とある雷神の聖杯戦争 作:弥宵
「クソッ!クソクソクソクソクソがぁ!」
間桐邸。トールの意識がアーチャーの狙撃に向いた瞬間を見計らってその場を脱出したライダー陣営だったが、マスターである間桐慎二はこの上なく憤慨していた。
「全部お前のせいだぞライダー!あんなひょろいバーサーカー一騎も倒せないで、何がサーヴァントだよこのグズが!」
「申し訳ありません」
一切の感情がこもっていない声音でライダーが謝罪する。
「こうなったら徹底的に潰してやる!遠坂も衛宮も後回しだ。あのガキ共、次会った時は絶対ぶっ殺してやる!」
激情に駆られる慎二を尻目に、ライダーは先程まで交戦していたサーヴァントについて考察する。
(最後の迎撃の際に口にした、『ミョルニル』という言葉……かの雷神にしては神性が薄すぎる。ではそれを模した魔術師?本人も魔術師と名乗っていましたが)
何にせよ油断できない相手だ。先程は背後にマスターの少女を庇っていたが、それがなければあの溶断ブレードをもっと延ばしていたと考えられる。あれ以上の
ランサーを撃退したと思しき発言も踏まえて、少なくとも魔力不足の現状では勝算はゼロに近いと理解する。してしまう。
(しかも、手札があれだけとは限らない……ミョルニルと呼ばれたものも、ただのブースターと考えるのは浅慮に過ぎるでしょう)
仮にも神の槌の名を冠する武器が、ただの魔術のブースターとは思えない。最低でも一つは奥の手を隠し持っていると考えるべきだろう。
(そうなれば……私の切り札を以てしてもどうなるか)
未だバーサーカー主従への恨み言を口にする慎二に、ライダーはそっと溜息をついた。
翌朝、遠坂凛は自身の通う穂群原高校に張られた結界を知覚した。
「悪趣味な結界ね。魂を溶かして吸収するなんて……貴方達ってそういうもの?」
『ああ、確かにその通りだ。そういう意味ではこれは実に効率的な方法と言える』
霊体化しているアーチャーへ問いかけると、予想通りの答えが返ってくる。
「それ、私の前で二度と言わないで。……それで、下手人の目星はつく?」
『少なくともサーヴァントの仕業であることは間違いあるまい。順当にいけばキャスターと言いたいところだが……』
「ええ。それにしては杜撰すぎる」
結界そのものの性能は高いが、隠匿など一切考慮しないとばかりに気配を撒き散らしている。一流の魔術師ならばこのような真似はしないだろう。
「となると、キャスターが正規の魔術師じゃないか、あるいは別のサーヴァントの仕業ってことね」
『昨夜の戦闘で目撃したバーサーカーも魔術師のようではあったが、アレはおそらく違うだろう。性質が攻撃的すぎる。可能性が高いのは、むしろライダーの方か』
「メドゥーサか……あり得ない話じゃないわね」
女神としての性質と共に、怪物としての側面も併せ持つメドゥーサならば、魂を吸い上げる能力を有していても頷ける。
「……って、つまりこれを仕掛けてるのは慎二ってことじゃない!」
遠坂凛は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のワカメを血祭りに上げねばならぬと決意した。
「……そう………いい度胸ね慎二。私の管轄でこんな真似してくれたんですもの。それはもうたっぷりと
『落ち着け凛。お礼参りもライダーの討伐も構わんが、その前にもう一度よく結界を調べてみろ』
「?あんた何言って―――」
凛の台詞は半ばで途切れ、彼女の表情が次第に憤怒から困惑へと変わる。
「これ……結界が放棄されてる?」
『ああ。解除こそされていないが、おそらく刻印によって形を保っているだけだ。魔力はほとんど回されていない』
この程度の魔力では結界の即時発動は不可能だ。凛がマスターであることは慎二も知っているはずなので、仕掛けようと思うならばもっと魔力を回しておくはず。
「どういうつもり?学校で魔力を集めるのをやめたってこと?」
『
「……まさか、こんなものを市街地に仕掛けようっていうの⁉︎」
凛は絶叫する。もしそんなことになれば、一般人への被害の規模は尋常ではないものになるだろう。
『魂喰いが目的ならば、むしろその方が効率がいいだろう。昨夜のバーサーカーへのリベンジでも考えているのかもしれんな』
「より効率的で、私達に邪魔されにくい場所に変えたってこと?」
『ああ。我々との交戦で、余計な消耗をするのを避けたのだろう』
推測、というには確信がこもったようなアーチャーの口ぶりに、ふと凛は違和感を覚えた。
「……なーんか、随分と慎二のことわかったように話すじゃない。遠目から見ただけで、まだ話したこともないはずよね?」
『さて。憶測を述べたに過ぎんよ』
「……ふーん。まあそういうことにしておいてあげるわ」
答える気がないのか、あるいは本当にただの憶測なのかはわからないが、ひとまず凛は保留することにした。
『ところでマスター。校門前で随分と叫んでいたが大丈夫かね?』
「………………あっ」
この後すぐさま生徒達の記憶を修正することになった。
放課後。やはり欠席していた慎二の動向が気になりながらも授業には出席した凛は、ひとまず学校の結界を解体してしまうことにした。
「ま、こんな形だけの結界ならすぐに片付くでしょ。終わったら慎二を探しに行くわよ、アーチャー」
『了解した』
本来の性能を発揮していればまだしも、ろくに魔力すら回されていない結界ならば簡単に破壊できる。だが腐ってもサーヴァントというべきか、順調に刻印を破壊して回ってもそれなりに時間はかかり、屋上にあった最後の起点を発見した時には日が暮れ始めていた。
「さ、これで最後ね。とっとと済ませて慎二を探しに―――」
「何だよ。消しちまうのか、勿体ねぇ」
「―――ッ⁉︎」
蒼の装束、朱の槍。生物としての格の違いを感じさせる覇気。それが指し示すのは、
「サーヴァント……!」
「おうよ。それがわかる嬢ちゃんは、俺の敵ってことでいいんだな」
獰猛な笑みを浮かべる槍兵。ここに、遠坂凛にとっての第二戦が幕を開ける。
「イリヤ、今夜はどこに向かうんだ?」
アインツベルン城で出陣の準備を済ませた雷神トールは、未だ準備中の小さな主に問いかける。
「今日はそろそろお兄ちゃんのところに行こうかなって。流石にもう召喚も済んだ頃だと思うし」
「昨日までのが違うとするなら、残ってるクラスっつーとセイバー、キャスター、アサシンか」
「ええ。でもキャスターはだいぶ前から柳洞寺に拠点を構えているし、アサシンもそこにいるみたいだから違うわね。つまり」
「―――相手はセイバー。最優のクラスか」
思わず笑みがこぼれる。同じ三騎士のランサーは実に素晴らしい敵だった。アーチャーはそれほど手の内を見てはいないが、狙撃の腕は間違いなく一流だった。ライダーは不調を押してなお自分に食らいついてみせた。
そして、ここへ来ての最優の騎士だ。否が応でも期待は高まるというもの。
「おいマスター。昨日のヤツとどんな因縁があるのか知らねえが、こっちの決着がつく前に殺すなよ?」
「はいはい、わかってるわ。どっちみち一回で殺すつもりなんてないもの」
「あん?」
怪訝な表情のトール。イリヤは気にせず、昏い笑みを浮かべて続ける。
「バーサーカーこそ、間違ってシロウを殺したりしないでよね。シロウにはちゃんと報いを受けてもらうんだから」
衛宮士郎は学校の廊下に横たわっていた。つい先程まで意識を失っていたが、今は何とか起き上がれそうな程度には回復している。
「確か俺は、槍を持った蒼い奴に追いかけられて……」
―――心臓をその槍で貫かれ絶命したはずだ。
服は破れているし血痕もある。だが傷はない。
服や周囲には確かに槍が突き立てられた痕跡があるのに、その傷だけはどこにも存在しなかった。
「誰かが……助けてくれたのか?」
足元に目をやると、赤い宝石が落ちている。それからは微かに魔力の残滓が感じられる。
もしかしたら、これの持ち主が自分を救ってくれたのだろうか。
「なら……恩を返さなきゃな」
いつまでもここにいても仕方がない。士郎は重い身体を引きずって帰路についた。
―――その夜、彼は運命に出会う。