扉
「どういう、ことだ。どういうことなんだよッ!!」
「ん? 誰だっけ、君。君みたいな、霊、吐き捨てるくらいに見てきてるから記憶になくてさ」
少年――つい一週間前に自殺した少年の幽霊は、少女の周囲にあるあらゆる物をあらゆる方向へと吹っ飛ばす。飛んだ物は壊れ、窓ガラスが割れ、少女の周囲は散々たる光景になる。
しかし、少女は動じない。その程度のことで少女は動揺を一切見せない。
「あー、思い出した思い出した。虚言癖のいじめられっ子だ。はははっ、小心者も死んだ後は責任も何もないから好き勝手できるねぇ、困ったな、またこの家が幽霊物件だって言われちゃいそう」
虚言癖にいじめられっ子。その言葉に少年は言葉を詰まらせる。過去の自分、具体的には生前の自分が存在しない脳を刺激するのだ。
虚言癖と言っても、何か悲劇のヒロインぶったことを言う訳でもない。ただ、日常に起きたことを、友達や家族に話す時にほんの少しの脚色を加えるだけのことだった。車に轢かれそうになったらな、トラックに轢かれそうになったとか、そんな感じの、話を少しオーバーにしてみるような、その程度の口から出た虚だった。
「えっと、確か、君は成仏したいんだったよね。自殺したけど、やり残したことがあるからそれを終えれば成仏できる。私がそう言った。それでよかったっけ?」
「ああ、そうだよ。だから俺は、やり残したことをやったんだ。ちゃんと、イジメたクソ野郎共に復讐してやった。なのにどうして俺は成仏できない? お前、俺に嘘を教えたんだろッ!」
「なんだ、そんなこと。そんなくだらない理由でこんなことをされちゃったら困るなぁ、私は何も間違ってないし、何も悪くない。ただの思い込みで、私の家を破壊しないでくれないかな」
あははは、と笑いながら少女はようやく重い腰を上げて、少年の前に立つ。
「……ッ」
威圧。身長は平均よりもむしろ下な少女に、少年は威圧された。
見透かされていると思った。幽霊であり実体も実態も不明で尚且つ透明。しかし、そういう意味ではなく、ただただ、生きていても死んでいても実際には存在しない心を、読まれているような気がしてただただその場から逃れようと思ってしまう。
死んでいるというのに危険察知と危機回避の生存本能が働いていた。
少女にはそんな、生死を問わない迫力と威圧感があった。
「あはは、そんなにビビらないでよ。小心者というよりは臆病者だったのかな。まぁ、ともかく、じゃあ、最初から整理しよっか。まず、なんで君は死んだのだっけ。いじめられっ子君?」
「……ッ。そのままだよ。イジメられて死んだ」
「へぇ、じゃあ、どうしてイジメられたのだと思う?」
「どうしてかは、……分からねぇよ。だけど、キッカケは分かる。俺の嘘が、嘘だってバレたから。多分、それがキッカケだ」
「そう。へぇ、なるほど、そっか。そういうことか。それが理由でイジメられて、それを苦に自殺した、と。なるほどね」
「……意味分かんねぇよ。なんで俺が、そんなことでイジメられなくちゃならねぇんだよ。……誰だって、嘘くらい吐くじゃねぇか。なのに、なんで俺だけが……」
「――だから、復讐したと?」
「……ああ、そうだよ。何か悪いか?」
不貞腐れながら、少年は答える。復讐というのは、要するにイジメの自白だ。ポルターガイスト現象を引き起こし、そこに自分の存在を匂わせるものを見せつける。たったそれだけ。それだけでも、酷く繰り返せば簡単に自白はできた。人間は見えず、しかし明確に自らに害をなす存在を
「いや、捻くれてるなと思って。そういえば聞き忘れてたけど、イジメられる前の君の学校での立場ってどんな感じだったの? ただの
「……ああ、そうだよ。いじられキャラだった、よくも悪くも、ちゃんと話しかけたら答えてくれるし、そういうイジメみたいな雰囲気はなかったんだ」
「――と、思い込んでる訳だ。ああ、なるほどなるほど、色々と思い込みをしているわけだ。ああ、この場合は思い違いか。それともただの間違いかな。大間違い」
ぼそっと少女は呟いて、話は終わったかのように再び元の位置に戻る。
「さて、それじゃあ、面倒臭いし飽きてきたから、さっさと簡潔に成仏させてあげよう。正しくは、正しく君のやり残したことを終わらせてあげよう」
そう言って、少女はにこっと笑う。
少年ですら分からなかった少年のやり残したことを分かっているかのような台詞は、その異質さは、少年に恐怖として伝わった。
「さて、それじゃあまずは簡単に。なんでイジメられたか、なんだけど、これは単純に、君が元からある程度嫌われていたからだよ」
イジメはイジメられる奴も悪い、なんて言うけど果たしてどうなんだろうね。そんなことを言って少女は続ける。でも、少なくとも今回は、君が間抜けなだけだ。
「いじられキャラ? はっ、残念、アンタはただ単に面倒臭いから雑に扱われていただけだよ。それを君が勝手にいじられていると思っていただけ。実際、その当時から君はイジメられていた。それが本格的にイジメに変わったのは、君の言う通り嘘がバレた時だろうね。だってそうだろう? 嫌いな相手、自分が見下している相手が自分に嘘を吐いていた。つまり、自分を騙しやがった。嫌いな奴にそんなことをされたんだ。ムカつく、イラつく、腹が立つ。だから、「あー、もう、コイツはいいや」ってなった。適当にあしらうのを止めて、本格的にイジメるようになった。誰かが言った訳でもないんだろうね、一人また一人と、そういう空気に感染していった」
「…………」
「ある集団の中である程度嫌われている人間っていうのをイジメたところで、それは悪なんだろうか、善なんだろうか。悪者退治なら正義だし、仲間はずれなら悪だし、そんなのは口だけのことなのかな。まぁ、君の場合は前者だった訳だけど」
唖然と呆然。少年の思考は止まる。
「どうしたの? まさか、自分がいじられキャラで、
さて、話を戻そう。と少女は告げる。
「君の場合は、自分がどの程度の人間なのか分かっていなかった。身の程を知れなんて言葉はよくあるけど、本当にそうだよ。人を僻む人間は、大抵身の程を知らないから自分より出来のいい人間を僻むなんていう恐れ多い行為ができる。間抜けだよね。そして君もそんな間抜けな人間の一人だ。――さて、もうこのくらいかな、そろそろ成仏するんじゃないかな」
「……あれ……? そん、な、んで?」
気がつかない間に、少女が弾丸のように言葉を少年に浴びせている間に、少年は成仏しかけていた。その存在がこの世からあの世へと移動し始める。
「簡単だよ、君はやり残したことを終えた。そういえば言ってなかったね、この世に残る魂ってのはね、その人間の思いや恨み、それにやり残したことがあるからこの世に残るパターンもあるしそれが主流なんだけど、他にもパターンが有るんだよね。君の場合は、この世で生きていく上でしなければならないことを一つだけ、経験していなかった。生まれて、愛情を貰って、恋をして、理不尽を知って、そして人間はもう一つ、しなければならないことがある――」
もう、その時点で少年はそこにはいなかった。だからそれは少女の独り言になる。独り言であり、自分に言い聞かせるような言葉でもあった。
「――この世界に、大小問わず、軽重問わず、絶望すること」
この世になんていたくない。そんな思いが、この世からあの世へと移動するキッカケになる。
「まぁ、つまり、君は身の程を知って自らのモブっぷりに絶望することが、君が言うやり残したことだったって訳。まぁ、来世なんて都合のいい話があれば、またね」
何かを苦に「自殺した人間は「目の前のことから逃げた臆病者」なのか「死ぬというある種の最大の復讐を決行した勇者」なのか――
――そんなことを考えてる暇があったら仕事なり課題なり予習復習なり何なりさっさと今すべきことをしてください。
貴方はまだ生きる呪いにかかっているんです。さっさと「努力」という解呪を施して、呪いを解かないとですね。