Zero and heroic king   作:river01

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王と姉

 

 

 

 

 

 

 

街道を走る馬車が、二頭の馬に引かれゴトンゴトンと音をたてて道を進む。

 

魔法学院より出発した貴族用の立派な馬車の中で、乗客であるルイズは道中の退屈を窓からの景色で誤魔化していた。

 

 

夏休みが終わり、平民の中での奇妙な潜入任務から解放されて、二週間ほどが経とうとしていた。

 

貴族の子息のほとんどは従軍に志願し、皆が士官学校での訓練の日々に明け暮れている。

 

そのため学院では生徒の姿がほとんど無く、残っているのは戦場に赴かない女子だけである。

 

 

ルイズが今向かっているのは、彼女の実家であるラ・ヴァリエール公爵家。

 

女王の直属の女官とすて、ルイズもまた遠征軍に加わる事が決まっている。

 

しかしその件に関し、実家より呼び出しの手紙が届けられたのだ。

 

 

「まったく、従軍まかりならぬなんて、父様はどういうつもりなのかしら・・・」

 

 

呼び出しの書簡に添付されていた、「従軍はまかりならぬ」という一文。

 

これがルイズには、いたく不満だった。

 

 

身を案じてくれるのは嬉しいが、今は戦時なのだ。

 

学院でもほとんどの男子学生が、士官学校へと出向いている。

 

貴族の家系に生まれた者ならば、この時にこそ立たずしてどうするのか。

 

 

「要するに、私の力を信用してないってことね。でも今の私は、昔とは違うもの。父様にも母様にも、それをきっちりと分かってもらうんだから」

 

 

馬車に揺られながら、ルイズは独り言ちる。

 

説得のための“切り札”を握りしめ、その決意を新たとした。

 

 

「けど姫様・・・いえ、女王陛下もさすがよね。父様の行動を先読みして、こんな誓約書を用意しておくなんて」

 

 

ルイズの言う“切り札”とは、アンリエッタに直属の女官の任命を受けた際に同時に申し渡された戦争への参加、それを誓う誓約書である。

 

それも単なる誓約書ではなく、その誓いは司祭立ち会いの上、始祖ブリミルの元で交わされたことを証明する書簡だ。

 

 

このハルケギニアに住む人々は、ほとんど例外なくブリミル教徒。

 

彼らにとって神の名の下に交わされた誓いを破る事は、信仰に対する裏切りにも等しい行為だ。

 

王家への忠節と神への敬意。この二つを失うと言われれば、さすがのラ・ヴァリエール公爵も反対は言えないだろう。

 

 

アンリエッタは、ラ・ヴァリエール公爵の娘の従軍の反対を見越していた。

 

故に、あらかじめ拒否できない縛りを打っておいたのである。

 

ルイズも最初は、なぜ命令書ひとつにここまで凝った真似をするのか不思議だったが、今ならば納得できる。

 

これまでには見られなかった主君の狡猾さに少々の違和感と、それ以上の頼もしさをアンリエッタに対し感じていた。

 

 

「にしても・・・はぁ。何とか捲けてよかったぁ・・・」

 

 

馬車に揺られながら、のどかな外の風景に目をやりルイズは一人息をつく。

 

 

そう、一人である。

 

本来なら隣にいるはずの彼女の使い魔、ギルガメッシュの姿が馬車にはなかった。

 

 

「本当に、絶対あいつが関わったらややこしい事になるものね。特に母様とは・・・」

 

 

ルイズの母親であるラ・ヴァリエール夫人、カリーヌ・デジレ。

 

今でこそ公爵夫人として落ち着いているが、かつては女の身ながら『烈風』カリンの二つ名と共に、数々の武勇伝を築いた剛の者である。

 

表面上では夫のラ・ヴァリエール公爵の下に位置しているが、その実態はラ・ヴァリエールにて最も恐れられる女傑であり、公爵を含めて頭の上がる者はいない。

 

 

そしてその女傑が最も嫌うことは、古くからの伝統、定められた規律を反すること。

 

かつてはその厳格な性格より、自身の指揮するマンティコア隊に“鋼鉄の規律”を課したほどだ。

 

顔半分を鉄の仮面に覆った『烈風』の、無法者に対する容赦無き伝説は今なお語り継がれるほどである。

 

 

対するギルガメッシュは、そもそも他人が定めたような規律に従う気持ちなど微塵とない。

 

どんな身分の相手にも己が意を曲げることはなく、ただ在るがままに振る舞うのみ。

 

規律を重んじる心など、その概念すら考慮に入れていない。

 

 

想像するまでもなく、ギルガメッシュとカリーヌとでは壊滅的なまでに相性が悪いだろう。

 

 

「まあ、何にせよ良かった・・・」

 

 

ホッと安堵して、ルイズは故郷へ向かう馬車の揺れに身を任せる。

 

故郷までの道中は、とても平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラ・ヴァリエール公爵家は、広大な領土を有するトリステイン随一の大貴族である。

 

領内にはいくつもの街や村が立ち並び、単体で小国を名乗ってもおかしくない規模だ。

 

ルイズの乗った馬車もラ・ヴァリエール領に入ったはいいが、実際に本家の屋敷に辿り着くのは半日以上かかる。

 

 

その道中の領内では、久しくルイズが忘れかけていた公爵家令嬢としての己を思い出させた。

 

 

「ルイズ様!!お帰りなさいませ」

 

 

「ルイズ様。しばらく見ない間に、すっかりお綺麗になられて・・・」

 

 

「ルイズ様、長旅でさぞやお疲れでしょう。今夜はどうか、ウチの宿で一泊していってください」

 

 

ルイズが通る道中には、常に歓迎の人溜まりが出来あがる。

 

その扱いは、ほとんど王族に対する礼と何ら変わりは無かった。

 

 

これがトリステインの最高峰、ラ・ヴァリエール公爵家の血筋の力だ。

 

領内の住人達にとって公爵家の一員は王にも等しい存在、その三女であるルイズも人の上に立つ側にいる人間。

 

傍若無人な使い魔のせいで忘れていたが、これが本来の自分の姿なのである。

 

その自覚は貴族としての自尊心を呼び起し、高揚とした気分をもたらした。

 

 

「ルイズ。ちびルイズ。ようやく帰ってきたわね」

 

 

だがそんな気分は、途中で立ち寄ったラ・フォンテーヌ領の邸宅での、懐かしい姉との再会によって叩き壊された。

 

 

「エ、エレオノール姉さま!?」

 

 

「このおちび。まったく、あなたは勝手なことばかりして。どれだけお父様にご迷惑をかければ気が済むの」

 

 

再開も早々に、エレオノールと呼ばれた二十代後半ほどの女性はルイズの頬をつねり上げて説教を始める。

 

見事なブロンドの髪をなびかせ、きつめの雰囲気を漂わせるこの美人の女性は、ルイズにとって最も苦手な相手であった。

 

 

彼女こそ二人いるルイズの姉の内の、上の姉。

 

エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールである。

 

 

「戦争なんて、『ゼロ』のあなたに務まるわけがないでしょう。今回のことは、お父様にもきつく叱ってもらいますからね」

 

 

「で、でもエレオノール姉さま。私は陛下から―――」

 

 

「言い訳なんて、そんな生意気が許されると思ってるの。このちびルイズ」

 

 

「い、いふぁいいふぁい、おふぇえひゃま」

 

 

より強く頬をつねられ、涙目に訴えるルイズ。

 

いかにルイズの方に理があろうとも、端から聞く気がないのではどうにもならない。

 

理不尽さを感じながらも、姉のお説教に耳を傾けざるえなかった。

 

 

エレオノールは、ラ・ヴァリエール家が誇る美人三姉妹、その長女だ。

 

現在は王立魔法研究所に勤め、その権限は一介の研究員の比ではない。

 

普段ならば王都トリスタニアに勤めているのだが、今回はルイズの一件について話し合うため、こうして故郷の領地に帰還していた。

 

 

その性格は極めて高慢であり、気性もかなり激しい。

 

ヒステリックな姉は魔法の使えないルイズの事を小さい頃から厳しく叱りつけ、その記憶故に今でもルイズは頭が上がらない。

 

ほとんどトラウマのようなものであり、そのため理不尽な説教にもこうして抵抗できずにいるのだった。

 

 

「おまけに御供の者も一人もつけずに来るなんて。あなたにはラ・ヴァリエール家三女としての自覚がないのかしら。それとも、由緒ある我が家の名前に、傷をつけるおつもり?」

 

 

そして気が付けば、戦争の話からいつの間にか、貴族としての振る舞い方について説教の内容が移っていた。

 

 

実はこのエレオノール、そのきつい性格が原因で、つい先日に婚約者に逃げられたばかりなのだ。

 

自らの性格に全く自覚の無い彼女が、その結果に怒り狂ったのは言うまでもない。

 

そんな機嫌の悪さも災いして、ルイズに対する説教はネチネチと続いていた。

 

 

「お父様はすでに王宮より戻られているわ。家族会議では、あなたの件についてゆっくりと言及するつもりだから覚悟しておきなさい」

 

 

長い説教がようやく終わり、そう言い残してエレオノールは一足先に屋敷へと向かう。

 

苦手な姉の姿がなくなり、ルイズはホッと一息ついた。

 

 

「まったく・・・エレオノール姉さまはいちいちうるさいんだから」

 

 

「あれがお前の姉か。見たところ、さして共通する特徴は持っておらんな」

 

 

「エレオノール姉さまは父様似なのよ。私は母様似」

 

 

「ふむ。だが性格はなかなかに姉妹らしい。お前の滑稽な自尊を、余計なほどに肥大させてみればあんなふうになりそうだ」

 

 

「冗談でしょ。私はエレオノール姉さまよりも、ちい姉さまみたいに―――」

 

 

そこまで口にしてから、ルイズはようやく自分が会話している人物に気が付いた。

 

ハッとして振り向くと、そこにはルイズが思ったとおりの者の姿があった。

 

 

「ふむ、王の口にふさわしいとは言わんが、口直し程度にはなる。この土地の実りはなかなかに優秀であるらしい」

 

 

空になった酒瓶を放り捨て、視線の先の男はぼやく。

 

自尊心の権化のようなその姿は、間違いなくギルガメッシュだった。

 

 

「ギ、ギルガメッシュ!?ア、アンタ、なんでこんなところに!?」

 

 

驚愕し、ルイズが声を上げる。

 

だがそれは、即座に放たれてきたギルガメッシュの蹴りによって蹴倒され、黙殺された。

 

 

「愚か者が・・・、貴様とは使い魔のルーンを通じてラインが繋がっている事を忘れたか?やろうと思えば、位置など即座に特定できる。この我を出し抜こうなど、原初よりやり直せ」

 

 

「む、むぐぐぐぐぅぅぅ~」

 

 

踏みつけられて、顔面を地面にこすりつけられながら、ルイズはもがく。

 

もがきながら、今後の事について必死になって考えていた。

 

 

とにかく、ギルガメッシュを連れていくのはまずい。

 

母との相性の悪さは元より、他の家族にとってもこのような使い魔の存在は度肝を抜くに違いない。

 

 

なんだかんだ言っても、父もやはり古い人間だ。

 

妻ほどではないとはいえ、古くより重んじられる規律を順守すべきという観念は、父の中にもある。

 

そんな父や母が、こんなこれまでの使い魔の常識を逸脱した存在など、断じて認めようとはしないだろう。

 

下手を打てば、そのままギルガメッシュとラ・ヴァリエール家の全面戦争にすら発展しかねない。

 

 

とはいえ、その事情を説明してギルガメッシュに自重を促すのも、やはり無理だろう。

 

なにしろ自重などという言葉からは最もかけ離れた場所にいる男だ。

 

例え自分が何を言ったところで、聞く耳など到底持つまい。

 

 

いろいろと考えてみるが、やはり方策は浮かばない。

 

そもそもそれが思いつかないから、ギルガメッシュを置いて行こうと画策したのである。

 

その中で方策など、そう容易く出てくるものではなかった。

 

 

それでも何とか出来ないものか、踏みつけられる圧力に耐えながらルイズは考えを巡らせ続けた。

 

 

「あら、あら。随分と庭が騒がしいと思ったら、とても嬉しいお客様ね」

 

 

その時、ルイズの耳に穏やかな女性の声が響いた。

 

その声の響きに、ルイズは思わず思案の巡りを止める。

 

 

心の芯に染みて広がる温かさと、包みこむ抱擁力を持った声音。

 

慈愛に満ちたその声の主を、ルイズはよく知っていた。

 

 

「ちいねえさま!!」

 

 

声を上げると同時にルイズはギルガメッシュの足の下より抜け出し、声の主の元へと駆けていく。

 

飛び込んできたルイズの小さな身体を、その女性は優しく抱きとめて微笑みを浮かべた。

 

 

「ああ、ルイズ。わたしの小さいルイズ。本当にお久しぶりね」

 

 

「ちい姉さま。お元気そうで何よりですわ」

 

 

ウェーブのかかった桃色のブロンドの髪を流し、柔和な雰囲気と共に母性に満ちたその美貌。

 

ルイズとも共通する特徴を残したその美女こそは、ラ・ヴァリエール三姉妹の次女。

 

彼女の名は、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。

 

ルイズにとってのもう一人の姉であり、目標として憧れている人。

 

 

久し振りの憧れの姉との再会に、ルイズは夢中となる。

 

その後ろでギルガメッシュは、現れたカトレアの姿を瞳に映し続けていた。

 

 

思わず押さえていた足の力を弱めてしまうほどの驚愕を、その表情に浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルイズとギルガメッシュが案内されたのは、屋敷のバルコニーに設けられたティーラウンジだった。

 

 

「もう、エレオノール姉さまったら。いつまでも私のことを子供扱いして・・・」

 

 

「そんなこと言ってはダメよ、ルイズ。お姉さまはあなたの事を心配してそう言ってくださっているのだから」

 

 

「エレオノール姉さまが?う~ん・・・」

 

 

美しい花壇が植えられたバルコニーのラウンジで、用意された三つの席にそれぞれが腰を下ろし、三人は談笑を楽しんでいる。

 

いや、正確には話しているのはルイズとカトレアだけであり、ギルガメッシュの方はほとんど口を開かない。

 

二人の会話にも関心を払わず、毅然とした沈黙を貫いている。

 

 

(どうしたのかしら・・・?)

 

 

常時の彼らしからぬその振る舞いに、ルイズは違和感を覚えていた。

 

 

「さあ二人とも。お茶が入りましたよ」

 

 

ルイズの感じる違和感を余所に、微笑みを浮かべてカトレアが告げる。

 

メイドが運んできた台車の上には三人分のティーセットが乗せられ、芳醇な香りを漂わせる。

 

カップに注がれた紅茶は一層に際立ちを増し、皆の鼻腔を突いた。

 

 

皆が茶の香りを楽しむ中、まず初めにルイズが口をつけた。

 

程よい加減に温められた茶が喉を通り、その味わいを伝えてくれる。

 

文句など付けようがなく、出されたその紅茶は素晴らしいものだった。

 

 

「我が領地にて取れた茶葉ですのよ。お口にあえば良いのだけれど」

 

 

カトレアのその言葉は、ギルガメッシュに対して言ったものだった。

 

威圧的なギルガメッシュの出で立ちにも少しも気圧されることなく、カトレアは彼に笑みを向ける。

 

 

ギルガメッシュもまた、それを拒否するような真似はしない。

 

特に不平を洩らすこともせず、素直に紅茶を口に運ぶ。

 

その味に感想を述べる事はしなかったが、悪いとも感じていないように見える。

 

 

その反応だけで満足したのか、カトレアは安心して微笑んだ。

 

 

「ちい姉さま。身体の調子のほうはどうなの?」

 

 

「フフッ、大丈夫、と言いたいところなんだけど、あんまり元気とはいえないの。最近は、横になって休んでいる時の方が多いわ。こうしてフォンティーヌの方の屋敷にいるのも、療養のためでもあるの。エレオノール姉さまも、さっきまでお見舞いに来てくれていたのよ」

 

 

カトレアは、生れ付いて身体が弱い。

 

病弱ですぐに病気にかかり、少しの事で体調を崩してしまう。

 

その虚弱な体質のせいで、カトレアは生れてからただの一度もラ・ヴァリエール公爵領の外に出たことがなかった。

 

 

そんな病弱な娘の事を不憫に思い、ラ・ヴァリエール公爵は公爵領内の一角にある土地のひとつを独立領として立ちあげさせた。

 

故に、カトレアの立場は正式にはラ・ヴァリエールの息女ではない。

 

その名が示すとおり、彼女はラ・フォンティーヌ家の領主なのである。

 

実際には領土の運営を父にほとんど頼り切っているとはいえ、すでにカトレアは独立した立場にあるのだ。

 

 

元々ルイズがここラ・フォンテーヌ領に立ち寄ったのも、カトレアの様子を見るためだった。

 

その玄関先でエレオノールと遭遇してしまったのは、あくまでも不慮の事態である。

 

 

「それと、お姉さまから聞いたわ。ルイズ、あなた戦場に行くそうね」

 

 

「・・・ちい姉さまも、やっぱり私が戦争に行くことには反対なの?」

 

 

「賛成はできないわね。あなたは女の子ですもの。戦争なんて危険な場所に行くと聞かされて、不安にならないはずはないわ」

 

 

憧れの姉より正面から見据えられ、ルイズは口ごもる。

 

苦手としているエレオノールともまた違った意味合いで、敬愛するカトレアの反対は動揺をもたらしてきた。

 

 

「でも、ちい姉さま。祖国の危機なのよ。姫様・・・いえ、陛下も、私の力を必要としてくださっているの」

 

 

「ごめんなさい、ルイズ。私はほとんどお屋敷から出ないから、難しいことは分からないわ。だから、それが本当に自分で決めたことなら、私は何も言わない。

 

けれど、もしそれが誰かに流されての事なら、やっぱりあなたは戦争に行くべきではないと思う。ルイズ、あなたはとても、優しい娘だから」

 

 

真剣な眼差しが、ルイズを捉える。

 

普段は温和なカトレアだが、告げる言葉には時に強い意志が宿る事がある。

 

そうした時のカトレアの言葉は、たとえ母カリーヌといえど蔑には出来ない強さが秘められている。

 

静かに、だが誤魔化しを許さないカトレアの問いかけが、ルイズの内面を揺るがした。

 

 

「わ、私は、始祖ブリミルに誓って・・・」

 

 

「違うわ、ルイズ。始祖様の前に、まずあなた自身に誓わなければ。己自身に掛けない誓いに、何の意味もないのよ」

 

 

始祖の元に為された誓約も、カトレアには通じない。

 

世界に出た事の無いカトレアは、それ故に世の中のしがらみに囚われない。

 

彼女の言葉には何の強制力もないが、しかし目を逸らせない清潔さがあった。

 

 

「・・・私は、陛下の御力になりたい。私の事を認めてくださった陛下の下で功績を立てて、お父様や他の人たちにも、私の事を認めてもらいたいの」

 

 

カトレアの澄んだ瞳に押され、ルイズは偽ざる自分の心を口にした。

 

 

他人に認められることは、これまで魔法の使えぬ『ゼロ』と嘲られていたルイズにとって、特別な意味を持つ。

 

覚醒した『虚無』の力によって、ルイズは英雄としてアンリエッタより認められた。

 

これまで人生の全てを侮辱で穢され続けていたルイズにとって、あの時の歓喜は形容し難いほどに大きい。

 

 

だからその歓喜の味を、より広めようとするのは、ある意味当然といえる。

 

先の功績でルイズは地位こそ得たが、皆から称えられる名声は得ていない。

 

万人全てに自分の活躍を認めてもらうこと、それはルイズにとって単純な地位などよりも遥かに価値を持つ。

 

 

今回の戦争で功績を上げて、本当の意味で皆からの称賛を受けたい。

 

それこそルイズがトリステインとアルビオンの戦争にかける、偽り無き欲求である。

 

 

「・・・そう。なら私からは、何も言うことはないわ。あなたの願いを否定する言葉を、私は持っていないから」

 

 

それきり、カトレアは戦争の話をしようとはしなかった。

 

朗らかに笑って、他愛ない話に花を咲かせる。

 

懐かしい、愛する姉との談笑は、ルイズを穏やかな心地にさせた。

 

 

「さあ、ルイズ。おしゃべりはこれくらいにして、そろそろ行かないと。お父様がお待ちよ」

 

 

「あ、はい。ちい姉さま」

 

 

楽しい時間はすぐに過ぎ去り、談話の終わりをカトレアから告げられる。

 

本当ならば一泊ほど姉の元に滞在したいところだが、当主である父を待たせている以上、そういうわけにもいかない。

 

名残惜しくも頷くルイズだったが、ひとつ懸念することが残されていた。

 

 

「好きにしろ。我はまだ、この女に話がある」

 

 

共に同席していながら、ついに一言も口を挟まなかったギルガメッシュが、その口を開く。

 

口に出された内容は、しかしルイズが素直に受け入れるには少々難しいものだった。

 

 

ただでさえ身体の弱く、世間ずれしたカトレアだ。

 

負担に弱い最愛の姉を、ギルガメッシュと二人きりにして立ち去るというのは、やはり躊躇われる。

 

この傲慢不遜の男の気性が、繊細な姉に何か悪影響を与えないか、ルイズには非常に不安だった。

 

 

懐く懸念に悩まされ、去るに去れなくなるルイズ。

 

そんな彼女に対し、声をかけてきたのはカトレアの方だった。

 

 

「心配しないで、ルイズ。私も、この人をお話してみたいの」

 

 

やんわりと口にされた言葉は、この場の解散を示すもの。

 

他ならぬカトレアの方からそう申し出てこられては、ルイズとしても文句をつけ辛い。

 

 

後ろ髪引かれる思いはあったが、そのままルイズは二人の元を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人きりとなって、カトレアとギルガメッシュは一緒の席で向かい合う。

 

空になった紅茶のカップは下げられ、二人の間には何もない。

 

遮るものの無いその空間で、二人はしばしの間無言のまま向かい合い続けた。

 

 

「それにしても驚いたわ。あなたみたいな人が、ルイズの召喚した使い魔なんて」

 

 

沈黙の後、最初の言葉をカトレアが発した。

 

 

「我をそのようなつまらぬ括りに当て嵌めるな。いかな契約であろうとも、我は何人の下にもくだらん」

 

 

「あら、ごめんなさい。ええと・・・ギルガメッシュさん」

 

 

軽く圧力の込められたギルガメッシュの言葉にも、全く臆することなく答えるカトレア。

 

飄々と掴み所の無いその態度に、ギルガメッシュは憮然として鼻を鳴らす。

 

 

「ところで、ギルガメッシュさんひとつ、質問したい事があるのだけれど」

 

 

「問いを許そう。言ってみるがいい」

 

 

「それじゃあ、遠慮なく。ねぇ、あなた、本当に人間?」

 

 

そんな空気の中で、いきなり核心に迫る質問をカトレアは投げかけた。

 

 

「正直に言って、あなたが私たちと同じ人間だとはとても思えない。姿こそ私たちを同じだけど、人であることを超越した、人ならざる何か。そんな感じがするわ」

 

 

「・・・ほう。雑種にしては、なかなかに眼が利くようだな」

 

 

「私、昔からこういう人を見る事には鋭いの。あなたは、根本から私達とは違う。外見や機能の話ではなくて、その在り方そのものが人間のそれとは大きく隔たっている。強大で揺らがない、あなたはきっとこの世界の、いえ、例えどんな世界や時代であっても、誰よりも強く気高い人だわ」

 

 

否定も肯定もせず、ギルガメッシュは無言で先を促す。

 

 

「あなたはきっと、この世界の人間ではない。例えそれがどこであっても、あなたという存在が知れ渡らないなんてあり得ない。あなたは、そう、私たちが認識することも敵わない、ここではないどこかの世界。そこの、みんなの上に立つ、そう、王者に当たる人。違いますか?」

 

 

「ふむ・・・、なるほどな。初見の印象通り、やはりただの愚鈍な雑種ではないということか」

 

 

憮然たる態度は崩さずに、ギルガメッシュは言葉を受け取る。

 

彼と向き合うカトレアも、微笑みこそ絶やしてはいないが、その瞳には確かな意志の力が宿っていた。

 

 

そんなカトレアを見返し、今度はギルガメッシュが問いを投げかける。

 

 

「それで、貴様の話した推測が真実だとして、次にどうする?危険やもしれぬ我を打倒しようとでも言うのか?」

 

 

「いいえ。ただ、あなたがどうしてルイズに付き合ってくれているのか気になったの」

 

 

カトレアの持つ真摯な視線が、ギルガメッシュを捉える。

 

 

「ルイズ、あの小さな娘が、今は見違えるくらい成長していたわ。正直に言って、最初に見た時は誰だか分からなくなったくらい。それはとても喜ばしいことだけど、それがあの娘一人の力だったとは思えない。きっと、あなたがあの娘に力を貸してくださったのでしょう。それはとても感謝しています。

 

けれど、どうしてあなたはそこまでしてくださるの?あなたが私の見立て通りの人なら、使い魔の契約なんて何の縛りにもならなかったでしょうに。あえてルイズの側にいてくださるのは、どうして?」

 

 

はぐらかす事を許さない厳しさを示して、カトレアは問いかける。

 

ギルガメッシュの件は、カトレアにとって曖昧なままでは許されない。

 

彼と直接関わるのは他ならぬ、愛する我が末妹なのだから。

 

 

「さしたる理由はない。招かれたこの世界を謳歌するならば、奴の近くが最も得策であると判断したまでだ」

 

 

そんなカトレアに反して、ギルガメッシュは気の無い返事を返した。

 

 

「世界は、時に異能者を世に排出する。万人にはない特別な力。授けられた者は、その力によって運命を翻弄される。奴の行く末は、奴自身の力によって左右されていくことだろう」

 

 

「ルイズの・・・特別な力?」

 

 

「なんだ。聞いていないのか。奴が発現させた、『虚無』とかいう力のことだ」

 

 

ギルガメッシュの口より出てきた『虚無』という単語には、カトレアも瞠目する。

 

なにしろ、ハルケギニアの民にとって『虚無』の属性とは、始祖ブリミルが用いたとされる伝説に等しい産物。

 

その力が現代に甦ったなど、容易く信じられる話ではない。

 

 

「そしてなにより、奴はこの我を異界より招き寄せたのだぞ。何の下準備もなく、たかが個人の儀式によって、この英雄王を。これほどの出鱈目を実現させた者が、何も無いはずがなかろう」

 

 

そしてそんな伝説さえ二の次に、己の存在こそを重視するギルガメッシュの言動。

 

あまりにも自分本位なその言動に、カトレアは驚きを忘れて思わず苦笑した。

 

 

「それに、契約者としてもまあまあの部類だ。ちと無能すぎる面も目立つが、秘める素質は悪くない。そして状況に対し行動を起こせる胆力も備わっている。基盤としては十分だ。

 

あの小娘はあらゆる意味で『ゼロ』だからな。器がすでに定まった者では、意外性に欠ける。ならばいっそ未完なる器の方が、長い目では楽しめよう」

 

 

「『ゼロ』・・・、あの娘が嫌がっていた二つ名ね」

 

 

「だが、奴にこれほどふさわしい名もあるまい。強大なる力を秘めながら、まだ形を与えられていない不確定な器。これより奴は、それこそ善にも悪にもなる可能性を秘めている。眺めておく分には、退屈せん器だ」

 

 

まるで玩具について述べるかのような気の無さを以て、ギルガメッシュは己が召喚者を語る。

 

当然ながら、そこには使い魔としてあるべき主人に対しての敬意などは一切ない。

 

 

「理解したか?我に取ってのルイズなど、退屈しのぎの玩具に過ぎん。確かに、多少の価値は見出してはいるし、大成したならばそれなりの報いを与えても良い。だが、所詮はそれだけのこと。奴という存在を失ったとて、我には何の痛痒もない」

 

 

今回の戦争におけるルイズの参戦。

 

当の本人はやる気のようだが、冷静な第三者の立ち位置からすれば、その行動の無謀は明らかである。

 

 

確かにルイズには、伝説の『虚無』の力がある。

 

その力は強大であり、有効に活用すればアンリエッタの思惑通り、この戦争を有利に進めることが出来るだろう。

 

だが、肝心の力の担い手であるルイズは、貴族の温室の中で過ごしてきた小娘に過ぎない。

 

強大な力を操り、それを活用してゆく経験が、圧倒的に不足しているのだ。

 

例え力を有していても、戦士として見たルイズは二流―――いや、三流以下である。

 

 

現段階でルイズを戦争に投入することは、ほとんど賭けだ。

 

勝つ保障の無い、負ければ契約者である少女を失う、危険な賭け。

 

本当にルイズの事を思うのならば、たとえ無理にでも引き止めるべきだろう。

 

現に今、家族たちがしているように。

 

 

しかし使い魔であるはずのギルガメッシュには、そのような考えは微塵とない。

 

一切の危険を考慮せず、むしろ進んで契約者であるルイズを賭けの中に送り、その結果を待ちわびている。

 

例えそれが死という最悪の結末であったとしても、ギルガメッシュは動じない。

 

 

ギルガメッシュがルイズに期待するのは、かつての友に代わる後継者の可能性。

 

自身を召喚し、可能性を示した少女には期待を託しているが、それは王自身による保護を意味しない。

 

むしろ真逆に、次々と生命を懸ける試練を与え、そこでどう足掻くかを傍観しているだけだ。

 

 

仮にその試練の中で命を散らすとしても、その時はただそれだけの話。

 

また新たな退屈をしのぐ玩具を見繕うだけである。

 

 

「さあ、どうする女。姉として、己の妹がそのような思惑の元にあることを、貴様は良しとするか?」

 

 

邪な欲望を滲ませた笑みを浮かべ、ギルガメッシュは問いかける。

 

その問いはこの場におけるギルガメッシュの目的でもあった。

 

 

カトレアの姿を一目見た時から感じている、この奇妙な感覚。

 

精神をざわつかせるその感覚が偽りであるか否か、この問いにて答えが出るはず―――

 

 

「ええ。安心しました」

 

 

「安心?」

 

 

「はい。あなたがあの娘の使い魔になって」

 

 

その問いに目の前の女は、全く予想だにしない答えを返してきた。

 

 

「我があの小娘の使い魔として召喚されたことに、安心だと?本気で抜かしているのか、貴様」

 

 

「ええ、もちろん。あの娘は、あなたを召喚できてよかったと思いますよ」

 

 

「―――ハッ、これはとんだ薄情な姉もいたものだ。よりにもよって、この我と居て良かった、だと?よもやそんな答えを返すとは、我も予想外だったぞ、女。貴様は己の妹を、我に献上しようというのか?」

 

 

ギルガメッシュはルイズに対し、はっきりと言い捨てている。

 

彼女の存在は、彼にとってのただの玩具に過ぎないと。

 

その事実を聞き、なおそれを是と出来るとは、一体どういうことなのか。

 

 

「だって、あなたの話はつまり、自然のままにルイズの成長を促しているということでしょう?」

 

 

「む・・・」

 

 

「あなたはただ見守るだけ。善にも悪にも導かずに、ただ試練を与えているだけなのでしょう。そしてその結果が、今日会ったルイズの姿。あの成長した姿が答えだというなら、きっとそれは正しいものよ

 

あなたの言葉はとても厳しい。その厳しさは理不尽ではあるけれど、決して悪ではなく、奥底の本質には、紛れもない善がある。善同士が交わっての結果なら、至る場所もきっと正しい所のはずでしょう」

 

 

カトレアの慈愛に満ちた瞳が、ギルガメッシュに向けられる。

 

そこに迷いや怯えといった感情は、微塵とみられない。

 

 

その眼差しは、ギルガメッシュに再びあの不可解な感覚を呼び起した。

 

 

「そうか・・・、やはり・・・」

 

 

内に沸き上がる感情の正体に、ギルガメッシュは思い至る。

 

このカトレアという女を前にした時から感じていた、

 

 

それは―――郷愁。

 

 

「貴様は・・・あの女に似ている」

 

 

「え?」

 

 

「貴様のその在り方は、あの女の存在を思い起こさせる。あの、『聖娼』と呼ばれた女に」

 

 

記憶に浮かぶのは、遥か昔に出会った一人の女の姿。

 

英雄王ギルガメッシュの生涯において、その女は決して小さくない影響をもたらした。

 

 

「ひょっとして・・・恋人さん?」

 

 

邪推して、カトレアが尋ねてくる。

 

その問いに、ギルガメッシュは不本意とばかりに顔を顰めて言い返した。

 

 

「冗談ではない。奴は、気に喰わん女だった」

 

 

言葉にすると同時に、流れだしてくる過去の記憶。

 

長きに渡る彼の記憶の中でも、特に重要な要素を含んでいた女との邂逅。

 

それを思い出したこと―――思い出してしまったことに、ギルガメッシュは不快に息を鳴らした。

 

 

「そう―――本当に気に喰わん女であった。あの女はな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、原初の時代。

 

たった一人の王の傍らに、まだ朋友の姿がなかった頃の話。

 

 

広大なる世界の全てを統括する、最強の王を懐く都市国家『ウルク』。

 

遥かな地平線の彼方まで領土を置き、その国土の全てがひとつの都市として機能している国家の中心に、天を突くほど高くそびえ立つ居城がある。

 

遥かな国土のすべてを見渡せるほどに高く位置づけられたその城の最上部こそが、絶対者たる王の間であった。

 

 

壁や床のすみずみに至るまで黄金によって形成され、散りばめられた宝石の輝きがその内装を彩る。

 

全てを一級の宝物にて取り揃えたその空間の先に、更に一際魅せる玉座がある。

 

広大な空間の天井にさえ届くその巨大な玉座に鎮座する、内装の輝かしさすら脇役に落とす魔性を兼ね備えた男こそ、このウルクの支配者たる人物。

 

神の血肉を身に受けた原初の覇者、英雄王ギルガメッシュである。

 

 

英雄王が認めた者のみが立ち入る事を許される王の間に、一人の娘が姿を現す。

 

純白に染め上げられたドレスを纏い、神秘に満ちたヴェールの中に隠されたその面貌は、ギルガメッシュにも劣らぬ魅惑を兼ね備えている。

 

もはや性別の概念すら超越したその美貌は、ギルガメッシュの暴力的な魅力とは異なる慈愛の化身。

 

容姿、性格、立ち振る舞い、彼女の持つあらゆる美徳が周囲の者に癒しを与え、あらゆる苦難を浄化する。

 

 

彼女こそ、民草が『聖娼』と謳い上げる娘。

 

万人全てを祝福し、どんな卑しき者でも受け入れて暖かく包みこむ最大の献身の持ち主。

 

容貌と相反しない汚れ無く美しい心を持った娘は、暴虐の王の治世と相反する民達の希望である。

 

 

娘の名を、シャムハトと言った。

 

 

「王よ。謁見の栄誉を賜り、光栄至極にございます」

 

 

絶対の王の前で、聖女たる娘は跪き、頭を垂れる。

 

 

「よい、シャムハトよ。面を上げるがいい」

 

 

王の許しを得て、娘は頭を上げる。

 

王の意向ひとつ違えるだけで命を刈り取られる危険を秘めた謁見においても、娘の表情に恐れはない。

 

 

「面を曝すことを許す。雑種どもが『聖娼』などと謳うその美貌、真か否かこの我が確かめてやる」

 

 

王の言葉を受けて、娘は顔を覆っていたヴェールを取り払う。

 

そこより現れた娘の面貌に、あらゆる娯楽を堪能し尽くす王さえも感嘆を漏らした。

 

 

「なるほど・・・。騒ぎたてられるだけの事はある。雑種どもの中に置くには惜しい、絶世と呼ぶにふさわしい美しさよ」

 

 

シャムハトの面貌を確かめ、ギルガメッシュはその美しさを認める言葉を放つ。

 

それはすなわち、彼女の美貌を彼が所有する宝具と同格であると認めるということ。

 

 

「お前を認めよう、シャムハトよ。我が財の末席に名を連ねる事を許す。今後はこの我のみを慈しみ、我のためだけにその身を捧げよ。さすればその見返りに、この世のあらゆる快楽を賜わそう」

 

 

そしてそれは同時に、王が娘を我が物とする宣言でもある。

 

己以外のすべてを雑種と侮る王は、自分が価値を与えた物が他の物の手に在る事を認めない。

 

他者の意志など悉く捻じ曲げ蹂躙し、価値ある財宝を己が物としてしまう。

 

 

そんな王の傲慢なる振る舞いによって生み出された宝の貯蔵庫こそ、『王の財宝』。

 

この世のあらゆる宝具を収める異界の黄金郷は、ひたすらに世界の宝具を集め続けた王のためだけの宝物庫。

 

その財には一切の隔たりもなく、ただ英雄王が価値を認めたものだけがそこに名を連ねることを許される。

 

シャムハトもまた、王の所有物になる栄誉を与えられたのである。

 

 

―――無論、そこに本人の意思など一切関係ない。

 

民の希望たる『聖娼』も、英雄王の前には所詮ひとつの玩具に過ぎないのだから。

 

 

「王よ。栄誉を賜ります前に、ひとつ嘆願をお許しいただけますか?」

 

 

「いいだろう。人には過ぎる欲望も、お前にならば許される。それだけの価値を、我は認めたのだ」

 

 

己が価値を与えた者に、王は労いを惜しまない。

 

彼の欲望を満たすものには、同じく欲望を以て接するのが、彼の流儀であった。

 

 

「望みを言うがよい、シャムハトよ。万象の王の名の下に、いかなる欲望にも報いを与えよう」

 

 

王の許しを得て、娘は立ち上がる。

 

名実ともにこの世の支配者たる英雄王とあまりにもか弱い存在である小娘が、堂々と正面から向かい合った。

 

 

「私が嘆願いたしますのは、我が望みではありません。ただ、あなた様に聞き届けていただきたい言葉があるのです」

 

 

「なに?」

 

 

「王よ。どうか―――、己の悪しき振る舞いを省みてください」

 

 

傲慢不遜の暴君を目の前に、あまりに無謀な言葉をシャムハトは口にした。

 

 

「今の民達には、絶望が蔓延しております。このウルクを支配する恐怖の感情が、民たちから明日を生きる気力を奪い去っているのです。下の都市では童の笑い声を静まり返り、街を行く民の表情からは希望が抜け落ちている。このままでは我がウルクは、やがて滅びに至るでしょう」

 

 

そしてその恐怖の源は、まぎれもなく支配者たる王自身。

 

我欲を通すばかりの暴君の治世こそが、民の心より安らぎを奪う何よりの要因。

 

絶対の王の力に逆らう術はなく、ただ天災の如き気まぐれな欲望が通り過ぎるのを待つしか無い。

 

反抗さえ封じられた諦めの精神が、民達から生きていく力を喪失させている。

 

 

そんな民草の姿を、万人を受け入れる『聖娼』として、シャムハトは誰よりも多く見てきたのだ。

 

 

「あなたは、誰よりも強く、誰よりも賢い、この世のいかなる支配者にも勝る御方。だからこそ、あなたがその目を向けさえすれば、私などよりも遥かに彼らを活かす道を見出せましょう」

 

 

シャムハトの嘆願に、ギルガメッシュは口を挟まない。

 

ただ冷然と、不気味なまでの沈黙を続け、シャムハトの発言を許していた。

 

 

「ギルガメッシュ王。どうか、民たちに慈悲を。彼らに明日を生きていくための労りをお与えください。彼らをただ無価値と断ずることなく、その真の価値へと目を向けてください。さもなければ、やがてはあなたにも悲劇が訪れることでしょう」

 

 

「我に・・・悲劇だと?」

 

 

「あなたはこれまで、この世のすべてを手に入れてきました。けれどそれは、全てが暴力による略奪。絶対的な力に後押しされた、全ての意を踏みにじる蹂躙でしかありません。それでは真の意味で、それを手に入れたことにはならない。

 

この世のどんな物であれ、そこには生みだした者の意思がこもります。鍛冶屋がただ一人の戦士のために一振りの剣を鍛え上げるように、女が男との愛故に子を為し意志を継がせていくように、生みだした者の意思こそが、その存在の何よりの証明。

 

あなたの持つ宝物庫には、この世のあらゆる財宝が収められている。けれど、その集められた財宝の中で、あなたのために生み出されたものが、はたしてどれほどあるでしょうか。本来の意思を捻じ曲げられた宝に、どれほどの価値があるというのでしょうか」

 

 

もはやシャムハトの言葉は、嘆願ではなく糾弾だった。

 

どれほど心の中で思っていても、王を前にしては沈黙するしかなかった追及を、たった一人の力無き少女が叫んでいる。

 

 

それは、誰もが心で思いながら実現しえなかった英雄的偉業だった。

 

 

「・・・あなたは孤独です。肩を並べる友もなく、遥かな高みにたった独りで居座っているだけ。自分以外に何も持たないあなたの道は、あまりに空虚。それではやがて訪れる冥府への旅路で、きっとひどく後悔することになる。

 

ギルガメッシュ王。どうか、これまでの己を振り返り、民を省みてください。あなたの持つ価値観を、もっと多くのものに広げていってください。この世界は無価値ではない。人には、あなたの知らぬ多くの価値に溢れている事に、どうか気付いてください」

 

 

シャムハトの言葉が終わる。

 

自分が価値を認めた女の言葉を聞き届け、ギルガメッシュはゆっくりとその玉座より立ち上がる。

 

一歩、また一歩とあくまでゆっくりと歩を進め、シャムハトの眼前に立ち、

 

 

「・・・言いたいことはそれだけか?」

 

 

その細首を掴み、無造作に宙へと吊るし上げた。

 

 

「あ゛!・・・ぐぅっ、がっ・・・!」

 

 

首を締め上げられ、吊るされる女は苦悶の声を漏らす。

 

その『聖娼』たる女の哀れな姿を、ギルガメッシュは無慈悲な瞳で見つめた。

 

 

「価値を認めた貴様ゆえ、我への進言を許した。ならば我もまた、貴様の抜かした言葉に対し答えを返そう。―――この女風情がぁっ!!」

 

 

瞬間、深淵より一転しての烈火の如き激情を宿して、ギルガメッシュは叫ぶ。

 

 

「僭越が過ぎたな。貴様如き雑種が、王である我の事を語るなど許されると思ったか」

 

 

シャムハトを見つめるギルガメッシュの瞳には、先ほどまでの好奇の感情はない。

 

あるのはただ残忍で、冷たい殺意のみ。

 

魂までも凍りつかせる絶望の眼光を宿して、ギルガメッシュは吊り上げるシャムハトを射抜いていた。

 

 

「慈悲?友?人の価値?くだらん、実にくだらん。そんなものは、惰弱なる雑種どもが懐く虚ろな幻想。覇王たるこの我には、元より不要。まして並び立つ者など、天地のどこにも存在せぬ。

 

孤独だと?ハッ、孤高こそ王の道。他者との絆など、傷を舐め合う弱者どもの戯言に過ぎぬ。利己のみを考える己の醜悪な姿を、信頼やら友情やらといった綺麗事によって誤魔化しているに過ぎん。そして真の強者たる我には、そのような誤魔化しなど無用なのだ」

 

 

首を締め上げられ、苦しげに息を漏らしながら、シャムハトは訴えるようにギルガメッシュを見つめる。

 

そのシャムハトに対し、ギルガメッシュは更に冷酷なる言葉を浴びせかけた。

 

 

「人間とは、小賢しい知恵を身に付けただけの浅ましき獣の名。獣に自由など不要。獣には、支配という名の鎖こそふさわしい。

 

―――人の価値など、この我の道具として支配される以外にないわ」

 

 

微塵と躊躇うことなく、ギルガメッシュは断言した。

 

 

この世の全ては己が物と豪語する、絶対者たる英雄王。

 

英雄王の言う全てとは、命ある者も含めたこの天地に存在する万物。

 

名立たる宝具も、幾万もの命も、英雄王の前では等しく王のための道具に過ぎない。

 

 

「愚かな女だ。大人しく我が寵愛を受けておれば、この世の快楽の全てを味わう事も出来たものを。その機会を、貴様は度し難き王への侮辱によって捨て去った」

 

 

道具の分際で自分に逆らった愚か者に、ギルガメッシュは侮蔑の言葉を投げかける。

 

 

「己の『聖娼』の二つ名に驕ったか?自分ならば殺されない、万人に崇拝される自分ならば、王であっても説き伏せられる。そのような思い上がりで、我が前に現れたか。

 

たわけが。たかが雑種如きの崇拝で、我が判断が鈍るものか。この我以外の有象無象は等しく雑種。他より多少の価値があろうが、我に仇為すことなど許されぬ」

 

 

どんな威名があろうとも、所詮は弱者。

 

自分がその気になりさえすれば、このように容易く縊り殺す事が出来る。

 

どんな理想も、どんな信念も、絶対的な暴力の前では無力なのだ。

 

 

弱肉強食は世界の真理。

 

弱者が生きていられる事はすなわち、強者が殺さないからに過ぎない。

 

強者が殺さないからその命があり、強者がその存在を許容しているから生活がある。

 

倫理や正義でどのように言い繕うとも、その絶対的法則から逃れることは出来ない。

 

 

目の前の女は、それを忘れた。

 

この王に認められるほどの価値を持ちながら、その価値に驕って、王に対しつまらぬ反抗を企ててきた。

 

そのような愚鈍には、もはや死による罪科しか償いの道はない。

 

 

「自らの受ける崇拝に驕り、身の程をわきまえなかった結果がこれだ。つまらぬ情けにほだされた、己が愚行を呪うがいい」

 

 

下される処刑宣告。

 

命運を決定した女に対し、英雄王は最期にその顔へと目を向ける。

 

 

―――だがそこにあった顔は、彼が想定するものと余りに異なり過ぎていた。

 

 

「まさか・・・貴様・・・!?」

 

 

人々に慈愛を与え、その崇拝を一身に受けてきた女の死相とは、一体どのようなものなのか。

 

そのような期待を以て垣間見た『聖娼』の浮かべる表情は、しかし死を目前とした者としては余りに穏やか過ぎた。

 

 

そこにあったのは、ただ寛容にあらゆるものを受け入れる慈悲の微笑み。

 

突き付けられた死すら恐れず、全てを投げうち人々を救わんと祈る聖女がそこにいる。

 

 

「まさか最初から、己が命を捨てる事を覚悟の上で、この我の前に立ったのか!?」

 

 

「・・・単なる言葉では、あなたの意志を動かす事は出来ない。ならばこの命を以て訴えるより他にありません」

 

 

ギルガメッシュの問いかけに、ゆっくりとシャムハトは答える。

 

締め上げられる喉から何とか絞り出されるその声は、しかし一片の苦痛もなく暖かさに満ちていた。

 

 

「・・・私の慈しみでは、彼らの心を救うことは出来ても、その存在を救うことは出来ません。ならば、世界に必要なのがどちらであるか、考えるまでもないでしょう。

 

あなたは天を掴まれる御方。この世全ての業を一身に背負い立ち、導く力をお持ちの御方。あなたの心が動かせるならば、十分に我が命を懸けるに値します」

 

 

「馬鹿な・・・、貴様。貴様は、愚民どものためにその命を投げ出すというのか?それほどの価値を持ちながら、『聖娼』とまで称えられる輝きを見せながら、価値無き雑種どものために死を選ぶと?」

 

 

微笑みを浮かべたままで、シャムハトは頷いた。

 

 

「そんなことに何の意味がある?そんなことで、貴様にどのような益があるというのだっ!?」

 

 

「申し上げたはず。人間は無価値ではない。そのひとつひとつに生があり、それぞれに意味がある。意味ある生を精一杯生きる人々の姿を、私は尊く思います。

 

・・・理由なんてそれだけ。私は、そんな人達を守りたい。利益の問題ではなく、他ならぬ私自身がそうしたいから、そうするのです」

 

 

命を握られる弱者であるはずの女は、震えもせずに堂々とそう語る。

 

 

平等など、この世の闇が見えない価値無き弱者の幻想に過ぎない。

 

この世には厳然たる差が存在し、等価値なものなどありはしない。

 

どのような論理を持ち出した所で、強者と弱者の絶対的な関係が覆るはずがない。

 

 

しかし果たして、目の前の女は本当に弱者なのか。

 

何の力もなく、ただ揺るがぬ信念のみを携えて自分に挑んでくるこの女は、本当に弱者だと呼べるのか。

 

もし弱者だと言うのなら、なぜ自分の手は止まっている―――?

 

 

「すでに伝えるべき言葉は伝えました。後は、我が死を以て、あなたの心に楔を打ち込むのみ」

 

 

最期にそう告げて、シャムハトは表情を一変させる。

 

貫くような眼光でギルガメッシュを睨みつけ、心に突き刺さる言霊を言い放った。

 

 

「あなたは私を手に入れることは出来ない。あなたは私の信念を曲げることは出来ない。例えこの場で命果てようとも、この矜持はあなたにも犯せない。これまであらゆるものを暴力によって得てきたあなたには、私の意志に対して打つ手がない!!」

 

 

「・・・黙れ」

 

 

「これまで全てのものを手に入れてきたあなたが、初めて手に入らないものが出来る。恐怖と支配のみを頼りとするあなたに、その空洞は決して埋められない。その喪失感を埋めることが出来るのは、唯一つ―――」

 

 

「黙らんかぁっ!!」

 

 

憤怒の叫びを上げ、吊るし上げていたシャムハトの身体を叩きつける。

 

咳き込みながら床に転がるシャムハトに対し、ギルガメッシュは蔵より取り出した宝剣を突き付けた。

 

 

「不愉快な女だ・・・。どこまでもこの我に逆らうか!!」

 

 

活用すればそれのみで一城をも陥落させる宝具の切っ先が向く。

 

その刃を前にして、しかし無力なはずの娘には怯えの色は全くない。

 

ただ強い信念を瞳に宿して、眼前に立つ王を睨みつけている。

 

その視線が、ギルガメッシュをひどく不快にさせた。

 

 

―――途端、王の心にひとつの強烈な欲望が芽生える。

 

 

不遜にも自分の内側に介入し、その心を騒がせたこの『聖娼』なる罪深き娘。

 

今も死を眼前に突きつけられながら、不屈の眼差しを以て自分に対抗してきている、この女の絶望がどうしようもなく見たくなった。

 

 

下らぬ雑種どもを一片の疑念もなく信じるその姿。

 

民より『聖娼』と崇められる女の、信念を砕かれた時に見せる絶望とはいかなるものなのか。

 

この慈悲深く清らかな相貌がどのように穢れるのか、想像するだけで快感となる。

 

受けた屈辱が重大であるが故に、その絶望の味はさぞや甘美となるに違いない。

 

 

「・・・フン」

 

 

切っ先を下げ、ギルガメッシュは踵を返す。

 

再び自らの玉座に腰を下ろし、呆然としているシャムハトに言葉を告げた。

 

 

「人の価値を理解せよ・・・。そう言ったな、『聖娼』」

 

 

女の絶望は、暴力では得られない。

 

仮にここで女に手を下したとしても、女の懐いた信念には微塵も揺らぎはあるまい。

 

シャムハトの言葉通り、彼女の存在を征服する手段は、もはや己の持つ暴力の中にはない。

 

 

「遠方の地。荒野の中心に生み落とされた怪物の話を知っているか?」

 

 

ならば己以外の手段にて、この度し難き女を追い詰めるのみ。

 

 

「浅ましい獣だ。知性もなく言葉も介さず、森の獣どもと戯れるだけ。しかしその力は人智を超え、名のある狩人が狩り立てようとしたが、まるで歯が立たなかったという。その話によれば、獣の力はこの我にも匹敵するとか」

 

 

それは、遠方より訪れた狩人からの話。

 

所詮は獣の話と捨て置いたことであったが、まさかこのような形で役に立つとは、さすがに予想が付かなかった。

 

 

「獣如きと力比べをするつもりはない。が、噂となる程度の力は備えているのだろう。火無き場所に、煙は立たぬ。

 

・・・その獣というのがな、正体はこの我を打倒せんと願った雑種どもの祈りより生み出された、神の捏ねた泥人形らしい」

 

 

弱者としてこの英雄王の足元に蔓延る、くだらない人間ども。

 

そんな弱者どもがせめて一噛みと願いを懸け、成就した形がその獣。

 

自分に唯一対抗できると思われた祈りの化身は、よりにもよって言葉も介さない愚鈍な獣に過ぎなかったのだ。

 

 

「笑える話ではないか。雑種どもの愚かな願望に触発されて生み出されたのが、そのような地を徘徊するだけの化け物とは。しかしその無様は、まさしく雑種の愚鈍さを象徴するにふさわしい」

 

 

そこまで説明してから、ギルガメッシュは鋭い視線をシャムハトへ向けた。

 

 

「貴様の言う人の価値。それが真だと抜かすならば、そのケダモノを手懐けてみよ。貴様の言う人間の価値が本物ならば、その祈りより生み出された獣とも通じ合えるだろう」

 

 

獣の存在が人々の祈りによって成されたものならば、その器はまさしく人の象徴。

 

言葉も介さず、ただ他の獣と戯れるだけの獣こそが、人の価値を表現する。

 

真に人の価値を是とするならば、その祈りより生み出された獣もまた、価値あるものであるはずだ。

 

 

口ではそう言いながら、その実ギルガメッシュは気づいている。

 

そんなものは、所詮は言葉遊び。

 

その誕生理由よりこじつけた、単なる屁理屈に過ぎない事を。

 

どんな理論を言ったところで獣に変りはなく、それが恐ろしい力を備えた怪物である事実は変わらない。

 

それを十分に理解した上で、ギルガメッシュはその難題を持ちかけたのだ。

 

 

全ては、女の絶望を手に入れるために。

 

女が人の価値を確かだと告げる以上、この題目を避けて通ることは出来ない。

 

出来もしない無理難題に怯え、獣に喰われてただ無為に死に逝く様はさぞや見物に違いない。

 

蹂躙され悲嘆にくれるその様を見届けてこそ、感じるこの憤りも鎮められよう。

 

 

「承知いたしました。ギルガメッシュ王よ」

 

 

だが王の思惑に反して、女は微塵と怖れることなくその無理難題を了承した。

 

 

「あなたの言うとおりです。彼の者が真に人々の祈りから生まれたのなら、その存在は善であるはず。混沌たる内面、しかしその根本には善を宿すあなたのように。共に同じ善ならば、ならば分かり合えぬ道理はありません」

 

 

少しも疑うことなくはっきりと、女は断言する。

 

王と同格の力を持つケダモノと聞かされても、彼女に迷いの感情はない。

 

その自信が、信頼が、一体その脆弱な身のどこから来るのか、ギルガメッシュには理解できなかった。

 

 

「彼があなたに対抗するために生み出されたというならば、きっとあなたにとっても価値ある存在となる。ならばこの巡り合わせは、運命であると私は捉えましょう」

 

 

「・・・相手は言葉を介さぬ獣ぞ。地を這うばかりの化生に、貴様の慈愛が届くとでも抜かすか?」

 

 

「結果は後ほど。私が失敗すれば、あなたの目論見通り私は愚かな女として、怪物に喰われ無残な死を遂げるでしょう。馬鹿な女と、どうぞ嗤ってください。

 

ですが、もし私が彼と手を取り合う事に成功したならば、それはあなたの運命が変わる日です。私は必ずや、彼の者をあなたの前に連れてくるでしょう」

 

 

そう言い残して、『聖娼』と呼ばれる女は旅立って行った。

 

 

後に残されたのは、黄金の玉座にて鎮座する英雄王が一人。

 

絶対たる英雄王の権威を象徴する、黄金で構成された王の広間。

 

神々しきその王の席が、女の神聖に当てられた今となっては、ひどく陳腐に映る。

 

 

その憤りの感情を叩きつけるように、ギルガメッシュは振り上げた手で己が玉座の肘掛けを粉砕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・結局あの女は、最後まで我の思い通りにはならなかった」

 

 

記憶巡りから帰還し、憮然とした面持ちでギルガメッシュは息を漏らす。

 

 

王の命に従い、獣のもとに赴いたシャムハトは、六日七晩の時を獣と共に過ごした。

 

寝食と共にし、多くの事を語りあい、肌と肌を触れ合わせ、生まれ落ちたままで何も持たなかった獣に様々なものを授けた。

 

その果てに獣は人としての姿と知性を獲得するに至り、遂には英雄王と並び立つほどの英傑として立ち上がる。

 

 

シャムハトに導かれ王の前に立ちはだかった、かつて獣であった者。

 

互いに己の全力を費やしての闘争の果て、二人が手にしたのは得難き絆。

 

人の祈りより生まれた獣は、王にとって掛け替えのない存在として、その傍らに並び立った。

 

 

それはまさしく―――シャムハトが予言した通りの結末だった。

 

 

「全く以て気に喰わぬ。この英雄王に最期まで従うことがないとは・・・」

 

 

「けれど、きっとその人はあなたにとっても大切な人だったのでしょう」

 

 

諭すように告げてくるカトレアの姿は、ギルガメッシュに過去の『聖娼』の姿を幻視させる。

 

 

容姿が似ているわけではない。

 

元より美貌という点において言えば、崇拝の域にまで達したシャムハトのそれには遥かに劣る。

 

そのような外面の話ではなく、より根本の在り方に、単なる類似では片づけられないあの女と同質の気配を感じた。

 

その気配がギルガメッシュの内面を揺るがし、郷愁という名の感情を彼の中に呼び起したのだ。

 

 

「抜かすな、たわけ。あの女は、我にとって嫌悪の対象でしかない。後がどうであれ、その感情は変わらん。

 

―――だが、嫌悪の念がその者の価値を曇らせるわけではない」

 

 

ありったけの侮蔑を交えながら、ギルガメッシュは語り出した。

 

 

「我は人格の是非について執着はない。明晰であれ愚鈍であれ、何かを起こせば結果は残る。要はその結果にて、我を楽しませればよいのだ。能力など二の次でよい

 

世界において我以外の雑種は誰もが弱者。ならば存在の規模で語っても仕方がない。元より我の前ではどんな存在も等しく雑種。ならばどれほど愚鈍であっても、行動を起こせる者ならば多少は退屈も紛れよう」

 

 

人の生涯を見せ物とし、その宿業を娯楽とするギルガメッシュの趣向。

 

その眼力に一切の妥協はなく、見抜く瞳は人の価値を選定する。

 

そこに何らかの価値を見出したのならば、たとえ奴隷であっても容易く命を散らす事を良しとはしない。

 

 

「その点において、我が召喚されたこの世界は及第点といったところか。もし無価値な雑種どもが蔓延るばかりの、つまらぬ世界に呼び出されていたならば、一度全てを焼き尽くさねばならなかった」

 

 

だが逆に、そこに見出すべき価値がないと判断したならば、世界を滅ぼすことにも躊躇いはない。

 

価値もなく膨れ上がった雑種がただ惰性を貪るだけの世界ならば、英雄王が支配するには値しない。

 

一度全てを焼き尽くし、その中で生き延びる生命を選抜すれば、少しは価値ある命も見出せるだろう。

 

 

全ての命を己の価値観のみで左右するその論法は、まさしく英雄王ならではの帝王学。

 

その暴論に対し、『聖娼』を思わせるこの女は、

 

 

「まあ、それは大変」

 

 

と、そんな呑気な解答のみを残した。

 

 

「・・・貴様、事の意味を分かっているのか?」

 

 

「あら?だって、あなたにとってこの世界は許せるものだったのでしょう。なら、そんな言葉は単なる仮定でしかないんじゃないかしら」

 

 

あくまで怖れることをせず、穏やかにカトレアはそう返す。

 

どこまでも平然とした様子のカトレアに、ギルガメッシュは嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ゲホッ、ゴホゴホ!!」

 

 

会話の途中、唐突にカトレアが激しく咳き込んだ。

 

表情には苦悶を浮かべて、姿勢を維持することも出来ずに、座っていた椅子から転げ落ちる。

 

ほどなく、主の異常を聞きつけて、執事と思われる初老の男がやって来た。

 

 

「お嬢様っ!!」

 

 

カトレアの姿を確認した執事は、脇目もふらずに彼女の元へと駆け寄った。

 

男は倒れるカトレアの身体を支え起こし、紙に包まれた薬を飲ませる。

 

それでもしばらくカトレアの苦悶は続いていたが、やがて咳き込みも止まり落ち着いていった。

 

 

「ありがとう、モール。もう大丈夫よ」

 

 

蒼白になりながらも、なんとか笑顔を浮かべてカトレアは執事に告げる。

 

カトレアにとって、この程度のことは慣れたこと。

 

身を支えることも出来ない発作も、口から吐き出す禍々しい吐血も、どれも幾度となく経験してきたことだ。

 

今さらその経験がひとつ増えた程度で、動揺などありはしない。

 

 

この執事のモールにも、それは分かっている。

 

それでもモールはしばらくこちらの身を案じてくれていたが、どうにもならないことを悟り、やがて無念そうに退出していった。

 

 

「・・・病か?」

 

 

一部始終を眺めていたギルガメッシュが、そう声をかけてくる。

 

何とか元の席へと戻りながら、カトレアは答えを返した。

 

 

「生まれつき、ね。今日はそこそこ調子も良いけど、実は昨日までは高熱が出て、起き上がれる状態じゃなかったの。あの娘が帰ってくる前に熱が引いてくれたのは運が良かったわ」

 

 

蒼白な顔に弱々しい微笑みを浮かべて、カトレアは言葉を続ける。

 

その様子だけで、今日のルイズとの邂逅がかなりの無茶をしたものだと知れた。

 

 

「なんでも身体の芯からよくないみたい。お父様は国中から高名な医師を呼んでくださったけれど、彼らにはどうすることも出来なかった。『水』の魔法による治癒は、体内の『水』の流れを操作して、淀んだ流れを除去するのだけれど。そもそもの根本が悪いとどうにもならないんですって」

 

 

「その様子を見るに、長くはなさそうだな」

 

 

「あら、はっきり言うのね」

 

 

容赦ないギルガメッシュの物言いに、カトレアは苦笑した。

 

足取りはしっかりとし、バルコニーの縁へと歩を進め、そこに手をかけ風景を一望する。

 

 

「ご覧になって。とても良い見晴らしでしょう」

 

 

バルコニーから一望できるラ・フォンティーヌの領土をカトレアは示した。

 

 

「この土地はラ・ヴァリエールの中でも一番豊かで美しい場所なの。ヴァリエールの領地から出られない私に、お父様は最も素晴らしい場所をくださったわ」

 

 

バルコニーの展望より映るのは、見渡す限りの豊かな大地。

 

実りある自然の中には動物たちの息吹で溢れ、羽を休めにきた鳥達がカトレアの差し出した指にとまる。

 

手の加えられる自然の澄んだ空気がそこには満ち、病んだカトレアの内側にも暖かく染み込んだ。

 

 

「そしてこの場所が、私にとっての世界の全て」

 

 

その身体の虚弱さ故、故郷より踏み出せないカトレアにとって、この光景に映るものが彼女の世界だ。

 

それ以外のものなど知らないし、それ以上のものと聞かされても理解が及ばない。

 

彼女の世界は、この豊かで美しい土地の中ですでに完結し、閉ざされていた。

 

 

「綺麗な土地に囲まれて、愛する家族に思われて、私は静かにこの光景を眺めているわ。世界が生れ付いて閉ざされているのは確かに寂しいけれど、この場所の価値はそれを補うに足るものだと思う。だから、私は今の自分を不幸とは感じていない」

 

 

それで良いと、カトレアは謳う。

 

彼女の顔には一片の後悔もなく、自らの虚弱な身体を呪うような暗部は一切見られない。

 

彼女は、自分の人生にすでに満足を覚えていた。

 

 

「なるほど。だからルイズの事も止められなかったわけか。欲望の味を知らぬ者に、欲望懐く者の歩みは止められんからな」

 

 

カトレアの世界は、この豊かな土地の中で完結している。

 

それ故に、彼女にはこの土地の外の欲望の事が理解できない。

 

 

富、名声、権力、人が望み嗜好する、様々な欲望。

 

それを求めるのは当然のことであり、誰にでもある欲求だ。

 

その当然であるはずの欲求が、しかし世界が閉ざされていたカトレアには無かった。

 

 

あらゆる物欲を満たす富も、人々より称えられ崇められる名声も、自身の欲望を行使する権力も、全ては広い世界でのみ価値を持つ。

 

初めから世界が閉じているのなら、そんなものに価値など見出すはずがないのだ。

 

 

「ルイズ自身が望んで決めたものなら、私には止めることは出来ないし、そのつもりもありません。そんな選択を出来るあの娘が、私は羨ましく思っているのだから」

 

 

「その結果が死に繋がるとしても、貴様はその選択を容認するのか?」

 

 

「・・・私は、長寿であることにあまり執着を感じていないんです。人は、自分の生き方を精一杯生きて、その生き方に殉じて死ぬ。それが一番幸福な形だと、私は思う」

 

 

ラ・ヴァリエールがルイズを呼び出したのは、戦争に行くなどという暴挙を止めるためだ。

 

いかに“虚無”という力が備わっていようとも、所詮は一介の学生であるルイズには戦場は険しすぎる。

 

おまけに、家族たちにはその“虚無”という力の前提すらなく、魔法のひとつも使えない未熟以下という認識しかない。

 

そんな無能者が戦場に出た所で、無駄死にするのが関の山だ。

 

彼女を愛しているのなら戦争に“反対”する事は当然であり、それ以外の選択などあり得ない。

 

 

だが、その中で唯一人、ルイズが最も慕い愛していた姉、カトレアだけが“容認”した。

 

表立った賛成こそしていないものの、戦争に行く事を認めた事実には違いはなく、自分の愛する妹が命を落とす危険を許容したのである。

 

その一点を上げても、ルイズに対して愛があるならばあり得ない判断だ。

 

 

だが無論、カトレアがルイズのことを愛していないわけがない。

 

彼女の妹に対する愛情は紛れもなく本物だ。

 

ただその愛情の中に、他には無い彼女だけの価値観が存在するだけ。

 

 

人は、己にないものを求める。

 

カトレアとてそれは例外ではなく、彼女にも憧れの気持ちはあった。

 

彼女が望むのは富や名声といった即物的なものではなく、単純に自分には出来ない生き方。

 

 

それはちょうどルイズのような―――自分の意思のままに行動していく素直な生き方。

 

 

「・・・私は多分、そんなに長くはない。だから、その終わり方は清いものでありたいの。美しい自然に囲まれて、愛する家族がいて、私は本当に恵まれてるわ。例え短くても、こんな素晴らしい命をくれた神に感謝したいくらい。

 

だからルイズにも、そんなふうに自分で誇れるような生き方をしてほしい。私にとっても、そんな生き方は羨望するものだから」

 

 

すでに先が長くないと分かっている身の上だからこそ、見えてくるものがある。

 

生れ付いて死と身近に接してきたカトレアだからこそ、その意味に深い考察と達観があった。

 

 

不可能を求める欲求は、確かに存在する。

 

だがそれは、自分の生き方を捻じ曲げるほどに強い欲求ではない。

 

終わりの尊さにこそ重きを置くカトレアに、そんなものは空想に焦がれる程度の思い。

 

抗わず静かに受け入れる死こそ、彼女が見出した尊さなのだから。

 

 

「ならば、我が貴様の病を治してやる、と言ったらどうする?」

 

 

そんなカトレアの達観に、ギルガメッシュは毒を流しこむ。

 

静かだったカトレアの指が震え、とまっていた鳥が羽ばたいて飛び去った。

 

 

「我が提示する方法を以てすれば、その脆弱な肉体を改変できる。さすれば貴様の焦がれる自由とやらも手に入ろう」

 

 

カトレアの達観は、ある種の諦観の念からきている。

 

逃れられぬ短命な身体があるからこそ、カトレアはそのように悟りを開いたのだ。

 

もしその運命から逃れられるなら、再び彼女の中に生に対する欲望が生み出されても不思議ではない。

 

 

事実、カトレアとて動揺はあった。

 

彼女の死への諦観は、死にたいという自殺願望ではない。

 

彼女の中にも生きたいという気持ちは、もちろん残されている。

 

 

「・・・それは魅力的な提案であるけれど、あなたが言うと何だか裏がありそうね」

 

 

「無論だ。犠牲なき救いなど人の世界に在り得ん」

 

 

意地の悪い笑みで、ギルガメッシュは答えた。

 

 

「貴様の肉体に、治癒は役に立たん。治癒とは、生じた綻びを元の状態に戻す意を指す。元が崩れかけている貴様には、単なる時間稼ぎでしかない。

 

問題を解決するには、ひとつ代償を用意する必要がある」

 

 

「代償?」

 

 

「なに、簡単な理屈だ。現在の肉体に不備があるならば、その代わりを用意するまでのこと」

 

 

慈悲を体現するカトレアを見つめ、ギルガメッシュはその在り方とは相反する方法を提示した。

 

 

「不備ある肉体を補うためには、性質を同じくする者の代わりが必要となる。そやつの肉体を生贄と捧げれば、貴様の肉体も常態となろう。生贄には、そうだな、血を分けた姉妹などが最もふさわしいか―――」

 

 

求める犠牲は、家族の命。

 

自らの命を救いたければ、自らの愛する者を贄とせよと、ギルガメッシュは提示する。

 

 

その提示は、たとえ常人であっても迷うもの。

 

自分に近しい者を差し出して得る命など、誰しも気分の良いものではない。

 

どれほど助かりたいと思っていても、そこに親しき者への愛情があるのなら、躊躇いは必ず生まれる。

 

 

だが、その躊躇うという行為が、すでに消極的な利己感情なのだ。

 

躊躇うということは心がどちら側にも傾いているということであり、犠牲を容認する側の傾斜も存在するということ。

 

特にカトレアのような者には、その葛藤は後にも心の暗部に杭のように深く残り、自らへの嫌悪の念へと走らせるだろう。

 

 

そんな呪いを含んだ提示を受け取り、それに対してカトレアは、

 

 

「ああ、それじゃあ止めておきます」

 

 

と、一瞬も迷わずに即答した。

 

 

「・・・つまらん女だな。未練のひとつもないのか」

 

 

「代償がお金とかだったなら、きっと簡単に了承できたと思うけれど。でも、ルイズやお姉さま、お父様、お母様を、愛する私の家族を犠牲にしなければならないのなら、そんな救いは要らないわ」

 

 

「ほう。では、家族でないものならばその心も動くか」

 

 

囁くのは、あらゆる欲望を網羅する英雄王の諫言。

 

たとえ一度は撥ね退けても、隙があれば即座に迷いの種子を埋め込んでくる。

 

 

「生贄の条件は、血を同じくする者ではない。重要なのはその内面、魂の性質を同じくする者こそが代償条件。血を分ける者ならば大抵は魂の質も似るものだが、必ず姉妹である必要はない。要は貴様と魂の質と同じくする者、在り様の似る者の肉体を差し出せばよいのだ。

 

幸いなことに貴様は貴族。己の代わりとなる人柱の用意など難しくもあるまい。この程度の広さを持つ土地ならば、生贄に適した平民の一人も見つかるだろう」

 

 

貴族と平民。

 

ここハルケギニアの二つの身分の間に存在する歴然な差。

 

貴族は使役する者であり、平民は使役される者。

 

貴族が自らの領地の領民を自由に扱う事など当然であり、それを許されるだけの権力が貴族にはある。

 

カトレアが己のために平民一人の命を犠牲にしても―――たとえそれが、何の罪もなくカトレアに似て慈愛に満ちた人物だとしても―――表立ってそれを非道だと非難する者はいまい。

 

 

「それでも、やっぱり私にそれは必要ないわ」

 

 

そんな己の立場は十分に承知していながらカトレアは、それでも柔らかな拒絶の言葉を口にした。

 

 

「私は、何かを犠牲にするという事が嫌いなんです。たとえそれで私が救われるとしても、その救いが誰かの犠牲の元に成り立つなら、私は欲しくない。

 

犠牲ない道なんて、あなたは偽善と嗤うかもしれないけれど、それでも私はそれが受け入れられない。貴族がどうかは関係なく、私自身が認められないの。犠牲の上の救い、それに縋って生き延びるのが」

 

 

貴族として、ではない。

 

彼女がカトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌであるが故に、ギルガメッシュの提示する方法は受け入れられない。

 

犠牲が生きることの本質であるとしても、その道はカトレアにとって相容れぬもの。

 

偽善となじられ、生きろと懇願されても、カトレアは決してその道を選ばない。

 

 

「では、貴様の生とは何だ?生れ付いて虚弱な肉体に自由を奪われ、私欲を満たすこともせず。数ある幸福を手放して、今なお生の執着を放棄する。そんな価値なき生を迎え、貴様には何の悔恨もないと?」

 

 

ギルガメッシュの問いかけに、カトレアは返答する。

 

そこに先ほどまでの動揺はなく、その顔には微笑さえ浮かんでいた。

 

 

「私は思うんです。人が生きる意味とは、自分自身の命の意義を見つけるためではないかって」

 

 

悟りを開いた高僧のような、穢れを祓った聖人のような、そんな静かさと穏やかさを纏う。

 

淀みなく放たれる言葉の数々が、カトレアという人間の抱く矜持をより強くする。

 

それはまるで、自らに掛ける暗示のように。

 

 

「この世界ではあらゆる生命が生まれて、そしてそれぞれの明日を迎えるために生きている。知恵なき動物達は言うに及ばず、知恵ある人間やそれ以外の種族もそれは同じ。

 

けれど、知恵を持つ私たちは考えてしまう。自分達はどうして、この世界に生まれ、今を生きているのか」

 

 

いかに聖人の如き清潔さに満ちたカトレアであっても、やはり人の子。

 

かつてはカトレアとて、自らの宿命を恨み、世の不条理を呪った。

 

 

生れ付いての虚弱な身体。/なぜ私の身体はこんなに弱い。

 

母の血を継ぎ恵まれた魔法の才覚。/魔法の才だけあって何になる。

 

長旅にも耐えられず、領地の外にも出られない。/なぜこんな目に合わねばならない。

 

人並みな幸福を得ることもなく、このままこの場所に縛られて死んでいく。/自分が犯した罪など何も無いのに。

 

 

それなのになぜ―――自分だけがこのような不条理を受けねばならないのか。

 

 

「何を思ったところで、生きるという事は変わらない。どれだけ考え抜いた所で、確かな答えなんて出るわけがない。やがて人はその疑問を考える事が億劫になり、省みる事をしなくなる。答えなどなくても、人は生きていく事に支障は無いから。

 

けれど幸い、私には考える時間がたくさんあった。だから、たくさん考えていたの。私はどうして、生きているのかって」

 

 

なぜ、自分は生まれたのか。

 

どうせ長くない命ならば、存在している意味はなにか。

 

閉ざされながらも恵まれた環境の中で、カトレアはその命題を自問し続けた。

 

 

「あらゆる命には意義がある。どんな命も、存在したなら、生まれてきたこの世界に何かを為す事が許される。それは生れ付いて短く限られた私の命も例外じゃない。

 

重要なのは命の長さではなく、その中身。限りある命の中で、いかに自分という命の意義を見出すか。その答えを見つけて、それを確かな形とできた時、人は死の恐怖を超えられる」

 

 

未来のことは分からない。

 

脆く儚い身体を持って生まれてきた自分も、この先の未来など容易く想像できはしない。

 

 

このまま緩やかに朽ちていくのかもしれない。

 

何かの奇跡が起きて、生きながらえる事もあるかもしれない。

 

しかし至る道がどうであれ、カトレアに出来るのは静かにそれを受け入れることだけ。

 

やがて訪れるだろう、自らの運命に逆らうつもりは、カトレアには無い。

 

 

「確かに私は、あらかじめ自由の無い命として生まれた。けれど、その後にあったものは、そんな不幸など比べ物にもならない幸福な日々だったわ。だから、私ははっきり言える。たとえこの後にどんな不幸が待ち構えていても、私の過ごしてきた日々は幸福そのものだと。その結末がどうであれ、その過程に辿って来た幸福に濁りなんてあるはずがない。

 

私の命は、本当に満たされていた。そこに文句を言うなんて、それこそ侮辱だわ。そんな素晴らしい私の生涯を完遂することが、私が見つけた命の意義なの」

 

 

ただひとつ言えるのは、たとえいかなる結末を辿ろうとも、カトレアに悔恨はない。

 

己の生には、確かな幸福があったと。

 

その死に様がどうあれ、そこまでの道のりはまぎれもなく幸福であったと。

 

微塵の迷いもなく、彼女は謳い上げるだろう。

 

 

死の恐怖が全くないわけではない。

 

ただ彼女の信念は、恐怖すらも克服させて彼女の生に形を与えている。

 

穢れ無き生を歩んだ彼女の生涯に、犠牲の血など無用の長物。

 

全てを受け入れ慈しむ慈愛の宿業こそ、カトレアという人間の本質であり、価値なのだから。

 

 

「私にはもう自分で決めた、自分自身の答えがある。だから、ギルガメッシュさん。私にあなたの言う救いは必要ありません。私はすでに、十分に満たされているのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一片たりとも揺らぐ事無く答えてくるカトレアの姿に、ギルガメッシュは顔をしかめる。

 

その穏やかな表情は、再びギルガメッシュに過去に知る女を思い起こさせた。

 

 

・・・あの女もまた、こんな顔をしていた。

 

己が死を恐れず、他者への慈悲などという道に殉じる、決意の面貌。

 

あの時、自分の前に臆することなく立ち塞がった女もまた、こんな顔をして相対してきた。

 

 

凡庸な雑種には決して真似できぬ、真の慈愛の心を介した者の姿。

 

その姿こそを己の存在の意義であると明確に定め、その生き様に躊躇いなく命を懸けられる覚悟。

 

その外見の美貌を超越した気高き在り様に、自分は確かに気圧された。

 

 

その姿を、不条理より召喚されたこの異界にて、再び垣間見ている。

 

 

「・・・やはり、あの女と同じか。全く以て、気に喰わん」

 

 

一言だけを残して、ギルガメッシュは席を立つ。

 

これ以上の同席は、余計な記憶まで呼び起こす予感があった。

 

 

「そうですか?私はあなたのような人、嫌いではありませんけど」

 

 

「我を相手に全く物怖じせぬその態度。だから気に喰わんというのだ、たわけ」

 

 

退出する足を止めず、振り向く事無くギルガメッシュは言い捨てる。

 

そんな彼の言葉に、カトレアは微笑みを浮かべて応えた。

 

 

「ありがとう、ギルガメッシュさん。あなたとの会話は、とても有意義なものでした。あなたとこんな話が出来たことを、私は本当に嬉しいと思っています」

 

 

謝辞の言葉にも、ギルガメッシュは振り返ろうとはしない。

 

この場より立ち去っていくその背に向けて、カトレアは最後に語りかけた。

 

 

「どうかルイズと、そしてあなたがこれから行く道が、有意義なものでありますように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷を後にし、僅かな時間をラ・フォンテーヌ領の散策へと費やす。

 

豊かな土壌を誇るラ・フォンテーヌの土地は、そこに住まう者の心と身体を癒す安息がある。

 

ラ・ヴァリエール公爵が、病魔に苦しむカトレアのために、この土地を差し出したというのも頷ける。

 

自然豊かな領地の景色は、散策場としては十分な価値を有していた。

 

 

だがそんな景色の数々も、今のギルガメッシュの目には入らない。

 

ギルガメッシュの意識は現代ではなく、すでに過ぎ去った記憶へと向いていた。

 

 

『重要なのは命の長さではなく、その中身。限りある命の中で、いかに自分という命の意義を見出すか。その答えを見つけて、それを確かな形とできた時、人は死の恐怖を超えられる』

 

 

先の邂逅でカトレアの口にした、彼女の達観の言葉。

 

意義ある生に、死の恐怖はない。

 

己が生の価値を確かなものとしたならば、人には安息が訪れる。

 

さすれば訪れる死に対し、恐怖すらも越えた充足を得られよう。

 

 

それはまぎれもない、感情という高度な精神を持った命の真理。

 

知恵を持つ人にのみ与えられる世の真実を、言われるまでもなくギルガメッシュは理解していた。

 

 

(だが、その真理故に、我はあの命題を突き付けられた)

 

 

ギルガメッシュの脳裏に飛来するのは、もはや遥か昔の記憶。

 

英雄王の生涯において、唯一人朋友と認めた、獣であった男の事。

 

 

男の名を―――エンキドゥといった。

 

 

(エンキドゥ―――。お前の抱く在り様は、まさしくこの我の正逆のものであった)

 

 

ギルガメッシュを大地に君臨する山と例えるならば、エンキドゥという男は広大な空を流れる雲。

 

獣であったエンキドゥには一切の束縛の概念がなく、いかなる戒律も常識にも彼は縛られない。

 

彼にあるのは強大なる己の肉体と、そして『聖娼』との邂逅で得た“人”としての心のみ。

 

彼を動かすのは常に彼自身の感情であり、そこに迷いなるものは存在せず、在りのままの自分自身で在り続ける。

 

 

まさしく彼こそは、この世の何よりも“自由”という言葉を体現する存在。

 

そんな奔放な同伴者の存在に、英雄王は飽きを覚えることなく、共に世界を堪能していた。

 

 

(だが、あの忌まわしき神の呪いによって死に直面した時、お前は初めて涙を見せた)

 

 

英雄王の視点からすれば、それは信じられぬこと。

 

彼の者はまさしくたゆたう雲の如く、あらゆるしがらみより解放された存在。

 

示された真理に沿うならば、朋友の死には何の未練も悔恨もない、充足に満ち溢れたものでなければならなかった。

 

 

だが、エンキドゥは泣いた。

 

末期に差し掛かった病に苦しむ身で、これ以上ない哀れな嘆きの相を見せた。

 

かつて勇猛と壮観で称えられ、時には英雄王すら上回る武勲を打ちたてた勇者の姿は、そこにはない。

 

あるのはただ、目前に迫った死に怯える、弱く儚い一人の男であった。

 

 

彼こそは英雄王がただ一人同格と認め、傍らに在る事を許した者。

 

自らが対等と認めた男のあまりにも弱々しい姿に耐えきれず、ギルガメッシュは問いを投げかけた。

 

 

―――なぜ泣くのか、我の傍らに身を置いた愚かさを、今になって悔いるのか?

 

 

生に縋るのは未練ゆえに。

 

死を恐れるのは悔恨ゆえに

 

誰よりも“自由”であり続けた男にとって、それらは全く似つかわしくないもの。

 

常に傍らにいた朋友たる王は、あまりに彼らしくない姿を前に、その理由を訊かずにはいられなかった。

 

 

『―――そうではない。君と共に駆け抜けた日々は、僕にとって最高の輝きだった』

 

 

―――ならばなぜ、なぜそうまでこの世に未練を残すのか?

 

 

重ねて問うギルガメッシュに、病の苦悶を滲ませながらエンキドゥは答えた。

 

 

『僕は、君と共に在りたかった。あの日、あの広場で君と出会ったあの時から、僕の行くべき道は常に君と共にあると信じていた』

 

 

シャムハトの導きにより引き合わされた二人。

 

死闘の果てに固い絆で結び合わさった二人は、いかなる時も共に在り。

 

力と存在の全てを認め合う彼らの冒険には、どんな時でも波乱万丈と奇想天外、そして何より充実があった。

 

 

だがそんな二人の絆は、二人共に深い関わりを持つ存在によって断たれる。

 

神の母を持ち全身の三分の二は神のそれであるギルガメッシュと、神の捏ねた泥より生み出されたエンキドゥ。

 

二人にとってはまさに親にも等しい神々の、その呪いによってエンキドゥの命を潰えようとしていた。

 

 

『なのに、僕は君を置いて、先に逝く。それが僕には、無念でならない。君と共に在れぬ我が身を、君を独り残して去るこの世を、悔やまずにはいられない。ああ、そして―――』

 

 

それが、英雄王の唯一無二の朋友たる男の、最後の言葉。

 

 

『この僕の亡き後に、誰が君を理解するのだ?誰が君と共に歩むのだ?朋友よ・・・、これより始まる君の孤独を思えば、僕は泣かずにはいられない・・・』

 

 

生への未練は、王と共に在れぬ我が身に。

 

死への悔恨は、王を独り残す逝去に。

 

最期まで薄れることのない友情を抱いて、エンキドゥはその生涯を閉じた。

 

 

自分の命に意義を見出した時、人は充実を得る。

 

だが確固たる意義を見出してなお、それを形と出来ずに終わった時、懐く絶望はより強いものとなる。

 

何ものよりも固い絆で結ばれていたが故に、その別離はエンキドゥを絶望の底へと落とした。

 

 

そして自らと対等と認めたエンキドゥの死は、ギルガメッシュに死というものを連想させる。

 

それまでのギルガメッシュにとって、死というものは関心の対象となることがなかった。

 

この世において並ぶ物無し、唯一エンキドゥを除いて天下無双を誇る英雄王にとって、我が身の死など無縁。

 

死というものの概念は理解していても、その死に瀕する我が身の姿を、ギルガメッシュはどうしても想像できなかったのだ。

 

 

だがその死が、今のギルガメッシュにははっきりと想像できる。

 

そのきっかけは、自身と並び立つ朋友であるエンキドゥの死。

 

自分と同じくその死の姿など決して想像できなかった男の死を、現実のものとして直視した。

 

対の存在たるエンキドゥの死を目の当たりとし、ギルガメッシュもまた己が死を夢想した。

 

 

その想像は恐ろしかった。

 

傲岸不遜の英雄王をして、初めて恐怖なる感情を植え付けた。

 

死に際にエンキドゥの見せた、非業の嘆き。

 

あの哀れな姿が、ギルガメッシュには忘れられない。

 

 

あれはもしかしたら―――やがて訪れるだろう自分の結末の姿を映しているのではないか。

 

 

思えば思うほどに、思考は深みへと嵌まっていく。

 

思考を閉ざしても想像は止まらず、エンキドゥと同じように死の淵で嘆く己の姿が見えてしまう。

 

行く先も見えぬ朧の中、もしこのまま座して時が経つのを放置すれば、自分の結末はまさしく想像の通りとなるだろう。

 

ほとんど確信に近い予感が、ギルガメッシュにはあった。

 

 

故に、ギルガメッシュは旅に出た。

 

天上の玉座も、『王の財宝』も、あらゆる財を捨て去って、朋友と同じように我が身ひとつとなって荒野に出る。

 

アテもないその旅路の中で、やがて不老不死の秘法という目的が生まれる。

 

自分が懐く死に対する怖れ、それを乗り越えるためにギルガメッシュは唯一死を超越する方法を探し求める。

 

 

苦難に満ちた探究道の果てに、ギルガメッシュはついに不老不死の秘法を手に入れる。

 

探究の旅の終着で、英雄王はこの世のすべてを手にすると同時に、ひとつの“答え”へと至る―――

 

 

「・・・くだらんな。所詮は、過ぎた話か」

 

 

過去への回帰を打ち切って、ギルガメッシュは吐き捨てる。

 

 

過去を思った所で、意味はない。

 

過去とは所詮、過ぎ去ったもののこと。

 

例え過去にいかなる解答を見出そうとも、現在が変わるわけではない。

 

過去に思いを馳せた所で、現在の胸を覆う無興は消えない。

 

すでに過ぎた道のりを振り返り没頭するのは、英雄王たるこの身にあるまじき惰弱である。

 

 

過去に思いを馳せるのは、ここまで。

 

カトレアのせいで思わぬ郷愁に見舞われてしまったが、自分のすることは変わらない。

 

彼はただ我欲のままにあり、その趣向のままに快楽を満たすのが、英雄王たる自分の在り様なのだから。

 

 

「おぉぉぉいっ!!!ギルガメッシュゥゥゥゥゥッ!!」

 

 

大気に響き渡る声。

 

振り向く先では、馬車から下りてこちらまで駆けてくる桃色の少女の姿があった。

 

 

「ルイズか。ずいぶんと早いな」

 

 

「アンタが何かトラブルでも起こすんじゃないかって思って、ゼイゼイ、話を切り上げて急いで戻って来たのよ、ハァハァ」

 

 

走り込んだため息切れした呼吸を整えて、ルイズは改めて口を開いた。

 

 

「それよりちい姉さま!!アンタ、まさかと思うけどちい姉さまに何かしてないでしょうね!!ちい姉さまはアンタと違って、とっても繊細なんだから。余計なこと言って、気分を悪くしてたら許さないわよ!!」

 

 

早口で捲くし立ててくる、自分を召喚した桃色の少女

 

かつて友がいた場所の、現在の傍らにある存在を、ギルガメッシュは見返した。

 

 

過去とは、すでに過ぎ去りしもの。

 

どれほど過去のそれに見劣りしようと、今あるそれから目を逸らす事は出来ない。

 

現在の無興を埋められるのは、やはり現在の者しかあり得ないのだから。

 

 

「?どうしたのよ?」

 

 

「いや」

 

 

視線を感じたルイズの問いかけを適当に受け流し、ギルガメッシュは問いを返す。

 

 

「それで?家族への報告とやらはどうなったのだ?確かお前が戦争へと赴く許可を得るためのものだったな」

 

 

「・・・一応、許可はいただいたわ。女王陛下からいただいた、誓約書のおかげでね」

 

 

ただし、家族たちは終始渋面を崩さなかったが、とルイズは付け加えた。

 

 

「要は私の力を信用してないのよね。けど、それも今度の戦争で功績を立てて、それで見返してやるわ。今度こそ、私は本当に英雄になってみせるんだから」

 

 

精一杯の誇りを見せて、迷いなく高らかにルイズは宣言する。

 

身の程を弁えぬその無謀に、眺めるギルガメッシュは嘲笑を漏らす。

 

いかに伝説の力を兼ね備えようと、所詮ルイズは世界をロクに知らぬ小娘。

 

将来性はあれど、まだまだ栄誉を手にする英雄の器ではない。

 

それでも番有を振るうのは、自らを盲信する愚かさ故か。

 

 

(いや、恐らくはそうではあるまい)

 

 

そも、ルイズが己の力を信じる事など、つい最近までは到底不可能だったはずだ。

 

魔法を使えぬ『ゼロ』。

 

ルイズにとって魔法とは、貴族の権威の表れであると共に、自らの無能を示す象徴でもあった。

 

 

いかに『虚無』の目覚めを果たしたとはいえ、十数年もの長きに渡り自らを裏切り続けてきた力など、そう容易くは信じられまい。

 

恐らく、今も心の隅では、いつまたこの力が自分の事を裏切るのかと怯えを懐いているのではないか。

 

 

だからこそ、ルイズは明確なる結果が欲しい。

 

一度や二度の功績だけでは、全く足りない。

 

それこそこれまでの自分の人生の屈辱をまとめて精算できるほどの功績を打ち上げて、初めて自らの力を真に信じる事が出来る。

 

戦争とは、その目的のためにはまさしく打って付けの舞台だ。

 

 

要は、実感が持てないのだろう。

 

伝説の力と言えば聞こえはいいが、言い方を変えれば全く研究も発展もされていない未開の魔法。

 

だからこそ使用の機会も多く設け、その価値を確かなものとしたい。

 

果たしてこの力が本当に自分の役に立つのか、新しく手に入れた玩具を試したいとダダをこねる子供ように。

 

一言で言ってしまえば、やはりルイズは身の程も弁えない馬鹿者でしかない。

 

 

―――だが、己の度を越えて蛮勇を振りかざす馬鹿者の方が、自らに妥協し早々に諦観を懐く雑種より遥かに楽しめるのも事実。

 

 

「なるほどな。確かに、千の言葉を費やすよりも、一の武勲を以て語る方が、物事とは往々にして容易く進むものだからな」

 

 

ルイズの言葉に頷いて見せるギルガメッシュ。

 

 

「そうよ!!アルビオンで立派な功績を上げて、私の力を認めさせるんだから」

 

 

使い魔の態度に、その気になるルイズ。

 

 

「今の私には『虚無』の力がある。あの無敵と謳われたアルビオン艦隊を一撃で葬った伝説の力が!!」

 

 

「ふむふむ」

 

 

「それに祈祷書を読んでいたら、他にもいろんな魔法が見つかったし。活用すればきっと武器になるわ」

 

 

「ほうほう」

 

 

「この力で私は英雄になる。トリステインにこの人アリって、そんな風にみんなから称えられるのよ!!」

 

 

「ほほう!」

 

 

ルイズの言葉に合わせ、わざとらしく頷いて見せるギルガメッシュ。

 

そんな相鎚にも、テンションの上がった今のルイズは簡単に乗せられていく。

 

 

「行くわよーーー、アルビオンッ!!」

 

 

「おお、行って来い」

 

 

と、ルイズが実に高らかに大空へ叫んだところで、二人の会話が途絶える。

 

二人の間に微妙な空気が流れ、しばらく沈黙が続く。

 

 

やがてその沈黙を打ち切って、ルイズが声を上げた。

 

 

「ちょ、ちょっと!!行ってこいって、まさかアンタ、行かないつもりなの!?」

 

 

「当然だろう。外様の戦争に、なぜ王たる我がわざわざ足を運ばねばならん」

 

 

これまでの話の流れなど全く無視する形で、ギルガメッシュは言い放つ。

 

さすがに反論しようとするルイズであったが、その前にギルガメッシュが発言を封殺する。

 

 

「ああ、そうか。お前の言う戦争への参加とは、この我の擁護下の元にある事が前提であったのか。いや、これはすまなかったなぁ。確かにお前は、我の庇護がなければ愚鈍な能無しであったわ。功績だなんだと抜かしておるから、てっきりお前自身の力でどうにかするものかと思ったが、いやはやそんなわけはなかったなぁ、『ゼロ』のルイズよ」

 

 

的確にルイズの怒りを呷る挑発に、ルイズは容易く頭に血を昇らせる。

 

元より論争で、ルイズがギルガメッシュに勝てる道理はない。

 

たかが一介の学生である少女など、英雄王にかかれば口車に乗せるのはいかにも容易い。

 

 

「いいわ、やってやろうじゃない!!アンタの力なんて無くっても、私一人で功績を打ち立ててやるんだから!!」

 

 

ルイズがそう言わされるのに、さして時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎゆき、舞台は数か月後の年末の季節へと移る。

 

冬の肌寒さを感じさせるウィンの月、第一週のマンの曜日。

 

アルビオン大陸が最もハルケギニアへと近づくこの日、遂にトリステインとゲルマニアの両国の同盟軍艦隊が、アルビオン侵攻のために出撃した。

 

 

空を埋め尽くす戦艦の群列。

 

参加隻数五百を数える両国の大軍勢が、アルビオンへと向けて飛翔する。

 

 

そしてこの同盟艦隊の旗艦たるのは、トリステインの大型戦艦『ヴェセルタール』号。

 

トリステインの所有する艦船としては最大規模の艦に、ルイズの姿はあった。

 

 

ギルガメッシュの姿は、ない。

 

 

「まもなく我が艦隊は、アルビオンにおける空路の要所、ロサイスへと侵攻します」

 

 

広い戦艦の通路の中、ルイズの隣を歩く四十過ぎほどの美髯の男が声をかける。

 

将官としての豪奢なマントをなびかせる男の名は、ド・ポワチェ。

 

トリステインより派遣された将軍であり、この同盟軍の総司令官の地位に立つ者である。

 

 

「精強と噂名高いアルビオン空軍。その防備を打ち破り、あの陸の拠点となる港を制圧する事こそ、今回の戦争の要と言える。この作戦、なんとしても成功させなくてはならない」

 

 

ド・ポワチェという男は、いわゆる名将といった類の人種ではない。

 

何か多大な功績を上げて出世したわけではなく、血筋の尊さと堅実な姿勢、あと少々の狡猾さで成り上がった人間。

 

よくて中の上といったところであり、決して常勝を成し遂げられる非凡な将軍ではない。

 

それでも今のトリステインには彼より優れた将軍がいないことも事実であり、同盟軍を任せられるのは彼の他にいなかったのだ。

 

その事実を、他ならぬド・ポワチェ自身が理解していた。

 

 

「頼みますぞ、ミス・ヴァリエール。あなたの持つ『虚無』の力に、この戦の成否がかかっておるのです」

 

 

将軍ともあろう者が、たかが一学生に対して随分と卑屈な態度を取る。

 

だが、いかに学生とはいえ、ルイズはアンリエッタ女王直属の女官。

 

ルイズにとっての上官とはあくまでアンリエッタ唯一人であり、彼女がド・ポワチェに従うのはアンリエッタの命令があってこそ。

 

権限にこそ大きな差があるが、立場だけを見るなら二人に上下などないのである。

 

 

そして何より、ルイズの持つ『虚無』の力はド・ポワチェにとって切り札だ。

 

 

彼は女王より、先の戦でのアルビオン艦隊の壊滅がルイズの手によるものだと知らされていた。

 

その際に、女王より『虚無』の力の効率的な運用を行えと命じられてもいる。

 

今回のロサイス攻略作戦も、ルイズの持つ『虚無』の力を前面に押し立ててのものである。

 

軍人として飛び抜けた才覚を持たないド・ポワチェは、敵にとっても全く未知である伝説の力を存分にアテにしていた。

 

 

「任せてください。ご期待には必ず応えてみせます」

 

 

そしてルイズも、そんな自分の待遇に満足していた。

 

 

「おお、なんと頼もしい。さすがは伝説の始祖の魔法。頼りにしておりますぞ、ミス・ゼロ」

 

 

かつては嘲笑の代名詞でもあった『ゼロ』という二つ名。

 

しかしそれも、今となっては自分の力を称えるものだ。

 

 

充実を感じる。

 

人から称えられるとは、こんなに気分の良いものなのか。

 

これより先、自分はこの程度ではない称賛を皆から浴びることになる。

 

それを思うと、ルイズは内に沸く興奮を抑えられなかった。

 

 

将軍が自分の事を道具として扱っているのは、何となく察している。

 

艦隊司令ともあろう者がこうして自分と共にいるのも、ちょっとしたご機嫌取りのつもりだろう。

 

だが、そこに文句を付けるつもりなど、ルイズには無い。

 

道具として扱っているというのなら、ルイズとて同じ。

 

この戦争そのものを、名誉を打ちたてる舞台として、ルイズは利用しようとしているのだから。

 

 

「ところで、戦闘が始まったら私はどこにいればよいのですか?さすがに艦上から魔法を使うのは、距離が離れ過ぎているのですが」

 

 

「御安心を。すでに我が軍より選りすぐりの竜騎士を選出しております。あなたの輸送は、彼が務めてくれます」

 

 

「彼、とは?」

 

 

「かのアルパイン家の嫡子、ルアガード子爵です。まだ若輩ではありますが、その素養は十分。アルビオンに寝返った『閃光』の後継と目されている人物です」

 

 

思わぬところでかつての婚約者の名が出て、ルイズは僅かに顔をしかめた。

 

 

「私も彼には目をかけていましてね。よろしければ紹介しましょう」

 

 

「では、ご厚意に甘えさせてもらいますわ」

 

 

申し出に頷き、ルイズはド・ポワチェと共に甲板上に出る。

 

百メイル近い大きさを誇る艦船の広い甲板には、何騎もの竜騎士の姿があり、相棒である己の竜と共にいる。

 

 

「ルアガード子爵の持つ火竜はひときわ見事でしてな。さあ、こちらに―――」

 

 

ド・ポワチェがそう言いかけた時、マントを付けた一人の貴族の青年がルイズ達の前に転がってくる。

 

甲板上を勢いよく転がって来たらしい青年は、見るからにボロボロになっており、白目を向いて気絶していた。

 

 

「ル、ルアガード子爵っ!?一体なにがあったのだ!?」

 

 

驚愕したド・ポワチェの声が聞こえてくる。

 

どうやら、この青年が件の竜騎士であったらしい。

 

言われて見ればなるほど、将軍が気に入りそうな精悍な顔立ちと身体作りをしている。

 

これで毅然と佇んでいれば、さぞや頼りがいのある姿だと思えただろう。

 

ただ、さすがに今の無様な姿には、そうした感情を抱く事は出来なかったが。

 

 

「大したことではない。少々の決闘騒ぎだ、司令官殿」

 

 

ド・ポワチェの疑問に答えるようにして、低く朗らかな声が響いてくる。

 

その声のした方へと、ルイズは振り向いた。

 

 

「彼はあなたの部下だったか。だとしたら、申し訳ない。受けた決闘を避けて通るは武人の恥と思い、申しだされた決闘にも承諾したが、どうやら相手の恥の上塗りであったらしい」

 

 

瞬間、ルイズの心臓が生まれてこの方覚えのない鼓動を感じた。

 

 

「決闘だと!?やったのは貴様か。趨勢を握る戦いを前に、何をふざけたことを!!」

 

 

「俺も忠告はしたのだが。相当に頭に血が昇っていたらしく、聞いてもらえなかった。・・・フム、やはり異性絡みの諍いは苦手だな」

 

 

視線の先にあったのは、倒れる男以上の精悍さを見せる一人の青年。

 

引き締められた衣服から覗かせる肉体の線は、無駄なく極限まで鍛え抜かれた戦士のそれ。

 

癖のある長い髪を後ろに撫でつけ、左目の下には一際目に尽く涙粒のような黒子がひとつ。

 

高い鼻梁と凛々しい眉の端整に構成された顔立ちは、男ならではの魅惑に溢れ、女ならば思わず見入らずにはいられない。

 

 

顔面を紅潮させ、現れた好青年に目を奪われるルイズ。

 

そんな乙女の視線を受けながら、青年は軽快な足取りで歩み寄ってくる。

 

 

「舐めた口を・・・っ。貴様、どこの者だっ!!」

 

 

激昂したド・ポワチェが青年を問いただす。

 

その怒気にも特に動じることなく、明快な口調で青年は答えた。

 

 

「ロマリアより義勇兵として参戦した、ディルムッド・オディナ。掲げる旗は異なるが、共に同じ戦場にて肩を並べることになる。以後見知り置き願おう、司令官殿」

 

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