Side マドカ
「何度目だろうな、この場所に来るのは」
世界IS大戦から1年。霧雨無月率いる暁が仕掛けた世界で初めてISを用いた戦争は、暁の勝利で幕を閉じた。
ISを尽く奪われた世界に暁に対抗する術はなく、IS学園の戦いが終結した後に講和条約という形で決着した。
暁が要求したのは、宇宙開発の推進ただひとつ。そしてそのためにIS学園の跡地に新たな国際施設を作ること。
各国は施設の運営費を供出することが求められた。ただ、供出額によって宇宙開発の研究に携わることができる。
世界にあるISは、暁がこの施設で管理することになり、世界がISを使った研究ができるのは、ここだけだ。
元々、宇宙開発のために作られたパワードスーツであるISは、宇宙という未知の世界を一気に切り開く。
まだ、施設の出来としては30%程度だが、ミラージュは既に研究と推進を進めており、月への進出を果たしている。
それに刺激された先進諸国はこぞって参加を表明し、兵器としてではなく、宇宙開発のためにISは使われるようになるだろう。
そして北条が最後の戦闘で使用した霧流一式は女尊男卑が蔓延る世界の新たな希望となった。
遠隔操作とはいえ、男でもISを使用することが可能となったのだ。ISを操縦できるから女が偉いという、女尊男卑論者の主張は崩されつつある。
また、各国がISを失ったため、女が特別優遇されるという風潮はなくなりつつある。所詮は優秀な戦力になるかもしれない女を確保しておくためだけの政治的な配慮だったのだ。
今はドイツのクラウスを中心に男女平等を目指す政党が勢いづき始めている。勘違いをした女たちにとっては苦々しいだろうが、自分で蒔いた種だ。仕方ないだろう。
これからは軍人ではなく、宇宙飛行士としてISパイロットは目指されることとなる。
パイロットが乗るISは遠隔操作機にはない繊細さが求められる場所へ、遠隔操作機はパイロット達が乗ったままでは危険な場所へ行くことができる。
住み分けはできているので、どちらかが邪魔になるということはないだろう。
各国にはISコアをレンタルという形で使用を認める予定だ。もちろん、施設内からの持ち出し禁止などの制限はつけるらしいが、そこら辺はスコール辺りが上手くやるのだろう。
「・・・最後の最後で約束を守らなかったな」
慰霊碑には霧雨無月、織斑千冬、篠ノ之束の名前が小さく刻んである。この3人は未だに行方がわかっていないとされている。
正確には織斑千冬は死んでいるが、公式には発表されてはいない。それだけ織斑千冬の影響力は強い。知っているのは暁の面々と極一部の人間だけだ。
終戦後、私と優子とアーデルハイド、それから楯無の4人で学園の跡地に飛び、周囲を何日も探したが、遂に無月を発見することはできなかった。
無月と約束した食事の場所はずっと予約を入れたままにしてある。いつでもあいつが帰って来ても大丈夫なように。
それが、私にできる唯一のことで、無月がいたことを形として残しておくための心の支えなのだ。
スコールとナターシャは暁の代表として目の回るような日々を過ごしている。この2人は、無月がいなくなった後の暁の方針を聞いており、無月のためにもそれを実行させようと奮闘しているのだという。
ただ、何かの代表という立場は相当大変なようで、ナターシャは酒も飲めないと嘆いていた。
オータムは相変わらず、特別警備部として活躍中だ。今ではそちらの方がメインの仕事になってきている。金で雇ったという部下と仲良さげに話しているところが多々目撃されている。
恋人だというスコールも身を引く覚悟はできていると言っていたが、よくわからないな。
アーデルハイドと優子は専属パイロットとして宇宙開発の先頭に立って動いている。
アーデルハイドは空の姉として一緒に仲良く暮らしているが、問題が発生していた。最近、空が学校に通い始めたため、以前ほど一緒に過ごす時間がなくなっているのだという。
年のわりにしっかりとしている空は、仕方のない姉です、と言って学校とアーデルハイドの相手を両立させて忙しそうだ。
ただ、料理はダメなそうで、アーデルハイドが必死に作り方を覚えているのだという。
優子は、一番ショックを受けていたが、無月の夢を叶えたいという意思で、宇宙へと向かっている。ただ、写真は健在だ。
マリア、サラ、ティナの3人はスコールとナターシャの下で雑務をこなしながら、勉強をしている。
マリアは更識簪と会うたびに意味のない勝負を繰り返している。ISが使えないからということらしい。
更識簪は、大戦後に更識家の18代目当主に就任した。楯無が自ら座を辞したのだ。本当は暇なのではないか?という頻度で来る辺りマリアとは良好な関係らしい。
学園の専用機持ち達も学園は卒業ということで、各国へと帰国し、それぞれの道を見つけているらしい。
楯無の話によると、専用機持ち達は何かと理由をつけて日本に来ては、織斑一夏の元に通っているのだという。
その織斑一夏は、唯一の身内だった姉が行方不明となり、相当精神が参っていたそうだ。ただ、自ら立ち直る術も知っていたようだ。
「彼も伊達に生徒会長をしてなかったのよ」
というのは楯無の談だ。自分と姉を繋いでいるのはISしかないと思い定め、日本の専属パイロット候補として立候補しているのだという。
さて、楯無と私だが、教師となっている。ISのノウハウはIS乗りしかわからない。
この施設にはIS学園ほどではないが、教育施設も兼ねており、各国で基礎を学んだ学生が、専属パイロットとして最終的な講習を受ける場となっている。
その実技と座学の応用部分を教えるのが私と楯無の役目だ。それなりに充実はしているが、何か物足りない。そんな日々を過ごしていた。
「もし帰ってきたら財布の中身が空になるまで奢らせてやる」
ここへ来るのは、近況報告と文句を言うためだ。何も伝えることができないまま、いなくなってしまった男に。
「おいおい、そんなに怖いこと言うなよ」
「・・・!?」
不意に後ろから声がかけられる。気配に気づかないことなんて最近ではほとんどなかったのだ。
後ろを振り返ると、そこにいたのはこの1年探し続けた奴だった。
「遅いぞ、無月」
「すまないな」
言いたいことは山ほどあるはずなのに、出てきた言葉は今までと変わらない、自然な言葉だった。
「全く、何をしていたんだ。それにその眼帯は・・・」
「ああ、これか」
左目を覆う眼帯に無月は手をやり、呟いた。
「イザナギ・・・」
「イザナギだと?」
初めて聞くその術名に戸惑いを覚える。確かイザナギというのは、日本の神話に登場する神の名前だったはずだ。
「他者ではなく自らを幻術にかけ、自身に不利な事象を夢に、有利な事象を現実に変える究極の幻術・・・それがイザナギだ」
自身に不利な事象を夢に、有利な事象を現実に変えるだと?そんな都合のいい術があるはずがない。
無月はいつも言っていた。どんな事象にも必ずリスクはあると。そこまで聞いて私は1つの答えに辿り着く。
「・・・まさか!?」
「ああ、そのまさかだ。俺の左目は光を失った」
無月は力なく笑う。おそらく無月は死んだはず。ただ、イザナギを使って死んだという事実を無かったことにしたということか。
「もう忍術は使えない・・・雫もいない。失ったものは多かったな」
無月が遠くを見つめる。私はそんな無月に抱きついた。
「いいんだ・・・生きていれば。おかえり無月」
暖かい。これだけで本当に無月が生きているということが伝わってきた。
「・・・ただいま。マドカ」
「ふーーーーーん」
「「!?」」
不意に声が聞こえた。慌てて無月から離れて声のした方を見ると、そこにいたのは楯無だった。
「楯無・・・貴様・・・」
空気の読めない奴だ。なんて忌々しい!
「・・・おかえりなさい!無月くん」
「・・・ただいまです、楯無さん」
ニコニコとした笑顔を浮かべながら、楯無は無月に近づいていく。無月はダラダラと冷や汗をかいている。
「帰ってきたことはとても嬉しいわ・・・私の言いたいことはわかるかしら?」
コクコクコクと頷く無月。弱い、こんなに弱い無月は初めて見た。
「ここで追求してもいいのだけれど、私も鬼じゃないわ。だから、今はこれで許してあげる・・・」
何をする気だ、と思っていると、楯無は無月に顔を近づけていく。まさか、と思うよりも早く身体が動いていた。
「させるかぁ!!」
「むっ!」
木刀を瞬時に展開し、楯無に降り下ろす。楯無はそれを察知して飛び退いて避けた。
「・・・はぁはぁはぁ」
油断も隙もあったもんじゃない。私はふぅ、と息を吐く。なんとか最悪の事態は回避した。
「何をそんなに焦っているの?欧米じゃ普通でしょ?」
「ここは日本だ!楯無!」
さも当然のようにする楯無。生粋の日本育ちのお前が何を言うか。
「まぁ、いいわ。そんなことより早く戻りましょう!
「えっ?あっ?」
無月はすっとんきょうな声を出して楯無に手を引かれていった。慰霊碑の前には私のみが残された。風が寂しい。
「・・・待て!私を置いていくな!」
慌てて二人を追いかける。楯無、優子もアーデルハイドもそうだが、その場所は譲れないのだ!
◇
無月が生きていたことは世間には伏せられることとなった。首謀者が生きていると知れば、不都合なことが多々あるのだ。
ただ、必要以上に情報の隠匿はしない。バレたならそれでいいという程度の情報に留めておく。
無月は忍術を失っていた。あの激闘は無月の経絡系を蝕み、チャクラ自体が練れなくなったのだという。
最後に起きた巨大爆発は篠ノ之束の自爆だったらしい。イージスを何とか破壊し、その流れで篠ノ之束を十拳の剣で貫いたという。
だが、その瞬間、周りにいた無人機全てが、大爆発を起こした。チャクラが底を尽きかけていた無月に回避する術はイザナギしかなく、使用したが、発動時間は僅かだった。
それを補おうと雫が最後の力を振り絞って無月を覆う障壁になったそうだ。
無月にそれ以降の記憶はなく、気がついた時はベッドに寝かされていたのだという。
無月を拾ったのは、近くに住むそれなりの規模の病院を営む老夫婦。全治1年の傷を負っていた無月は半年間意識不明だったそうだ。
無月は幸いにも、重傷だが、特に死ぬような状態でもなかったらしく、治療を続けてくれたらしい。
今日、慰霊碑の近くに来たのはリハビリも兼ねて散歩をしていたら、私を見つけたそうだ。
生きている無月を見た優子はずっと声を上げて泣き続けて、無月はひたすら謝り倒していた。
まぁ、仕方がないな。別れ際の写輪眼はさすがに酷い。無月もそれは自覚していたようで、とても小さくなっていた。私と楯無もそれに関しては何も言わないでいた。
アーデルハイドはやはりというドヤ顔で無月を迎え、みんなが喜びを露にしていた。
◇
Side 無月
慰霊碑の前に俺は立っていた。最近はここに来るのが日課になっている。
世界IS大戦と呼ばれるこの戦争はISの在り方を大きく変えていくだろう。何も残らない戦争の道具としてではなく、未来を切り開く相棒として人類に不可欠な存在となるはずだ。
それが良いのか悪いのか、誰にもわからないだろう。要は遣い手次第なのだ。
俺たちにできることは世界がいい方向へ向かうように全力を尽くすことだ。困難だが、暁にはそれができると確信していた。それだけのメンバーが揃っているのだから。
「・・・また、ここか」
「お前もだろう?マドカ」
呆れたようにマドカが言うが、そういうマドカも暇さえあればこの慰霊碑に来ていたという。
それを指摘すると、私のは違う、と言った。どういうことかはわからないが、そういうことらしい。
マドカは隣に来て、座った。俺もマドカに倣って座った。
するのは何ということはない。ただ、話しているだけだ。1年前と何も変わらない。
1年という月日はたったが、変わらないことが良いこともあると感じていた。
「なぁ、無月」
突然、改まったようにマドカが口を開く。
「どうした?」
「お前は、何か得たものがあったか?」
「そうだなーーー」
俺は空を見上げた。どこまでも続く雲ひとつない青空は優しいようで寂しかった。
復讐を達成した復讐者は燃え尽き症候群のようになるそうだが、俺はそんなことはない。やりたいことが次々と浮かんでくる。
だが、それは俺1人が孤独に戦ってきた訳ではないからだと感じている。みんなが一緒に戦ってくれたから、俺は生きていられるし、これからも生きていく。
だから迷うことなく、答えた。
「ーーー仲間だな」
「・・・お前らしいな、無月」