とある雷神の聖杯戦争   作:弥宵

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クリスマス連続投稿第三弾。気づいたら一年以上も空いてたのね……


episode.7 我が願いは曇りなく

 騎士王アーサー・ペンドラゴン。

 選定の剣を引き抜き王となった、神代最後の英雄。世界で最も有名な聖剣エクスカリバーの担い手。滅びを運命づけられたブリテンが花の魔術師と共に造り上げた『理想の王』。

 ローマ皇帝カエサルや征服王イスカンダルらと並び九偉人の一角にも名を連ねる、まさしく最上級の英雄と呼ぶに相応しい人物だ。自国の神話についてさえ疎い日本人の間でも一定の知名度を誇ると言えば、その霊格の高さは推し測れよう。

 

 そして現在トールが相対する少女騎士、その真名こそアルトリア・ペンドラゴン。

 自称や子孫などの前置きもつかない、正真正銘のアーサー王その人である。

 

(しっかし、あのアーサー王が女とはな。いや、オティヌスの例もあるし今更っちゃあ今更なんだが)

 

 とはいえ、それで何が変わる訳でもない。

 ここまでの戦いで実力は証明済み。ならばそれ以外のことなどトールにとっては些事だ。

 

「んじゃ、改めて―――『投擲の槌(ミョルニル)』」

 

 トールの十指に灯る溶断ブレードが縮んでいく。およそ三メートルほどになったその輝きは、より小回りが利くようになったこと―――そして、これまでトールへ供給していた分の力を『投擲の槌(ミョルニル)』本体が扱えることを意味している。

 アーチャーへの対処を全面的に任せ、自身はセイバーに集中する心算だ。まだ相手の聖剣よりもリーチは上回っており、風を纏い直していないことから『風王鉄槌(ストライク・エア)』には一定のインターバルが必要と踏んでの切り換えだった。

 

 その様子を一瞥し、イリヤは二人のマスターに向き直る。

 

「じゃあ、こっちも始めましょうか。遊んであげるわ、リン」

 

「上ッッ等……!いいわ、乗ってやろうじゃないの!衛宮くんは下がってなさい!」

 

「あ、おい遠坂!」

 

 五大元素使い(アベレージ・ワン)として類稀なる才能を持つ凛とアインツベルンの最高傑作たるイリヤとの闘争の中にあって、半人前の士郎は戦力外どころか足手纏いだ。彼が斃れればセイバーという大戦力を失う以上、ここで戦わせる訳にはいかない。

 理屈はわかっても納得できない士郎だが、そんな様子を顧みることなく二人はさっさと魔術刻印を起動させる。

 

「場所を移しましょうか。ここじゃお互いに窮屈でしょう?」

 

「……ええ、そうね。サーヴァント同士の戦いに巻き込まれちゃ堪らないし」

 

 凛の同意を得たイリヤは踵を返し、森のある方角へと向かっていく。凛も後を追い、ついていこうとする士郎を小突いて押し留める。

 立ち去り際、イリヤの背後から軽い調子の台詞が飛んできた。

 

「あんまり無茶はするなよ。アンタが落ちれば俺もそこまでなんだからな」

 

「わたしを誰だと思ってるの?バーサーカーこそ、負けたら承知しないんだから」

 

 いつも通りの軽口の応酬。

 二人にはそれで十分だった。

 

「さて、と。そんじゃ、戦争を続けようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を、やはりキャスターは使い魔越しに見届けていた。

 

「あれがミョルニル、ね。私の推測通りなら、確かにその名に相応しい性能と言えるけれど……」

 

 魔術師として最高峰であると自負するキャスターでさえ、その本質に気づくまでには多少の時間を要した。

 それほどまでに、『投擲の槌(ミョルニル)』は異質な存在だった。

 

「人間をやめた魔術師なんて掃いて捨てるほどいるけれど、人間のまま(・・・・・)ヒトガタを(・・・・・)やめた(・・・)魔術師は流石に初めて見たわ」

 

 ベースが北欧神話であるという点から考えるに、おそらく黒小人(ドヴェルグ)の手によるものだろう。ドワーフとも呼称される彼らの技術は、時に神の武具さえ拵えるほどだ。実際、本物のミョルニルを造ったのは彼らの技術だとされている。

 その神域の絶技を以て、生きた人間をあのような物体へと『加工』したのだ。

 

 身の毛もよだつような話だが、キャスターに動揺はない。本質はともかく、酷薄な魔女としての振る舞いなど慣れたものだ。あるいは、そもそも自身の逸話からして糾弾できるような立場にないとでも考えたのか。

 

「……んん」

 

 咳払いを一つ。思考を今後の自陣の方針へと切り替える。

 

「セイバーとバーサーカー……やっぱり欲しいわね」

 

 最優のセイバー。自分達キャスター陣営を除く四騎のサーヴァントと互角以上に渡り合ったバーサーカー。どちらも優秀な戦闘能力を誇る反面、付け入る隙は大きい。

 戦闘スタイルが攻撃特化のうえ対魔力を持たないバーサーカーは言わずもがな、セイバーもマスターの未熟故に魔力不足に陥っている。勝算は十分にあるし、当然マスターを直接狙うのも手だ。

 

 二騎にはそれぞれ利点と欠点がある。

 無論可能であれば両方欲しいところだが、それでもどちらかを選ぶのならば―――

 

「―――まあ、こっちでしょうね」

 

 一つの結論を出す。その選択により、今後取るべき大まかな方針が定まった。想定していた無数の策が瞬く間に一本化されていく。

 

 とはいえ、と一旦思考を中断し監視映像に意識を戻す。

 

「それとも、ここでどちらかが脱落してしまうかしら?」

 

 現時点でどのような策を練ろうと、全ての前提はこの戦いの趨勢如何で決まることだ。

 ここまで十数分ほど観察しているが、現状の見立てでは六:四でバーサーカー陣営といったところだろうか。

 

 サーヴァント戦はセイバー・アーチャー陣営がやや優位と言える。

 頭数が同じとはいえ、やはりサーヴァント一騎とその宝具単体を同列には扱えない。そのうえバーサーカーが倒れれば『投擲の槌(ミョルニル)』も止まるため、ただでさえ前衛かつ紙装甲の彼が集中的に狙われるのは言うまでもない。

 後衛の援護という点では小回りが利き火力も申し分ない『投擲の槌(ミョルニル)』が有利だが、アーチャーの卓越した技量がその差を埋めている。この場で唯一真名が明かされておらず、宝具が謎に包まれているというのも大きい。

 

 だが、その不利を覆して余りあるほどにマスター同士の実力には隔たりがある。

 魔力すら満足に供給できないセイバーのマスターは論外だが、アーチャーのマスターは中々に優秀だ。キャスターが神代でも随一の魔術師であるからこそこのような評価ではあるが、現代の魔術師としては破格の才と言っていいだろう。

 そしてバーサーカーのマスター。これが規格外だ。

 まず魔力量。現代ではおよそあり得ないほどに膨大なそれは、毛髪一本から使い魔を創ることさえ可能とする。次に魔力特性。魔術を行使する様子を見るに、どうにも術式の構築を行っている気配がない。『過程の省略』か『結果の導出』か、それに類する起源を持つと推測される。

 マスター同士に限って言えば、たとえサーヴァントへの魔力供給量に数倍の差があったとしても実力差が覆るかは怪しいところだ。

 

 総評、このまま行けばマスター側が先に決着してバーサーカー陣営の勝利。番狂わせがあるとしても、それはサーヴァント側の戦闘だろう。

 そのようなキャスターの予想は、しかし思いがけない形で的中することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎は必死に頭を巡らせていた。

 魔術戦において自分が無力なのは理解している。まして、サーヴァントの戦闘に割り込むことなど自殺行為だということも。

 だがそれでも、黙って見ていることなどできはしない。共に勝利を誓ったパートナーや同盟者が必死に戦っている中、自分だけ指を咥えて傍観するという選択肢は正義の味方を志す者としてあり得ない。

 

(何か)

 

 前方では、セイバーとバーサーカーが一進一退の攻防を繰り広げている。時折アーチャーのものと思しき狙撃が飛来しては、着弾するより早く『投擲の槌(ミョルニル)』によって撃ち落とされる。

 そんな光景が、もう十分以上も続いていた。

 

(何か、俺にできることは)

 

 手の甲に刻まれた令呪を見遣る。

 サーヴァントの行動を強制できるマスター最大の特権は、内包する魔力の許す範囲であればあらゆる現象を可能とする。

 これを使うことが、士郎のできる最大の援護だろう。

 

 ただし、令呪は聖杯戦争への参加権をも兼ねている。配られた三画のうち一画は既に消費しており、自由に使えるのは実質残り一画。使いどころを間違える訳にはいかないのだ。

 何も敵はバーサーカーだけではない。ランサーやライダーとは確実に、恐らくは他のサーヴァントとも戦うことになるのだから。

 

 ここで使ってしまっていいのか。いやそれ以前に、この戦いで使うとしても今が切り時なのか。魔術も戦闘も素人に毛が生えた程度の士郎には判断がつかない。

 

 葛藤を切り上げ、まずは他にできることを探そうと意識を切り替えた時だった。

 

 

「何つーか、小っせえな。俺の敵ってヤツはさ」

 

 

 そんな台詞とともに、バーサーカーがセイバーを痛烈に殴り飛ばしたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーとの競り合いの中、トールは既視感に襲われていた。

 

「アンタ、万全じゃねえだろ」

 

 令呪によって縛られていたランサー。魔力不足によりステータスが低下していたライダー。既に矛を交えた二騎と同様に、眼前のセイバーも全力を出せていないように感じられたのだ。

 

「大方ランサーとでもやり合ったか?まあ何でもいいんだが。かの名高いアーサー王が、この程度が限界なんて言ってくれるなよ!」

 

「ほざけ。これしきの傷、貴様を斬るのに些かの不足もない!」

 

「ははっ、そうこなくっちゃなあ‼︎」

 

 リーチをやや縮めたことにより、近接戦は一層激しさを増していた。

 セイバーの聖剣―――『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は恐らく対城、最低でも対軍宝具と推測される。市街地から外れているとはいえ、こんな街中で開放するとは考えにくい。『風王鉄槌(ストライク・エア)』は厄介だが、少なくとも聖剣が剥き出しのうちは使ってくることはないだろう。

 

(とはいえ、『鞘』が取れてから明らかに斬撃の威力が上がってやがる。さっきまでも大概だったが、今じゃ一撃でも貰ったら即死圏内かもな)

 

 しかし、それはセイバーの側にも言えることだ。

 Aランクの対魔力スキルにより大抵の魔術を無効化するセイバーだが、それを上回るA+ランクの魔力に加え『投擲の槌(ミョルニル)』の供給を受けているトールの溶断ブレードを完全に防ぐことは叶わない。大幅に威力を削がれてなお、肉体を真っ二つに両断する程度の芸当は可能だ。

 

「ま、要するにだ」

 

 それらの条件を鑑みた上で、トールの出した結論はこの上なく単純だった。

 

「先に一撃ぶち当てた方が、勝つ!」

 

 溶断ブレードを一瞬消し、直後急激に噴出する。爆発的に膨張した空気がトールの背中を押し、先程のセイバーにも劣らぬ速度で距離を詰めていく。

 

「はあっ!」

 

 対するセイバーも、魔力放出による高速機動でトールへ迫る。速度は五分―――否、セイバーの方がやや上か。

 セイバーが聖剣の間合いに敵を捉える。だがそれが振り抜かれる寸前、標的の姿が上空へ消える。五メートルほど飛び上がったトールが溶断ブレードを伸ばすが、直感で察知していたセイバーは難なく躱して空中のトールを待ち受ける。

 ただし、溶断ブレードは十本あるのだ。

 

「ちぃっ!」

 

 回避に手一杯で迎撃の余裕のないセイバーを余所に、悠々と着地を果たしたトールは獰猛に笑う。

 

「ははっ、この程度か⁉︎ そんな訳ねえよなあ‼︎ こちとらようやく温まってきたところなんだ、まだまだ付き合ってもらうぜセイバー‼︎」

 

「いいやバーサーカー、貴様は早々に叩き斬る!」

 

 互いに受けはなく、回避のみが防御手段の近接戦闘。そんな変則的な斬り合いが数分間も続いたところで、両者は一旦距離を開けた。

 

「ふぅ。ほんっと、生身じゃねえのが悔やまれるぜ。アンタら英霊はとびきり良い経験値になりそうだってのになぁ」

 

「経験値?」

 

「そう、それが俺の戦う理由ってヤツだ。崇高な騎士サマとしちゃあ受け入れがたいか?」

 

 悪戯めいたトールの問いにセイバーは首を振る。

 

「私とて戦士の端くれ、戦いのための戦いを否定はしない。だが勝つのは私だ。私には聖杯を獲らねばならない理由がある」

 

「へえ、かのアーサー王がそこまでして叶えたい願いってのは興味があるな。参考までに聞かせてくれよ」

 

 曲がりなりにも相手の戦う理由を聞いた以上、こちらも答えるのが筋だとセイバーは応じた。どのみち既に真名を知られている以上、答えたところで大して不利益が生じる訳でもない。

 

 

「私の願いは選定のやり直し。ブリテンの王を、私を除いて新たに選び直すことだ」

 

 

「…………………………あ?」

 

 呆気に取られたように、トールの喉から小さな声が漏れた。余程意外な答えだったのか、何度もその目を瞬かせている。

 

「やり直し……ね。自分が王にならなかった可能性に世界を分岐させると」

 

「そうだ」

 

「つまり、何か?アンタは自分が王になったから国が滅んで、他の誰かならもっと上手くやれたんじゃないかと後悔してるってのか?」

 

「……当然だろう。己の国を滅ぼしておいて、どうしてそれを誇れるというのだ」

 

 それは至極当然の意見のはずだ。少なくとも、セイバーはそう思っていた。

 王たる者の最大の義務は国を存続させること。それができなかった自分は結局、王の器ではなかったのだと。

 

 だがトールの反応は、セイバーにとって全くの想定外のものだった。

 

 

「はぁ―――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 彼の返答は肯定の言葉でも否定の宣告でもなく、ただひたすらに細く長い溜息だった。

 

「……何の真似だ、バーサーカー」

 

 己が悲願を侮辱されたと感じ殺気立つセイバーに、目を伏せたまま応じる。

 

「いや理屈はわかるぜ?一国の王が自国を憂うのは当然だろうさ。滅亡を回避できるってんなら死に物狂いで追い求めるのも頷ける。けど、けどなぁ」

 

 そこでトールは言葉を切り、十指の溶断ブレードを消してからつまらなそうに呟いた。

 

 

「何つーか、小っせえな。俺の敵ってヤツはさ」

 

 

 次の瞬間。

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「なっ……⁉︎」

 

「ぶっ飛べ」

 

 そのまま数メートルも吹き飛ばされた後、どうにか体勢を立て直したセイバー。

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「が、ぁっ⁉︎」

 

 そのまま殴り倒されてアスファルトに着弾し、肺の中の空気が根こそぎ吐き出される。

 サーヴァントに本来呼吸は必要ないとはいえ、生前の習慣は中々に変えがたい。文字通り息が詰まったような感覚にセイバーの動きが鈍る。

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(何、が……)

 

萎えた(・・・)。今のアンタは経験値には向かねえわ」

 

 冷めた様子でそう告げ、無防備な姿を晒すセイバーに更なる追撃を叩き込もうとして。

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

 

 己のサーヴァントを救わんと猛進する衛宮士郎(マスター)を視界の端に捉え、トールは僅かに口角を上げた。


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