夜魔―理々禍流奇譚   作:罠ビー

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 お待たせしました。フェイトそん編第二話です。メルヘン成分濃い目で頑張ってみましたがなにぶん実力が足りませんでした。
 ありしあ様の儀式のネタや解説等はこじつけながら色々調べて書きましたが辻褄があわない点などありましたらご指摘ください


複製奇譚―2

 

 電気が全て消されて厚手のカーテンが閉じられたアパートの一室。頻繁に金髪の年端もいかない少女が出入りしている事くらいしか周囲の人達も知らず現代の無縁社会の闇が垣間見れる。

 そんな暗い一室で水の張られた洗面器に浸けられた熊の人形がいた。その人形はフカフカであっただろう毛を水に濡らし可愛らしかったであろう風貌はべちゃっとした、ある種異質なものになっていた。

 よく見ると全体的に赤い色みを帯びている。それもそのはず。洗面器に張られた水は赤い染料で色づけされているからである。そして赤い染料で染められた人形の腹部から白い糸が伸びていた。

 

 

「…………」

 

 

 フェイトは意を決してその白い糸を自身の左手の親指に巻き付ける。緊張しているのかそんな簡単な動作にもフェイトは指がまるで自分の指ではないみたいに震えてうまくいかない。二、三分格闘した末に白い糸を巻き付けるとそのまましばらく放置する。

 

 だいたいいつもカップ麺を作る時間くらいのはずだがフェイトにはこの時間が途方もなく長く感じた。何をバカな事をしているんだろう。こんな根も葉もない噂話を信じてこんな馬鹿らしい事をして。フェイトはそう後悔していた。自分の願いを叶えるならジュエルシードで十分じゃないか。なのになんでこんな不確定な怪しい噂話を実行に移しているのだろう。

 

 

「……ありしあ様」

 

 

 噂話の通り、願いを叶えてくれる存在を呼び出すためにその存在の名前を口にする。口にすらしたくないその名はフェイトの口から恨み言のように紡がれる。フェイトの背には嫌悪感からか何かが昇って来るような感覚があった。

 

 深呼吸をしてフェイトは一呼吸を置く。右手にハサミを持つ手は震えていたのが消えてしっかりと白い糸を捉えていた。

 

 

 

「……来なさいっ!!アリシア!!お前なんかに私は負けないっ」

 

 

 叫ぶと同時に白い糸を切る。あとは人形を入れていた赤い水を流してその人形を塩を入れた冷水に浸けて洗いある言葉を言うだけ。なんともない簡単なことだ。

 何も起きない。当たり前だ。こんな根も葉もない迷信で何か起こるはずは無い。フェイトは洗面器を右手に抱えて立ち上がる。左手に念のためバルディッシュを携えて。

 

 ……ぴちょん

 

 フェイトは浴室に向けて足を進める。シャワーがちゃんと閉まっていなかったんだろうか?水の音が聞こえる。

 

 ぴちょん、ぴちょん

 

 浴室に近づくにつれてフェイトは違和感を感じた。足元が冷たいのだ。なんでだろうか?しかしその疑問は歩を進めてから気づいた。

 

 ぱしゃん

 

 

 

「―――――っ!!」

 

 

 それは水だった。あるはずのない冷水がフェイトの足のくるぶしの下くらいまでを埋めていたのだ。フェイトの顔が強張る。背筋を冷たい物がかけ上がる。

 

「…………、ふぅ」

 

 

 フェイトは一度呼吸を整える。気味が悪いが水が溢れただけだと言い聞かせ足を進める。浴室に向かうにつれて部屋の気温が下がっていく気がした。

 寒さに堪えながらフェイトは浴室に着いた。身も凍えるような寒さにフェイトの身体には鳥肌が走っていた。急いで終わらせようと排水口に洗面器の赤い水を流した。

 

 

 赤い水を流した。

 

 

「――――ぅ!!」

 

 

 瞬間床一面に広がっていた水は赤い色に姿を変える。それと同時にさっきまでの凍えるような寒さが嘘みたいに浴室内の気温が上がる。その急激な世界の変化にフェイトは声にならない叫びを挙げる。

 

 

「……っどこ、何処にいるのよ、アリシアぁあっ!!」

 

 

 折れそうな自身を鼓舞するため、怨敵の名前を叫びながら顔を上げる。目の前には割られた鏡の破片が赤い水をその先っちょから滴らせているだけだった。

 空になった洗面器に入れられた人形を見るが全く変わりはない。

 

 人形を浴槽につけようと浴槽を見る。そこの水だけは赤く濁る事はなく透明な、綺麗な水のままだった。まるで浴槽の中だけが別の世界であるような、そんな異質さを放っていた。

 その、ある種正常でこの世界においては異質な浴槽をフェイトはすがるような気持ちで除きこむ。

 

 

 

 瞬間フェイトは左手に握ったバルディッシュを振り回した。

 

 

「……はぁ、はぁ」

 

 

 息が荒くなる。透明な水面に移ったのは嫌いな自分の顔と嫌いな自分に似た金髪でツインテールの濡れた女の子だった。

 もう一度水面を除きこむ。移り込んだアレはもういない。フェイトは勝ち誇った笑みを浮かべ人形を浴槽に投げ入れた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ユーノがジュエルシードの反応を感じとったのはある晴れた午後の事だった。場所は何てことないアパートの一室。いくら以前あんな体験をしたからってユーノの使命感は無くなったわけではなかった。

 

 

「フェイト、フェイト居るんだろ。開けておくれよ」

 

 

 そんなユーノがアパートの一室の前に着くと他人の目もはばからず扉を叩いている獣耳の女性の姿に驚いた。明らかに魔法を知っているだろう相手に声をかけるのは悩ましいが他に手がないので女性に話しかけようとした。

 しかし部屋に近づいたところでユーノの動きが止まる。閉じられた部屋から何となく嫌な臭いがしたのだ。まるで自分を飲み込もうと動物病院で襲ってきた獣の影達のような。そこから獣の臭いを抜いたような、そんな臭いだ。

 この前のおぞましい経験がユーノの頭の中にフラッシュバックする。自分が自分で無くなるような、知らない場所に連れていかれるような感覚が頭をよぎる。

 

 

「何かあったんですか?」

 

 

 ユーノは恐怖感を振り払いガチガチと鳴り出した自分の歯を押さえ込みながら目の前の女性に声をかけた。

 

 

「お姉ちゃんが妹に会いに来たんだよ」

 

 

 ユーノの問いの答えは目の前の女性からではなく自分の後ろから聞こえた。

 

 

 

 振り替えるとあの時のような、慈愛ににた底無しの微笑みを携えた魔女、高町なのはが立っていた。

 

 

 ――ドガン

 

 

 次の瞬間なのはの身体はアパートの壁に叩きつけられた。それはさっきまで扉を叩いていた女性によるものだった。

 

 

「あんた、フェイトがどうなってるかしってんのかいっ!!」

 

 

 叩きつけられたなのはは笑顔を浮かべていたが何か話したいのか口を開いていた。

 

 

「ちょっとやめて。それじゃなのはが喋れません」

 

 

 ユーノが女性を止めるとなのはは少し咳をしたあとアパートの壁を背に話しだした。

 

 

「これはたくさんのお姉ちゃんが妹さんに会いに行く。そのための物語だよ」

 

「名前のないたくさんのお姉ちゃん。名前をつけられる前にその身を失敗作として捨てられたお姉ちゃん。それは彼女自身であり、彼女に慣れなかった子達。」

 

 

 女性、アルフはなのはの語りに覚えがあった。フェイトが異様に執着していたアリシアの存在だ。

 

 

「だから名前をあげたの。あの子達の前身であるありしあ様って名前を。名前を得れば彼女に逢いに行けるからね」

 

 

 そう言ったなのはは純真無垢といった笑顔を携えておりアルフは直感で理解をした。この女は敵だと。

 

 

「でも安心して。彼女達には貴女の大切な子には危害は加えないよ」

 

「……だって彼女と彼女達は一緒なんだもん。願いも、作りも、生まれも、全部全部。」

 

 

◇◇◇

 

 

「悪質な噂話やなぁ」

 

 

 図書館で本を探しながら車椅子に座った少女は最近流れていた『ありしあ様』の噂を聞いてそう断じた。

 

 

「どうしてそう言い切れるの」

 

「まず赤い水は何を意味するかわかる?」

 

 

 車椅子の少女の問いに髪止めをした少女は強張った様子でコクりと頷く。

 

 

「じゃあ洗面器や。これは赤ちゃんの居るお母さんのおなかを意味しとる。とすると白い糸はヘソの緒や」

 

「そしてそれを洗面器の中で切る」

 

 

 糸を親指に巻く意味もわかるやろ?と口にすると車椅子の少女はつづける。

 

 

「じゃあお母さんの中でヘソの緒が切れたらどうなる?」

 

「……」

 

「せや。そしてそう言う失敗した子を『水子』言うんや」

 

 

 車椅子の少女は顔色の悪くなってきた髪止めの少女に気遣うとあとちょっとの辛抱やと声をかける。

 

 

「最後にお風呂やな。お風呂は海や。水子は伝承では海に流す物やからな。せやからこれは赤ちゃんの霊を呼び出す降霊術っちゅうことになる」

 

 

 そこまで言うと車椅子の少女は自身の解説に疑問があるのか首を傾げる。

 

 

「せやけど……なんで『ありしあ様』なんてけったいな名前なんやろな?」

 

 

◇◇◇

 

 

 青い光が光ったと思うと浴槽から顔をあげたフェイトの回りには無数の『ありしあ様』がフェイトの事を見ていた。

 

 

「わああああああ!?」

 

 

 それを見た瞬間、フェイトは悲鳴とも雄叫びとも取れるような声をあげた。逃げ場等は無いがフェイトは飛び退こうとした。背にした浴室の割れた鏡がフェイトの柔肌を傷つける。

 

 

「来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな」

 

 

 半狂乱になりながらフェイトはバルディッシュを振り回す。そんなフェイトの様子を『ありしあ様』達はただただ見ているだけであった。

 

 フェイト自身、目の前のそれらがなんなのかは直感的に理解していた。アレは自分と同じでなれなかった物だ。だからこそフェイトはそれを受け入れるわけには絶対にいかなかった。

 それを認めてしまえばたちまちフェイトは名を失い彼らに取り込まれてしまうだろう。

 それは自分の憎むべき物の失敗作だと、自分の負けを認めるに等しい行為だ。そんな事はとうてい許せない。

 

 

 

 

「私は私だっ!!お前らとは違う。私はフェイト・テスタロッサ。母さん、プレシア・テスタロッサの娘だ!!紛い物のお前らなんかじゃ決してない。だから」

 

 

「消えろぉぉお」

 

 

 そう叫ぶとフェイトは浴槽の栓を勢いよく引き抜いた。

 

 

 


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