艦これの嵐と萩風が仲良くしている小説です。

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投稿日の2016年4月22日は

駆逐艦  嵐  の76回目の進水日
航空母艦 赤城 の91回目の進水日
重巡洋艦 足柄 の88回目の進水日
駆逐艦  舞風 の76回目の起工日

ついでに艦これにおける

江風改二実装日

です。

皆さんおめでとうございます。

ピクシブにも投稿しています。
pixiv:http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6688964


そのつぼみの名は

18人いる。

 これだけ聞くと、外部との接触を断たれた宇宙船の話を思い出す者もいるかと思うが、そうではない。俺には、自身を除いて姉妹が18人いるのだ。

 古くから女という生き物は、あらゆる環境において重要な役割を担ってきた。それは単純に子を成すということだけではなく、歴史上の大きな転換点に際してもその存在によって利を捻じ曲げられるという事例が数多くあることからの言及である。そして、これは人間社会だけに当てはまることではないだろう。

 先に言わせてもらうが、俺は女が苦手だ。いっそのこと嫌いと言ってしまう方がいいかもしれない。狡く、賢く、自分勝手で、そしてそれゆえに、ひどく美しい。特に厄介なことは、女はその全てが自身で理解しているのだ、女ほど面倒くさい生き物はないと。

 そんな女が、過去の因縁だか、記憶だか、なんだか知らないが、19人もお仲間です、はいそうですか、となるわけもなく、最初はひどい有様だった。

 今思うと、なまじ、姉妹だ、などと言われたのも良くなかった。ののしり合い、けなし合いは、それこそ日常茶飯事で、殴る、蹴るなんていうのもよくやった。まぁ、そこまで過激なのは、俺を含め数人だったが……

 ただ、無視と、陰口だけは誰ひとりとしてしなかった。それをしてしまうと、本当に駄目になってしまうことを、みんなわかっていたからだろう。俺たちにも誇りがあったし、この国と海を護る、という使命もあった。

 そうして流れる月日の中で、外と内との二正面作戦に明け暮れる日々を過ごし、俺たちは、少しずつ、けれども、確実に、互いに、互いを理解し始めた。外見は成長しない俺たちも、どうやら中身は成長するらしい。

 こういう時に、女というのは便利だ。お互い忘れた振りをしていれば、過去のいざこざなど無かったことに出来てしまう。この時ばかりは、女として作られたこの身を喜ばしいとさえ思った。

 そうして俺たちは、まるで猛獣を飼いならすかの様に、ゆっくりと、着実に、血で血を洗う敵対関係から、出来損ないの姉妹になっていった。この変化は些細なことではあったが、少なくとも、俺がこの海で、この先も戦っていくには充分すぎる理由にはなった。

 とにかく、俺には、18人の姉妹がいる。

 そしてこれは、姉妹愛の話である。出来損ないの、愛のお話。

 

 鎮守府の裏手には山があって、艦娘は申請さえすれば、誰でも立ち入っていいことになっている。その山に入って20分ほど歩くと、立派な一本桜のある、ちょっとした広場に出る。卒業式の日に人が殺到しそうな、そんな色っぽい伝説なんてものとは無縁の、どでかい桜の木があるだけの空間だ。誰かが手入れしているのか、していなくてもそうなのかはわからないが、毎年、春になる度、派手に花を咲かせる姿は、酒を飲むいい機会を与えてくれる存在として、鎮守府の一定層から熱い支持を集めているようだった。

 手透きの人員総出での花見は、いまや、鎮守府の恒例行事と言っていいだろう。

 その時期になると、にわかに鎮守府は騒がしくなる。どうしても花見に参加したい者は、普段の倍以上の速さで仕事をこなし、こっそりと、あるいは、堂々と、他人に仕事を押し付けて回るようになる。金子や嗜好品が、右往左往の大盤振る舞い、とにかく参加の為ならばと、ありとあらゆる汚い手段が講じられるのが通例になっていた。

 そんなことなので、逆に、酒宴にも花にも興味のない者にとって、この時期は絶好の稼ぎ時であった。普段より割のいい仕事が、ゴロゴロしているのである。

 それゆえ、毎年、花見に参加していないという者も少なからず存在していた。そして、何を隠そう、俺もその内のひとりだった。

 まぁ、俺にしてみれば、そこまでして桜が見たいというのも、不思議なことだったし、酒にも興味がない身としては、どこで飲んでも酒は酒、わざわざ無理くり休みを作って、さらに、その休みに出かけてまで見る価値のあるものとは、到底思えなかった。

 それにあれは、妖の桜だ。大きく手を広げた、人の心を食って永らえる、薄紅の、正体不明の化け物。

 ……なんにせよ、またしばらくは、あの桜に心を乱されることもない。

 結局、今年も花見に参加することはなかった。あの桜も、もう終わったのだ。

 

 夜の食堂は、白熱灯の下、ぼんやりとして、まるで海の底のような異質な空気を放っています。ほんの数時間前まで、人いきれに満たされていたであろうこの食堂も、今はただ、人がまばらにいるのみで、寂しいものでした。

 呂定食は、私のような健康志向の人間にとって、まさに最適と言ってよい献立です。食べ過ぎを抑制する美しい三点配置、健康的な一汁一菜。これを食することが、我々の健康への第一歩であり、これを食さないものは、闘病の末に地獄の業火に焼かれる運命に、片足を突っ込むことになるのです。おお、怖い、ぶるぶる。

 恐怖で身が凍る思いをしたからか、私の空腹度は上限一杯まできているようでした。さすれば、膳は急げと、最高の選択である、呂定食を携えて、私は、適当な机へ向かいました。

 我々のような娘盛りの者にとって何より大事なのが食事です。豊かな心身の成長は、豊かな食生活なしには考えられません。しかし、働かざる者食うべからず、というように、食べるためには、せっせと労働に勤しむ他ありません。

 だからといって、充実した労働時間を、際限なく過ごしていると、食事を出してくれる店がなくなってしまい、たちまち食いっぱぐれてしまうことでしょう。

 健康的な生活を送ることを、半ば義務付けられている我々の身の上に、そんなことが起こってよいのでしょうか。いや、よいはずがありません。

 ですが、そんな心配はこの食堂のおかげで、する必要がないのです。この食堂は、午後11時までニコニコ営業中。まさに、この労働社会にあらわれた救世主ともいうべき存在なのです。

 この食堂という心の波止場によって、後顧の憂いを断ち切ることの出来た我々は、その身を駆って、心置きなく残務処理をすることが出来るのです。

 ひとえに、ここで働く間宮さんと伊良子さんのおかげと言えるでしょう。いつも、ありがとう。

 

 閑散とした食堂に足を踏み入れた瞬間、身体が強張る。つまるところ、寒いのである。

 四月も半ばを過ぎたとはいえ、夜はまだまだ冷え込むようだ。軽く肘を擦りながら、券売機の前に立つ。

 今日は、波定食にしよう。こいつは、とにかく量が食える。こんなふうに寒い日は、食っておけばとりあえず元気だ。

 そんなことを考えながら、食券を手に振り返る。わがお目当ての僚艦の姿は、苦労せずとも、すぐに見つかった。

 俺を見つけてからというもの笑顔で手を振っていた僚艦は、しかし、俺の手にある定食を見て、途端に膨れっ面になった。

「地獄に落ちても知らないから」

「なんだそりゃ」

 わざとらしく俺を睨み付けながら、物騒なことを言う目の前のこいつは萩風。俺は、萩と呼んでいる。ちなみに、同じ第四駆逐隊に所属する仲間で、ルームメイトでもある。怒っている理由は明白だが、なぜ怒られなくちゃならんのかはよくわからんので、とぼけておけばいい。なんというか、変な奴だ。

「それにしても寒いな。はやく、もうちっと、あったかくなるといいんだが」

 いいながら、中華そばの器に手を伸ばす。今日の波定食の内容は、中華そばに、餃子と、かやくご飯、それにサラダが付いて来るというものだ。かやくご飯の代わりに、白飯のお代わりが自由なので、中華そばの汁でも残していれば、腹いっぱい食べられる。

 対する、萩の食べる呂定食は、サバの塩焼きに、冷奴、味噌汁、かやくご飯、それにサラダが付くというもの。こちらも白飯のおかわりができて悪くないのだが、油っ気が少ない分、パンチが足りない感があった。

「じきに暖かくなるよ。そろそろ、半袖も出しておかないとね」

 言われて萩を観察する。この季節は、徐々に暖かくなるとはいえ、まだまだブレザーは手放せない。おそらく、下に着ているワイシャツも長袖だ。俺もほぼ同じ格好である。

「明日、休みだったな。丁度いいし、衣替えやっとくか」

「んー……そうだね、そうしようか」

 まだ大丈夫であろうが、仕事柄、気が付いた時に少しづつでもやっておかないと、次の休みがいつになるか分かったものではない。夏の暑い時期になっても長袖で生活することは避けたかった。

「あ、見て見て、このお味噌汁のニンジン、花の形に切ってある」

 お椀の上でニンジンを持ち上げながら嬉しそうにする黒髪の同僚。面白いように、ころころと表情が変わる。さっきまで、ぷりぷり怒っていたのが嘘のようだ。

「ほんとだ。へー、流石の間宮さん、伊良子さんコンビだな。そんなこと包丁で出来るのか?」

「間宮さんや伊良子さんならやりかねないけど、流石に型で抜いてるんだと思うよ。量もすごいだろうし」

「型ねぇ……型だと抜いた後の残りが出そうなもんだが」

「多分、このかやくご飯に入っているニンジンがそうね。花型で抜いた後の余りを、みじん切りにしてるんだわ」

 花の形のニンジンを笑顔で食べる相方を見ていると、こちらまで幸せな気分になってくる。そういえば、萩というのも、元は花の名前だったか。

 なおも、萩は、ときおり関心しながらも、楽しそうに食事を進めている。よしそれなら、と機嫌の直った僚艦を横目に席を立つ。むろん、おかわりの為である。

 次に、こんもりと盛られたアツアツの白飯を持って席に戻った時、さっきまでいた笑顔の可愛い娘は何処へやら、またしても膨れっ面と対面することとなった。

「地獄に落ちるよ」

「……なあ、それ怖いからやめない?」

 相変わらず、変な奴だ。

 

 起きて一番、あなたは何をしますか?

 私たちがここに着任して以来、一日も欠かさずに、毎朝行われていること。それは、掃除です。

 司令の方針で、作戦行動中以外の、司令を含む全ての方が、朝の30分を掃除に費やすのがこの鎮守府の決まりごととなっています。この習慣は、掃除好きな私にとっては、滅法好ましく思えることでした。

 白み始めた空に雀の鳴き声が聞こえる頃、それは粛々と始まります。その日に割り振られた場所を、いつもの動作でじっくりと綺麗にしていくのです。

 初めは、黙々とそれぞれの持ち場を綺麗にしていくのですが、余裕が出てくると近くの方とおしゃべりしながら楽しく掃除をこなすようになります。

 誰でも簡単に出来て、尚且つ、成果が目に見えるのも掃除の良い所です。

 みんな、朝は辛いものです。重たい頭を、身体を動かし、覚醒に導くことによって、その後の仕事へとスムーズに移ることが出来る。

 このように朝の掃除は、いいことずくめ。ほら、今まさに私の後ろでも楽しそうに話す声が……

「朝の掃除は嫌いだー。もー、めンどくさいったら……」

 ……

「そうだねー」

 …………

 声に振り返ると、江風さんと舞風が話していました。まさか、私のお友達に、朝の掃除を面倒に思う方が居ただなんて、それもふたりも。ちょっとショックです。

 いいえ、泣いてはいません。それに、おふたりは悪くはありません。聞き耳を立てていた私が悪いのです。

 そう反省して、掃除に戻ろうと再び前を向いた、その時……

「コラ、ふたりともそんなこと言っててもしょうがないだろ。真面目にやれよ」

 この声の主は、振り向かなくてもわかりました。

 嵐です。私はこの時、本当に泣いてしまうのではないかと思いました。

 掃除の時間になるとどこかへ行ってしまう、あの嵐が、なぜ朝からこんなことをとぶつくさ言っていた、あの嵐が、掃除の時間に居る方がめずらしいとまで言われた、あの嵐が、今は他人を注意する側になっているのです。

 その成長に、あの娘の側で共に歩んできた、この胸が一杯になってしまうのは仕方のないことでした。

「うるせえ、お前さっきから、さぼってンじゃねーか!」

 ………………

「嵐の方こそ真面目にやってよね」

 ……………………

 前言撤回。成長なんてしていません。嵐は、あの嵐のままのようでした。これはもう、あとで何とかしてやらないと気がすみません。私の涙を返せ。

 ため息を吐きながら顔をあげると、私と嵐の名前が書かれた表札が目に入りました。どうやら、いつのまにか自分の部屋の前まで来ていたようです。全く性格の似ていない私たちふたりが、よくも今まで、同室でやってこれたものです。

 そういえば、部屋割りを強引に決めたのは嵐です。

 こいつは俺のだ、と言われたときは新手の告白か何かかと思ったものです。もちろん告白だったら、ごめんなさい、していましたが。

 それからというもの、私は心休まる時を過ごした覚えがありません。いつでも、どこにいても、私の心をかき乱す、生意気なその風が吹いてからは。

 

 本日天気晴朗ナレドモ……なれども、俺たちは自室にいた。

 昨晩、萩と決めたとおり衣替えをする為だ。

 この鎮守府では、服装はある程度自由が利く。支給の制服はあるものの、司令曰く、然るべき時に、然るべき恰好をしていれば良い、とのことらしい。そしてその為に、俺たちは衣替えという作業を、今まさに強いられていたのであった。

 とはいえ、一度に全部やろうってわけでもない。夜はまだ少し肌寒いこの季節。時折訪れる夏日に備える程度の作業だ。

 そういうことならば、さっさと終わらせて、後はこの休みを有意義に過ごすに限る。この後何をして過ごすかを考えると、気分も晴れ渡るというものだ。

 しかし、そんな俺の、澄み渡るこの空のような思いとは裏腹に、わが僚艦の機嫌は、先ほどからすこぶる悪い。朝はそうでもなかったんだが……はて。

「どうしたんだよ。さっきからむすっとして」

 濡羽色の髪を持つ少女は、そう言われて、ピクっと反応するがこちらを振り返らない。どうやら怒りの矛先は、考えるまでもなく、俺だったようだ。

 一度こうなったらお姫様は頑固である。こういったことは一度や二度ではない、何度となく繰り返してきたことだ。

 いつも思うが、これで今までよくやってきたものだ。なにせ、当事者だって怒られている理由がわからないのだ。

 こういった時の解決方法は3つほどある。1つめは、時が解決するのを待つ方法。2つめは、とにかく謝り倒す方法。そして3つめが、呆れられるまでちょっかいを出す方法だ。1つめの方法は、これからの休日を嫌な気分で過ごすのも癪なので却下。2つめの方法は、気分が乗らないので却下。したがって、残る方法は1つだけとなる。

「萩風さーん」

 ……

「おーい」

 ……

「こちょこちょこちょ」

「わっ、何、あっはは、ははは、あはははは。ちょっとやめ、あははは」

「こちょこちょこちょ」

「やめなさ、はっ、んふふ、んふ、あははは」

 体をよじりながら、逃れようともがく女の子。なかなかに、いやらしい。と、そうではなく……

「嵐を許すと言え」

「あはははっ、いやっ、やはは、やめっ」

「嵐を許すと言え」

「嫌だー、んーふふふ、ふふふはははははっ」

「嵐を許すと言え」

「わかったははは、わかったから。許す……許すから…………」

 許してくれたようなので解放してやる。

 わが麗しの僚艦殿は、服を肌蹴させ、床に膝をつきながら、ぜぇぜぇいっている。こんなに激しくしたつもりはなかったんだが。

「今日、これが終わったら何するつもりなんだ?」

 そして、こういうときはさっさと話題を振って、色々とうやむやにする、というのもひとつのコツである。

 呼吸を落ちつけながらであろう、肌蹴た服を直していた萩は、やがて、顔をあげる。

 涙でにじんだ綺麗な瞳と目があうが、俺の目をじっと見つめたままで、その口をなかなか開かない。

「……なんだよ」

 しばらく黙っているので、余計怒らせたか、と軽く身構えるが、どうやらそうではなかったらしい。

 わずかな逡巡のあと、とび色の瞳の少女は、唐突にこう切り出した。

「お花見に行こう」

 

「厄介なことになった」

「さっきからそればっかり」

「俺は、嵌められたんだ」

「なんのことだかさっぱりだけど、人聞きの悪いこと言わないでもらえるかな?」

 俺は今、山を登りながら、政敵の謀略により、左遷の憂き目にあう菅原道真公の気持ちを考えていた。

「南無天満大自在天神」

「南無八幡大菩薩」

「なに言ってんだ?」

「そっちこそ何言ってるの?」

 手を合わせてみたところで、当然ながら、道真公はなにも答えてくれない。

 翻ってわが身は、といえば、少しの荷物を持ちながら、隣を行く同僚と共に山歩きをしている。どうしてこんなことになったのだ……

「もう、桜も散ったし、行ったところで何もないだろ」

「まだ言ってるの?何もないことなんてないわ、桜の木があるじゃない」

「いや、そういうことを言っているんじゃなくてだな」

 俺の不満の声には構わず、わが隣人は、機嫌良さそうに歩みを進める。今にも、鼻歌など歌いだしそうだ。つい先ほどまで怒っていたはずではなかったのか。

 花見に行く、そういった萩は、衣替えを朝の内に終わらせると、さっそく準備を始めた。

 弁当を作ってもらいに食堂へ行き、ついでに酒をもらってくる。裏山へ入る申請を出すと同時に、レジャーシートの貸し出し申請も済ませる。そうして、あれよあれよという間に出発の時間となった。

 そんな中、俺の方はといえば、先ほど怒らせていた手前もあって、とうとうその誘いを断るタイミングを逸してしまっていた。

「そういえば久しぶりじゃない?あそこに行くのも」

 なおも、歩きながら、萩が言う。

「……まぁな」

「嵐ったら、いつも花見の時は進んで仕事入れて来るんだもの」

「俺に構わず、行きたきゃ行けばいいだろ」

「んー、そうなんだけどね」

 いつもは、飄々としている萩が、今は何やら考えるようにはっきりとしない。

 そうして、そんなことを言っているうちに……

「あ、ほら着いたよ」

 とうとう、目的地に着いてしまった。

 案の定、というべきか、桜の花は既に散ってしまったらしい。青々とした緑の木が、そこには立っていた。

 あの日のように天気は快晴で、心地よい風が吹いている。ここに来るのは、ほんとうに久しぶりだった。誰にも言っていないが、俺はこの場所が苦手だ。というよりあの桜の木が苦手なのだ。

 改めて、前方にそびえる大木を見つめる。長い間、あれほど避け続けてきた妖の木は、なんてことはない、今はただの大きな木にしか見えなかった。

 

 思えば私もここに来るのは久しぶりです。私は、お酒もお花も大好きなのですが、ここに寄り付かない僚艦に付き合っていたら、もう何年もお花見に参加出来ず終いでした。

 初めてここに来た日のことは、今でもよく覚えています。

 足の短い草花の生い茂った広い空間に、どどん、と大きな桜の木が1本。生まれて初めて見た桜は、陽の光に照らされて、きらきらと輝いて見えました。

 その時の私は、どこか神秘的なその空間を、まるで童話の中の世界のようだと感じていました。その中でも、立ち尽くす桜は、時が止まったかと錯覚するほどに、その場において圧倒的な存在感を放っていました。

 あの頃の嵐は、相当にやんちゃで、日常的に姉の誰かと喧嘩を繰り広げていました。陽炎姉様や不知火姉様はもちろんのこと、野分とも当時はそりが合わないようで、気が付くと取っ組み合いになっていたことを、昨日のことのように思い出します。

 そんな嵐が、ここに来ていた、その時だけは、とても大人しかったのです。今では、そうでもありませんが、当時そんなことは滅多にないことだったので、不思議に思ったものでした。

 それからの嵐は、花見の日には決まって、実入りがいいんだと、なにか仕事を見つけてくるようになりました。

 私は、あの日の違和感からそれは建前で、実際は、この場所を避けているんだと考えてきましたが、今日、文句を言いながらも付いてきたことを踏まえると、その考えを改める必要がありそうでした。

 まぁ、今日嵐をここに誘ったのには、また別の理由があったのですが。

「それじゃ、時間も丁度いいし、乾杯しよう」

「いきなりそれかよ」

 荷物を下ろし、レジャーシートを広げると、お弁当、お酒、そしてそれぞれの杯を用意します。嵐が普段飲まないのは知ってはいますが、この日ぐらいは少しでもいいので付き合ってもらうつもりでした。

 それぞれの杯に、食堂で頂いてきた大吟醸を注ぐと、あたりには少しだけ浮かれたような空気が漂います。

 嵐が杯を手にするのを確認すると、私は胸の前に杯を掲げて言いました。

「嵐の進水日を祝って、乾杯」

 

 …………

「…………今日何日?」

「4月22日よ。……呆れた。昨日からそんな感じはしていたけど、本当にわかってなかったんだね」

 そういいながら口に杯を運ぶ、わが僚艦。飲んどる場合か、いや、間違いなく飲んでる場合だな。

 完全に忘れていた。毎年、意識して覚えていたわけではないが、今回のこれは本当に不意打ちだった。

「あまりにも普段通りだから、逆に演技かもしれないとまで考えていたのに……それじゃ、他の子に口止めしといて正解だったわけだ。おかげで驚いた顔が見れてる」

 そう言われて考えてみれば、普段は萩を筆頭に、朝、顔を合わせればおめでとうと言われていたので、覚えている必要もなかったのだ。

「プレゼントは、野分と舞風と一緒に夜に渡すね。あのふたりも、仕事じゃなかったら良かったんだけど」

 それに、進水日に休日だったことなんて初めての経験である。なんということだ、そうと知っていれば朝からもっと我儘三昧出来ていたかもしれないのに。

「赤城さんと足柄さんも今日仕事だって言ってたから、ふたりとも夜に寮で何かしてもらうのかな…………って、聞いてる?」

「ああ、聞いてる。でも、なんで朝一番に教えてくれなかったんだよ」

「そうしたらもっと好き放題したのにって?」

「口に出してたか?」

「んーん、そんなこと考えてる顔してたから」

「以心伝心ってやつだな」

「やめてよ、気持ち悪い」

 そう言って萩は震える仕草をする。なかなか堂に入った演技だ。センスを感じる。それにしても、気持ち悪いはないのではないか、俺だって傷つく。

 妹の心無い一言に、こっそり中破寸前まで、いきかけていた俺であったが、当の加害者は、そんなことは知らんとばかりに、大きな木を見上げながら言う。

「ねぇ、なんでここを避けてたの?」

「いきなりなんだよ」

「……ねぇ、なんで?」

 トーンが変わる。

「……別に……避けてない」

「ほんとに?…………それなら……まぁ、いいけど」

 言われて、自分も木を見上げる。もちろん本当は避けていた。理由はこの桜だ。

 初めてここで見た桜のことは、今でもよく覚えている。あの日も今日のような天気で、この桜木も今のようにしっかりと、この場に立っていた。

 違うのは、花が咲いていたかどうか。

 あの日の桜はまさに満開で、選ばれたその日が、絶好の花見日和であったことは、間違いなさそうだった。

 心を奪われるというのは、ああいう状態のことを指すのだろう。俺の心は、瞬時に高揚感に満たされた。でも、その感情は一瞬で消えてしまい、次に抱いたのは、出所のわからない、負の感情だった。心がざわついて落ち着かない。そして、その感情はずっと消えてくれなかった。

 その後のことはあまり覚えていない。ただ、始終、心がざわつくのを抑えるのに必死だったことと、他の者が平気な顔で、酒なんぞ飲みながらわいわいやっているのが、不思議でたまらなかったことだけは、よく覚えている。

 それからというもの、この季節になるたび、満開の桜を思い出すたびに、心がざわつく錯覚に怯える自分がいた。

 だからここには、長い間、来ていなかったのだが、花さえ散ってしまえば、ただの木とおんなじで、今まさに、その木を見上げていても、心がざわつくことはなかった。

 良い機会だと思い、そのまま、その桜木をじっくり観察してみる。

 すると、たくさんの葉にまぎれて、小さな、つぼみらしきものが、枝先にくっついているのが確認できた。

 咲き損ねたつぼみだろうか。あいにく桜には詳しくないので、そんなものがあるのかどうかまではわからない。だが、もし、あれが本当に、開けなかったつぼみだったのなら、そのつぼみは、冬を乗り越えてまた来年の春を待つのか、それとも、春を待たずにその身を焦がしてしまうのか……

 そんなこと考えていると、また心がざわつくような気がして、俺はつぼみについて考えるのをやめた。

 それにしても、と視線を手元に落とす。

「誕生日にこれはないんじゃないか」

 今、俺が手にしているのは、何の変哲もない、戦闘糧食だった。

 

 季節は移ろうもので、花が散ってしまうのは悲しくもあり、それと同時に、どこか安堵することでもあります。年中咲いている桜があるのなら、それはそれで風情のないものだと思うことでしょう。

 世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

 伊勢物語にて、在原業平が詠んだ、この歌の意味が、今はよくわかるような気がします。今思い返してもこの桜は、それほどまでに美しかったのです。

 いいことを思いつきました。さっきの歌を、嵐に教えてあげると喜ぶかもしれません。彼女はその気持ちを、一番よく知る者のはずです。

 ここに着いてから、かれこれ三刻ほど過ぎましたが、なおも、四月特有の穏やかな風が、桜の葉を揺らしています。今や、日頃の訓練も、戦闘も、全ては夢の中の出来事かと思えるくらいに、遠く感じられます。

 あれから、嵐は慣れないお酒を飲んだ所為か、眠りについてしまいました。

 艶のある赤みがかった髪の毛に、滑らかな肌、紅をさしていなくても綺麗な朱の唇。その唇に触れると、小さく吐く息が、私の指をくすぐります。

 起きている間は、嘘つきで、意地っ張りなこの姉も、寝ていると本当にどこかの令嬢かと思う程に綺麗です。

 この陽気なら、寝ていたところで風邪をひく心配はありません。もう少しこのままでも、問題ないでしょう。

 そう考えていると、私も眠たくなってきました。少しの間だけ、眠っていくのもいいかもしれません。

 ならばと、嵐の方へ、熱が感じられるほどに身を寄せて、身体を預けます。そうしてこのまま、この思いに身を任せることにします。目を閉じると、甘い夢の世界はすぐそこに、普段なら勇気が出ないような大胆なことをしようとも、今や、誰にも咎められるはずがありません。なぜならば……

 これは姉妹愛のお話。出来損ないの、愛のお話なのですから。


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