿並びに各十二林村の代表が神鳥(しんちょう)の広場にて、決意を表明する!」 

 

 モアに乗ったこの村の僧侶の一人は繰り返し、集会の報せを村民に伝えた。

 遂に来たぞと、恐れ混じりの興奮が人から人へと移る。

 トル・ホイの樹とは、訳せば時折れ(つげ)の樹。時間ごとに枝が伸びたり萎れたりするいとも変わった樹で、彼らはこの樹を時計代わりに重宝している。

 トル・ホイの樹が盛る頃、地上だとちょうど正午を回る頃だ。一度伸びたら昼、枝垂れたら夜近(よきん)。夜近とは地上の言い方で表せば夕方になる。

 彼らは地下にいるため、そもそも「夕方」という単語や夕方自体を知らない。

 全員行けば村は空っぽになってしまい、あの白刀共のような生物たちの侵入の恐れもあり、畑の手入れをする者もいなくなる。

 二の林村の長は、二百名の老若男女に留守を守るようにと言い付け、他は出発することにした。

 一刻判前、樹の枝が一番盛りにさしかかる少し前。全ての村民はモアに乗った白い法衣の僧正と紫の法衣の僧侶たちに先導され、広場へと行進した。この者たちの列には、奇怪極まりない者たちの姿も見受けられた。

 真っ黒い巨大な体躯に両角を生やした鬼。異様に長い四肢と胴体に、鱗と羽が生えた緑の悪魔のような者。羽を生やした未熟児程度の大きさの妖精たち。腰回り意外には一糸纏わず、地面すれすれにまで伸ばした髪と美しい四肢を持つ、見目麗しき美女たちもいた。

 美女の中にはアメジストのような髪色の者もいた。この者たちの身体的特徴にはある共通点があり、彼らの瞳も真紅の色である。

 広場には、現神官出身の一の林村の者たちが既に集っていた。

 他、四と九の林村の者たちもいた。広場の奥方にはテントが設営されていた。

 一と二の林村は地上でいうところの二十階にあるからまだしも、それ以外の村は上に居住区を構えているので寝泊りする場所が必要だ。

 その後、続々と全十二の林村の者たちが集結し、広場はさながら縁日騒ぎの態を催した。

 不安な者、騒ぎに身を任せて楽しむ者、ついにこの日が来たと期待する者、様々な者たちが代表者たちの言を今か今かと心待ちにした。祭事に使われる舞台の上、そこに置かれた銅鑼を一人に紅服の戦士が数回打ち鳴らした。広場の騒ぎが静まる。

 掃き清められた舞台の後方から、神官【本当は大僧正長と呼ぶのが正しいが、神官と呼ぶのが一般的に普及してしまっている】以下、僧正たち、僧正たちと同じ白い衣を身にまとう十二の林村の村長たち、紫の法衣を着た幼い少女が登った。彼らの目と表情は厳しく、決然としたものが窺えた。

 一際背が高い人、先端にほら貝のような物がついた杖を握った神官が一歩前に進み出た。

 成人男子と同じくその長髪は乱れていたが、どこか整然とした感じの乱れ方だった。

 神官の服装は僧正と同じく白いが僧正とは異なるところもあり、服の裾や膝などには複雑な文様が織り込まれていた。胸部と腹部の中間地点を中心に、翼を広げた鳥の柄が金色に染められ、額に位置する箇所には白い金属質の骨っぽい物が嵌め込まれた飾り気のない茨の冠のような物を被っていた。

 神官は口を開き、詩を朗誦するように語り出した。

 

「このように集まってくれたことに、私は感謝したい。まずは一言、ありがとうと言わせてくれ。ところで、同胞(はらから)たちよ。地上には記録を残す手段の一つとして『紙』という物があるのは存じておるな?」

 

 ざわざわと民は騒ぎ始めた。神官殿は何を伝えたいのだろう?戦士が再び銅鑼を鳴らし、騒ぎはすぐに静まった。

 神官は淡々と語りを続けた。気付く者は気付いた。神官のその語りは落ち着き払っているが、その目は見る者を圧倒させる怒りと決断に燃えていた。

 

「紙という物は便利だ。きちんと保管さえすれば、いつまでもその記憶は風化することなく子孫に確実に伝えられる。我らにも骨や木の板に墨で書き記すこともあるが、我らは口と頭で直接伝えることこそ大事と思い、千年も昔、地上に住まう者たちが来たその日のことも語り部たちが幼子へ、その幼子たちのまた子供へと歴史を伝え、その記憶は正確だ。………それなのにだ!」

 

 ここで、神官は淡い語りから一変、荒々しく語り出した。

 

「二百年前、我らと地上の者たちによる三度目の大戦の年。その事を我らは歌として正確に現代に伝えているというのに! 地上の者らは紙というあれほど正確な情報記録媒体を使っておきながら、彼らは盟約をまたもや破り捨ててのこのこと礼儀も知らずに境界線に入り込んで来て! 聖獣コロトラングルを殺め、その身をバラバラに引き裂いた!! 恐らく、奴らの言い方に倣えば、蒼き樹海こと三階層十五階を守る番人を殺めた奴らが次にすることを君らは想像できるか?」

 

 各林村の者たちは顔を会わせ、神官の問いに答えようとしたが、問いかけた本人が先に答えを叫んだ。神官は更に身振り手振りまで入れて演説した。

 

「侵略だ! 彼らはまたしても、またしてもだ!! 地上で益を貪ることに飽き足らず、我らが住まう世界にまで足を踏み入れて益を貪りにくる! 二百年前交わした盟約では、地上の者たちは何人足りとも十五階には足を踏み入れない。もしも踏み入れば、死を与える。仮に無事帰還しても、彼らはその者たちに相応しい罰を与えると紙に血印までして同意した。にも関わらず!彼らは懲りずに三度兵を送り、盟約を破り、境界線を越え、聖獣まで殺めた! こんなことが許されていいのか!? 違うと言う者がいるなら今この場で答えよ」

 

 怒りの化身に化した神官の問いかけに、その圧倒的な迫力を前にして答えられる者はなかった。だが、わなわなと震える幼き身が手を挙げた。男の子だ。

「し神官様」

 手を挙げた男の子に対し、神官は怒りを潜め、年相応に落ち着いた人格者のように尋ねた。

 

「何を言いたいのだ? ジェグの息子ジェルグよ」

 ジェルグは態度を和らげた神官を見て安堵し、とつとつと聞いた。

「も、も、もしも。地上の人たちがここまで来たら…ここはどうなるのでしょ……うか?」

 

 ジェルグの問いに神官はすぐに答えず、上を少し向いて、ほんの一時目を閉じると、ジェルグを含む同胞全員の耳にしかと聞かすような咆哮で答えた。

 その声の響きたるや、遠く端っこ、心あらずに聞いていた者が驚きで飛び上がるほどだった。 

 

「もしもそのようなことが起これば、この一帯を火が襲うであろう。戦えぬ者は恐怖で逃げまどい。戦える者は惨めに朽ちていくであろう。皆の物聞けい! 今や、嵐が迫っている。まだピンと来ぬ者もいるかもしれぬが、気付く者はこのジェルグのように年端がゆかぬ者でも気付いておる。事は急を要する! 我らは黙って惰眠を貪るか。平穏無事な生活と自由、我らがこれからも暮らしていくための『土地』、我らのルーツが築かれた世界を守るために戦うか! 二つに一つだ!

 私の心はとうに決まっている、戦いだ! 生存権を勝ち得たい者はここに残れ! 戦いたくないという者は今すぐここを去り、家に籠もって呑気に惰眠を貪りそのまま滅びを待つがよい!!

 私は戦う! 先祖の恨みつらみを晴らすためでもあるが、今を生きる我らが生き残るために戦うぞ! さあ、立ち上がれ! 大地に育まれた森の民であるモリビトたちよ!! 此度の戦いも我らの勝利で収めるぞ!」

 

 彼らの心は固まった。

 彼らは離れて暮らしていても、厳しい環境で生きる為に互いに協力し合い、生きてきた。地上の者たちが頻繁に十五階を我が物顔で出入りをして、聖獣コロトラングルを殺めたと聞いたとき、彼らの心は悲しみ、当惑し、怒りを覚えた。

 神官の演説により、彼らはいずれ降りかかる火の粉を恐れるのを止めて、反対に自らをその火の粉に変えて、地上の者たちと一戦交える事を決断した。

 盟約を破った愚か者共を罰するため。聖獣の仇を取るため。一番は、自分達が生きていくための場所をこれ以上取られたくないがため、モリビトたちは戦う。神官は最後にもう一声告げた。

 

「さあ、今日は一晩出陣前の催しを行おうではないか。四から十二の林村の方達はこの広場にてテントを張り、ここでお休みなされ。イワオロペネレプが我らの寝食を見守ってくださる」

 

 その言葉に応じたのか、突如として祭壇の更に後方から金色に輝く巨大な物が出でた。ようく見れば、金に輝く巨大な物体は翼の形を象っていた。

 くおおおぉぉぉぉぉん!

 その存在が一鳴きけたたましく鳴くと、地面が鼓動するように震える。二十階全域に潜む生物たちは恐怖に駆られ、生物たちにとっては臭いモリビトたちが集う場から逃げ去った。モリビト一同はひれ伏し、神官と鬼や悪魔のような姿をした長身の者たちも急に縮こまって見えた。

 神官は畏怖すべき存在のほうへと杖を向けた。

 

「見よ! 神鳥は我らのことを歓迎してくれた。そして来るべき嵐を前に興奮しておる」

 

 神官の問いにただ一人答えたジェルグはちらりと面を上げて、入り組んだ木々の間から赤くて丸い大きな球体を一瞬見かけた。ジェルグは恐ろしさと同時に、不思議と安堵感も覚えた。

 神鳥と呼ばれるイワオロペネレプの瞳はモリビトと同じ色しており、その眼には叡智が宿り、同類に属する者を見守る心も感じられた。

 

 

 地上の者よ お前達の住処はどこだ? それは地上だ

 モリビトよ お前達の住処はどこだ? それはここだ

 ここは我らの楽園 我らを焼く光を遮り 永久の場として与えられた

 地上の者よ お前達の好きな物は 地上に沢山ある

 それに飽き足らず ここにまで押し入り 有る物を貪るお前達の心はなんだ?

 地上に帰るがよい!さもなくば貴様等の身を槍で貫き 斧で頭皮を剥ぎとり 棍棒で骨を砕き 剣で頭首を落としてやろう! 

 

 我らは樹海に住む者 お前達は地上に住む者

 モリビトよ お前達が欲するものはなんだ?

 我らが欲するもの 

 それは 静かに暮らし たくましく生きて安らかさを与えられることだ

 地上の者よ お前達が欲するものはなんだ?

 石が欲しければ それをやろう 樹が欲しければ それもやろう

 だが 我らの命 それに 我らの床は与えん

 

 地上の者よ お前達の住処はどこだ? それは地上だ

 モリビトよ お前達の住処はどこだ? それはここだ

 

 これほど言ってもまだ解らぬというのか? ならば、神鳥の鉤爪が驕る己らを引き裂くであろう

 

 

 三度あった大戦で、結果が一番酷い。大敗退を喫した二度目の大戦の年、今わの際にと、数人の大僧正と共にして神鳥の背に乗り、神鳥と共に命を散らした神官の一行が遺した辞世の(うた)だ。詩からは覚悟と想いがひしひしと伝わる。この詩は後世に伝えるべきとして、幾度となく骨や木の板に墨で書き記されてきた。

 現神官はその神官がこの詩を謡ったときの想いへと馳せ、謡った。彼に倣い、大僧正も、僧侶も、巫女も、村長たちも、戦士と一般のモリビトたちも謡った。

 露出が激しい乙女たちも朗唱した。その声は美しいが、魔力が秘められていた。

 鬼と悪魔の姿をした者達も歌いだした。

 歌の意味をわからなくても、二十階に潜む生物たちは歌を聞いて更に恐れ慄き、よほど(かつ)えた生き物たちも隅に引っ込み、歌が鳴り止むのを待ち続けた。

 


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